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謳え青春/Novel by もあ

謳え青春

20,463 character(s)40 mins

術+槍×弓
頂点(オリンポス)に君臨する双子と、隅(シベリア)で息を潜める奨学生アーチャー。

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第一章

ダイニングホールに足を踏み入れた瞬間、アーチャー・E・アインツベルンは心の中で小さく舌打ちをした。

エクセター・アカデミーの食堂は、建築様式こそジョージアン・コロニアルの優雅さを纏っているが、その実態は完全にサバンナの水飲み場だ。
高い天井から吊り下げられたシャンデリアの下で繰り広げられるのは、思春期という名の生存競争。
ここでは誰がどのテーブルに座るかで、学園内のヒエラルキーが可視化される。まるで中世の宮廷画のように、権力者ほど中央に、そうでない者ほど隅に追いやられる構図だ。

アーチャーが目指すのは、言うまでもなく端の方。窓際の、誰も見向きもしない、親しみを込めて「シベリア」と呼ばれる一角だ。

彼のトレイには、サーモンのグリル、ケールサラダ、キヌア、それから炭酸水。アスリート食としては申し分ない。187センチの褐色の肌に白髪という、どこからどう見てもエキゾチックな容姿の持ち主である彼は、しかし目立たないことに全力を注いでいる。グレーのパーカー、黒のジーンズ。ブランドロゴは一切なし。これ見よがしなラルフローレンも、気取ったヴィニヤード・ヴァインズも着ない。

「おい、アーチ」

斜め後ろから声をかけてきたのは、同じアーチェリー部のジョシュア・“ジョシュ”・マクレランだ。金髪碧眼、典型的なコネチカットWASP。良い奴だが、空気を読むという概念を神に忘れられてきたタイプ。

「なんだ」
「お前、今日も端っこ? たまには中央寄りに来いよ。アーチェリー部、この前の大会で準優勝したんだぜ。もうちょい権利あるだろ」
「遠慮しておく」
「マジで謎なんだけど。お前、身長もあるしルックスもいいのに、なんでいつも隅っこなの。まるで亡命中のロシア貴族みたいじゃん」

ロシア貴族。言い得て妙だ。実際、アーチャーの現状は没落貴族に近い。かつてアインツベルン家は、西海岸のテック業界で一定の地位を築いていた。だが父親の投資の失敗と、それに伴う派手な破産劇により、今や彼がエクセターにいられるのは奨学金のおかげだ。フルライド。つまり学費全額免除。この学校では、それは「金がない」と大声で叫んでいるようなものだ。

「俺は目立ちたくないんだ」
「わかんねー」ジョシュは首を振った。「まあいいや。じゃあな」

ジョシュが去り、アーチャーはようやくシベリアの定位置に腰を下ろした。同じテーブルには、いつものメンバー。インド系のプリヤ、韓国系のミンジュン、それからポーランド系のカスパー。全員、奨学金組だ。彼らは無言でうなずき合い、それぞれの世界に没入する。会話は最小限。これが心地いい。
しかし。
問題は、このテーブルから、ダイニングホールの中央が丸見えだということだ。
そして中央には、オリンポスがある。

オリンポス。
その名を冠されたテーブルは、文字通り学園の頂点に君臨している。
中央に陣取る円卓には、エクセターのエリート中のエリートが集う。ラクロス部のキャプテン、生徒会長、名門一族の子息、そして何より──アルスター家の双子。
クー・フーリン・L・アルスターとクー・フーリン・C・アルスター。

ランサーとキャスター。
185センチの長身に、青い髪、赤い瞳、彫刻のような顔立ち。双子揃って、まるでギリシャ神話から抜け出してきたような美貌の持ち主だ。アイルランド系の名門、アルスター財閥の御曹司。不動産、エネルギー、ホスピタリティ産業に至るまで手を広げる一族の跡取りたちである。

ランサーは学園一のアスリート。ラクロスのスター選手であり、そのプレイは既にアイビーリーグのスカウトが目をつけている。キャスターは生徒会副会長であり、成績は常にトップ5に入る秀才。双子揃って非の打ち所がない、というのがエクセターにおける共通認識だ。

そして今、アーチャーは、その双子を遠目に観察していた。
いや、正確には、観察せざるを得なかった。
なぜなら彼らは、アーチャーがかつて──十年前──家族同然に過ごした相手だからだ。

十年前。
アーチャーが七歳、双子が五歳だった頃。
アインツベルン家はまだ富豪だった。西海岸の、海を見下ろす丘の上の邸宅。アーチャーの父とアルスター家の当主は旧友で、夏になると双子がアインツベルン邸に滞在した。
あの頃のランサーとキャスターは、まだ小さくて、丸っこくて、アーチャーの後をちょこちょことついて回る、可愛らしい弟たちだった。

「アーチ! アーチ! 見て見て!」
ランサーが砂浜で拾った貝殻を見せびらかす。
「アーチャー、これは何の鳥?」
キャスターが図鑑を広げて真剣な顔で質問する。

二人とも、アーチャーを慕ってくれた。アーチャーも、彼らを弟のように可愛がった。夏の終わりに別れるときは、双子が泣いた。

「来年も来るよな?」
「当然だ」

アーチャーはそう約束した。
だが翌年、アインツベルン家は破産した。
父親の投資が壊滅的に失敗し、資産は差し押さえられ、邸宅は競売にかけられた。アーチャーと父は、西海岸の小さなアパートに引っ越した。もちろん、アルスター家との交流も途絶えた。

双子は、アーチャーが消えたことで、カウンセリングが必要なほど混乱したらしい。それは風の噂で聞いた。だが、アーチャーにはどうすることもできなかった。

そして今──
エクセターで再会した。

だが、アーチャーは双子に近づかなかった。
理由は単純だ。彼らは今や学園のトップ。アーチャーは奨学金で命をつないでいる身。かつての「弟たち」は、もう彼を必要としていない。むしろ、過去の思い出を蒸し返して気まずくさせるのは避けたい。

