インタビュー

市川沙央さんがつづる障害者のスポーツ観戦「くだらない」を根に持ち

構成・藤野隆晃

 東京パラリンピックの開催から、今年で5年となる。新設のスタジアムなどではバリアフリー化が進む一方、費用面などの問題から、障害者が気軽に観戦できる環境が整っていない施設も多い。スポーツ以外の娯楽でもバリアフリーの課題はある。

 重度障害者であり、小説「ハンチバック」で第169回芥川賞を受賞した作家の市川沙央さんが書面インタビューに応じ、課題だと感じていることや、改善すべき点などについてつづった。

浅田真央さんは「神か天使」

 ――スポーツ観戦にまつわる思い出はありますか。

 「寝たきりの方とか、障害者はやはり一番楽な娯楽であり、情報源としてテレビをずっと見ていますから、国民的なイベントを中心にスポーツも当然よく見ています(と思います)」

 「私は、フィギュアスケート女子の浅田真央さんの姿に魅了されていました。趣味でピアノを弾くのですが、両親からは難易度を下げてでもいつでも完璧に披露できる一曲を持てと言われていて、でもそれが性に合わないんですよ。難しい曲を、『弾けた!』という瞬間が楽しいのであって」

 「チャレンジ精神と競技特性の融合の高みへと挑む姿に、私は感銘を受けます。何より浅田真央さんの演技は優雅でした。現在のご活動も含めて、今でも神か天使のように思っています」

 ――スポーツ観戦において、特に楽しんでいることはありますか。

 「リアルタイム性、世の中との一体感、そしてやり直しがきかない緊張感ですね。緊張といえば、私のように体力がないと、外出はもちろん、お風呂に入るだけでもハイレベルの競技に近くて緊張かつ疲労困憊(こんぱい)するんですよ(笑)。何メートルか歩くのがフルマラソンみたいなものですし。だからスポーツ選手のメンタルコントロールのエピソードとか、共感するし参考になるんです」

 ――会場でスポーツ観戦をすることが難しいと感じる障害者もいます。そうした人が観戦しやすい環境をつくるためには、何が必要だと感じますか。

 「思い出すのは、あれは希望の党の騒動の頃だったのか、(東京都知事の)小池百合子さんの発言に注目したワイドショーが都議会の中継を映していたんですね」

市川沙央さんは車いす席の改善のため署名集めに取り組んだことがあるといいます。その経験から考える、誰もが娯楽を楽しむために必要なこととは。

 「議会ではちょうど国立競技場の車いす席の数について質疑応答をしていたんですけど、政局に関係しない質疑が続くのにじれた政治解説者がいったんスタジオにカメラが戻ったとき、『くだらないことやってるなあと思いますね』と吐き捨てたんです。いや、議会からしたらマスコミの政局報道の都合なんか知ったことではないわけなんですが、本当にこういうところがオールドメディア(の御用コメンテーター)の悪いところというかですね。『オリンピックスタジアムの車いす席はくだらないことなんでしょうか?!』と、私はそれ以来ずっと根に持っています」

最初から組み込めば消耗しない

 ――障害者に関することが「くだらない」とされることは、他の点でも感じますか。

 「くだらないことというより、オプション、プラスα、福祉の施策や予算でやること、やるやらないは自由、といった感覚がはびこっているように思います」

 「しかし私は、障害のある人々に対する公平性の確保は、デフォルトで、真ん中に置いてやることだと思っています。バリアフリーは、最初から想定して組み込んでおいたほうが後から付け加えて改修するよりコストがかからないからです。どうせ私のような者が死にものぐるいで騒ぐので、最初から組み込んでおいたほうが皆で消耗しないで済みますよ」

 「人権という概念は、ゼロサムで冷酷に争い合うと莫大(ばくだい)なコストがかかってしまう経験から人間が生み出した信頼関係構築のための智慧(ちえ)です。『合理的配慮』、つまり公平性の確保のために対話して調整するという歩み寄りがみられないなら、よりコストのかかる対立が待っているだけだ、という原理を社会が肝に銘じましょう」

国立劇場のお手並み拝見

 ――市川さんも現地でのスポーツ観戦の経験はありますか。

 「スポーツではないのですが、私は2000年前後に、某バンドのコンサートに数回行った経験から車いす席改善の署名集めをネット上でやっていました。パラリンピック関連では進んだところもあるのでしょうが、コンサートについてのSNSなどを見ていると、25年たっても車いすユーザーの状況はあまり変わっていないのかなと感じますね」

