アンディ・ウィアーは心理学を知っているが、ヘイル・メアリー号の開発に心理学者はかかわっていなかったらしい
2026年3月20日に公開される映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』。『オデッセイ』(原作題:火星の人) のアンディ・ウィアーの長編第3作目の作品で、傑作であることは前々から聞いていたが読む機会がなかった。映画化もされるということでこの機会に読み、下馬評通りの傑作ぶりにただただ感嘆した。
本作の素晴らしさは、今更私が云々するまでもないと思う。そこで、今回は心理学者としての観点から本作を読み、文庫版上巻の僅か30ページで傑作ぶりを確信したエピソードを語っておきたい。
なぜネタバレ厳禁なのか
その前に、この記事が本作のネタバレを少々含むことを申し添えておく。本作はネタバレせずに読むことが推奨される作品だ。
本作について、ネタバレ厳禁であることは食傷気味なほど語られている。ただ、そのことだけが独り歩きしており、本作の魅力が誤って伝わっている恐れがあるので、ここでなぜネタバレ厳禁なのかを明言しておきたい。
本作は「大どんでん返し」を主たる魅力としたものではない。確かに驚きの展開はあるものの、その内容を知っていたら読む価値がなくなる類の作品ではない。
本作の最大の特徴は、何もわからないところから少しずつ物事を明らかにする過程にある。主人公は最初、自分がどこにいるかはおろか、自分が何者なのか名前すら思い出せない状態にある。読者は、主人公の一人称視点を通じて、一緒に謎を解き明かすプロセスを楽しむ……これが本作の最大の魅力だ。そして、このプロセスは科学を象徴するといっていい。
先に展開を知っていると、この一緒に謎を解き明かす感覚が薄くなってしまう。もちろん、だからといって本作がつまらなくなるわけではない。先の展開を知っていても結末は感動的だ。だが、どうせ読むなら最大限楽しめる状態で読んで欲しいというのがファンの願いだ。
ただ、映画版は視点の関係から、どうしても「一緒に謎を解き明かす」雰囲気は薄まると予想される。ここまで来たら映画をさっさと観てしまって、気になったら原作を読むとかでもいいだろう。映画も期待できるが、どうしても原作から削られる内容は多くなる。その辺を補完しつつ読むのも面白いはずだ。
というわけで、ここから先の内容はネタバレを含む。内容は上巻のせいぜい30ページそこらになるので致命的なものを含めるわけではないが、念のためということで。
ネタバレ注意
本作で感嘆するのは、全く訳の分からない状況に投げ出されても冷静に分析して情報を得ようとする主人公の賢さ、そしてそんな様子を様々な角度から描くことのできる著者の博識さだ。
特に驚いたのが、以下の描写だ。
ついに梯子のところまでやってきた。前によろけて、梯子をつかむ。こんなにも弱っているとは。どうやって一〇フィートの梯子を上るというんだ?