そう、アーチャーは思っていた。

だが。
双子の様子が、どうにもおかしいのだ。

「……あいつら、また見てるな」
シベリアのテーブルで、プリヤが小声で呟いた。

「誰が?」
「オリンポスの双子。あんたのこと、めっちゃ見てるよ」
アーチャーは顔を上げずにサーモンをフォークで突いた。
「気のせいだろう」
「いや、マジで。ていうか最近ずっとじゃない?」
ミンジュンも同意するように頷いた。
「俺も気づいてた。あの双子、アーチャーが食堂入ってくるたび、視線送ってる。怖いくらい」
「……お前ら、想像力が豊かすぎる」

だが、内心では、アーチャーも薄々気づいていた。
ランサーとキャスターが、時折、こちらを見ている。
それも、ただの視線ではない。何か、言いたげな、縋るような、そんな色を帯びた視線だ。
だがアーチャーは、それを無視することに決めていた。
なぜなら、彼らに近づけば、間違いなく面倒なことになる。

そしてその予感は、見事に的中した。
事の発端は、一週間前。
アーチャーが、学園のSNS──ExeterBuzz──を何気なくチェックしていたときだった。

ExeterBuzzは、学園の非公式ゴシップアカウント。Instagram上で運営されており、フォロワーは学園の生徒ほぼ全員。ここに投稿される内容は、誰が誰と付き合っているか、誰が週末にパーティで醜態を晒したか、誰が試験でカンニングしたか、といった、思春期特有の残酷なまでの関心事だ。
そのExeterBuzzに、奇妙な投稿が上がった。

ExeterBuzz (@exeterbuzz)“Spotted: Mystery guy with silver hair getting cozy with the Olympus crew at the library. Who is he? Why does Lancer keep staring? 👀🔥 #WhosThisGuy #OlympusDrama”
(目撃情報: 銀髪のミステリー男がオリンポスの連中と図書館で親しげに。こいつ誰? なんでランサーがガン見してんの? 👀🔥)
 
添付されているのは、ぼやけた写真。図書館で、アーチャーがラクロス部のメンバー──ランサーの取り巻き──と何やら話している様子が映っている。

アーチャーは目を疑った。
確かに、その日、図書館でラクロス部のトレヴァーに話しかけられた。トレヴァーはランサーのチームメイトで、なぜか最近やけにフレンドリーだった。

「よう、アーチャー! 今度の試合、見に来いよ!」
「……いや、遠慮しておく」
「マジで? つまんねー。お前、アーチェリー部だろ? スポーツ仲間じゃん」

その会話を、誰かが撮影し、ExeterBuzzに投稿したらしい。
コメント欄は荒れに荒れていた。

@preppy_girl_22“Wait who even is this guy??? Never seen him before”(待って、こいつ誰? 見たことないんだけど)

@lacrosse_bro_88“He’s on the archery team I think? But why is he hanging with Olympus???”(アーチェリー部だと思う? でもなんでオリンポスと一緒にいんの???)

@ivy_league_bound“Lancer and Caster have been acting weird lately. This guy must be involved.”(ランサーとキャスター、最近変だよね。こいつ絶対関係してる)

@drama_queen_01“Okay but he’s actually hot tho 🔥”(てかこいつ普通にイケメンなんだけど🔥)

@reality_check_99“Hot or not, why is a nobody getting close to the twins? Sus af”(イケメンかどうかは置いといて、なんで無名がツインズに近づいてんの? 怪しすぎ)

アーチャーは携帯を放り投げた。
「最悪だ」
彼はこういう注目を、何よりも嫌う。
だが、それは序章に過ぎなかった。

翌日。
アーチャーのInstagramに、フォローリクエストが届いた。
差出人: @cu_chulainn_L
ランサーの公式アカウントだ。フォロワー数は3万を超えている。
アーチャーは即座に拒否した。
だが、数時間後。
今度は @cu_chulainn_C からもリクエストが来た。
キャスターだ。
アーチャーは、再び拒否した。
そして次の日。
ExeterBuzzに、また投稿が上がった。

ExeterBuzz (@exeterbuzz)“UPDATE: Lancer AND Caster both followed Mystery Guy on Insta. He REJECTED them. 💀 Who does that??? #Ballsy #OlympusRejected”
(続報: ランサーとキャスター、両方ともミステリー男をインスタでフォロー。彼は拒否した💀 誰がそんなことすんの??? #度胸ありすぎ #オリンポス拒否られる)

コメント欄は、さらに荒れた。

@shocked_senior“NO WAY. You don’t reject the twins. You just don’t.”(嘘でしょ。ツインズを拒否とかありえない)

@olympus_stan“Who tf does this guy think he is???”(こいつ自分のこと何様だと思ってんの???)

@popcorn_emoji“This is the best drama of the semester 🍿”(今学期最高のドラマ🍿)

@smart_observer“Okay but why are the twins so pressed about this one guy? There’s definitely history here.”(でもなんでツインズがこいつ一人にこんな執着してんの? 絶対過去に何かあるでしょ)

そして、極めつけは──
学園内で、直接的な変化が起き始めたことだ。

化学のグループワーク。
くじ引きで決まるはずのグループ分けで、なぜかアーチャーは、ランサー、キャスター、そして彼らの取り巻きと同じグループになった。

「おう、アーチャー。よろしくな」
ランサーがにこやかに言う。
「……ああ」
アーチャーは無表情で応じた。

キャスターは何も言わず、ただじっとアーチャーを見つめている。その視線には、言葉にならない何かが込められていた。

アーチェリー部の試合。
アーチャーは気づいていなかったが、ランサーとキャスターは、彼の試合を全て観に来ていた。
観客席の隅で、フードを被って。

「……マジで来てんの、あいつら」
ジョシュが呆れたように呟いた。
「双子、お前の試合、毎回来てるぞ。ストーカーレベル」
「気のせいだ」
「いや、マジで」

そして、決定打。
ある日の昼、ダイニングホールで、アーチャーがいつものようにシベリアに向かおうとしたとき──
オリンポスのテーブルから、ランサーが立ち上がった。
そして、ダイニングホール中の視線が集まる中、彼はアーチャーに向かって歩いてきた。

