P「俺のほうが先に美琴を好きだった。」
六十二作目。
レッスン室の描写に関して。書いたあとに知ってしまったんですが、事務所内にあるわけじゃないみたいですね。申し訳ありませんが、この文章中では事務所内の いち施設として想定していますので、ご了承ください。
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P「お疲れ様、美琴。」
美琴「うん。ありがとう、プロデューサー。」
SHHisがメディアに注目され人気を博すようになってから、どれくらい経っただろう。七草にちかのおかげもあって、彼女らのユニットはライブ活動以外でも、テレビやネットの番組に露出することが多くなっていった。今日もまた、プロデューサーと緋田美琴がテレビ局に赴いていたのは、そのためであった。
P「じゃあ……俺は先に出てるけど、ゆっくりでいいからな。」
美琴「え……すぐに着替えるから、ドアの前で待ってて?」
番組の収録も無事に終わり、帰り支度のさなか、そんなやりとりがあって、彼女の要望通りプロデューサーは表に出て待つこととなった。
「あの……283のプロデューサーさんですか……?」
プロデューサーが次の予定を確認するために手帳に視線を落としていると、前方からそう声をかけられた。顔を上げるとそこには、先の収録で見かけたアイドルの娘たちがいた。三人それぞれ所属事務所が違うように記憶していたが、彼女たちの収録中のやりとりや、こうやって楽屋裏でも親しくしているところを見る限り、水魚の交わりのような関係に思えた。
P「えぇ、そうですよ。君たちは……さっきウチの緋田と一緒に収録してた娘たちですよね。どうかしましたか?」
「えっと……私たち、その……!」
「もう〜、なにもたついてんの〜……!」
「だ、だって……!」
「あ、あのっ、あたしたちと連絡先交換してもらえませんかっ!?」
P「連絡先……ですか? あぁ、アイドルの方々には名刺までは渡してませんでしたね。」
そう言って、プロデューサーがジャケットの内ポケットを探ろうとすると、すかさず彼女らはそれを制止した。
「あっ、えっと、そうじゃなくてっ……!」
「そうそう〜、あくまで個人的にってカンジでぇ〜。」
P「個人的に……って、私の連絡先をですか?」
「そうです! あたしたち一人ひとりと! お願いします!」
他事務所のアイドルと個人的な連絡先の交換をすることなど、どこぞの馬の骨とも知れぬプロデューサーから働きかけて実現できることでは無い。まして、彼女らのこの些細な望みを叶えることで、ひいては事務所の好感を上げられることができるかもしれない。いま唐突に、眼前に転がり込んできたこの機会を無下にするほど、プロデューサーは寡欲ではいられなかった。
P「……分かりました。えっと、チェインで良いですかね?」
「あっ、ありがとうございます……!」
「マジですか〜! チェインね、オッケーで〜す!」
「ありがとうございます!」
一層に黄色さを増した声をあげる彼女たちを見て、安堵感と少しの罪悪感を覚えつつも、プロデューサーはスマホを操作していた。ちょうど、三人目と連絡先を交換し終わったその時だった。帰り支度を終えた美琴が楽屋の扉から顔を覗かせたのは。
美琴「……なにしてるの、プロデューサー。」
「あっ、美琴さん……。」
P「おっ、美琴。もう支度は大丈夫か?」
「うん……」と短く返事をした美琴は、三人のアイドルを挟んで向かいに立つプロデューサーに、じっとりと、けれども冷ややかな眼差しを向ける。その場にいた者は皆、そんな彼女の眼光に囚われ、まさに蛇に睨まれた蛙のように、ぴたと動きを止めていた。彼女がプロデューサーのほうへ向かって一歩踏み出そうとした瞬間、アイドルの一人が声を発した。
「あ……う、ウチらもう行きますね〜……! プロデューサーさんもまた今度〜……。」
