ジューンブライドの憂鬱(槍弓)
グランドオーダーを見届けました。美しく素晴らしい物語でしたね。多くは語りません。
その記念に一番最初に本にした槍弓を再録してみました。少しばかり長く、今読み返すと拙い部分もたくさんあるんですが
我が家のカルデアの二人として、お時間のある時にでもじっくり味わってもらえたら感無量です。
思えばたくさん鯖を書いていたものですね。ネタとしては大好物を詰め込みました。
以下本に記載していた注意書きです。
・槍弓ですが、弓愛されです。カルデアメンバー全てに愛される弓がいます。完全に趣味です。尚成立カップリングは槍弓だけです。
・肉体関係先行の両片思いの癖に結婚式を挙げようとして失敗するラブコメ、切なめ、いちゃらぶと大分忙しいテンションになっています。
・黒弓が大分弓を大切にしています。兄弟愛のようなものです。影弓もいます。槍弓広義なので狂王黒弓もキャス影弓も同じ世界線です。
・安心して下さい、我が家のいつもの槍弓です。紆余曲折あっても結局はハッピーエンドなので、そういうのが大好きな方はよろしくお願いいたします。
これで終わってしまうのかと思うと本当に寂しい思いでいっぱいなんですが
ホロアタみたいに最後のお祭り騒ぎしてくれないかな~~~の気持ちで溢れ返っています!
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ジューンブライドの憂鬱
「――結婚式を挙げようと思うんだが、頷いてくれるか?」
「――……、……っ、…………あぁ、いいんじゃない、か」
目を見開いてごくりと息を飲み込んで、それでも感情を露わにすることなく返答を紡げたのは本当に奇跡だった。
彼の前では無様な表情を向ける真似のないようにといつも鉄面皮を装ってきた甲斐があるというものだ。それ程の衝撃で、またそれ以上の衝動だった。
どくどくと心臓は煩く鳴り響くけれどそれは良い高鳴りなんかじゃない。からからに喉は乾くし冷や汗が沸き出て止まらなくて、きっと医療組に見られたら異常なバイタルだと診断を受けて病室に縛り付けられただろう。
ぱりぱりと音がする。恐らく心が軋む音だ。僅かに入った罅がそこから亀裂を生んで粉々に砕け散っていく断末魔。きっともう修復不可能なくらいには辺り一面に散らばってしまった、正にそんな心象風景。
「そうか、頷いてくれるか……てめぇのことだから、そういうの嫌がるかとも思ったんだが」
「……そう、だな……戦の最中で何を、と詰め寄ることも出来ただろうが……薄暗い話題ばかりでなく、カルデアに温かな催しを与えられるんだ。それは、きっと、悪いことではないと、思う、から、」
「ははっ、さすがカルデアきってのオカンだなぁ~何よりマスターの喜ぶ顔を望むてめぇらしい返答だ」
「それ、は……いや、そうだな。マスターがそれを望むのなら、催しを厭う理由は、あるまい。誰かの笑顔は、間違いなく、暗い影を拭うだろう、さ」
違う、それは君が、今君が何より幸せそうな表情を向けてくるからだ。そんな本心すらもう言えなくなってしまった。だってこんなにも私は彼にとって無益な存在でしかないのだと突き付けられている。
君も幼いサーヴァントたち程までとはいかないが、それなりに賑やかな宴を好む性質だったものな。まさか望んだその内容が自身の結婚式だとは思ってもみなかったけれど。
むしろ相応しい誰かが幸せそうに微笑むのを、杯を交わしながら二人眺める景色こそが常であったと。そう信じ切っていた私が愚かでしかなかったのだろう。
本当、自分の役職を忘れて浮かれて自惚れて溺れてしまうからこんな痛い目を見るんだ。いい教訓になったじゃないか。私がここで散々駄々を捏ねて我儘を叫ぶような者ではないとそんな信頼を向けられている。
それほど私達の関係性など彼にとって路傍の石に過ぎないものだったんだろう。それにマスターが喜ぶ景色になるという彼の発言が真実なら、もう本当に詰みだ。
いつの間に知らぬ内にと糾弾する暇も与えられないまま、誰もが喜ぶ二人の形が確立されているというのなら。私がこれ以上彼に対して足掻ける要素など何一つない。
今まで見たことのないはにかむような浮かれた表情を彼は向けている。いいな、羨ましい、私もそんな表情を君から引き出してみたかった。
そんな彼とは正反対に体中から急激に体温が失われていく。なんとか表面上にうっすら笑みは貼り付けられただろうか。ちゃんと門出を祝うに相応しき姿を君に向けられているならいいのだが。
「……それにしても少し意外だったな……君はこういうことに、きちんとけじめを付けるようなタイプには見えなかったから」
「いやだって結婚だぞ? さすがに遊びじゃ口に出来ないだろ」
「遊び……、いや、そうだったな。確かに遊びじゃ済まされない文言だ。それを私に向けられるとは思ってもみなかったのだがな」
「二人きりの契約じゃなく表に知らしめようってんだ。色々準備があんだろ? それにてめぇはどうせ張り切り過ぎるなつっても、絶対にカルデアキッチンをフル稼働させんだろうが」
「準備……あぁ、なるほど。それでわざわざ私に知らせてくれたわけか。道理で、納得がいった。ふ、確かに不要だと跳ね除けられても、それが私の仕事だとそこは我を貫かせてもらいたいな……門出の料理くらい、最高の腕を以って仕上げたいから」
「ははっ、そう言うと思ったぜ。ま、だから料理は全部てめぇに任せる。それ以外の他のことは任せろ。何、俺だって馬鹿じゃねぇ。ちゃんと専門家たちに頼み込んで指示を仰ぐさ」
「……ふ、君は本当に……底抜けの獰猛な戦士さを秘めておきながら、そういう真っ直ぐな矜持をちゃんと持ち得ているんだよな……」
「俺だって間抜けじゃねーんだ。聖杯の知識から色々知ったしよ……あー、なんか不服か?」
「いいや、不服なことなど何も。それに私が否を唱えた所で結末は変わらんのだろう? そんな目をしているよ」
「あぁ、そりゃそうだな。俺が一度こうと決めたら性根を曲げらんねぇって性質くらいはもう思い知ってんだろ? 気付けばこんな長い付き合いになっちまったんだよなぁ」
「……そう、だな……長い付き合いに、なったものだ……まさかその果てに、こんな結末が待ち構えているとは思いもしなかったが」
「ははっ、そりゃその通りだ! 俺もまさかこんな結末を迎えるなんて思ってもみなかったぜ。まぁこれがラストってわけじゃなくここから始まっていくんだがな」
「――始まり……あぁ、そうだな。正しくこれは、幸先の良い旅路の門出を祝うものであるんだろう」
彼がこんなわざわざ丁寧に畏まって私にそんな大事を告げてくれるのか、甚だ疑問だったのだが全てに合点がいった。そうか、私がカルデアキッチンのチーフであったことが関係していたというわけか。
確かに式を挙げる上で並ぶ豪華な料理は欠かせないだろう。彼が一体どんな式を挙げるつもりなのか、古代風なのか現代風なのか想像も付かなかったけれど。どのような形であれご馳走は必要不可欠だ。
それを見込んで声を掛けてくれたのならいっそ涙が出るくらい虚しいものだな。まぁその道理もなく勝手に予定を入れられたら確かに普通は矛先を向けてしまうだろう。
その信頼はとても有り難いが、出来れば違う形で向けてほしかったと思ってしまうのは緩やかな未練なんだろうか。いいやきっと惨めな心残りなんだろう。
彼の意外と物事を筋道立てて考えられる意外性を知っていたはずなのに、こんな場面で思い知って感心してしまうなんて予想してもみなかった。
彼は私との長い付き合いを嫌悪する様子もなくこうして深い信頼を向けてくれている。だから私にとってはそれをこそ最高の奇跡と尊んで、彼の願いを受け止めるべきなんだろう。
「承知した。カルデアキッチンのチーフとして全力で挑ませてもらおうか」
「おう、張り切り過ぎんなよー……つってもてめぇには無駄か。いいぜ、てめぇの好きにしな。どんな形だろうと受け止めてやんよ」
「あぁ、好きにさせてもらおう。それともう一つ」
「いや一つと言わずこの際だ、全部吐き出しちまえって」
「それは些か立場と性格が許さないな。だから一つだけ――ありがとう、ランサー。私にその報告をしてくれて」
「はぁ? っ、ははっ! んだそりゃ……変なことに対して礼を言うんだな? アーチャー。なら俺の方こそありがとう、じゃねぇの? ……あー、いや、やっぱりなんかこっ恥ずかしいな。性に合わん、照れ臭ぇわ」
「……ふ、君のそんな顔を見られるなんてな。長い付き合いにおいて、そんな風に惚ける君の表情を初めて見た気もするよ」
「そりゃてめぇが見ねぇようにしてたからな……こんな顔向けられねぇだろ、格好付かねぇったらありゃしねぇ」
「見ないように、か……確かにそうかもしれない。そんな顔を私が見てしまったら、それこそどうなっていたか分からないからな」
だからこれは私の最後の矜持で最期の強がりなのだ。無様に泣き喚いて縋る真似はせず、我を忘れて糾弾し今までの関係性を非難するでもなく。あぁ、最後の最後まで臆病者の私らしい。
私は結局言葉の節々に感じる信頼を無下には出来そうにないのだ。それが彼という英雄の根本だと理解していたはずなのに。それを分かっていたから、いつかこの関係性も終わるものと分かっていたはずなのに。
その終末を恐れ曖昧に濁して現実から目を逸らした私の落ち度。だからこれは与えられるべき当然の帰結なのだ。何をそんな永遠を手にしたつもりもあるまいし。
元々が曖昧な関係性であった、それこそいつ壊れても可笑しくないくらいの。ほら、言われているじゃないか。惚けるような顔を私になど向けられないと。所詮そんな関係性でしかなかったのだ。
なら私が彼に向けていた心酔の表情も君にとってはおぞましいものだったのかもしれないな。気付かれていないよう願うばかり。いやむしろ察してしまったからこそ、こうして敢えて牽制してくれたのかもしれない。
それでも戦友としての信頼はまだここに残されているだろうか。あぁ、よく分からない、頭がぐちゃぐちゃだ。それでも私は鋼の精神で最期の矜持で、君の隣に立つに相応しい表情を向けられていただろうかとそれを祈るばかり。
こうして私は思いを告げて恋を破られるという、本懐を遂げる真似すら出来ず――想い人から結婚を報告される事実により一縷の希望もないくらい鮮やかで見事な失恋劇を迎えてしまったのだ。
***
思えば私達のこの関係の始まりも不明瞭なものであったのだ。もちろん甘やかな恋人というわけではなく、気の合う友人などにもなれず、セフレなどという対等なものでもない。
とある日酷い戦闘に立ち会った。マスターの采配に不備はなかったのだが立ちはだかる脅威に成すすべなく撤退を余儀なくされ、ぼろぼろの身を引き摺って来た道を引き返し。
だが殿にとばかりに生き汚い彼が残るというものだから、その意地を見過ごせなくて気が付けば私も共に残ろうなどと宣ってしまったのだ。
彼の殿としての能力を侮ったわけではなく、純粋に力になれたならとそう思ったに過ぎないのだが。ここで彼に跳ね除けられたらそれまでと思っていたのだけれど、あぁ頼むなんて素直に返答され面を食らったくらいだ。
マスターの守りを防備力の高いサーヴァント達に任せ、足止めとばかりに彼と二人迫りくる敵を数え切れないくらい消滅させた。互いに血塗れのぼろぼろでいつもの軽口すら交わせないくらいには酷い有様だったと思う。
単独行動のスキルと聖杯による能力の底上げを持たない彼の魔力消費は見るからに酷いもので、同情心でなくついぽろっと口から出てしまった言葉が全ての過ち。
「――魔力、喰らうか? 私なんぞの物などおぞましいと言われたらそれまでだが。接触による僅かな流転で足りないのならこの血を……ッ、ん!」
「……はぁッ、有り難い提案だ。ちと融通してくれっか。結構ぎりぎりだわ」
夜と雨のカーテンが私達を世界から隠してくれる。その裾にもしかしたら引かれたのかもしれない。まだ僅か余力のある私と供給源のない彼とで天秤に掛けただけだ。
不要だと罵られたらそれまでだったが、彼は呆気なくこっちの提案を飲みこちらの胸倉を掴んできた始末。それほどまで飢えていたのかと軽口を交わす間もなく唇を呆気なく奪われて。
そこからはなされるがまま、なし崩しのまま。野外だということすら気に止めず私は彼に貪られた。本当に全てを喰らい尽されてしまうのではと思うくらいに全身を余す箇所なく奪われて。
だからそれが一番意外だった。彼の魔力になれるのならどんな苦痛も耐え抜くと決めていたのに、その全てを忘れ去ってしまうくらいの衝撃と熱でしかなくて。
確かに初めてではあったから多少の息苦しさはあったが、それ以上の快楽に溺れてしまいそうで怖いぐらいだった。だがそれもただ一時の熱、戦場でよくある魔力供給の手段でしかなかったのに。
だからそこからが想定外の連続だったのだ。私はあの雨夜の一瞬を後生大切に抱え込んで、この現界を最後まで走り切れると慈しんだというのに。
「――なぁ、また魔力恵んでくれね? これからちーっとばかし厳しいレイシフトに赴かなきゃなんねぇんだわ」
「――は? ……、……私、なんかの魔力で、君の、励みになる、と?」
「あー、そう、そうだな。嫌なら断ってくれて構わねぇよ。でも俺はどうしても、あの雨の夜が忘れらんねぇ」
「! そう、か……っ、……いいだろう、その要望に応えよう。私などの魔力で、君の戦力が補えるというのなら」
あろうことか彼は二度目を望んできたのだ。これは本当に予想外。あれは負傷と状況とが生み出した一晩限りの奇跡でしかなかった。だからそこから何かが続いてしまうなんて決してあり得なかったのに。
いつものようにキッチンで翌朝の準備をし皿洗いをしていた夜、ふらり現れた彼は普段通りに夜食を望むのではなく、まさかのこの身を求めてきたのだ。
私など柔らかさもなければ特別な魔力も持ち得ていない、ただの英霊崩れの掃除屋風情でしかないのに。
