それは、すさまじい勢いだった。ユーチューブの登録者数が急上昇していく。
「勢いが止まらなかった。めちゃくちゃ嬉しかった」
2016年、アニメのようなキャラクター「KizunaAI(キズナアイ)」の動画がユーチューブで公開され、日本と海外で爆発的な人気を得た。今でこそVチューバーは当たり前だが、当時のユーチューバーはみな実在の人。そんな世界に初の「2次元」が登場。人気に火がつき始めると、その勢いは止まらなくなった。
生みの親は大坂武史さんと松田純治さん。2人は大学の同級生。卒業後は別々の道を歩んだが、定期的に会って議論を重ねた。
「何か面白いことをやりたい」
キズナアイが生まれたのは、新宿西口の「喫茶室ルノアール」だったという。当初から「推されると思っていた」という2人。そう確信した理由とは。(共同通信=宮毛篤史)
▽ぶっ飛んだ奴
秋田県出身の大坂さんは2005年、上京して拓殖大学に入学。新入生のオリエンテーションで、髪の真ん中から半分を金色に染めた「ぶっ飛んだ変な奴」に出会った。長野県出身の松田さんだった。松田さんは大坂さんにカリスマ性を感じたという。一緒にイベント企画のサークルを立ち上げた。
卒業後は別々の道を歩んだ。
大坂さんには起業という目標があった。転職を重ね、営業や経営企画などのキャリアを積んだ。転機は2015年。外資系コンピューターグラフィック(CG)会社の日本事業の立ち上げに携わり、実質的なトップに就いた。「一通りやって分からないことがなくなった」
一方、松田さんはアニメ業界へ。携わった仕事はアニメの制作管理や宣伝、グッズ製作など多岐にわたった。
▽キャラクターが出てきて名前を呼んでくれたら…
2人は卒業後も定期的に会ったが、大坂さんがCG会社に転職して仕事での接点が増えた。「何か一緒にできればいいね」
流行していたのがユーチューバー。「ここに2次元のキャラクターが出て来て、名前を呼びかけてくれたら面白いだろうなあ」
松田さんの考えに大坂さんが同調し、構想を練り上げていく。ユーチューブを選んだのは、国境がなく世界市場を狙えると思ったからだ。
松田さんが目指したのは「インターネット上の神」。アニメ産業では3カ月ごとに新作が登場し、「かなりインスタントに消費されている」。
一方で、名作は時代を超える。
「人を感動させるものにこそ価値がある。それを作りたい」
毎回、ルノアールで午前8時から「2人ともすんごいでかい声で激論を交わしていました」(大坂さん)
この世で神に最も近いコンテンツは何か。古くから語り継がれる聖書だと思った。「聖書はベストセラーで、その中のメインヒーローと言えばイエス・キリスト。最終的にこういうものを作れれば理想だと感じていました」(松田さん)
▽AIと人とのつながりを求めるキズナ
悩んだのはテーマだった。意識したのは2人が好きだった「攻殻機動隊」や「新世紀ヱヴァンゲリヲン」。2作品とも人間の魂の在り方を問う作品だ。
大坂さんは松田さんに問いかける。
「魂って何だ?人間の定義とは何だ?重くなくて接しやすく、見ていて楽しい。でもテーマとしては真剣であるというか。じゃあ僕らの場合は何だろう。ユーチューバーの活動を通じて何がしたいんだろう」
大坂さんは世界に向けて売れるコンテンツ、マーケットを意識し、流行していた「シンギュラリティ」という言葉に着想を得て「AI」を名前に入れることを提案。松田さんは「きずな」という言葉を思いついた。
「AIが発展し(人間の知能を超える)シンギュラリティが起きた時代にユーチューブを始める。それは自分を作ってくれた人間のことを理解したいから。自分の存在を知るために人間を知りたい、みんなとつながりたい。じゃあ自分とは何だ?そこに魂はあるのか?という話になった」(松田さん)
技術面の問題も話し合い、課題をクリアした。大坂さんは2016年にActiv8を起業し、キズナアイの動画をユーチューブに初投稿。「Vチューバー」が誕生した瞬間だった。
▽バズは海外から、3日に1カ国を制覇
最初の投稿でキズナアイは語りかけた。
「普通のユーチューバーと違うぞ、と思ったそこのあなた!なかなか鋭い。私、実は2次元なんです」
コンテンツ作成を担ったのは松田さん。「体力測定」など、さまざまな企画を手探りで考え、毎日を目標に動画をアップ。物珍しさもあり、まずネット文化に感度の高い層で広がったが、本格的に人気に火が付いたのは海外からだった。
アジアのインフルエンサーが見つけ、SNSを通じて世界に拡散。そして奇跡は起きた。
「3日で一つの国をバズっていくみたいな感じで勢いが止まらなかった」
それでも黒字化にはほど遠い。大坂さんは経営者として先行きに不安を覚えた。足元では運転資金が底を突きようとしていた。
▽ゲームの世界にそのまま登場
