Wild lily
弓が乙女男でぐるぐるしてる話。お題はクリアできましたでしょうか…ハラハラ。冷静にみかえすと書き直したくなりそうなので勢いでアップさせてください。■このごろ書きかけの話ばかり溜まって収拾つきません。せっかく完成間近まで書いた文が保存されてないとかスマホのタップミスで消えるとかなんという追い打ち。寝てる間に書き上げてくれる小人さんが欲しいです。◆ブクマ評価ありがとうございます。投稿直後は乙女弓のあまりの恥ずかしさに耐えきれなくなったら下げようかとしていましたが、エロなし話にもブクマいただけるなんて…皆様お優しい…ありがとうございます槍サイドはこちらnovel/2637024■ネタばれ、真名ばれ、ご都合時空、未来捏造ありますのでご注意ください。なんでもお許しくださる方のみどうぞ。
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「よお、執事殿。買い物か?お嬢ちゃんに花でもどうだい?」
軽い調子で声がかけられて足をとめ振り返る。黒いエプロンをつけたランサーが花がたくさん生けられた容器を抱えて店先へでてきたところだった。魚屋の店先にいなかったとおもったら今日は花屋でバイトだったらしい。快活に笑う表情がまぶしい。今日も会えた。そのことに胸を撫で下ろしつつ、気取られないようにいつもどおりにそっけなく言い放った。
「ああ、夕食の買出しだ。今日は小僧の家の食事当番でな。あとはスーパーへいけば終わりだ」
「あー、午後のタイムセールね。毎度お前もマメだな」
さすがに方々でバイトしているだけあって、商店街のセール情報は把握しているらしい。ランサーはからからと笑うと、よっと声をあげて水の入った容器を店先に軽々と運ぶ。そして手を拭いて歩み寄ってきた。仕事の手を止めてまで話しかけてくるのは珍しい。思わず跳ね上がる動悸を押し隠してアーチャーは店先の花を眺める振りをした。
「そっちはヒマそうだな。今日はこうして花を並べているだけなのか。接客は君の得意分野だろう。給料ドロボウといわれる前に、呼び込みセールスでもしたらどうだ?」
「あのな…肉屋や魚屋じゃあるまいし、花屋が呼び込みしてどうするよ。今の時間は暇なんだよ。それに来店する客がいなくてもいろいろ仕事はあんの。…ったく、知った顔みたからわざわざ声かけてやったのに、ちょっとは愛想よくしろ」
「肉屋や魚屋なら愛想も振りまくが、花ならいらんぞ。またべつのバイトのときに割引してくれたまえ」
「お前が愛想振りまいたことあったかよ。愛想すんのも勉強すんのもオレだろが。大体、いくら知り合いだからっていつもいつも割引できるわけじゃねぇんだぞ。たまには売り上げに協力しろ。ほらほら、可愛い嬢ちゃん方に土産に花の1つも買って帰ったらどうだ」
ランサーの白い指が、手近な花を数輪つまみあげてくるくると器用に縛りとめていく。すぐに小さなブーケができあがった。あとはリボンで包めば立派なプレゼントになるだろう。差し出された小さな花束の愛らしさと作り手のギャップにおもわず頬が緩む。彼の手によるものを受け取りたいと思ったが、その気持ちを抑えて首を横にふった。
「あいにく手がふさがっていてな、花など持ち帰れん」
「そうかぁ?手、空いてっぞ」
「まだこのあと買い物があるんだ。――それにうちの女性陣は花より団子といった面々だから、食べられない花束などよりも食料のほうが喜ばれる」
「あー、そりゃま、そうだな。とくにトラのねーちゃんとセイバーは食い気一直線だもんなぁ」
ランサーは肩をすくめて「違いない」と笑うと、あっさり引き下がる。花を売るのはあきらめたようだ。 花束は空いていたバケツのなかにちゃぷんと付けられた。あとでラッピングして売り物にするのだろうか。彼がつくったものを誰かが買うことを考えると、今からでも持ち帰り自分のものにしたい衝動にかられたが、愛らしい花束を他の買い物といっしょにもってつぶしてしまうのはいやだし、ランサーに「やっぱり誰かにプレゼントするのか」とからかわれたりするのはもっと御免だった。
