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観覧車の最前線/Novel by すさき 梓

観覧車の最前線

14,430 character(s)28 mins

R18物は(なるべく)書かないように努めている。そんな すさきです。
オメガバースをそう言う点で書くのは辛かった。
腐向けやオメガバースの要素としては、だいぶ薄いかも。腐向けに関してはいつもか。知ってる。
R指定に手を出してしまった方が楽になるんじゃよと、声が聞こえた気がしましたが、逃げました。
発情期と子供産めるとか、ね。重いよ。

それは兎も角、前回のアンケート回答、ブックマークありがとうございました。
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2017.1.18 文章内に明らかにおかしい間違いがありましたので訂正しています。
誤字脱字に関しては、見つけ次第訂正していきます。

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 前説
 遡ること数百年前。ヒトと言う生物の中に固有遺伝子が発見された。それは性質として、非常に優秀で希な遺伝子だった。研究者はそれをα固体と呼び。それ以外をβ固体と呼んだ。α固体は、その遺伝子がない者の知能、運動能力、リーダーシップ等と比較しても遥かに優れており大変重宝された。
 人々はその遺伝子をある者は羨み、ある者は妬んだ。しかし、その中に遺伝子を引き継いで、後の世で運用できないかと企んだ者もいた。そしてその技術を時の時代は持ち合わせていた。飛び抜けた技術躍進は実に愚かだった。
 そしてそれは止まらぬ繁殖へと至る。
 優位性遺伝子は精子バンクで高値で取引され、α遺伝子は普及し始めた。世界にある程度の普及が終わる頃、α固体の中でも外見の美しい者の種を人々は欲しがり、金額が大幅に変動した。民間の中でも一般的と言っても良いほど遺伝子αを持った子供たちが次々に現れる事態となった。
 そんな中、α固体でもβ固体でもない、遺伝子異常を持った固体が現れた。それはΩ固体と名付けられた。
 Ω固体は基本的にβ固体と遜色ないものであったが、12歳前後になると月に一度、期間として一週間ほど異常な量のフェロモンを出す。動物で言うところの発情期だ。その時期になると発熱と共に寝たきり同然となり、フェロモンの効果範囲は自身の家族すら対象となる。社会的には劣化遺伝子等と呼ばれ迫害された。
 その事からΩ固体を持った子が生まれた親は、生まれてきた子供に絶望し――子を捨てた。ある地域では、生まれた子にΩ遺伝子があった場合、殺害許可が降りていたこともある。また、仮に捨てられなかったとしても、社会的には居場所はなく殆どのΩ固体は自殺等で長く生きることはなかったと言う。
 何よりそれを助長させていたのは、Ω固体が持つ男性であっても子が成せると言う奇特だった。
 しかし、それを哀れに思ったβ固体がΩ固体を守るために一つの組織を立ち上げた。遺伝子管理機構、通称【保護】と呼ばれるα遺伝子を持たない者たちだけが働く最後の機関であった。
 機関はΩ固体の研究を重ね、フェロモンの抑制剤を作ることに成功したが、世間からは「くだらない」と一蹴された。短気だったその研究者は、フェロモン抑制剤に対し世界から特許権をとり、未来永劫【保護】には絶対に販売してはならないとした。この頃の無形文化財の保護は、優秀なα固体の為に、法人が持続する限り適用されてから任意で死後も持続できるように変更された。
 その後も遺伝子学は飛躍的に発展し、α固体とΩ固体の結び付きを見つけた。それは運命の赤い糸の様なものだが、実情はそんなロマンチックなものではない。単純に性行為を行うことで、α固体がΩ固体を支配したことになり、その影響でΩ固体はフェロモンが押さえられ、支配者に当たるα固体以外を誘惑しなくなる。動物間でいう「番」関係と言えよう。
 しかし「番」の解除と言うものもある。Ω固体から解除することは出来ず、α固体が他のΩ固体と「番」関係を築いた場合、一方的に関係は解除される。「番」から離れたΩ固体は、次の「番」が出来るまで、通常の発情期が再発することが確認された。
 面白半分でα固体はΩ固体を元親から買い漁ることもあり、【保護】が出遅れることも多くあった。しかしそれは一時的なブームであり、元々Ω固体の絶対数は少なく直ぐに去ってしまった。