「おい、アーチャー」
低く、だが通る声。
ダイニングホールが静まり返った。
「……何だ」
アーチャーは、表情を変えずに応じた。

ランサーは、数秒間、何も言わずにアーチャーを見つめた。
その赤い瞳には、まるで十年前の、あの小さな少年の面影があった。

「お前さ」
ランサーは、ぽつりと言った。
「……俺たちのこと、避けてるだろ」
「そんなことはない」
「嘘つけ」
ランサーの声が、わずかに震えた。
「お前、あの日から、ずっと逃げてる」

アーチャーは、何も言えなかった。
そして、ランサーは──
「もういいよ。お前が逃げるなら、俺たちから行く」
そう言い残して、踵を返した。

その夜。
アーチャーの携帯に、父からメールが届いた。
件名: 奨学金の話
本文には、西海岸の大学から、新たな奨学金オファーが来たこと、そしてアーチャーがエクセターを去って西海岸に戻ることを検討してもいい、という内容が書かれていた。
アーチャーは、長い間、その画面を見つめていた。
そして、小さく息を吐いた。

「……逃げるのか、俺は」

窓の外には、エクセターの夜景が広がっている。
そして、どこか遠くで、双子が、彼を見ているような気がした。

第二章

エクセター・アカデミーの十一月は、ニューイングランド特有の冷気と、大学受験という名の集団ヒステリーが同時に訪れる季節だ。
アーチャー・E・アインツベルンは、その両方から逃れるように、午前六時の射撃場に立っていた。
誰もいない。完璧だ。
弓を引き、呼吸を整え、的を見据える。矢が放たれる瞬間の、あの静寂。世界が一瞬止まったような感覚。これがあるから、アーチャーはアーチェリーを続けている。
的の中心に、矢が吸い込まれた。

「ナイスショット」

背後から声がした。
アーチャーは振り向かなかった。声の主が誰か、わかっていたから。

「……朝が早いな、キャスター」
「お前もな」

クー・フーリン・C・アルスターは、射撃場の入り口に立っていた。黒のランニングウェア、息は整っている。おそらく朝のランニングの帰りだろう。青い髪が朝日に映えて、まるで絵画のようだ。相変わらず、現実離れした美貌である。

「何の用だ」
アーチャーは次の矢を番えた。
「用はねえよ。たまたま通りかかっただけ」
「……そうか」
「嘘だ」
キャスターはあっさりと認めた。
「お前の練習時間、調べた」

アーチャーは矢を放った。今度は的の中心から、わずかに外れた。
キャスターは、ゆっくりと射撃場の中に入ってきた。そして、アーチャーの隣に立った。

「なあ、アーチャー」
「……何だ」
「お前、本気で西海岸に戻るつもりか」
アーチャーの手が、わずかに止まった。
「どこでそれを」
「学校は狭い。噂はすぐ広まる」
キャスターの声は、いつもの軽妙さを失っていた。
「親父が、お前の親父と話したらしい。奨学金の話。スタンフォードだっけ?」
「……情報が早いな」
「そりゃあな」
キャスターは、射撃場の向こうの的を見つめた。
「で、行くのか?」
「まだ決めていない」
「嘘つけ」
キャスターの声が、わずかに鋭くなった。
「お前、もう荷物まとめ始めてるだろ」
アーチャーは何も言わなかった。図星だった。
「……なんで逃げる」
キャスターの声が、低く響いた。
「俺たちが、そんなに嫌か」
「違う」
アーチャーは即座に答えた。
「お前たちを避けているわけじゃない。ただ──」
「ただ?」
「……お前たちは、もう俺を必要としていない」
その言葉を聞いて、キャスターは数秒間、完全に沈黙した。
そして、彼は笑った。
それは、乾いた、どこか自嘲的な笑いだった。
「マジで言ってんの、お前」
「本気だ」
「じゃあ聞くけどさ」
キャスターはアーチャーの方を向いた。その赤い瞳には、何か燃えるようなものがあった。
「必要としてないやつが、お前の試合全部見に行くと思うか?」
アーチャーは息を呑んだ。
「必要としてないやつが、お前がどこにいるか毎日確認すると思うか?」
「キャスター──」
「必要としてないやつが、お前が消えたときカウンセラー通いになると思うか?」

最後の言葉は、ほとんど叫びに近かった。
アーチャーは、何も言えなかった。
キャスターは、深く息を吸った。そして、いつもの調子に戻ろうとするように、軽く笑った。

「まあ、いいや。どうせお前、信じねえだろうし」
「……すまない」
「謝るな。ムカつく」
キャスターは踵を返した。
「ダイニング、今日は来いよ。ランサーが待ってる」
そう言い残して、彼は去っていった。

その日のダイニングホールは、いつもより空気が重かった。
いや、正確には、アーチャーが足を踏み入れた瞬間、ざわめきが起きた。
理由は明白だった。ExeterBuzzが、また動いていた。

ExeterBuzz (@exeterbuzz)“BREAKING: Sources say Mystery Guy (aka silver-haired archer) might be LEAVING Exeter for the West Coast. Olympus twins reportedly devastated. Is this the end of the saga? 💔😭 #HeartbreakHigh #OlympusCrisis”
(速報: 情報筋によると、ミステリー男(別名:銀髪アーチャー)がエクセターを去って西海岸に行くかも。オリンポスのツインズは打ちのめされてるらしい。このサーガ、終わっちゃうの? 💔😭)