この魔力が彼の舌にどんな効果を齎したかは知らないが、獲物を狙い定めるようなあの瞳がまさか私に向けられる羽目になるなんて。だからそれに自惚れてしまった。こんな身でも彼を引き留められるというのなら喜んで差し出そう。
普通なら跳ね除けて然るべき手を自ら取ってしまった。そこからは説明も必要ないだろう。なし崩しで理由もなく彼にこの身を差し出す日々。彼にとっては身近で手軽に手を出せる魔力タンクでしかなかっただけ。
理解している、分かっている、自惚れるべき関係性ではないのだと。女性でなく男性である私が選ばれたのも、きっとどんな無理無茶をしても許されてしまうからだ。
多分それこそ時折無性に欲しくなる夜食と大差ないもの。守護者としての魔力はもしかしたら普通の英霊とは違うのかもしれない。だからそんな程度の理由で彼は私に手を出し続けたのだ。
(こんなむくつけき男の身体など、性欲発散にすらならなかっただろうに……余程魔力の味がその舌にあったのだと思い込んでいたのだが、そうか。本命が居たのなら話も変わってくる。私は正しく間食に過ぎなかっただろうよ)
彼は私を手酷く抱くことはなかった。もちろん甘い台詞一つもなかったけれど。汗に濡れた声でただひたすらに私をアーチャーと呼ぶのだ。だから思わずそれに指を伸ばしてしまいそうになった。
けれど最後の理性を振り絞ってなんとかその背に腕を回さずに済んだ。そうだ、この関係性は最初から恋などではなかった。だから愛に変わる未来などもちろんなくて。
彼の懐は広く一度仲間と認めてしまえたなら簡単に情を明け渡してくる。だからこんな私だろうと今ばかりは同じ主を仰ぐ戦友と認められてしまったから。これは恋ではなかった。
恋になる前に終わってしまった情で、でもそれで良かったのだ。私はそれ以上を望むすべも持たず現実で満足し切っていたから。だからこんなことであっさり終わってしまうなんて思ってもみなかったけれど。
(結婚……結婚、か……ふはっ、大英雄が何を……あぁ、けれど、きっと誰もが羨む挙式になるんだろうよ)
ぼふり、一人取り残されたベッドに身を沈める。もうこの場所で彼の熱を受け入れる夜もなくなってしまったんだなと、無様な未練に縋るように自嘲を零す。
夜半に部屋を訪ねる理由なんてそれこそ秘めた意味合いでしかないだろうと、思い込んで跳ねた心臓が一瞬にして粉々に砕け散ってしまった。
もういっそ鮮やかな手並みだなとすら思うのに、これ以上ない失恋を突き付けられて涙すら溢れ出ない。けれど涙に埋もれる真似すら許してくれないのだから、本当に全く彼は酷い英霊だなと思う。
本命が居るなら何故最初からそう言ってくれなかったんだ。いいや当然だ、何せ私は愛人にすらならないただの食糧源だったのだから。
だからあんな風に何を考えるでもなく私に結婚の報告が出来てしまうんだろう。こう少しくらいは後ろめたさが沸き上がらないものなのか。そもそもそこまでの情がなかったのだから当然だったが。
本当皮肉も零れ落ちないくらい見事な片思いでしかなかったな。彼は私に今までの関係の清算をするでもなく、ただ純粋にキッチンチーフとしての仕事を頼み込んできた。
挙式の手順としては正しい、ここには正式なコンチェルトもいないのだから今居る人員に依頼するしかない。
彼の行動に何の落ち度もないが、正し過ぎるからこそこの心は軋むのだ。いやもう軋む音すら上げられない、粉々に砕け散ってしまった硝子の心だったけど。
(――それでも、請われたなら受け止めない器量は私にはあるまいよ……ここで断る理由など何一つ存在してはならない。これは痴情の縺れなどではなく、ただ一人の男が勝手に自惚れて溺れた挙句に失恋した結末でしかないのだから)
恋心を抱いた人物の結婚式を祝うなど、挙句手伝うなどもしかしたらどうかしているのかもしれない。本来ならあり得ない形で突き付けられた失恋の痛みにまだ呻いていてもいいくらいだろう。
それくらいは願いたい。けれど状況がそれを許してくれないのだ。彼は私の料理の腕だけは信頼してくれている。浅ましい私はそれっぽっちの情に浮かれてやまないから。
どんな形でもいい、彼から向けられる心があるのなら私はそれを拒めない。それにすぐにでも吉報はカルデア中に響き渡るだろう。
誰しもがそれを喜び浮かれお祝いムードに満ちるはずだ。たった一人私だけの失恋の傷を以って、その輝かしい宴の席に影を落とすわけにはいかないから。
これから私は誰に知られることもなく、失恋の傷を慰めてもらう真似もせず、この未練を断ち切ってその空気に紛れ込まなければならない。酷い結末だな、確か世間ではこれをバウムクーヘンエンドとでも呼ぶんだったか。
もっとも引き出物のそのお菓子すらこの手で自ら作り出さなければならないのだから。せめてもの救いはこの片思いが誰にも露見しなかったことだろうか。
こんなめでたい空気の中で誰かの同情を買う真似だけは絶対にしたくない。だから私の責務はこれから暫くの間心を殺し続けて、輝かしい結婚式当日に埋もれたその後に。ひそり誰に知られるでもなく静かに涙することなんだろうな。
***
昨晩はあまりの衝撃によく眠れなかった。朝食当番を預かる身としては睡眠不足など許し難いのだが、こんな掃除屋風情にも失恋の痛みに呻くぐらいは許されるだろうと思いたい。
まぁ誰に明かす傷でもないのだが。落ち込み悲しんでいる姿など私には似合わない。キッチンは常に明るく悲壮感とは無縁で居なければ。顔を洗い身支度を整えいつものキッチンチーフを装い食堂の扉をくぐる。
普段通りの時間に来たつもりだったがまさかこの私が遅れを取るとは。いや違うな、きっと足取りを重たくしていた自分自身の責任だろう。だからこそそこに並ぶいつも以上に明るい声音に咄嗟の判断が出来なくて。
「おはよう、エミヤ! 今日も料理するのに相応しい良い朝だね~って、はは、いつも良い朝に違いはないか」
「……おはよう、ブーディカ。そういう君の方こそいつもより尚更快活に見えるが、何かあったのかぐぇっ」
「チーーフ! おはようなのだワンワンワ~~~ン! そして何故いつも通りなのかッ!? 今日ぐらいはむしろサボっても、いや暫く我々にここを任せてくれてもよいのだぞ!?」
「ぐぅっ、相変わらず元気いっぱいだなキャット。いや私がサボるなど天変地異の訪れじゃあるまいし」
「おはようございます、アーチャーさん。ふふっ、そうですよね。アーチャーさんはこうじゃないといけませんよね」
「? こんな朝から珍しいな、パールヴァティー。いや君の腕前ならいつだって大歓迎だが? えーと……?」
「朝からエミヤに構いちゅぎでちよ! 朝は戦場、のんびりしていられないのでち。それに言いちゅけをもう忘れたんでちか? チュチュン!」
「あ、はは、ついつい……ごめんよ、エミヤ。実はついさっきクー・フーリンが直々に挨拶をしに来たものだから、つい私たちも浮かれちゃって」
「――……あぁ、なるほど。今日のこの雰囲気は、彼が齎したんだったか。それは浮かれて然るべきな理由だな」
いつもの挨拶以上に皆がどこか喜色満面でそわそわ落ち着かない様子だった。何か良いことでもあったのだろうか。珍しい食材を手に入れただとか?
ブーディカもキャットもパールヴァティーまでもがにこにことどこか微笑ましく、その理由を知らないのは当の本人ばかり。とは言ったもので紅女将の有り難い喝により全てを悟ったのだ。
なるほど、相変わらず全ての些事に於いて脚が早く最速を誇る大英雄のことだ。もっとも私より先に起きていたなんて誤算だったが。いつも寝室を先に去るのは私の方だったろうに。
なんてそんな過ぎ去った情事を思い返している場合じゃない。これは些かばかり厳しいな、と思わず苦笑を浮かべてしまう。挙式当日を迎えるまで私はこの空気に包まれながらキッチンに立たなければならないのか。
皆がお祝いムードに笑みを浮かべる姿は、まさしく守護者たる私が最も望んだ景色でしかなかったというのに。いや今ばかりはあの最速の英雄に感謝したい場面でもあった。
彼がここにどんな報告をしたかある程度の予測は付くが、それに対面して上手く表情を偽れたか分からなかったのだから。
「カルデアキッチンメンバー総出で全力を以ってその依頼を受けてやる~ってキャットさんは仰ったんですけど、アーチャーさんは本当にチーフでいいんですか? せっかくのお祝い事なのに当日絶対にバタバタしちゃうじゃないですか」
「うん? あぁ、いや、私が引き受けたんだ。ただ席に着いて祝祭を眺めるというのも私らしくない。忙しさに溺れていないとそれこそ我を忘れてしまいそうでな」
「うむうむうむっ! それでこそ我らがチーフであるのだ! サポートは任せておけエミヤよッ! こうなったらとっておきの家庭的で野性味溢れるニンジンパワーを見せつけてやるのだワンッ!」
「いや私が言う台詞でもないと思うのだが、張り切り過ぎないよう頼むぞ? とりあえず時間はまだあることだし、今日から空いた時間を使ってメニューを決めていこうと思うのだが、構わないだろうか」
「うんうんっ! いいねいいね、いつものエミヤらしくなってきた! 何分用意する数が数だしねぇ、ちょっと技術組と相談して大容量の瞬間凍結保存冷凍庫でも見繕ってもらおうか。当日作業も限界があるしさ」
「いいでちゅね、食事は鮮度が命でち。でもやっぱり限度はありまちから、当日用意する主菜以外は保存を検討ちまちょう。メニューはエミヤが主体となって決めるでよいでちゅか?」
「私がか? ……あー、いや、そうか、そう頼まれたんだった。まったく、難しい依頼を快活な態度で押し付けてくるものだよ、あの槍兵は」
「ふふっ、でもアーチャーさん、とても楽しそうですよ? 意気込みに溢れてるといいますか、張り切っていらっしゃいますね」
「主役に頼まれたんだ、燻ってもいられないだろう? 期待には全力を以って応えなければ。まずは、そうだな……メニューは一つの国にちなんだ物ではなく、それこそ様々な時代の色んな国のメニューを取り入れたいのだが……協力してくれるだろうか?」
「「「「もちろんっ! チーフの仰せのままに!」」」」
主役の顔を思い浮かべると上手く表情を繕えなくなるのだが、料理に向かうとなると話は別だ。結局私にはそれしかないのだから。充分だろう、ただの飯炊き要員だとしても必要とされているのだ。
それに当日はここに引き籠ってしまえば晴れやかな景色を見ずに済むのだし。華やかな歓声と笑顔に包まれる彼の姿などきっと見ていられまい。羨むような滲むような眼差しを向けてしまうに違いないのだから。
目聡い連中なら私のその表情の意味に気付いてしまうかもしれない。ならばここで思う存分腕を奮っていた方が挙式から逃げる最適な理由になるというもの。
あぁ、そういえば相手の名前を聞いていなかったな。まぁ今更だしどうでもいいか。むしろ知ってしまったが最後、その相手に向けて上手く微笑めなくなる可能性があるのだから。
私に料理の全てを任せたんだ、メニューの全権を握ってしまっても構わんだろう? それにきっと楽しいはずなんだ、パーティーの準備というものは。
私とて貯蓄を気にすることなく様々な時代の色んな郷土料理を信頼出来るメンバーと作れるなんて、胸が躍って仕方ないのだから。
そう思い込んで哀しみを上手く飲み干し、今日も朝食のメニューに頭を悩ませるのだ。そう、至っていつも通りに。
出来るならば技術組による大容量瞬間凍結保存冷凍庫の開発を是非見学したいものだな。そうして空いた時間をメニューを詰めることに専念していき、日々はいつものごとく回り始めた。
気が付けば基地内は喜色満面、すっかりお祝いムードお祭り騒ぎへと包まれていた。色んな英霊たちが様々な形でそのお祝いを豪華なものにしようと励んでいる。
リングボーイ・リングガールを誰にするかのくじ引きが行われていたりだとか。幸運値に左右されてしまうのではと不安に思ったが、それが作用しない抽選機をダヴィンチちゃんが発明したらしい。
まるで平和の象徴そのもの、実に良いことだ。女性陣は会場を彩るための装飾品を手作りしていたり、力仕事の得意な者たちは会場設営そのものに取り組んでいたり。不運なことに場所はカルデア食堂に決まったらしい。
基地内で最も広く英霊全てを収容出来る場所はここしかないか。だから当然私は厨房からその姿を眺めるしかなく、結局は地獄から逃げ出せないんだろう。
些細な衝撃で料理の味を落としてしまわぬよう細心の注意を払わなければ。余興に励む者たち、当日の段取りやスケジュール管理を綿密に練り上げる者たち、司会進行の練習を欠かさない者たち。
今は大きな特異点も季節イベントもないからこそ出来る宴だ。こういう時ばかりは世界も空気を読んだりするんだろうか。
(いっそのこと、特大の特異点に予定が掻き消されてしまえばいいのに……なんて、はは、あまりにも私らしくない真似を、)
なんて不穏な感情はもちろん胸中に収めておく。予定が潰れたとしてもただの延期に違いない。結局行き着く先はバッドエンドでしかないのだ。私だけの、だが。
世界が幸福一色に包まれていく様を断頭台から眺める面持ちだ。想像の中だけだから許されたい。当日宴を滅茶苦茶にするような真似だけは決して出来ないのだから。そんなの独りよがりの癇癪に過ぎないだろうに。
昼メロもびっくりの間男に相応しい顛末かもしれないがそんな断罪は求めていない。一人でも多くを笑顔に、誰かの幸福を一つでもこの手に、そう願ったからこそ私は生まれたのだ。
その根底を覆せない。だからこそ私はゆっくり長い時間を掛けて当日までに己の幸福を殺していくのだ。あぁ、世界に身を尽くすなんて誇らしき守護者なんだろうか。
(己の幸福よりも誰かの幸せを……そう願った心に嘘偽りはないと、そう信じている。そもそも私の幸せはその景色にこそあったんじゃないか。今までがそもそも可笑しかったんだ。私が、あんな、彼に、見染められることなど……あり得るはずが、なかったんだ、)
今もあの熱い掌を覚えている。私の腹をなぞる手、汗を拭う指先、触れる唇の感触まで。鮮明に思い描けてしまう。もっとも最初から私の物ではなく、誰かの物でしかなかったけれど。
