さよならも云えない
ぷらいべったーでちまちまと書いていた大狼(人型あり)兄貴とショタ弓のパラレルです。
CPというより擬似親子ものですが、所謂死ネタを含むので苦手な方はご注意ください。
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ーーー愚かなけものの話をしよう。
そのけものは、かつて神に連なるいきものだった。
巨木のように大きな狼の姿も、人びとを惹きつける白皙と柳のようにしなやかな四肢をもつ若い男の姿も。その両方ともが彼の真実の姿であったけれど、己を含む神の同胞がゆるゆると衰え滅びゆくさだめであると知ってからは、ヒトも同胞も寄せつけぬよう大きな狼の姿でいることが多くなった。
神であるとて死と滅びからは逃れ得ぬのならば。彼は己がずっと眺めてきた、生まれ、育ち、そして当たり前のように死んでいく、ただの生物のように消えたいと心に決めたからだった。
ある日のことだ。
けものは人間の子を拾った。己の森に迷い込んだと思しきその風変わりな子どもを、いつも通り驚かせて森の外に追い返そうとしたのだが、その子どもは聾啞な上に盲いていて、けものの姿も唸り声もわからぬらしく恐れて逃げたりしなかった。あまつさえその子どもは、けものに一方的に馴れついて、けものの側から離れようとしない。
食ってしまうぞと大口を開けてはみるが、見えも聞こえもしないのに、そんな本気さに欠ける脅しが通用するはずもない。
けものはほとほと困り果て、ついには鋭い爪で子どもの肌に傷をつけてしまった。ぱっと地面に散った赤い色に、流石のけものも過失とはいえやり過ぎたという苦い思いで傷をつけてしまった子どもを見やる。
しかし、子どもは傷を負わされてすら、傷口から血をたれ流したまま、それでもけものの側から逃げようとしなかった。
けものはその様子に根負けし、いまだ出血の治まらぬ子どもの傷口を、舌で舐めて清めてやった。
すると子どもは心の底から嬉しそうに、けものの前脚に頬をすり寄せ、けもののにおいとあたたかさに安堵したようにぎゅうと抱きしめる。
そのあまりのいじらしさに、もう腕を振り払う気になれなくなってしまったけものは、とうとうその子どもを大きくなるまで育てることに決めたのだった。
けものは神に連なるその血筋から、蒼く艶やかな体毛と紅玉のような瞳という、美しく変わった色合いを持っていたが、畏れ敬われることはあっても虐げられたような経験はなかった。
だがそれは己の力が強く、数多の生物から外れた存在であるがゆえのことであると、ちゃんと心得ていた。
生物というのは周りとほんの少し毛色が違うだけでも阻害され排除され得るものなのだ。
周りの仲間と体色が異なる、カラダが弱いといった特徴は、それだけでその個体のいのちを縮めてしまう。
そういう、世界の厳しい酷い側面も、けものはよくよく見知っていた。
なりゆき上だが子育てごっこをするのなら、と。とりあえず子どもの前に食える木の実を摘んで転がしてみる。子どもはそれの匂いをふんふんと嗅ぐと、食べられるものだとわかったらしく、次々に口に運んで食べ始めた。
ふむ。木の実は嫌いじゃないらしい。この様子なら魚や肉も食べるかもしれないと、けものはふむと思索をめぐらす。
そして、自分が口にする食べ物と同じように獲物を仕留めるまではいいが、さすがに人間の子どもに狩った姿のままの獲物を出すわけにはいかんと思いあたった。
そこでけものはぬるりと首を上に伸ばして、久方ぶりーーーそれこそ何百年ぶりだったかもしれないーーーに子どもと同じような、二本足の姿をかたどってみた。
途端、木の実をむさぼっていた子どもの顔色がさあと青ざめた。
それでも逃げはせず、怯えてカタカタと身体を震わせながらも男の衣服を掴み、ふんふんと体臭を嗅ぐ子どもの健気さは、痛ましいとしか言いようがない。
その有り様を見た男は、ああやはりそうであったかと、その柳眉を顰めて目を伏せた。
子どもはこの辺りでは見ぬ褐色の肌をもっていた。
老人のような白い髪を、ざくざくと乱雑に切ってあった。
子どもの背には十字の傷痕があって、子どもがもっと小さかった頃に、何者かに鋭い刃物で斬りつけられたことを物語っていた。
子どもが身につけていたものは、簡素な服以外はまじないのかかった大きな赤い布だけだった。
そしてそれらのことが指し示すものに気づかぬほど、けものは数百年の変化のない膿んだ日々で、知性や社会性をなくしてしまってはいなかった。
ヒトのカタチをかたどる己の体臭に、嗅ぎ慣れたけものの臭いと同じものを感じ取ったらしい子どもが、不安げに顔を上げる。
この子どもにとって二本足の同族は、すべて自身を傷付けるおそろしいものでしかなかったのかもしれない。それを敏感に察するからこそ、見えぬながらもヒトガタを認識し、己の安全を確保していたのだろうか。
同じようなヒトガタをしていても、少なくとも己は子どもを害すつもりなどない。それを示すために、男は子どもに近づくと身につけていた赤いまじないの布をびりりと裂いた。そして子どもの盲いた目を覆うようにそれを結びつけると、布の上から己の文言で子どもを護るまじないを刻んでやる。
念押しに、おれはおまえに害をなさない、排除するつもりもないと言の葉にのせてやれば、聞こえない、話せないはずのはぐれ者の子どもは「……あう」と返答を返すかのように小さく鳴いた。
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- カイJune 28, 2016