ちょっと想像してみてほしい
今、あなたのラインにメッセージが来る
そこには「日本代表に選ばれた」と書いてる
試合は1週間後、相手はフルメンバーのウルグアイ
大卒2年目でチーム先発入りを狙っていた坂井達弥は
青天の霹靂(へきれき)に驚いた
しかも試合では先発起用される
ところが自分のミスで先制点を献上した
その後、坂井は日本代表に呼ばれていない
急に来た幸運はすぐに走り去った
だが今も坂井は戦い続けている
サッカーにかける夢を忘れたわけではない
練習で自分がスタメンだと気づいたときの驚き
初めて日本代表に選ばれる直前のリーグ戦はアウェイの大宮vs鳥栖だったんです。久しぶりの試合で、自分ではそんなに悪くはなかったと思うんですけど、大宮FWのムルジャが結構強くて、僕がPK与えたりしたんです。
GKのアキくん(林彰洋)が頑張って止めて、いい感じで勝ったと思います。ただ、そんなに手ごたえがあったとはあんまり思ってませんでした。鳥栖でレギュラーをつかめるかどうか、ぐらいの時でしたね。
そうしたら翌週に「日本代表に選ばれた」って連絡が来て。アルベルト・ザッケローニ監督からハビエル・アギーレ監督に代わった、最初の選考に入ったって。最初に聞いた時は、全然意味がわかんなくて。
アキくんは1年前に鳥栖に移籍してきて結構代表を意識してて、大宮戦の後も今度アキくんが代表に入るんじゃないか、みたいな話やっていたので、僕はアキくんが代表に入ったという連絡が間違って僕のところに来たんじゃないかなって。
だいたいその連絡が強化担当の人からラインで来たんですよ。それで電話をかけたら「今忙しいから後で連絡します」って言われて。そんな感じだから間違いだと思ってたら「代表入りました」って言われて意味わかんなくて。
「アキくんが入ったんですか?」って聞いたんです。そうしたら日本代表のメンバーリストの画像が送られてきて、僕で間違いないって。「え!?」とびっくりしちゃっって、あんまり実感わかなかったですね。
代表に合流する直前の、ホームの清水戦の後に記者会見したんですよ。みんな何かビックリしてて、僕もビックリしてるし、記者の人たちも何というか「選出にビックリ」という感じの記事を書きたいみたいで。
その試合が終わったらあっという間でしたね。合宿もそうですし試合も。
緊張するヒマがなかったというか、実感なく過ごしていたし。合流する前は代表選手のプレーとか日本代表の経験はとても貴重だと思っていたんですけど、でもやっぱり現実味がないというか夢の中のようで。あっという間だったと思うんです。
日本代表という場所の雰囲気はわからなかったけど、知ってる選手がいたのは心強かったですね。アキくんは鳥栖で一緒だったし、マツケン(松原健)は2013年まで大分でプレーしてたからちょっとだけ知ってたんで。
アギーレ監督からはいじられたってことを覚えてます。3人「サカイ」がいてどうのこうのって。酒井高徳、酒井宏樹と僕の名字は漢字が違うんですけど、外国人にとってはみんな「サカイ」だから。それから監督に話しかけていろいろ聞いたりもしましたよ。
ただね、どういう流れで練習して、どういう感じで試合するか全然わからないんですよ。合宿の1日目は海外組って時差ぼけ取るための調整ぐらいで、次の日に1日だけ戦術確認して。で、試合前日はセットプレーの確認をちょっとして、次の日は試合だったから。どんな感じで試合を戦うのかもわからない。こんな中で代表の人は試合をしてるんだ、すごいなぁと思いました。
代表にずっと呼ばれてる選手だったら戦い方とかお互いの特徴とかわかってるし、コンビネーションもあるじゃないですか。でも僕はホントまったくわからないし、その中で自分のいいところを出すのは本当に難しいと思いました。Jリーグとは全然別の世界というか。しかも相手がハイレベルなウルグイアイですからね。
練習の流れとかも僕は全然わからなくて。そうしたらマツケンが「タツくん、スタメンのほうにいない?」って言うんです。僕は「え? そうなの?」って。自分では気付いてなくて、というか本当によくわかってなくて、てっきりレギュラーとサブのミックスで練習してると思ってたんです。
