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ことばがつなぐ、オレと彼/Novel by 闇鍋ジョージ

ことばがつなぐ、オレと彼

7,103 character(s)14 mins

ユーリと〈黄昏〉が昔出会っていたら、の話。
特に恋愛要素はありません。
年齢操作、過去捏造あります。

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 それはヨルさん手作りの南部シチューを食べたときのことだった。
 パプリカパウダーとサワークリームが入ったそれは、〈黄昏〉の記憶の奥底にあるものとよく似ていた。
「ヨルさん、ご出身はどちらでしたっけ?」
「私ですか? ニールバーグの東の方です」
 ヨルさんが手を止めて、故郷の話をしてくれた。
 ちいさなちいさな田舎町。古い石づくりの街並み。家の裏手には小さな山。イノシシが出るのは困ったけれど、ハーブの類が採れるのは助かった。
 道はほとんどが舗装されていないむきだしの土。
 お店はよろず屋がたった一軒あるだけで、あとは何をするにも隣街へ行く必要があった。
 隣街はそこそこ大きくて賑やかで、高い時計塔が目印。時計は壊れてしまったが、戦時中で修理することができず、ずっと12時ぴったりをさしたまま止まっていた。
 そこまで聞いて、オレはやはりこのシチューの味を知っていると確信した。味どころか、材料や作り方までも。
  “隣街” は〈黄昏〉の潜入先だった。
 
 

 ニールバーグ東部にあるその街へは、〈黄昏〉として初の単独任務で潜入した。
 足を負傷して戦線を離脱した兵の役で、レストランの見習いコックとして雇われた。
 設定上いつも足をひきずって歩いていたから、帰還後もしばらくはそのクセがぬけずに困ったことを覚えている。
 顔には頬から顎にかけて、ズバッと一本、覚えたての特殊メイクで傷をつくった。今にしてみれば、毎日施すことで特殊メイクの訓練も兼ねていたのかもしれない。
 戦地から戻ってきたものの故郷は焼け落ちて既に無く、身内もなく、ここに流れ着いたという設定。
 穏やかで働き者の好青年。仕込みや皿洗いなどの厨房の仕事だけでなく、店の雑用や掃除も足をひきずりながらすすんで引き受ける。
 おかげで厳しい店主やコックから当たられたこともなかった。
 軍人生活と鬼教官のありがたーい指導の賜物だ。
 
 見習いコックの給料はとにかく安かった。南部は保守的で、古くからの徒弟制がまだ色濃く残っている。給料はもらえるだけマシという程度で、まかないつきの住み込みでなければとても暮らしてはいけない。
 オレにはWISEからも給料が出ていたが、それに少しでも手をつけたらバレる。そのぐらいの薄給だった。
 毎日飯が食べられるだけで大満足のオレだったが、足をひきずるせいで靴の修理代がかさむのが問題だった。
 毎月修理代を給料からひいて積立のようにとっておく。残るのは子供の小遣いレベルのほんのわずかな額。
 物欲はたったひとつの例外をのぞいてなかったが、任務の一貫としてその物欲を満たせるのは幸いだった。

 