 四十年前、人々は漸く事の異常さに気がついた。
 α固体の全てが男性器を持ち、女性であっても子を身籠ることが出来ない事が発覚した。元々α固体は男性しか生まれていなかったが、近年女性のα固体が現れ始めたからである。それだけならまだマシだった。
 しかし、発覚した時には既に手遅れだった。
 何故なら、世界中にα固体を接種していない遺伝子配列がほぼ居なくなっていた。β固体にも女性が圧倒的に少なくなっており、また不妊の傾向が強く子供が出来難くなっていた。唯一妊娠出来る存在が、【保護】が守っているΩ固体だけだった。
 そして事件は起きた。とあるα固体に唆された【保護】のスタッフであるβ固体が、Ω固体の一人――Eを連れ出してしまった。それを知った別のスタッフが、Eの捜索に出たが行方は知れなかった。連れ出したスタッフは追放されたが、Ω固体の不安は消えることはなかった。
 数年後、Eが発見された時、赤子を抱えていた。検査の結果、赤子の遺伝子は男のβであった。それを聞いたEは少し笑い、後日自殺したという。
 この事件は【保護】に大きく爪痕を残した。そしてΩ固体を守る為に世界と隔絶することを発表した。窮地に陥っていた世界は、その発表を聞いて即時、早急に和解へと動いた。そして世界は【保護】に大幅に譲歩する形で次の通り和解を組んだ。

 今後生まれてきたΩ固体は、両親の承諾に関わらず【保護】に引き渡すこと。
 また、組織を維持するための資金援助。
 何より「番」に関して、Ω固体の同意なく手を出した場合、また勝手に「番」を解除した場合等、α遺伝子・β遺伝子を持つ有無にかかわらず、対応する人物を処断する――殺害処分権。
 代わりに「顔見世」と呼ばれるΩ個体との面会の場を定期的に設けることとなった。Ω個体が気に入れば、交際を始めることが出来る。もっとも、アプローチのみならば「面会室」で会うことも出来るが、Ω個体が拒否した場合は門前払いされ、「面会室」ですら会う事が出来ない。
この和解は、全てのΩ遺伝子を持つ者の当然の人権を保護する組織の目的の一つだと主張し、世界がそれを容認したという事だ。また、【保護】は全スタッフをβまたはΩ個体のみで運営することを決定した。
 こうして遺伝子管理機構は、巨大な組織形態と共に、ある種一つの国として確立していった。