ランサーは気付いていないだろう。わざわざ特売日でもないのにバイト先に買い物しにいったり、市内の見回りを装って埠頭に足を運んで顔を見に行っていることを。今日だって肉屋にも魚屋にもいないようだったから、わざわざ遠回りをして花屋の前まで足を運んでしまった。
会えばこうしてなんでもない会話をするくらいしかできない。だがそれでも会いたいと思うようになったのはいつからだろう。
店先の花を見るともなしに眺めながら、ランサーの姿を眼の端に入れる。
接客をあきらめたランサーは店先の花の水をかえたりディスプレイをあちこちいじっている。
「……仕事熱心だな」
「おう、やることいろいろあるって言ったろ? 花屋は見た目が大事なんだよ」
花屋の店員は女性が多いが、花を扱うだけあって意外と力仕事が多い。水を何度もかえたり、花を生けた容器を陳列するだけでも一苦労だ。そんな力仕事を軽々とこなすランサーは店主からも重宝されているらしい。おまけに女性客のうけもいい。以前そんな話を自慢げに話されたことを思い出してアーチャーは憂鬱な気分になった。公私ともに認める女好きの彼のこと。私のような無骨な男から思われても嬉しくなどないだろう。この感情はずっと隠し通すつもりだ。ただこうして毎日当たり前のように話をしていられればそれでいい。
「ま、タイムセールやらチラシクーポンやら活用しまくってる専業主夫様のお前ほどじゃねえけどな」
からかうような口調で朗らかに笑う彼の笑顔がまぶしい。直視できなくて眼をそらした。
「……お褒めの言葉と受け取っておこう」
いつものように他愛ないやりとりをしていると、遠くから手を振りながら見知った顔が近づいてきた。
「ランサーさん、アーチャーさんこんにちは! バイト中にごめんねー」
もう学校が終わったのだろうか。陽気に笑いながら声を掛けてきた藤村大河だった。今日は連れがいるようだ。大河のうしろに制服姿の髪の長い女生徒がかくれるようにしてたっている。
「あのね、ランサーさんにちょーっと相談があって……今いいかなぁ?」
あくまで軽い調子で言う大河はランサーに歩み寄った後、ちらりとアーチャーに視線をおくった。席を外してほしいと言外に訴えている。その態度と大河の背後の少女の様子…思いつめたような顔と、ほんのりと紅にそまった頬、そしてランサーを熱っぽく見つめる目。その雰囲気で察した。大河と、あの少女の用件が。
ずしり、と胃の辺りに石でも埋め込まれたかのような感覚が沸いた。きりきりと胸が痛む。
「……これはこれは、お待ちかねのご婦人のお客様だ。では私はこれで。貴様、仕事に励めよ」
胸の痛みをこらえながらなんとかいつもどおりの台詞を搾り出す。アーチャーが言うと、そっちこそな、専業主夫!と軽口が帰ってくる。ランサーの顔を見ることもできず、内心の動揺を悟られるまいとアーチャーは足早に店先から離れた。
「オレに用事って?花の注文ですか?」
「うん、そんなとこ。中で話していいかな?」
背後でそんな会話が交わされ、ランサーがお客を店内に迎え入れている気配。
アーチャーはランサーと大河たちが店舗の中にはいっていったところで足を止め、商店街の路地に半ば隠れるようにしてこっそり店内の様子を伺った。
ガラス張りの店内の様子は離れた位置からでもよく見えた。大河は背後の少女の肩をおして自分の前に押し出しランサーと相対させている。
ランサーが笑顔で少女に話しかける。この距離では声は聴こえないが、「どんな御用でしょうか?」と言っているのが口の動きから解った。
