宗華(民泊YouTube大学)

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宗華(民泊YouTube大学)
@kanyoshin
320名民泊オンラインサロン主催(x.gd/1yxLqL) 民泊YouTube大学主催(x.gd/1tS1rBooking.com公式民泊ホストアドバイザー テレビ、その他メディア出演多数 自宅も実家も戸建も一棟ビルも民泊に、 民泊は立地×空間×おもてなしによる差別化が全て
民泊

宗華(民泊YouTube大学)’s posts

7年前に鬱で退職した時息子はまだ4歳くらいだった。 毎日部屋で寝たきりの状態だったが、ある日息子が部屋に入ってきて寝てる俺の胸の上から抱きついてこう言った。 「パパもう大丈夫だよ、もう働かなくてもいいよ、ずっと休んでいいよ、僕が働いてお金を稼ぐよ」 と言ってくれた。 その時に
8年前に働いていたゲーム会社で、同じ部署に転職してきてしばらく経つ同僚がある日突然会社に来なくなって、その後パソコンも席も撤去された。後から話を聞くと鬱になって会社を休職したのち退職してた 俺はその時こんな楽しい会社と部署で何を鬱になるのか全く理解できなかったがまさかその後に自分も
石丸さんが話題になればなるほど、何もしてない小泉進次郎さんの株がどんどん上がるの本当面白い。 平和でピースで正直で簡単にシンプルで分かりやすいって重要なことです。 進次郎さんの本当の価値に気づかせてくれてありがとう、石丸さん。
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たか
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俺はすごく悔しい気持ちになった。こんな小さな子に何てことを言わせてしまったんだという後悔と自分への激しい怒りを感じた。 そこから体調は良くならないが、このままではまずい、何とかしなければいけないと考えるようになった。 そして唯一ある自宅の空き部屋で
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シェアハウスをやって少なくともこの家を守りながら体調が回復するまでのローン返済と生活費の足しになればいいなと思って、鉛のように硬い体で不動産屋を回り始めた、数軒不動産屋を回ったところでとある不動産屋でこんなことを言われた「宗さん、民泊って知ってますか?宗さんのこの家だと
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家でNetflixで映画を見るくらいのことはできるようになった。息子と言葉と家族の支えで救われ、そしてこの先俺の人生は民泊第一章へ進むのであった。 これが俺のサラリーマン人生の最終章であり、民泊の零章である。
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民泊で月間80万は稼げますよ。」と言われた。自分の家が月間80万の収入になる。夢のような言葉を聞いてすぐに民泊のことを調べた。Airbnbという集客サイトがあることや、2017年当時はグレーな立ち位置で何となく旅館業を取らなければいけないという記事にたどり着き自宅で民泊は諦めて、その次に
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次の転職でこの元同僚と全く同じ体験をすることになるとは当時は夢にも思ってなかった。当時は30代半ばで妻子持ちで契約社員で年収350万円から頑張って1年くらいで正社員になって給料100万以上上がって会社では同僚たちとも良好な関係で家族のためにももっと頑張ろうと働いていたら転機が
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大田区で特区民泊というのがあるということに辿り着いた。大田区で2380万くらいの戸建てを買おうと融資などの打診をしたが、当然無職のやつには誰も貸すわけがなくその家も諦めた。最後にたどり着いたのは千葉県船橋市船橋駅から徒歩25分にある実家だった。親に民泊をやらせてくれないかと
息子の言葉に救われて行動して民泊を始めて1年後には体調も回復して一緒に銭湯に行ったりビール飲んだりできるようになっていた。 本当にこの子のお陰だと思ってる。 今は息子が僕と同じくらい大きくなってる。 時の流れというものは本当に速い。 一緒に楽しい人生にしていこうね。
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宗華(民泊YouTube大学)
@kanyoshin
7年前に鬱で退職した時息子はまだ4歳くらいだった。 毎日部屋で寝たきりの状態だったが、ある日息子が部屋に入ってきて寝てる俺の胸の上から抱きついてこう言った。 「パパもう大丈夫だよ、もう働かなくてもいいよ、ずっと休んでいいよ、僕が働いてお金を稼ぐよ」 と言ってくれた。 その時に
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そのまま使う形で総額50万円くらいで人生初の民泊を親と協業する形で始めることになった。俺がairbnbの予約対応やメッセージ対応をして、親が現地でゲストの受け入れや清掃をする形で。3月初旬にオープンしたのだが、一瞬で3月と4月の予約で売上が20万くらいを超えた。これなら生活費を
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お願いをしたら、「こんなところに泊まりに来るわけないよ!消防設備を数十万円つけた分だけ損失になるからやめときなさい!」と拒否された。俺はそれでも土下座をしてお願いした。1回でいいから試させて欲しい、集客対応は俺がやるからと。そこで初めての民泊相談を保健所にしに行ったら驚きの