本編:生活風景
「エミヤの。また来てるぞ」
 やつれた顔で私に告げる男――アンデルセンを半開きになった口でぽかんと凝視した。自身の腰までの身長、幼い顔立ちの眼鏡の男は、少年と言って差し支えないだろう。人工的な水色の髪の毛がボサボサになり、赤縁の眼鏡が少しズレている。気のせいかもしれないが、肌も乾燥しているように見えた。
 アンデルセンは近くに合った席に腰を下ろし、そのまま机に突っ伏した。
「なんだ。その顔は」
「それは……こちらのセリフだ」
 アンデルセンが机から顔も上げずに不満を漏らす。丁度、火にかけていた薬缶が沸騰した。
「最近睡眠はちゃんととったのかね?」
「いや。これから寝る」
「ならば部屋に戻って寝るべきだ。もうすぐ昼食だろう。人が来るぞ」
 暗に睡眠をとる環境が悪いと口にした。アンデルセンは顔を上げて、ほぼ落ちた瞼で睨みつけてきたが、まっっったく怖くない。
 薬缶のお湯をポットに移し替え、砂時計をひっくり返す。
「ふん。お前の場合は、既に来ているぞ」
 頬杖をついて、忌々しいと言うように吐き捨てるも、その幼い姿には迫力がない。ここに子供好きの女性スタッフが居れば、「可愛い」と言われていただろう。
「いつもの通り、爺さんが対応しているのだろ? ならば一時間は会えないよ」
「あの男も過保護が過ぎる」
「そうか?」
「愚鈍を通り越す神経だな。しかし、お前に面会に来る男の評判も悪い」
「評判?」
「知らないのか?」
 アンデルセンの言葉に頷く。
「数少ないβ個体の女性をとっかえひっかえだとか。かつて「番」だったΩ個体を捨てたことがあるとか。ま。そんな最低な噂だ」
 幼い顔が苛立ったように歪んでいる。思わず苦笑した。
外見に似合わず長く生きている彼は、その昔手痛い失恋をしたことがあるらしい。どういった失恋なのか詳しくは知らないが、α男の中でも、自由奔放な恋愛観を持っている男が悉く憎いらしかった。
「そうなのか。日頃の行い等は聞いていないから知らなかった」
「……普段どんな話をしているんだ?」
「元々は趣味の話か? 料理をすることを放したあたりからは、魚を釣りに行った話とか、山で狩りをしてきた話とか食材の話だな。今度持ってきてくれるそうだ」
「楽しいのか?」
「いや。別に……」
 アンデルセンのやつれた顔が、さらに酷いことになった。大丈夫だろうか。
「そもそも、彼は私が好きで来ている訳ではない」
「ほかに理由があるのか?」
「結婚適齢期だそうだ。お相手を決めるようご両親に言われ、疑われないように来ているらしい」
「偽装か」
 その言葉に「そうだ」と肯定すれば、彼はため息と吐いた。
「奇妙な友人と言うことで接している分には、そこまで悪い性格ではないよ。こちらの都合で面会時間が遅れてもずっと待っているしな」
「まるで犬だな」
「忠犬ならば良いのだがね」
「無駄な時間の使い方だな。くだらない事に従事するのはお前の悪癖だ」
 彼はそっぽを向いた。その後、私も彼も口を閉ざしていた。砂時計が落ち、ポットら抽出したカモミールティをカップに注ぐ。
 瞼を下ろしていた幼い顔の前に差し出すと、ゆっくりと目を開いた。
「甘い匂いだな。紅茶じゃないのか?」
「カモミールだ。カフェインは睡眠の妨害になるだろう? 睡眠にはこちらの方が快適だ。熱いから気を付けて飲むと良い」
 寝落ち寸前の顔の前に、リラックス効果がある等の蘊蓄は差し控えた。訝しんでいたアンデルセンは、それでもカモミールティをちびちびと飲み始める。
「ああ。こっちに居たんだね」
 元気な声が聞こえ、そちらを見ると豊満な肉体をもった赤い髪のブーディカが立っていた。
「出戻り組か」
 カモミールティを飲み込みながら、アンデルセンはぽつりと呟いた。
「ちょっと、失礼じゃない?」
 歩きながらも、その大きな胸が揺れている。思わず目を閉じたが、見てしまったのは許してほしい。
 近い距離を気配で確認し、目を開いて向き合う。
「どうかしたのか?」
「うん。実はね、食事当番を変わって貰いたくって」
「ああ。それならば構わないよ。いつの当番とだ?」
「唐突で申し訳ないけど、今日のお昼当番と、あたしの来週のお昼当番。頼光にも頼んだんだけど、日が合わなくって……だめかな?」
「確かに唐突だが、いやなに。構わない」
「ホント! よかったぁ。来週ね、子供たちの行事があってさ。どうしても行きたかったんだ。ありがとう!」
 あまりの喜びように頬が緩む。
「じゃあ、今から変わるね。ホントにありがとう!」
 そう言い残すと、彼女は調理場へと消えていった。アンデルセンは飲み干したカップを置き立ち上がる。足元がおぼつかず、体が大きく傾くもこけることはなかった。
「大丈夫か? 何だったら、部屋まで送っていくが……」
「平気だ。それより、来客の元へ行って二度と来るなと言ってやれ。お前はお前の時間の取り方を考えるべきだ」
「それは……」
 私を心配しているのかと聞きそうになり、口を閉ざす。私を瞳に映しながらアンデルセンは鼻息を鳴らし、ふらふらと出入り口から去っていった。

