「失敗したら人生終わり」と思っている君へ。万事休すの時は、ただ上を見ればいい。
こんにちは、コテツです。
先日、テレビをぼんやりと眺めていたとき、ふと胸に落ちてくるものがありました。居ても立っても居られず、こうして筆を執っています。
テーマは、「失敗したくないのに、失敗しても良いと言われること」について。
誰だってそうでしょう。どうしても付き合いたい人がいる。「でも、断られたら?」と足がすくむ。どうしても入りたい学校や企業がある。「でも、落ちたらどうしよう?」と眠れなくなる。
定年が視野に入ってきた今の私から、若きあなたへ伝えたいことはたった一つです。
「失敗しないよう死に物狂いで努力するのは大事。でも、その結果で人生のすべてが決まるわけじゃない」
考えてもみてください。苦労の末に結ばれた相手と、最期まで添い遂げるカップルが世の中に何%いるでしょう? 憧れの企業に入って「ああ、幸せだった!」と退職の日を迎えられる人が、一体どれだけいると思いますか? つまりは、そういうことなのです。
もちろん、必死に攻略法を練りに練って、狙った獲物を手に入れる。それができるなら最高です。素晴らしいことです。でも、もし手に入らなくても、人生には「素晴らしい体験」という別の道が用意されています。
想像してみてください。よちよち歩きの小さな子供が、バランスを崩して転んだとします。
あなたはすぐに駆け寄って助けますか? それとも、ぐっと堪えて見守りますか?
ここには二つの正解があります。「転んだね、痛かったね」と抱き起こし、安心感を与える正解。そして、「自分で立ち上がる力を身につけてほしい」と願い、歯を食いしばって見守る正解。
我々大人だって同じなんです。正直に言えば、未来ある若者に、自分が味わったような苦い失敗なんてさせたくない。でも同時に、その泥水をすすって這い上がってきたからこそ「今の自分」があるのだという自負もある。だからこそ、あえて手を貸さないという愛もあるのです。
エクセルの関数のように「正解」が決まっているものなら、さっさと教えます。そのほうが早いですから。でも、人生や仕事の多くには、決まった正解などありません。
営業職を例に挙げましょう。「こう言えば100%売れる!」なんて魔法の言葉は存在しません。なぜなら、相手は生身の人間だからです。以前も書きましたが、人の心は天気のように変わります。上司の虫の居所、会社の方針、昨日は笑っていた人が今日は怒っているなんて、日常茶飯事です。
だからこそ、あなた自身の肌感覚で「正解」を探してほしい。「こうすればうまくいくよ」と先輩風を吹かせて教えたところで、結果が出なければそれは嘘つきになってしまうからです。
『孫子の兵法』に有名な一節があります。「彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」。
これ、多くの人が勘違いしていますが、「百戦百勝できる」とは一言も言っていません。「危険な状態には陥らない」と言っているだけです。
シミュレーションは大事です。先輩や仲間に相談し、あらゆる手を考える。でも、最後は自分で選んで動くしかない。川岸で流れる水を眺めていても、魚は捕まりません。飛び込まなければ始まらないのです。
試して、うまくいったらその手をストックする。失敗したら、なぜダメだったかを噛みしめて別の手を繰り出す。人生はその泥臭い繰り返しの連続です。
「こう来たら、こう返す」というシミュレーションは、確率を上げるために不可欠です。しかし、本当の意味で不測の事態に対処できるのは、「失敗を経験した人間」だけなのです。
もちろん、時間のある先輩なら、あなたの試行錯誤にとことん付き合ってくれるでしょう。でも、そうでない先輩を「冷たい」と切り捨てないでください。そこで思考停止したら、あなたの成長も止まってしまいます。
……とは言え、本音を言えば、先輩たちにはもっと若者に向き合ってほしいとも思いますよ。「自分も昔は大変だった」なら、今「大変だ」と叫んでいる若者の隣に座ってやれよ、と。あなたが通ってきた道だろう、攻略法のヒントくらい持ってるだろう、と。
おっと、今回は先輩への説教ではないので、この辺にしておきますね。
フランスの哲学者、パスカルは言いました。「人間は考える葦(あし)である」。自然界で最も弱い葦のような存在でも、考えることによって、人間は偉大で強靭な存在になれるのです。
忍者の修行の話を聞いたことがありますか? 成長の早い麻(あさ)を植え、それを毎日飛び越える。麻は日に日に高く伸びていくので、それを飛び越え続けていれば、やがて驚異的な跳躍力が身につくという話です。真偽のほどはわかりませんが、本質はそこではありません。「挑み続ける」ということです。
あの戦国最強と呼ばれた武田信玄でさえ、若き日は敗北を重ねています。その敗戦の悔しさ、痛みがあったからこそ、後の無敵の武田軍団が生まれたのです。
少し話がそれすぎましたね。
現代はSNSの時代。「失敗したら炎上する」「デジタルタトゥーが残る」と怯えているかもしれません。
でも、それが何だと言うのでしょう?
「SNS音痴の年寄りが偉そうに」と笑う人もいるかもしれません。確かに私は音痴です。でもね、昔から「人の噂も七十五日」と言うじゃないですか。粘着質な人間も中にはいますが、そんな時は「ああ、こういうかわいそうな人もいるんだな」と心の中で笑い飛ばせばいい。どうしても辛ければ、その場から逃げたっていいんです。
私自身、かつてパワハラで会社を辞めた経験があります。今でも当時の上司の顔を思い出すと、胃がねじ切れるような苦しさを感じます。
ですが、そんな人間のために、これからの私の人生を棒に振るなんて、あまりにも馬鹿げている。なぜなら、その男はもう、私の目の前にはいないからです。
目の前にいない亡霊に怯えて生きるなんて、もったいないと思いませんか?
失敗しても、取り戻すチャンスは必ずあります。
エジソン的な言葉を借りれば、「私に失敗はない。ただ、一万通りの『うまくいかない方法』を見つけただけだ」。
失敗をただの傷で終わらせず、糧にできるなら、それはもはや失敗ではなく、成功へのプロセスの一部です。
もし今、あなたが失敗のどん底にいて、「もうどうしていいかわからない」と膝を抱えているなら、この言葉を噛みしめてください。
格好悪くてもいいじゃないですか。泥だらけでもいいじゃないですか。そう思えた瞬間、あなたはもう大丈夫です。
失敗で失うものもあります。でも、失敗で得るものもある。そして実のところ、失うものより得るもののほうがずっと多いという真実を、知っておいてください。
「やり直せない人生はない。やり直せないと思い込んでいる自分がいるだけだ」
大丈夫。電車に乗ったら車内を見渡してください。街中なら行き交う人を、誰もいなければ空を見上げてください。
その空を見ているすべての人、あそこで居眠りしているサラリーマンも、スマホを見ている学生も、みんなみんな、失敗したことがあるのです。
だから、恐れずにチャレンジしてください。
その失敗を、どうか成功の糧にしてください。そうすれば、あなたの未来は必ず明るいものに変わります。
最後に、とっておきの方法を教えましょう。
「万事休すの時は、上を見なさい。そうすると脳が後ろに傾いて、頭がい骨と前頭葉の間に隙間ができる。その隙間からアイディアが浮かぶのよ」
嘘か本当か? 試してみる価値はあると思いますよ。
頑張ってください。応援しています。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ、応援おねがいします。元気がでます。

コメント