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回答が返ってきた。2017年当時は住宅宿泊事業はまだ存在していなく、旅館業しかなかったのだが、保健所から親が1階に住み、2階の3部屋を部屋貸しで簡易宿所営業で許可が取れると言われた。つまりはゲストハウスのような形態だ。消防設備に40万円かけて、実家にあるベッドや敷布団や布団を
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追い込まれ、もう2度と立ち直れないのではという絶望の中で屍のようにただ生存していく未来が見えていた矢先のとある日息子が部屋に入ってきて寝てる俺の胸の上から抱きついてこう言った「パパもう大丈夫だよ、もう働かなくてもいいよ、ずっと休んでいいよ、僕が働いてお金を稼ぐよ」 と、その時心に
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訪れた。俺を評価してくれて正社員にして年収も上げてくれた上司がすぐに別のゲーム開発会社へ転職した。当時は俺も業界大手の親会社に転籍していたが、ある日突然その上司から宗さん、俺のいる会社に来ないか。一緒に新部署を立ち上げないかという誘いが来た。そう引き抜きというやつで俺は本当は
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小さな火が再びついた、4歳の子供の何を言わせてるんだ俺は、子供の暗い影を落とした自分が情けなく、自分に対して、この世界に対してなぜか強い怒りの感情が湧いた。と同時になんとかしなければならない、心優しいこの子と家族を守りたい、家族で過ごせるこの家もなんとかして守りたいと行動を
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コロナでまた収益がゼロまで激減するとは夢にも思っていなくて、ただ単に民泊を楽しいでいた。 2018年6月には住宅宿泊事業が施行され、なんと当時うちの家の第一種住居専用地域という用途地域ではギリギリ3年以上住民票を置いて住んでる人のみ家主居住型で180日営業できるというルールですぐ
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起こした。最初にやったのは思い切って心療内科に通うのをやめた。薬を飲むのもやめた。それが正解なのか間違いなのかは自分は専門家ではないから分からないが、自分の直感に全て従うことにしてやめたのだ。そうしたら少しだけ体調が良くなった気がする。家から出て不動産屋に行ったり
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することになって、と同時に千葉田舎でやってた民泊でも民泊仲間からの紹介で爆笑問題さんの番組に出演することになり、なんと2週間連続で違うキー局のゴールデンタイムテレビ番組に出演することになって面白い体験をさせてもらって、都内でも転貸民泊を数部屋増やしこれから民泊で安泰と思ってたら
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できた。メディアにも取材されたし、メルカリで沢山安い和のインテリアを買って民泊に飾っていったら、メルカリの300人イベントで登壇者として招かれた。 そこで民泊の楽しさとメルカリ活用を語ったら、テレビ局からたけしさんの報道番組に出したいから出演しないかとオファーがきて初テレビ主演を
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に届出をしてすぐに自宅でも民泊を開始した。 その前後で千葉の田舎や船橋駅の近くで安い築古の戸建てを2軒買ってそれぞれ旅館業民泊で営業開始した。 今では旅館業民泊という当たり前に聞くキーワードが当時では珍しいことだったのか、Facebookで日々の活動を投稿していたら沢山の民泊仲間が
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その後なんと全く眠れない日々が始まった。 会社に行くのが嫌だというより全く眠れない、そして朝起きれないのだ。会社に行ってもボロ雑巾のように全く役に立たない。脳内では自分は無能なやつで何もできないと勝手にリピートされていった。そして、仕事の能力も1/100以下に下がり、上司も私の異変に
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転職したくなかった。その理由は元々ソーシャルゲームを作ってるベンチャー企業で働いていたのが、オンラインゲーム業界で大手の親会社がその会社を買収して同じ事務所で親会社に転籍し自分も新しい部署を立ち上げる重要なメンバーでさらに周りの同僚とも良好な関係で楽しい仕事環境だったからだでも
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現実はそう甘くはなかった。転職先でも上司は今まで通り良くしてくれた。ただ配属されたプロジェクトがデスマーチ真っ只中の混沌とした環境だった。毎日会社朝の朝礼では欠席者と遅刻者が続出し、俺はQA(ゲームのテスト、品質管理)リーダーとして何人かのメンバーとしてプロジェクト参加したのだが
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そのプロジェクトのPMがインテリヤクザみたいな人で、デスマーチを仕切る鬼軍曹のような人だった。毎日職場でPMがメンバーの誰かを罵倒していることが鳴り響く。今思えば彼も大変な中なんとかこのプロジェクトを完成させるためにこの恐怖政治で乗り切るしかなかったんだと思う、ある日の歓迎会で彼に
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自分はダメな人間なんだ、仕事できない人間なんだ。同僚たちにも変な目で見られているに違いない。この世に存在してはいけない人間なんだ。転職に失敗した。人生も終わりだ。会社にいること自体が怖い。きっとみんなから笑われているに違いないと変な妄想と共に、寝くれない起きれない日々が続き