 給料日に必ず訪れるのは、町外れにある古書店だ。給料日でなくとも度々顔だけは出すが、買えるのは給料日だけ。毎月1冊の古本が、オレの唯一の金の使い道。
 店主がマーク対象と度々接触する要注意人物なので、任務がてら個人的な物欲を満たすというウマい店通いだ。
「こんにちは」
「やあ、給料日だな!今 月はどんな本を買うんだい?」
「冷やかしになっちゃうかもしれません。そろそろ靴底を換えないといけないので、お金を貯めてるんです」
 財布がわりの巾着を振ると小銭同士が擦れてチャラチャラと鳴る。なんとも心もとない音だ。
「いいよいいよ、貯まったときに買ってくれれば。見習いは大変だな」
「買えるものがないか、ワゴンを覗いてみますよ」
 店に入ってすぐのところにあるワゴンは、いわゆる叩き売りコーナーだ。
 状態が悪かったり、マイナーすぎて人気がなかったりと買い手のつかなさそうなものが安価で置いてある。オレにとっては宝の山だった。
「あ、そうだ。オレがはじめて焼いたパンです。よかったら味見してください」
 バッグから紙包みを取り出せば、店主の顔はパッと明るく輝く。
「すごいじゃないか! もうパンを焼かせてもらったのか? アイツは厳しいのになあ」
 そこから延々と始まる愚痴を聞きながら情報を整理して、頃合いを見はからって特価品のワゴンへ向かった。
 めずらしく先客がいる。子供だ。
 ワゴンにしがみつくような姿勢で、ずらりと並んだ背表紙を睨んでいる。
 足を引きずりながら近付くと、子供は驚いたようにオレを見上げて、それから顔の傷を見て一瞬固まり、再び背表紙を睨む作業へと戻った。
 なんとも見目の良い少年だ。短く切られた真っ黒な髪はつややかで、赤色の瞳はぱっちりと丸く飴玉のよう。まだ幼さの残る丸みのある頬に、淡いピンク色の唇。10歳前後だろうか。この年頃の自分を思い出して、古書店通いと戦争ごっこの差に苦い笑いしか浮かばない。
 それと同時に、こんな時代に生まれ落ちてなお、銃よりも知識を選びとった彼を尊いと思った。
 隣に立ってワゴンを見下ろすと、少年は手を伸ばして奥の本を取ろうとしているようだった。
 つま先だちで身を乗り出しているのに、どうにも手が届かない。震える指先を見て、声をかけた。
「どの本?」
「……『オドミナル卿の書簡』」
「はい。これ結構おもしろかったよ。オススメ」
 日に焼けた本を取り出して手渡すと、少年はパッと顔を輝かせた。
「ホント!? お兄さんこれ読んだことあるの?」
「うん。よく書かれていると思う。ただ、細かいところは史実とは違う。そこだけは注意かな」
「じゃあ、勉強にはならないかな……」
「『はじまりの密書』と『肉屋の配達史』をあわせて読むといいよ。
 『はじまりの~』はこの本の前半部分と互いに補完しあっている。『肉屋の~』は史実に基づいているけど退屈。答え合わせ用だな。この三冊を読めば最強だ」
 少年はうんうんと頷いて、本を開いた。細かい字にも怯む様子がない。読書家なのだろう。没頭して読む姿に目を細めて、それから自分のお宝探しに戻った。
 知識欲は三大欲求を除けばオレの唯一の欲だ。
 知識を得て自分を強くすることを本能的に欲している。読書はその手段のひとつだ。
 まだおぼえたての速読で一気に頭に叩き込みたかったが、人前でそれはできない。一ページずつ丁寧にめくりながら読み進める。
「おにいさん、それ買うの?」
 ふと声をかけられて懐具合が思わしくないことに気付いた。裏表紙の値札は思いのほか数字が大きい。
「うーん、今日は買えないな。予算オーバーだ」
 苦い顔で笑えば、少年は口元をきゅっと引き締めた。
「その……おにいさんはこの街の人……?」
「うん。時計塔の前のレストランで見習いをしているよ」
 少年は赤い瞳でオレの手元の本を睨んで、それからしばらく考え込んだあと、オレを手招いた。
 オレが身をかがめると、少年は耳元に囁く。
「ボク、毎月月末にこの街に来るんだ。ボクもその本よみたいから、半分こで買って、来月ボクがかしてもらうのはどう?」
 それは意外な申し出だった。
「読み終わった本はお店で買い取ってくれる。ワゴンの中のものは1ペント。2ペントたまったら1ペントずつ分ければいいよね」
 ずいぶんしっかり者の少年だ。
 少しばかり悩んだが、安価で本が読めるのは純粋に嬉しいし、この少年にも興味がある。
「よし、契約だ」
 オレの言葉を聞くなり、少年はぱっと瞳を輝かせて15ペントを取り出すと、オレの手のひらに置いた。
「来月必ず本を渡すよ」
 目を合わせてそう言えば、少年は財布を握りしめてしっかりと頷く。
 こんな風に少年とオレとの古本シェアリングは始まった。
 


