「地上の楽園は、この世の地獄だった」北朝鮮に渡った日本人妻の慟哭、3年で帰国のはずが40年にわたる苦しみ… 金総書記に8800万円の賠償命令、異例判決が認定した「帰還事業」の実態
日本に帰ってきて真っ先に向かったのは、福井の実家だった。病院にいた母の手を取り「ごめんね。もうちょっと早く来たかった」と告げると、じっと顔を見てぽろぽろと涙をこぼし、頭を振った。それが最後のやりとりとなった。妹たちからは財産の相続放棄を迫られ、了承すると音信不通になった。 その後は支援者の元に身を寄せた。食費を節約するため3食カップラーメンで過ごしながらパートで稼ぎ、時折手紙をよこす北朝鮮に残る子供たちへの仕送り資金をためる日々。だが長男は病気で亡くなり、次男は消息を絶った。 一方、「娘」として来日したブローカーの妻は、親類と偽って中国から仲間を呼び寄せ、風俗店を開いて荒稼ぎを始めた。「いつかばれる」。良心の呵責に耐えかね、警察に自首。ブローカーや仲間と共に逮捕され、2009年に大阪地裁で入管難民法違反ほう助の罪で執行猶予付きの有罪判決を受けた。「利用されていることは分かっていた。だけど、子供のことを考えたらこうするしかなかった」
待ち望んだ日本での生活を経ても、苦しみが報われることはなかった。 ▽北朝鮮に事業の責任を、立ちはだかった「壁」 「北朝鮮政府に裁判を起こす」。そう聞いた時は半信半疑だった。それまでも事業への参加を勧誘した朝鮮総連に対する訴訟は何度かあったが、裁判所はいずれも事業終了から20年以上が経過し、民法上の時効が成立すると判断していた。 「渡航させただけでなく、出国を許さず現地に留め置いたことまでを一連の不法行為ととらえれば、損害の終了時点は脱北した時になる。主体的に計画、実行した『北朝鮮政府』を訴えることで時の壁が越えられる」。訴訟を担当した福田健治弁護士は、北朝鮮を被告とした理由をそう語る。 2018年8月、斎藤さんたち5人の脱北者は1人当たり1億円の損害賠償を北朝鮮に求め、東京地裁に提訴した。 外国の政府そのものを訴える前例のない裁判では、そもそも日本の裁判所に裁く権利があるかどうかからが争われた。2022年3月の地裁判決は、日本政府が国家として承認していない北朝鮮は、外国の裁判権に服さない「主権免除」が適用されないと判断したものの、出国制限については日本の裁判所の管轄外と判断し、賠償を認めなかった。