 廊下を抜け、「顔見世」の会場へ向かう。その途中から聞こえ始める派手な爆裂音と、怒号と歓声、地響きが聞こえる。今日も派手だなと、思いながら歩みを進める。
 大きく開けた会場は人だかりが出来ていた。観客は【保護】に務めているスタッフたちだ。耐熱及び防弾ガラスを挟み安全な場所で、反対側にいる二人の人物を観戦していた。二人とも男で、一人は黒い髪に黒い服を纏い、重火器をぶっ放す深い皺を刻んだ30代後半の男、私が爺さんと呼んでいる男だ。対して、青い髪に青い服を着、赤い槍を振り回す男が重火器を寸前のところで躱している。
「あれ? もう来たの? 今日はお昼当番だから遅くなると思ったのに。もう少し後に来てくれたら、観覧券がもっと捌けた」
「さらっと、ダフ屋行為をするな」
 私に気が付いた軽薄は男、ダビデが声をかけてきた。
「結構売れるよ?」
「観覧券の売れ行きは聞いていない」
「仕方ないなぁ。みんなーオカンが来たから撤収! なお、観覧券の払い戻しはありません! じゃ、僕は先に行くね」
「誰がオカンだ」
 呟くも、既にダビデは逃げ去った後だった。不満の声を上げながらも、次々とスタッフたちが立ち上がり去っていく。
 私はガラスの近くにあるマイクに手を伸ばした。
「爺さん。そろそろ引き上げてくれ。対応する」
 爺さんはこちらを一瞥すると、ランチャーを構え直し、一発撃ちこんだ。盛大な爆音と衝撃が風となりガラスを揺らす。黒い煙がガラスの向こう側を覆う。何も見えない。
「うわー」
 二人の姿が見えなくなり、棒読みに感想が漏れる。最初の頃はそれなりに心配していた事態だが、最近に至っては達観した。この二人のしぶとさは筋金入りだ。
 換気扇が最大限に回転を始め、煙を取り除いていく。疲れ切った二人が、去っていく煙の中、会場の端と端で座り込んでいた。
「……もういいか? 先に面会室にいるからな」
 それだけ告げ、会場の隣接に設置された「面会室」に向かう。いくつもの部屋が並ぶ長い廊下の一番端。「彼」と会うのは必ずこの場所だ。戸を開くと当然ながら誰もいない。最初に会いに来るのは「彼」が先だが、「面会室」で待つのは必ず私だった。
 暫く待っていると、反対側から足音が聞こえて来た。何かから逃げてくるような急ぎ足だ。ノックも何もなく戸が乱暴に開らかれる。
「悪ぃ。待たせたな」
「いや。思いの他早かったよ。もう動いて大丈夫なのか?」
問いかけると、青い男は赤い瞳を細め、「ああ」と嬉しそうに笑った。整った顔立ちは、しかし黒い煙によって薄汚れていた。その笑顔を見ているのが、今日は少し辛かった。
「ここ最近、毎日顔出ししているが、間を置いても疑われないのではないか?」
「いや。ま。そうなんだけどなぁ」
「何かあったのか?」
「あー。頻繁に通い過ぎたからな。そろそろ実を固められないか、ってよ」
 男に笑いながら「無茶言うなって話だろ?」と問いかけられ、反応に困って顔を歪めてしまった。アンデルセンと話す前から目の前の男が、女性が好きなのは聞いていた。それをわかっていて、偽装恋愛に付き合うと決めていた。それが最近辛くなってきたと自覚したのは、何故だか今だった。
 α個体である彼が選ぶ――と言うのは適切な言葉ではないが、私を「番」として選んだわけじゃない。そして、思い出したのは、アンデルセンが食堂で去っていた時に残した言葉だった。
「おーい。どうかしたのか?」
 沈黙したまま回答せずに時間をかけ過ぎていた。
「あ。……いや。すまない。先程、知り合いに言われた言葉を思い出していた」
「何を言われたんだよ?」
 眉間に僅かに皺が寄っている。
「いや。なに。些細なことだ」
「面会に来ている相手の前で思い出す事が、些細なもんなわけねぇだろ。良いから言えよ」
「忠告を受けただけだよ」
「だから、それが何なのかを言えよ」
 本人を目の前に言うことも出来ず、言葉を濁すも、身を乗り出して睨みつける様な目線が痛い。私はため息を吐き出した。
「いい加減「偽装」に付き合うことを止めて、番を見つけた方が良い、と。要約すればそんなことだ」
 かなりオブラートに包んで解釈したが、概ね間違いではないだろう。本音を言えば、ただ「二度と来るな」と本人を目の前に言うのは気が引けたし、それで会えなくなるのは、今とどちらが辛いのか判断できなかっただけだが。
 その回答に、目の前の男は口を閉ざし、肘をついていた机を見つめていた。
「どうかしたのか?」
「お前はさ、どういう奴が番だったらいいんだ?」
「どう、とは?」
「女の好みとかだよ。胸がデカい方が良いとか、美人系の顔が良いとか、あるだろ?」
「あー。そういうのなら、可愛い子なら誰でも好きだな」
「大概の女に当てはまるだろ、それ」
 眼下の男の顔が歪む。
「もっと具体的な好みは?」
「具体的にと言われてもな。好きになったことが……」