あれから彼とはすれ違う隙間すらなくなってしまった。きっと嫁取りの儀式とやらで基地内を奔走しているのだろう。慌ただしいことだ、それほど本気で相手を娶りたいのか。
本命が居るのなら最初からそう告げてくれれば良かったものを。いいや私達はそもそも親し気に日常会話をするような仲ではなかった。私に話す理由などなかっただろうな。
初めから私は代理品ですらなくただの魔力タンクだったに過ぎない。機械でしかなかった私に熱い情を注ぐから、勘違いして自我が芽生えてしまっただけ。少しでもいい、彼の特別な心の端に置かせてくれるのなら。
なんて、掃除屋風情が大袈裟で不相応な夢を見るにも程があるな。自嘲と苦笑いを浮かべながらもその扉をくぐった途端、いつもの何てことはない顔を覗かせる。
「まぁまぁエミヤ様! ようこそいらっしゃいました! さぁさぁこちらへ」
「お邪魔するよ、ミス・クレーン。私はほぼ厨房に掛かり切りだろうから、衣装は要らないとそう言ったんだがね……」
「それは許されないんだわエミヤ! 皆に平等に特別な衣装を、っていうのがマスターからの指示だからね~エミヤだけ除け者ってわけにはいかないんだわ」
「む、マスターからの指示か。それは頷かざるを得ない、が……服飾組は人員不足と見受けられる。何か私に手伝えることがあったら言ってくれ」
「ふふふっ、連日徹夜続きで盛り上がってまいりましたよ~! いえいえ滅相も御座いません。これでも布裁ちなどは剣を持つ英霊様が引き受けてく下さいますから。それにデザインは自ら案を出して下さる方もいらっしゃいますし」
「ふふーん、ここが正念場なんだわ! それに花嫁衣裳を作れるなんてボクの人生に悔いなし、ってとこかな~」
私を出迎えたのは霊衣職人のミス・クレーンとハベトロットだった。二人とも窶れているように見えるが目は爛々と輝いている。徹夜明けのテンションとはまさにこのことだろうな。
服を作る情熱に関しては二人に並ぶ者は少ないだろうが、それでも布に的確に線を引けばその通り断ち切ってくれるセイバーは多いという現状か。
何か彼女たちに精の付く差し入れをしなければと決意していたら、その手を恭しく引かれ寸法台の上に立たされる。
一度夏の霊衣の時に測ったのだが念には念を押してということだろうか。職人の腕の成す所だ。そして彼こそ古参の私に馴染み深い顔ぶれだった。
「酷い顔をされているぞヴラド公、それこそあのトラオムでの記録に似た表情だが……体調は大丈夫か? 貧血では?」
「フ、戦場の装いは変われど激戦には違いあるまい。何せ数百基分の霊衣を一度にだからな。まぁ元々持っていたものを手直しするだけで済ませてくれる者も居るが。何より彼女らが必要以上に活気に満ちている。余も遅れは取るまいよ」
「うっ、それなのに私のような者にまで新しい装いを……本当にすまない。この礼はいつか必ず。何でも押し付けてくれ、出来うる限りを尽くそう」
「そんな簡単に身を売るでない。何、これもこのカルデアに喚ばれたからこそのオーダーだろう。こんな機会そうそうあるまい。精々この吸血鬼を貧血にさせるほどの戦場を乗り越えさせてもらおうか」
「なんだかサバフェスを思い出してしまうな……コスプレ衣装……うっ、頭が……あの特異点にも似た狂喜乱舞ではあるが……皆目が死んでいないか? 私が言うのもなんだが適度に肩の力を抜き適宜休んでくれたまえ。差し入れは望まれれば私が、それこそ裁断くらいなら手を貸せる」
「あぁあ~~~さすがエミヤ様で御座います~~~では後で美味しい栄養ドリンクの差し入れをお願い出来ますかっ、ここが乗り越えなければならない修羅場かと……!」
「ボクも糖分が足りてないから甘くて美味しい差し入れを望むんだわ~~~ふふふ楽しいけど身体が付いてきてくれないから~~~」
「余には真っ赤な血の如くワインを頼む。勿論酒に似合った栄養たっぷりの摘まみもエミヤ直々の振舞いでな」
「あぁ、任されたよ。その、本当に、望む者から対処してくれたまえ。私の衣装なんてものは最後の最後でいいし、むしろ間に合わなくても」
「「「それでは霊衣工房の名が廃るというもの」」」
「ふ、ふふ、職人の目は皆が同様にイかれているな……私も当日はこうなるんだろうが」
ヴラド公の手にはいつもの槍ではなくメジャーが握られている。腕には様々な裁縫道具を身に着けていてとてもじゃないがルーマニアの英雄とは思えない姿だ。
手慣れた様子で採寸を測られ衣服の希望を聞かれたけれど、そもそも当日それに身を包むとも思えなかった。宅に座り彼の晴れ姿を拍手喝采で出迎えるつもりはないのだから。
だが必死に衣装を繕う彼らの前でその発言は出来ない。なるべくなら順番を後回しにし、むしろ間に合わなくなってもいいくらいではあるのだが。
職人気質である彼らが〆切を破る真似を良しとするとは思えないのだし。そうして採寸を終え、少しくらいは手伝っていこうと作り終えたデザイン用紙を纏めておき、散らばった布の端切れを箱に仕舞って。そしてそこに在る美しい輝きを確かに目にした。
「これは――なんて、美しい……もしやこれは、当日の、花婿の……?」
「えぇ、その通りです。蒼き閃光をイメージして織らせて頂きました。彼自体が苛烈な英雄様でいらっしゃいますから。その輝きを表現するのに苦労させられました」
「でもおかげで最高の出来になったんだわ! ふふん、エミヤにそう言ってもらえるなら何の問題もないんだわ~」
「私の目など曇り眼に他ならないだろうが……そうだな、これはまさしく彼に相応しい美しい光沢だと素直にそう感嘆してしまうよ」
パールの艶に彩られた白きタキシード。よく見ればうっすらと青みがかかっていて光の落ちる角度によってその瞬きを変えている。それはまさしく夜空に無数に彩られる星々そのものでしかなかった。
瞳の中でいつまでもきらきらと瞬くその輝きは、まさしく閃光を背負う彼に相応しい。そこに美しい光を見た。今の内に目に出来て良かったかもしれない。当日はきっとその光に焼かれて灰になってしまうに違いなかった。
もっとも誰かの隣で幸せそうに笑う彼の姿など直視出来る気がしなかったけれど。いやそのための役職ならある意味世界も私に同情してくれたというわけか、なんて。
そんな馬鹿な思考を過ぎらせながら、ほぅと感嘆の吐息を漏らせばその奥の試着室が開き、まさかの人物に一瞬にして気を引き締められた。驚いたのは向こうも同じだったようで。
「――試着していたのが、まさかお前たちだったとは……」
「フン、不要だと言ったんだがな。こんな無意味なことで令呪を翳そうとしてくるマスターなど他に居ないだろうよ」
「そうか、お前たちにはその衣装があったか。ふ、ふふっ、こう見るとマフィアの首領とそのSPのようだな? お揃いが酷く微笑ましいくらいだ」
「頭がイカれてるのか? 腐っていないオレは……いやそうでもないとこのような頭の沸いた宴開催しようとは思わないか」
「それは提案者に言ってくれ。私の知る所ではない……っと、やけにご機嫌だな? 狂王も」
「こいつと揃いってのは悪くねぇ。衣装は窮屈だがな。いっそのこと契りを結ばせちまうか、俺もコイツと」
「はぁっ!? やめろやめろ何を考えているおぞましい!? とうとう頭が沸いたか? オレはケルトの嫁取りに付き合う義務はないぞ!」
「ただ娶られるだけのてめぇじゃねぇな。俺はそれでも全然構わないが」
黒を基調としたスーツと帽子はとても良く狂王に似合っていたし、ダークグレーのスーツはオルタの私とは思えないくらい相応しくその身を包んでいた。薄暗いその色合いは裏社会の者たちにしか見えなかったけれど。
でもオルタ同士釣り合い過ぎた衣装で、やはりそれ以上に仲睦まじいなと笑みを浮かべてしまうのだ。私では実を結べなかった運命ではあったが、ここに違う形とはいえ繋がった未来があるから。
例えそれがこのカルデアの中だけのもので永遠ではなかったとしても、私はその光景だけで満足なのだ。赤と青では並べない、けれど金と黒で隣り合わせになれるのなら。
衣装の特別さも相まって二人の姿に羨望の眼差しを送ってしまえば、それを目聡く片割れに気付かれてしまう。
「? ……おいあんた、ちゃんと休めているのか」
「ん? あぁ、私などは当日のメニューに頭を悩ませているくらいで、他の者に比べたら気楽なもんだよ。特に他の仕事は」
「嘘を吐け。どうせ自らの役目以上に勝手に仕事を請け負っているんだろう。酷い顔色だぞ、それになんだその心の有様は」
「それ、は……まぁ、また別の理由だから心配するな。当日はもっと上手く繕ってみせるさ。そういうのは得意だからな」
「えっ、エミヤお疲れなんだわ!? それは駄目だよ、ちゃんと当日は元気いっぱいじゃないと! 皆が笑顔じゃなきゃ駄目だろう? 結婚式ってものはさ」
「いや待て、おいあんた、まさか――」
「それ以上は言ってくれるな、オルタ。私は本当に大丈夫だから。その真実には口を噤んでおいてくれ」
「――あぁ、本当に……分かってしまう自分が嫌になる。いいだろう、当日まで黙っておいてやる。せいぜい針の筵に座るがいいさ」
「? ……おいまさか、槍の俺のせいで何か問題でも起こしたのか」
「あぁ、大問題だろうが。フン、いい気味だ。肝心な言葉を怠るからこのような無様な目に合うんだ。だが……チッ、片割れがこんな状態なのは酷く苛立たしい気にもなるな。どうしてオレがこんなにも遣る瀬無くならなきゃいけないッ」
頬を両手で包まれてじぃっと瞳を覗き込まれる。どうせ明日には忘れてしまう癖に、どうして片割れは私の心を的確に見抜いてしまうんだろう。彼の瞳も鷹の目である証拠なんだろうか。
片割れの心は鋼であるけれど私の心は対を成すように硝子だ。それが見事修復不可能なレベルで粉々に砕け散っていること、同調させてしまったら申し訳ないなと思う。
この失恋の痛みは私だけの物で決して彼には不必要な現象であるからだ。大丈夫、お前はそうやっていつまでもそれこそ最期まで茨の王が隣に居てくれるから。
秘密を暴かず墓まで埋もれさせてくれる優しさに心底ほっとすれば、訳が分からないと狂王が首を傾げる。何も悪くないから槍兵を責めないでやってくれと縋りたい。ただ彼の運命が私ではなかった、それだけに過ぎないのだから。
壮大な舌打ちを吐き零しておきながらも私に触れる片割れの手は優しい。それだけで満たされてしまうくらいには心は空っぽだった。こつり額を合わせればパスが逆流して黒い私の魔力が流れ込む。
あぁ、狂王のものと交じり合った深く優しい魔力だ。マスターから聖杯を頂き力に満ちた身ではあるが、それでも最近は彼との魔力供給もなかったから。心が乾いてしまったのかもしれない。
「ふ、すまない。お前をそんな気持ちにさせるつもりはなかったんだが……魔力、有り難く頂いておく。これでもう少しばかり励めそうだ」
「そういうつもりで与えたんじゃない。ったく……チッ! もういい、試着は終わったな? おいクー・フーリン、オレの案の片棒を担げ。こいつのためだ」
「了解。お前も片割れに愛されてんな。まぁ俺以上ではないだろうが」
「ふはっ、自然に惚気てくれる……あぁほら、せっかくの衣装なんだから皺にならないよう、まったく……保管はこれでいいか?」
「え、えぇ、構いませんけれど……今のは一体?」
「ん? あぁ、あれはあいつなりの叱咤激励というか……そうだな、マリッジブルー? に似て非なる感情だから気にしないでくれ」
「あぁ、なるほど! そっかそっか~デミヤも寂しいとかあるんだね~兄弟みたいなものだからなんだわ?」
「いや、これはまた波乱万丈の予感がしたが……フ、余の管轄外に違いあるまい。顛末は当日に、ということだな。だがエミヤ、一つ忠告を」
「うん? なんだろうか、ヴラド公」
「貴様がどのような感情を抱いたとすれ、ここにそれを否定的に思う者は居ないということだ。思う存分悩み苦しみ、耐え切れなくなったら吐き零すがよい。誰もそれを嘲笑ったりはしないし、もちろん余で良ければ話を聞こう」
「それは……、……身に余る光栄だな、あのルーマニアの領主にそう励まされてしまうなんて……ではその時には有り難く、酒に付き合ってもらえると助かる、かな。もちろん最高の摘まみを用意しよう」
じわり、じわり、誰にも共感してもらえるとは思ってもみない感情が、唯一同じ回路を持つ自身へと流れていくようだった。甘く蜂蜜のような黄金色が私を包む。
言葉はあまりに刺々しいが蔑みに似た感情はそれこそ同情に似ている。慰めてくれるというのか、反転した自分自身が。滑稽だなと思うのに自身ならいいかとすんなり魔術回路が甘えてしまう。
そのまま衣装を脱ぎ捨てて颯爽と去っていくのだから全く、と呆れ溜息を吐きながらもその衣服を整える。当日彼は狂王をパートナーにして挙式に参加するのだろうか。あぁならば私が不在とて問題はあるまい。
そんならしくない現場を苦笑いで誤魔化し、それでも目聡く何かを見抜いてしまった領主の気遣いに目を伏せながら。ここは本当に良い基地だなとそうさせてしまうマスターを思い、自然と笑みが浮かんでしまうのだ。
大丈夫、私ならきっともう大丈夫。挙式が終わったその時には何を零してもただの未練として消えてくれるだろう。
その時は本当にこの気高き領主に自棄酒へ付き合ってもらいながら、涙に埋もれてしまうのだって許されると思いたいから。気休めにすらならないと分かっていたけれど。
***
様々な雑事をこなしていくも、どうにも睡眠だけは上手く取れなかった。一人の夜の寂しさをこんな形で思い知らされてしまうなんて、本当どうにかしている。きっとそれほどの恋だったんだろう。
決して自ら手を伸ばす真似は出来ないまま、彼が気まぐれにこちらに振り向いてくれたその瞬間にだけ、私は健気にこの身を明け渡しひたすら尽くすのだ。
といっても私に出来た真似といえば嵩が知れたもので、せいぜいがみっともない呻き声を漏らさぬよう唇を噛み締めることだとか。彼に惚けた視線を送ってしまわぬよう瞳を伏せるばかり。