水を向けられ、ようやくおずおずとランサーの前に進み出てきた少女は依然俯いたままだ。顔を紅潮させ、しばらくもじもじと手を擦り合わせていたが、やがて意を決して顔をあげた。
「………」
少女が一途な視線でランサーを見上げて口を開いたところで視線を外した。
やめよう、このままでは盗み聞きになる。すぐにこの場を立ち去るべきだ。そう考えているのに、足が意に反して動かない。縫いとめられたようにその場を動けず、再び眼は店舗の中を覗き見てしまった。
店内の少女はすでに言うべきことは言い終えたのだろう、こわばった頬のままランサーをみつめていた。その少女にむけて、ランサーの顔がすまなさそうにゆがむ。続く言葉も、口の動きで読み取れてしまった。
「ごめん、オレ、好きなやついるから…」
「――! すみませんでしたっ…!」
少女はくしゃりと泣きそうに顔をゆがませると、ガラス戸を勢いよく開き、通りに飛び出してきた。とそのまま顔を抑えて駆けていき、あっというまに商店街の雑踏にその姿が消える。続いて女生徒の後をおってガラス戸から大河が飛び出してくる。
「あ、ちょっと、待って…まって…あーあ…いっちゃったぁ…」
通りを数歩走っておいかけたもののすぐに追いかけるのやめた。そのまま肩をおとして店先にもどってきた。今はそっとしとくかぁ、と首を振っている。ランサーもすまなさそうな顔で店先にでてきた。そのまま店の前で大河と何か話し始めたが、アーチャーは気づかれないように通りをそっと離れた。
あの少女が告白をしにきたのがわかったとき、胸にわいた感情。あれは独占欲だった。まぎれもなく。
毎日顔を見て話をして。喧嘩友達のようなポジションで充分だと思っていた。それなのに彼が誰かのものになるかもしれない可能性を感じただけで、ひどい嫉妬に襲われ、取り乱し、あげく純粋な少女の告白を盗み見るような真似までしてしまった。まったく自分が嫌になる。
アーチャーはひどい自己嫌悪に襲われとぼとぼと雑踏を歩いた。
なにが話していられるだけでいい、だ。結局、自分は彼を独り占めしたかったのだ。自覚はなかったが、平穏に続く日々に、いつかそんな夢まで見るようになっていたようだ。結果、知らなくて良いようなことまで知ってしまった。
――まさかあいつに好きな相手が居たなんて――
突きつけられた現実に胸が痛い。まったくバカバカしいほどの結末だ。独占したいほど彼を想っている現実を自覚した途端にフラれるとは。いや振られるより始末が悪い。そもそも自分はあの少女のようにまともに告白さえできないのだから。
どうやって衛宮家に戻ってきたのかわからない。そのくらい動揺していた。だが台所に立てば少しは気持ちが落ち着いた。包丁を握り夕食の下ごしらえをしながら、先ほどのことを思い返す。
彼が特定の人を好きにならない、そう思い込んでいた自分があさはかだった。いつかは現界を終えて本体に戻るとしても、もう随分長い間この世界にい続けているのだ。情に篤い彼の事。見かける女性に手当たり次第にちゃらちゃらと声をかけているように見えても、その裏で本命がいたっておかしくはない。なにしろ生前は妻子までいた甲斐性もちなのだ。
そうだ。考えようによっては幸運だったかもしれない。恋心をこじらせる前に、彼に想い人がいることに気づけたのだから。
もしもこのまま片恋をこじらせて告白なんてしでかしてしまった日には、悔やんでも悔やみきれないことになっただろう。いい機会だった。ここらですっぱりとあきらめてしまったほうがいい。そう結論付け、料理に集中することにした。
やがて料理の匂いにつられて道場からセイバーが居間にやってくる。
小腹がすきました、とお腹を抑えておやつを要求する彼女にお茶とお茶請けをだしていると、ライダーもバイトから帰って来た。さらに両手に紙袋を抱えた大河が「ただいまー」と元気に戻ってきた。