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耳元でこう囁かれた。「良くノコノコ来れたなぁ」と。 正直何が起きたのか全くわからなかった。プロジェクトに配属されて間も無くそこまで絡んだこともないこの人になんで俺はこんなことを言われなければならないのか全く分からなかったし、普段の自分なら強く言い返すはずが、誘ってくれた上司や
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いろいろな部署構築の課題が降りていて、大手ゲーム会社での合同セミナーの登壇も重なり、疲れと緊張が数ヶ月溜まり、ゴールデンウィークの長期休暇を迎えた。 実家に戻り過ごしたのだが、連日ベッドで寝たきりで起きれなかった。当時は疲れているのかなと思ってたが、今思えばあれが鬱の始まりだった
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丁度やり出した頃で、中国の出来事を調べて撤退準備で疲れた体で中国で起きている出来事と緊迫感を動画で撮りYouTubeにアップロードしたら翌日フォロワーが4000人増えて、ライブをすると2500人くらいが同時視聴してくるという事態だった。当然その後コロナの影響で民泊の予約は激減し俺の
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現職より年収で100万円以上の良い条件が提示された。当時の自分はベンチャー企業から大手親会社へ移ってやる気満々だったこともあり、同じ勢いで新会社でも問題なくやれると安易に考えていた、そうやって俺は元上司からの恩恵に対する恩返しと義理と自分の成長を目指して転職を決意したのだが
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毎朝無理して会社に行くことが最大目標になっていき、上司が毎朝の面談で心配するな、難しい仕事は与えないから、楽しい事だけを考えろ、大丈夫だよ大丈夫だよと優しい言葉をかけてくれるほど、俺はもう価値がない人間なんだと逆に思うようになった、そして上司から心療内科へ通うことを勧められ
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気づいて、毎朝会社が始まる前に私のメンタルをフォローするために面談をしてくれた、デスマーチプロジェクトからも外してくれて、部署内の席に戻してくれて、小学生でもできるような簡単な仕事を与えてくれた その環境なら回復するじゃないかと思われそうだが末期だとそれでも救われない脳内でなんと
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オリンピック開催まで半年で民泊への期待値が絶頂に達していた2020年1月末頃に中国武漢で得体の知れないウイルスが発生したとのニュースがテレビやネットで流れた、当時私は高円寺で転貸民泊の撤退準備をしながら民泊に泊まる予定だった、当時はYouTubeを始めて間もない頃で時事ネタなんかも
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誘ってくれた上司にもめちゃくちゃお世話になってたし、その人がいなければ俺は正社員になって給料が100万円上がることもなかったし、親会社に転籍することもできなかったと思う。とても信頼できる上司だったし新しい会社でもその上司の下であればうまくやれるのではないか、そして給料もさらに
ごめんなさい。もうはっきり言います。日本はもう救えないと思います。 感染し始めたのがもっとも早く、日々ジワジワと感染拡大、検査しないから感染者数は増えるのが遅い。 そんな状況の中、 まだ緊急事態宣言を打たず。 つまり、日本がもっとも被害の大きい国になる可能性が高いということです。
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養っていかなければいけない家族のことを考えると、その場は穏便に済ますべきだと思う笑いながら受けがした、その後もそのプロジェクトはうまくはいかずスケジュール遅延は全て最終工程のテスト部隊にのしかかり、残業の日々となぜかテスト部隊が遅れているという責任を負わされ、上司の上司からも
山ピーのNHKドラマ、正直不動産の撮影かな? 最寄り商店街の空き地で地鎮祭やってて、アパート建設予定地とか看板あったから土地売れたんだなと思ってたら、今日全て元通りの空き地になってたw ドラマ撮影だったぽい。
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家の近くの心療内科へ通うようになった、そこで先生が魔法の言葉のようにこんなことを言ってくれた「大丈夫だから心配しないで、無理しないで、とりあえずこの薬を飲んでください」と毎回睡眠薬と何か不安を和らげる薬を出してくれた、その薬を飲み続けたことが今となっては問題だった気がするのだが
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休職して事態はさらに悪化した。そう、仕事を辞めてから寝たきりの状態になり、毎日部屋の中で家の近くの電車が走る音すら怖かった。またあの鉄の塊に乗って会社に行くのかと不安が続き、心療内科に定期的に通っても「そうですか。大丈夫です。安心んしてください。この薬を飲んでください。」と言われ
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薬を飲んでも飲んでもただ強制的に眠たくなって寝るだけで改善はされず、妻も私の体調を心配し始め会社を辞めたらと勧められた。これ以上会社に行くだけの仕事で給料を頂くことすら重荷に感じていたので俺は上司に会社を辞めさせてくださいを言ったら、とりあえず休職して休むことを勧められたのだが