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コウノトリシステム/Novel by すさき 梓

コウノトリシステム

16,824 character(s)33 mins

ちょっぴり特殊な設定を設けた話ですが、生かしきれなかった感があります。
いつかどこかでこの話もリメイクしたい。

それと、前回のアンケート回答、ブックマークありがとうございました。

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 その日、世界は沸いた。
 新たな歴史を刻む、クローン技術によって世界のシステムが構築されたのだ。そのシステムを「コウノトリ」と名付け、来年から始動すると下された。
 その目的は非常にシンプルだ。クローンを作るというのは、自分自身のバックアップを取ることに他ならない。
 遺伝子データの解析をし、そこから肉体的データの基礎となる「マップ」を作成する。マップが出来上がれば、元になる人物からスキャンした経験や趣味、思考含めた思考、性格等のデータである「ブレイン」を「脳」にダウンロードし、完全同一の本人を複製すると言ったものだ。このことから「ブレイン」作成に関して、本人からのダウンロードが必要不可欠になるので本人からの同意は必須事項になる。
この完全なる同一人物は、外出先での不慮の事故、出兵による戦死等あらゆるケースに対する、バックアップデータである。そこにつきまとう「死」は、本人のみならず残された家族にも多大な精神的過失を伴っていた。しかし、この「コウノトリ」が確立した今、外出前、出兵前にバックアップデータを取ることで、元の人物と寸分の違いもない「本人」を製造できる。その時に起きた、「喪失」を初めからなかったことにする。
しかし、ここで一つ問題が起こる。その人物に「死」が音連れなかった場合だ。「マップ」そのものは、肉体年齢によってその成長度合いを操作する必要はあれど、継続して利用することが出来る。だが、脳にダウンロードする「ブレイン」は、本人の生き写しでなければならない。それは常に変容するため、スキャンデータは毎回とる必要がある。強いて言えばほぼ毎日取るべきだ。通常の生活と併用して、毎日スキャンを行うことは難しい。
なにより、「ブレイン」の管理方法だ。もっと言えば、更新前の「ブレイン」の処理だ。下手に処理すれば、特定の人物の偽物を作成することが出来る。
各国はそれに関して、一つの定義を設けた。出兵前の兵士、また、長期旅行へ行く前に希望者はスキャンを行う。そして、「コウノトリ」に特定管理者「番人」を置き、「ブレイン」の管理を行う事とした。特定管理者「番人」は、元になる人物のスキャン、「ブレイン」のダウンロード、使用済み、使用不可の「ブレイン」の消去を行うアンドロイドと規定した。そして、最後に完全に「本人が死亡」したと確定した場合にのみ、バックアップとしてのクローンを作成することと決定を下した。
 こうして確立されたシステム「コウノトリ」は、安易にも全世界で稼働を開始した。



 ドン――と。爆音と共に火の手が上がった。爆音の近くにあった木々が突風によって大きく靡く。その先にある住宅街は、風が激しく窓を叩き、静まっていた家々が次々に灯りをつけた。
 火の手は山頂から上がっており、日が昇るには早すぎる夜空を明るく燃やしていく。
 人々は燃えていく山頂を近くで見ようと、道を次々と塞いでいく。遠くからサイレンが響き、人の波をゆっくり割って入った。その中で、乗用車が走行中に道路を飛び出した人とぶつかってしまった。幸い怪我はなかったようだが、歩行者と運転手は口論になり人々の視線はそちらへ逸れた。山から不意に逸れた視線は、一つの影を取り逃がした。小さなその影は人々の視線を潜り抜け、過度なスピードで山から遠ざかっていく。
 見落とされた影は、闇へ消え、どこへともなく去って行った。