近所の人にいただいちゃったぁと、紙袋いっぱいの桃を抱えて帰宅した大河。桃色の果実からたちのぼる芳香にさそわれたセイバーの視線に耐え切れず、アーチャーは夕食のしたくの手を止めて桃を剥いてやった。ちゃぶ台に仲良く座った3人の女性陣はすぐさま桃をぱくつきはじめた。やっぱり色気より食い気か…やれやれと眺めていると、小腹がみたされた大河が先ほどの花屋での出来事を披露しはじめた。
アーチャーはまさか見ていたとはいえず、何食わぬ振りで夕食の支度をしながら、台所から曖昧に相槌をうつにとどめたが、女性3人は大いに盛り上がって話しに食いついていた。
「というわけで、ランサーさんには実は好きな人がいたのでしたー。まったく、隅に置けないわよねぇ」
「……あの。その話、他言無用なのでは…?」
ライダーが桃をほおばりながら首をかしげる。振られた女生徒のことを気遣っているらしい。
「いいのいいの、今日の告白は学校では結構有名な話なのよ。ランサーさんに本命がいるって話は、どうせ明日にはその子の口から広まるだろうし、そしたら内緒でもなんでもなくなるし」
「……はぁ…秘すればこそ花という言葉もあるのですが。現代の恋愛事情はずいぶんオープンなようですね」
ライダーがあきれ気味に相槌をうっている。セイバーは眼は真剣に大河のほうを見ているが、手と口は桃を食べることで忙しい。
「ここにいるみんなは、口固そうだし、話したって大丈夫。第一、本命ちゃんの名前も聞いてないもの。それでね、本命ちゃんは、白百合のように凛とした立ち姿が印象的な子で、一見しっかりしてそうに見えてじつは脆いところもあって…ふだんはツンケンしてるんだけど、じつは家庭的でお人よしなコなんだってー」
「意外です。ランサーはそのようなタイプが好みでしたか」
「ギャップ萌えというやつですね」
「2人とも、心当たりある? 私達の知ってるコかなぁ。私、いろいろ想像しちゃったわー」
「我々の知っている女性なら、誰か態度で気づきそうなものですが…さて」
「……ま、まさか桜ではないでしょうね…」
無邪気な大河と生真面目に首をひねるセイバー。その横でライダーが顔を青くして握りこぶしを作っている。
もう黙って欲しい。アーチャーはひっそりと溜息をついた。恋心に気付いたとたんに失恋したというのに、さらに追い討ちをかけてくれなくてもいいではないか。アーチャーは耳にふたをしたい気分で料理に集中しようとした。が黄色い声が気になって話に耳が向いてしまう。
「で、本命とは付き合ってるのでしょうか」
「ううん、聞けば告白もまだなんだって、意外よねー。なんでもちょっと難しい子だから、じっくり仲を育んでるそうなんだけど。そんな子がいるんだったら思わせぶりにあっちこっちに声かけんじゃないわよって思っちゃった」
一息に言ってテーブルを叩く大河に、桃をあらかた食べ終えたセイバーがようやくフォークの動きを止めた。
「そのとおりです。その人一筋に、真摯に向かうべきです」
と大河に頷く。が、フォークを握ったまま離さないのは、のこり2切れになった桃をのこすべきか食べるべきか逡巡しているのだろう。
まったくだ。
アーチャーは鍋に調味料を注ぎながら心中でセイバーの言葉に同意した。あの男がふらふらと落ち着かない態度をしているおかげで、自分もヤツは本命などいないのだと勘違いした。
「ハン、あの男も本命には存外奥手だったのだな。とんだ臆病者ではないか」
もはやどうでもいい気分で投げやりにキッチンからアーチャーが言うと、ライダーが大きく頷いた。
「まったく、大ヘタレです」
大河の話はまだ続くようだ。
「で、その場でランサーさんたら、ささっと花束を作ってさ。振った子にお詫びに渡しといてくれなんて言うんだけど」
「それは…」
「配慮にかけますね」
「でしょー」
「それで大河、ひきうけたのですか?」