決して恋人の触れ合いのような甘やかさは存在していなかった。けれど一度も酷くされた覚えはなかったから。それが逆にこんな残酷な仕打ちを残すなんて知りたくもなかったけど。
あの行為が単なる暴力であったならこうして思い返すこともなかったというのに。彼はただひたすら優しく私を味わい尽くした。それほど守護者としての魔力がその身に馴染んだのか甚だ疑問であるのだが。
今まではこんな風に期待に身を寄せながら待ち焦がれる夜など存在していなかった。彼の気まぐれはそう多くはなかったし、私は私で食堂を運営するのに忙しかったから。
(まさかこんな形で独り寝の寂しさを植え付けられてしまうなんてな……そもそもピロートークすら存在しない、淡々とした事務的な触れ合いでしかなかっただろうに、)
それでも忘れられないのは、あの情熱に溢れた視線を浴びてしまったから。もう見たくはないのに胎を満たした瞬間、衝撃に目を開いて焦げ付いてしまったから。あの瞳がいけない、自分が被食者になった気分に陥る。
あぁ、まさしく私は糧で餌しかなかった。ただ食べられるだけでしかない身が自我なんて持ってしまったから、もっととその腕を求めてしまったに過ぎない。
こうなるなら初めから彼の誘いに首を縦に振るんじゃなかったと悔やむも、一度目は本当に仕方なかったとも思う。あれはまさしく生き延びるための延命措置でしかなかった。
彼だけでも私だけでも乗り越えられない戦場だったから。だから拒むべきは二度目だったのに。一度目は事故でも、二度目は確かに意志を以ってその誘いを受け止めてしまったから。
求められているという浅ましさがこの手を伸ばさせた。結局なし崩しに堕ちる所まで堕ちるしかない結末なんて分かり切っていただろうに。
(ただ好きだと、そう思えるだけで幸せだったのにな……あの熱に触れてしまったから、こんなにも強欲にそれでいて惨めになってしまったんだろうか……ただの他人で居られたらもっと失恋の傷は浅かったんだろうか……いや、今更そんな詮無きことを考えても無意味ではあるか、)
日中はまだいい、役割が私を英霊として押し上げてくれるから。結婚式の準備も、いつも通りのカルデアキッチン運営も、基地内の整理や素材集めなどのレイソフトも。等しく私を在るべき守護者の姿へ戻してくれる。
だが一度夜を迎えるとこれだ。女々しい失恋の傷をぐちぐちと思い出してはめそめそ終わってしまった恋を想って瞳を伏せるばかり。多分日中との反動に神経がまいっていたんだろう。
お誂え向きとばかりに彼は一切ここへ姿を現さなくなった。当然だ、本命が居るのならわざわざここで魔力を調達し性欲を発散する意味はなくなる。愛し合った者と朝を迎えられる瞬間は何よりの幸福であるのだから。
(……あぁ、なら私は、本当に幸せ者でしかなかったんだな……偶然とはいえ、彼の寝顔を目にして目覚めることが出来たんだ。ならばきっとこれからも、その思い出を縁に駆け抜けなければならないんだろう……次の恋がもし訪れたりしたら、この失恋の傷は癒えるんだろうか……いや、でも、この先彼以上の存在なんて、私にはきっと……)
彼しかいないと思った、彼じゃなきゃ駄目だと願った。彼こそが私の運命だと勝手に自惚れて、けれど相手にとっては違っただけ。ただそれだけの結末でしかない。そもそも恋をする気もなかった。
気が付いたらいつの間にか勝手に落ちていた、出会い頭の正面衝突のようなもの。でもこの失恋の痛みを味わってしまえば二度と恋など出来ない気もする。
だって叶うビジョンなど見えないから、想像すら出来ないから。粉々の破片になった硝子細工を必死に掻き集めてなんとか心臓としての形を保っているというのに。それをまた自ら叩き付けるような真似はしたくない。
だからこれが最初で最後の恋だった、もうそれでいいじゃないか。ぐすりぐすり、告白すら出来なかった惨めな恋は枕を涙で濡らすことにより夜を越えていく。目元の赤さが目立ちにくい浅黒い肌で助かった。
大丈夫、大丈夫、もう大丈夫だから。そう呪文のように何度も囁いて、朝を迎えればきっとまたいつもの私に戻れるはず。本当にもう大丈夫なんだと今ばかりは強がっていたいんだ。
『アーチャー、』
(呼ぶな、頼むからそんな、熱の籠った声音で、切羽詰まった残響で……私の名前を、呼ばないでくれ、)
『ッ、アーチャー、』
(お願いだ、お願いだから……その響きに、勘違いしてしまいそうになるんだ。君の心に、私が少しでも居るんじゃないかと)
『……っ、アーチャー』
(勘違いでしかないのに、嘘でしかないのに……呼ぶな、呼ぶな、私の名前を、そんな……かけがえのないもののように、慈しまないでくれ、ランサー)
***
多忙な準備に追われながらとうとうその日がやってきてしまった。不思議なことにカルデア最古参の身でありながら、当日のスケジュールは結局誰に相談される様子もないまま。
まぁ皆に平等に招待状は送られていたから今更な気はしているのだが。だから自分が挙式の中心として運営に携われなかった寂しさよりも、もしかして誰かがこうなるよう仕向けたのではと疑ってすらしまうのだ。
もし私のこの想いを誰かに知られていたらという恐怖心は拭えない。けれどそのあるか分からない気遣いには素直に感謝しよう。
このような状態で正しく冷静さを以って彼の挙式を運営出来るかは分からなかったのだから。まぁこの数週間でもうすっかり鉄面皮に磨きが掛かってしまったのだが。
誰にも何も言葉を向けられる不運なしに当日を迎えられたこと、幸運に思うべきなんだろう。だって私と彼とをまるで運命などとふざけた言葉を以ってして表現するような輩も居たのだから。
運命が結婚することについてどう思う~? なんて冗談でも反応を求められたら、きっと私は全ての表情を一瞬で失ってしまえただろう。彼の挙式について言及する強かな心は持ち得ていないのだ。
心は硝子、所詮は壊れ物。既に粉々に砕け散ってしまったから、痕跡を残すガラスの靴は象れない。元々魔法に掛けられるような立場ではなく、灰被りに相応しいかぼちゃの馬車は迎えに来ない。
だがそんな顛末が私にはお似合いなのだ。主役にも名脇役にもなれず、結局はただ舞踏会を彩る料理人でしかない。でもだからこそ、誰かの隣で笑う彼の姿を見ずに済むから。
(当日になればもっと動揺するかと思っていたが、割と冷静な自分が居るな……いや、そもそも今日はそんなアンニュイに陥る間もなく働き続けなければならないからか)
昨夜はほとんど一睡も出来なかったというのに思考は驚くほどにクリアだ。こんな早朝にも満たない時間から動き出し材料をチェックしてしまうくらいには。
早くから働き出すことに何の問題もあるまい。寝不足ですら今の私を止める要素にはなり得ないのだから。
最後の最後に作らなければならない特大ウェディングケーキを残すのみだ。生クリームを大量に泡立てスポンジを焼き上げていく。飾り付けるための飴細工を用意し自分の役割はここまでかと腕を止める。
飾りつけはアタシが! とキャットが快く挙手してみせたのだ。それを奪うのは無粋というもの。配膳はローテーションで手の空いた英霊たちが担当してくれる。
だから私は他所事に現を抜かすことなくただ目の前の料理に夢中になれるのだ。それは自分同様食堂を預かる英霊たちが現れてからも大きな変化はなく。
きっと私は今日を以ってこの無意味な恋心と別れを告げられる事実に安堵しているに違いない。
「チュチュン!? エミヤ早過ぎじゃないでちか!? こんな朝早くから大丈夫なのでち!?」
「あぁ、すまない、どうにも落ち着いていられなくてな。何か手を付けていないと冷静じゃいられないのだよ」
「それにしたってもう少し休んでいてもいいと思うのにねぇ~まったく、そんな所も私たちのチーフらしいね!」
「えぇ、えぇ、母もエミヤ殿のその清廉さには逞しく思うばかりです!」
「ささっ、それじゃあアーチャーさん! 今日もとびっきりのご馳走と采配をよろしくお願いしますね!」
「――ふ、任された。別に最高のご馳走を彩ってしまっても構わんのだろう?」
ここには心強い仲間たちがたくさん居る。何を恐れることもなく不安に思う必要もないんだろう。だから本当にいつも通り、ただ私は黙々とここで調理をしていけばいい。
多くの英霊から拝借した使い魔やゴーレムなどの自立人形が予め用意してあった料理を運んでいく。それでは足りない人手を実際の英霊たちで補いながら。
今式場はどうなっているんだろう。気にならないといえば嘘になるが、実際に自分の目で見に行く勇気はない。最後の最後まで本当に臆病者だな、と癖のようになってしまった自嘲を零す。
予定は頭に入っているが内容までは曖昧だ。あまりに見つめ過ぎて光景を想像してしまわないか不安であったから、敢えて記憶しないようにしていた。
幼き英霊たちの可愛らしいミュージカルも、精巧な技術によって成り立つ美しいダンスも、見事な武器捌きで彩られる剣舞も、いつ本気の戦いになってしまうかハラハラしてしまうような組手も。
きっとどれもが目を奪うに相応しい余興だろう。でも駄目なんだ。きっと私はそれを見る楽しそうな彼の顔にばかり目が行ってしまうに違いないのだから。
私など見てくれなくとも構わないが万が一視線が重なってしまったなら、きっと全てを見透かされてしまう。そうなったら宴を汚してしまう前にそれこそ座に還る以外の選択肢がなくなってしまうのだ。
「ったく、アンタも何もこーんな日にまでそんな働かなくてもいいんじゃないんですかねぇ。ホント、どこまで行っても変わらないのなぁ」
「こんな日にだからこそ、だよ、ロビンフッド。古参の君なら私がどんな英霊か知っているだろう? それに君だってそうして給仕に勤しんでいるじゃないか」
「いやいやアンタとはレベルが違いますって。こっちはシフト制の期間限定ですし?」
「というよりそろそろさすがに挙式に参列しといた方がいいんじゃないかな~エミヤ。皆が待ちくたびれているよ」
「ヘクトール、ふむ、君もロビンもウェイター姿がよく似合っている。が、生憎今日の私はここを離れる気はないよ。チーフとして責任があるからね」
「あぁ? いやそのためにゴーレムやら自立人形とやらがあるんだろ? なんでここを出て行かねぇんだよ、エミヤ」
「何でもだよ、プロト。君たちの配膳は終了かね? なら是非彼女たちのエスコートを頼みたい。皆もう充分に働いてくれた。後のことは私に任せて式を充分に楽しんでくれ。せっかくのその衣装を誰かに見せに行くのだっていいだろうさ」
「「「「「「何言ってるのエミヤ?」」」」」」
「……へっ?」
ウェイター姿のロビンもヘクトールもプロトも皆それぞれ似合った服装だった。こんな仕事着も用意されているのだから見事な采配だ。まぁこれは元々別のイベントで使用された霊衣かもしれないが。
だからもうこの場は十分だと思えた。これ以上ここにカルデアキッチン組を縛り付けておくわけにはいかない。彼女たちをエスコートするに相応しい頼れる最古サーヴァント達も居る。
もうこの場は私だけでいいだろう。こんな挙式に似合わないじめじめ鬱屈とした湿度など隔離されて然るべきなのだ。完全無人は少しだけ心配ではあるし、いくら使い魔たちが優れているとはいえ一人は采配役が必要なはず。
そう思っての発言に渾身の疑問符を投げ付けられる。なんだ、そこまで私は可笑しなことを言っただろうか。あぁ、そもそも挙式に参加したくないという姿勢が理解不能ならそうだな、普通はそうなんだろう。
私とて本来なら誰かの晴れ姿を見送りたかった。けれど駄目なんだ。どうしても私は自分の運命の生末を見届けられない。
ならばせめて役割と立場を振りかざして逃亡を図りたかったというのに、それすら跳ね除けられてしまったらどうすればいい? 本心を告げるわけにもいかないが、とにかくここを離れたくないのだ。
「いやいやいやっ、それだけは絶ーーー対ダメでしょうが!? オタクさすがにキッチンチーフに固執し過ぎですって!」
「君の席が空席ってのはちょーっと許されないんじゃないかなぁ? 関係者なんてレベルの度合いじゃないし」
「うん? 私の席……あぁ、すまない。自分の席すら確認していなかった。後で見ておくよ。っと、ほら、いい頃合いだ。終わってしまう前に皆出向くといい」
「どどどどうしたのだチーフ!? あまりにらしくない、らしくなさすぎるゾッ!?」
「そうだろうか? ……ふむ、平静を装っているつもりが、ボロが出始めたのかもしれないな。まぁ見過ごしてくれ」
「いやいや見過ごせないからね!? それにその格好! いつもの霊衣じゃないか! エミヤ専用の衣装にそろそろ着替えないとマズいんじゃないのかい!?」
「衣装、あぁ、そうだな。せっかく作ってくれた物を無駄にするのは、確かに胸が痛むな……だが、すまない。こんな私にも矜持というものがある。なら、そうだな。全てを終えたら会場の様子見くらいには行くから、兎に角君たちは先に行ってくれたまえ。私なら放っておいてくれて構わないから」
「チュチュン!? 本当にどうちまちたかエミヤ!? あまりにらしくないのでち! あちしじゃなくともその嘘は分かりまちゅ。それ絶対に行かない者の台詞でち! それに全てが終わってからでは意味がないのでち!」
「うぐっ、いやそれはその通りだが……君たちこそどうしたんだ? そこまで躍起になって……まさか、これ以上私に役目があるとでもいうつもりか? 今日はここのチーフ以外任されていない予定だったんだが、」
「いやいやいや一番大事な役割があるだろうがよっ!? えっ、なんだこれ、あれか? もしかして主役引っ張ってくるレベルの緊急事態か!?」
皆がどうにも私を放っておいてくれそうにない。なんて酷な優しさだ。じゃあ後でねと軽く手を振ってくれたならそれで全てが終わる予定調和でしかなかったのに。
本当にどうしたというのだろう、そんな必死になって。私の席がどこにあるか知らないが、もしかしたら第五次聖杯戦争関係者という括りにでもなっていたのだろうか?