 言いかけて手で口を押えた。思い出した。確かに初恋のようなものはあった。しかし、彼女は国で決められた許嫁がおり、それ以来ここを訪れたことはない。そう言えば、それが初恋であり、失恋だったのかもしれない。それ以降から爺さんは私に過保護になったような気がする。
「好きになったことが、なんだ?」
「何でもない。忘れてくれ。と言うより、そんなことを聞いてどうするんだ?」
「いや。かなり気になるんだが、まあいいか。ほら、オレは外で知り合いも多いし、こうやってお前の時間を取っているのはわかっている。代わりに、と言うか、お前の番探しをしても良いかと思ってな」
 酷く要らない申し出だ。
「君の方こそ、ご両親になんと説明するつもりだ? ココに来るという事は、番を探せと言われているんだろ?」
 質問に答えず、綺麗な顔立ちの男が、曖昧な表情で沈黙している。回答を待っていると、唐突にノックの音が聞こえ、振り向くと「はいるぞー」と声が聞こえた。ほぼ間を置かず、ドアが開き黒髪の好青年、アーラシュが姿を現した。
「面会中に悪い。シロウ、ちょっと来てくれ」
立ち上がりアーラシュと向かい合い「ああ」と声をかけた。アーラシュは扉の陰に姿を隠し、私を待っている。
「ちょっと席を外す」
「……おう」
 扉を閉めた後、アーラシュは「フェロモン抑制剤ってどこに置いてあったっけ?」と尋ねて来た。
「いつもの場所だが、在庫がなくなったのか?」
「見つからなくってな。婦長も今日は休みで」
「そうか、なら。予備が倉庫室に……」
「倉庫?」
「ちなみに、誰が必要としているんだ?」
「ジャックだ。まだ子供だと思っていたんだけどな」
 アーラシュは人好きのする顔で、困ったように笑う。
「今は医務室に、タマモキャットと清姫が側にいる。薬がない状態のΩには、俺たちは近づけないからな」
「そうか。倉庫から少し距離があるな」
「バイクがあるから使えよ」
「悪いが、私はバイクを運転したことがない」
「じゃあ、俺と2ケツすれば平気だな。そこにあるから、と。その前に客に声かけておけよ。そこで待ってるから」
 アーラシュが廊下の先を示し、私は頷いた。扉を改めて開き、中で待っていた男の様子を伺う。詰まらなそうに机を指で叩いていたが、扉が開いて私が覗いているのに気が付くと顔を上げた。
「何だったんだ?」
「緊急事態が起こった。悪いんだが、今日はもう帰って貰えないだろうか?」
「は?」
「悪い。詳しくは説明できない」
そう告げ、扉を閉める。その間際に「おい。待て」と言うような声が聞こえたが、ジャックの様態が今は最優先事項だ。アーラシュが会場の入り口前に立っていた。出口を曲がる寸前、視界の端で青い人物がこちらを見ているのが見えた。
 外に出て直ぐ、黒いハーレーが置いてあった。アーラシュは戸惑い無くそれに乗り込む。
「後ろ乗って」
「ヘルメットは?」
「私有地だから大丈夫だろ」
 適当なセリフに溜息を吐きつつ、広がっている椅子部分の少し高い場所に腰を下ろし、アーラシュの腰の辺りに腕を回す
「腕は離すなよ? それなりにスピード出るからな。動き始めたら足は補助棒に乗せる。いいな?」
 からりとした笑顔だった。エンジンがかかり始め、ハーレーが動き始めた。アーラシュが地面から足を放すと同時に、補助棒に足を乗せた。
 春先のまだ涼しい空気がバイクによって裂かれていく。アーラシュの体温と混ざって、肌に当たる風が心地よい。一〇分程度の時間が経った頃、第五研究所という看板が見えて来た。煉瓦の壁で覆われている西洋風の佇まいではあるが、中身は鉄筋コンクリート造りで、最新鋭の設備が整った研究所だ。
 適当なところでハーレーを停めて貰い、入り口で手をかざし指紋認証で中に入る。後ろからアーラシュもついて来た。入り組んだ室内ではあるが、目的の倉庫室は階段を下りた先にある。扉の前で暗証番号を入力すると、自動ドアが滑らかに開く。
 五か月前に掃除したばかりで、棚の中は整頓された状態で並んでいる。その一つに、引き出し付の広いケースがあり、開いてすぐに「フェロモン抑制剤」が持ちやすい大きさの紙の箱にダース単位で入っている。その一つを取り出し、アーラシュと共に引き返す。
 来た道を戻り、居住区内を走る。医務室の前でアーラシュと別れ、中に入ると甘い匂いが鼻に入る。次いで、小さくも荒い呼吸を繰り返す音、「薬が来ますよー。もうすぐですよー」と清姫が繰り返し、タマモキャットが水を絞ったタオルで、その先にいるジャックの汗をぬぐっていた。
「持ってきたぞ」
 薬を差し出しながら声をかけると、タマモキャットが即座に「遅い!」と言い。被せるように「遅いですよ!」と清姫が口を曲げた。すぐさま薬をジャックに打ち込むと、症状が和らいだようで、静かに呼吸と熱が治まっていく。
「悪い。第五研究所まで行っていたのでな」
 言い訳を口にするも、タマモキャットが清姫に「どうせ、毎日通っている例の男と密会していて遅くなったんだぞ」と聞こえるぐらいの声量で耳打ちする。
「な。別に私から毎日来てほしいとは頼んでいない」