 古本と1ペントのやりとりは、さすがに店主の目の届くところではできない。
 時計塔が待ち合わせ場所で、本と金のやりとりをしたあと、読み終わった本の感想を言い合う。選ぶ本から察するに年の割に聡いとは思っていたが、それは予想以上で、彼との会話は思いのほか楽しかった。
 残り物のパンをアレンジした菓子を持って行けば、少年はうまいうまいと食べてくれる。次はもっとうまいものを作ろうと頑張れば、料理の腕も評価もぐぐっと上がった。
 何度目かの待ち合わせの時、少年から相談事をもちかけられた。
 早くお金を稼げるようになって、たったひとりの家族であるお姉さんに楽をさせたい。守られた分よりもっと、守りたい。今すぐ働きたいぐらいだ、と少年は言った。
 コック見習いの話を聞かれて、何より先に給料の額を伝えると、少年は押し黙ってしまった。そりゃそうだ。養うどころの話じゃない。
 数年後にコックになれたとしても、店を任せてもらえるようなシェフになるまでは時間がかかるし、その店が繁盛するかどうかは努力とセンス次第。そんな話をすれば、より一層顔は曇った。
「おにいさんはなんでコックになりたいの?」
「腹が減ると辛いし苦しい。でもうまいものを腹一杯食べたら幸せになるだろ?」
 純真な少年にウソをつくのは心苦しくて、可能な限りの本音を話せば、少年は幾分陰りの消えた目で頷いた。
「キミが今一番好きなことは?」
「勉強!」
 間髪入れずに返してきた言葉は、まっすぐで簡潔だ。
 オレは大きく頷いた。
「 “知は力なり” 。ある哲学者の言葉だ」
「……知は力……?」
「そうだ。勉強することは大事。でもただ教科書や本を読むだけじゃだめだ。考えたり、書いたり、人と話したり、実践したりして、そうしてはじめて知識は意味をもって、キミの力になるんだ」
 少年は真剣な表情で頷いた。
「キミが勉強するのが好きで、知を力にしてお姉さんを支えたり守りたいのなら、今はまだお姉さんに頑張ってもらう番だと思う。知識を蓄えて、大学へ行くのをすすめるよ」
 などと言ってはいるが、オレ自身はこの少年より小さな頃から学校には通っていないのだが。だからこそ、時代にも金にも負けずに知の追求を貫いてほしいのかもしれないけれど。
「大学なんて、ウチじゃ無理だよ。姉さんが家を売るとか言いだしそう。……はっ! それよりどこかの金持ちのエロジジイのアイジンになるとか言い出したらどうしよう!? 姉さんならダブルでやりかねない!あわわ、ねねねえさーーーん!」
 真っ青になって頭を抱え込む少年の背中を撫でて落ち着かせる。
「言っただろ、今は “まだ” お姉さんの番って。キミが立派な仕事をできるようになったら、今度はお姉さんを楽させてやるんだ」
「『そんな心配をする必要はありません! 全部私にまかせてください!』って余計張り切っちゃうよ」
 声色を変えて叫んだ少年は、がっくりと肩を落とした。
 姉はこの少年にまさに無償の愛を注いでいるといったところだろうか。無くしたものを羨んでも仕方がないが、縁遠いからこそやはり少しは羨ましく思う。
「オレはキミの兄弟でもなければ学校の先生でもない。ただの読書仲間としてしか言えないけど、最終的に何者になるにせよ、キミは外の世界を知った方がいい。選択肢はひとつでも多い方がいいからね」
 オレはおせっかいを重々承知の上で彼にアドバイスをした。
 この街で働くことが悪いわけではない。この街にいることを否定しているわけでもない。ただ一度は外へ出たほうがいいという話だ。聡明なこの子の選択肢は多いはずだから。
「おにいさんは、兵隊さんの前は何をしてたの?」
 小さな読書仲間の純粋な疑問に、オレは小さく笑った。
「ただの学生だよ。学校は燃えてなくなっちゃったけど」
 そう、丁度この少年が通っているのと同じ、基礎学校の学生……というか生徒だった。兵役の直前はドブネズミだったが、それはさすがに言えない。
「オレは今でも勉強が好きだけど、学校はひとやすみ。今は本や労働やキミとの会話や、そういうものから学んでる」
 少年はオレの言葉を聞くと、俯いて耳を赤く染めた。
「……ボクはおにいさんに教えてもらってばっかりで、何も返せてないよ」
「十分すぎるほどもらってる。そもそも話すっていうことそれ自体が学びだ。それに加えてキミとの話題は本だろ?対話は知識を定着させるための重要な要素なんだ」
 うーん、やら、そうかなー、やらぶつぶつと呟く姿に目を細める。
 素直で勤勉。こりゃあお姉さんが可愛がるのも当然だ。オレだってこんな弟がいたら『心配するな、全部オレに任せろ!』と言うだろう。
「ちょっとここで待ってて」
 オレは足を引きずってレストランの自室へ戻ると、本棚から古ぼけた本をつかんで時計塔の前へ戻った。
 少年は律儀にそこに座ったままでいてくれたようだ。
 オレは隣に腰掛けて、その本を手渡した。
「 “知は力なり” を言った人の本だよ。
 オレの言葉は全部受け売り。
 この本はキミにあげる」
「えっ、でも」
「オレはもう全部覚えたし、本は必要な人のところにいた方が幸せだ」
 赤い目がうろうろとさ迷う。
「じゃあどこでも好きなページを開いて、最初の1センテンスを読んでごらん。オレが諳んじてみせよう!」
 茶目っ気たっぷりにウィンクをして、ふふんと胸を反らす。
 半信半疑で始まったテストはオレの全問正解で、少年は古本を抱えてピカピカの笑顔で帰って行った。
 