 「車いす用のスペースは大抵後方に用意されるため、観客が総立ちになるライブではステージが見えないことが課題でした。当時は署名を募ってアーティストにお手紙を送るというやり方でしたが、個々の興行の運営以前に、建物の設計段階で課題があると思います」

 「パラリンピックのレガシーとして、国立競技場の車いす席は観戦位置の選択肢を多く設定できるように整備されました。席をどう販売するかは興行の運営次第ですけどね」

 「今は、建て替えが予定されている国立劇場についてお手並み拝見と思っています。まさか文化芸術の殿堂の新築がスポーツのそれより包摂性に欠けるなんてことにはならないでほしいですが……」

何をするにもまずはウェブサイト

 ――会場だからこそ感じられたのはどんなことでしょうか。

 「同じ音楽を好きで聴いている人が今同じ場所にこんなにいるのだ、という感動がありましたね。私は何を趣味にするにしても一人でこそこそ楽しんでいるだけなので、どんなリアルイベントでもまずそれを感じます。その場で交流するわけじゃないけど、視覚体験として大きいです」

 「でも、生の会場の良さは皆さんの方がよく知っているかと思います。私は外出を諦めることに慣れてしまって、リアル体験の優位性を感じたり言語化したりする能力が育たなかったんです」

 ――一方で会場にたどり着くまでのハードルはありましたか。

 「問い合わせの前に、何をするにもまずウェブサイトを隅から隅まで調べます。そこに必要なことが書いてあればハードルが下がりますし、だからこそサイトのアクセシビリティーも重要です。ピクトグラムで設備のあるなしがパッとわかるとか、施設やイベント運営のバリアフリーの共通規格があるといいんですけどね。もちろん実装のインセンティブも必要ですが」

「誰でもトイレ」のように誇れる日本一を

 「以上は単に障害者の存在とニーズが想定されていないだけで事業体に悪意はないことを前提として話していますが、一部には故意に公開情報のアクセシビリティーを下げて障害者の排除をもくろんでいる場合もあるとは思います。車いすでは視線が届かない高いところにイベントのチラシを貼るといったテクニックを聞いたことがあります(笑)」

 ――スポーツに限らず、障害者が何かを見たい、体感したいと思ったとき、実現のために取り組むべきことは何でしょうか。

 「あらかじめ多様な人の存在とニーズを想定しておくことです。障害者対応に限った話ではなく、あらゆる可能性を事前に想定して構えておくことは商売上の強みになります」

 「しかし普段の視界に入らないものは忘れられていくし、結局、日本社会は障害者に慣れてないんですよ。慣れていないの一言に尽きる。卵が先か鶏が先かですけど、様々な障害者を街でよく見かけること、慣れること(じろじろ見ない! SNSでさらさない!)、障害者が出かけやすい社会であること、全部つながっているので」

 「最近の世相だと、『そもそもなぜそんな取り組みが必要なの?』と思う人もいるだろうと思いますが、自国にネガティブな歴史よりポジティブな歴史がある方がうれしくて誇らしい気持ちになるのは私もあなたも同じだと思うんです」

 「『誰でもトイレ』とか『点字ブロック』とか、バリアフリーで日本が誇れる部分はたくさんあります。将来の子どもたちが日本人としての自己肯定感を高められるように、これからも誇れる日本を一緒に作っていこうじゃありませんか」

 いちかわ・さおう 1979年生まれ。幼少期に全身の筋力が低下する難病「先天性ミオパチー」と診断され、14歳から人工呼吸器を使う。2023年7月、デビュー作の小説「ハンチバック」が第169回芥川賞に選ばれた。昨年9月に「女の子の背骨」を出版。

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この記事を書いた人
藤野隆晃
スポーツ部
専門・関心分野
スポーツ、ジェンダー
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    雨宮処凛
    (作家・反貧困活動家)
    2026年3月19日18時25分 投稿
    【視点】

    痛快すぎて最高でした。 人権について、「ゼロサムで冷酷に争い合うと莫大なコストがかかってしまう経験から人間が生み出した信頼関係構築のための智慧」とか、切れ味鋭すぎて惚れ惚れします。 オリンピックスタジアムの車椅子席の数についての質疑を「くだらない」と吐き捨てたコメンテーターの人に、ぜひ読んでほしい記事ですね。

    …続きを読む

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