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トレイン・トレイン/Novel by ウシコ

トレイン・トレイン

19,031 character(s)38 mins

槍弓駅員パロで、駅員槍×飲食店員弓です。

・駅員の仕事についてはザッと調べただけなので、色々と間違いがあるかと思われます。
・少女漫画です。
・二人とも別人です。
・文章って何かね?

以上、大丈夫な方は良かったら読んでやって下さいませ!
誤字脱字ありましたら教えて下さい〜。

6/26追記↓
たくさんのブクマにいいね!ありがとうございます!どうやらルーキーランキングに入ったようで…恐ろ嬉しッ。
新しくフォローして下さった方も感謝です‼︎

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梅雨明けがようやく発表され、これから本格的に夏の暑さがやって来るであろう7月中旬の朝。
気温はすでに上昇し、昨日までの雨のせいか、じめっとした湿気が不快感と倦怠感を伴って体にまとわりつく。
ランサーは帽子を取り、額に滲んだ汗を手の平で拭い、これからが本番であり地獄だと気合を入れ帽子をかぶり直した。
腕時計を見ると時間は8時10分。
通勤ラッシュの時間だ。
ホームにはすでに人集りが出来ており、どの待ち列も長い。
果たしてこの人集りが、次の電車に全て乗れるのかと疑問に思うところだが、どうにかこうにか乗せるのがランサーの仕事の一つでもあった。

『まもなく7番線に電車が参ります。黄色い線の内側へ下がってお待ち下さい。』

ホームにいつものアナウンスが流れ、ランサーは線から出ている輩に声をかける。

「危ないので、黄色い線の内側へ下がって下さい」

そのまま電車が来るまでホームと線路の監視を続け、何か不審物や飛び込みそうな輩がいないか辺りに注意を配る。
程なくして電車がホームに無事停車し、満員でむせ返るような車内から乗客が降りて来た。
ラッシュ時なためか人々は誰もが早足で、目的地へ急いでいる。
それを手早く捌いて、今度は降車で空いた僅かなスペースに、こちらの待っていた人々を乗せなくてはならない。
案内するも、どの車両もやはり満員で、車内は人で溢れかえっている。
ランサーはどの車両が比較的空いているかざっと見やり、乗れずにオロオロしているサラリーマンを誘導した。

「こっち、乗れますよ!」
「え、あ、す、すみません!」

一人分しかないスペースにサラリーマンが急いで乗り、発車のアナウンスが流れる。
ランサーはホームを再度監視し、時間と安全を確かめて電車の車掌に乗降終了合図を送った。
車掌は連絡用ブザーを鳴らし、運転士に出発の合図を告げ電車が発車する。
それを見送って、ランサーは一呼吸ついた。
次の電車は8時25分だ。
すでにちらほらとホームには人が並び始めている。
その中に見知った人物を発見して、ランサーは声をかけた。

「よう、嬢ちゃん、これから学校か?」
「あら、ランサー、おはよう」

腰まで伸びた綺麗な長い髪を、トレードマークとも言える黒いリボンで2つに結び、姿勢よく先頭に並んでいた女子高生は大きな瞳でランサーを見る。
美少女と誰もが納得するであろう彼女は、遠坂凛という。
この凛とランサーの出会いは、凛が駅でしつこいナンパにあっていたのをランサーが助けたという経緯だ。
凛は性格なのか、律儀にも次の日にお礼として何処か聞いたことがある有名な菓子をランサーに持って来た。
ランサーは受け取るのを遠慮したが、それではこちらの気が収まらないし、借りを作りたくないという凛に丸め込まれ、気付けば手の中に菓子の箱があった。
賢く、己を曲げない毅然とした態度の彼女を気に入り、それからこのホームで見かける時には声をかけていた。

「ん?何か不機嫌か?」

いつもより声のトーンが低い気がして、ランサーは凛に聞く。
凛は眉間に皺を寄せ、腕を組みながら答えた。

「分かる?どうにもね、不機嫌にならざる終えないことが起きたのよ」
「そりゃ、ご愁傷様で」

聞いてみたものの、あまり深入りするのもアレなので無難に相づちをする。
凛はそんなランサーに気付いてはいるだろうが、話したいらしく言葉を続ける。

「知り合いがね、怪我をしたの。まったく、お人好しにも程があると思うのよ」
「へーへー」
「人助けをするなとは言わないけど、それで自分が怪我をするなんて本末転倒じゃない」

凛の話を聞いて、何となく察したことがあった。
文句をつらつら語っているが、凛はその怪我をした人物を憎からず思っているらしい。
どうでもいい輩なら、こんな心配など最初からしないはずだ。
その言動のせいか大人びた印象を受ける凛だが、年相応な悩みも持っているらしく微笑ましい。
下手なことを言ったら後が怖い相手なので、間違っても口に出したりはしないが。

「…何か言いたそうね?」
「いや、何も?お、そろそろ次来るから仕事に戻るわ」

凛は訝しげな視線をこちらに向けていたが、ランサーは態とらしく腕時計を見て、軽く手を振り離れた。
ちょうどホームにアナウンスが流れ、遠目で次の電車を確認する。
あと2回電車が無事発車すれば、引き継ぎをして明けのランサーの仕事は終了だ。
コンクリートの照り返しから強い陽射しを感じ、これから更に気温が高くなりそうだとランサーは顔を顰めた。
引き継ぎが終わったら帰りにコンビニによってビールとつまみを買い、今日は家でダラダラすることを心に決める。