アーチャーは心の中で舌打ちをした。
誰が流した。いや、流したのは誰でもいい。問題は、この学園のゴシップネットワークの速度だ。
彼はいつものように、シベリアに向かった。
だが──
今日は、シベリアのテーブルに、見慣れない人物がいた。
いや、見慣れているが、いるはずのない人物。

クー・フーリン・C・アルスター。
キャスターが、シベリアのテーブルに、座っていた。

「……何してる」
アーチャーは呆然と立ち尽くした。
「座ってる」
キャスターはあっさりと答えた。
「見ればわかるだろ」

シベリアの住人たち──プリヤ、ミンジュン、カスパー──は、完全に硬直していた。まるで野生のライオンが突然テーブルに現れたかのような表情だ。

「いや、そうじゃなくて」
「お前、ここに座るんだろ? だから俺も座った」
キャスターは、アーチャーの隣の席を、手で示した。
「座れよ」
「……お前、オリンポスは」
「知らん。今日はここがいい」

ダイニングホール全体が、ざわめいていた。
オリンポスのテーブルでは、ランサーが一人、じっとこちらを見ている。彼の周りには取り巻きたちがいるが、誰も何も言えない様子だった。
アーチャーは、ゆっくりとキャスターの隣に座った。

「……お前、何を考えている」
「別に。お前と一緒に飯食いたいだけ」

キャスターは、自分のトレイ──サーモン、キヌア、それからプロテインシェイク──をアーチャーの前に並べた。

「昔みたいにさ」
その言葉を聞いて、アーチャーの胸が、鈍く痛んだ。
「……昔は、もう戻らない」
「そうかもな」
キャスターは、フォークでサーモンを突いた。
「でも、新しく始めることはできるだろ」

アーチャーは何も言わなかった。
そして、キャスターは──
何の前触れもなく、アーチャーの肩に頭を預けた。

「!!」
プリヤが小さく悲鳴を上げた。

ダイニングホール全体が、一瞬、静まり返る。

「……おい、キャスター」
「疲れた」
キャスターは目を閉じた。
「朝練、きつかったんだ。少しだけ」
「人前で何を──」
「いいだろ。お前、昔よくこうさせてくれたじゃん」
その言葉に、アーチャーは絶句した。

確かに、十年前。まだ双子が小さかった頃。キャスターは、アーチャーの膝の上で昼寝をするのが好きだった。ランサーは活発で、いつも走り回っていたが、キャスターは時々、こうやってアーチャーに甘えてきた。

「あの頃は、お前たちは子供だった」
「今も子供だよ」
キャスターは、目を開けずに答えた。
「少なくとも、お前の前では」
アーチャーは、何も言えなかった。

そして、ダイニングホールのざわめきは、最高潮に達した。

ExeterBuzz (@exeterbuzz)“YOOOOO CASTER JUST DITCHED OLYMPUS AND IS SITTING AT SIBERIA WITH MYSTERY GUY. AND HE’S LEANING ON HIM. WHAT IS HAPPENING. 🚨🚨🚨 #OlympusFalls #SiberiaRises #WTF”
(うおおおおキャスターがオリンポス捨ててシベリアでミステリー男と座ってる。しかも寄りかかってる。何が起きてんの。🚨🚨🚨)

その日の午後。
アーチャーが図書館で自習していると、また声をかけられた。
「よう」
今度はランサーだ。
彼は、アーチャーの向かいに座った。
「……何の用だ」
「キャスター、お前に迷惑かけてねえ?」
「いや」
「そっか」
ランサーは、少し安心したように笑った。
「あいつ、お前のこと好きすぎて、たまに暴走すんだよ」
「……好き?」
「ああ」
ランサーは、テーブルに肘をついた。
「お前のこと、ずっと忘れられなかったんだ。あいつ」
「……そんなはずは」
「いや、マジで」
ランサーは、ポケットから何かを取り出した。
それは、小さな、色褪せた貝殻だった。
「これ、覚えてる?」
アーチャーは、息を呑んだ。
「それは──」
「十年前、お前がくれた貝殻」
ランサーは、それを大切そうに手のひらに乗せた。
「お前、俺が拾った貝殻見て、『これは綺麗だな。大事にしろ』って言ったんだ」
「……覚えていない」
「だろうな。お前にとっては、些細なことだったから」
ランサーは、貝殻をポケットに戻した。
「でも俺にとっては、宝物だった」
アーチャーは、何も言えなかった。
「キャスターもさ、お前から貰った本、まだ持ってるよ。ボロボロになるまで読んでる」
「……そんな」
「信じられねえのはわかる。でもさ」
ランサーは、真っ直ぐにアーチャーを見た。
「お前が消えたとき、俺たち、マジで壊れかけたんだ」
「……すまない」
「謝るなよ。お前のせいじゃねえ」
ランサーは立ち上がった。
「でもさ、今度は逃げないでくれよ。お願いだから」
そう言い残して、彼も去っていった。

翌日のダイニングホール。
アーチャーが入った瞬間、また異変が起きた。
今度は、ランサーもキャスターも、オリンポスにいなかった。
彼らは──
シベリアにいた。
二人揃って。
「おう、アーチャー。こっちこっち」
ランサーが手を振った。
ダイニングホール全体が、どよめいた。
アーチャーは、もはや抵抗する気力も失せて、シベリアに向かった。
「……お前たち」
「何?」
キャスターが、涼しい顔で聞いた。
「オリンポスは」
「捨てた」
ランサーがあっさりと答えた。
「お前がそっちにいるなら、俺たちもそっちがいい」
「だからって──」
「いいじゃん。テーブルなんて、どこでも一緒だろ」
「そういう問題では──」
「いや、そういう問題だよ」
キャスターが、アーチャーの手首を掴んだ。
「座れ」
有無を言わさぬ口調だった。
アーチャーは、観念して座った。
そして、ダイニングホール全体が、完全に沈黙した。

