「テロ」決行した右翼活動家、逮捕後に知った「裏切り」

小早川遥平

きょうも傍聴席にいます

 「歴史に残る右翼事件になるに違いない」。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の中央本部に向けて銃弾を撃つ計画に加わった右翼活動家はそう信じて疑わなかった。しかし、逮捕後に待ち受けていたのは、思わぬ「裏切り」だった。

 10月9日、東京地裁426号法廷は二重のボディーチェックが敷かれ、厳重な警戒だった。入廷した右翼活動家(57)は傍聴席の支援者に向かって照れ隠しのように「アホ」とささやきながら、共犯として起訴された元暴力団員(47)とは別の被告人席に腰掛けた。

 起訴状によると、2人は今年2月、活動家が運転する車で東京都千代田区の朝鮮総連中央本部前に乗り付け、元暴力団員が門扉に拳銃5発を撃ち込んだ。現場の機動隊員に現行犯逮捕された活動家は「北朝鮮ミサイル発射に堪忍袋の緒が切れた。車で突っ込むつもりだった」と供述。朝鮮総連はすぐさま「(朝鮮民主主義人民)共和国と在日朝鮮人に対する許しがたい暴挙」と糾弾した。

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 法廷で検察側などが明らかにした証拠によると、事件はこんな経緯で起きた。

 両被告は3年前、仕事を通じて知り合った。10歳年下の元暴力団員は土木会社の社長として活動家の仕事や住居の面倒を見ながら、右翼活動も支えていた。

 突然、「これで総連をやろう」と元暴力団員が拳銃を見せながら迫ったのは、活動家の自宅で鍋を囲んだ今年2月17日。活動家は深く事情を聴かなかったが、「警備の目を引きつけるために近くで街宣をしてほしい」と頼まれて、応じた。

 翌日、元暴力団員は朝鮮総連の近くで街宣車を降りたが、「道を間違えて機動隊員に囲まれた」と言いながら車に戻ってきた。最初の「テロ」は失敗に終わった。

 自宅に居座って帰ろうとしない元暴力団員に、活動家はしびれを切らせ、「何があったのか」と尋ねた。そうすると、元暴力団員はおもむろに服をめくり、腹を見せて「もう命がない」と打ち明けた。細身の体の腹だけがぱんぱんに膨らんでいた。

 それから数日、2人はどこに発砲するかをめぐって夜な夜な言い合いを続けた。活動家は「拳銃は対人兵器。国賊をやらないと」と、大物政治家の実名を挙げた。だが元暴力団員は「朝鮮総連でいいんじゃ」と譲らず、拳銃に手をかけてにらみ合った。2階から下りてきた、活動家の内縁の妻が「うるさい。近所迷惑でしょ! 朝鮮総連でいいじゃない」と叱ると、言い争いは終わった。

 決行は2月23日未明に決まった。活動家は故郷・兵庫県姫路市の土地を売却する権利や携帯電話を解約する委任状を妻に託し、敬礼して「行ってきます」と伝えた。午前3時半すぎには「風邪をひかんように、もう寝ろよ」と電話も入れた。

 「本当は2人が私から離れてしまうのは嫌で、何度もやめるように言いましたが聞いてくれませんでした。私が知っていたことを話すと、私も逮捕されて娘が1人になってしまうので、なかなかお話しできませんでした」。法廷で読み上げられた妻の供述調書はそう締めくくられていた。

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 なぜ朝鮮総連だったのか。公判の2日目の被告人質問では、これが焦点となった。

 肝硬変が悪化して余命4~5年であることを明かし、発砲を認めた元暴力団員は右手で握り拳をつくって左手で包み込む動作をしてみせるなど、銃の腕前を誇り、「人を傷つけるつもりはなかった」と強調した。だが、なぜ事件を起こしたかについては「あーだ、こーだ言うつもりはないです」と口をつぐんだ。

