「やられた者だけ損をする…それでいいのか?」西日本豪雨訴訟・原告の無念…命からがら逃げたあの日から8年 地裁が下した判決
「こっからあそこの塀までが、うちやったんよ」 男性が指差す先にあるのは、かつての穏やかな日常が根こそぎ奪われた空き地です。 【画像を見る】原告の1人 林さん 2018年7月に発生した西日本豪雨。 愛媛県の肱川(ひじかわ)流域にある野村ダムと鹿野川ダムの緊急放流により、突如として濁流が町を呑み込み、8人の尊い命が奪われました。 「なぜ、あんな悲劇が起きたのか」 国や自治体の責任を問い、6年におよぶ裁判を闘った原告の目に映った”あの日”の絶望と、下された判決の重みを追いました。 (林さん) 「こっからあそこの塀までが、うちやったんよ」 裁判の原告の1人で、西予市野村町に住む林功さんです。 (林さん) 「一階なんか、どこもかしこも泥まみれで…見たらほんと悲惨だなぁと思ったけど、こんだけひどいことになるんか、あんだけの洪水になったら思うぐらい、家の中はめちゃくちゃやったですね」 「子どもの落書き一つにしても、やっぱり思い出になっとるし。そんなもん、なにもかもなくなるし…」 ■■「すべてが泥まみれ」すべてを呑み込んだ茶色い濁流 2018年7月7日。 野村ダムが、流れ込んでくる水とほぼ同量を放流する「緊急放流」を行った後、下流の肱川が氾濫。 濁流が野村の町を襲いました。 野村ダムが西予市に「緊急放流を行う」と伝えたのは、当日の午前2時半。 放流開始の予定時刻は、午前6時50分頃とされていました。 一方、市が野村町に避難指示を出したのは午前5時10分。 防災行政無線で住民に呼びかけました。 (避難指示) 「肱川が氾濫する恐れのある水位に達しましたので、野村地区に避難指示を 発令しました。ただちに避難を開始してください」 ■■ 避難指示はわずか「1時間10分前」…届かなかった情報 緊急放流は予定より早く、午前6時20分に始まったため、避難指示が出されてからの時間は、わずか1時間10分でした。 西予市は、“夜間の避難は危険を伴う”などと判断し、夜明けを待ったと説明しています。 防災行政無線での呼び掛けに加えて、消防も約100人体制で900軒余りの家を訪問し避難を促したといいます。 しかし、林さんのもとに避難指示の情報は届きませんでした。 (林さん) 「全然聞こえんかって。結局、息子に起こされて様子を見たんで」 「消防団に文句を言うつもりはないけど、私自身は聞こえませんでした。“聞こえ んかった人も結構おります”と、この事実はどう考えるんですかということですよ ね」