「そんなことできるわけないでしょ。つっかえしたわよ」
「賢明です」
「そうでしょ!傷口に塩を塗るようなもんよねー」
今まさにぱっくり開いた胸の傷に塩を塗り籠められている気分でアーチャーは重々しく頷いた。
あのとき走り去った女生徒を思い起こす。振られて、すっぱり忘れたいであろう相手からそんな気遣いをされたら、諦めきれなくなってしまうだろう。その気がないのなら毅然とした態度をとるべきだ。
「で、言ってやったのよ。ちゃらちゃら中途半端に優しさ振りまいてないで、花束は、本命の子にだけ渡しなさいってね」
おおーとセイバーとライダーが大河に拍手を贈る。大河はえっへんと腰に手を当てて胸をそらした。
「というわけで、その本命に花束わたして愛の告白するの確約させましたっ!明日には失恋してるか、それともめでたく実っているか。ってわけ!楽しみでしょー?」
実に楽しげに大河が満面の笑みで話を締めた。ライダーとセイバーの歓声があがる。
もう聞いていられない。アーチャーは夕食の仕上げを手早く終わらせると、エプロンを脱いで身支度を整えた。
ランサーが今このときにも誰かに愛の告白をしているかもしれない。そう思うだけで胸の奥に焼けた火箸を差し込まれるようだ。アーチャーは盛り上がる3人に食事の支度ができた事を告げると、用事があるからと衛宮家を辞した。引き止める声を振り切り玄関を開けて外に出た。
用事があるといったものの、そんなものない。行く当てもなく住宅地を歩き回っているうちに日は暮れていった。一向に収まる様子のない波立った胸中と裏腹に、足だけはよどみなく動き、アーチャーはいつの間にか商店街にきていた。すでに過半数が今日の営業をおえている。あの花屋もすでに閉店してシャッターがしまっていた。
――今頃ランサーは花をもって、本命のところにいっているのだろうか。そう考えるだけで胸がチリチリと痛み、足早に花屋の前を通り過ぎた。
威勢のよい呼び込み声に立ち止まる。スーパーだけがこうこうと灯りをともしていた。そういえば昼間の一件で動揺してしまい、すっかり頭から抜け落ちていたが、今日はタイムセールの日だった。すでにセールも終盤となり投売りサービスに変わっている。
買い物でもすれば気も紛れるかもしれない。そう思って店内にはいってみた。だが大河の話が頭の中でぐるぐる回って、おちついて食材を吟味することもできない。気づけば無計画に安いものをドカ買いしてしまっただけだった。いっぱいになった買い物袋とは裏腹に心はぽっかり穴が開いたようだ。
まったく何をやっているんだ、私は。
昼間からの失態続きに頭が痛い。初めて人を好きになったわけでもあるまいに。感情など磨耗して他人と比較しても振れ幅の少ない人間だとおもっていたのに。まるで初恋に悩む10代のように未熟で、コントロールが効かない。こんなふうに感情的になることなんてなかったのに。
ムダに買ってしまった食材を前に、アーチャーは溜息をついた。買ったからには食品を冷蔵庫にいれなくてはいけないが、衛宮家に戻ってランサーの告白劇で盛り上がっているだろう一同に加わるのは嫌だったし、こんな気分のまま一人の部屋に戻る気にもなれない。しかたなく、買い物袋をもったまま当てどなく街を彷徨い歩いた。
――少し頭を冷やそう。
にぎやかな雑踏から離れるように歩を進めるうちに、大橋のたもとに広がる川沿いの公園にきていた。 まばらな街灯の間を歩き、適当なところで立ち止まりフェンスにもたれかかって一息つく。
ランサーが白百合にたとえたというのはどんな女性だろうか。考えたってしょうがない。それは解っている。ならば考えるのをやめろと頭の片隅の冷静な部分がささやくのに、熱くなった感情のままに想像が走り回るのをやめない。たおやかで、清楚なイメージがうかぶ。間桐桜のような?あるいはイリヤスフィールのような? またはアーチャーの知らない女性なのだろうか。女性とみれば声をかけている軽薄な印象しかなかったが、知らないところで、その紅い瞳でだれかを真剣に見つめ、熱っぽく愛をささやいていたのかもしれない。