その後。
学園は、完全に荒れた。

ExeterBuzz (@exeterbuzz)“THE TWINS JUST ABANDONED OLYMPUS. THEY’RE SITTING AT SIBERIA NOW. WITH HIM. THIS IS NOT A DRILL. THE SOCIAL HIERARCHY IS COLLAPSING. 🌋🔥💀 #OlympusFalls #EndOfAnEra #SiberiaSupremacy”
(ツインズがオリンポスを捨てた。今シベリアに座ってる。彼と一緒に。これは訓練ではない。社会階層が崩壊してる。🌋🔥💀)

コメント欄:
@preppy_princess“I can’t breathe. What is happening. WHAT IS HAPPENING.”(息できない。何が起きてるの。何が起きてるの)

@lacrosse_king“Lancer straight up left Olympus. For a guy. I’m shook.”(ランサーがマジでオリンポス去った。男のために。震えてる)

@smart_cookie“Okay so clearly there’s history here. This isn’t random. They KNOW each other.”(明らかにここには過去がある。これはランダムじゃない。彼ら知り合いなんだよ)

@gossip_addict“I need the full story. GIVE ME THE FULL STORY.”(全ストーリーが知りたい。全部教えて)

そして、決定的な瞬間が訪れた。
三日後。
アーチャーがシベリアに座ろうとしたとき、ランサーが立ち上がった。
そして、ダイニングホール中に響く声で言った。
「なあ、アーチャー」
全員の視線が集まった。
「お前、オリンポス来いよ」
ダイニングホールが、ざわめいた。
「……断る」
アーチャーは即座に答えた。
「なんで」
「俺は、そういう場所に興味がない」
「じゃあ、いいや」
ランサーは、あっさりと言った。
「俺たちが、ずっとここにいる」
そして、彼は座った。
キャスターも、何も言わずに座った。
ダイニングホールは、完全に静まり返った。

その夜。
アーチャーの部屋に、ノックの音がした。
ドアを開けると、そこには双子が立っていた。
「……何の用だ」
「話がある」
キャスターが言った。
「入ってもいいか」
アーチャーは、渋々ドアを開けた。
双子は部屋に入り、ベッドに座った。まるで昔のように、自然に。
「なあ、アーチャー」
ランサーが口を開いた。
「お前、なんで西海岸に戻りたいんだ?」
「……それは」
「理由、教えてくれよ」
アーチャーは、長い沈黙の後、答えた。
「お前たちと、気まずいからだ」
双子は、目を見開いた。
「……は?」
「昔のことを思い出すと、辛い。お前たちは、もう俺を必要としていない。だから──」
「バカか、お前」
キャスターが、いきなり言った。
「必要としてないわけねえだろ」
「でも──」
「お前がいなくなったとき、俺たち、マジで壊れたんだぞ」
ランサーが、声を震わせた。
「毎日泣いた。お前がどこに行ったのか、なんで消えたのか、わからなくて」
「カウンセラーに通った。親に怒られた。でも、どうしようもなかった」
キャスターが続けた。
「お前のこと、ずっと探してた。そしたら、エクセターにいるって聞いて、俺たちもここに来たんだ」
「……それは」
「全部、お前のためだよ」
ランサーが、アーチャーの目を見た。
「俺たちが、ここにいる理由。全部、お前のため」
アーチャーは、言葉を失った。
「……そんな」
「信じられねえのはわかる。でもさ」
キャスターが、ポケットから、一冊の本を取り出した。
それは、ボロボロになった、児童書だった。
「これ、覚えてる?」
アーチャーは、その本を見て、息を呑んだ。
「それは──」
「お前がくれた本。『星の王子さま』」
キャスターは、それを大切そうに抱きしめた。
「お前、俺が泣いてるとき、これ読んでくれたじゃん。『大切なものは目に見えない』って」
「……覚えていない」
「だろうな。でも、俺は覚えてる」
キャスターは、その本をアーチャーに手渡した。
「お前のこと、全部覚えてる」
アーチャーは、その本を手に取った。
ページは色褪せ、角は折れ、何度も読まれた痕跡があった。
「……なんで、こんなに」
「大事だからだよ」
ランサーが答えた。
「お前がくれたもの。全部、宝物だから」
アーチャーは、その本を握りしめた。
そして、初めて、彼は気づいた。
双子が、どれほど彼を想っていたか。
どれほど、彼の不在が、彼らを傷つけたか。
「……すまない」
「謝るなよ」
ランサーが笑った。
「お前のせいじゃねえから」
「でも──」
「でも、もう逃げんなよ」
キャスターが、アーチャーの肩を掴んだ。
「今度は、ちゃんと傍にいてくれ」
アーチャーは、長い沈黙の後、小さく頷いた。
「……わかった」
「マジで?」
「ああ。西海岸には、戻らない」
双子の顔が、一気に明るくなった。
「よっしゃ!」
ランサーが拳を突き上げた。
「じゃあ、決まりだな! お前、エクセター残って、俺たちと一緒に卒業しようぜ!」
「……ああ」
「あと、奨学金の話な」
キャスターが続けた。
「親父に話通してある。アルスター財団の奨学金、お前に出す」
「……それは受けられない」
「いいから受けろ。お前、プライド高すぎなんだよ」
「でも──」
「でもじゃねえ。お前が金の心配しないで勉強できるなら、それでいいだろ」
ランサーが、アーチャーの背中を叩いた。
「俺たち、家族だろ?」
その言葉を聞いて、アーチャーの胸が、熱くなった。
「……ああ」
「じゃあ、決まり」
双子は、満足そうに笑った。

