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思い出にするにはまだ早い/Novel by 駒田

思い出にするにはまだ早い

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2026/2/8 VALENTINE ROSE FES 2026 -day2- 内「蒼天 赤を穿つ VR2026」で無配にしていた現パロ槍弓小説です。
蒼天で頒布した新刊の地続き、フラカフェ時空のおはなし。

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 こじゃれたカフェのマスター、という立ち位置に慣れるのは、我ながら意外と早かった。与えられた場所に適応するのは得意な方だ。それが好きな類の仕事であれば、なおさら。
 それほど広くない店だが、いかんせん従業員は雇われマスター兼キッチンのエミヤと、オーナー兼フローリスト兼ウエイターのランサー、たったの二人きりである。互いに器用な方とは言え最初は入った注文オーダーをこなすのが精いっぱいで、その忙しさがかえって余計なことを考えさせなかったのかもしれない。
 ともあれ、今日も十八時までのカフェタイムを何とか乗り切って、エミヤはあらかた片付け終わった調理台を軽く拭き上げた。店内に残った客は常連のひと組だけで、楽しそうにお喋りを弾ませている彼女たちの邪魔をするつもりはない。ランサーも同様に退店を促しに行く様子もなく、山ほど飾られた鉢植え(実は巧妙にフェイクグリーンも混ざっている)の手入れをしている。表の灯りは既に落ち、ドア裏の看板は「Closed」だ。
 さて、とエミヤは静かに手を擦り合わせて、業務用冷蔵庫を開いた。
 明日のランチのメインは決まっている。必要な食材を取り出してひたすら下拵えに専念していると、小一時間ほど経って長居を悟ったらしい客が慌てて席を立つ気配がした。
 たとえ火を使っていないタイミングでも、ランサーがホールにいる限り、エミヤがキッチンを出ることはほぼない。今も手袋を外したランサーが、さっさと会計を済ませに行っている。
 本当に、彼は目端の利く男だ。
「ありがとーございましたァ~」
 この軽薄な語尾とやにがった顔さえなければ、完璧なのだが。
「……君の店だ。どう扱うかはもちろんそちらの自由だが、折角の雰囲気にそぐわない居酒屋みたいな返事は何とかならんのか」
 黙々と手を動かしながら零すエミヤに、ランサーは表に面したガラスにてきぱきとシェードを下ろしながら笑う。緑と花に囲まれた華やかな店構えのカフェは圧倒的に女性客の人気が高いし、ランサーウエイターは主にお嬢さん方へのサービスに余念がないが、もう少し落ち着いてもばちは当たらないと思う。
「マスターはオマエだからオマエの店だろ」
「屁理屈を言うな」
「屁理屈はそっち。明日の仕込み? 腹減ったな」
 目まぐるしく働くランサーに歩調を合わせるように、話題もくるくると飛ぶ。机と椅子を整えながらカウンター側へ戻ってきたランサーは首を伸ばして、エミヤが先ほどから構いきりの寸胴を覗き込んだ。
 明日のメインはビーフシチューだ。既にアク取りの終わった肉と野菜が赤ワインで静かに煮込まれている。うまそ、と無邪気な声を上げたランサーは、首を傾げてキッチンの中を見回した。
「パン余ってない? もう晩飯ここで食っちまおうぜ。見てたらシチューの口になってきた」
「却下だ。まだ煮込み終わってないし、君が馬鹿みたいに食べたらランチの提供数が狂う」
「えー。味見もなし?」
 それくらいなら許してやらないでもない。あくまで味見の範疇であれば。少し考えて許可を出すと、エミヤは再び冷蔵庫に頭を突っ込んだ。
 味見分だけでは到底、立ち仕事の後の夕食には足りない。かといって帰ってから改めて食事にするのでは遅くなる。手持ちのレシピを脳内でざっとさらって、取り出したのは常備してある卵だ。 それから、冷凍して賄い用に回すはずだったご飯と、シチューの具材の残り野菜、キノコにバター、調味料とケチャップ。材料はいたってシンプルである。
 調理台の上に並んだ食材を見て、いつの間にかカウンター席に陣取っていたランサーにもメニューの見当がついたらしい。お、と声を上げて、それからにんまりと口元を緩める。
「オムライス?」
「試作も兼ねてな」
 エミヤはサラダ用の葉野菜を洗ってざるに上げると、小ぶりなフライパンを二つ並べ、手早くオムライスの中身を作り始めた。肉はビーフシチューが控えているから、具のメインは玉ねぎとエリンギである。
 片方はパセリの風味をほんのり効かせたバターライスに。
 もう片方は定番のケチャップライスに。
 隣のコンロでは静かにビーフシチューが煮えている。食欲をそそる香りの三重奏に、ランサーはぐう、と切なげに鳴く腹を撫でた。
 耳聡くそれを聞きつけたらしく、エミヤの口角が微かに上がる。
「腹減ってんの。仕方ねーだろ」
「別に何も言っていないが」
「そのキザっぽい顔がうるせえ」
「君にだけは言われたくないな」