こうした中で決まったのが、オンラインゲーム「アヴァベルオンライン」とのタイアップだった。ユーチューバーによるゲーム実況はよくあるが、Vチューバーには2次元ならではの利点がある。ゲームの中にそのままの姿で登場したのだ。
ユーチューブの登録者数は50万人、100万人、200万人と右肩上がりで伸びていく。融資を受け、事業を続ける見通しが立った。
さらに日本政府観光局の訪日促進アンバサダーに就き、BS放送では冠番組が放送された。Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅといった人気アーティストをプロデュースする中田ヤスタカには楽曲を提供してもらった。
破竹の勢いに見えたが、内実は違ったという。大坂さんが振り返る。
「注目を浴びることには自信があった。でも、その後もずっと好きでい続けてもらえるか、常に不安があった」
「人間のユーチューバーさんに比べ、やれないことばかりなんですよね。食レポとか。いちいちCGを作らないといけない。コストをかけて作っても、結局は人間のマネにしか見えなかったり」
チームは絶えず悩み、試行錯誤を繰り返すことになった。
▽Vチューバー文化へのアンチテーゼ
「キズナアイが4人いるって言ったら信じますか?」。
2019年5月から、こうしたタイトルのシリーズ動画を連投。初回は動画を編集したりゲームをプレイしたりする4人のキズナアイが出演し、その後も複数のキズナアイが姿を現した。さらに中国語をインストールした声の異なるキズナアイを登場させ、ファンを驚かせた。
重要なのはアバターか、そこに宿る魂か。キズナアイとは何者か。声が変われば、キズナアイという存在ではなくなるのか。タイプの異なる複数のキズナアイは、キズナアイという存在そのものの可能性を広げるとともに、こうした深いテーマを内包する斬新な取り組みとなるはずだった。
しかし、ファンの反発は大きかった。最初のキズナアイのボイスモデル(声優)の登場頻度が減ったことでファンから「いなくなるのか?」と疑問の声が上がり、ネット上で「分人騒動」と言われて炎上した。
ファンの声は無視できず、事実上の方針転換に追い込まれた。3カ月後にこんな声明を出している。「賛否両論があったことを認識しております。みなさまからのご意見を真摯に受け止め、応援して頂けるようなコンテンツを展開してまいります」
この騒動は予想以上に尾を引いた。150人ほどいた社員は半年かけて5分の1程度にまで減少。2020年5月にはActiv8からキズナアイの事業を分社化し、さらに最初のボイスモデルが声優の春日望さんであることを明かし、アドバイザーへの就任も発表した。Vチューバーの演者を公表するのはまれだ。
大坂さんは新会社の代表にはならず、キズナアイはその手を離れた。松田さんも会社を去った。
「自分で作り出したものをずっとやり続けたい気持ちがあったので、さみしさと悔しさがあった。ただ、僕もいずれ死ぬし、どこかのタイミングで誰かに引き継ぐわけだし、それが今なんだろうなと思った」(松田さん)
ただ、新体制に移行後も思い描くような成長曲線を描けない。キズナアイは2021年末、5周年記念配信で宣言した。「無期限スリープ(活動休止)します」
▽世界の大舞台を飛び回りたい
2024年3月、キズナアイ社の代表が退任し、大坂さんが兼務することになった。これをきっかけに再スタートの機運が高まっていく。
「自分の手に権限が戻ってきて関係する人、キズナアイと改めて向き合った。ボイスモデルの春日さんとも話し、もう一回やれる気がした」
以前と同じ事を繰り返すだけではいずれ限界が来る。ユーチューバーモデルから脱却し、音楽活動に全力を挙げるアーティストとして脱皮すると決めた。
2025年に復活し、9月に新宿で単独ライブを2日間実施した。1500人収容の会場でソールドアウト。キズナアイが「ただいまー!」と呼びかけると、ファンはペンライトを頭の上で振りながら「お帰りー!」と応じた。
「アルバム聴いた?」
「聴いたー」
「覚えた?」
「覚えたー」
「やればできるじゃん」
人気曲「AIAIAI」が流れると、観客が飛び跳ねてフロアが揺れた。
海外ファンも駆け付けた。中国から来たというファンは「アイちゃんが大好きで活動休止中は会えなくて本当に寂しかった。本当に嬉しくて、泣きそうになりました。アイちゃんは本当に可愛いです」。
▽推され続けるために
取材の最後、大坂さんに質問をした。「推される存在であり続けるためには何が必要ですか?」
大坂さんは「難しい(質問)ですね」と笑った後、「一生懸命さや必死さ」と語った。
「何かに向かって人生を賭け、一生懸命になっているところや気持ち、そしてその行動や発信が必要なのかなと思います。どれだけ技術が発展したとしても、人が頑張り、汗をかき、悩み抜く姿をファンは絶対追いかける。人が苦心した形跡を探しに行く」。そう強く信じている。