「ふーん? ていうか、会っていたことは認めるんだな?」
「もう番の申し込みでもしたらいかがです? 面会期間も結構長いですよね?」
「それは……兎も角、私のことはいいだろう。君たちの方はどうなんだ? タマモキャットは自分キャラを詰め込み過ぎた上に、暴走して以降誰も寄ってこないと聞く。清姫に至っては、折角来た番候補が引くほど迫って向こうから破棄されたそうだな?」
「う……っ。手痛いところを……」
 タマモキャットは胸を掴みながら蹲る。
「さ、最低です! 番の探し方を他人に言われたくないです!」
「そっくりそのまま、その言葉を君に返す!」
 泣きまねをする清姫にハッキリと言い切った。
「んー……しかし、その程度で引いていくαなど、こっちから願い下げだな」
 タマモキャットは呟いた。
 様態が落ち着いたジャックが寝返りを打つ。
「うるさかったようだな」
「そうですね。私はこのまま付き添いますので、お二人は。特にエミヤさんは! 帰って頂いて結構ですよ」
 清姫に名指しされ苦笑するしかなかった。
「では。お暇するぞ。ジャックには発情期間中は、この薬を定期的に投与するように言っておくとよい」
「わかってます」
「ここに残るとして、昼食はどうするつもりだ?」
「御心配には及びません。頼光さんがお昼を持ってきてくれると聞いています」
「頼光が?」
「そうだぞ。シロウが来る前に連絡があって頼んでおいた」
「そうか」
「ほらほら、ジャックちゃんが起きてしまいます」
 清姫に追い出されるように部屋から出された。壁に寄りかかり待っていたのか、アーラシュが私とタマモキャットに微笑んできた。
「どうだった?」
「一応、様態は落ち着いた。薬の摂取を怠らなければ通常の生活が出来るだろう」
「そうか」
 アーラシュは安心したように息を吐き出した。
「婦長はいつ帰ってくるか、アーラシュは聞いているのか?」
 タマモキャットが訪ねると、アーラシュは首を横に振った。彼女の視線が私を見る。
「聞いていない」
「誰も知らないのか……」
 タマモキャットは不思議そうに首を傾げた。
「今日が休みだっただけじゃないのか?」
「違う。休暇申請が来たらしい。それも、今朝」
 タマモキャットが意味深に眉間に皺を寄せる。
「え?」
「あの婦長が休みっていうのもおかしい」
「何もないとは思うけどな。一応、βスタッフが婦長にメール送っている」
「そうだったのか……」
「これはッ! 事件のにおい!」
「やめろ」
 暴走しかけたタマモキャットの言葉に、即座に制止をかける。
「まだ何もしていない」
 どうやって動かしているのか、頭についている耳が垂れ下がった。
「ちなみに、休暇申請はいつまでなんだ?」
「一週間……だったかな?」
「一週……ん?」
「心当たりがあるか?」
「もしかして、婦長も発情期に入ったんじゃ……」
「………………あ。」
 タマモキャットは間の抜けた声を発した。
「えっと、それは……フェロモン抑制剤でも利かないぐらい。それも、わざわざ休むほど酷いってことか?」
「違う違う」
 タマモキャットが呆れながら首を振る。
「医務室の在庫が無くなっただろ? 恐らく、それに気が付いたのが遅すぎたのだろう」
「婦長、薬の管理結構ずさんだった」
「あー……そういう事か」
 アーラシュは漸く合点がいったのか、引き攣った顔で笑う。
「一応、女性の部屋だからな。アタシがちゃんと持って行こう」
 タマモキャットが胸を張った。
 彼女と別れた後、アーラシュと並んで歩いていると、前方からダビデが手を振りながら近づいて来た。思わず顔が引きつる。
「どうかしたのかね?」
「あの人、面会室にまだ居るんだけど、どうする?」
「あの人?」
「青色のαさん」
「……え?」
 まだ帰っていなかったのかと言う気持ちと、最後に見たのは会場だったので、わざわざ戻ったのかとか言いたいことが多すぎて言葉に詰まった。聞いたところで、ダビデがわかるはずもない。
「青色って、さっき面会室にいた彼?」
「あれ? アーラシュ君も見たことあるの? 最近毎日会いに来てるんだよ」
「へーそうなのか。エミヤ、番申請するのか?」
「え? いや、それは……」
 あっさりとした口調で他意無く聞かれ、思わず言葉に詰まる。
「熱烈だよねー。エミヤみたいな男性体のΩは珍しいし、早めに決めちゃった方が行き遅れないんじゃない? ダメだったら戻ってくればいいし」
 かなり適当に、しかも簡単に言ってのけるダビデは意味有り気に笑う。
「他人事だと思って」
「まあね。実際、彼の噂ってあんまり良いこと聞かないし、お薦めはしない」
「どんな人物なんだ?」
 アーラシュがダビデに尋ねる。
「ん? 噂だけでいいのなら聞かせるよ。エミヤ君が行った後で」
「おい」
「早く行ってきなよ。いつもいつも待たせ過ぎだと思うな」
 ダビデの言葉に反論する前に、アーラシュが俺の肩を叩いた。大きく溜息を吐き、二人を残し、面会室に向かい廊下を歩いた。

