3月8日の国際女性デーに合わせ、半世紀前のアイスランドの女性運動を象徴する大規模ストライキ「女性の休日」にインスパイアされたイベントが日本各地で展開されています。
なぜ今、このストライキがこれほどまでに注目されるのでしょうか。それは、世界で最も男女平等が進んでいるとされるアイスランドにおいて、この出来事が大きな転換点の一つとされているからです。
しかしアイスランドが一夜にして「ジェンダー平等世界一」となったわけではありませんでした。そこには、このストライキを支え、さらにその先へとつないでいった、女性たちによる長い闘いの歴史があります。
このストから私たちが本当に学べることは何なのでしょうか。アイスランドの歴史と文化に詳しい東京大特任研究員の山田慎太郎さんに聞くと、そのヒントは、意外にも私たち自身の足元、日本における女性運動の歩みの中にも隠されているといいます。(共同通信編集委員 宮川さおり)
■そもそも「女性の休日」とは■
1975年10月24日、アイスランドで女性が家事や労働などをボイコットする形で行ったストライキ。賃金格差などの男女不平等を訴えるのが狙いで、女性の9割が参加したとされる。その後も間隔を空けながら行われ、初回から50年となった昨年10月24日には、首都レイキャビクの大規模集会に5万人以上が参加した。男女平等への道を後押ししたとされ、アイスランドでは現在、国会議員の半数近くを女性が占めるほか、大統領、首相も女性が務めている。世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数ランキングで16年連続で世界1位となっている。
【19世紀末、1人の女性が新聞に寄稿】
―最近、日本でもアイスランドの「女性の休日」を一つの成功例ととらえ、そこに学ぶイベントが盛んです。
「日本でも男女平等が進む一つのきっかけになっているようですね。ただ、アイスランドの男女平等は1975年の『女性の休日』から突然始まったわけではありません。その種は1900年より前から、女性たちの手で一粒ずつまかれてきました」
「1885年の、ブリーエット・ビャルンヒェディンスドッティルという1人の女性が新聞の寄稿で性別に基づいた不条理を鋭く指摘したのが始まりでした。彼女は、1907年には女性の権利向上を目的とした『アイスランド女性権利協会』を設立し、国会への請願活動などを行いました」
「彼女の活動で特筆すべきは、その戦略的な柔軟性です。彼女自身は『参政権こそが社会を変える本丸だ』という強い信念を持つ、今でいう〝急進派〟でした。一方で、当時は参政権以外にも女子教育や子育て支援など、女性が抱える課題もまだまだ多かったため、『参政権は後回し』と考える人々もいました。ブリーエットは彼女たちと時に協力し、時に独立した動きをして、運動の裾野を広げていったのです」
「その結果、1907年に政府に対して自分たちの声を届ける際に、男性の有権者数に匹敵するほどの署名を集めるまでになりました。この、立場の異なる層をまとめ上げる力こそが、後の大きなムーブメントを支える最初の地盤となりました」
【タラ加工工場から始まった闘争】
―政治的な動きの一方で、生活に直結する「労働運動」も大きな役割を果たしたのではないですか。
「『女性の休日』という名称から、私たちはどこか象徴的なボイコットを想像しがちですが、源流には非常に実務的な、『働く女性たちの闘い』がありました。20世紀初頭、アイスランドの基幹産業は水産業、特にタラの加工でした。この過酷な現場を支えていた女性たちが、賃上げや待遇改善を求めて立ち上がった複数のストライキがありました」
「彼女たちは、自分たちの労働が止まれば国が立ち行かなくなることを実体験として理解していました。理想論だけでなく、労働組合を組織し、具体的な賃上げを一つずつ勝ち取ってきたという成功体験が何十年も積み重なっていたからこそ、1975年のムーブメントはあれほどの実効性を持てたのだと思います」
【日本にもあった熱量と先人の声】
―ジェンダー平等の歩みにおいて、北欧は進んでいる、日本はあまりに遅れているといった比較がよく聞かれます。
「ブリーエットたちの運動により、当初は限定的だった女性の参政権も段階的に実現していきました。日本ではほぼ同時期、板垣退助らによる自由民権運動のタイミングと重なります。そこでは、優れた弁士として女性の自立を説き、女子教育に取り組んだ岸田俊子や、『納税しているのに参政権がないのはおかしい』と役所に詰め寄った『民権ばあさん』こと楠瀬喜多らが、すでに権利向上を求めて発言、行動を起こしていました。100年以上前の彼女たちの言葉は、現代のジェンダー平等を求める主張と驚くほど響き合っています」
「アイスランドが日本より先行していたと決めつける前に、私たちの足元で積み重ねられてきた歴史に光を当てるべきです。ジェンダー平等を、外から取り入れた概念としてではなく、自分たちの土壌から芽吹いた『物語』として学び直すこと。それが日本ならではの解決策を見つけることにつながるのではないでしょうか」
【「女性の休日」、葛藤を糧に】
―再び「女性の休日」に話を戻しますが、アイスランド内外で象徴的に語られています。
「近年ではその実情がより多角的に検証されています。メディアでは『全ての女性が職場を放棄し、男性たちが家事育児を丸抱えしてパニックになった』という成功体験が美化されがちですが、実態はより複雑でした。病院などのインフラを支えるために休めなかった女性や、他の女性の不在を埋めるために働き続けた人々もおり、女性の間でも決して一枚岩ではなかったという記録が残っています」
「しかし、アイスランドの人々が素晴らしいのは、そうした内部の葛藤すらも糧にして、運動をアップデートし続けてきた点です。現在のストライキは社会を機能不全に陥らせる対決型から、一種の『連帯を確認するお祭り』のような性格を強めています。また、『女性』という二元論的な枠組みを超え、トランスジェンダーやノンバイナリーの人々を含む、より広範な『ジェンダー・ジャスティス(公正)』を求める形へと進化を続けています」
―私たちがアイスランドの歩みから真に学び取るべきことは。
「アイスランドの人々の取り組みが教えるのは、他国の『正解』を書き写すことではありません。自分たちの歴史を深く知り、その背景にある葛藤や先人の歩みを学び直し、そこから一歩ずつ地道に積み重ねていくことの大切さです。私たちの足元にある歴史をいかにして引き受け、次へとつなげられるのか、それを考えることにこそ、未来へのヒントがあるのだと思います」
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■山田慎太郎さん略歴■
やまだ・しんたろう 1995年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科付属次世代人文開発センター在籍。専門はアイスランド地域研究。