屋上のコンクリートが、熱を孕んで制服の尻の下で暖かかった。日差しを避けて貯水塔の陰に入っているが、やはり暑いものは暑い。白石と杉元の特等席である屋上だが、この季節にはやはり中庭の木陰の方が良かったかなと思う。それでも、ここなら二人きりだ。暑さを我慢しても、この平穏は代えがたい。
「あっちーなー、そろそろ屋上でメシ食うのはヤベェよな。」
「まあ、明日から夏休みだし?夏休み明けには涼しくなってるんじゃなあい?」
「なんか毎年暑くなってね?夏ってこんなに暑かったっけ?少なくとも明治はこんなんじゃなかったよな?」
「明治はこんなんじゃなかったねえ。」
二人きりだと、こんな会話も遠慮なく出来る。杉元は足を投げ出して、白い運動靴が貯水塔の陰からはみ出して、太陽の光を受けていた。眩しい。眩しいくらいの、白。運動靴から続く脚も、眩しいほどに白い。太ももの上で、杉元がスカートをぱたぱたと扇ぐ。
「杉元ぉ、パンツ見えちゃうよ?」
「やだあ、白石のえっちぃ。」
冗談めいて返す言葉に、恥じらいはない。付き合いが長すぎるというのも考えものだ。
前世からの付き合いの不死身の男は、今生では美少女女子高生になっていた。
そして白石は、相も変わらず、この存在に惹かれてやまないのだ。
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教室に残った男子生徒でする話といえば、猥談か恋話しかない。……というわけでもないが、その日の話題はそれだった。どこどこのクラスの誰々がかわいい、うんぬん。
白石は前世から、こういう話に乗るのは得意だった。獄中では同房の者と上手くやるのが大切なのだ。話術はなかなかのものだと自負しているし、恋話は楽しい。
だが、今生では、あんまり楽しくない。
「可愛いといえば、杉元も可愛いよな!」
来た。
杉元は、可愛い。
小さな顔立ちの中に、はっとするような美しい瞳。瞳を伏せると、睫毛の長くて濃いのなどは芸術的でさえある。サラサラの黒髪はショートカットで、話し方も男めいているが、美少女であることは隠しようがない。全国区の柔道の選手でもある彼女だが、男女隔たりなく気兼ねなく話しかけてくれる為に、非常に人気の高い生徒だった。先年の学園祭では、一年の部のミス学園を受賞している。
「おっぱいおっきいよなあ。」
仕方ない。この年頃の男子生徒に、おっぱいを見るなと言っても仕方がない。それは白石とてよくわかる。
だが、そんな風に見るなよ、とも強く思う。
杉元だぞ。
あの、不死身の杉元だ。
お前らなんかが、そんな下衆な目で見ていい男じゃないんだ。今は男じゃないけど。でも見るな。あれは、あれは、俺のーーー
「白石ィ、帰ろ!」
ガラッと教室の扉が横に開く。男子たちは一斉に口をつぐみ、白石は乗っていた机からひらりと降りて、カバンを肩に背負った。夏休み前最後の日だが、重たい教科書は置きっ放しにするつもりだ。夏休み中の課題だけを詰め込んだカバンは軽い。どうせ宿題は杉元の家でやるんだし、意外に真面目な杉元はちゃんと教科書を持ち帰っている。
「じゃーね!」
振り返りざまにこちらを見るクラスメートたちの視線が雄弁に問う。
お前らって、付き合ってんの?
