おねえちゃんといっしょ!
数年前書いたものをサルベージ。
イリヤと藤ねえにかまわれるアーチャーのお話。どうやら私はアーチャーを困らせることが好きなようです。
少しだけ銀/英の某提督の台詞をパロディしています。
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イリヤといっしょ
「ねえ、シロウ。いつから私とあなたはそんな疎遠な関係になったのかしら
イリヤスフィールだなんて、そんな他人のような呼び方をしないでちょうだい!」
子供らしいふっくらとした白磁の肌を真っ赤に染め上げて怒っているのは、ビスクドールのように美しい銀髪の少女。その怒りを全身に浴びた青年は特徴的な形の眉を顰めることしかできなかった。
――話は数分前にさかのぼる。
イリヤは毎度おなじみ暴走高級車を衛宮邸の入口に乗りつけた。目的はもちろん可愛い弟であり兄でもあるシロウに会うためだ。しかし忙しなくインターホンを押し続けても何の反応もない。人の出入りの激しい衛宮邸にも人がいない時間帯もあるのだろうか。だがそこで諦めるイリヤスフィールではない。庭先から縁側へ回り込み本当に人がいないのか確認する。誰に見咎められるわけでもないが、なぜだか音を立てないようこっそり忍び足になる。きょろきょろと庭を見渡しても誰も居ない。土蔵の入口もしまっているようだ。いつも騒がしいこの屋敷も人がいないと一転、厳かとも言えるほど静寂に包まれている。少し屈み、縁側の板の間に手を置きそろそろと頭を出した。こっそりと居間を覗くと。
…いた。
居間では人影がちょろちょろと動き回っている。
背を向けているのでイリヤからはその表情は見えないが、軽やかな動きから上機嫌であることが伺える。その、大きい方のブラウニーは畳をきっちりと拭き終えた後、バケツを持ってどこかへ行ってしまった。イリヤが数回瞬きするかしないかの間に新聞紙を持って戻ってきた彼は新聞紙を一枚手に取るとクシャクシャに丸め縁側へと目線をやる。
「………」
「………」
…目が合った。それはもうばっちりと。
クワっと見開かれた鋼の瞳と不機嫌そうな真紅の瞳が交差する。
「って、こらー!霊体化して逃げるんじゃなーい!」
空中に霧散した光を追うようにイリヤは思わず靴のまま縁側へ上がり込んだ。
イリヤがアーチャーと親しく接する機会は少ない。
しかし相手の来歴を知っているイリヤとしては親しみの持てる相手である。
それが、こうまで徹底的に無視されると悲しみより先に怒りの方が湧いてくる。
「アーチャー、いるんでしょう?このまま霊体化して逃げたら靴のまま居間にあがりこんでやるんだから!もちろん鍵なんて持ってないからガラスの窓を蹴破るわ。怒られたらアーチャーのせいだって言ってやるわよ。リ・ン・に !」
「……それは勘弁してくれないか」
霊体化する前に居た位置と同じ場所に魔力が集積し、アーチャーが姿を現す。
玄関にまわるように促し廊下へ向かうアーチャーを見定めてから、ようやくイリヤも縁側から庭へ下りた。少し急くように歩くと白い吐息が風に流れていく。玄関へ入ると風は遮断されたが家の中はなお寒い。この家、アインツベルン城より寒いんじゃないかしら。そう、益体のないことを考えた。おそらく今日は暖房の類を一切使っていないのだろう。
「温かい飲み物を用意しよう。何がいいかね」
「この家で一番高いお茶を出してちょうだい」
その瞬間、アーチャーが顔をしかめたことを見逃さなかった。
この家で一番高い茶葉は凛の持ち込んだ紅茶だ。
少しは困ればいいんだわ。彼の渋顔を見て多少は気持ちが浮上したが、イリヤの気はまだ晴れない。そこでイリヤはアーチャーをもう少しだけ困らせることにした。