「あちぃ…」

幸い何事もなく8時25分の電車は通過し、残るは次の電車のみだ。
通勤ラッシュもピークを過ぎたのか、乗車する列も少ない。
ランサーは汗で張り付くシャツの襟元を僅かに緩め、通気を良くさせると息を吐いた。
それから電車が来るまで掃除などしたり、線路上に異変がないか監視を続ける。
空き缶などが線路に入り、脱線はしないだろうが飛んで来たらたまったものではない。
ほどなくしてアナウンスが流れ、電車が停車した。
車内は先程よりはマシだと言えたが、やはり混雑している。
ただ降車した人が多かったのか、並んでいた列はみるみる吸い込まれていった。
駆け込み乗車も無い。
この駅は比較的問題があまり無くて助かる。
本日も無事、業務終了かと思われた時、5両目から最後に降車してきた男に目が行った。
長身でしっかりした体躯、褐色の肌に白い髪。
整った顔。
ランサーも人のことを言えた義理では無いが、一度見たら忘れられないかなり目立つ容姿をしていた。
その男が改札口に向おうと足を進めるが、どうもふらついている。
眉間に皺を寄せ、口を手で押さえ何かに耐えているようだった。
ありゃあ、もしかして具合い悪いか?
ランサーは今にも倒れそうな男に駆け寄り、声をかけた。

「大丈夫ですか?具合いが悪そうですが…」

男はランサーを見て駅員だと確認すると気が緩んだのか、がくりとその場に膝を付いた。
ランサーは慌てて肩を掴み支える。

「き、気持ち…悪い…」

必死に吐き気を抑えようとしているのか、きつく目を瞑り忙しく呼吸をする。
真夏日と言っても差し障りない暑さなのに汗をあまりかかず、シャツ越しに触れた男の体はひんやりしていた。
素人目だから分からないが、熱中症かもしない。
幸いこの駅には救護室がある。

「とりあえず救護室に行きましょう、歩けますか?」

ランサーが問うと男は小さく頷いた。
気付いて駆け寄って来た同僚に事情を話し、ランサーは男に肩を貸しながら救護室に向かう。
職業柄、このようなことはさほど珍しくない。
車内で気分が悪くなりホームで倒れる人がいたり、終電前に酔っ払いに絡まれて殴られたり、何故か痴話喧嘩の仲裁に入ったりと色々経験している。
嘔吐の処理など日常茶飯事の慣れっこだ。
まあ、流石に入社当時はかなり辛かったが…。
ランサーは救護室に男を運ぶと、簡易ベッドに寝かせた。
男は相変わらず苦しそうで、低い呻き声を漏らしていた。
冷房を点け、水分を取らせた方が良いだろうと備え付けの冷蔵庫を開け、中に入ってたペットボトルのミネラルウォーターのフタを開ける。

「飲めますか?」

返事は無かったがゆっくり胴体を起こしてやり、唇にペットボトルを当てて傾け、飲むように促した。
こくりと小さく男の喉が鳴り、水を少しずつ飲み始める。
ランサーは背中をさすり、しばらく水を飲むのを手伝った。
男のがっしりした背中は鍛えているのだろう筋肉の硬さを感じたが、それに比べて腰回りはかなり細く思えた。
男は4分の1ほどの水を飲むと、睫毛を震わせ目を開けた。
灰色の瞳が、初めてランサーの紅い瞳を見る。

「あ、ありがとう…」

それだけ小さく言うと、男は簡易ベッドに横になった。
ランサーはペットボトルのフタを閉めて、横に置いてあった椅子に座る。
眉間に皺は寄っているが先程より男の表情が柔らかくなったのを確認し、とりあえず胸を撫で下ろした。
あとは話を聞いてこちらに来るであろう交代の同僚に引き継ぎをして帰宅するだけだ。
本来の就業時間は過ぎてしまったが、こればっかりは仕方がない。
やることも無く、ランサーは寝ている男の様子を覗う。
歳は同じくらいだろうか、この暑い中、長袖の黒いシャツに黒いスラックスとは恐ろしい。
太陽の光を吸収しまくりで、そりゃ具合いも悪くなるだろう。
服装と雰囲気から会社員という感じはしないが、果たして何の仕事をしているのか。
今まで一度も見たことがないが、今回たまたまこの駅を利用したのか。
暇な時間がいけないのか、余計なことばかりが頭に浮かんでは消える。
駅員と客、所詮この場限りで下手をすればもう会うこともないかもしれないのに、何故かこの男のことがランサーは気になった。

(…目だ。)

一瞬だけ合った灰色の瞳が、ゆらゆら揺らいでいてランサーはそれを綺麗だと思ってしまった。
もう一度、その目が見たいと思った。
鉛色なのに暖かい、不思議な色合いをした目に自分が映りたい。
額に落ちてきていた男の前髪を直してやろうと手を伸ばした瞬間、救護室の扉が開いた。

「お疲れ様です。遅くなりました、交代します」

ランサーと入れ替わりで業務につくはずだった同僚が、部屋の中に入ってきた。

「あ…、お疲れ様です」
「大体事情は聞きましたが大変でしたね。それで、この人の容態はどうですか?」
「気分が悪いそうで、とりあえず水分補給はしました。たぶんですが、意識もあるし、救急搬送は必要無さそうですね。しばらく横になっていれば回復するんじゃないでしょうか。意識がはっきりしてきたら聞いてみて下さい。では、後はよろしくお願いします」
「分かりました。お疲れ様です」

外に出ると湿気を含んだ独特の暑さがランサーを襲い、不快感に顔を顰めた。
…この暑さにやられたか?
先程の思考を振り払うため小さく頭を降り、ランサーは帰り支度をするために駅事務室に向かった。
着替えを終え帰路に向かう途中で、何度かあの後男がどうなったのか気になった。
同僚に聞いてみよう、それでたぶん終わりだ。
寄ったコンビニで酒やつまみやら購入しつつ、ランサーは何となくそう残念に思った。