 空が高く雲一つない快晴の中、家の前で黒い塊が丸まっていた。甲殻類のような尻尾は微妙に棘が生えている。生き物か? いや、しかし、陸上生物でこんなものいたか? もしかして人形か何かか? だとしたら何故と混乱しつつ凝視していたところ、その物体はゆっくりと動き出した。
 それが倦怠な動作で頭を上げると、人間の子供の顔があった。顔に赤い模様があるものの、その異国感溢れた顔に見覚えがある気がしてならないが、どうにも思い出せない。子供はこちらに気が付くと、私に向き合いながら地面に座り込んだ。驚くべきことに、それと同時に、甲殻類の尻尾が連動している。
 何だこの生物――思わず体が硬直した。
 その間も、子供は何か言いたげにこちらを見つめている。身長は尻尾を考慮しなければ赤ん坊と変わらないサイズだ。とりあえず、警察に届け出ようかと携帯を取り出すと、子供は立ち上がり素早いスピードで私の携帯を奪い去る。何事もなかったかのように軽やかに着地し、子供は再び私を見上げ、不敵な笑みで振り返った。
 ぞわりと背筋に怖気が走る。思わず過去に捨てたはずの拳銃を探すように、腰の辺りに手を当てた。当然のことながら、そこには何もない。しかし何故か。子供が残念そうな目をした気がした。
「アーチャー……」
 ぽつりと零れた名前にドキリとした。かつて私がそう呼ばれていたのは確かだが、目の前の子供が知っている訳がなかったからだ。
「君は、いったい……」
 子供の赤い瞳を見つめ返すと、歩きづらそうに私の方へゆっくりと向かって来た。近づく寸前に倒れこみそうになり、思わずしゃがんで体を支える。穏やかな呼吸音が聞こえ、持ち上げると子供は眠っていた。
「なんでさ」
 子供特有の高い体温を腕の中に抱え、仕方なく家の中に引き返した。
 顔ばかり見ていたため服装をちゃんと把握していなかったが、全身を黒い布で覆っているだけだった。ギリギリで同色のズボンを履いていたが、上半身は裸同然でその腹には顔とは異なる赤い模様が刻まれている。携帯を回収して、ひとまず肌を温めたタオルで軽く拭いてみたが、模様は何一つ取ることは出来なかった。
 ある程度体を拭いてやった後、横にするためのベッドに困る。家には子供を寝かせる手ごろなベッドがない。畳のような柔い床材の場所がなく、全てフローリングの為床には寝かせられない。仕方なく自身のベッドに寝かせた。
 この顔に見覚えがある気がしてならなかった。悪いとは思いつつ、その寝顔を撮りとある人物に添付メールを送り付ける。送って直ぐに折り返しの電話がかかって来た。
「シロウ! 何があったのですか!?」
「落ち着いてくれ。アルトリア」
「あ。すみません。あまりにも衝撃的だったので取り乱しました。しかし玄関前で子供を拾うと言うのは。その、隠し子的なやつだと聞いたことがあります」
 真剣そのものと言った風に、彼女から告げられる言葉に頭を押さえる。
「もし。もしも、そうだとしたら、悪いことは言いません。早めに手を打った方が身のためです。かくゆう私も」
「アルトリア」
「大丈夫です。シロウは私が責任もって、舵を取ります。モードレッドの二の前にはしません!」
「アルトリア」
 宥めるように声をかける。
「何ですか、シロウ?」
「恐らく、この子は私の子ではない。何より、私以上に似ている人がいる、と私は考えている」
「どういう……それは、どういうことですか?」
「この子は私を見て<アーチャー>と呼んだ。ならば恐らく、アルトリア。君と一緒に見ている可能性が高い。それに、人の身でありなが甲殻類に似た尻尾が生えているんだ」
 受話器ごしから沈黙が流れた。
「この写真。詳しく確認したいので、解析班にも回しても良いですか?」
「構わない。頼んで良いか?」
「勿論です。では、また連絡します」
 アルトリアの声に軽く返答し、通話を切る。子供は目覚めることなく、未だに眠りについていた。
 このまま出かけることも出来ず、仕方なく出社時刻を確認し、会社に欠勤の連絡を入れる。すぐに電話に出る者が少ない職場なので、コールの待ち時間が長い。ようやく出たのは同僚のロビンだった。
「え? おたくが欠勤? 珍しい。明日は槍でも降りそうっスね」
「ふ。そうだな。本当に降ったら、君にホールケーキを手作りしてやろう」
「うげっ。入らねぇ。つか、嫌がらせじゃないっスか」
 その声と共にロビンの嫌そうな顔が頭に浮かぶ。軽く挨拶して切るかと思っていたが、「まあ良いか。昨日の山火事で、今日はみんな県外に出てるから暇だろうし……」とロビンが独り言のように零した。
「また管轄外に出てるのか? 他県は特定職があるだろう。また嫌がられるぞ」
「野次馬っスよ。何でもただの山火事じゃなかったらしい。何でもスワローのアジトがどうのってさ」
「スワロー? あの組織は殆ど潰しつくしたんじゃなかったか?」
「俺も良くは知らないんスけど、今度はクローン技術の悪用してるって話。ま。明日の出勤時には大体の組織形態がわかるんじゃないっスか?」
「そうか。じゃあ。留守番頑張ってくれ」
「おたく、一言余計」
 受話器を置くと、いつの間にか子供が目を擦りながら寝室から居間へやって来ていた。尻尾がゆらゆらと揺れている。
「起きたのか?」
 返事はないものの、硬い尻尾が私の足に絡みつく。
「良ければ何か食事を作るが、何か食べたいものはあるか?」
「……ちーかま」
――チーカマは料理ではない。
 思わず喉から出そうになった言葉を飲み込む。
「ないのか。なら、アーチャー」
 小さな両腕が私に向かって伸ばされた。会話が出来ている気がしない。
「えっと。パンでも焼こうか」