翌朝。
ExeterBuzzに、新しい投稿が上がった。

ExeterBuzz (@exeterbuzz)“UPDATE: Mystery Guy is STAYING at Exeter. West Coast plans canceled. Twins reportedly ECSTATIC. The saga continues. 🎉🔥 #HesStaying #OlympusWins #SiberiaWins #EveryoneWins”
(続報: ミステリー男、エクセターに残留。西海岸計画キャンセル。ツインズは大喜びらしい。サーガは続く。🎉🔥)

コメント欄:
@relieved_senior“THANK GOD. I was so invested in this.”(よかった。マジで気になってた)

@romantic_soul“This is the best love story of the year”(今年最高のラブストーリー)

@reality_check“Wait are they together or just friends??? I NEED ANSWERS”(待って、付き合ってんの? それとも友達? 答えが知りたい)

そして、ダイニングホールでは──
シベリアのテーブルに、双子とアーチャーが並んで座っていた。
まるで、それが当たり前のように。
「なあ、アーチャー」
ランサーが、ニヤニヤしながら言った。
「お前の次の試合、いつだ?」
「……来週だ」
「よっしゃ、見に行く」
「……別に来なくても」
「いや、行く。つーか、もう予定空けてある」
キャスターも頷いた。
「俺も行く」
「……お前たち」
「何?」
「……ありがとう」
双子は、顔を見合わせて、笑った。
「よっしゃ、やっとデレたな!」
「デレてない」
「いや、デレてる」
「デレてない」
そんな他愛もないやり取りが、ダイニングホールに響いた。
そして、周囲の生徒たちは──
もはや、何も言わなかった。
ただ、微笑ましそうに、その光景を見守っていた。


第三章

三月のニューイングランドは、冬の名残と春の予感が入り混じる、奇妙に感傷的な季節だ。
アーチャー・E・アインツベルンは、アーチェリー部の州大会決勝で、最後の一矢を放とうとしていた。
呼吸を整える。風を読む。的を見据える。
そして──
矢が、吸い込まれるように、的の中心に突き刺さった。
「勝者、エクセター・アカデミー、アーチャー・アインツベルン!」
審判の声が響いた瞬間、観客席から歓声が上がった。
だが、その中でも一際大きかったのは──
「よっしゃああああ!!」
ランサーの雄叫びだった。
アーチャーが振り向くと、観客席の最前列で、ランサーとキャスターが立ち上がって拍手していた。二人とも、まるで自分が優勝したかのような興奮ぶりだ。
「アーチャー! マジで最高!」
ランサーが叫んだ。
キャスターは何も言わなかったが、その赤い瞳には、誇らしげな光が宿っていた。
アーチャーは、小さく手を振った。
そして、初めて気づいた。
ああ、これが、家族に応援されるということか、と。

試合後。
アーチャーが更衣室から出ると、双子が待っていた。
「おう、優勝おめでとう!」
ランサーがアーチャーの背中を叩いた。
「やっぱお前、天才だわ。最後の一矢とか、マジで鳥肌立った」
「……ありがとう」
「で、これからどうすんの? 祝勝会?」
「いや、特に予定は──」
「じゃあ決まり。俺たちの部屋来いよ。ピザ頼むから」
キャスターが、有無を言わさぬ口調で言った。
「お前の優勝、ちゃんと祝いたいんだ」
アーチャーは、少し躊躇したが、最終的には頷いた。
「……わかった」

双子の寮の部屋は、アーチャーが想像していたよりも、ずっと普通だった。
いや、普通というのは語弊がある。広さは明らかに一般的な寮の二倍はあり、家具も高級品で統一されている。だが、散らかり具合は、典型的なティーンエイジャーのそれだった。
ラクロスのスティックが壁に立てかけられ、教科書が床に散乱し、ベッドの上には洗濯物が山積みになっている。

「散らかってるけど、まあ気にすんな」
ランサーが、床の服を足で蹴って道を作った。
「座れよ。ソファ空いてるから」

アーチャーは、革張りのソファに座った。キャスターは、すぐにアーチャーの隣に座った。
「ピザ、何がいい?」
「……何でもいい」
「じゃあペパロニとマルゲリータで」
ランサーが電話で注文している間、キャスターはじっとアーチャーを見つめていた。

「……何だ」
「いや」

キャスターは、珍しく言葉を選ぶように間を置いた。
「お前が優勝して、嬉しいんだよ」
「……そうか」
「マジで。お前、努力してたもんな」
「努力は、誰でもしている」
「でも、お前の努力は違う」
キャスターは、ソファの背もたれに体を預けた。
「お前、全部一人で背負ってるじゃん。金のこととか、進路のこととか。でも、文句一つ言わない」
「……それは」
「すげえよ。マジで」
キャスターの声は、どこか静かだった。
「俺たちには、そういうのわかんねえから。生まれたときから金あったし、親のコネもあったし。でも、お前は違う。全部、自分の力で掴んでる」
アーチャーは、何も言えなかった。
「だから、お前が優勝したとき、マジで嬉しかったんだ」
キャスターは、アーチャーの肩に、そっと手を置いた。
「お前は、誰よりも強い」
その言葉を聞いて、アーチャーの胸が、熱くなった。

ピザが届き、三人は久しぶりに、他愛もない会話を交わした。
ラクロスの試合の話。授業の愚痴。教師の噂話。十代の少年たちが、普通にするような、そんな会話。
そして、話題は、進路に移った。