「良かった、会えた」

通勤ラッシュが落ち着いた10時頃、本日改札業務だったランサーは二日前に介抱した男に声を掛けられて止まった。
まさかすぐに出会うとは思わなかった。
同僚からは1時間くらい休んだ後、話せるまで回復して帰って行ったと聞いていたが、もう平気なのだろうか。

「あなたはこの間の…、大丈夫でしたか?」
「はい、あの時はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした…。どうも慣れない人混みと暑さに酔ってしまったようで、暫く休んだら良くなりました」

容姿を裏切らない、低音で艶やかな良い声だ。
さぞかしモテるだろう。

「あの、それで宜しかったら、お礼と言っては何ですが、こちらを同僚の方と召し上がって下さい」

男は無地の紙袋を、控えめに渡してきた。
ランサーは反射で受け取り中を見ると、可愛らしい包装に包まれた色んな種類のクッキーが大量に入っていた。
甘く、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

「ありがとうございます」

本来なら受け取るべきではないのだが、突っ返す気になれなくて、素直に貰うことにする。
休憩時間に食べようと、ほくほくした気持ちになった。

「それでは、失礼します」

男は用件だけ済ますとランサーに背を向け、7番線に進んで行ったがすぐに戻って来た。
少しの間、その場で考えスマホと睨めっこしていたが、難しい顔をしてランサーの元にやって来た。

「…すみません、ここに行くには何番線の電車に乗れば良いんですか」

バツが悪いのか、恥ずかしげに下を向いている。
本当に日頃電車に乗らないのだろう。
スマホで検索しても分からないとは、かなりのものだ。
ランサーは見た目に反してどこか抜けてる男に、うっかり笑ってしまった。

「ぶはッ、はは」
「……」
「あ、すみません」

睨まれてしまったが、心なしか男の顔が赤いので鋭さは半減していた。

「あんまり電車は乗らないんすね」
「…正直、両手で数える程しか乗ったことが無くてね」

マジかとランサーは心の中で呟いた。
程々都会であるこの場所で、電車は必要不可欠な移動手段だ。
車という可能性もあるだろうが、それでも両手以上に電車を使用するだろう。
どんな生活をしてるんだ。
男に対する興味と謎が深まった。

「それで、ここにはどうやったら行けるんだ?」
「ここなら3番線の登りだ」

うっかりタメ口になってしまったが、向こうもタメ口なので気にしなくて良さそうだ。
ランサーが3番線までの道のりを簡単に説明してやると、男は頷いて礼を述べた。

「ありがとう、度々すまない。では失礼する」
「なあ」

呼び止めたのは無意識だった。
男が不思議そうな顔をして、こちらを見てから自分が呼び止めたことに気が付いた。
そして頭に浮かんだものを、考える前にそのまま素直に声にした。

「また会えるか?」

何だそりゃ、と自分でも思ったが、声に出してしまったものを今更無かったことには出来ない。
己の思考と行動が一致してない。
男を救護室に運んだ時もそうだった。
瞳が見たいとか、自分を映して欲しいとか。
今、それらが叶っているくせに、その次を求めている。
それが何故だか分からない。
ランサーは変な汗をかきながら、男の返答を待った。
男は目を開いて驚いたようだったが、すぐに小さく笑った。

「駅員が男をナンパかね?」

まあ、そう捉えられても仕方ないだろう。
ランサーだって逆の立場だったらそう思う。
男は悪戯めいた表情でランサーを見ていた。

「そうかもな」

何だか引くのも癪で、ランサーも正面から男を見据え、乗っかる形で答える。

「…たぶん会える」

男はまた小さく笑った後そう言うと、今度こそ3番線の方向に消えていった。

「たぶんて何だ、たぶんて…」

適当に躱されたか?
お互い名前も知らない間柄だ。
約束をしたとして守られるとは限らないし、土台であるはずの信用も何も無い。
考えるに、確約は出来ないが会える可能性は高いということだろうか。
とりあえず、一癖も二癖もありそうな面白い人物だとランサーは感じた。
今後の楽しみが増えた気持ちでランサーは駅事務室にクッキーの袋を置き、急ぎ業務に戻った。

「ランサー、これお前の?凄い美味そうな匂いがする」

休憩時、駅事務室に戻るとたまたま居た仲の良い同僚に待ってましたとばかりに質問された。
机に置かれた紙袋から甘い匂いを嗅ぎ取ったものの、受け取った者が不在だったため手を付けずにいたのだろう。

「この間の男性からお礼で貰った。クッキーだってよ」
「へえ、食っていい?」
「一枚だけな」
「ケチだなー」
「文句あるなら食うなよ」

紙袋からアーモンドが細かく乗せてあるクッキーを選び包装を開け、一口食べてみた。
バターたっぷりの程よい甘さのクッキー生地と、かりかりとした香ばしいアーモンドが口の中に広がり、何とも言えない幸福感に包まれかなり美味しかった。

「え、何で固まってるんだ?不味いのか、これ」

ランサーの様子を見て勘違いしたらしく、同僚はランサーとは別のココア生地のクッキーを手に持ち悩んでいる。
食べてはいないが、そちらもきっと美味しいことだろう。

「美味い、美味いから返せ」

嘘でも不味いとは言いたくなくて、同僚のクッキーに手を伸ばすが避けられた。

「そんな言われたら食うだろ」

素早く包装を開け、同僚がクッキーを一口食べる。それから小さい声でうまっと呟き、あっと言う間に全て食べ終えた。

「…なあ、ランサー」
「やんねーよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「んじゃ、可愛く言ってみろよ」
「もう1個ちょーだいッ」
「可愛く言っても可愛くねぇからやらん」
「チクショウ!」
「俺だけのじゃなくて、もう一人の分もあるんだよ。諦めろ」

そう、ランサーだけの物ではない。
救護室で付き添った別の同僚にも渡さないといけないのだ。
勝手に2枚ほど食べてしまったが、まあそこはそこだ。
1枚あげただけでも、感謝してもらいたいくらいだ。

