「トレイ、先輩……?!」
驚きの声に振り返れば、そこにいたのは懐かしい後輩の姿が。
お互い驚きのあまり固まってしまうが、今トレイが置かれている状況がそれを許さなかった。
ドン、とひと際重い音を立てて、ついに扉が破られた。勢いのままに室内に飛び込んでくる
「先輩、伏せて!!!」
後輩の声に反射的にその場に屈み込む。何をするのかは全く判らず、どうしてと鏡の向こうの後輩を見やれば、何故か投擲したようなフォームを取っていて。
「なん…」
「あ、効いた」
何故、と問うトレイの声と、何かをしたらしい後輩の間の抜けた声が重なった。効いた、とはどういう事だと再度振り返り――
「は……………?」
一瞬のうちに変わった光景――室内に押しかけていたはずの靄が、綺麗サッパリ消えていた――に言葉を失った。綺麗サッパリ…というか、室内に入り込んだ靄は消えていたが、室外の靄はまだ残っている。が、何故か部屋には入れなくなったようで、戸惑ったように扉の前を右往左往している。
「……助かった、のか……?」
目の前に靄はまだいるが、襲ってくる様子は無い。どころか、入ろうとして何かに弾かれたようにすぐさま
少し、沈黙が流れる。お互い何を言えばいいのかと戸惑っており、うー、だのあー、だの後輩はニ、三言唸りを上げて…結局、口に出せたのはコレだった。
「あー…なんか、またトラブル起こってる感じです?」
「あ、ああ…トラブル、と言うには大事件な気もするが…とりあえず、助かったよ」
――監督生
頷き、続いたトレイの礼に、いやぁたまたまですよと笑う後輩こと監督生。
「しかし、さっきは一体何を投げたんだ?」
「え? ああ、アレは塩です。自分の故郷では、塩には悪いものを浄化する力があると信じられているんです」
丁度手に持ってたんで、つい反射的に投げちゃいました。
テへ、と笑う監督生に偶然持っていた、なんてどんな状況だったのだと思うよりも早く、意外な事実に驚いた。
「塩? って、あの調味料の塩か?」
「はい、あの塩です。何か怖い系の出来事があった時に、故郷のいろんな宗教で使われるくらいにはポピュラーなんですよね」
まさかただの塩にそのような効果が…と驚くトレイであったが、どうやら監督生も驚いている様子。
「まあ、まさか
ヤッバ、塩で撃退ってもしかして全世界共通!?なんて笑う監督生に、しかしトレイは感心している様子。
「こっちじゃ敵対的なゴーストは光魔法か炎魔法でないと撃退できないはずなんだがなぁ…」
「あ、それもしかして魔法が発達してるからこその弊害かもしれませんね。なまじ対抗手段があるからこそ、魔法以外の対抗手段の研究がおろそかになったのかもしれません」
確かそちらのゴーストは魔力由来でしたよね?なら、余計に魔法以外では撃退できないものだと信じられているのかもしれません。
そう、自分の考えを述べる監督生。一度トレイン先生にゴースト退治の歴史とか、聞いてみるのもいいかもしれませんね、と監督生は笑い――でも、と続ける。
「あー、でもさっき投げたの、対霊用の清め塩だったので、それのおかげって可能性もありますが」
「清め塩?」
ただの塩に種類があるのか?と首を傾げるトレイに、監督生はコクンと頷く。
「はい。自分の故郷はまあ、いろんな宗教をちゃんぽんした、他国からしたら混沌とした宗教観があるんですが、その中のとある宗教では死は穢れたものとして
で、さっき投げたのはその穢れを祓うために日光などで清められた清め塩って訳です。そう言って笑う監督生に、しかしトレイは顔をしかめた。
先程、監督生は何と言った?葬儀の時に用いる塩だと言わなかったか?なら、あの時投げた塩は……!