 その子供の腋に手を差し込むと足に絡まっていた尻尾が外れ、子供はおとなしく腕の中に持ち上げられた。近くの椅子に座らせ台所へ行こうとするも、腕の中から離れようとしない。
「パンを焼くから、暫く座って待っていてもらいたいのだが……わかるか?」
「わかる」
「離れてくれないだろうか?」
「断る」
 尻尾が腕に絡みつく。ぎょっとして子供から手を放してしまったが、子供の手がしっかりと私の服を掴んでいたため落ちることはなかった。
「台所は危ないから、離してくれ」
「嫌だ」
 形の良い頭を撫でながら再度頼むも、すげなく断られる。会って間もない子供に、ここまで懐かれるとは思っていなかった。無下にすることも出来ず、向きを変え私が椅子に腰を下ろした。腕に絡む尻尾は緩むことなく巻き付き、子供の手も服を掴んだまま離れそうにない。
「君は私を知っているのだね?」
「ああ。知っている」
「どこかで会ったことがあるのか?」
「……俺じゃない」
 眼下に見えるのは子供の旋毛だけで、その顔までは見えなかった。
「名前を聞いても良いか?」
「……クー。あの女はクーちゃんと呼んでいたが」
 あの女とは誰かを聞こうとして、ひとまず止めた。私の知り合いに「クー」と呼ばれる人間の検索をかけるも、心当たりもなく誰も該当しない。群青色の髪の毛を少し触ってみたが、本人が私と会ったことはないと断言した以上、この子供の関係者が私の知り合いだとした場合、いくら特徴で記憶を引き出しても仕方がない気がしてきた。しかし、この顔はどこかで見ているはず。模様が邪魔しているのか、どうしても至らない。
「クー……ちゃん、か」
 天井を見つめながら呟いた。その声に反応したのか、子供の体がピクリと動き、尻尾が腕から離れた。
「どうかしたのかね?」
「いや。俺に「ちゃん」付けは要らない。クーだ」
「え? ああ。クーだな。了解した」
 子供、基、クーはぐずっていたのが嘘のようにひらりと私の膝の上から逃げ、別の椅子へ座り直す。
「飯だ」
 テーブルに手をつき、食事を請求してくる。何なんだろうこの子は。しかし、食欲を取り戻したようで多少安心した。
 台所に立ち、フライパンでパンの両面を丁寧に焼く。冷蔵庫にマーガリンとイチゴのジャムが入っており、それを取り出した。
「クー。マーガリンとイチゴのジャムはどっちが良い?」
「両方だ」
 クーはにやりと笑う。パンにマーガリンを乗せ、ジャムを広げた。カロリー的には過剰摂取になりかねないが、管理栄養士でもない。そこまで気にする必要はないかと皿にのせる。ついでに温めていたミルクをカップに注ぎ、皿と共にクーの前に差し出した。
 クーはあっさりとそれに食いつき、丸のみするようにペロリと平らげる。物足りないのか、小さな眉間に皺をよせホットミルクをちびちび飲んでいる。
「足りなかったか?」
「いや」
「そうか。ところで、君は私のことをアーチャーと呼んでいるな。それはどこで聞いたんだ?」
「どこで?」
 クーが首を傾げた。
「……そのな。コウノトリ機関での三騎士制度は既に撤廃されている。今、その名で私を呼ぶものはいないんだ」
「…………」
 クーは暫く視線を下げて考え込んでいたが、その内にホットミルクを飲み干した。変に言葉をかけるのも混乱させる気がして、クーの発言を待つ。
「……そうか」
 カップを置きぽつりと呟かれたそれは、酷く気落ちしているように思えた。
「クー?」
「なら、アーチャーとは呼べないな。名前は何だ?」
「……」
 唐突に名前を聞かれ一瞬名乗るべきか考えたが、先に名前を聞いたのは自身だと思い直す。
「エミヤだ」
 名乗るとクーは、私の名を口の中で何度か繰り返し、ニヤッと笑った。幼い顔に似合わない笑顔だ。
「エミヤ。アーチャーを辞めた後は何をしているんだ?」
「コウノトリ機関から漏れた違法者の取締官だよ。他のアーチャーは、一部例外を除いて皆そこに努めている」
「ふーん。他の二騎は?」
 クーは丸いほっぺを少し膨らましながら、詰まらなそうに尋ねてくる。
「セイバーやランサー職なら、転職したもの以外は各国に帰っているんじゃないか? 私も詳しくは知らない」
「転職……? それは国に帰っていないのか?」
「ああ。そうだな。例えばキャスター職に転職すれば、コウノトリ機関の配属は変わらないからな。この国に残っている可能性は極めて高い。先ほど例外と言ったが、同じアーチャー職だったギルガメッシュがキャスターに転職していたな」
 そう告げると、クーは自身の手を口元に当てて考える仕草をする。幼い姿に似合わないその仕草が面白く、思わずクスと笑みが零れた。クーが一瞬ビクッと体を跳ね、こちらを見る。赤い瞳が零れんばかりに大きく見開かれた。
 その視線から顔を逸らし、リモコンでテレビをつけた。ニュース番組に切り替えると、他県で起きた昨日の山火事について軽く報道され、その中で起きた交通事故が取り上げられた。その他には、最近の大きな事件であったり世界情勢等をメインに流れている。気が付けば、クーも同じようにテレビ画面を見つめている。少し不満げな表情を見て、リモコンをそちらへ置き、代わりに空になった皿とカップを持ち、流しへ持って行く。
 フライパン含め、食器を洗っていると、いつの間にかテレビを見ていたクーの姿が消えた。おかしいと思う暇もなく、足元に何かがしがみついた。クーだった。そのまま、足をよじ登ろうとして来る。
「ちょ、クー? 何して、おい。危ないから登るな」
 クーが足に引っ付いたまま、こちらを見上げてきた。眉間に皺が寄っている。思わずため息が漏れた。
「大人しく椅子に座っていてもらえないか?」
 クーは答える代わりに、尻尾をビタビタと床に打ち付ける。


