バカップル耐性:E
前に上げた士郎の苦労話の続きのようなそうでないような。2ページ目はこの話の前日談の槍弓。お題はTOY様より。兄貴の髪留めの構造はあれ以外想像つきませんでした。あと昔は本気で括ってるのに気がついてなかったので素で短髪だと信じてました。いつ気がついたんだっけな……。バカップル耐性は耐性なので遭遇しまくったり痴話喧嘩に巻き込まれたりしてればランクは上がっていきます。頑張れ士郎。
- 190
- 155
- 9,146
「お、いいとこに来たな坊主」
「……なにしてるんだ?」
振り返ったランサーがにっと笑って言った言葉に反応が遅れたのは、同じ家に住むようになってからもあまり見ることのない姿だったからだ。
背中に広がる青い髪。束ねてあるので普段はあまり意識しないものの、そういえばランサーも伸ばしてたっけ。――変なことに左半身が一瞬血まみれに見えたような気がした。目を擦るといつもの白いシャツにそんなもの一滴もない。なんでさ。疲れてるのかな俺。
気を取り直す。と、ランサーがごそごそポケットを探った。
「お前も修理得意だよな。これ直せねえか?」
手のひらに乗ってるのは真っ二つになった見覚えのある金色。観察したことはないが毎日顔を合わせてるんだからわかる。ランサーの髪留めだ。
髪を挟み込んで留めるそれはどうしたのか真っ二つに割れている。……英霊の持ち物に金属疲労ってあるのか?
「聞くな」
外的要因らしい。同じくらい幸運値が低いだろう自分はこれ以上聞いちゃいけないと即座に話題を戻した(あいつが低いからとかそういうのじゃなくて自分の運のなさくらい自覚できてる)
「アーチャーに頼めばいいだろ」
「今いないだろうが」
まあそうか。昼過ぎになって出かけたアーチャーの行き先なんか知るわけもないし、ランサーだって探してまで直してもらう気はないんだろう。夜になればもちろん帰ってくるにしても、膝に乗ったヘアゴム――どこから持って来たんだこんなの――を見ると鬱陶しくなったらしい。
けどこっちも嫌がらせで言ってるわけじゃない。
「知ってるけどさあ……俺が直したらなんか言われそうで嫌だ」
「言われるかぁ? …………言われるか」
不満そうな顔が消えて、あー、だな、やめとくわと頭をかいてる横に座布団をしく。俺だってそんなわかりやすい罠を踏み抜きたくない。口に出なくても不機嫌で重い空気を台所に持ち込まれるのも困る。なによりこいつらの痴話喧嘩を見たくない。
「しゃあねえ。鬱陶しいが我慢するか」
「そんなに気になるなら結べばいいだろ。というかそのためにそれ用意したんじゃないのか?」
それ、と指差すのはランサーが頭をかいた拍子に落ちた茶色いゴム紐だ。
あるからには試してみてるだろうに、もしかして結ぶのは下手だったりするんだろうか。髪留めはこうぱっちんと文字通り留めるから結んでるわけじゃないし。
「そこまで不器用じゃねえよ。ただちっと勝手が――なんならやってみるか?」
「え」
純粋に驚いた声が出た。
「触っていいのか?」
「……坊主。嬢ちゃんたちじゃねえんだからそういう確認はいらんと思うんだが」
「いやあんたのことだから男に触られるのは嫌がりそうだなって」
「んなこたねえぞ? ああ、アーチャー以外なら歓迎はしてやらねえが」
「………………………」
俺が女の子だったら危ないほどいい笑顔だった。でも俺は男ださらっとそういうこと言うなもうやだこいつら。テーブルに突っ伏したかったのに、それより先にヘアゴムを押し付けられて受け取ってしまう。
速いな。最速だもんな。英霊ってすごいな。座に帰れ。
本当に渋々膝立ちになる。……これ、回避した地雷を踏みに戻ってやしないか。しかもさっきより地雷がでかい気がする。
「言っとくけど適当に縛るだけだからな」
「おう」
背を向けられてこうなればさっさと済ませた方がいいなと軽く髪を掴み、
「え、」
するっとすり抜けたみたいに指からこぼれた髪を追いかけることもできなかった。