彼女の一言でハッと我に返ったプロデューサーは「はい、また今度……」と、簡素な挨拶で彼女らを見送った。プロデューサーと、ついでに美琴にも、軽く会釈をした彼女たちは足早にその場をあとにした。「またね」と彼女らの背中に向けて発した美琴の言葉が、はたして彼女らに届いていたかは定かではない。
美琴「……なんの話してたの?」
P「あ、あぁ……いや、こっちの話だ。美琴は心配しなくても大丈夫だよ。」
プロデューサーの言葉に他意は無かった。個人の連絡先を交換してはいたが、私的なやりとりに使おうとは考えておらず、事務所の利益を第一に努めようとしていたからだ。
美琴「……そう。……プロデューサー、ああいうのって初めて?」
P「え……いや、何回かあるけど……?」
美琴「さっきみたいに、一人でいるときに話しかけられるの?」
P「う、うん。そうだけど……。それがどうしたんだ?」
美琴「いや……事務所の娘たちに"守られてる"んだな、って……ね。」
P「……? それはどういう……
プロデューサーの言葉を遮るようにして、美琴は踵を返し「帰ろう」と一言。廊下を歩き出した彼女を見て、プロデューサーは釈然としないままに後をついて行く。
美琴「……プロデューサー。」
P「ん、なんだ?」
美琴「今度から、局ではあんまり一人にならないほうが良いと思うの。」
P「ん……そうか。……でも今日みたいに……
美琴「良いよ、着替えのとき楽屋に入ってても。」
P「え? いやいや、そんな……
美琴「プロデューサー、良いから。ね?」
前を歩く美琴の表情はプロデューサーからは見えなかったが、その声色にはプロデューサーを言いくるめるだけの、並々ならぬ感情がこもっているように感じられた。
◇
P「……あれ……?」
にちか「あ、美琴さんいましたね。……お取り込み中かな?」
先日の収録から少しして、今度はユニットの仕事でテレビ局に来ていた一行は、収録の待ち時間を過ごしていた。プロデューサーは以前の言いつけ通り、一人での行動を慎んで、にちかとともに飲み物を買いに行き、楽屋に戻っているところであった。
P「……! にちかっ、こっちだ……!」
にちか「えっ……ちょっ、えっ!?」
プロデューサーは、自分でもなぜそのような行動を取ったのか定かではなかった。ただそれは、見てはいけないような、見たくないと本能的に思ってしまうような、そんな光景だった。咄嗟に脇の通路に にちかごと身を隠し、美琴と彼らのやりとりに耳をそばだてた。
「……ね、良いでしょ? どう?」
美琴「はあ……。あんまりそういうの分からなくて……。」
「いやいや、いてくれるだけで良いからさ。ね?」
美琴「えっと……ちょっと考えさせてください……。」
「あー、じゃあ俺らとチェイン交換しとこっか。」
「そうだわ。今回は無理でもさ、また次回も僕らやるし。」
美琴「……分かりました。」
美琴を囲むようにして位置する二人の男は、某事務所に所属するユニットのメンバーだ。プロデューサーは彼らについてあまり良い噂を聞いていなかったため、要注意人物として記憶の片隅に置いていた。美琴とやりとりをしている彼らを見て、そうした記憶が徐々に鮮明になっていった。
P「……!」
にちか「んん〜〜っ!!!」
P「……あっ、すまんにちか。」
鮮明になるにつれて、にちかの口を塞いでいた手にも力が入ってしまっていたらしい。激しくタップされていた腕の痛みにも気付かぬほど、プロデューサーは食い入るように美琴を見ていた。
にちか「ぷはっ! ちょっと!? いきなりなにすんですか!? あ〜、もうメイクし直さなきゃじゃないですかー……!」
P「す、すまん……。」
にちか「なんでいきなり物陰に……。」
P「……にちか、あれ見てどう思う?」
にちか「『あれ』ってなにを……
そう言って、依然不機嫌そうなにちかは物陰からひょっこりと顔を覗かせる。彼らを一瞥したにちかは頭を引っ込め、再びプロデューサーに目を向けた。
にちか「……止めに行かないんですー?」