1.5
 山火事の痕跡は思いの他悲惨だった。今朝方に瓦礫の撤去がようやく終わったところであったのも大きい。山頂付近に出入り口があり、その下にクローンの実験施設が広がっていた。燃え広がった痕跡は、機械のみならず、その施設の従業員やカプセルに入ったクローンを焼き尽くしていた。真っ黒な人の形が何とか保たれているのみで、顔等は焼け爛れ判別できない。その光景を目にした取締官たちは、思い思いに口を開く。
「うわー。これは酷い」
「ほう。ここがスワローのアジトじゃな。殆ど燃え尽きておるが、データが残っておるかのう」
 眉一つ動かさず、ダビデと信長は淡々と口にした。
「不謹慎だと思うな」
 アーラシュは眉尻を下げながら、二人に向かって苦笑交じりに告げる。
「とりあえず、遺体の回収とデータ収集に分かれ」
 ケイローンは周囲を見回す。騒がしいニコラ・ステラ始め、エミヤ等のまともに精密機器を扱える人物の不在を確認して思わず言葉を切った。
「私はデータの回収をしますので、それ以外の皆さんは遺体の回収をお願いしますね」
 信長の携帯が盛大に鳴り響いた。
「あ。電話じゃ」
 信長が携帯を開くと、ダビデがそれを覗き込んだ。信長は気にする様子もなく、電話に出る。ケイローンはその光景に苦笑が漏れる。
「なんじゃ? え? ああ。昨日の現場におるぞ。管轄外? だからなんじゃ……何? あーそうか。ふーん。それだけか? わかった。じゃーなー」
「何かありましたか?」
 信長が携帯を切った瞬間、ケイローンが質問する。
「うむ。こちらにキャスターが派遣されるようじゃ」
「そうですか。では、我々は撤収……」
「何故じゃ?」
「何故って、元々私たちは管轄外に出しゃばって来ている訳で、正規の方が来られるなら撤収すべきでしょう」
 信長は不思議そうに首を傾げる。しかし、ケイローンの言葉に、後ろでアーラシュが控えめに何度も頷いていた。
「そんなことか。安心せい。儂らは邪魔しに来たわけではない。必要な情報を収集しに来たのじゃ」
 風が優雅に吹き、信長の長いコートが靡いた。堂々と胸を張り、ニヤリと信長は笑う。その姿にケイローンは深く溜息を零す。
「モノは言いよう、ですね」
「ちょっと、こっち来て」
 ダビデが施設内の一室から顔を覗かせ手招きする。
「何してんだ?」
 呼ばれるままアーラシュがその一室に近づく。ダビデはそのまま一室の中に隠れてしまった。信長、ケイローンはアーラシュの後に続く。
 ダビデはとある機械を勝手に弄っていたようで、画面がとあるカルテのデータを映していた。
「本当に何をしているんですか?」
 ケイローンは頭を押さえた。信長は無言でそのデータを凝視する。
「旧、ランサー?」
 アーラシュはデータ内に書かれた職業を疑問視した。ダビデがNEXTにカーソルを合わせクリックする。綺麗な青い短髪と赤い瞳、真顔の端正な顔立ちは蝋人形を見るかのようで少し怖い。
「ランサー職なら、顔を合わせる機会はあったはずじゃ。見覚えはある者はいるか?」
 信長は周囲を振り返るも、その場にいる者は顔を見合わせるだけで、名乗り出る者はいなかった。