「しかし、どこの店だ?イー?エヌ、シー…なんて読むんだこれ」

同僚は包装にあった店名を言っているらしいが、悲しいかな読めていない。
ランサーも何気に目をやると、Enchantéとシンプルなロゴで書かれていた。
残念ながら聞いたことも、見たこともない。
味からして、洋菓子で有名な店なのかもしれない。
今度、もしまた会えたら聞いてみるか…。
そんなことをぼんやり思いながら、ランサーはクッキーを口に放り込んだ。



「よお、本当に会えたな」

仕事をこなしながら、また会えないものかと辺りを探して5日。
ようやく目当ての人物に会えた。
男は今度は3番線の電車から降車し、ホームに居たランサーを見付けると苦笑を零した。

「たぶん会えると言っただろ」
「まあな、でも確証はないだろ?」
「それはそうだが…。ふむ、少し疑問に思ったのだが聞いて良いか?」
「ん、何だ?」
「朝に私が来た時は、3番線のホームに君は居なかったと思うのだが駅員の仕事は遅出とかあるのか?」

成人済みのガタイの良い男が、首をわずかに傾げる。
それは滑稽であるはずなのに、何故だか可愛く見えてランサーは複雑な気持ちになった。
今日も気温はうなぎ登りだから、また暑さにやられたのかもしれない。そういうことにしておいた。

「遅出と言うか何と言うか、今日は9時出勤でそのまま駅に泊まりだ。明日の通勤ラッシュを終えてから帰る」

男に、自分のシフトを簡単に説明する。
もちろんこのシフトは駅によって違ってくる。
駅員の仕事の基本は泊まりと明けの繰り返しで、間に週休が入る。
業務はホーム、改札、案内、集金と色々だ。
ある程度経験を積んだら車掌への研修を受けたりするが、今のところランサーは受ける気が無かった。
車掌や運転手になり電車を運転するよりも、こうして色々な人々と直接やり取りが出来るホームでの仕事が好きだからだ。
行き交う人々にはそれぞれ違う事情があり、生活がある。
悲しいことや嬉しいことを、駅に持ち込んでくる時だってあるだろう。
そのたくさんの人生に触れたり見たり、一部では思い出として関われる。
そんな駅の仕事にランサーは魅力を感じていた。

「なるほど、結構複雑なんだな」
「慣れるまでは大変だが、慣れたら楽しいぜ」
「君は、この仕事が好きだというのが見ていて分かる」

優しく笑う男に何だか擽ったくなり、身の置き所が分からなくなってランサーは話題を変えた。

「あ、クッキー美味かった、同僚も喜んでたわ。ご馳走さん」
「口あったのならば良かった」
「なあ、包装にあった店の名前何て言うんだ」
「…アンシャンテだ」

男は少しばかり言葉に詰まったが、ランサーは特に気にしなかった。
Enchanté(アンシャンテ)、音から察するに英語では無さそうだと考える。
美味かったから行ってみたいと思い、ランサーが場所を聞こうとした時、男がぼそりと言葉を続けた。

「…私の店だ」
「え、お前の店って、もしかしてあれ、お前が作ったのか?!」

つい声が大きくなり、ちらほらと電車待ちをしていた人の視線を集めてしまった。
男も僅かに眉間に皺を寄せる。
しかし、ランサーにはそんなことはどうでも良かった。
まさかあのクッキーが、目の前の男の手作りだったとは!
今し方知った衝撃的な事実に、頭がいっぱいだった。

「 ああ、私が作ったが悪いかね」

昨今、料理をする男子は珍しく無い。
シェフだって男性の方が多い。
それでもスィーツなどは、女性が作るイメージがある。
私の手作りなど嫌だっただろう?と皮肉る男に、ランサーは千切れんばかりに首を横に振った。

「いや、すげーわ!あんな美味いの作れるって尊敬に値する。特にあの塩キャラメル味のクッキー、美味かった!なあ、また食いたいんだけど、場所はどこなんだ?」

矢継ぎ早にランサーが喋ると、男は目を丸くして驚いている様子だった。

「…ここから三駅ほどだが」
「おお、近いな。どの駅だ?」
「いやあの、もし…」

そこで男が言い淀み、言うか言わまいか悩む。
来させたくないのか、何か事情があるのか。
ランサーは急かさず男が話すのを待った。

「もし、君が良かったらだが、私が持って来るので私の料理を食べて貰えないだろうか?」

少し経って、男が口にしたのはまたランサーが驚くものだった。
正直、ランサー的には美味い物が食べれて願ったり叶ったりだったが、理由を聞かなければ素直に喜んで返事は出来ない。
男に聞けば、ランチ中心のカフェを営んでいて、いつも味見をお願いしていた弟がケガで2週間ほど入院することになったらしい。
両親は海外に住んでいるため不在。
新しいメニューを開発しているが他にお願い出来る人物が居らず、隠し味で入れていたキャラメルクッキーの塩の存在に気付いたランサーに、縋る思いで聞いてみたらしい。

「2日に1回は、弟の着替えを持ってこの駅を利用する。都合が良ければその時に君に渡すから、食べて意見を聞かせて欲しい」

ランサーと初めて会った日は、弟の入院初日で病院に向かう途中で倒れた。
3番線の行き方をランサーから聞いた日は、弟の病院へ改めて行く日だった。
今後、弟へ会いにこの駅を使用するため〝たぶん会える〟だったのだろう。
聞いてみれば、まあ納得出来る話だった。