一〇フィートの梯子。
いまヤード・ポンド法で考えた。これは手がかりになる。ぼくはたぶんアメリカ人だ。あるいはイギリス人か。カナダ人という可能性もある。カナダ人は短い長さにはフィートとインチを使う。
自分に尋ねてみる。――LAからニューヨークまでの距離は? 本能的に出てきた答えは――三〇〇〇マイル。カナダ人ならキロメートルを使うはずだ。したがってぼくはイギリス人かアメリカ人。あるいはリベリア出身か。
リベリアでもヤード・ポンド法が使われていることは知っているのに、自分の名前がわからない。それが腹立たしい。
ここで、主人公は何をやっているのだろうか。彼は不意に頭をよぎった「フィート」を手掛かりに自分のルーツを探っている。この場面は心理学の観点から違和感のない描写になっており、アンディ・ウィアーが心理学にも明かることを示す描写になっている。
なぜそう言えるのか? そもそも、人間の記憶は感覚記憶・短期記憶・長期記憶に分かれており (ワーキングメモリを考慮しない場合、こっちのほうが単純なので)、長期記憶はさらにエピソード記憶や意味記憶などに分かれる。
エピソード記憶は自身にまつわる記憶のことだ。本作でいえば、自身の名前や出身、どんな仕事をしていたかがエピソード記憶に該当し得る。一方、意味記憶は知識に類するもので、先に引用した『リベリアでもヤード・ポンド法が使われていること』はまさにこれにあたる。
記憶喪失の症例それ自体が頻繁にあるわけではないからどこまで一般化できるかは微妙だが、記憶を失ったものが箸の使い方を忘れたとか、日本語を理解できなくなったという話はあまり聞かない (脳全体が損傷している場合は別だろうが)。記憶障害の例として著名なHMの事例でも知識が思い出せなくなるという話は聞かない。彼は手続き的記憶 (体の動かし方に関する) を記銘することはできたらしい。
このことから、記憶喪失や記憶障害に際しては、混然一体とした記憶全体がごっそりなくなるというより、エピソード記憶を中心に思い出せなくなると考えたほうがよさそうだ。一時的な記憶障害ならなおさらだろう。言い換えれば、どんな知識を覚えているかで、思い出せないその人の人となりをある程度推測することはさほど非現実的な話ではない、ということだ。
作中で主人公は、まさにこれをしている。不意に頭をよぎった知識から外堀を埋めるように自分のことを理解しようとしている。記憶喪失中にそんなことをしようと思う主人公の胆力にも驚きだが、彼にそれをさせようと発想した作者にも頭が下がる。
ちなみに、そもそも自分の人種的ルーツを探ろうとする試みが日本人からすると興味深いものではある。人種的特徴と使用言語だけで民族的・地理的ルーツが絞り込めないというのは英語圏の人間特有の発想だと思う。日本人の場合、アジア系の顔立ちで日本語を操っているならほとんどの場合日本人だから、それを裏切る情報がない限りは悩む必要がない。
#プロジェクト・ヘイル・メアリーに心理学者を!
ただ、ここまで読んで思ったのは、ヘイル・メアリー号の設計に世界最高峰の頭脳を集めた割に、心理学者は集めなかったのだなということだった。
ここまでの描写で、主人公は長い昏睡状態の影響により記憶に障害を抱えていることが伺える。しかし、後からわかるように彼は重要な任務を帯びているのだった。であれば、自分が誰なのかヤード・ポンド法から云々している場合ではない。せめて、最低限の状態と回復までの道のりがわかる情報を手元に置いておくべきだ。
もっとも、対処は容易だ。近くの壁にその情報を記した冊子を、ダクトテープかなんかで貼り付けておけばいい。もしプロジェクト・ヘイル・メアリーに心理学者が参加していたなら、彼はこう言うはずだ。長期間の昏睡から目を覚ましたときに混乱してるかもしれないから、資料をべたっとやっておきましょうと。
幸い、心理学者は記憶に障害を抱える人の対処に慣れているだけではない。我々はあらゆる属性の人々に対してアンケートをしないと気が済まない習性があり、そのためにわかりやすい表現を様々な方法で行う技術を持っている。小学生や高齢者でも回答できるアンケートを作る人々なのだから、記憶が混乱している人向けの説明書なんて朝飯前だ。
加えて、我々には技術力が欠けていることが多いが、その代わりに自分のできる範囲の技術で何とかする術には詳しい。心理学の実験手続きを読めばわかるが、最新の研究も最低限の工夫の寄せ集めでできている。
プロジェクトの統括者であるストラットは、ヘイル・メアリー号に搭載するアイテムを確実に使用でき市場での長時間のテストを経た市販品にすることに拘ったが、紙とダクトテープはまさにこの条件に合致する。ダクトテープは『Fallout』シリーズでも、核戦争から200年後に問題なく使用できることになっているし、少なくともアメリカ人からの賛同は固い。
マジのネタバレ
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