当たり前過ぎることは記録されないというのは、考古学や史学を学ぶ者にとっては常識です。
例えば、江戸時代の生活について、外国人が記した手記で初めて明らかになったことは山とあります。
鎌倉時代の順徳天皇が記した『禁秘抄』に、初めて天皇の心得などが記述されました。天皇の心得は、天皇にとって最重要のことですが、鎌倉時代まで文字化されることはありませんでした。当たり前だったので、わざわざ文字にしなかったのです。その当たり前のことを書いた『禁秘抄』のおかげで、いま私たちは文字として読むことができるのです。
文字になっていないから、価値が低い、規範にはならない、ということにはなりません。長きに渡り男系継承が続いてきた歴史の重みは、言及の回数や、文字化された時期によって変化するものではありません。
それに、男系継承をこれだけ長期間続けてきたのが、「たまたまだった」という主張に納得する人はいないでしょう。
歴史を振り返れば、先人たちが男系継承を守るために、議論を重ね、努力してきたのは事実として記録されています。
例えば、光格天皇即位に際しても、千年以上遡り、皇位継承の危機について先例を調べ上げ、先例に従って男系継承を確保しました。当時の議論が記された資料を読んだことがある者なら、「言及されていない」とか「たまたま」という理解には至らないはずです。
生半可な知識で論じようとするので、おかしな主張になるのだと思います。皇室について語るのであれば、また皇室を尊重するのであれば、慎重に慎重を期し、それなりの見識を深めてからになさることをお勧めします。
ちなみに、祭祀が男系により確保されるべきことは古事記に記載がありますし、男系による皇位継承の記録も古事記にあります。皇位の継承は祭祀の継承を主とするため、皇位継承に関する大原則はすでに古事記に記されているのです。
また、宇佐八幡宮神託事件でも、皇統とは何であるかが問題となり、「皇緒」を立てるべきとの神託の内容が続日本紀に記されています。
それ以外にも、皇統のあり方について、議論した記録は多くあります。それらに当たってみてはいかがでしょうか。
また、明治の皇室典範では、男系男子で確定しているのが答えかと思います。議論の過程で女性天皇容認の案があったとしても、採用されていません。さらに、ここで貴殿が「女性天皇」の話題を持ち出すこと自体、女系天皇と女性天皇を混同しているのではないかと疑います。女系天皇(非男系天皇)を認めるかの議論と、女性天皇を認めるかの議論は、本質的に異なるからです。