「…いや、やはりいい。見ず知らずの男の料理など、食べたくない気持ちは分かる。忘れてくれ」

ランサーが答える前に何を思ったのか、勝手に決めて男が無かった方向に話出した。
これまでの会話の中で感じたことだが、どうもネガティヴ思考の持ち主のようだ。

「名前は?」
「え?」

男の話を遮り、ランサーが聞く。

「名前、俺はランサーだ」
「アーチャーだ」
「これで見ず知らずじゃ無くなっただろ?料理、食うから持ってきてくれよ、アーチャー」

笑ってアーチャーを見れば、アーチャーはぽかんとした顔からランサーと同じく笑顔を零した。
それがあまりにも胸にきたので、ランサーはちょっと動けなくなった。
胸が、そうあれだ。
久方ぶりに苦しい。

「君はとても懐が広いな、ありがとう。よろしく頼むよ、ランサー」
「お、おう」

こうして2人は連絡先を交換し、不思議な関係が出来上がったのだった。



「ランサー、愛妻弁当を一口くれ」
「やんねーよ」

アーチャーと約束をしてから早13日。
アーチャーから受け取った味見を頼まれた弁当を食べていると、シフトが一緒だった同僚に絡まれた。
ランサーの以前の昼食は、もっぱらコンビニや駅弁、そこらにある飲食店だったのだが、いきなり手の込んだやたら美味そうな弁当を持ってきたため、皆から愛妻弁当じゃないのかと勘違いされている。
最初のうちはランサーもちゃんと否定していたが、もう面倒臭くなりそのままだ。

「今日は何入ってんだ?もやしとほうれん草、人参のナムル?鶏肉の照り焼き?あー、相変わらず美味そう…」
「見るのは良いが、やらねぇからな」

色とりどりに綺麗に盛り付けられた弁当を片腕で囲み、奪われないように睨んで牽制する。
同僚は苦笑しながらランサーから離れ、コーヒーを入れ始めた。

「お前がくれないのは分かってるよ。冗談だろ、冗談」
「なら毎回言ってくるなよ、面倒くせぇ」

ハムと大葉で巻かれた焼きチーズを箸に取り、口に入れる。
焼きチーズにかけられていた黒胡椒が、ピリリと効いていて美味い。
アーチャーからは、弁当の中で特に美味かった物と、こうした方が良いのではないかという改善点を教えて欲しいとのことだった。
果たして自分なんかの意見で良いのか?とランサーはアーチャーに聞いたが、君の味覚は確かだと変な自信を持って言われた。
本人が良いと言うので、ランサーは食べて思ったことを遠慮なくアーチャーに伝えている。

「その弁当って、あれだろ。倒れた長身の男が持ってきてるんだろ?弁当屋か何か?」

業務中に受け取るのは流石に憚れたので連絡を取り、ランサーの出勤前などに渡されている。
駅事務室の近くでもやり取りしてるので、目撃していてもおかしくはない。

「飲食店経営だってよ。何だかんだ色々あって、期間限定でメニューの味見をすることになった」
「何だそりゃ」

詳細を言う気は無いので、ざっくり適当に話す。
同僚もそれを察してか、深くは聞いてこなかった。
駅事務室にコーヒーの匂いが広がり、ランサーも食事を終え弁当をハンカチで包み、コーヒーを飲むことにした。
カップを手に取り、ふとポットの傍に置いてあったカレンダーに目をやる。
アーチャーとの約束が明日で終わる。
この約束が終わったら、自分とアーチャーの関係はどうなるのだろう…。
挨拶をする程度の、普通の駅員と客に戻るのか。
駅で会えればまだ良いが、弟が退院したらアーチャーはこの駅を使用しなくなり、もう二度と会えなくなりそうな気がする。
それはどうしても避けたい。
ランサーはアーチャーをもっと知りたいと思っているし、アーチャーにも自分を知ってもらいたいと思っている。
これから色々な話をしたいし、一緒に経験したい。
親しくなりたい、特別な存在になりたい。
もう数日前から、ランサーは己の気持ちに決着をつけていた。

(アーチャーが好きだ。)

もちろんそこに行き着くまでは悩んだし、気持ちを誤魔化したりもした。
でも、いつだって思考の半分以上をしめているのはアーチャーのことで。
入り込んで消えないものをずっと否定し続けるのは、認めてしまうことよりランサーには難しかった。
明日、会う約束はしてあるのでその時に告白するつもりだ。
男同士で迷惑だろうとか、ふられたらどうするとかは、とりあえず考えるのは後回しにした。
そんなものを考えた所で、結局気持ちは変わらない。
玉砕覚悟の告白を前に、ランサーは暑いコーヒーを一気に気合いで飲み干した。
午後の業務に入るため7番線のホームに戻ると、この時間には珍しい人物を見つけた。

「ランサー、今日はホームなのね」

凛はいつもの制服ではなく、白いシャツに薄手の黒いカーディガン赤のスカートという私服姿で、本日も変わらず蒸し暑い中、不思議なくらいシャキッと立っていた。

「あー、そうか土曜か。学生は休みだな」

そういえば、今朝は通勤ラッシュが落ち着いていたなと思い出す。
本日ランサーは泊まり勤務で、明日の午前中に引き継ぎをし帰宅予定だ。
アーチャーとは3番線のホームで10時に会う約束をしている。
3番線はこの駅から先に二駅しかなく、乗車客が少ない。
工場地帯で住宅も少なく、あるのは少し有名な総合病院のみ。
約束をした時間帯は特に人が疎らで、ホームには居ても大体2・3人くらいほどだった。
だからでは無いが、弁当箱返却を理由に珍しく業務時間内にアーチャーと会うことにした。
なるべく早く会いたかったし、告白が上手く行ったらそのまま一緒に昼食でもと思ったからだ。