その目はやっぱり不機嫌そうだった。しかし、彼女の質問風の命令に対して、プロデューサーはすぐに答えることができなかった。しばしの沈黙は、彼女の刺すような視線によってより長く、重く感じられた。
にちか「……私、あの人たちそんな好きじゃないんですけど。プロデューサーさんも知ってますよね?」
P「……っ、……あぁ。」
にちか「……なんで隠れたんです?」
「演者同士の話に割り込みするのは」「うちの事務所はとくに恋愛禁止とかは」「美琴にもプライベートが」そんな配慮とも言い訳ともつかない言葉なら、いくらでも思い浮かんだ。けれどもなにか、別の感情がそれらに纏わりついて口から出すにはどうにも危なすぎる気がした。
P「…………わからない。……けど……、
だから、プロデューサーは正直にそう答えた。言語化できない感情がそこにはある、ということを。『けど』なにか言葉を紡ごうとした。にちかが納得するだけの、情け無い自己弁護の言葉を。
にちか「……『けど』?」
P「……っ。」
続く言葉がそれでも出なかったのは、結局、自分の身が可愛いかったからなのだろう。なにかを口に出せば、それが自分の本心と捉えられてしまう。"あらぬ誤解"を生むことで、傷つきたくない。
そんな、自分の社会的な立場を庇護する無意識の足枷が、プロデューサーの一歩を邪魔する。『沈黙』はいまの状況において、否定も肯定もしない便利な返答だった。
にちかはプロデューサーの言葉を限界まで待ったようだったが、とうとう痺れを切らして彼に背を向けた。
「もういいです」と一言吐き捨てて美琴のもとへ駆けていく彼女の背中を、プロデューサーは黙って見ていることしかできなかった。
◇
とある日の夜更け。就業時間をとっくに過ぎた事務所の外窓からは、煌々と光が漏れていた。
はづき「美琴さんにドラマのオファーですか〜。」
P「……はづきさんはどう思いますか?」
先日の件から間もなく、プロデューサーのもとに美琴宛の仕事のオファーが届いた。プロデューサーは先日の出来事について美琴と話をするどころか、彼女に対する言いようのない複雑怪奇な感情から、むしろ若干距離を取るまでになってしまっていた。そのため、オファーを受けたこの日も、美琴に連絡を取る前にはづきへと相談を持ちかけたのだった。
はづき「私は良いと思いますよ〜。美琴さんにとっても良い経験になると思いますし、なにより仕事の幅も増えるでしょうしね〜。」
P「……そうですよね。」
はづきはプロデューサーの煮え切らない態度を、言葉の端々から感じていた。
はづき「……なんだか浮かない顔ですね〜?」
P「……これ、濡れ場があるらしいんですよ。」
はづき「……あぁ〜、なるほど……。」
ユニットとしての活動が徐々に世間に浸透し、飛ぶ鳥を落とす勢いのさなか、そのような仕事がはたして必要なのか。勢いづいているときこそ脇を締め、あらゆるリスクヘッジを思索するべきではないか。
などと、プロデューサーが言うであろうことを、はづきは確信していた。また、そんな社会的な体裁だけではない、なにか別の感情が彼の後ろ髪を引っ張っているということも同時に感じていた。
はづき「……プロデューサーさんはどうしたいんですか〜?」
P「……俺は……?」
はづき「美琴さんを、どうプロデュースしたいんですか? この仕事は……美琴さんのためになると思いますか?」
P「俺は……美琴を….…。」
プロデューサーの脳裏に先日の出来事がよぎる。彼らのニタついた笑顔の裏に、肉欲に飢えた獣の顔貌が透けて見えた。きっと美琴にも見えていたのだろう、不快そうな表情を上手く隠して笑っていた。それに気づいていたのに俺は……と、拳を強く握る。今回のオファーに関しても、たとえ演技であっても、美琴が望まないことは……
P「……嫌、です……! 美琴は……美琴は絶対に、」
P「……絶対にトップアイドルにしてみせます。……誰にもナメられないくらいの一流になれば……きっと……