まさか不幸事があったのかと尋ねるよりも早く、笑う監督生はそんな心配を払拭する事実を告げる。
「まあコレ、葬儀とは関係のない所で貰った物なんですけどね」
「関係のない所?」
キョトンとした表情で、オウム返しに尋ねるトレイに、まあ驚きますよねー、と監督生も続ける。
「はい。自分、今日は親戚の
そう言いながら思い出すのは○回忌の法要を行う、という話が出たときの事。
神隠し事件もとい元監督生NRC拉致事件(笑)から無事現代日本に帰還し、両親を始めとした周囲の安堵やら改めてこちらの学校に1年から通い直しやらの騒動を経ての、日常の平穏を取り戻してからしばらく経ったある日、法事の際にみんなで集まろうという話になったそうだ。――言わなくても理由は分かった。みんな、神隠し()にあった元監督生ことユウを心配し、ひと目でも元気な姿を見たいのだろう。
ユウの両親と親戚たちとの仲は、世間一般的に見て良好な方だろう。頻繁に連絡を入れたりする訳ではないが、年末年始の集まりや今回のような法事など、連絡が必要な事があればちゃんと知らせてもらえるし、お中元・お歳暮といった、世話になった感謝の挨拶を欠かす事もない。そんな関係なので、神隠しにあった自身の事をみんながひどく心配していた事をユウも知っていたし、自分に会うことでみんなが安心出来るなら、と法事の参加に否やは無かった。
本日に行われた法要は、仕事の都合などで参加出来なかった親戚を除いてほとんどの人が参加した。そうして、無事に法要も終わり、食事もある程度の人達が済んだ後――親戚の一人が、小さな袋をユウに手渡した。
「あのな、ユウ。おじちゃん、すごく心配したんだぞ? 何があったのか覚えていないって事は、きっと辛いことがあったんだろう。そういう“覚えておきたくない”事は無理に思い出さなくていいとおじちゃんは思う。だから、いなくなった時の事をおじちゃんは聞かない。ただ――もう二度と、こんな事が起きないように
そう言ってユウに握らせたのは、お葬式などで配られるあの袋で。少々ボケてきた叔父が持ってきたそれにちょっと顔をしかめた親戚もいたが…もう二度と神隠し事件が起きないでほしいという思いはみんな一緒なのか、清め塩を持たせた事に否やをいう者は居なかった。
かくいうユウはと言えば、記憶喪失は全くの嘘だが魔法の存在する異世界の事を周りに吹聴など出来る筈も無く、一応両親には本当の出来事――とは言ってもオバブロ事件やそれに付随するあれやそれやの大騒動は余計に心配をかけるもとなので、話したのは当たり障りの無い“魔法のある異世界に居た事”、“そこで約一年ほど、生徒として通った事”、“親しくなった先輩や、同学年の友人も複数存在する事”、何より“いつもそばにいてくれた、大切な相棒の事”などを聞い摘んで、だが――を話したが、内容が内容のために、結局真実はユウの家族内で秘匿することとなった。そんな訳なのでバッチリ記憶はあるし、大変だったこともあったけど、(もちろん当時は辛かった事もあったけど)今は何だかんだ良い思い出だと思っている事もあり、叔父が心配するほどでは無いのだが……気持ちはありがたいのでその清め塩はちゃんと受け取る事にしたのだ。
その後、両親は翌日もこちらで用事があるとの事で親戚宅にて一泊し、しかしユウはと言えば勉強があるからと一足先に帰宅したのだ。最初は神隠し事件の事もあり、誰もいない自宅にユウ一人を帰す事を周囲が渋っていたが、いかんせんユウは約一年ほど同年代の友人達より勉強が遅れているのだ。さらに、理化学系などの知識が科学寄りから(錬金術的な意味で)魔法寄りの思考になってしまったのだ、こちらの一般的な勉学感を取り戻すにはまだまだ時間が足りない訳で。
そんなこんなで最終的には某先輩を真似た話術(誰を真似たのかは明言してないからセーフだろう、きっと)で言葉巧みにみんなを丸め込み、こうして日暮れにはまだ少し早い時間に帰宅した…のだが。
玄関を開けると同時に、室内の何処かからドン、ドンと鈍い音が響いている事にまず肩を震わせてしまった。――だって、今日は家族全員で親戚宅に行った訳だし。つまり泥棒かと、NRCで鍛えた勇気と根性を奮い立たせ、しかし犯人に気付かれぬよう足音を忍ばせ音の鳴る方へ。……向かう途中で気が付いたのだが、何処かに体当たりでもしているらしい鈍い音は、残念ながら自室の中より聞こえていた。うーわーマジかー不審者が自室にいるとか最悪じゃん、と胸中で悪態をつきつつ自室のドアに手をかけると。