 信長に電話を切った後、ロビンは嫌そうに、その場にいるキャスター職の男を見上げた。その男は長く伸ばした青い髪に赤い瞳でニヤリと笑う。
「取りあえず、伝えましたけどー」
「おう」
「たぶん、あの人たち撤収とかしないと思うっスよ?」
「ふーん。ま。良いけどな」
 言いながら、男はホワイトボードに視線を向けている。一か月分の日付と曜日の他に、そこには元アーチャーである取締官たちの名前が磁石に書かれ張られている。その横に出勤であったり欠勤だったりと大まかな予定が記載されていた。出勤の中でも、どこに出掛け、戻りは何時か等の詳細はネット掲載になっている。
 本日、管轄外に「遊び」に行っているのは4人。欠勤は3人だ。その他の連中は出勤しているはずだが、社内に残っていたのは、不幸なことにロビン一人だけだった。
「無銘はいないのか? あいつも、アーチャーだったろ?」
 男がぽつりと呟いた言葉にロビンは眉を寄せた。
「今日は欠勤だけど、ボードには居るだろう? ほら。エミヤってのが、あいつの本名だよ。アーチャーの時に名乗っていたのが無銘」
 ロビンに振り向くことなく、男はボードを見つめていた。ロビンはその男を観察する。ランサー職からわざわざ転職してキャスターになった奇特な男。もっとも、その奇特さはギルガメッシュにも言えることだが、あれはある意味例外中の例外だ。
彼は何故、わざわざこの国に滞在しているのか? ロビンには不可解だった。と言うのも、ロビンを含めアーチャー職はその殆どが国から見限られたところがある。この国に元々居た者は多少事情が異なるものの、概ね元の生活圏に帰ってはいない。しかし、ランサー職やセイバー職は、ある種引手あまただ。元々、アーチャー職より試験科目や実技試験が厳しく、他の職種への適性がある場合も多い。何より、能力適正から国に戻ればそれなりの地位が約束されている。つまり――この国に留まる理由がない。
 ロビンの視線に気が付いたのか、男は漸くホワイトボードから視線を逸らした。
「そろそろ行くわ。邪魔したな」
 青いフードを被り直し、男は背を向けながら手を上げて去っていった。残されたロビンはその背を睨みながら、机に頬杖をついた。