きっと、ナンパなんてことをしてくる輩もいなくなる。そう言おうとしたとき、プロデューサーは気づいてしまった。自身の内にある名の無い感情に。そして、いま口にした言葉が美琴のためなんかじゃない、"その感情"によるあまりにも自分勝手な考えだったことに。
はづき「……ふふっ、それで良いと思いますよ〜。なんだか妬けちゃいますね〜、プロデューサーさんにそんなに想われてるなんて〜!」
P「と、とりあえず本人に確認してみます……。」
プロデューサーはそう言って席を立ち、出入り口に近づいていく。今はたしか、美琴はレッスン室にいるはずだ。そう思いながら、いつの間にか半開きになっていた扉にほんの少し違和感を覚えつつも、それを開けて一歩踏み出した。
◇
プロデューサーが、美琴の邪魔をしないよう、申し訳なさそうにレッスン室の扉を開けて中の様子を覗くと、驚くほどの静寂が部屋を包んでいた。ちょうど休憩中に当たったのか、奥のベンチにはやはり彼女がいた。異様な静けさのなか、プロデューサーが俯く彼女のもとへと歩く足音だけが、いやに反響した。
P「…………美琴?」
美琴は俯いたまま、プロデューサーの呼びかけには答えない。もしや体調を崩したのかと、プロデューサーが彼女の肩に手をかけると、ようやく上げたその顔を見て、思わず息を呑む。
P「美琴っ……!? 大丈夫か!?」
美琴「……プロデューサー……。」
美琴の瞳には大粒の涙が光っていた。それを見たとき、肩に置いた手から、彼女が小刻みに震えていることにも気がついた。両の頬にできた涙の跡は、どれほどの時間泣いていたのかを物語っているようだった。けれども、今もなお溢れ出るそれは勢いを増しているようにさえ見えた。
P「美琴……どこか痛いのか!? 怪我とか……
美琴「……っ、ごめんなさい……っ。」
P「美琴っ!?」
美琴はプロデューサーの呼びかけに答えることなく、足早にレッスン室を出ていった。
プロデューサーは、乱暴に開かれたレッスン室の扉が、自重によってゆっくりと閉まっていくのを、呆然とした様子で見ていた。美琴の、廊下を駆ける足音が遠くなっていく。
静まりかけたレッスン室。カチャ……と小さな音を立てて完全に扉が閉まろうとした瞬間に、ハッと気を持ち直したプロデューサーは、急いで彼女の跡を追った。
P「……はぁっ……はぁっ……美琴っ……!」
美琴「……っ……はぁっ……ぐすっ….…
息を切らしながら美琴の名前を呼ぶ。けれども彼女は振り返らない。玄関に差し掛かかり、上履きのまま外に出ようとしていた彼女の左腕を、プロデューサーの手が力強く握った。
P「美琴……! ……はぁっ……はぁ……!」
美琴「……はぁ……はぁ……ぐすっ。 ……は、離してっ……。」
プロデューサーの呼びかけにやっと反応した彼女は、それでもまだ顔を背けていた。掴まれていないほうの腕の袖口は、すっかりハンカチ代わりとなっていた。
美琴がぐぐっ、と掴まれたほうの腕に力を入れて振り払おうとするたび、彼女の強い拒絶の意思はプロデューサーに痛いほど伝わった。それでもプロデューサーが力を緩めなかったのは、山ほどある疑念を問い、払拭するためでもあったが、自身のうちに秘めた想いを伝えるためでもあった。皮肉なことに、こんな状況になって初めてまともに彼女に触れたことで、今まで靄がかかっていた心の内が途端に明瞭になって現れたのだった。
それから数十秒ほど経っただろうか、体感だと一時間にも感じられた膠着状態は、美琴の呼吸が落ち着くのを見計らって喋り出したプロデューサーによって解かれた。
P「……美琴、あっちで話さないか。」
プロデューサーのその言葉に答えるように美琴は脱力し、顔を彼のほうに向けた。視線は合わせないまま小さく頷いた彼女を見て、プロデューサーは手を離し、リビングのほうへ向かって歩き出した。
◇
プロデューサーのデスクには「お先に失礼します。お疲れ様でした。 はづき」と書かれた付箋が、目につきやすいようパソコンのディスプレイ脇に貼られていた。確認し終えると、向かいにあるソファに向かって歩きつつ、そこに座る美琴に言う。