「なあ、アーチャー。お前、どこの大学行くか決めたの?」
ランサーが、ピザを頬張りながら聞いた。
「……ああ。プリンストンだ」
「マジで! プリンストン! すげえじゃん!」
「アイビーリーグか。やるな」
キャスターも、満足そうに頷いた。
「お前なら、どこでも受かると思ってたけど」
「奨学金の兼ね合いもあった」
「そっか。まあ、プリンストンなら文句ねえだろ」
ランサーは、少し寂しそうに笑った。
「でも、お前が卒業したら、寂しくなるな」
「……二年後、お前たちも卒業だろう」
「そうだけどさ」
ランサーは、炭酸水を飲み干した。
「なんか、実感湧かねえんだよな。お前がいなくなるって」
キャスターも、静かに頷いた。
「……俺たち、また離れ離れになるのかな」
その言葉を聞いて、アーチャーは、少し考えた。
「……そうはならない」
「え?」
「君たちは、二年後、どこの大学に行くつもりだ?」
「まだ決めてねえけど」
ランサーが答えた。
「まあ、アイビーのどっかじゃね? 親父がハーバード推してるけど」
「ならば、プリンストンも視野に入れろ」
アーチャーは、真っ直ぐに双子を見た。
「二年後、お前たちがプリンストンに来れば、また一緒にいられる」
双子は、目を見開いた。
「……マジで?」
「ああ」
「お前、俺たちと一緒がいいの?」
「……当然だ」
アーチャーは、少し照れくさそうに視線を逸らした。
「お前たちは、家族だから」
その言葉を聞いて、双子の顔が、一気に明るくなった。
「よっしゃ! じゃあ決まりだな!」
ランサーが拳を突き上げた。
「二年後、絶対プリンストン行く!」
「俺も行く」
キャスターも、珍しく興奮した様子で頷いた。
「お前と、また一緒に過ごせるなら、どこでもいい」
アーチャーは、二人の笑顔を見て、自分も笑った。
そして、その瞬間──
ふと、キャスターが真剣な顔になった。
「なあ、アーチャー」
「何だ」
「一つ、聞いてもいいか」
「……ああ」
キャスターは、少し躊躇した後、口を開いた。
「お前、覚えてないかもしれないけどさ」
「何を」
「……十年前。俺たちが誘拐されかけたこと」
アーチャーの動きが、止まった。
「……誘拐?」
「覚えてねえよな。やっぱり」
ランサーが、苦笑した。
「でも、俺たちは覚えてる」
キャスターが続けた。
「あの日、俺たち、お前の家の庭で遊んでた。そしたら、知らない男が来て、俺たちを車に乗せようとしたんだ」
アーチャーは、記憶を辿った。
だが、何も思い出せなかった。
「……すまない、覚えていない」
「だろうな。お前、まだ七歳だったし」
ランサーが言った。
「でも、あのときお前、マジでヒーローだったんだぜ」
「何を──」
「男が俺たちを掴んだとき、お前が飛び出してきた」
キャスターの声が、わずかに震えた。
「『彼らを離せ』って叫んで、男に体当たりした」
「……そんなことを」
「ああ。お前、七歳のガキだったのに、大人に立ち向かったんだ」
ランサーの目が、少し潤んでいた。
「男は驚いて、俺たちを離した。そのすきに、お前が俺たちの手を引いて、家の中に逃げ込んだ」
「お前のおかげで、俺たちは助かったんだ」
キャスターが、静かに言った。
「あのとき、お前がいなかったら、俺たち、どうなってたかわからない」
アーチャーは、呆然としていた。
そんな出来事が、あっただろうか。
記憶の中を、必死に探す。
だが──
何も、思い出せなかった。
「……すまない。本当に、覚えていない」
「いいんだよ。お前が覚えてなくても」
ランサーが、優しく笑った。
「俺たちが覚えてるから」
「あのとき、お前は俺たちを守ってくれた」
キャスターが、アーチャーの手を握った。
「だから、今度は俺たちが、お前を守る番なんだ」
「……何を言っている」
「お前、ずっと一人で頑張ってきただろ。金のこととか、進路のこととか。全部、一人で」
ランサーが、アーチャーのもう片方の手を握った。
「でも、もう一人じゃねえから。俺たちがいる」
「お前が困ったとき、俺たちが助ける」
キャスターが続けた。
「それが、家族だろ?」
アーチャーは、二人の手を握り返した。
そして、初めて──
彼は、自分が一人ではないことを、心から実感した。
「……ありがとう」
「おう」
双子は、満足そうに笑った。

その後、数週間。
エクセターの学園SNSは、アーチャーと双子の関係について、様々な憶測を流し続けた。
だが、その論調は、徐々に変わっていった。

ExeterBuzz (@exeterbuzz)“Okay so after watching the twins and Mystery Guy for weeks, I’m officially Team TheirHappiness. They’re clearly family or something deeper. It’s wholesome af. 💕 #SupportThem #OlympusAndSiberia”
(数週間ツインズとミステリー男を見てきて、公式に彼らの幸せを応援することにした。明らかに家族か、もっと深い関係。めっちゃ尊い💕)

コメント欄:
@former_hater“I was skeptical at first but now I’m crying. They’re so cute together.”(最初は懐疑的だったけど今泣いてる。一緒にいるとこ可愛すぎ)

@romantic_observer“The way the twins look at him… I’m SOFT.”(ツインズが彼を見る目が…尊い)

@reality_check_2.0“Forget the hierarchy. This is genuine. You can’t fake that kind of devotion.”(ヒエラルキーとか忘れろ。これは本物。あんな献身は偽れない)

@senior_wisdom“Best love story of our generation. Fight me.”(我々の世代最高のラブストーリー。異論は認めない)

そして、五月。
卒業式の日が訪れた。

エクセター・アカデミーの卒業式は、伝統と格式に満ちた儀式だ。
卒業生たちは、紺のガウンに身を包み、講堂に集まる。保護者たちは、誇らしげに拍手を送る。そして、一人一人の名前が呼ばれ、卒業証書が手渡される。

「アーチャー・E・アインツベルン」

アーチャーの名前が呼ばれたとき、講堂から、一際大きな歓声が上がった。
それは、ランサーとキャスターの声だった。
アーチャーは、ステージ上で、客席を見た。
双子は、最前列で立ち上がり、拍手していた。
そして、その隣には──
アーチャーの父もいた。
父は、涙を浮かべながら、息子を見つめていた。
アーチャーは、小さく頷いた。
そして、卒業証書を受け取った。