ボソリ、と何者かの呟きが聞こえた、ような気がした。
何を言ったのかは自室のドアが音を吸収したのか聞き取れなかったが、確かに話し声らしいものが聞こえ、ユウの肩が改めてビクリと震える。が、不審者をいつまでも自室に置いておきたくないから、ええいままよ!と扉を開けると……まさかの見知った緑髪の先輩が、自室の壁に掛けられていた姿見に映っていた訳で。
「――あとは、先輩の知っている通りです」
ホント怖かったんですからね!と苦笑する監督生に、「それは…すまなかったな」と謝罪するトレイ。後輩を怖がらせるつもりは毛頭無かったからか、悪いことをしたと謝る彼に、まあ仕方がないですよ。こんな事になるなんて、闇の鏡でも分からなかったでしょうから!と監督生は笑う。
「でもまあ、貰った時はこんなの何に使うんだって思ったんですけど。まさかの帰宅後すぐに使うことになるとは…」
まあ、おかげでトレイ先輩は無事だったし、良かった、かな? なんて笑い、ついで監督生は「で、先輩。そちらは何があったんです?」と尋ねる。
「ああ、それが……」
そうして、トレイの口から語られた、ハーツラビュル寮生失踪事件から始まり、今現在に至ってはNRC全体を巻き込んだ謎の靄に包まれ各寮ごとに孤立しているこの状況に、最初こそ不安そうに話を聞いていた監督生であったが、話が進むうちに――正確には靄が発生した、という話の辺りから徐々に険しい表情を浮かべていった。
一通り、監督生と再会するまでの出来事を聞き終えた後――フゥ~、と詰めていた息を一息吐いて、監督生はボソリと呟く。
「へぇ~、そう…ふぅ~ん……」
「お、おい監督生? 目が据わっているぞ?」
険しい表情を浮かべる監督生に、逆にトレイが戸惑ってしまう。NRC在学中にどんな嫌がらせをされようと、何だかんだ苦笑いを浮かべる程度であった監督生が、今まで見せた事も無いような悪い表情を浮かべているのだ、彼が戸惑うのも仕方がないだろう。
「そっかそっか、うちのマブ達が…そっかぁ~……」
アハハハハ、と乾いた笑い声をあげ、次いでボソリと一言。
「万死に値するよね」
「監督生!?」
常では聞くこともないほどの低い声を出した監督生にトレイが驚く。自分達にもよく懐いていた後輩が、まさかここまでドスの効いた声を出せるのか、と。
トレイの驚きに気付いているのかいないのか、悪い顔を浮かべていた監督生が、次の瞬間パッといつもの表情に戻り、
「トレイ先輩! 自分も協力しますよ! こんなふざけたことやらかした不届き者にはキツーイおしおきが必要ですからね!」
って事でこの鏡、超えたらそっちに行けますかね?
そう言って今にも鏡を超えてきそう――いや、すでにちょっと超えている。だって監督生の両手の指ががっちりトレイと向き合う鏡の淵からこちら側へと伸びているし!――な監督生を、トレイはすぐさま押し戻す。
「気持ちは判るがダメだぞ? こちらには越させないからな?」
「何でですか! 自分だってみんなと一緒に戦いたいですよ!」
「いや今の状況じゃそう言われても仕方がないだろう!?」
未だ安全地帯すら確保出来ていないような状態なのだ、ただでさえこちらの世界のゴーストは魔法での防衛が欠かせない存在な訳だし、“魔力無し”の監督生をこの危機に直接関わらせる訳がないだろうと説得するトレイに、監督生は不貞腐れた様子で、しかしトレイの言い分もわかるからか、大人しく鏡の淵にかけていた手を外す。
「じゃあせめてサポートくらいはさせてくださいよ。こっちはまあ、確定安全地帯なわけですし? 必要物資の調達とかは出来ますよ!」
ま、全部異世界産なんですけどね、なんて続ける監督生。まあ、死にはしませんよ。何せ異世界の食べ物を飲み食いして、元気に今も生きてる例がここに居ますからね!と胸を張る監督生に、その言い方はどうなんだ…、と苦笑するトレイ。監督生的には安全の為とはいえ
「で、これからどうしますか?」
改めてトレイと向き直る監督生に、彼はうーん、と暫し考え込む。
「とりあえずスレには顔を出しておいた方がいいか。…あ、監督生はスレってわかるよな? とりあえず、俺たちハーツラビュル生は連絡用にこのスレを使っているんだ」
そう言ってトレイが見せてくれた画面には、トレイを含めた調査チームの安否を気遣う書き込みが並んでいた。――ツイステッドワンダーランドに居た間は、学園長が契約していたスマホという事もあり、スレなどを利用した事は無かったが…ざっと目を通した感じ、どうやら基本的な機能はこちらのスレッドと同じのようだ。