 椅子に座りながら紅茶を飲む。視線を落とすと、腿の上にはクーが据わっている。食器を洗っている間も、その後もずっとクーは私から離れたがらない。家があるのかはわからないが、家に帰りたがる素振りもない。しかも、上半身は裸のままでは寒いだろうとタオルをかけようとしたが、蹴り飛ばされた。せめて服を着せるべきだろうと、先程携帯で頼めそうな知り合いに連絡をし、彼女が来るのを待っている状態だ。
 テレビのリモコンを気に入ったのか、先程から手に持っては各チャンネルを巡っている。カップをテーブルに置き、クーを少し持ち上げ、椅子に降ろしお手洗いに向かおうとしたが、不満そうに顔を歪め尻尾が手に絡んできた。
「クー。離してくれ」
「どこ行く気だ?」
「お手洗いだ」
 そう告げると、渋々クーは尻尾を放した。
 廊下を進む途中、インターホンが鳴り響いた。お手洗いはひとまず置いて置き、玄関に向かった。ドアを開くと、メガネをかけた高身長の女性が立っていた。その手にはアタッシュケースを持っている。
「おや。君が来たのか?」
「ええ。メディアは今朝の山火事の方に駆り出されたようです。私は非番だったのですが、頼まれてしまって。上がっても良いですか?」
「ああ。立ち話をしてしまったな。すまない」
 扉を大きく開き彼女――メドゥーサを招き入れた。アタッシュケースを受け取り、靴を脱いだメドゥーサを案内する。
「貴方がメディアに頼み事とは珍しいですね。何かあったのですか?」
「ああ。子供を拾ってしまって」
「拾っ」
 居間の前で、メドゥーサは言葉を切り、床を見た。否、そこに不機嫌に立ち塞がっているクーを見た。クーは尻尾をばたつかせて、メドゥーサを睨みつける。
「この子、どこかで見たような……」
 メドゥーサは気を悪くした様子もなく、首を傾げる。クーは小さく舌打ちし、居間の奥へ歩いて行ってしまった。
「君も見たことが?」
「も、と言うと、貴方も見たことがあるのですね?」
「ああ。どこかで見たことがある気がするんだが、誰だったかわからないんだ。君はわかるか?」
「いえ……。ちなみに、名前とかは伺っているんですか?」
「クーと名乗っていた」
「クー、ですか……すみません。私の知り合いでは、その名前に該当する方は、ちょっと……」
「そうか」
 居間の奥から床を激しく叩く音が聞こえハッとする。音のする方を向くと、クーが床に座りながらこちらを向き、尻尾を何度も床に叩きつけていた。
「怒っているようですね」
「そうだな」
 一度、会話を打ち切りメドゥーサと居間に入る。クーの傍まで寄ると、抱き上げろとでも言うように、両手を向けられた。思わず苦笑し、アタッシュケースを床に置く。近づいて来たクーを抱き上げ、アサッシュケースを開ける。頼んでおいた服が、いくつも入っていた。
「私が抱っこしておきましょうか?」
ありがたい申し出に「頼む」と、クーを放そうとしたが、クーが嫌がった。
「クー。少し離れてくれないか」
 クーの尻尾が腕に絡みついて取れそうにない。メドゥーサを見ると、微笑ましそうに笑っていた。
「仕方ないですね。私が中身を取り出します」
「すまないな」
 メドゥーサがアタッシュケースの前に座り込み作業を始める。クーが私の胸に顔を埋め顔を上げなくなった。仕方なく、そのまま私は薬缶に火をかけ紅茶を作り始めた。
 湯気が立ち込め、茶葉を入れたポットにお湯を移す。気分が回復したのか、クーが顔を上げ、ポットに触れようとしたのでその手を掴んで引き寄せた。頭を軽く撫でると、再び服にしがみつく。
 茶葉が沈み切るころに、茶こしをカップの縁に当て、紅茶を流し込む。ダージリンの香りが湯気と共にふわりと広がった。カップを手に、服を床に広げているメドゥーサの元へ持って行く。
「ケースの大きさよりも多くないか?」
「ええ。まるで四次元ポケット……」
 腰を下ろし、カップを差し出すとメドゥーサはあっさりと受け取る。いつの間にかクーの尻尾が腕から離れ、紅茶を飲むメドゥーサへ顔を向けていた。腿の上で手を放すと、クーがこちらを見上げてくる。その口は何故かへの字に曲がっていた。
「随分と懐かれているんですね」
「懐かれている……のか?」
「私と仲良くしているから嫉妬しているのでしょうか?」
「嫉妬? この子が?」
 言われた内容が腿の上にいるクーを見るも、その感情と一致しない。何より、子供は尻尾をゆらゆらと揺らすだけで動く気配もなかった。
 メドゥーサは眼鏡の位置を直すと、カップを床に置いた。
「では、私はそろそろお暇しますね」
「送って行こうか」
 立ち上がろうとすると、クーが再び服にしがみ付く。仕方なく小さな体を支え、立ち上がった。
「玄関までで結構ですよ」
 メドゥーサは微笑みながらため息交じりに言葉を吐いた。メドゥーサを玄関で見届けると、断念していたお手洗いの前で、クーを下ろす。クーは不満そうにお手洗いの中まで入ってこようとしたので、必死で追い出した。何がしたいんだ。
 お手洗いから出て、クーに服を着せた直後、携帯が鳴り響いた。ソファーに座りながら携帯を引き寄せる。クーはその間ずっと、太腿の上に腹ばいに寝そべり、尻尾をゆらゆら揺らしている。着信はアリトリアからだった。
「もしもし?」
「シロウ。子供件。わかりましたよ」
「そうか。それで、誰の子だったんだ?」
「それが、誰かの子ではなく、本人そのものです。それも、私たちがランサーと呼んだ男の」
 ランサーと聞いて、青空のような青い髪を思い出した。そして、クーの顔とその顔が脳内で一致する。いや、幼い顔立ちだったとはいえ、今まで気が付かなかった方がおかしいぐらいよく似た顔立ちだった。それを認識すると同時に、嫌な汗が背筋を伝う。
「本人……?」
「恐らくクローンです」
「……亡くなったのか?」
「いえ。そう言う訳ではなく、違法クローンだと思われます。経緯は知りませんが、ランサーだった頃のデータで作られたのかと……」
 その言葉を聞き、安心した。そのまま視線を下げていると、クーが私を見上げてきた。特に何を移すでもない赤が私を映す。頭を撫でると、尻尾の揺れる速度が速くなった。
「そうか。しかし、こんなに幼いとは……遺伝子マップを間違えたのか?」
「もしくは、成長促進中に誤作動が起きたのかもしれません。詳しくは身体検査を行わなければわからないとは思いますが」
「なるほど。ではコウノトリ機関に連絡を入れて」
「それには及びません。先程、私の部下か調査結果を元に連絡を入れましたので、時期に連絡が来ると思われます」
「早いな。忙しい中悪い」