 目も上げずに言葉を返しながら、エミヤは仕上げに取り掛かる前にサラダの小鉢を二つ作った。無言でカウンターに一つを置いたのは、まずこれでも食べていろ、ということなのだろう。お得意のベジファーストとやらだ。
「草いらねーんだけど」
「食べ終わらないとメインは出ないぞ」
 こと、と追加でドレッシングの瓶が添えられて、ランサーは面倒そうにフォークをつまみ上げた。瓶の中身もエミヤの手作りだ。塩っ気は控えめだが、いいオリーブオイルと酢を使っているお陰で味は美味い。
 不服げに、だが器用にフォークを使って口に葉野菜を詰め込んでいるランサーを確認してから、エミヤは卵をボウルに割り入れた。
「バターライスかケチャップライスか、どちらにする?」
「……、ケチャップ」
 口の中で存在を主張するブロッコリーを喉の奥に追いやって、ランサーはそう答えるとぺろりと唇を舐めた。無言の首肯を残して、エミヤはもう一つ追加で小さなフライパンを温める。
 たっぷりめのオリーブオイルにバターを溶かして、ほんの少しだけ塩を加えた溶き卵を流し込む。濃い黄身の色味を反映して僅かに紅色がかった卵液を大きくかき混ぜると、半熟になった辺りでコンロの火を落とし、皿を準備する。
 昨今はとろとろふわふわの花咲オムライスがブームだが、今回はスタンダードに卵でライスを包むタイプのオムライスだ。卵の端にケチャップライスを盛りつけると、エミヤはフライパンを逆手に握って中身をひょいと皿に滑らせた。たふ、と数ミリ弾んだ塊があるべき場所に綺麗に収まる、この瞬間がエミヤは好きである。
 鮮やかな手際に、ランサーは空になった小鉢をそそくさと脇へ押しやった。期待を込めて目配せが送られる。
「気が早いな」
 焼きムラも破れもない、つるりとした卵の表面に満足げに微笑んで、エミヤは無言の催促を受け流した。普通ならケチャップかトマトソースでも添えるところだが、今日はうってつけのものがすぐ隣にある。
 ドミグラスソース代わりのビーフシチューをたっぷりと浴びたオムライスに、ランサーはひゅーう、と口笛を吹いた。決して行儀がいいとは言えないその振る舞いにエミヤは眉を顰めたが、柔らかそうに煮えた肉の塊をごろりごろりと添えてやるのも忘れない。
 仕込みの時点から考えれば、一時間以上は空腹を刺激する匂いを嗅がせていたことになるのだ。ちょっとした労いの気持ち、というやつである。
 生クリームを垂らしパセリを振りかけて完成した豪勢な一皿を、エミヤは静かにカウンターへ置いた。
「待たせたな。召し上がれ」
「うまそーいただきます!」
 そう告げる時間も惜しいとばかり、喜色満面の笑みと共にランサーはスプーンを掴むと、大口でばくりと頬張った。出来立ての熱さを気に留める様子もない食べっぷりは〝待て〟を解除された大型犬に似ている。
 むぐむぐ、とよく咀嚼し、ぺろりと舌なめずりを一つ。
「……ンめえ。すげーうまい、何これ? 別にそんな高い肉とか使ってねえよな」
「値段設定にうるさいオーナーがいるからな」
「適正価格を付けろって言ってるだけだろ」
 大きくもうひと掬いしたランサーは、再びスプーンを口に運び、味わいながら薄く目を伏せた。
「……んー。あー、分かった、火入れだ。玉ねぎの食感。あとエリンギかこれ。いいな」
 ランサーの感想を聞きながら残りの卵を溶いていたエミヤは、内心舌を巻いた。オムライスにビーフシチューとくれば、どうしても柔らかく蕩けるような歯触りが全面に出る。味も濃いめで単調になりがちなため、意識してケチャップライスの玉ねぎには浅めに火を通し、また噛み応えと旨味の出るエリンギを具材に選んだのだ。
 何も聞かず一口二口でそれを察するのだから、やはりランサーのセンスは侮れない。
「流石の舌だな。味付けはどうだ」
「美味い。……けどまあ、流石にビーフシチューそのままとオムライスだと殴り合いになる感じ」
「そうだな。女性客にはだいぶ重いだろうよ」
 頷いて、エミヤはもう一皿のオムライスを仕上げる前にもう一度冷蔵庫を開けた。デザート用に作っておいた水切りヨーグルトの残りを取り出すと、生クリームを少しとレモン汁数適を加えて混ぜ合わせる。
 ちびりと味見をしたのち、豆皿に盛ったそれをオムライスの隣に添えると、順調に皿の中身を減らしていたランサーは怪訝そうに瞬きをした。
「味変?」
「まあ、そんなものだな」
 答えて再びオムライス作りに戻るエミヤの手元と、差し出されたクリームを交互に眺めて、ランサーはふーん、と小首を傾げた。スプーンの先に掬ったそれをオムライスに載せて、シチューと共に口に含む。
 バターと卵の甘さに加えて重めのビーフシチューが被さる余韻を、そのクリームがさっぱりと拭っていく。サワークリームに似た風味だ。
「へえ。おもしれえな」
「思い付きだが、悪くなさそうだな。覚えておこう」
 思い付きでこんなものをぽんと出せるのだから、どこが〝料理は嗜む程度〟なのだ、とランサーは思う。淡々と今度はバターライスを包んだオムライスを作っているエミヤの手つきは、どう見ても素人のそれとは言い難い。
 そういう意味でも逃がす気がなくなった、という物騒な感想をおくびにも出さないまま、ランサーは自分の皿を空にすることはひとまず保留にした。目の前で出来上がったばかりのもう片方を味見するためには、交換材料が必要だろうから。