そうだ、私は彼のほんの一部分しかしらない。愛想よく接客する姿。衛宮邸に食事をたかりにくる姿。埠頭で釣り糸をたれてぼんやりしている姿。やっかいなマスターや同僚に振り回されて疲労困憊している姿。次々と浮かんでは消えるランサーの姿は彼のほんの一片にすぎない。そんなものを見ていたくらいでいったい何を知った気になっていたのだろう。
挙句、勝手に懸想して、そして勝手に失望している。自分のあまりの馬鹿さ加減にイヤになってくる。
見るともなしに対岸の新都の夜景を眺めながら、水面を渡る夜風にふかれているうちに少し頭が冷えた。
「ばかばかしい…」
もう部屋に帰ろう。そして無計画にかってしまった食材を料理してしまわなければ。
「なにがばかばかしいんだ?」
突然後ろから聞こえた声に振り返るとすぐ後ろにTシャツに革ジャケットを羽織ったランサーが立っていた。
「ランサー、なぜここに…!」
たったいままで目の前の人物のことであれこれ思い悩んでいたのに当の本人が現れて動揺したアーチャーは思わず後ずさって身構えた。
「お前こそ、こんなとこでなにやってんだ? ぼーっとして…後ろに立っても気づかないなんて、らしくねぇな」
アーチャーの剣幕にやや戸惑ったように、だが笑みを浮かべてランサーは隣に歩み寄ってきた。
「ら、らしくとはなんだ、私だって考えごとくらいする!それに君が私の何を知ってるというんだね。勝手に決め付けないでくれ!」
考えに浸っていて気がつかなかった失態に、つい言い方がきつくなった。
違うこんなことを言いたいんじゃない。これでは八つ当たりだ。そう思いながらも、こっちの気も知らず、大河にのんきに本命のノロケを話していたランサーにますます腹が立ってくる。いや、それこそ八つ当たりか。彼が誰を好きになろうと、彼の自由だ。そうだ、誰を好きになろうと……
また気持ちが落ち込みそうになる。さっきから怒ったり落ち込んだり、感情をコントロールできない。イラついた表情のままランサーを睨んだ。
ランサーはアーチャーの様子に驚いたようだったが、意外にも茶化したりしなかった。普段のふざけた様子はなりを潜め、案じるような色が瞳に浮かぶ。
「……なぁ、アーチャー。なんか機嫌悪いだろ?坊主んちでなんかあった?」
機嫌?機嫌など悪いに決まっている。いったい誰のせいでこんなに落ち込んでいると思っているんだ。何も知らずにそんなことを聞いてくるランサーが腹立たしくて、言わなくていいのに自分から墓穴を掘りに行ってしまった。
「なにも。――貴様こそこんなところで何をしている? 藤村大河から、貴様が今日は一世一代の告白劇を披露すると教えてもらったのだが、それはもう済んだのかね」
ランサーの眼がはっと見開かれる。
「え、その話、お前も聞いたのか!?」
「ああ、事細かに聞いたとも。意中の相手を花にたとえるとはなんとも花屋らしいことだな。さしずめその袋には件の花束が入っているのだろう」
言い出してしまったからにはもう後には引けず、さっきから眼についていたランサーのバイト先の手提げ袋を指差して茶化すように指摘してやった。ランサーが面白いくらいに動揺している。普段なら小気味よく思うところだが、今日ばかりは胸が痛むだけだった。
ランサーは気まずそうに「うう」と唸って赤い顔をしている。図星をさされていたたまれないのだろう。が、こっちだっていたたまれない。そんなに動揺するなんて余程本気の相手なんだと絶望感がわきあがった。もう告白でもなんでも、さっさとしに行ってくればいい。胸が痛い。もうランサーの顔をみていられず、そんな感情にまかせて一気にまくし立てた。