対応の早さに驚くよりも、ありがたく思う。「これぐらい平気です。何かあれば連絡してきてくださいね。ではまた」と、アルトリアは優しげな声音で告げて電話を切った。通話を切った携帯は、通常の画面に戻り、十三時過ぎの時刻を表示させる。
「クー。お腹は」
 問いかける前に、クーの小さなお腹から、盛大に空腹を告げる音が鳴った。その最中に尻尾が僅かに上下する。クーを持ち上げ、ソファーに置き直す。不服そうに赤い瞳が見上げてきたが、尻尾は大人しくクーの体に巻き付いた。軽く頭を撫で立ち上がり、台所で調理に取り掛かる。
 台所からクーの様子を見守りながら作業を進め、餡かけチャーハンを作った。朝のようにクーが台所まで来ることはなかったが、時折こちらを伺いながら大人しくソファーの上に腹ばいになっていた。クーの尻尾が力なく左右にパタンパタンとソファーを叩く。
 餡かけチャーハンが出来上がると、クーは気だるげに起き上がり、よたよたと私の足元までやって来た。「腹減った」と口を開き、ズボンを引っ張る。ランサーのクローンと聞いても、どうにも一致しない性格はこの気だるさのせいかもしれないと苦笑した。
「一人で食えるか?」
 尋ねてみるも、口を大きく開き私を見上げるだけで返答がない。食べさせて欲しいのだろうと解釈する。皿をいったんテーブルに置き、クーを腿の上に置く。蓮華を手に、ご飯を掬い口元に運ぶとぱくりと食いついた。もきゅもきゅと咀嚼する。突いてみたくなる丸いほっぺが膨れては萎んでいくのを見ていたら、いつの間にか皿は綺麗に空になっていた。クーが物足りなげに振り向き服にしがみ付いて来た。
 そう言えばスープも作っていたんだと思い出す。
「クー。スープはいるか?」
「食う」
 クーを持ち上げ、台所まで戻りスープを器に入れる。テーブルまで戻るとクーがテーブルに飛び乗った。クーが使っていた蓮華を片手に持つと、スープの器を要求する。器をテーブルに置くと、クーはそれを自分の前に引き寄せ蓮華で掬いながら食べ始めた。私は対面するように席に着き、自分のチャーハンを食べ始めた。
 食事が終わり、食器やクーの服等の片付けも終了した頃、夕日が窓から侵入する。クーがうとうとと船を漕ぎ、パタリと眠りに落ちた。寝室のベッドに運んでいたところ、インターホンが鳴り始める。首に合う枕がないのでタオルを頭に敷、肌掛けを乗せておく。二度目のインターホンが鳴り、何故かドアノブの音まで聞こえ始めた。態度の悪い訪問者だと思いながら玄関の戸を開けると、フードを被った男が立っていた。スーツと言う訳でもなく、ラフな水色のパーカーに黒い短めの上着を羽織り、黒いデニム生地を履いている。その姿に眉間に皺が寄る。
「どちら様?」
 男はゆっくりと顔を上げた。フードの隙間から青い髪が一房零れ落ちる。思わず瞠目した。
「よぉ久しぶりだな。<アーチャー>」
 ニヤリと笑うその顔は紛れもなく、かつてランサーと呼んでいたその人だった。「邪魔するぞ」と彼は私を押しのけ、家の中へとスタスタと入ってくる。
「おい。一体なんだ」
 何かを探すように家の扉を開け始め、居間へ入っていくところで肩を掴んた。
「いきなり説明もなく人の家に入って来て、何しているんだ君は」
 ランサーは上着から身分証を取り出し、私に見せる。そこには彼の本名と思われる「クー・フーリン」と言う文字と、職業欄に「キャスター」と記載がされていた。
「きゃすたあ!? 君が?」
「おう」
「それで、なんで……」
「西の国からココで俺の偽物を預かっているって連絡が来たんだよ」
 アルトリアの連絡がまさか本人に渡っているとは驚いた。
「取りあえず、身体検査が必要だからな。山火事現場帰りに立ち寄ったんだよ」
「明日でも良かったんじゃないか? と言うか、山火事があったのは他県だろ?」
「良いだろ。そんな細かいこと」
 キャスター職は遺伝子マップを作成する職業のはずだが、そんな適当な性格で良いのかと溜息を吐いた時、彼は寝室のドアを開いた。直後、寝ていたはずのクーが彼の顔面を蹴り上げ、私の胸に飛び乗った。間一髪でクーを抱き取る。クーは腕の中で不機嫌そうに尻尾を揺らした。
「痛っっってぇえな!」
 元ランサーは声を上げながら振り向くと、私が手にしているクーを睨みつけた。クーは「ふん」とその視線から顔を逸らす。
「おい。何だこのガキ」
「何って。連絡が行っていたのではなかったのかね? 君のクローンだよ」
「はぁあああ?」
 彼は盛大に顔を歪めた。
「これが? 俺?」
「画像での診断のみだが、アルトリアに調べてもらった以上。間違いはないだろう」
 元ランサーは腰を屈めながら、まじまじと子供を覗き込む。クーは腕の中で、嫌そうに顔を背け続け、元ランサーと顔を合わせようとしない。ついには、私の胸の部分に顔を埋めて近寄るなと言うように、尻尾を大きく振り始めた。元ランサーの顔はしかめっ面に深く皺を刻みながら、子供の頭を鷲掴みする。乱暴すぎるそれに、思わず手を叩いた。
「おい!」
「何だよ」
「子供相手にそれはないだろう」
「子供っつったてな、そいつは俺でもあるんだ。それがこんなうらっ」
 彼は一度言葉を区切り、わざとらしく咳ばらいをする。クーの尻尾が大人しく垂れ下がり、元ランサーに向けて顔を上げた。少し乱れた髪を撫でて毛並みを整える。
「オメェそれ……」
「なんだ?」
「取りあえず、そいつ寄越せ。一応機材は持ってきてる」
 そう言った彼を見るも、手ぶらである。
「機材? どこにだ?」
「車ん中」
 しれっと発言し、思わずため息が出た。
「何だよ」
「ココにいるのがわかって来ているのだから、機材ごと持って来ればわざわざ車内に戻る必要はなかったろう?」
「ああ。そうだな……」
 何か言いたげに元ランサーは口を閉ざす。ひとまず、クーを引き離そうと体を引っ張ると、服が伸びた。それどころか、尻尾が腕に絡みつき強固になる。視線を感じて、背筋に寒気が走った。そちらへ顔を向けると、元ランサーが怒りにも似た表情で、静かにこちらを見ている。
「ランサー?」
「おーう」
 冷めた目が虚ろにこちらを映している。
「引き離せないのだが……どうする?」
「……機材を持ってくる」
 そう呟くと彼は居間から立ち去った。彼が戻ってくるまでソファーの上で待機する。暫くして、黒いアタッシュケースを担ぎ戻って来た彼は、床に座った。ケースの中から小さなジップロックや綿棒、液体の入った試験管に、小型の鋏を取り出すとこちらを向く。
「口の粘膜と、髪の毛を採取するから、そのガキこっち向かせろ」
 クーは元ランサーの方へ向くのを嫌がり、太腿の上で暴れまわる。
「クー」