 検察官の質問には挑発するような口調で答え続けた。

 検察官 「威嚇は誰に対して?」

 元暴力団員 「お好きなように」

 検察官 「総連の関係者に恐怖を与えるため?」

 元暴力団員 「揚げ足を取ろうとしているのは分かるんですが、けがをさせるためではないと言っている」

 検察官 「では誰に向けて?」

 元暴力団員 「国です」

 検察官 「北朝鮮に対して?」

 元暴力団員 「そうです。さっき言いましたやん」

 審理を通じてむしろ浮かんだのは、元暴力団員が朝鮮総連を狙う動機が希薄だったことだ。右翼活動をしたことはなく、現場で取り押さえた機動隊員も法廷で「活動家は把握していたが、元暴力団員は知らなかった」と証言した。事件後に有名右翼から差し入れを受けたと指摘されたが、「どういう人なのか、顔も知らない」と答えた。そもそも朝鮮総連の正確な場所すら把握していなかった。

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 なぜ、そんな元暴力団員に活動家は協力をしたのか。1992年、天皇訪中に反対して首相官邸前でトラックを炎上させる事件を起こし、右翼の連合組織の幹部も務めた活動家は近年、在日コリアンを非難する右派系市民グループに接近し、排外主義的なデモに顔を出していた。

 弁護人 「あなたは右翼の中ではどういう評価を受けている?」

 活動家 「右翼のリーサル・ウェポンと称されたり、おまわりの中では日本で5本の指に入るテロリスト、軍国主義の亡霊という評価もありました」

 弁護人 「内縁の奥さんとの関係は?」

 活動家 「3年前の終戦記念日靖国神社で出会いまして。自分の方にも妻の方にもガキがおりましたので、ガキが成人したら籍を入れる予定でした。靖国で爆発事件のあった新嘗祭(にいなめさい)の日が初デートで」

 元暴力団員とは対照的に、身の上を語る表情はどこかうれしそうだった。話は元暴力団員にも及んだ。

 活動家 「若くして組の直参もつとめ、親分に代わって懲役も受けている。自分より若いけれども尊敬の対象でした」

 弁護人 「なぜ総連を狙うのか、聞かなかったんですか?」

 活動家 「シャバにおれん事態があったのかと思った。右翼の義挙は下心があってはいかん。だから、あえて聞かんようにした」

 元暴力団員が初日に道を間違えて街宣車に戻ってきてから、活動家が計画を主導していくことになる。

 活動家 「どうしたんです、言うたら、『道を間違えて機動隊に囲まれた』って。もう冷や冷やですわ。拳銃が見つかったら元も子もあらへん」

 23日午前4時ごろ、警備の機動隊員がいなくなるタイミングで正門前に横付けし、発砲する――。犯行は活動家の提案通りに実行された。

 弁護人 「なぜ23日に?」

 活動家 「22日は竹島の日で、前日から右翼の警戒態勢が敷かれる。警備が緩んだ翌日が成功する可能性が高いと思った」

 弁護人 「なぜ政治家を狙うことをあきらめた?」

 活動家 「二兎(にと)を追う者は一兎(いっと)をも得ず。決死の思いをちゃらにするのはあかんと」

 弁護人 「当時はどういう思いでしたか?」

 活動家 「右翼である以上、テロをやらないと成り立たない。でも、最近の右翼は偉そうなスローガンを掲げて何もやっていない。右翼でもない素人が右翼以上のことをやろうとしている。死に花を咲かせてやろうと思っとったんや」