余興の声がけはない。もう一度あの戦いの再現を、なんて花弁の盾を強請られたらそれこそ盾の崩壊と共に私の存在も崩れ落ちてしまうから。そればかりはどうにも避けたい地獄でしかないないんだが。
紅女将の前では嘘も誤魔化しも通用しないし、こんな所に主催が呼ばれてもただ迷惑なだけだろう。私なんかいない方が挙式も滞りなく幸福に進んでいくと決まっているのに。
いつまでもここに彼らを縛りつけておくわけにもいかない。一体どうすればと困惑に溺れていたら、ふとあまりに馴染み過ぎる霊基が音もなく忍び寄った。
「オルタ? ちょうどいい、彼らを式へ……えっ?」
「どうせこんなことだろうと思ったよ。片割れの連行は任されよう」
「っはー、安心したぜエミヤオルタの旦那。まったく、恥ずかしがるにも限度ってもんがあるでしょうよ。いや俺とて当事者の気持ちなんざ分かりたくもないですけどね、こんな日陰者には辛すぎる宴」
「ね、本当にねぇ? よくあのエミヤが快く頷いたとおっさん不思議でならなかったんだけど。ははっ、やっぱり平気そうに見えて羞恥心でいっぱいだったんだね~」
「うんうん、良かった良かった。あっ、衣装はあっちに用意してあるから、ちゃんと着替えてくるんだよ? さすがにそのエプロン姿は特別感ないからね~」
「そうこう言っていられぬぞっ! アタシたちも着替えねばならぬのだ! とーうっ! ではチーフ、また後でな~!」
ダークグレーのスーツに身を包んだオルタの私が都合よく現れてくれた。それにほっとしながら場の成り行きを眺める。これで彼らは正しく参列客として場に戻ってくれるはずだ。
そこに私の席も、ましてやこいつの席もないんだろう。座席の有無の話ではなく心の在処という意味でだ。どうせ私達にはおめでたい場など不釣り合いでしかないんだから。
着飾った仲間たちを目に出来ないのは少しばかり残念だったが、後ほど記録媒体で嫌というほど見られることだろう。その時はどうにか彼の姿ばかりは視界に収めたくないものだがな。
急ぎ颯爽と去っていく彼らの姿を見るに、そろそろケーキ入刀の時間が迫っているのかもしれない。挙式において一日の中心に位置するに相応しい特大イベントだろう。
彼ならばきっとケーキナイフとて鮮やかに使いこなし、特大ケーキを人数分に捌いてしまうんだろうな。その戦士としての太刀捌きを見られないのは心残りではあったが、もうこれ以上私とて心を粉々にされたくはないのだ。
「あ、あぁ……と、すまない、助かった。いいタイミングで訪れてくれたな」
「姿を見せないあんたに会場がざわつき始めたからな。どうせこんな顛末だろうと描いていたさ……こうならなければいいのにと、僅かながらに願っていたんだがな」
「うん? 何の話だ? っと、すまない、ちょうどいい。お前もあんなめでたい式に居場所がないと思い始めていた頃だろう。ならせめてこの場で調理、をっ?」
「もうそれも仕舞いだ。メインは終わったんだろう? なら後はどうせなし崩しにおざなりなラストへ至るまでだ。行くぞ、引導を渡してやる」
「い、引導っ? って何の……はっ! お、お前まさかっ、私を打ちのめすつもりなのか!? それは本当に勘弁してくれ……! もう充分傷付いたし苦しんだ! それを乗り越えてようやくチーフとしての務めを果たせるようになって」
「――それだけ傷付いて苦しんで、まだその傷は痛むんだろうが。どうしてそれを放っておく。せめて報復しに行かねばなるまいよ。他ならぬオレの手でな。デストロイしてやる」
「なんでさっ!? ちょ、ちょっとオルタ! 本当にお前どうしたんだ!? ま、ままま待て待て私以上の筋力を発揮するな! 私は参列したくないと言っているだろうが~~~!」
ほっと安堵し息を漏らしたのも束の間、彼が痛いくらいに私の腕を掴んで颯爽とキッチンを後にしてしまう。あぁっ、まだ配膳の終えていない料理がたくさんあったのに!
無機質なアシスタントが大勢居るから暫くは大丈夫かもしれないが、それにしたって全く以って意味不明。仕事がなくとも彼はあの場に戻るような性格じゃないとそう信じていたのに。
何故か青筋浮かべて怒りに満ち溢れているように見えた。珍しい、いつもは全てを嘲るように切り捨てている彼がこんなにも何かに腹を立てているだなんて。
浮かれた宴に嫌気が差したとはいえパーティーを壊そうとするな! うじうじと悩み悔やんでいる私に苛立っていたというのならそれは本当に悪いことをしたなと思う。
でも誰の前でもこんな顔を晴れの日に向けるわけにはいかないし、だからお前の隣でくらいはと安堵していたというのに。そんな信頼すら裏切ってしまうというのか。
やめろ、やめてくれ、もう充分思い知ったし打ちのめされたんだ。これ以上は本当に柔らかな表情を浮かべられなくなってしまう。というのに彼は着替える暇すら与えてくれず、ずかずかと裏口から連れ出していく。
待て待てもしかしなくともこの入り口はいわゆるヴァージンロードなのでは!? ここから私が入ってくるなど最低の面汚しでしかないだろうに!
本当に何を考えているんだオルタの私は!? ばんっと大きな物音立ててどかどか神聖な赤い絨毯の上を連行されていく。あぁ、本当に処刑台へと進んでいく面持ちだ。
私はそこには不釣り合いないつもの格好にまだエプロンしか重ねていない。なのに――目が合ってしまった。今日一日の主役でしかない彼と。
「おうおうっ! ようやく来やがったな? アーチャー! ったくいつまで働いてやがんだか、待ちくたびれたぜ、って、お前正装は?」
「――……ッ、あぁ、いや、着替える間もなく、連れ去られたというか、だな……いやっ、宴を邪魔してすまなかった! 本当、こんな格好で、ははっ、惨めだな、私はッ」
「いいや? ある意味てめぇらしいけどよ。確かにこの晴れの舞台にいつもの衣装ってのは割りに合わねぇわな~」
「ッ! そう、だろう、そうだろうよ、君と違って、私はこの場に、不釣り合いだと、おいっ、オルタ! いい加減手を離さないかっ!」
あの時衣装部屋で見た美しい白きタキシードを彼は完璧に着こなしていた。あぁ、何を着ても似合ってしまうなんて、本当顔がいいと得しかないんだな。
魅了の黒子が存在しているはずもないのに彼の顔面が輝いて見える。なんだ、宝具演出をリニューアルしたのか? それなら予め言っておいてくれ。それは私特攻だ、特に効果抜群。
だがその隣の席はもぬけの殻、空席であった。なるほどお色直しというわけか。その場を繋ぐ余興に呼ばれたのなら全てに説明が付くが、生憎と脳内は大混乱で正常な思考を描けそうにない。
周りは皆が美しく着飾っていて、だからこそいつもの衣装である自身に羞恥心が溢れて消え去りたくて仕方がないのだ。場違いにも程がある、笑い者にしてくれるな本当に立ち直れなくなるだろうよ。
祝いの席に相応しい表情を浮かべられそうになくて、顔は引き攣り今にも泣いてしまいそうなくらいなのに。どうしてオルタの私はこの腕を離してくれないのか。
そして彼はあろうことか空いた手にいつもの双銃を携え、天井に向かってその武器を打ち放った。もちろん中身は空砲であったようだが驚きに耳を塞ぐのも忘れてしまう。
「うわびっくりした……いきなりなんなんだ!? 何故私はここに呼ばれ……、……はっ、まさか余興か? お色直しの前に私達二人で姫は攫った返して欲しくば大人しく勝負しろとか、そういう……? えっ、待ってくれ、台本以外のアドリブは止めてくれないか! ヒールを望まれているならそれに相応しい格好をだな、あっ、真田エミ村の衣装でいいか?」
「少し煩い黙っていろ。オレはこれから――この結婚式に一世一代の喧嘩を売るんだからな」
「喧嘩……? えっ、待ってくれ、一体どういう筋書きで、誰の脚本だ? アンデルセン? シェイクスピア? まさかなぎ子さんではないだろうな!?」
「――オレはここに宣言する。嫁入りの決心が付いていない片割れを、出迎える資格のないあんたに渡すことは出来ない。そうするくらいならオレがこの場で堂々と攫ってやるとな」
「――ア?」
指先が絡み合って解けない。一体どうして何故この場に引き摺り出されたのか理由が分からないのだ。何の余興か祝辞か、他に役職があったのなら予め教えておいてくれとも思う。
だがきっと私がその中枢に触れることを避けていたから。結局は提供する料理以外の挙式の内容を知らないのだ。後で思い返して苦い気持ちに陥りたくなかったから、なら最初から知らない方が気楽というもの。
彼の空砲と共に和気藹々としていたムードが一瞬の内に霧散して、ぴりと空気がひりつく。喧嘩を売るってまさか当の本人にか!? さっきまで喜色満面の笑みでこちらに手を振っていた主役の顔が一瞬の内に歪む。
あああそういう獰猛さに満ちた視線も堪らないな。この余興の道筋が本当に分からない。こいつがそんな真似を引き受けるとも思えないのだが、正式な仕事として依頼されたのならここまで躍起にもなる、のか?
(というよりこれはやはりあれだろうか。ケルトに名高い嫁取りの儀式の再現なのか?)
なら私たちはやはりそれを阻むヒールの役割で、ほらオルタの私も銃剣を手にしているし。私も双剣を以ってして立ちはだかるべきなんだろうか? いやでも待ってくれそれならやはりせめてエプロンだけは外させてくれ、格好が付かない。
この姿で武器を手にするには、そうだな、お玉とフライパンが最適だろうか。いやいやいやそうではなく、何現実逃避に身を預けているんだ俺は……!