答えは残念ながらノー。
とりあえず、まだ、今は。
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祭りに行こう、と誘ったのは白石の方だった。近所の神社の祭りは、参道の両側に屋台が出て、途中に神輿も通り、最後に僅かながら花火も打ち上げられる。人でもそれほど多くないから、白石と杉元は去年も一緒に行ったのだ。
今年の杉元は、浴衣を着ていた。
「アレ、かわいい、杉元。」
「おう、母さんが着てけって。姉ちゃんのお下がりなんだけど。」
「似合ってるよお。俺も甚兵衛にでもすれば良かったかな。」
「着替える?」
「や、そこまでは。」
紺色の朝顔が、杉元の足下から腰で咲いている。ショートカットのうなじが、宵闇にほの白い。からころと、草履の音が夏の空気に溶ける。
「あ、もう結構人がいる!」
祭りに近づくと、杉元は白石の手を取って走り出した。明治の記憶がある彼女であるから、和装には慣れているのだ。裾捌きも様になっている。白石は引かれるままに、後を歩いた。繋いだ指先がぬくまって、柔らかい。
参道の屋台を冷やかしながら、お堂に向かって歩く。杉元はお腹が減っていたらしく、たこ焼きを買った。一個頂戴とねだると、爪楊枝ですくって熱々を口に入れてくれる。
「あふ、あふい!」
「ヒンナだろ?」
「ヒンナヒンナ。」
にかっと笑う杉元の笑顔が眩しい。今生は傷ひとつない花のかんばせ。このまま傷付かずにいてほしいと思う。傷付かせるものかとも思う。
薄闇に暮れていた神社に、本格的に夜の帳が下りる。花火の打ち上げ予定時間まで、あと二十分と少し、微妙に手持ち無沙汰の二人は特に意味もなく神社の裏手まで歩いてきていた。
その時、林檎飴に噛り付いていた杉元がピタリと止まった。
「杉元?」
「今、女の子の悲鳴がしなかったか。」
「ええ?」
白石が耳をすませる前には、杉元はもう走り出していた。林檎飴が草むらに落ちる。白石もすぐに後を追った。
神社の裏は、小道が続いていて、国道の方へ抜けられるようになっている。茂みが濃く灯りがないので、人気のない場所だった。その茂みの方から、やめて、というか細い声。
「何やってんだ!」
杉元は、茂みにも頓着せずにずんずんと声の方に向かっていく。チャラい服装をした男が3人と、浴衣の女の子が蹲って、一人。その娘をすかさずに背後に庇って、杉元はくいと顎を上げた。
「いやがってんだろ。どっか行けよ。」
「なんだよお前、仲間に入れてほしいわけ?」
「つかこっちの子のがカワイイじゃん?」
「あんたが代わりに相手してくれんの?」
伸ばされた手を、難なく避けて、杉元の白い手が相手の襟首を掴む。流れるような仕草で足を払う。そのまま、体格差を物ともせず、見事な一本背負い。
どさりと落とされる男を、残りの二人はぽかんと見ていた。投げられた男もぽかんとしている。
杉元は浴衣の襟元をぐいと直して、女の子に手を差し伸べた。
「行こう。ここ、蚊が多いから。」
そのままスタスタと去っていく杉元の横に、白石は無言で並んだ。後ろの男達は追ってくる様子はないようだ。女の子の乱れた浴衣を、杉元が手早く直してやっている。特に怪我などはないみたいだが、高校生くらいの子がさぞかし怖い思いをしただろう。
「大丈夫?家まで帰れる?送ってこうか?」
「いえ、友達とはぐれたので…、あの、杉元先輩、ありがとうございました。」
「あれ、同じ学校?や、近くにいて良かった。怖かったね。」
後輩だったらしい女の子が友人たちと合流するのを見送り、何度もお辞儀をするその子にひらひらと手を振る。その背中に、軍服を着た男の背中が重なる。
「かっこいいなあ、杉元。」
「そうか?」
「お前はいつでもかっこいいよ。」
男でも。女でも。傷があってもなくても。いつの時代でもかっこいい、白石の親友。
ぱぁん、と夜空に花が咲いて、白石と杉元は同時に上を向いた。
「あ、花火始まった!」
杉元の横顔が、花火の明かりに照らされて輝いている。
「…綺麗だなぁ。」
「おう!」
思わずこぼれ出た思いは、花火の音に紛れて流れていった。
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杉元は、勉強もできる。