「何か心ここにあらずって感じね」

いきなり鋭いところを付いてきた凛に、ランサーは内心顔を引きつらせたが、表面上は何とか繕った。

「そうか?まあ、これだけ暑かったら、ボーッともするわな」
「確かに、日本のこのジメジメとしてる癖にやたら暑い気候は不愉快でしかないわ」

深く探る気はないのだろう、それとなく誤魔化したが、凛は特に気にするでも無く空を睨んでいた。
景色が陽炎という光の屈折の現象で、揺らいで見える。
天気予報はしばらく晴れが続き、気温も上昇すると言っていた。
蝉もそろそろ鳴き始め、夏本番となるだろう。

「遠坂ー」

ランサーが帽子をかぶり直していると、凛と同世代くらいの赤茶の髪の少年が、こちらに足早にやって来た。

「士郎、早かったわね」
「いや、駅員と一緒に居るのが見えたから、遠坂のことだからまた何か揉めてるのかと思って」
「あらー、それはどういうことかしらー?」
「あー、あはは…」

心配して急ぎやって来たは良いが、うっかり零してしまった失言に少年は笑ってどうにかしようとするが相手が悪い。
笑いながらも、ドス黒いオーラを出している凛に追いつめられている。
少年が視線を逸らしたところで、ランサーと目が合った。
年相応の幼さがある顔だが、何となく知ってる誰かに似ている気がした。

「あ!えっと、遠坂の知り合いですか?」

分かりやすくこちらに逃げて来た少年を足蹴にするのも可哀想なので、ランサーは助けてやることにした。

「おう、4月からの付き合いだな」
「以前言ってた、礼儀のなってないトリ頭の男供に絡まれた時、助けてくれたのがこの駅員なの」
「…ああ、言ってたな」

どうやら話はしてあったらしい、少年は素直に頷きランサーに名乗った。

「衛宮士郎です、遠坂とは同級生で何かと世話になってます」
「ランサーだ、大抵この駅の何処かでぶらぶらしてる。堅苦しいのは苦手だから、敬語じゃなくていいぞ」

同級生と聞いてちらり凛を見る。
親しげな雰囲気から、それ以上の間柄でもおかしくないと思ったが凛から特にリアクションは無かった。
出会って数分しか経ってないが、士郎からは出来た人間っぽいものを感じる。
確証は無いが、以前凛が愚痴ってたのはこの士郎のことだろう。
凛が士郎のことを憎からず思ってるのは知っている。
果たして進展するのかしないのか、まだなのかこれからなのか。
どちらにしても青春だなと、ランサーは口の端を上げた。
そんなランサーの考えを察したのか、凛が面白く無さそうに口を開く。

「そろそろ仕事しなさいよ」
「ぶらぶらしながら仕事してんだよ。んじゃまあ、そろそろ行くわ」

二人の邪魔になるのでランサーはその場から離れようとした時、士郎が「ん?」と変な声を出した。

「何?どうしたの、士郎」
「あれ?もしかして…、兄貴が言ってた駅員ってランサーか?」
「アーチャーが?」

今、聞き捨てならない名前を聞いた。
凛がアーチャー、アーチャーと言った。
そして士郎は兄貴と。
どういうことだ?
アーチャーの話では、弟は今週いっぱいまで入院しているはずだ。
入院していたのは、士郎ではなかったのか?
それとも他にも兄弟が居るのだろうか?
頭に次々と浮かぶ疑問の答えは、今、目の前にいる人物が知っているはずだ。
胸がざわつき、逸る気持ちを抑えながらランサーは士郎に聞いた。

「士郎って、アーチャーの弟なのか」
「ああ、そうだよ。やっぱり、兄貴が言ってた味見を頼んだ相手ってランサーか。試食、知り合いの綺麗な駅員に頼んだとか訳の分かんないことを言ってたんだけど。俺のせいで迷惑かけたみたいで、ごめん」

凛は隣で何の話か分からず首を傾げているが、後で士郎が事情を説明するだろう。
アーチャーと凛の関係も気になるが、今は別に早急に知りたいことがある。
ランサーは慌てず、更に話を続ける。

「お前、怪我はもう治ったのか?」
「あー、ケガって言っても捻挫で、頭を打ったからついでに1日だけ検査入院しただけなんだ」
「驚いたわよ、階段の踊り場でふざけていた男子をかばって落ちるなんて」
「…遠坂、ちなみにそれってどっちの意味で驚いたんだ?」
「落ちたのも、お人好しさにもどっちにも」

二人の微笑ましいやり取りが、ランサーには遠くに聞こえる。
景色も何もかも、全てが遠くに感じる。
和かに話を聞いてるふりだけ努め、頃合いを見て二人に仕事に戻ると告げ、ランサーはホームの監視位置まで戻った。
今の話で、確かなことがあった。
弟の士郎はすぐに退院している。
アーチャーは嘘を付いている。
ランサーに、とびきりの嘘を付いている。



「弁当、ありがとな。相変わらず美味かった。特に海老のすり身が蓮根に挟まってたやつ、美味かったわ」
「そうか、なら良かった」

日曜日、約束の時間にホームの端で待っていると、アーチャーが5分前にやって来た。
ランサーは洗った弁当箱を返し、たわいも無い会話を交わす。

「今日も腹が立つくらいあちぃな」
「もう夏だからな、今日の最高気温は32℃らしい」
「マジか」

少しの沈黙。
周りに人は居らず、生活音だけが辺りに響く。
屋根があるから直接日光には当たらないものの、お互い額や首にじわり汗が浮かんできた。
しかし今は、そんなものはどうでもいい。
話さなければならないことがある。

「今まで、ありがとう。君のお陰で助かった」

ランサーが口を開く前に、アーチャーが切り出してきた。
何処か寂しげに笑い、この関係は終わりだと口にする。

「改めて謝礼が出来ず申し訳ない。ただ本当に感謝している。また、いつか会えたら…」
「会えるだろ」

アーチャーの言葉を遮った。
表情にも声にも感情を乗せず、淡々とランサーはアーチャーに言う。

「連絡して、約束すれば会えんだろ。それなのにアーチャー、何故俺に店の場所を教えないんだ?教えてくれたら食いに行くのに、お前は何度聞いてもはぐらかすよな」
「ッ…」