「この式の開催宣言がされてから時間はいくらでもあったはずだ。だが刻限は迫る一方で日記への記載が変わることはなかった。ずっとずっとこいつの心は同じ答えを弾き出した。オレはそのあんたの傲慢さに反吐が出るし、その怠惰を許せそうにない。今すぐにでもその浮かれた怒髪天を撃ち抜いてやりたいくらいだ」
「――アーチャーに関してこの俺へ喧嘩を売ろうとするその意気や良し。潔く買ってやろうじゃねぇか、相手がてめぇだとしても。だがまどろっこしい、てめぇの言いたいことはなんだ。もっと端的に言いやがれ」
「一つ、オレの質問に答えろ。腐っていないオレ」
「えっ、あっ、はい。いや待て、私のこの場での役割は一体何」
「あんたはこれを誰の結婚式だと思っている?」
「誰、って、その、ランサーの結婚式、だろう?」
「相手は」
「相手、は……、すま、ない、聞くのを失念していた、というか……今更、とうとう当日まで、誰に聞く真似も、出来ず……ふはっ、情けない臆病者だな……私は新婦さんのことを、本当に、何も知らない、んだ」
「――は?」
相変わらず私以上の煽りスキルだなと惚れ惚れしてしまう手腕だ。いやあの槍兵を炊き付けることに関しては私とて負けていられないが。でももう既にその立場を退いた身だ。
そんな皮肉で煽りあう手段すら失ってしまった私だけれど。ここはこっそりエプロンを外して私も片割れのようにニヒルな悪役を演じる場面だろうかと、そう思った矢先に矛先がこちらに向いて鼓動を失う。
槍兵に喧嘩を売りながら私を断頭台へ引き摺り出すつもりか。それはさすがに強欲が過ぎないか? そんな器用な手腕いつ身に着けたんだ。
彼なりの未練を断ち切れという親切心なのかもしれないが、それにしたって暴力的過ぎる。その質問に一体どんな意図があるのか掴めないまま、誤魔化す真似すら出来ず素直に白状してしまう。
主役や招待客が言葉を失ってしまうのも当然で。相手を知らずとも完璧に給仕出来るとそう驕っていたのだが、もしそれが過ちだとしたら。
「……あっ! もしかして何か新婦さんに曰く付きの料理を出してしまったとかか!? 私が呼ばれた理由は……そうか、そうなんだな? どうなっている責任者を呼べーってやつで拉致されたんだな? それなら本当に申し訳ない決して悪気があったわけではないんだ! あぁいや言い訳など通用しないな、くそっ、私としたことが……!」
「ご覧の通りだマスター! これがオレの提示したいおぞましい『真実』だ。この意図が分からない愚かなマスターに仕えたつもりはないんだが? オレは、いいやオレ達は」
「いいやマスターの采配に何も狂いはない! この過ちは全て私一人の物だ! カルデアキッチンのスタッフ誰一人に落ち度はないっ。だからマスター、どうかこの場を、こう、何とか上手くやり過ごしてはくれないだろうか……?」
「――……、……あぁ、うん、なるほど」
本当に一体場の流れがどの方向へ向かっているのか分からないまま。どこか唖然と呆然とした空気だけが伝わってきて、自らのしでかした過ちの重さに膝を折るばかりなのだ。知らないことは無知は確かな罪である。
知ろうと思えば出来たそれを私は確かに怠った。もし死因に等しい食材を出してしまったのなら料理人として失格以外の何物でもない。そうか、だからもしかして新婦は中座しているというのか?
それなら私は何てことをしてしまったというんだろう。嫁取りの障害でしかない私をいっそこの場で私刑にしてほしいくらいだ。だからこの場を収められるのはやはりマスターしか居ないと、年端もいかぬ少女へ縋るような視線を向ければ。
そこにはまるで決戦に挑むかのような面持ちで静かに佇む少女が居た。気高く誇り高く、誰よりここに居る英霊たちの幸せを願う一人の純粋な魂が。
「式を中断させて悪いとは思うがね、オレなりのけじめを付けさせてもらわなきゃ性に合わん。こんな状態でもまだこのふざけた余興を続けるつもりか? 本人に自覚のないままに?」
「……うん、心のどこかで可笑しいとは思ってたんだ、ずっとずっと……だってさ、準備をしている間、皆たくさん『槍ニキ楽しそうだったよ~』とか、『槍ニキ目に見えてはしゃいでるね~』とかの話はしてくれるのに……エミヤの反応については、誰一人話題にすら上げてくれなかったから」
「あー、もしかしれこれはあれかな? 準備班のメンバー誰一人としてエミヤにスケジュールを話していないとか、打ち合わせをしていないとか、そういう?」
「えっ、えぇっ!? そ、そんなことがあり得るんでしょうか、先輩……! だってあの望まれたなら最優を目指すエミヤ先輩が、一日の流れを把握していないなんてことが!?」
「たっ、確かに今日の予定全てを把握しているわけではないのだが……そもそも私はずっと厨房に引っ込んでいるつもりだったから、知る必要もないかと、そう怠ってしまった……」
「そう、それこそ可笑しかったんだよ。例え厨房の全権を任されていたとしても、それでもあのエミヤが今日一日の流れを把握しておかないなんて」
「そ、それが今私が責められている理由、なのだろうか? そこまで信頼を置いて重い役職へ就任してくれていたのなら、期待に応えられず本当に申し訳ない……」
「あぁ、それだマシュ。私も常々可笑しいとは思っていたのだよ。だってあのエミヤだぞ? 仔細を何も確認してこないのだからね。誰かに聞いているのだとこの私すら思い込んでしまった始末だ。それこそ彼が今日という日に関して、詳細を知らないなどとあり得ないという話なんだ」
「……そう、だね。考えてみれば、それは凄く可笑しい。だって僕たちの知っているエミヤなら、スケジュールを完璧に把握し、余興の合間の絶妙なタイミングを計算して料理を配膳するに違いないから」
「それは確かに~! 私たちの知っているエミヤならそんなヘマだけはしないと、そう胸を張って言えてしまえるね!」
「今の今まで気付かなかったけれど、確かに余興に夢中になっている間にいつの間にか料理が運ばれていて、冷めているなんてこともままあった。だから、それこそが可笑しいんだ。そういうことだろう? マスター」
「うん、そうだよね、ネモ。私達の知るエミヤだったら絶対にそんな過ち犯さない。今日という日に慌てちゃってたのかな? って最初はそう思ってたんだけど……そっか、前提が違っていたんだ。エミヤはさ、あれでしょ、敢えてスケジュール聞くことを避けてたんじゃないかな。もしかして」
「うっ、ぐぅっ……そう、そう、だな、それは間違いなく、真理だ……すまない、そんな失態をこの私が犯していただなんて……はは、吉日になんてミスを、これは挽回出来そうにないな……ならばカルデアキッチンのチーフを降りることで、許してもらえるか……? こんな祝われるべき幸福な宴を微妙な空気にしてしまい、本当に、申し訳ない。いくらでも咎を受け入れよう」
会場の一番良い席にマスター達関係者が座っている。マスターばかりでなくマシュが、ロリンチちゃんが、ホームズが、ネモがここぞとばかりに私を論破し打ちのめしてきた。
そうか、せめてキッチンチーフとしての役割くらいは完璧にこなしたいと思っていたんだが、それすら出来ていなかったと己の不甲斐無さに辟易してその場に正座してしまう。
相変わらずオルタの意図だけは分からないけれど、色んな意味で私を再起不能に陥らせる気なのだとそれだけは理解出来た。なんだ、今日を私の命日にでもするつもりか?
それではせっかくの吉日が報われないだろうに。針の筵に立たされただ罪状を待ち落ち込む私を、その主役だけはただ茫然と見つめていたなんて。本当にこの場を台無しにして申し訳ないと俯くばかり。
「……ッ、おいアーチャー、嘘だろ……? てめぇ、何言ってんだよ」
「嘘、とは……? 私がスケジュールを把握しなかったのは紛れもない事実だよ……それを何故わざわざこの場に引き摺り出され断罪されているのかだけが分からないんだが」
「いいや引き摺り下ろすも何も、正当な理由でてめぇはここに座るべきだろ。だってこれは――俺とアーチャー、てめぇの結婚式じゃねぇか」
「なんでさ……えっ、いや本当になんで? 何故そんな笑い話にすらならないくだらない冗談を吐き捨てる。言っておくが神聖な誓いの儀式の場だぞ? そんな穢れた嘘で会場を台無しにするな。笑い飛ばせすらしないだろうに」
「こんな状態の奴を堂々と嫁入り宣言して娶ったつもりでいるのか? ハッ、大した自惚れだよケルトの英雄とやらは! 精神状態がこれだぞ? 誰がその獰猛さだけが売りの? 真摯な姿勢を見せない獣に渡せるか。式は中止だマスター。嫁ぎ先の失った嫁をオレが強奪しても文句は言えないな。こんなにこいつの心を……ボロボロの粉々に砕きやがってッ」
「ややややめろオルタの私! いや確かにここまで追い込まれたら誰とて心に深いダメージを負うとは思うがな!? そっ、そもそも私がこの場から姿を消せばいいだけの話だろう! 何をそんな中止にまで追い込む必要があ」
「話聞いてなかったのか? えぇい、相変わらず自分のこととなると本当にどこかへ理性を追いやってしまうんだな、腐っていないオレは!」
「そっ、そこまで罵倒されるのかこの場で!? いやいい分かった分かったから、とにかく説教ならこの場を退去してからに」
「あんたがこの場を去ったがイコール式の中止に繋がるんだろうがッ!」
「何故そうなるんだっ!? いや俺が去った所でせいぜいがキッチンチーフを一人失うぐらいでこれっぽっちも損害にはならないはずだ! 何故なら俺以上に優秀なキッチンスタッフは大勢居るんだからな!」
「料理の話じゃないといい加減気付け鈍感を極めるのも大概にしろよ貴様ッ!?」
唖然としたその主役の表情は一体何を意味するのだろう。あぁ、恐ろしい誤解だけは勘弁してくれないか。私は決して君を嫌いだからこんな挙式を台無しにしてやろうとか、そんな復讐心に燃えたつもりだけは絶対になくて。
なのにあろうことかそんな発言をしてみせるし。場を和ませる嘘だってもう少し種類があるだろうよ。なんだ君と私の結婚式って、そこまで脳内お花畑な景色はさすがの私も描けそうにないぞ。
それにしても今日はよく人前で喋るなオルタの私? お前の役職は一体本当何なんだ。頼むからこれ以上この場を引っ掻き回してくれるな、台無しにしてくれるなと願うばかりなのに。まるでちぐはぐな釣り合っていない兄弟喧嘩を続けてしまう。
「待って、エミヤオルタ。私からも一つだけ質問させて? ねぇ、エミヤ」
「えっ、あぁ、なんだろうか、マスター……?」
「エミヤはさ、ちゃんと槍ニキから――その心を預けるに相応しい、泣いてしまいそうなくらい幸せなプロポーズの言葉を、ちゃんと貰えた……?」
「ぷ、ぷろぽぉず? な、何故、ランサーが俺にそんなものを送る理由があるというんだ? そんなものは非生産的で、無意味な……あぁ、それこそ酒の余興の罰ゲームにすらならない戯言だろう?」
「はいっ、皆落ち着いて~! 特にエミヤの関係者席は座ってね~! エミヤオルタとマスターちゃんで2アウト、まだ挽回出来る余地は残ってるよ~まぁ3アウト取ったら有無を言わさずさすがの私もGOサインを送っちゃうけどさ」
真摯で真っ直ぐなマスターの姿に、一瞬未熟で愚かな色合いの自分を重ねてしまうけれど。抱いた願いは間違いなんかじゃなかったと、いつか彼女も声高に宣言してみせるのだろうか。
あぁ、それならばなんて尊い。だからその口から出たおぞましい言葉に自嘲すら浮かばず思わぬ素直な本音が溢れ出てしまった。もう少しオブラートに包むんだったここは確かに彼のプロポーズで成立した場であるというのに。
私の台詞でどこかの席ががたり物音でざわついた気がするけど、機転を利かせたロリンチちゃんが牽制してくれる。
いや確かに槍兵の関係者からしてみればプロポーズを貶されたようにも聞こえてしまったはずだ。けれどこのマスターを前に本音を誤魔化す真似だけは出来そうになかったから。
「なっ、何か今物凄くヘイト買っていないか私!? ちが、違うんだ、彼のプロポーズで成立したこの挙式自体を貶したわけではなく、それが私に向けられるなどと冗談にも程があると説いているだけであって、」
「おっま、え、本当に? 鈍感極めてるとかこの場で誰も得しねぇぞ!? それ素で言ってやがんのか!?」
「何故今私が貴様に罵倒されなければならん! すまないが少しばかり私に構わないでもらえないだろうかもう本当いっぱいいっぱいなんだって!」
「いやここで事実確認しとかなきゃマジで今日の意味がなくなるだろうが! あんなに何度も愛し合った夜を越えておきながら俺からの愛に気付いていなかっただと!?」
「はぁっ!? いやっ、えっ、ハァァ? 何、何を言っているんだ貴様こんな荘厳の場で……! わた、私がいつ貴様と愛し合っただと!? 冗談も大概にしろよクランの猛犬ッ」