 最後は涙声になりながら声を振り絞った活動家は、逮捕後も法廷で陳述しようと決起文を準備していたという。だが、起訴直前に思わぬことが起きた。

     ◇

 取調室で活動家は、目を疑うようなメールを担当検事から見せられた。

「大好きな○○くん」「この年になって男の人を好きになることに驚いている」「チャパ(活動家の愛称)を捨ててあなたと一緒になりたい」

 事件の1カ月前、愛する妻から元暴力団員に送られていた内容。とどめになったのは、2人のLINEのやり取り。

 妻 「チャパからメールがあったので、まだパクられていないようです」

 元暴力団員 「がんばれ警視庁」

 元暴力団員 「勾留してよ」

 妻 「賛成」

 活動家が警察に逮捕されることを望むかのような内容が、法廷のスクリーンに大写しにされた。

 死に際に元暴力団員が選んだのは、信念による「テロ」ではなく、活動家を事件に巻き込み、自分が愛する女性と引き離すこと――。活動家の弁護人はこう主張した。

 活動家 「どうですか、裁判長をはじめ、男の皆さん。そこまで嫌いなら道連れにするでしょ。自分がメールをもらったらそうしますよ」

 独特な表現を使いながら、自らは事件の被害者であることを訴えた。

 弁護人 「今は事件をどう思っていますか」

 活動家 「右翼全部への裏切り。世間をだました。仮に共犯であることを認めても、詐欺、姦通(かんつう)罪の元暴力団員は2割増し、自分は2割引きされてしかるべきだ」

 弁護人 「今後の右翼活動は?」

 活動家 「ここまで恥をかきましたから、引退して余生は英霊の墓守に徹します」

 弁護人 「周囲の人に恐怖を与えたことについては?」

 活動家 「お国のための義挙ならお国の皆さんに我慢してもらわないといけないが、今回はご迷惑をかけた。申し訳ないです」

     ◇

 質問は検察官に移った。

 検察官 「逮捕後に『車で突っ込むつもりだった』と言ってましたよね?」

 活動家 「見えをはったんだよ」

 検察官 「これまでも銃刀法違反で裁判を受けたことがありますね。日本には日本のルールがある」

 活動家 「反省はある。今回はだまされて、くみしてしまった」

 検察官 「どういう理由であっても拳銃は使ってはいけないと思いますが」

 活動家 「そういう気持ちはあります。やるなら火炎瓶にするとか」

 検察官 「火炎瓶でもいけないんですがね」

 活動家 「まあね」

 傍聴人から失笑が漏れた。

 在日朝鮮人社会を恐怖に陥れたことについて、活動家から言及されることはなかった。元暴力団員も、明確な動機は最後まで語らなかった。検察側は論告で「いかなる理由があろうとも、危険極まりない暴力的犯行が正当化される余地はない」として両被告に懲役10年を求刑した。

     ◇

 迎えた12日の判決。家令和典裁判長は活動家の刑事責任について「計画段階、実行段階で主体的、積極的に関与し、果たした役割が犯行の遂行に極めて重要であったこと、犯行の実現に自分なりに積極的意味合いを見いだしていた」などと指摘。元暴力団員が事件を持ちかけ、発砲をしていることを踏まえても、「互いの役割を果たしつつ、朝鮮総連を襲撃する犯罪を遂行するという合意、計画の下、実行した」として共同正犯と認定した。

 そのうえで量刑について検討し、「人に危害を加える意図がなかったにせよ、行為は危険だったと言わざるを得ず、同種事案の中で軽い部類に属するとはいえない」と判断。元暴力団員が犯行を持ちかけ、実際に発射したことを考慮すると「刑事責任は活動家の方が若干軽い」と述べ、元暴力団員に懲役8年、活動家に懲役7年を言い渡した。

 元暴力団員はうつむき加減で判決を聞き、最後まで言葉を発しなかった。活動家は判決後、傍聴席に向かって「同志の皆さん」と発言しようとしたところを制止され、刑務官に連れられて退廷した。

 元暴力団員がなぜ朝鮮総連を狙ったのか。これは「テロ」だったのか。活動家の妻との関係は影響したのか。判決で、これらの事柄は触れられなかった。

 検察、両被告とも控訴せず、判決は10月26日に確定した。

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この記事を書いた人
小早川遥平
中国総局
専門・関心分野
中国社会、平和、人権

連載きょうも傍聴席にいます。

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