式が終わり、卒業生たちは、キャンパスの芝生で写真を撮り合った。
アーチャーも、父と写真を撮った。
そして、双子がやってきた。
「おい、アーチャー! 俺たちとも撮ろうぜ!」
ランサーが、カメラを構えた。
「……別に、そんな──」
「いいから」
キャスターが、アーチャーの腕を引いた。
そして、三人は並んで、カメラに向かって笑った。
父が、シャッターを切る。
「いい写真だ」
父は、満足そうに頷いた。
「お前たち、本当に仲がいいんだな」
「当たり前です」
ランサーが答えた。
「俺たち、家族ですから」
父は、少し驚いたように双子を見た。
そして、優しく笑った。
「そうか。ならば、アーチャーをよろしく頼むよ」
「任せてください」
キャスターが、真剣な顔で答えた。
「アーチャーのこと、絶対守りますから」
その言葉を聞いて、父の目が、また潤んだ。

夕方。
卒業生たちは、それぞれの道へと旅立っていった。
アーチャーも、父と共に、寮を後にしようとしていた。
だが、その前に──
双子が、彼を呼び止めた。
「おい、アーチャー」
「……何だ」
「ちょっと待て」
ランサーが、ポケットから何かを取り出した。
それは、小さな箱だった。
「これ、お前に」
「……何だ、これは」
「開けてみろよ」
アーチャーは、箱を開けた。
中には、銀色のブレスレットが入っていた。
シンプルなデザインだが、内側に、何か文字が刻まれている。
“You are never alone. — L & C”
「お前は決して一人じゃない。 ── L & C」
アーチャーは、息を呑んだ。
「……これは」
「俺たちからの、卒業祝い」
キャスターが答えた。
「お前が、プリンストンで頑張れるように」
「そして、俺たちのこと、忘れないように」
ランサーが、少し照れくさそうに笑った。
アーチャーは、ブレスレットを手に取った。
そして、それを手首に嵌めた。
「……ありがとう」
「おう」
双子は、満足そうに頷いた。
「で、二年後な」
キャスターが言った。
「俺たち、絶対プリンストン行くから」
「ああ」
「それまで、待っててくれよ」
「……わかった」
アーチャーは、二人を見た。
そして、初めて──
彼は、自分から、二人を抱きしめた。
双子は、一瞬驚いたが、すぐにアーチャーを抱きしめ返した。
「……お前たちに会えて、よかった」
アーチャーの声が、わずかに震えた。
「本当に」
「こっちこそ」
ランサーが、アーチャーの背中を叩いた。
「お前がいてくれて、マジで嬉しかった」
「また会おうな」
キャスターが、静かに言った。
「絶対、また会おう」
「……ああ」
三人は、長い間、抱き合っていた。
そして、ようやく離れたとき──
ランサーが、ニヤリと笑った。
「で、アーチャー」
「……何だ」
「お前、どっちと付き合うの?」
「……は?」
アーチャーは、一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「いや、だからさ」
ランサーが、キャスターを指差した。
「こいつと俺、どっちと付き合うのかなって」
「……何を言っている」
「いや、マジで」
キャスターも、真剣な顔で頷いた。
「俺たち、どっちもお前のこと好きだから」
「……待て」
「待たねえよ。二年後、お前に告白するつもりだから」
ランサーが、あっけらかんと言った。
「だから、今のうちに考えといてくれよ。どっちがいいか」
「……お前たち、何を──」
「まあ、二年あるし、ゆっくり考えてくれよ」
キャスターが、ウインクした。
「じゃあな、アーチャー」
「またな!」
双子は、手を振って、去っていった。
アーチャーは、その場に立ち尽くした。
「……は?」
父が、後ろから声をかけた。
「アーチャー、どうした?」
「……いや、何でもない」
アーチャーは、深く息を吐いた。
「何でもない……はずだ」
だが、彼の手首には、双子からのブレスレットが輝いていた。
そして、彼の心には──
二年後への、期待と、少しの戸惑いが、芽生えていた。

ExeterBuzz (@exeterbuzz)“BREAKING: Mystery Guy has officially graduated. The twins looked like lost puppies at the ceremony. But rumor has it they’re planning to follow him to Princeton in 2 years. This saga isn’t over. IT’S JUST BEGINNING. 🎓💕🔥 #ToBeContined #PrincetonBound #TheTrioLives”
(速報: ミステリー男、正式に卒業。ツインズは式で迷子の子犬みたいだった。でも噂によると2年後プリンストンに追いかけるらしい。このサーガ、終わってない。始まったばかりだ🎓💕🔥)

コメント欄:

@crying_junior“I’M NOT READY FOR THIS TO END”(終わってほしくない)

@hopeless_romantic“They’re going to follow him to Princeton. TRUE LOVE EXISTS.”(プリンストンまで追いかける。真実の愛は存在する)

@reality_check_final“Okay but WHO is he going to choose??? I need answers in 2 years.”(で、誰を選ぶの??? 2年後に答えが欲しい)

@senior_2026“Best story ever. I’m telling my grandkids about this.”(史上最高の話。孫に語る)

@olympus_forever“This isn’t Olympus vs Siberia anymore. It’s just… family. And I love it. 💕”(もうオリンポスvsシベリアじゃない。ただの…家族。最高💕)

Comments

  • 谷町九丁目

    どうしても感想を伝えたくて、こちらから失礼します。Xの弓くんが浮気未遂する話、素晴らしくて感動に打ち震えています。一語一語がスタイリッシュで、まるでドラマを見ているような記述。弓君のアルマーニのスーツが見え、槍君の震える声が聞こえ、マンハッタンを見下ろす二人がいました。最高です。

    Feb 22nd
  • Yellink
    Feb 3rd
  • あい

    ついったでも拝読してましたが、更に尊いお話になってて泣きました✨

    Feb 1st
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