 そんな出来事のあと、オレは次の約束の日を待たずして、帰還することになった。
 割り勘で買った本は古書店の主人に預けられればよかったが、何しろ真っ黒だったので消された。
 当初からターゲットだったレストランももちろん消えた。
 少年の家は突き止めていたが、さすがにポストへ入れるのは気味が悪かろう。
 あの哲学書と引き換えということで許してもらうしかない。
 オレは初任務を終え、名前も本も思い出も、全てを燃やして本国へ帰還した。
 なりたてエージェントの〈黄昏〉と、赤い目をした少年の物語はこれでおしまい。
 
 

 今日もフォージャー家では特別講義が行われている。
「ここまでわかったか?」
「うぃ」
「じゃあ説明してみろ」
「えーっと、えーっと……わすれた」
「聞いただけでわかった気になるな。
 教科書を読むだけでもだめだ、人に話したり、ノートに書いてまとめたりしろ。その “わかった” を自分のものにするんだ」
「そういえば、小さな頃ユーリはよく学校で習ったことを私に話してくれましたね」
「口に出したり誰かに教えたりすることは、知識を定着させるのに重要なんだ。だから姉さんに手伝ってもらってたんだよ」
 勉強の様子をキッチンから眺めていると、ふとユーリくんがこちらを振り返った。
「おい、他人事みたいに聞いているなよ。ボクがいない間もちゃんとチワワ娘の勉強を見てやれ」
「はい。そうします」
 オレの時だけ悪くなる目つきに苦笑いをしながら、コーヒーをドリップしていく。
「ユーリくん、気になってたんだけど、そのチワワ娘っていうのは?」
「あぁ、前に “知は力なり” の話をしたんだよ。そしたらコイツが聞き間違えて“ちわわぢから”とか言い出して」
 そこでオレは吹き出して、涙が出るほど笑った。
 おいおい、ウソだろ?
 初任務でたまたま出会った少年と10年越しで再会しただけでも奇跡なのに、彼の中にオレが教えた哲学者の言葉が生きているだなんて、そんなことってあるか?
 オレの存在が欠片でも残ってただなんて、エージェントとしてマズすぎるのに、どうしても顔がにやけてしまう。
 跡形もなく消えたはずが、彼を支える言葉を通して残っている。
「笑ってる場合じゃないぞ、ロッティ! いいか、チワワ娘。教科書だけ見てればいいってもんじゃないぞ! いや、教科書…? ……オマエはまず教科書から学べ。とりあえず教科書だ。学んだことを自分の力にする方法はそのあと。え、いつやらせれば? そんな余裕どこに……いやでもコイツのちわわぢからで姉さんにおいしいものを食べさせられるようにするためには……」
 チワワ娘と呼ばれたアーニャが、オレとユーリくんとを見比べている。
「アーニャ、集中。ユーリくん、面倒かけちゃってすみません」
「ふんっ、姉さんにお願いされたからやってるだけだ!」
 この昔話はオレだけの秘密。
 もしだれかひとりにだけこの話を打ち明けるとしたら、それはあの頃のオレだ。
 青臭くておせっかいな、なりたての〈黄昏〉、おまえのおかげでオレはまた彼に会えたよ。
 現状とんでもない事になってはいるが、オレがオレの仕事を全うしさえすれば、彼はまた元の道へ戻り、知を力に家族を守り、世界を切り拓く人になるだろう。
 せいぜい頑張るよ。彼をけしかけちゃった自分の尻拭いぐらいはしなくちゃな。
 
 騒がしい特別講義は、ユーリくんがキレたところで手作りの焼き菓子を持って行くのがお約束。もちろん余ったパンのアレンジを出して身バレの危険をおかすようなマネはしない。
 オレは〈黄昏〉。東にも名が轟く、今年で10年目のベテランエージェントだ。
 
 
 
 
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読んで下さってありがとうございました。
なんでヨルさんとユーリくんはバーリントに出てきたのかな?
大学と聞いて、ユーリが奨学金をもらえたと伝える前に、家の権利書を持って飛び出して売りにいっちゃったのかなー。
そもそもあまり裕福ではない家庭で、ユーリが大学へ行く決心がついた理由ってなんだろう?
そんなことをつらつら考えて、昔のたそさんを絡ませてみました。
楽しんでいただけたなら幸いです。
 
 ジョージ

Comments

  • ミータン
    December 7, 2022
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