P「……美琴、コーヒーかなにか飲むか?」
美琴「……ううん、大丈夫……。」
P「……そうか。」
プロデューサーが美琴から少し離れた位置に座ると、俯き気味に彼女は口を開く。
美琴「……"嫌い"……なんだよね。」
P「ん、あぁ……そうだったのか……。」
何度かコーヒーを飲んでいるところを見た気がしたが、無理して飲んでいたのだろうか。ずっと彼女を見てきたのにそんなことも気づかなかったなんて、と改めてプロデューサーは自責する。
美琴「『そうだったのか』って……そんなはぐらかし方……
P「? はぐらかし……?」
美琴「……っ、やっぱり、私帰るねっ……。」
ふたたび涙ぐんだ声になった美琴はソファから腰を持ち上げる。
P「っ!? ま、待ってくれ、美琴!」
プロデューサーの声で、背を向けたまま美琴は立ち止まった。そして、これが最後と言わんばかりの口調で「……なに?」と呟いた。なぜ涙を流すのか、なぜ自分から逃げようとするのか、"プロデューサーとして"訊かねばならないことが脳内を駆け巡るが、そのなかで口をついて出たのは彼自身意外なものだった。
P「……この前、あの男性アイドルたちに言い寄られてたよな。……なんで受け入れたんだ。」
美琴「え……。」
それは、ありがた迷惑な老婆心とも言えるかもしれないが、"プロデューサーとして"だけでは無い、明確な嫉妬の感情がそこにはあった。
美琴「……プロデューサーには……関係ない、から。」
P「……"プロデューサー"じゃない。」
美琴「……え?」
振り返った美琴が見たのは、熱のこもった視線で自分をとらえて離さない、神妙な面持ちをして立つ彼だった。
P「……美琴。"俺"は……
少し躊躇ってキュッ、と下唇を短く噛む。改めて彼女に強く視線を向ける。
美琴は、並々ならぬ雰囲気を醸す彼に言い知れない不安を抱きつつも、諦めて閉ざした一縷の望みが脳裏をかすめて、心臓が期待にドクンと高鳴る。
P「美琴がどう思おうと"俺"は……美琴が好きだ。それだけは伝えておく。」
美琴「……っ!?」
P「……美琴が知ってるか分からないが、彼らは良い噂を聞かない。……だからあまり……その……関わりを持って欲しくない。身勝手なお願いかもしれないが……
美琴の耳に入ってくる彼の言葉は、端から溢れ落ちていく。整理のつかない頭はなにも考えさせてはくれず、ただ彼の口から出た"その言葉"だけが廻る、まわる。
美琴「す、すき……って……?」
P「す、好きは……"好き"だよ。その……いや、すまん。困るよな、忘れてく……
美琴「"好き"って……"LOVE"のほう……?」
P「……そうだ。その"好き"だ。」
美琴「ちょ、ちょっと……待ってね、整理……する……から……。」
P「う、うん……。」
突然の告白で、驚きと喜びとが入り混じった、感情の波が押し寄せる。思わず口角も上がりそうになる美琴には、それでもやはり気になることがあった。
美琴「で、でも……さっきも私のこと『嫌い』って……。」
P「さっき……? 俺はそんなこと……
と言いかけて、先程のやりとりのなかで『嫌い』というワードを検索すると、一件だけヒットする。
P「い、いやっ! さっきのはコーヒーのことだと思って……!」
美琴「コーヒー……?」
P「いや、とにかく俺は……って、ん? ……『さっき"も"』って言ったか…?」
美琴「……うん。さっきの……その"コーヒー"のは私の捉え間違いかもしれないけど、レッスン室に来る前……はづきさんと話してたのを聞いて……。そのときにプロデューサー言ってたよね……。」
プロデューサーは「あっ」と思わず口に手を当てる。まさか聞かれていたとは。それも、おそらく部分的に聞いてたようで、大きな誤解を招いてしまった、と。
プロデューサーは はづきとのやりとりを説明し、美琴の誤解を解くのだった。
◇
美琴「……そうだったんだ……。ごめんなさい、プロデューサー。私、早とちりして……。」
P「……いや、俺こそ申し訳なかった。その……それで、テレビ局での一件は結局……。」