 面会室の一番奥、扉を開けた。頭から足先まで、ほぼ全てが青い男が両腕を組みながら瞼を閉じて、壁際に座っていた。まるで絵画のようだ。固定された机との距離が遠い。ローラーのついた椅子の足先まで見えている。
「まだ残っていたのか?」
 椅子に座りながら問いかけると、閉じていた瞼がゆっくり開いていく。
「すでに帰っているものだと思っていたが、今日中に話さなければならないことでも……君、聞いていないだろう?」
「お前、シローって言うんだな」
 若干発音が違う気がしたが、ひとまず頷く。
「そうか……」
 男は再び目を閉じ、天井を見上げる。その様子に不安感が沸き上がる。知らず知らず、眉間に力を込めてしまう。
「君、何か変だぞ」
「番にならねぇか?」
「は?」
「考えたんだけどよ。お前の番を探すってのはあまり良い気がしねぇ」
 天井を見上げながら男は言葉を続ける。
「はあ……」
 男は自分の頭をかき混ぜながら唸った。
「ひとまず、デートしてみねぇか? オレと」
「でーと……君と?」
「そう。オレと。外出申請出せば、監督役の一人と付き添いで疑似デートできるだろ?」
「それは……」
 ダビデ含め本日出会った人々の言葉が頭の中を駆け巡る。ここで許可を出したら最後、恐らく皆の勘違いが加速する。しかし、それでも彼とのデートは魅力的だ。
「オレから、デートの申し込みは出しておくから、届いたら考えておいてくれ」
 そう言うと、答えも聞かずに立ち上がり面会室を出て行ってしまった。残されたオレは立ち上がることも出来ずに、人のいなくなった椅子を呆然と眺めていた。