毛先まで一度も引っかかることはおろか、光の加減で艶やかに輝きながらすとんとランサーの背中にまた流れる。濡れたみたいな感触がまだあるようで、思わず手を握って擦り合わせた。絹ってこんな感触だったような――え、ちょっと待って待ってくれなんだこれ。
引き受けたからにはとそれでも一応挑んでみるも、安物のゴムの方が逃げるように髪からぽとんと落ちるだけだった。
「…………ランサー、遠坂とか桜とか、えーととにかく女性陣のシャンプー、間違って使ってたりしない、よな?」
「はあ? たかが髪でそんなわかりやすい死亡フラグ立てるつもりはねえぞ。第一使った時点でばれるだろ。特に凛の嬢ちゃんのは」
誰だ光の御子に死亡フラグなんて言葉教えたのは。聖杯か。そんな気安い聖杯は嫌だ。ランサー自身には的確だけど。
いやいやそこはひとまずどうでもいい。最悪な懸念は言われてみればそのとおりだ。一度使われた時点で話題に上るだろう。じゃあなんだこれ。
絶対違うと思いつつ疑問は尽きないので更に質問を重ねてみる。
「……俺の一応共用にしてるやつも減ってないけど、じゃあランサーはなに使ってるんだ?」
「石鹸」
……うわ予想通り。逆立ちしても手入れしてるようには見えないし。ゴミとか汚れ落とすだけなんだろうな――にしてもそれはそれで腑に落ちない。そんな杜撰さでこんな髪が出来上がったら世の中の整髪料の立つ瀬がない。遠坂がいたらこの事実に確実にガンドが火を吹いただろう。一度風呂掃除のときに倒してこぼして弁償したことがあるけど、あれは未知の世界だった。女の子は大変だなとしみじみ思うくらいに。
「本当に、他になにもしてないのか?」
言いながらも何度か束ねてみようと結んでみるが、どうしてもヘアゴムが落ちてくる。……こういうときはどうすればいいんだ。自分は短髪だし髪を整える経験値が絶対的に足りないので、こういうときの方法がさっぱり思いつかない。
諦めて手を離して眺めてると、洗うのはそれだけなんだがなあ、と不意にランサーが天井を向いた。その拍子に流れてきた髪が手の甲を掠めていって、うっかり心地よく感じた自分を即効で否定する。いやこれランサーだから。あいつは惚れてても俺は違うから! ……って。
なんか今聞こえた気がする。
「――洗うのは?」
「アーチャーがなー。風呂上りに延々と梳くわなんか塗りこむわ手入れしてるからそれだろ」
時間かかるからやめろって言ってんだが、と複雑そうに――喜んでるのか困ってるのかとても微妙な声だった――ランサーは肩を竦めて続ける。
「触られんのは構わねえが時間かかってしょうがねえ。美しいものを磨いてなにが悪いだの言われても、男の髪にそこまでするのはあれだと思わねえか? それとも坊主も髪にこだわりあったりすんのか?」
「……、……ぜんぜん」
気の抜けた声になったのは、そうかあいつが手間暇惜しまずやってるから持ち主が大雑把なことしててもこんな風になるのかとか、驚きと好奇心に負けて引き下がらなかった少し前の自分のばかやろうとか俺の心の中はそんなんだったからだ。
男二人の私室で毎夜行われてる美容室な光景があっさり目に浮かんでなんかまぶたが熱い。
もうやだこいつら。
「ところでなんだ、坊主でも無理か?」
変わらず向こうを向いたままの英雄ののんきな声に、初めていけすかないあいつの帰宅を心から願った。
……俺。あいつが帰って来たらランサー押し付けて、今日の目玉の豚バラブロックを買いに行くんだ……。
――それからほんの少しして。件の弓兵はあっさり帰って来たが、槍兵の姿を見てたちまち機嫌を急降下させ、家主がツッコミを入れるのも辛い痴話喧嘩が勃発した。
さっさと逃げ出せたはいいものの、例の旗は豚バラブロック売り切れという形で回収され、帰宅後これみよがしに同じヘアゴムで完璧に留められた青い髪を見ることになり、家主はもうやだこいつらと今日三度目の嘆きをもう一度呟いたのだった。
Comments
- そーOctober 14, 2017