「こんなところをうろついているヒマがあったら、その本命とやらのところに向かったらどうだ?それで告白でもなんでもして、派手に振られてくるがいい。――ではな」
アーチャーは踵を返して歩み去ろうとした。が、後ろから腕をつかまれた。
「ちょっと待て!いくなアーチャー!」
「な!? 何をする」
強く腕を引かれてよろめきながら振り返ると、目の前に赤い顔をしたランサーが立っている。
「オレは、お前のこと探してたんだよ!…これ、受け取れ」
ランサーは手にしていた手提げ袋の中から綺麗にラッピングされた大きな花束を取り出しアーチャーのほうへ突きつけてきた。白百合をメインにあしらい白を基調とした数種の花々を、紅い和紙で包装し銀のリボンで飾り結んだ華やかな花束だった。
アーチャーはしばし花束を見つめ首をひねった。
これは大河がいっていた、本命に渡してこいと約束させた花束で間違いないだろう。
昼間の一件からもうだいぶ時間は経ち、今はすっかり夜だ。ランサーがいまだにこうして花束を持ち歩いて、しかもアーチャーに渡そうとしているのはなぜかと考える。おそらく告白すべき相手に受け取ってもらえず、適当な知り合いに渡して処分しようとしているとみるべきだろう。気まずそうにこちらから視線をそらしながら花束を突きつけてくるランサーの強張った表情からもその考えで間違いなさそうな気配がする。
なんだ、ランサーのやつ、フラれたのか。
ほっとして肩の力が抜けた。同時にいままでのもやもやした気持ちがあっけないくらいにすっと引いていく。心に余裕が生まれ、アーチャーは小首をかしげてみせた。
「なんだこれは。渡す相手を間違えているのではないかね?」
「間違えてねぇ、お前に渡そうと思ってずっと探してたんだよ」
ランサーはふてくされたような顔で言うと、まっすぐアーチャーを見つめてくる。ぐいと肩をつかまれて引き寄せられる。
「お前が好きだ」
囁くように告げられ、ランサーの手が強引に花束をアーチャーに握らせる。言われた言葉と花束から立ち上る百合独特の強い香りに頭がくらりとする。
「え…」
真摯に自分を見つめてくる紅い双眸に射抜かれたように身体が動かない。頬がかっと熱くなってこめかみのあたりががんがんする。この男は何を言っているんだ。聞き間違いじゃないのか…。ぐるぐるそんな考えが頭の中で回る。からからになった喉は呼吸のしかたを忘れてしまったみたいに息をすることもできない。
「何を言って…貴様、フラれたのではない…のか?」
ようやくかすれるような声が絞り出せた。手元の花束とランサーの顔を見比べてながら聞くとランサーの眼がすっと細められた。
「なんか勘違いしてるみたいだな…はっきりいっとくが、オレが告白すんのはお前だけだ。昼間の話きいたんだろ?街中さがしてようやく見つけたと思ったら当の本人は機嫌悪いし、なんか勘違いしてやがるし…」
ランサーはガリガリと頭を掻き、大息をついた。そしてアーチャーに向き直る。
「いいか、ちゃんと聞け。ずっとお前が好きだった。フるもフらないもお前次第だ」
紅い眼が視界いっぱいに広がる。強い視線に耐えられず、眼のやり場に困って花束に顔を埋めた。
何を言い出すんだ。いうにことかいて、私のことが好きだとか。
じゃあなんだ。この花束は私のために用意したのか?大河に話した本命の話とは私のことだったのか? 今日一日、のことが走馬灯のように頭の中に浮かんで消えていく。
嫉妬するやら落ち込むやら、最後はもう投げやりになって本人に八つ当たりまでした。もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。だがランサーの言葉に胸の奥から湧きあがってくる感情がそんなぐちゃぐちゃの心をとかしていく。嬉しい。どうしようもなく嬉しい。