セットプレーの練習のとき、味方チームに誰がいるか確認したら「あぁ、本当だ」って。それで出るってことがわかったんですけど、練習は非公開だったから報道陣の人たちって僕が出るなんて思ってないんですよ。記者の人たちが「どうですか?」って聞いてきたんで、「まぁ出たら頑張ります」って何気ない感じで答えてましたけど、内心は「オレ、出るよ」って。そう思いながらも実感はなかったんです。
試合では前半、僕のパスミスをエディンソン・カバーニに狙われて失点してしまったんです。失点の場面はあのあと何度も振り返ってて。そこで思うんですよ。いつもだったら絶対に選択しないようなプレーをしてしまったって。それまでだったら、自分のできることだけを選択していたのに、あの舞台に立っているというだけでできないことをやってしまったって。そんな1つのプレーが失点に繋がってしまって。
ミスで失点する経験って、ディフェンダーにとっては宿命だと思うんです。でも僕はプロになってからバックパスのミスはやらないようにってずっと心掛けてて、シンプルなプレーに徹してたんです。それがああいう大きな舞台で初めてそういうプレーをして失点してしまって、メンタル的にはきつかったのを覚えています。
ただ失点したらすぐ吉田麻也さんとか長友佑都さんたちが来てくれて「切り換えろ、俺も大事な試合でPK取られたりしてるから」とか「切り替えて次が大事だ」とか言ってくれたんですよ。ハーフタイムになったらベンチから柿谷曜一朗とかがやってきてれて励ましてくれて。それはありがたかったですね。
それにまだ若かったんで、試合が終わった後は気持ちを切り替えて頑張ろうと思えたんですけど、今だったら耐えられないかもしれないですね。ただ、今だったら絶対簡単にクリアしてます。
日本代表から帰って振り返ってみると、やっぱり緊張感だったりプレッシャーだったりすごい感じてたんじゃないかなって。ふわふわしてるわけじゃないんですけど、夢みたいな感じですよ。
大卒2年目で、1週間前は代表に入ると思っていないし、1週間後には試合に出てて。驚きが止まらないというか。大卒でプロに入ったときから「代表を目指したい」とずっと言ってたけど、感覚とか、技術とか、まだごまかせない部分が多くて、やっぱり準備が足りなかったって。もったいなかったなぁって。
そこで悔しい思いをしたし、またあそこに戻ってやろうというか、今の自分をもっと変えてやろうとすごい思えたからこそ、まだがむしゃらに這いつくばっているというか。今も何とか試合に出ようと駆けずり回っている最中ですね。
「元日本代表」という名前が居場所を奪う
その後日本代表からは声がかからなくなったんですが、それは仕方がないというか、僕はまだ代表のレベルに達してないというのをすごく思ったので。あの場所にまた行けるようになりたいとずっと思ってるし、代表に呼んでくれた人たちに「あいつ頑張ってるな」とか「成長したな」とか思ってもらえることが恩返しというか。そうできるように引退するまで頑張ろうと。
あれから僕は出場機会を求めていろんなチームに行ったんです。そうすると行った先の記者の人たちには「元日本代表」という名前だけが先行してるというか、そういうことが多くて。
僕はそんなに心をやられるほうじゃないんですけど、行った先で出場機会がなくなったときに立場がないというか、最初にすごく持ち上げられちゃうんで、居心地が悪くなっちゃって。
それでまた移籍して。またやり方がわからないチームに行って、で、また1からのスタートをずっと繰り返してました。それに2017年までの移籍はずっと鳥栖からのレンタルだったから、同じぐらいのプレーだったら、自分のクラブの選手の方を出す、という感じで。鳥栖に戻ってきたらサイドバック、しかも右サイドバックでした。そういうのはやっぱりすごく苦しかったですね。
でもその中でも、やっぱりもう一回自分が変われるんだったらやってみようとか、ポジティブな要素は常に持っていたんで、そんなに落ち込むこともなかったんです。ただ客観的に見れば、名前が先行してましたね。