美琴「あぁ、あれは……受け入れたほうが早く終わると思って。結局は、にちかちゃんが良い感じに追い払ってくれたんだけど……。でも、見てたなら助けに来てくれても良かったんだよ?」
プロデューサーは彼女のその言葉に少しだけ安堵しつつ、バツが悪そうに笑みをこぼした。
P「……ははっ……、そう……だよな……。」
美琴「……どうしたの?」
P「……美琴が好きなようにしたら良いって……な。ほら、ウチは恋愛禁止とかじゃないし……楽屋裏なんてほぼプライベートだろ? 俺は部外者なんじゃないかな、って……。」
美琴「ふぅん……。」
プロデューサーが伏し目がちに弁明する様子に、先刻の告白のこともあってか、どこか愛おしさを感じた美琴は、少しの艶めかしさをその瞳に宿した。
美琴「……それだけ?」
P「……え?」
美琴「本当に、それだけだったの?」
P「『それだけ』って、それは……。」
美琴「プロデューサー……私も好きだよ、プロデューサーのこと。プロデューサーと同じ気持ち……ううん、きっとプロデューサーが思ってる以上に……ね。」
P「美琴……!」
まるで好物を前にした子どものように目を輝かせたプロデューサーに、胸中で一層感情を昂らせる美琴は、彼に にじり寄っていき、拳ひとつ入るか入らないかという距離まで近づくと彼の首に腕をまわした。
P「み、美琴……?」
美琴「……だから、隠さないで? 知りたいの、プロデューサーのこと。たくさん……ね。」
P「あ、あぁ……。」
美琴「もう一度聞くね。本当に……『それだけ』だったの?」
呼吸も憚られるほどに美琴の顔が近い。全てを見透かしているようなその妖艶な眼は、やましい感情をひた隠しにしようとする行為すら恥ずかしく思わせる。
P「……嫉妬……してたんだ。なんで美琴に軽々しく口を聞くんだ、なんで美琴はこんな奴らを受け入れようとするんだ……って。」
美琴「……そう……。」
P「ドラマのオファーだってそうだ……。美琴が他の奴に抱かれるなんてことが、許せないんだ。俺が……、俺のほうが美琴を……。」
言いながら眉間に深く皺を寄せていることを、プロデューサー自身は気づいていない。それを見ることができるのはいま、美琴だけ。そしてそれを見た彼女には、彼の感情がどれほどのものかが手に取るように理解できた。
美琴「……ふふっ。ありがとう、プロデューサー。でも、大丈夫だよ。プロデューサー以外となんて、万が一にも無いから。」
P「美琴……。」
彼の安心した様子を見て、首にまわした腕に少し力を入れる。
P「んっ……美琴?」
美琴「……でも、言ったよね? 私、プロデューサーのこと『プロデューサーが思ってる以上に』好きなの。プロデューサー、いろんな娘に優しくしちゃうじゃない? 私、嫉妬しちゃうよ? ねぇ?」
P「美こっ……!? ん……むっ……!?」
美琴は喋り終わると同時に唇を重ね合わせ、舌を捩じ込む。二人の呼吸は次第に荒くなっていき、プロデューサーが美琴の腰に両手をまわすと、接吻はより一層激しさを増した。3分ほどの情熱的な口づけは、満足した美琴が離れることで終止符を打った。
美琴「……はぁっ……んっ、……はぁ……、好き……プロデューサー、ずっと……ずっと前から……。」
その言葉を聞いて、ふと『自分はいつから彼女のことを想っていたのか』と記憶を辿る。この"名前の無かった"感情はいつ生まれたのだろうと。それこそ、ずっとずっと……ずっと前だった気がする。だから、確信はないけれど妙に自信を持って言った。
P「俺のほうが先に美琴を好きだった。……絶対に。」
美琴「……ふふっ。私のほうが先だよ。」
P「いや、俺のほうが先だ。」
美琴「だめ。絶対私のほうが……んっ。」
押し問答に、二度目の接吻で歯止めをかける。一度目よりも熱く、扇情的なそれは、二人を二人だけの世界に堕とす。互いの積年の情愛を確かめるように身体を重ね合わせた彼らの初めての夜は、いつまでも続いた。
良かった…本当に良かった…