「……で、返事は?はっきり言ってくれていいぞ」
黙ってしまったアーチャーをどこかふてくされたような顔でランサーは急かした。ようやく搾り出したのは一言だけ。
「たわけが…もっと早く言え」
花束の隙間からちらりとランサーの顔をみる。赤い目がぱちぱちと2、3度瞬きし、大きく見開かれる。
「それって――?」
「こ、これは受け取る――返せといわれても返さんぞ?」
恥ずかしくて目線が合わせられず、花束を抱えたまま俯いてつぶやいた。蚊の鳴くような声になってしまったが、ランサーにはちゃんと聞こえたらしい。
驚いたランサーの顔がゆるゆると崩れ、すぐに満面の笑みに変わった。かとおもったら花束ごと痛いくらいに抱きしめられた。
「ぐっ……こら、花が潰れる!」
「花なんかまたプレゼントしてやるって」
腕に抱きすくめられる痛みと全身で喜びを現すランサーにようやく現実なのだ、と実感が湧いて来た。ランサーの背にそっと片手を回すと、白い手のひらにそっと頬を包みこまれた。視界いっぱいに宝石のような瞳。唇にやわらかい感触。ああキスされていると思うと全身がかぁっと熱くなった。
続いて濡れた柔らかいものが唇に割り入ってくる。ぴちゃ、と濡れた音に我にかえった。
「――こんなところで何をするか!」
「いっ――でっ!」
思いきり拳で殴りつけていた。ランサーが顔を抑えて地面に崩れ折れる。
「ってぇ…なにすんだよ……晴れて両思いだってわかったんだし、キスくらいいいじゃねぇか…誰も見てねぇだろ?」
「たわけ、半径一キロから丸見えだ!時と場所を考えろ!」
「そんな距離から見えんのお前だけだろうがよ…」
ああもう、雰囲気が台無しだ、とランサーは紅くなった鼻先をおさえ、顔を顰めながら立ち上がる。
「ところでココで何してたんだよ。今日は坊主んとこでおさんどんじゃなかったのか?」
ランサーがおかげでさんざん探し回った、とぼやきながら、アーチャーの足元の買い物袋を見て首をかしげている。そういえば昼間花屋をひやかしていたときにそんなことをいったかもしれない。
「ああ、そうだが。それはもう済んだよ。その袋は――まぁ、夜のタイムセールでつい買いすぎてな。ここで休憩がてらメニューを考えていた」
「夕飯もつくって、そんで今からまたつくるのか?お前ほんと、マメだな」
ランサーはアーチャーのでまかせを真に受けたようで、勝手に足元の袋をごそごそと検分しはじめる。
「おお、この肉!黒毛和牛!なぁなぁ、これで何作るんだ?」
と、大きな肉の塊をとりだして喜色満面、眼を輝かせている。
「それはローストビーフかワイン煮にあたりだな。その野菜はスープと、ゼリー寄せにでも…おい、勝手に広げるな。食材がいたむ」
次々取り出してはこれは?これは?と聞くランサーにさすがに眉をしかめて静止をかけると、「あ、すまん」と素直に謝り元通りに袋にしまいだした。ごそごそ手を動かしながら、アーチャーを見上げて情けない表情でつぶやいた。
「なぁなぁ、オレ、夕飯まだなんだ。腹減った。コレ、食わして?」
普段ならはねつけるような申し出だった。だがさすがに今夜は今までと状況が違う。今日ぐらいは素直に食事を出してやるかという気になった。さっきは気が動転していて、つい保存の利かないものも買いすぎてしまったし、思わず殴りつけてしまった後ろめたさもある。
「ふむ、今から作りはじめるからすぐにはありつけないぞ。待ってもらうがいいか?」
「お、いいのか!なら、飲みながら待たせてもらうから。お前の好きなボトル買おうぜ。高いのでもいいぞ」
アーチャーの了承に指を鳴らして喜色をうかべるランサーに現金なものだと半ば呆れながら、くるくると変わる表情に目を細める。買い物袋を持てと手で示し、大橋へ向かって歩き出すと後ろから軽快な足音が追いかけてきて、すぐに並んだ。そのまま2人は連れ立って大橋をわたっていった。