 名前を呼ぶとクーは暴れるのを止めて漸く元ランサーへ顔を向ける。元ランサーはと言うと、驚いたように目を広げ固まっていた。ああ。そう言えば、この男も「クー」なんだよなと理解し、顔に血が集中していく。これはちょっと恥ずかしい。
「っすまない。この子が名乗ったのがその名で」
 言い訳を口にしたところ、彼はバッと片手で顔を隠し俯いた。夕日のせいか、首や耳が先ほどより赤くなっている気がする。
「あ。ああ。いや。こっちもビックリしただけだ」
「そ、そうか」
 彼は目元に手を当てたまま、深く息を吸い込むと顔を上げた。私の足元まで寄ってから、クーの頭に手を添え口を開かせる。
「おい。口開けろ」
 片手に綿棒を持ち、口の中に入れていく。それを液体の入った試験管に解いて混ぜ合わせた後、蓋をした。次に小さな針をとりだしクーの腕に刺す。血が針の反対側からあふれ出し、小さな試験管の中に入っていく。二本分の血液を採取した試験管は封がされ、脱脂綿が小さな腕にあてがわれる。暫く脱脂綿ごと腕を押さえ、正方形の白い絆創膏を張る。その間、クーは一度も声を発することなく、また無表情でそれを見つめていた。
使い終わった綿棒や脱脂綿等はビニール袋に捨てる。その後、鋏でクーの髪の毛を切り、ジップロックに入れアタッシュケースにしまっていく。
「終わりか?」
 クーの頭を撫でながら問いかける。
「おう。これを解析する。そいつ自身も連れて帰りたいんだが、離れそうにないしな……」
 そう言いながら携帯を弄る。
「お前んとこ、客用の布団とかあるか?」
「あるとは思うが……?」
「そっか。ちょっと電話してくる」
 アタッシュケースを残し、彼は廊下の方へ去っていく。口内や髪を採取されたクーが眉を顰めたままこちらを向いて来た。
「どうした?」
「なんでもねぇ」
 頬を膨らまし、クーは顔を背ける。体を抱き上げ、目線の高さまで持ち上げると、クーは身を捩って床に着地した。どうしたのかと見ていると、廊下の方へスタスタと歩いていく。
「クー?」
「トイレだ」
 何だと納得しつつ、ふと一人でも大丈夫なのかと気になった瞬間。廊下でクーと電話中の男が暴れる音がし、そちらへ向かう。
廊下ではクーの背を足蹴にし、勝ち誇った顔をする元ランサーがいた。
「何をしているんだ」
「あ? コイツが喧嘩吹っ掛けてきたからな。叩きのめしたまでだ」
「子供相手に大人げない。さっさとその足をどかしたまえ。大丈夫か? クー」
 クーを抱き上げると、大人の男が舌唇を噛みながら唸って来た。
「どうかしたのかね?」
「甘やかすんじゃねぇよ」
「まだ赤子じゃないか。両親が恋しい時期なのでは?」
「外見はガキだが、インストールされている脳内データがどんなもんかわかんねぇだろ。良いからテメェは離れてろ」
 苛々と元ランサーは言葉を紡ぐ中、クーの小さな手で服が引っ張られた。
「なんだね?」
「トイレ」
 クーが口を尖らせた。その瞬間、元ランサーに腕を掴まれた。
「一緒に入らねぇよな?」
「この体で一人でできるとでも?」
「オレの顔面に飛びかかってくるだけの身体能力はあるんだ。平気だろ」
彼が言い切ると胸の近くから「チィッ」と、舌打ちが聞こえた。クーだった。
 クーはヒラリと床におり、お手洗いへ軽々と入っていく。
「ほらな」
 強く掴んでいる手が離れることなく腕を固定する。
「そろそろ、痛いのだが?」
「ああ。それとな。今日からココに住む。荷物はもうじき回収班が来るから、実質今からだな」
「はああ?」
「上から許可は取った。どうせ独り身だろ? 食事代とか諸々支払うし……それにほらガキの面倒は一人じゃキツイだろ?」
 手はいつの間にか腕から離れ、肩をホールドされた。確かに、仕事を休むわけにもいかないが、あの子を一人で家に残しておくのも問題があるように思う。仕事場に連れて行くわけにもいかないが、今日みたいに離れないとなれば休まざるを得ない。しかし――
「君があの子の面倒を見れる気がしないのだが……」
「あ? あんなんでも、一応オレだろ? 大丈夫だって。それに、明日はオレの職場連れてって精密検査だ」
「今日の採取分は何なんだ?」
「一応、俺以外の遺伝子マップが混じっていないかの確認用だな。何のために作られたのかは、オマエんとこの管轄だろ?」
「知っていたのか?」
「ギルガメッシュもキャスターになっているしな。直ぐにわかった」
 元ランサーは私から離れる。
「にしても、良くキャスターになったな。あそこはコウノトリ機関切ってのブラック職と聞くが……」
「ああ。しかも、今キャスター不足でな。前までの連中が一気に有給取って自国に戻っちまってよォ。オレもあいつも休みがなくってな」
「家には帰れているのか?」
「いや。つか、家はないな。寮があるだけで……つっても寝るだけの部屋になっちまってるが」
「食事は? 昔よりだいぶやつれている様に見えるな」
「カロリーメイトとかコーヒーとかちゃんと摂っているぜ」
「それは食事ではない」
 けろりと言い切る彼にため息が零れた。下を向くと、いつの間にかクーが足元まで来ていた。クーを抱き上げると元ランサーは辟易した顔でこちらを見る。
「手は洗ったかね?」
「おぅ」
 クーが歯を鳴らして答える。
「オマエそいつに甘くねぇか?」
「そんなことはない」
 腕の中でクーが座る位置を直すように動き回る。
「危ないぞ。クー」
「あのさ。ソイツをクーって呼ぶの止めねぇ?」
「何故?」
「オレと被るだろ」
「それは、そうだが。私は君を名前で呼んだことはないのだし、平気だろう?」
 クーの名を呼ぶのに慣れた私は開き直った。
「オレが嫌だ」
「では、どうする?」
 子供じみた言い分に呆れながら聞き返す。
「……セタンタ」
「セタンタ?」
「オレの幼名。ソイツにやるから。もう呼ぶなよ」
 少し膨れたその顔が、腕の中の幼子の顔と一致して思わず噴き出した。
「エミヤ?」
名乗った覚えのない名で彼は呟く。新たに名を貰った子供は不貞腐れた表情で尻尾を揺らしていた。

Comments

  • 伊吹〜文章は気の向くまま〜

    面白い!続き待ってます!

    January 9, 2017
  • 1
    January 9, 2017
  • シン@0503

    はじめまして。シンと申します。 たいへん面白く読ませていただきました。 この話は続きますか?ぜひ、お願いします!

    January 9, 2017
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