こっちの世界にも似たようなのがありますし、大丈夫ですよと頷く監督生にそうかと頷き、トレイはスマホを操作する。「監督生の事は言っておいた方がいいか?」との問いにはどっちでもいいですよと答え――そういえば監視されている、なんてトレイから聞いた件を思い出した。
「あ、やっぱり今のナシで。だれかと合流した事は書き込んで大丈夫でしょうけど、それが自分である事は伏せた方がいいかもですね。こっちの補給路が速攻で断たれるのはやっぱりマズいですし」
あとこの鏡が割られたら、自分何も出来ませんし!と力説する監督生。…確かに、異世界とはいえ補給路を断たれるのは痛手だ。出来れば異世界という事もあり、監督生一人に買い出しなどの苦労をかけたくはないが、今はそんな事を言っていられるほどの余裕はない。…せめてミステリーショップで補給を得られるようになれば、監督生の負担は減りそうだが。
その辺りの事は今後の課題だなと独り言ち、とりあえず書き込むことをまとめてからの方がいいかとスマホを触る手を止めるトレイ。…監視されている事を忘れていた訳ではないが、確かに書き込む内容はよく考えないと、今まで以上に状況が悪化する危険性があるなと考えていると、そういえば自分のスマホ、どうなったんだろう…?と監督生がポツリと一言。
「あの、先輩。ちょっと机の引き出し見てもらってもいいですか? 自分、帰るときに学園長から支給されたスマホを引き出しに置いて帰ったんです。――学園長の事だから、解約していそうですが…万が一、まだ使えるようですあれば、連絡手段になりますし」
自分、ここから動けないですからね、と監督生が苦笑する。まあ確かに、
「どうだ? スレにもつながりそうか?」
「ちょっと待ってくださ……あ、いけるみたいです」
スレを眺める監督生を見ながら、「いい加減寮に戻らないとな…」と呟くトレイ。確かにスレに追いつけば、みんな心配しているのはすぐに察せた。特にリドルはスレに顔こそ出してはいないものの、きっと誰よりもトレイの安否を案じているだろう。だがしかし……
「先輩、自分は多分きっとメイビー
そう言って、何かを思いついたのか、監督生はパンッと手を叩く。
「あ、トレイ先輩、実験がてらちょっとオンボロ寮解放してもらっていいです?」
そう提案されたのは、この状況に似つかわしくない耳慣れた言葉で。
「実験? 何をするんだ?」
「それはまあ、道具を揃えてからのお楽しみって事で。それに、オンボロ寮の解放はメリットもありますよ?」
学園調査の拠点に、オンボロ寮ってうってつけだと思いません?
そう言ってニヤリと笑う姿は、先程とは程度が違えどやっぱりヴィランらしいものであった。
きりうさんにガチホラーはやっぱり荷が重かったよ…
ってわけでシリアスはお散歩に出かけちゃいました。仕方ないね。
ちょこちょこ捏造設定がありますが、あまり公式には無い設定を捏造するのは好きではないタイプなので、話に深く関わる部分ではない所の、話のフレーバー程度に抑えてます。そのつもりです(ぇ
あ、作中にあった実験の様子は次回にやりますのでご安心を!
ちなみに前回言った通り、この先の展開に関してアンケート設置してます。
アンケートの結果、多い所に次回凸、という形式を今後取りたいなって思ってます。
あ、一応言っておきます。行先如何で誰と合流するか、どんな情報を入手するかは既に決めています。何処かの寮に向かったとしてもそこの寮生と合流出来るとは限りません。
例)植物園に行ってもおじたんと合流出来るとは限らない
今回描写の無かったキャラ達も独自で動いているので、今回A地点に行ったから、次回B地点に向かえば○○と合流出来る!となる訳ではありませんのでご了承ください。
アンケートはGW終わりの5/8 23:59に締め切ります。ご協力をよろしくお願いします!アンケートの協力が無かったらなんか適当に話を展開していこうかとは思ってますが(;^ω^)
まっっっっってアンケ結果が全て同点ってどういうことなの?????
…って事なので次回、トラウマ場所と選手権会場とカラスの巣の3か所に凸します。
展開どうすりゃいいの……
2023年2月9日:ツイステちゃんねるタグ追加ありがとうございます!
すみません完全にタグつけるの忘れてました…申し訳ないです