結局2017年で鳥栖との契約が切れてトライアウト受けることになったんです。そこで山形に拾ってもらったというか、そういう思いもあって。しかも今回はレンタルじゃない。
そうしたら、これまでとはちょっと違った気持ちなんですよ。今までは自分が出たい、自分がどうしたい、とかそういう気持ちがすごい強かったんですけど、山形に来てからは、またプロになりたてのときのように「チームのために何かしたい」と思えるようになって。
試合に出ても出られなくてもチームのためにやれることはたくさんあるし、ふて腐れたり別の方向に力を使うんじゃなくて、山形にプラスに働けるかどうかをいつでも考えられるようになりました。精神的にも大人になったと思います。
山形でもなかなか試合に出られなかったけど、出たらチームが勝つために何かしてやろうとずっと思ってます。試合に出る機会があればしっかり力を出せるように、そこまではしっかりチームをサポートして。
今の日本代表は……ウルグアイに勝つんですからね。見ててすごいなぁって。僕がプレーしたときは「これが世界か!」ってビックリしましたからね。ぶつかったときに岩じゃないかと思うくらいガッチリしてたし、速いし強いし。あんな中で戦ってるんだって。
日本代表関係者の方とスタジアムであったりとかすると「何してるんだよ、お前なんで試合に出てないんだよ」って突っ込まれたりするんです(笑)。僕も中堅か、もうすぐベテランという歳になりましたけど、人に感謝して、恩返しできるように一花咲かせたいですね。
焼肉屋さんでまず頼むのはハラミ
山形においしいものはたくさんありますよ! まずフルーツがすごくおいしいんです。サクランボとかラ・フランスとかブドウとか、もうなんでもおいしいし豊富です。街にフルーツが溢れてて、どんどん出荷しないと追いつかないくらい。すごいですよ。
山形に来てびっくりしたのは、サクランボの時期だけ求人が出てるんです。配達だったり積み込みだったり、みんな手が足りないぐらいの感じなんですよ。妻がさくらんぼ詰めるアルバイトをやってみたいと言って、知り合いに紹介してもらって行ったりしてました。
じゃあお勧めのフルーツパーラーは……じゃなくて、店でお勧めなのは山形牛の焼肉屋さんですね。肉屋さんの上で焼肉をやってる「焼肉さくら」です。ここは人気店で、山形駅のほうに2店舗目も出してたと思います。
僕がまず頼むのはハラミですね。他の肉も安いんです。ほとんどの肉の一人前がだいたい同じ値段で、しかもおいしい。クオリティ高いからお勧めです。ローストレバーっていう、レバ刺しじゃないんですけど、ちょっと低温調理して出てくる料理はおいしいですよ。ごま油と塩で食べるんです。それからレバーも臭くなくておいしくて、タンも分厚いかな。
「サッカー選手って高い焼肉に行ってるでしょ」って思われたりするんですけど、ここは値段も含めてお勧めです。あとはここのキムチは、ちょっと甘めでダシっぽい味がするのが出てくるんですけど、それもいいですよ。
すごい大人数で行くときは盛り合わせを頼んだりするんですけど、ほとんど妻と仲のいいチームメイトの松本怜大の家族で行くんで、だいたい単品でいろんな種類の肉を頼んでます。
僕が気に入ってるもう一つのポイントは、店の雰囲気なんですよ。座敷とテーブルが昔ながらの感じなんです。それがまたアットホームな空気感出してて。店員さんとも仲良くなれるんで、よけいに行きやすくなります。山形に来たら寄ってみてくださいね。
坂井達弥 プロフィール
東福岡高校、鹿屋体育大学を経て2013年、サガン鳥栖に入団。2014年にはアギーレ監督率いる日本代表に召集される。その後は松本山雅FC、大分トリニータなどを経て2018年からモンテディオ山形でプレーしている
1990年生まれ、福岡県出身
取材・文:森雅史(もり・まさふみ)
佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。