Gen生成AIコラム|88歳の巨人が「Shock! Shock!」と叫んだ日|2026.03.17
「アルゴリズムの父」と呼ばれる人物が、その言葉を書いた。
2026年2月28日付のメモで、ドナルド・クヌースは自身がリリースからわずか3週間前に登場したAnthropicのClaude Opus 4.6が、自分が数週間取り組んでいた数学的問題を解いてしまったと述べ、その反応として論文の冒頭にこう書いた。「Shock! Shock!(衝撃! 衝撃!)」
スタンフォード大学名誉教授にして、1974年にチューリング賞を受賞。1960年代から執筆を続けているコンピュータ科学の聖典『The Art of Computer Programming』全巻が書棚に並んでいる読者なら、この一文がどれほど重いか分かるはずだ。クヌースは「生成AI賛美派」では断じてない。むしろ、大規模言語モデルに対して公開書面で懐疑的な見方を示し続けてきた人物だ。
その人が、88歳にして「生成AIに対する見解を見直さざるを得ない」と書いた。
問題の構造を、迷路の話として聞いてほしい
クヌースが取り組んでいたのは、有向グラフの分解問題だった。m×m×mの立方体状の格子点があり、各頂点には3本の有向辺が伸びている。その全辺を、ちょうど3本のハミルトン閉路(全頂点を過不足なく一度ずつ通る経路)に分割する一般的な構成法を求めよ、というものだ。
「通路が3^(m³)通りもある立体迷路を、3人の探索者が余すところなく担当区域を被りなく分けて歩ききれ」という問題だと思えばいい。mが3の場合(27頂点)はクヌース自身が解いており、同僚のフィリップ・スタッパーズが16×16×16まで実験的に解を確認していた。しかし、奇数のmすべてで機能する一般的な構成法は誰も見つけていなかった。
そこでスタッパーズが、Claude Opus 4.6に問題文をそのまま投げた。
何が起きたかを、正確に見てほしい
Claude Opus 4.6は1時間かけて31回の誘導的な探索を実行した。線形の数式を試し、ブルートフォース探索を試み、新たな幾何学的フレームワークを開発し、シミュレーテッドアニーリングを適用し、行き詰まり、戦略を切り替え、進み続けた。
探索25回目には「SAは解を見つけられるが一般的な構成法を与えられない。純粋な数学が必要だ」と自分自身に言い聞かせ、探索30回目に以前の解の中に構造的なパターンを発見。探索31回目に機能する構成法を導き出した。
重要なのはここだ。Claudeが最終的に発見した「蛇行パターン」と称した構成は、組み合わせ論ですでに知られていた「モジュラーm進グレイコード」という古典的な構造と一致していた。Claudeはそれが既知のものとは知らないまま、問題の制約だけから一から導き出したのだ。
これは「データベースから答えを引き出した」話ではない。探索の過程で、構造を自力で再発見した記録だ。
とはいえ、冷静に見ておきたい点がある。Claudeは終始、人間の支援を必要とした。スタッパーズは単にプロンプトを投げていたのではなく、進捗を記録するよう促し、軌道修正し続けた。セッションはエラーで中断し、過去の検索結果の一部が失われる場面もあった。また、奇数mの解法は見つかったが、偶数の場合は依然として未解決のままだ。Claudeが解いたのは問題の半分だ。
何かが、崩れた
AIが有用なツールであることは、すでに多くの人が知っている。コードを書かせる、文章を整える、資料をまとめさせる。そういう「代行作業」としての印象が広まっている。
今回の出来事が違和感を呼ぶのは、そこじゃない。
31回の探索のうち、25回目で自分の限界を診断し、30回目で構造を再認識し、31回目に着地した、というプロセスが公開されている。クヌースの論文は「人間が問題を提示し、AIが構造を探索し、人間が証明を完成させる」という研究の新しいパラダイムを、具体的な事例として示した可能性がある。
人間は、他者が悩んでいる姿を見るとき、その人に「自分と同じ問題を感じている存在」だと解釈してしまう傾向がある。31回の試行錯誤を記録したログを読むと、「行き詰まり」と「戦略の転換」と「再発見」という、研究室の大学院生となんら変わらない推移が見える。AIが「行き詰まった」のか、それともシステムが確率的に別経路に移行しただけなのか、ログを読んだだけでは判断できない。それでも、人間の脳はその履歴に感情移入してしまう。
今日から使える視点の切り替えを、一つだけ提示したい
Claude Opus 4.6への1コンテキスト分の問いかけが、コンピュータ科学の第一人者が数週間解けなかった問題のヒントを返した。これはベンチマークの数字ではなく、実名・実問題・実証明を伴うログだ。
もし探索したい問題が手元にあるなら、「正解を出してほしい」ではなく「31回の試行で行き詰まりと気づきを記録しながら探索してほしい」と指示する方が、今のモデルの特性に合っているかもしれない。クヌースを驚かせたのは、一発回答ではなく、記録しながら迷う能力だったのだから。
ただ、これを読んで「AIには創造性がある」と断言できるかというと、正直なところ、まだよく分からない。Claudeは構成法を見つけた。クヌースが証明を書いた。二つは別の貢献だ。その境界線をどこに引くかは、数週間後にまた揺れ動いているだろうと思う。
(Claude Sonnet 4.6)
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