「フルールのケーキを買ってきたの。一緒に食べましょう」
* * *
「お持たせですが」
「お気遣いなく」
少し小さめに切り分けられたケーキにはフルーツが隙間なく乗せられている。次いでテーブルにティーカップが置かれた。白いカップに澄んだ赤色の紅茶がよく映える。きっかり一人分しか用意されていないテーブルを見てイリヤは決意を新たにした。人の言うことをちっとも聞かないなんて、もっと困ればいいのだ。この男は。
その第一歩として、まずイリヤはアーチャーの膝に飛び乗った。紅茶を座卓に置いた瞬間を狙えば意外と簡単に目的は達成できた。抗議を込められた目は「寒いのよ」と一言口にすることでやり込める。こうなれば後はイリヤの独断場だ。何しろ膝の上にいるだけで十分うろたえているのだ。硝子の心を傷つけなければずっとこのままに違いない。
渋顔の青年と喜色を浮かべる少女。その対照的な表情は双方の心情を如実に示していた。
そんな状態でもきっと彼は逃げることもできないのだ。いきなり霊体化をすればイリヤがしりもちをついてしまう、ただそれだけのことに彼は縛られているのだと。
ケーキの先端にフォークを入れるとふわふわと弾力が返ってくる。生クリームの乗ったケーキを口に入れるとほろほろと生地が溶け、控えめな甘さが口に広がった。そして、アーチャー手ずから入れた紅茶に手を伸ばし一口だけ口を付ける。
後口に苦味の残らない完璧に入れられた紅茶で息を整える。少し多めに息を吸い込んだ。
「ありがとうアーチャー。紅茶とってもおいしいわ」
「そうかね、それは光栄だ」
「私のサーヴァントにして毎日入れてもらいたいくらいだわ。
アフタヌーンティーの後は一緒にお人形遊びをするの」
少し緩んだ空気が凍りつく。
…なぜだろう。そこまで変なことを言ったつもりはないのだけれど。我ながら甘い声音だと感じる声で話を切り出したはずなのに。
沈黙に塞ぎこんだ空気を払うように、湯気の立つ紅茶を流しこむと、身体だけでなく心までほかほかと温まってくるような気がした。それと同時にこの場所で起こったこれまでのことを思い出す。シロウがいて、サクラと、リンと、セイバーで囲む美味しい食事。それは料理の味だけではなく、皆で囲む食卓があってこそだと、イリヤはこの冬木の地で初めて知ったのだ。
だから、だからこそ。
アーチャーが一番触れてほしくないところにあえて触ることにした。
「冗談よ。私にはバーサーカーがいるもの」
「あ、ああ。そうだよな。君も人が悪い」
「サーヴァントうんぬんは冗談だけど、あとは少し本気よ?
アーチャー、あなたはいつも何処にいるのかしら。たまには可愛い妹の顔を見に来てもいいんじゃない?」
ティーカップを持ったまま上目遣いで見上げると、さりげなく目を逸らされた。とっておきの決めポーズだったのに。それをふいにするとはエミヤシロウは幾つになっても朴念仁だ。
抗議の意を込めて、褐色の無骨な手に白磁の肌を重ねるとビクリと手が震えた気がした。
「私は…」
「逢いにきてくれないならこちらから会いに行くわよ?甘いものは嫌いだった?それとも、和菓子の方が好きだったのかしら」
そうだ、確か甘いものは食べないがあの店のどら焼きは別なのだと言っていた。
それはどの衛宮士郎だったのか。…それはエミヤシロウにも当てはまるのだろうか。
「そう、ね。江戸前屋のどら焼きがいいわ。二人で買いにいきましょう。そうしたら、アーチャーは緑茶を入れて頂戴?」
「また難しいことを。こんな大男が君と外を出歩いたら警察に呼び止められてしまう。暇そうな小僧を誘えばいいだろう。あいつなら喜んで付いてくるだろうよ」
「そうね、シロウと行くのもいいわ。でも、それは別の話。今はアーチャーの話をしてるの!