「いや冗談はてめぇの方だろマジかよ……! あんなに一緒に寝たっつーのにてめぇは何も感じていなかったってのか!?」
「だからふざけた妄言をやめろと言っているッ! あれは愛情確認などではなくただの魔力供給だろうが! というかこの場で堂々と浮気の事実を暴露するな! あぁいやっ浮気にすらならないただの魔力供給に過ぎないが周りがどう誤解するか分からんだろう!」
「浮気じゃねーよ本気だわ! 魔力供給なんてのはただの口実だろ!? それをわざわざてめぇ相手にあぁ何回もするかってんだよ天然ボケも大概にしやがれ!」
「始まりが魔力供給だったんだからその後もそうだと考えるのが自然だろうが! それに貴様は愛情表現とそう言うがなッ、君は一度足りとて――私に愛など囁いた事実はないだろうに……! それがファイナルアンサーチェックメイトだランサー! 好意を言葉にする必要性すら感じない相手だったんだろう!? 俺なんてものは……つまりそこに好意などなかった! それが俺の付き付ける真実だ……!」
「はぁっ!? 好意を言葉にしてねぇだと!? んなことッ……、……お、あ、あれ……? 俺、てめぇに言わなかったっけ……てめぇのことが、好き、だと……」
「だーかーらー! 妄言も大概にしろと言っているだろう何なんだ本当……好き、などと言われた事実はない。何故ならそんな気持ちはどこにも存在していないからだ」
「なっ、」
「俺が君に愛されているだと? そんな現実は微塵もない。なんなんだまったくもう本当に……はぁ、最悪だ、こんな場で、このような……痴話喧嘩にもならないくだらない言い合いで、式を滅茶苦茶にしてしまうなんて……はぁ~~~っ……」
もう既に滅茶苦茶な現場になっていたとしても、それでもまだ自分がこの場から去ればマスター辺りが宥めて挙式を続けていけるとそう信じたかったのに。
どうしてこの場で私と肉体関係があったなどと宣ってしまうんだ。君の時代では英雄色を好むというし一夫多妻なんて珍しくもなかったから、愛多き男は魅力が増して見えるのかもしれないが。
そもそも私たちの間に愛なんてものは存在していなかった。いや例え誰に告げるでもなく私の胸に灯っていたとしても、それはもう既に凍結した感情に過ぎない。だからそんなものどこにも在るはずがないんだ。
浮気にすらならないただの魔力供給でしかなかったと釈明しても、周りがそれをどう思うかは分からない。特に新婦に誤解されたら私は潔く自害だって選んでみせるだろうさ。
だってもしもここに直感に優れた者が居たとしたら、私の心象風景を正しく読み取ってしまっても可笑しくはないのだ。今日の式部さんはその能力を秘めてくれているだろうか。
もしモノローグなど展開されたら本当に今すぐにこの首を掻っ捌いてみせよう。ない、ここにはない、いや世界中のどこにだって存在していない。
だって本当に言葉などなかった、それどころか仕草にだって愛情は込められていなかった。せいぜい一番いい情は戦友としてのそれか。だから本当にそれだけでいい、それだけで満足だったんだ。
もうこれ以上私を追いつめないでくれ。こんな修羅場を見せつけられてはお色直しを終えた新婦が入場し辛いのも当然だろう。しかもいくら魔力供給が主な目的だったとして新郎がこんな何の取り柄もない掃除屋を抱くような英雄だったなんて。
知られてはいけない事実で絶対に秘密にしておきたかったのに。マイナス要素にしかならないだろうそんなもの、と両手で顔を覆って深い溜息を吐いてしまう。自分が惨めで情けなさ過ぎて涙が出てきそうだ。
「ふぅ~~~っ……すまない、本当に申し訳ない、マスター。少々取り乱し過ぎた。我を失ってしまったというか……後でいくらでも誹りを受けるから、この場はもう退去していいだろうか……」
「これで分かっただろうマスター、こんな式は中止だ中止。延期でもなく今後一切開催させないと我を通させてもらおうか。開催中止による被害総額は全額責任を以ってそこのケルトの大英雄様が支払ってくれるだろうからなァ? こいつの心臓を粉々にした慰謝料も是非とも支払ってほしいものだがね」
「よせオルタ、責任は全て私にだ……私の秘蔵のQPで何とか……いや、圧倒的に足りないだろうな……今後全ての奉仕活動においてQPの支払いは停止してもらって構わな」
「いい加減自分を安売りするのをやめたらどうなんだ? たわけが……悪役に走るのはオレ一人で充分だ。こんな片割れが笑えない宴などぶち壊してしまえばいい。人生終了ご苦労様。というわけでこれはオレとクー・フーリンとで引き取らせてもらう。何か物言いはあるか?」
「はぁっ!? いやなんでてめぇが、つーかオルタの俺まで出てくんだよ!?」
「フ、いいなそれ。両手に花か、悪くない。俺はどこかの腑抜けと違って言葉でも行動でも意志を示すぞ。エミヤ族には表現してもし切れねぇぐらい注いでやらんと、それで僅か伝わるか否だろうが。運命に胡坐を掻いて怠りやがって、みっともねぇ」
「ぐっ……! ぐぅの音も出ないとはこのことかよまさかオルタの自分に正論をぶつけられるなんてなぁッ」
「おっ、何何そういう話になんのか? じゃあ俺にも立候補する権利はあるよなァ……? 運命なんてそれこそ縛って拉致監禁して括ってやんねぇと、いつ終わっちまうか分からない細い糸そのものだろう? なぁ、エミヤ? こいつらは退路塞いでいっそ雁字搦めにしちまうくらい重たい愛をぶつけてやるくらいでちょうどいいのさ。詰めが甘過ぎるんじゃねぇの? 槍持ちの俺よー」
「……私はあくまでキャスターの使い魔だからな。ここでの発言権は持たないと思うんだが……まぁ一言言わせてもらうとするならば……自害しろ、ランサーって所か」
「思いっきし殺意駄々漏れじゃねーかよ!?」
落ち込んで蹲ってもう膝が震えて立てそうにないのに、強引な腕が私を引き摺り上げてしまう。可笑しいな、いつも沈もうとするこいつを奈落の底から掬い上げるのは私の方であったはずなのに。
あれが余計なお節介だったということか? そこまで反転した自分自身に愛想を尽かされているならどうしようもない。もうここから逃げ出せるのなら何でも良かった。
けれどオルタの被害総額という言葉に更に打撃を負う。大丈夫か? 私もうHPないんじゃないか? NPは既にマイナスにまで及んでいる気もするが。
そこまでの貯蓄はないから手持ちのQPで足りるとはとても思えない。暫く宝物庫に引き籠ってもいいだろうか。延々無償でQP稼ぎをしてみせるから。
奉仕活動はいつものことだからそれで償えるとはこれっぽっちも思ってみないけれど。オルタの私に回収されるのはまだ理解出来るが、そこに何故狂王までもが混じってしまうんだろう。
二人の穏やかな生活を邪魔する気は微塵もないのだが。あろうことかキャスターまで参戦してしまう始末。君にも寄り添うべき影に塗れた私が居るだろうに。
あれか、奴隷以下の立ち位置にまで成り下がってしまったんだろうか。堂々と目の前で人身売買が行われている?
カルデアでそんな犯罪めいた行為が許されてしまうと? いやまぁそこまで堕ちなければ確かにこの場は収められない気もしてきたけれど。
「――同じ第五次聖杯戦争経験者として、これ程恥辱に塗れた戦は初めてだ。非礼をお詫びします、マスター。アーチャー、あなたの嫁ぎ先が決まっていないという話なら、私の元でもいいんじゃないでしょうか。私ならあなたのその尊い心を、誰より大切にすると誓えます」
「せっ、セイバーぁ……君はこんな場に於いても美しいんだなぁ……慰めありがとう。フ、成る程、今の私はこんな身体じゃお嫁に行けない、ってやつなんだな……それなら本当に、君の元へ嫁いでしまっても構わんかなぁ……あぁいや、決して嫁という恐れ多い立場ではなく、従者という立ち位置だと嬉しいんだが」
「哀れよなぁ、フェイカー。だがこの我は貴様の従者としての腕は買っている。未来永劫この我に尽くすというのならその身を引き取ってやっても構わないが? セイバー共々我が愛でてやろう」
「んふっ、相変わらず平常運転だな、ギルガメッシュ……そう、だな。貴様の元で身を尽くすのも、今の私には相応しい末路かもしれん」
「あら、先に目を付けたのは私の方よ? ギルガメッシュ。ねぇ、赤いアーチャー、あなたきっと私の元に居た方がいいんじゃない? それが一番しっくり来て最も相応しい気がするの。この依代がそう訴えているわ」
「イシュタル……ふはっ、君も相変わらずだな。その貪欲さには目を焼かれてしまいそうになるよ。魂の輝きは失われないものだな……凛、」
「えっ、ま、待って下さい! 女神も立候補可能なんですか? それならアーチャーさん、私と一緒にお料理教室を開きませんか? まだまだあなたに教わりたいレシピはたくさんあるんですっ!」
「パールヴァティー……君は本当に、日常の象徴そのものだな。君があの特別な霊衣を纏うというのなら、確かに私も戦闘衣装ではなくエプロンに身を包むしかないだろう、桜」
「あら、なら私にだって権利はあるわよねぇ? ねぇ、バーサーカー? 一緒にアーチャーを攫っちゃいましょうか。あなたならあーんな英霊の風上にも置けない愚か者からアーチャーを奪うのなんて、虫を潰すより簡単なことでしょう?」
「シトナイ! いやイリヤ、イーリーヤー! バーサーカーを巻き込むのだけはやめなさいっ! 冬の城でのマナーはどこに行ったんだ。君の場合従者というより傀儡にされそうで寒気がするんだが……」
「おーおー、引く手数多ってやつじゃねぇか、お前さん。まぁでも何故かこの器がここは引けないって叫んでるんでな。ここは爺も参戦させてもらうとすっかね。ちょうどいい弟子を志願してた所なんだ。剣を鍛えるの大得意だろう? 赤い弓兵」
「うっ、ぐぅっ……! むっ、村正殿に鍛刀の腕を買ってもらえるのは、まぁ有体に言えば光栄に身が震える想いでいっぱいなんだがッ……声と、声と外見が邪魔をする! えぇいどうして依代が貴様なんだ小僧ッ……!」
セイバーが、ギルガメッシュが、イシュタルがパールヴァティーがシトナイがこんな私の身を引き取ろうとしてくれている。いやだが村正殿、あなたは駄目だ。どうしたって感情と口から出る言葉が反比例してしまう。
同じ第五次聖杯戦争参加者としての縁がこんな所まで続くとは思ってもみなかったけれど。彼らは彼らなりにこの場を和やかに平和的に収めようとしてくれているんだ。
その厚意に心から感謝したい。今なら彼らの好物を無償で好きなだけ調理出来てしまいそうな気がする。いや私の料理ごときがそんな価値あるものになるとは思えないが。
カルデアでの職を追われたら世界の片隅でひっそり個人経営のカフェを営むのも悪くないかもしれない。立ち寄った誰かがほっと一息付けるような、そんな憩いの場所。
彼らもそこを訪れてくれるだろうか、なんて幻覚を抱きながら。彼らの優しさに粉々に砕け散った心がじーんと温もりを感じ震える。
このままその喧騒に紛れてひっそり退場しようとしたら、なら私も僕も俺も! と次々に私を求める手が挙がり硬直してしまう。いやいやいや場を和ますジョークならセイバー達だけで充分だった。
なのに何故このカルデアで共に戦っただけの私にそんなにも皆慰めの言葉をかけてくれるんだ!? いつの間にかオークション形式に変貌しつつある現状に戸惑いを隠せない。
「えっ、あ、えぇ……? す、すまない、これはもしかして……け、結婚式などではなく、何かの大がかりなドッキリなのか? それともまたいつもの特異点による影響か何かなのか? わか、分からない……いやそれにしては手が込み過ぎていて」
「み、皆さん落ち着いて下さい! エミヤ先輩の意志を確認しないまま進めてしまうのは、それこそ今の状況と何も変わらないのではないでしょうかっ……!」
「ま、マシュ……こんな時に清廉潔白な声を挙げられるなんて……君の成長が先輩として何より心強いよ……」
「だからどうかお願いです、エミヤ先輩――最後に私からも一つだけ質問をさせてくれないでしょうかっ……!」
「おぉっ? 最後のカウントはマシュか~! いいよいいよ~マシュだってエミヤにはカルデア発足の頃からお世話になってるんだもんね。もうこの際だから言いたいこと思う存分言っちゃえ~!」
「ろ、ロリンチちゃん、頼むから焚き付けるのではなく宥める側に居てくれないかっ」
騒ぎが大きくなり過ぎて逆にどう収めたらいいか分からなくなってきた。おい月の聖杯戦争参加者、なら自分たちにも引き取る権利があるなどと宣うな話がややこしくなるだろうが。
えっ、あ、えぇ? 村正殿がありなら自分たちもありだろって? いやいやいやただ同じ日本出身の英霊だからってそこ、日ノ本剣豪チームはいささか身に余ると言うかだな?