返答に困り、ふるりとアーチャーの睫毛が震える。
それを冷静に目で追いながら、ランサーは場違いにも綺麗だなと思った。
睫毛も目も、揺れる様が相変わらず綺麗だと思った。

「2週間にこだわる必要があるのか?」

返答なく黙ってしまったアーチャーに構わずランサーは話を続け、核心に触れる。

「弟の入院なんて、嘘なのに」

驚きのあまり目を大きく開け、アーチャーがランサーを見た。

「…な、何故ッ」

知っているのか、声には出ていなかったがそう聞いているのは分かった。
ランサーはやはり感情無く、冷静に答える。

「お前の弟に昨日会った。世間てやつは狭いな、実は前から遠坂の嬢ちゃんとも知り合いなんだわ」
「凛と…、その繋がりでか…。確かに出かけるとは言っていたが」

まさかこの駅を利用し、弟がランサーと出会うとは思っていなかったらしい。
凛とランサーの関係を知らないアーチャーとしては、弟とランサーが出会ったとしても、接点が何も無いから話すことはないだろうと安心していたのかもしない。

「なあ、何でそんな嘘を付いたんだ?」
「それは…」

動揺のためかアーチャーの手に力が入り、持っていた弁当箱入りの紙袋が大きく鳴った。
アーチャーは俯き、唇を噛み締める。
ランサーは別にアーチャーを責めたい訳では無い。
ただ知りたいだけだ。
アーチャーの本音を、気持ちを知りたい。それだけだ。
お互い黙ったまま、時間が経過する。

『まもなく3番線を、急行電車が通過致します。ご注意下さい』

ポーンという音とともに、二人の間にアナウンスが流れる。
時計を盗み見ると、10時20分を指していた。
急行電車がこの駅を通過するのは25分。
通り過ぎる頃に、ランサーと交代の同僚がやって来る。
そこでタイムアウトと言えるだろう。

「騙していたのは申し訳ない。許してくれとは言わない」

ようやくアーチャーから聞けた言葉は、謝罪だった。

「俺は理由が知りたいんだ」

電車が近付く音がする。
ランサーは素早く周りを確認すると、急行電車に通過可能の合図を出した。
急行電車が目の前を通り過ぎる。
その音に紛れて、アーチャーが言った。

「君が…、居るからだ。君がこの駅に居るから、嘘を付いてでも会いたかった…」

あの時彼に助けられ、礼をして、それで終われば良かった。
もう一度、あの紅い瞳が見れたら満足だった。
しかし、実際に会ってしまえば違う感情が湧き出てきて、騙してまで会いたいという自分の浅ましい欲を優先してしまった。
そうアーチャーは、白状した。
本当は咄嗟に口に出した2週間で、それら全ての気持ちにカタを付けるつもりでいた。
でも出来なかった、それが今だ。
ランサーに聞こえたか聞こえなかったか分からなかったが、どちらでもアーチャーは構わなかった。
嘘がバレてしまった今、ランサーの前から立ち去るだけだ。

「やっと言ったな?」

それが叶わなかったのは、ランサーがあまりにも嬉しそうな顔を見せたからだ。
気付いた時には腕を掴まれて、逃げることは不可能になっていた。

「ラ、ランサー」
「アーチャー、俺はお前が思ってるよりも良い人なんかじゃないんだぜ?裏がなけりゃ、知らない男の弁当なんて食わねーよ」
「え、…は」

いきなりのランサーの発言にアーチャーは付いて行けず、何度も瞬きを繰り返す。
彼は何と言った?
全てが純粋な善意ではなく、裏があった?
思考が巡り混乱しているアーチャーに、ランサーは綺麗な笑顔を向けた。

「なあ、アーチャー、まだ分からないか?俺はここ以外でも会いたいってずっと言ってるだろ。それってつまり、お前が好きだから会いたいんだ」
「ッ!」

アーチャーの手から、弁当箱の入った紙袋が落ちる。
大きな音がしたそれをゆっくり拾いあげて、ランサーはアーチャーに渡した。

「また作ってくれよ」

弁当じゃなくても、お前の料理を食べさせてくれと笑う。
アーチャーは信じられないものを見た様だったが、息を小さく吐き、どうしたら良いのか分からない複雑な表情の笑顔を返した。

「き、君がそれを望むなら…」

ランサーが腕を伸ばし、アーチャーを抱きしめようとした瞬間、パチパチ拍手が鳴った。

「おめでとう!でもそろそろ俺に気付いて?」

そこにはランサーと交代の同僚が立っていた。



凛と士郎とランサーは、ランチ営業後に閉めたアーチャーの店Enchantéに集まっていた。
ランサーがザッと今までの経緯を話し、二人は大人しく最後まで口を挟まず聞いていた。

「はー、そう言うことだったのね。士郎から多少は聞いたけど、ようやく全容が分かったわ」

話が終わり、凛は士郎の隣でスッキリした顔で勢い良くアイスティーを飲んだ。
士郎は身を縮こませ、ただただ固まっている。
身内の微妙な恋愛事情を、どう受け止めて良いのか分からないのだろう。
話している途中、一人百面相をしていた。
手付かずだった士郎のアイスコーヒーの氷が、カランと涼しげに鳴ったところで片付けをしていたアーチャーが戻ってきた。