昔から記憶力はいい奴だと思っていたが、杉元は全教科平均的に高得点を取れるタイプの秀才だった。
かく言う白石も、勉強は苦手ではない。特に理数系は、割と苦もなく理解できた。数学は頭の体操にちょうどいいと思うくらいだ。記憶力だって悪くないし、要領が良いのでテスト対策がうまい。一人だと脱線すると言ってよく杉元の部屋でテスト勉強も課題もしている。
夏休みもあと少し、柔道部の合宿を終えた杉元は課題がやや多めに残っているらしく、真剣な表情で数式を解いている。白石は社会のワークノートを埋めていた。
しばらくカリカリと鉛筆の音が部屋を満たしていたが、どちらともなく鉛筆を置き、杉元の母親が用意してくれた麦茶に手を伸ばす。
「下にアイスあるけど食う?」
「いーの?いただきます。」
「持ってくる。」
アイスはカップタイプのものだった。チョコとストロベリーで、杉元は迷った末にストロベリーを選んだ。甘い冷たさが舌の上で溶ける。杉元はベッドの淵に背中を寄りかからせて、無防備に脱力している。
「シライシ、進路希望決まってる?」
「ん〜、まあ一応。」
「え゛っ、マジかよ?どこ?」
「や、まだ確定ってわけじゃないんだけど。」
白石は照れ気味に頭を掻いた。夢を語るなど照れくさい。前世では、少年の時分から入獄と脱獄を繰り返し、流されるように生きてきた。恋を追いかけはしたけれど、夢らしい夢はなかった。
「なんだよ、隠すなよ。」
「別に隠すわけじゃねぇけどよ。あー、建築学科に進もうかなぁと、思ってて。ホラ俺、昔から建物の構造見るの癖でさ。あそここうしたら脱獄しにくいのにとか、いや脱獄ばっかじゃなくて色々、あーしたら良いとかこーしたら良いとか思ってて、だから、お勉強してみようかなあとか、」
照れくさくなってペラペラと早口になってきていた白石の肩に、杉元の手が乗った。
「すげぇな、お前。ちゃんと考えてんじゃん。うん、シライシなら出来るぜ!いつか俺に家建ててくれよ。」
「…そしたら、そこに一緒に住んでくれる?」
「うぇ?」
ぱちくりと、杉元が瞬きする。その不思議な色の瞳に、白石はもう随分長い間魅せられている。
白石はばっと片手を出して、頭を90度下げた。
「シライシヨシタケ、17歳、彼女はいません!付き合ったら一途で情熱的です!僕と付き合ってください!」
顔に血がのぼる。急に、差し出した手の手汗が気になって、ズボンで拭きたくて堪らなくなってきた。部屋の外でヒグラシの鳴き声がする。
麦茶の氷が、カランと音を立てた。
くすくすと、笑い声が聞こえて白石はそろそろと視線をあげる。
杉元が、蕩けそうに甘い顔で笑っていた。
「あはは、馬鹿だな、知ってるよ。ふふ、ばーか。白石って、ほんと。」
「杉元ぉ…」
「…いーよ。付き合おっか。」
「いいのぉ?やっぱ無しはなしだよ?」
「当たり前だろ。女に二言はねぇ!」
白石由竹。
恋をしたら、どんな障害があっても追い続ける男だ。
長い長い恋がようやく叶って、そっとキスしようとした白石の唇を、杉元の手が阻む。
「そ、そういうのはまだ早えだろ…」
100年は早くないよ、杉元。
そう言おうかとも思ったが、大切にしたかったし、頰を赤く染めた杉元が可愛かったので、ファーストキスは後日に取っておくことにした。
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学園祭の飾られたステージ上に、杉元がのぼる。
「二年の部ミス学園は、2-Aの杉元さんです!柔道部で全国大会に進む猛者でもあります!えー、ではインタビューしてみましょう!杉元さん、ズバリ、彼氏はいるんですか?」
「いるよ。」
どよどよっと会場が湧く。
白石は口元に手を当てて、にやける顔を隠した。
不死身の杉元は、今生でもまっすぐ猪突猛進だ。
「えー!!誰なのか教えてもらえたり…?」
「同じクラスの白石由竹。」
「えー!!シライシ!」
周囲の男子生徒が小突いてくる。割と本気で嫉しそうな顔をしている奴もいる。残念だったな、こちとら100年越しの成就じゃい。
囃し立てる声に乗せられて、白石までステージに上げられる。やんややんやの中でマイクを向けられて、一言。
「俺の彼女だから、変な目で見んなよ!」
コレ、言いたかったのよね。