おまけ:食堂内の会話
「女性をとっかえひっかえか……確かに、顔立ちは良かったもんな。ちょっとしか見れなかったけど」
「羨ましいよねー。それがホントなら」
「嘘なのか?」
「さあ? でも、親代わりの方のエミヤは、彼の経歴だとか素行だとか徹底的に調べてたらしいよ」
「っじゃあ、事実なのか?」
「いや? 女性からの誘いには断らないってだけなんだと。彼自身はエミ……紛らわしいな。無銘君の元に通う前に、子供もできたって話だ」
「番が居るのか?」
「普通の女性らしいよ? でも、結婚はしなかったんだって」
「へー珍しい」
 ブーディカが作った昼食をかき込みながら、アーラシュは相槌を打った。
「うわっ珍しい。あんた達って真面目に話し合うことあったんっすね」
 トレイを持ちながら、珍獣でも見る目でロビンは口に出した。
「やあ。無名君。無銘君と青い君の話をしていたんだよ」
「ややこしいな」
「隣空いてるぞ」
 アーラシュに言われ素通りできなくなったロビンは溜息を吐きつつ着席した。
「それで? 青い君ってのは、毎日通っては、黒髪のエミヤと会場ぶち壊してる男の事?」
「うん。その人の噂話。君の方が詳しいよね?」
「そりゃまあ? 諜報班の所属っすからね」
「子供がいるのに結婚していないってのは何でなんだ?」
 純粋な眼でアーラシュが問いかける。
「うッ! 直で聞いてきますね。あんた」
「僕もその当たり詳しくないんだよねー」
「あーなんつーか。面白半分で出席した顔見世で、エミヤに一目ぼれしたってのが実情っすよ。それで、ご両親に勘当されて、今は教会で暮らしてるって話。確か……元々の素の能力が他のαより秀でているらしく、それなりにまともな暮らしぶりしてるんだったか?」
「ああ。そうだ。だから、そんな軽率な男は駄目なんだ」
 いつの間にかロビンの背後に立っていた黒い髪のエミヤが、同じように真っ黒い死んだような瞳で言葉を吐き出した。
「今日の昼食はシロウだと聞いていたんだが、いつ変わったんだ?」
「あー。それは、俺も知りません……」
 ロビンが引きつった顔で答える。
「エミヤもそろそろ、シロウ離れした方が良いんじゃないか?」
 アーラシュは何気なく口にする。それに、ロビンばビクッと肩を震わせた。
「シロウはな。幼い頃に心無い金髪のαに無意味に傷つけられたんだ。許嫁が居るのなら、そもそも姿を現さなければ良いだけだ。軽率な奴らの行動に振り回されるのは、我々としても本意ではないだろう?」
 淡々とした口調ではあるが、そこからにじみ出る怒りが確かに感じられた。
「そうっすねー。その通りっス」
 ロビンは無邪気な瞳でエミヤを見つめていたアーラシュの口を塞いだ。何か発言される前に。
「ところで、シロウが見えないが、君たち一緒に居たんじゃないのか?」
 口を塞がれているアーラシュに黒い瞳で問いかける。
「ああ。それなら。青い彼が面会室で、無銘君を待っているって伝えたから、そっちに」
 ダビデがスプーンから口を放し、言い終わる前に拳銃のセーフティーバーが外される音がした。
「ちょっと、行ってくる」
「はい。お気をつけて……」
 ロビンは顔面から血の気が引いていくのを感じながら、エミヤを送り出した。彼が去ったのを確かに見届けると、アーラシュから手を放し、ロビンは改めてダビデと向き合った。
「おたく、何であんなこと」
「いい加減会場の修理は飽き飽きなんだ」
 吐き捨てるように告げられた言葉にロビンは溜息を吐いた。
「どうかしたの?」
 普段、あまり顔を合わせない男たちが集っていたのが気になったのか、ブーディカが不思議そうにキッチンから出て来た。
「いや。何でも……」
「ふーん」
 疑心を持った目でブーディカが三人を見つめる。
「エミヤ、α大っ嫌いだからな」
 苦笑いしながらアーラシュが呟く。
「そりゃそーだよ。唯一の肉親である母親が自分を生んで自殺なんかしたんだ。それも、あんな……」
 ブーディカは嫌そうに顔を歪めた。四〇年前の事件で生まれた赤子こそ、黒い髪のエミヤだ。父親は不明だが、恐らくαではないかと言われ、母親の悲惨な死を幼い頃から聞かされていた。彼の憎しみは根が深い。安易にα遺伝子を許すことは出来ない。ここで働く、全てのスタッフはその事件を知っており、またエミヤを知っている。
 それに、【保護】に来た頃から、幼いシロウは世話焼きだった。近寄り難いはずの、目の真だ大人であるエミヤの怠惰な日常の世話を熱心に行っていた。そのぬくもりをエミヤは疑似的に、きっと、重ねてしまったのだろう。実の母親とシロウを。
 年齢的には逆だと思うその関係は、金髪の少女に恋をし、失恋した頃のシロウと強く結びついてしまった。歪な親子関係は、しかし、その出生の関係から誰も口出しできない。
「はあ……。三人とも、プリンあるけど、食べる?」
 ブーディカは肩の力を抜いて、問いかける。
「食べるよ。なるべく大きめで、あ。クリームとチェリーもつけて欲しい」
「おい。戦犯が何オプションねだってんすか」
「俺もお願いする」
「ロビンは? 要らない?」
「……お願いします」
 ブーディカが再びキッチンへ入ると、アーラシュは顔に赤みがさしたロビンを肘で突いた。その前方で、一仕事終えたような清々しい顔つきで、ダビデは満足そうに胸を張った。
「何なんですか。あんた。そのやり切った顔は!」
 ロビンは呆れながら口を開いた。
「何って、決まっているだろう」
 シロウに会いに来る青い男と、それを阻止しようとする親代わりのエミヤの争いは、数が増える程に派手になっており、見物客が来るほどの見世物にはなっている。しかし、会場の修理費はそれに比例して増額、増額の一途を辿っていた。管理区の人間は、日々積み重なるその金額に、管理監督長であるダビデに泣きついた。何とかしてくれと。
 ダビデ自身ではどうにも出来ないこととわかっていた。何故なら、別れるにしても、結ばれるにしても、シロウが動かなければ解決しないものだからだ。本人がどういうつもりで面会に応じているかという、根本的な部分に口出しする気はなかったダビデは――諦めた。それはもう潔く。
 その代わり、チャンスが訪れたら全力でかき乱そうと。例えそれが、更なる(会場への破壊的な意味で)悲劇になろうとも。
「僕はちゃんと仕事をしたんだよ」
 ダビデは胸を張って言い切った。

Comments

  • 森永ちよ
    September 23, 2020
  • テト

    実際どうなのか気になります!噂が本当ならシロウは幸せになれなさそうです。過去ならまだいいし結婚しなかったことにちゃんと理由あるならしかたないですがシロウにアプローチしながら現在進行形だったら絶許!

    January 15, 2017
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