 試作と味見が目的だ、と言うには調子に乗ってしまった自覚がある。こんなに景気よく調理器具を使う気はなかった、という反省と共に最後のひと口を噛みしめながら、エミヤは水仕事に取り組むランサーをぼんやりと眺めた。
 普段はキッチンから出ることはあまりなく、カウンターに座ったことなど数えるほどしかない。閉店後とはいえ、いつもと逆の視点でキッチンを眺めるのは新鮮な気持ちで、そこにランサーがいるのは更に不思議な気持ちだった。
「バターライスもうまかったなー。こってり系のビーフシチューに合わせるンならそっちのが良い気がする」
「……そうだな。まあ、このまま出すにはコストの問題もある。通常メニューに入れるには課題ありだな」
 中身をバターライスに変えたところで、全体的な重さの軽減にはつながらない。様々な意味でやや重いメニューになってしまったな、と再びの反省を巡らせたところで、エミヤは食べ終えた皿を持って席を立った。
「洗い物、任せてしまってすまない」
「ん。つか、そこに置いときゃ洗うのに」
「そこまで横柄な真似ができるか」
 律義な奴、と笑うランサーの方へ回り込み、エミヤは汚れた食器をペーパーウエスで拭ってシンクへ置いた。すぐさまランサーの手がそれを洗いにかかる。
「食洗器を使えばよかったのでは?」
「それな。洗い始めてから気付いたわ」
 ざあ、と食器の泡を流すランサーの逆側へ回り込み、エミヤは洗い終わったものを拭き上げていく役をこなすことにした。ここが店のキッチンだからか、使ったものはなるべく片付けてから帰る癖がついている。
 逆側へ並んだエミヤの姿を横目で追って、ランサーは速やかに洗い物を終わらせると濡れた手を拭った。
 仕事終わりでエミヤも気が抜けていたのか、そういえば珍しくコックコートを着替えもせずに食事を摂っていたな、と考えつつ、ランサーはするりとその腰に手を回した。全く想定外のその行動に、拭き終わった大皿を置こうとした手がびくりと揺れる。
「ば、ッ……」
 馬鹿、と反射的に罵りかけて、エミヤは強く眉根を寄せた。皿を無事に軟着陸させてから、冷えた指をべちんと払う。
「何をするたわけ」
「何って、仕事終わったろ。メシ食ったろ。今日も頑張ったろ。そんじゃあ食後のオタノシミくらいあっても良くね?」
 理論の飛躍に眩暈と頭痛が同時に襲い掛かってきて、エミヤはますます眉間に皺を刻んだ。全くもって良くない。
「駄目だ」
「なんでえ?」
 心底不思議そうに語尾を伸ばして、ランサーは懲りずに距離を詰めてくる。今度は両手で腰を捕まえられて、エミヤの背筋にはぞわりと悪寒に似た何かが走った。
「絶対に駄目だ。あのな、ここをどこだと思っている」
「あー、なに? 神聖なキッチンでーとかそういう事?」
 にんまりと揶揄うような笑みを浮かべた顔を迫らせるランサーに、エミヤは心底呆れ果てた様子で溜息をついた。その整った顔面に――エミヤ自身も見惚れるほど真っ直ぐに通った鼻梁に、手のひらをぐいと当てて押しやる。
「んぶ」
不衛生だ・・・・
 これ以上なく力を込めてそう告げると、ランサーは手のひらの下でしばしばと瞬きをして、それからがくりと肩を落とした。
「オマエさあ……ほんっとデリカシーねえっつうか何つうか」
「たわけ。飲食店で最も優先すべき事項だろう」
「はいはい。わーったわーった」
 萎えるわー、とこれ見よがしに頭を掻いて、ランサーは身を離した。が、この程度で萎えるほどやわな男ではないことくらい、エミヤもとっくに知っている。
 全く、油断も隙もあったものではない。
 文字通り出鼻を挫いたのが功を奏したのか、少なくとも今は大人しく引き下がる気になったようで、ランサーはぶつくさ何事かを呟きながらバックヤードへ足を向けている。その背中を見送って、今度はこっそりと、エミヤは再びのため息をついた。
 キッチンはエミヤにとって確かに聖域ではあるが、それと同時に仕事中の定位置でもあるのだ。そんなところで事に及んで、調理中や接客中に、ふとした弾みに思い出しでもしたら――居た堪れないにも程があるではないか。
 心の底から本当に、勘弁してほしい、と、エミヤは思った。

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