「話は終わったかね」
「おう、大体な」

アーチャーは黒の質の良さそうなエプロンを外し椅子にかけ、ランサーの隣に座った。
それから気まずそうに謝罪する。

「何やら色々と迷惑を掛けてすまない」
「迷惑を掛けられた覚えは無いけれど、私に話が一切なかったのは面白くないから謝罪は受けるわ」

アーチャーから聞いたが、凛と士郎とアーチャーは家が近く、昔からの幼馴染だそうだ。
そして、見ての通り二人とも凛に頭が上がらない。
物事をテキパキ決めていく凛に、ひたすら付いて行く感じだったらしい。

「士郎の方がダシに使われたんだから、士郎が何か言っても良いんじゃない?」

いきなり話を振られ、士郎がびくりと体を揺らした。
皆の視線が、士郎に集まる。

「い、いや、俺は特には。元はと言えば、俺が怪我したからだし」
「そうね」
「そうだな」
「……」

何故か凛とアーチャーの二人にきっぱり言われ、士郎が押し黙る。
ランサーはその様子を見て、士郎がやたら出来た人間なのはこれが要因かと納得した。
士郎には悪いが、見てる分には面白い。

「しかし、君とランサーが知り合いだとは知らなかった」
「知り合いと言っても、まだ3ヶ月くらいだけどね。何か目立つ駅員が居るとは、思ってたわよ」
「ん、俺?ああ、まあ目立つか」

自分の容姿をランサーは自覚している。
正直、逆ナンなんてしょっちゅうあるし、時折街中で雑誌の記者にインタビューをされたりもする。
良いのか悪いのか、老若男女にやたら絡まれるので、自己防衛のため体は鍛えていた。

「俺もすぐに分かったよ、兄貴が言ってたのはランサーだって」
「へー、アーチャーは俺のことどんな風に言ってたんだ?」
「綺麗で太陽みたいな…」

好きな相手が自分をどの様に評価したのか気になり、ランサーは身を乗り出すが、アーチャーが慌てて止めに入った。

「士郎、もうそれ以上言わなくていい」

言外に、言ったらどうなるのか分かっているんだろうな?と脅迫めいたオーラが出ていたため、士郎は青褪めてまた黙った。
途中までしか聞けなかったのは残念だが、また後で士郎にこっそり教えて貰おうとランサーは思う。
バレた時は、士郎に頑張ってもらえば良い。

「…それよりも凛、私としては気になることがあるのだが」
「何?」

アーチャーは真剣な面持ちで、手を硬く組みながら凛に尋ねた。

「君はあの電車を利用していて、大丈夫か」
「どういう意味?」

アーチャーにしては珍しく、曖昧な物言いに凛が眉を顰める。
アーチャーは余程言いづらいのか、凛から視線を逸らし、またらしくもなくもごもごと言葉を濁していた。

「何、聞こえないわよ」

痺れを切らした凛に促され、一瞬アーチャーが躊躇うも、覚悟を決めたのか漸く重い口を開いた。

「…あの電車、痴漢がいるだろ」

タイミング悪く、ブハッと飲んでいたアイスコーヒーを噴き出したのは士郎だ。
ランサーは咄嗟に耐えた。
しかし、あまりの衝撃的発言にアーチャーを凝視する。

「出くわしたことは無いけど、居るでしょうね」
「そうか、被害にあってないならいいんだ」
「そう言うアーチャーは、被害にあったってことよね?」

凛の返しに、空気が凍った。
ホッと安堵の息を吐こうとしていたアーチャーが、先程の士郎と同じく固まっている。
その態度から、質問の答えは明白だった。
これにはランサーも黙っていられない。
好きな相手が、どこぞの見知らぬ輩にイタズラされてるのを許せるわけが無い。
物凄い勢いで隣のアーチャーに詰め寄る。

「ちょっと待て、アーチャー、お前痴漢されたのか?!」
「いや待て、違う!違うぞ!私のはきっと勘違いだ」
「どんな勘違いか教えて、それからこちらで判断するから」

否定するも、凛に有無を許さないにこにこ笑顔で言われ、アーチャーはぐっと歯を噛み締めた後に詳細を話し始めた。

「いつも鞄が当たるんだ」

何処に?とは誰も聞かない、大体想像がつく。

「おい、鞄だけか?」

目が座ってきたランサーが、思いの外低い声でアーチャーに聞いた。

「鞄だけだ、だから違う。毎回同じ相手だが、そういうこともあるのだろう。男の、しかも厳つい私に痴漢などする奇特な輩などおるまい。自意識過剰だった、私の勘違いだ」

明らかにおかしく墓穴を掘っているが、アーチャー本人は分かっていない。
自分に矛先が変わってしまい、あまり掘り下げたくない話を早々終わらせようとしている。
しかし、それを許してくれる者はこの場に誰も居なかった。

「アーチャー…、どんな奴だ?」
「普通のサラリーマンだと思うが」
「容姿は?特徴は?どの電車のどの車両に居る?」
「知ってどうするんだ?」

ランサーからは殺気が漂い始め、アーチャーは訳が分からないと首を傾げる。
凛は変わらずにこにこしているが、それが何故か逆に恐ろしい。
士郎は目を閉じ、相手の身を犯罪者とはいえ密かに案じた。

「とりあえず、お前はもう電車に乗るな」
「何故だ?」
「いいから乗るな」
「それは出来ない、君の制服姿が見れなくなってしまうではない…か…!」
「!」

ランサーの目が点となる。
言ってから気付いたらしいアーチャーは、即座に席を離れようとするが、ランサーに手を掴まれ阻まれた。

「…遠坂」
「…何?」
「俺の心が保たないから、もう行こう」
「そうね、これ以上は野暮ってものよね」

もうお互いしか目に入ってない二人を残し、凛と士郎はそっと店を出た。
その後、ランサーがアーチャーに痴漢プレイを迫ったとか迫ってないとかはまた別の話。

Comments

  • わんわんお
    September 20, 2024
  • September 3, 2022
  • そー
    October 22, 2017
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