…大丈夫よ。私とアーチャーの髪の色って似てるもの。兄妹に見えると思うの」
本当は姉弟だけどね。
彼の瞳孔が一瞬だけ動きを止めた。
軽い調子で囁かれた言葉の持つ意味を彼は知っているのだ。シロウとイリヤの関係を彼は知っている。それにも関わらず、この男はイリヤとの係わりを避けている。否、きっとイリヤだけではなく生前関わりのあった人たち全てとも。
姉弟関係を知るほどに自分と親密だった彼は、一体どの世界のイリヤが取りこぼしてしまったシロウなのだろうか。イリヤがそばにいる限りシロウをエミヤになどさせないはずなのに。
それはきっと、イリヤがシロウを取りこぼしてしまったように、士郎もまたイリヤを取りこぼしてしまったから。
そして彼は取りこぼした過去に懺悔はしても、取り戻そうとは思わないのだ。
そう、その証拠に弓兵は少々眉尻を下げながらゆっくり首を横に振る。
本当は分かっている。他のサーヴァント達が平和を享受する中でアーチャーだけが人間として振舞おうとしない。いつかシロウは「食事は皆でするもの」だと言った。その成れの果てであるはずの彼がこうも頑なに団欒を拒否する様は見ていて胸が締め付けられるのだ。
「だったら今ここでもいいわ。少し味見させてあげる。はい、口を開けなさい」
生クリームとフルーツがたっぷり乗った一番美味しそうな所にフォークを縦に差し入れる。スポンジは抵抗もなくフォークの上に乗る。後ろを振り返ると後はもうフォークを突き出すだけだ。
「言っておくけど、食べないならずっとこのままよ」
アーチャーは眉を寄せて明らかに困惑している。そのアーチャーの顔があまりにも彼と同じだから、イリヤは少し助け舟を出したくなった。
「腕が疲れちゃうわ。私のことを思うなら早く食べちゃいなさい」
その言葉を皮切りに彼の迷いが消えた。イリヤの手からフォークを受け取ろうとして―――イリヤが思いの他強くフォークを握っていたので―――イリヤの持つフォークに直接かぶりつく。
「どう、甘い?」
「む、甘いとは思うが、甘さ控えめで中々…」
「甘いのね!」
突然アーチャー椅子から立ち上がった彼女に目を白黒させている。この表情は中々に爽快だ。
「甘いものを食べたら紅茶でお口直しをしなくちゃ。お姉ちゃんが入れてあげるからアーチャーはそこで待ってなさい」
「それは命令か?」
「そう、命令よ」
「…そうか、なら仕方がないな」
彼女が口をつけたカップを後ろからひょいと持ち上げるとそのままカップに口を付ける。「ふむ、まあまあだな」という感想は果たして彼女の耳に届いたのだろうか。あっけに取られた顔がみるみる真っ赤に染まっていく。その様子を見ながらアーチャーは口角の片端を上げた。その顔には皮肉が多分に含まれている。
「ちょっと…信じられない!レディに対する行儀がなってないわ!」
「それは失礼。しかしだね、イリヤスフィール、命令だから仕方がないとは思わないかね」
イリヤの肩がビクリと震える。アーチャーも今度こそ空気が変わったことを察してしまった。臨界体勢に入ったイリヤは何をするか分からない。
「もう許さない…覚悟しなさいアーチャー…」
ビクリ。イリヤの勢いに彼も思わず後ずさる。
「お姉ちゃんを怒らせた罰よ!今から私が入れた紅茶を飲みなさい!受け取る時に「ありがとうお姉ちゃん」って言ってもらうんだから!ついでに二人きりの時はいつもお姉ちゃんって呼ぶこと!」
タイガが来る前には返事を聞かせてね。そう呟やかれた言葉にアーチャーがさらに縮こまる。
やがて湯をくぐらせた茶葉の爽やかな香りが台所から香り始める。アーチャーは立ち上がると小さな姉が格闘しているであろう台所へと足を向けた。
「私も手伝おう。……■■■」
イリヤの願いが叶えられたかどうか。
それは繰り返される日々に上書きされて、もう誰も覚えていない。
だがそこに確かにあった物語。