あぁ、うん、カルデアキッチン組は確かに権利あるなぁ、何より馴染むなぁ~……一時期何故かぐだぐだ特攻に紛れ込んでいたからってそこに組み込まれるのはちょっと強引過ぎると思う。
え? 何なに、ノッブ率いる戦国チームと? 沖田率いる新選組チームに? 龍馬率いる維新チームかぁ~こう改めて見返すとぐだぐだ陣営も英霊増えたなぁ~
そう闇オークション形式で揚げられていく挙手の数々に段々現実逃避したくなってきた。この期に及んでようやくこれが普通の挙式ではなく、何かいつものポンコツ特異点の影響なんじゃないかと思えてきた始末だ。
あれ? じゃあ一体私の決意は何だったんだ? わざわざ硝子の心を粉々に砕く必要はなかったと? いや失恋に関しては確定事項で避けられない未来に違いなかったけれど。
結婚式は大波乱の大惨事、ハチャメチャの滅茶苦茶。どうあっても収拾が付かない現実に於いて、颯爽と美しく天に手を掲げ喧騒を貫く清廉な声がした。
あぁ、眩い後輩、盾の英霊ならばこの場を収められるとでもいうのだろうか。それは正に救世主に違いない。ロリンチちゃんはお祭り騒ぎを楽しそうに見物している。
だがマスターがずっと神妙な面持ちであるのがどうにも理解出来ない。愚かではない彼女のことだ、この壮絶な現場を見て何か考えを過ぎらせているに違いないと信じたいのだが。
「エミヤ先輩は、クー・フーリンさんのことを……どう思っていらっしゃるのでしょう」
「っ、それ、は……この期に及んで最初の回答に戻ってきてしまうなんて……君も意地が悪くなったな、マシュ」
「いえ、大丈夫です、把握出来ました。今のエミヤ先輩の反応と表情だけで充分過ぎます。素直じゃないあなたがすぐに否定的な意見を告げられなかったことが何よりの答えじゃないんですか? それに私は知っています。エミヤ先輩はいつも食堂で美味しそうに料理を頬張るクー・フーリンさんの姿を、本当に幸せそうな眼差しで眺めていたんですから」
「ふぐぅっ……! 純粋な視線で的確に射貫いてくるっ……ま、マシュ、今この場でその現実を突き付けてくるのだけは止めてくれないかっ! それはもう意地が悪いなどではなく天然の悪属性そのものだぞっ」
「ならば何故、それならどうしてっ……どうしてエミヤ先輩は――好きな人の結婚式の準備を、こんな完璧に出来てしまえるんですかっ……どうして、どうして……そんな風に、必死に笑みを浮かべて、幸せな風景に溶け込もうとしてしまうんですか、自分の心を偽ってまで……辛くは、ないんですかっ……」
「っ、それ、は……」
「私はまだ恋というものを知りません! それでもその温かさと痛みは想像出来るつもりです。私はこの旅でたくさんの愛を見つめてきました。もちろんエミヤ先輩の私達に向けてくれる愛だって! だからこそ、どうして、どうしてと……エミヤ先輩の硝子の心を思わずにはいられないんですっ……!」
しーんと場が静まり凍り付く。あぁ、こうなるといっそ先程までの光景を恋しく思ってしまうなんて矛盾している。さっきまでは本当に誰でもいいからこの喧騒を止めてくれと願っていたはずなのに。我儘が過ぎるな、子供でもあるまいし。
マシュは真っ直ぐ純粋に私を見つめてくる。周りの者もそれにつられて自然と私に意識を向けるから。なんて残酷なんだろう、賑やかさに忘れられていた感情がぶわり湧き上がってしまう。
彼女の言葉が正しいのなら、これは本来晴れやかな結婚式になるはずだったんだ。それがどこから一体何が原因でこんな特異点になってしまったか今でも分からないのだけれど。
私は最初からちゃんとこの式の成就を願っていたはずなんだ、それだけは嘘じゃなかったんだ。だってこの想いを偽ってでも、祈った心に間違いはなかったと信じたいから。
「――ランサーには、幸せになってもらいたかった、からだ。一秒でも多く笑っていてほしかった……だって、彼の笑顔は何より、私を幸せにしてくれるものだったから」
全ての視線が私に集まって白日の元に晒される。あぁ、やめてくれ、必死に今日という宴の輝きに埋もれて耐えてこられたはずなのに。
ここは調理場じゃないから玉葱を刻んでいて目に沁みたんだという言い訳すら出来ないのに。笑え、笑うんだ私、精一杯の笑みを浮かべてこの場の幸せを喜んでみせろ!
例え結末がどうであれ、そう願った心だけは嘘じゃなかっただろう。幸せにと祈った心は決して虚偽ではないと胸を張れたのに、どうしてほろり涙は零れ落ちてしまうんだろうか。
「好きな人には幸せになってもらいたい、そう願うのは至極当然のことだろう? それが例え私の隣じゃないのだとしても……あぁ、いや、私ごときじゃその特等席には相応しくないと、最初から分かってはいたんだがな、ははっ……」
「……ッ、エミヤ、せんぱい……そのために、ただひたすら、想い人のためにっ……こんな、美味しい料理を、作り上げたんですかっ」
「……あぁ、当たり前だろう? 大切な人の記念日になるんだ。あの日は幸せだったなぁと思い返すに相応しい日なんだ。そんな晴れの日に美味しいご馳走を振舞うことだけが、私に残された、この手で出来る最後の贖罪で……あぁ、いやでも、結局は台無しにしてしまったなぁ……はは、どうにも俺は、我欲を出すと何一つ上手くいかなくなる。だからきっと、そういう宿命なんだろうな」
楽しい日というのは辛く苦しい状況に於いて、自分をもう一度立ち上がらせ鼓舞するに相応しい優しい思い出となってくれるはずだから。
あの日は楽しかった、幸せだった、あの料理は最高に美味かったと。いつの日か例え私の姿を思い返さないとしても、私が作った料理の味を描いてもらえたのなら。
これ以上ない幸福だとそう思うんだよ、心の底から本当に。だって私なんて存在は歴史の楔にすらならず、ただの使い捨ての消耗品として朽ち果てていくばかりだから。
生き様でも戦い尽くした身でもこんなどこにでも在る平凡的なありふれた名前でもなく。だからそんな私の作った料理の味を、いつの日かふと思い出してくれたのなら。それだけで共に在れた証として満足してしまえるんだよ。
せめて美味しいと笑ってくれますように、そう作った料理に込めた想いだけは嘘じゃなかったんだ。あぁ、みっともないな。きっと場に充てられたんだろう、幸せの涙というやつか。溢れて止まらないそれをエプロンで無造作に拭えば。
「うぅっ、うあああああ~~~ん! チーフ、チーフレッド、いやエミヤぁ~~~っ……! 思い返せばずっと、エミヤは思いつめた顔をしていたのである……メニューに悩んでいるのかと思い込んでいたのだが、そうか、チーフはずっと苦しんでいたのだなッ……アタシとしたことが鼻が利かずずっと気付けずにいるなんて、なんて忠犬にあるまじきっ……穴があったら埋もれたいワン~~~!」
「ふむ、余も消沈するそなたを前にマリッジブルーかと、酷い勘違いをしてみせたものだ……採寸している時もどこか気がそぞろで心ここに在らずといった様子ではあったしな。成る程、このような顛末であったとは。ではあの衣装は今の彼に着せるわけにはいくまいよ」
「……エミヤ、ずっと寝不足だって言って誤魔化してきてたけど。ずっとずっと、辛かったんだね。ずっとずっと、一人で泣いていたんだね……ごめん、ごめんね、私マスターなのにそんなことにも気付けないで……結婚式に参加するなんて初めてだったから、きっとここに居る誰よりも浮かれちゃってたのかもしれない」
「っ、いや、いいんだ、それで正解なんだ! その心をどうか悔やまないでくれっ……俺が、ただ一人俺が可笑しいだけなんだ。こんな、めでたい場に於いて相応しくない後悔など持ち込むべきではない……私の願った光景は、一人でも多く誰かが笑っていられるような、そんな世界だったんだ……ここは確かに幸福で溢れ返った世界で……だから私が、弾き出されるべきなんだよ。相応しくないのはただ一人、ここでそれを純粋に祝えない……俺の存在、だけだから、」
何故キャットが泣く必要があるのだろう、何故ヴラド公が悔やむ意味があるのだろう、何故マスターが謝罪する理由があるのだろう。何一つこの場に不要なものであるのに。罅割れた心にじんわり優しさと慰めが沁みていく。
誰かに慈しんでもらえると思ってなかった傷痕がその優しさに身を寄せて涙を零しそうになっている。私は、いや俺にはやはり彼の結婚式など相応しくなかったんだ。
あぁ、ここは見事な断頭台だな。あの日とまるで同じ。私を覆う野次は憎しみに満ちたものではなかったけれど。状況再現としてはこれ以上ないくらい完璧だなと思う。
首を括る紐はどこにあるんだろうか。見えないそれを探し彷徨う殉教者の私へ、再び鳴り響いたのは空の弾丸だった。
ダァン!
「――僕は、彼と同じ名を冠しているけれど血縁関係にない。別の世界線のことは知らないけど、今ここに居る僕と彼は親子じゃない。そうだろう? 赤い弓兵くん」
「ッ、きりつ、ぐ……、……あぁ、いや、そう、そうだ。あなたは俺と同じ名を冠してはいるけれど……うん、俺のじいさんじゃ、ない。同じ魂を秘めているとは、そう思うけどな……いや、すまない。私が勝手に幻影を見ているだけなんだ」
「けれどそこの槍兵は、こんな僕を君の父親と定め、この僕に向かってきちんと挨拶をしてきたから……息子さんを俺に下さい、生涯を懸けて幸せにすると誓ってみせたから……その誠意に応えてもいいんじゃないかと、そう思ってこの挙式の許可を出したんだ。僕には何の権限もないけどね。だがその結果がこれだと……?」
「え……あっ、えっ、挨拶……?」
「僕に挨拶をする前にもっと優先すべき事項があっただろう。確認すべき意志が、話し合う時間があったはずなのに……それを怠ったそんな愚図に、僕の家族をあげられない。主役が哀しいと泣く挙式に一体どんな存在理由があるだろうか。マスター、僕は何か間違ったことを言っているか?」
「――ううん、まさにその通りだよアサエミ! 言いたいこと全部言ってくれてありがとう! 私も今の槍ニキに大切なエミヤを渡せないもん!」
誰がその衣装を見繕ったのだろうか、あぁ、もしかしたらジャガーマン辺りか? 彼はこの場に於いて落ち着いた色合いの和服に身を包んでいる。
隣に佇むアイリスフィールが美しいドレスを身に纏っているのに何故かちぐはぐには見えない。ぴたりと相応しい光景に思えてしまうんだ。歪ではあるけれど確かな愛の形。それがこのカルデアにはたくさんありふれていて。
私の元から失われた、ただそれだけの結末だったのに。どうして否と彼なんかが私のために叫んでくれるのだろう。そうして誰より眩い輝きで、マスターが私の想いを間違いなんかじゃないと叫んでくれるから。
「――令呪を以って命じます。槍ニキには今から与えられる試練を乗り越えてもらわない限り、エミヤをお嫁さんにすることは許せません」
「おあっ!? ぐぅっ、なんだこの縛りは……! 今までにない強制力だなオイ!?」
「おーおー、嬢ちゃんもやるねぇ~ま、いい気味ではあるがな、槍持ちの俺よ。この場に於いて最上の戦犯はお前さんなんだから大人しくマスターの怒りを喰らっときな」
「一つ、エミヤを渡さないと立ちはだかる全てのサーヴァントからの戦いを拒まないこと。またその全ての戦いに勝利してみせること」
「ふ、やるじゃねぇのマスター。本来の嫁取り以上に重い縛りを与えやがって。まぁそれくらい戦士として乗り越えてもらわなきゃオルタの俺としても到底許せそうにないがな」
「二つ、エミヤをお嫁さんにするに相応しいお婿さんであると、カルデア全ての者から許しを得ること。その時相手から何か条件を提示された場合、その全てに応えてみせること」
「ほう? さすがオレ達を纏めるマスターなだけはあるな。腐っていないオレは鈍感を極め過ぎて理解に及ばないだろうが、これの飯に胃袋を掴まれている奴はごまんといるし、無償の働きに信頼を寄せた者もかなり居るからな。今のままじゃ誰一人許しを得られんだろうよ、もちろんこのオレもだがなッ!」
「三つ。エミヤに誠心誠意、心を込めてプロポーズすること。無理やりは駄目、強引にも駄目。心の底から自然にエミヤがその心を預けてもいいな、この先ずっと寄り添っていけるなって、そう思えるくらい真摯に向き合えないならこの結婚式は当分延期。いや中止、かな? 今のままだと。誰が許そうとマスター権限で絶対に許可出来ません」
「……あぁ、うん、泥に塗れた私にも分かるぞ……泥に塗れていない私は、本当にこのカルデアに愛されているんだなぁ……キャスターの愛と同等の重さか? これは……さすがに自分自身とはいえ看過出来なくなってきた。何よりこの場に於いて何一つ理解出来て居なさそうな自身が一番末恐ろしいと思う。いやもうこれ天然とか鈍感とかいうレベルじゃないだろう。心壊れてるんじゃないか?」
「以上、マスター権限でこの結婚式中止を宣言します。色々言いたいことはあるかもしれないけど、今ばかりはどうか私のこの台詞で場を収めてほしい。お願い、皆!」
「――……、……なんでさ……?」
令呪3画分の縛りが槍兵を雁字搦めにしていく。令呪の強制力はマスターのみなぎる決意に比例するものだから、今彼がその重圧をこれ以上なく感じているならそれだけマスターの心情が燃え上がっている証拠だ。私はその様をただ唖然とぽかんと眺めるだけしか出来そうにない。
だってそうだろう? マスターは今どんな負荷を彼に与えているというのだ。その言葉の意味が理解出来ないまま彼女の高らかな声音が右耳から左耳へと流れていくばかり。
頭が真っ白になるとはまさにこのこと。分からないままそれでも数多くの参列客たちが、いいぞマスター! もっとやれやれ~! やっちまえー!
ここに居る全員がエミヤの味方だぞ~! と歓声まで上げてしまう始末。本当、何……? 今この場を包む熱狂は、これは……一体どんな特異点に及ぶものなんだ!?
「はーいっ! というわけで残念ながら結婚式は中止~! 準備に勤しんでくれた皆本当にごめんね? でも皆マスターちゃんの宣言ちゃんと聞こえたかな? ということでここは今から――クー・フーリンの嫁取り阻止準備会場に変わりま~す! 皆せっかくめかし込んでもらった所悪いんだけど、高難易度レベルの戦いになるから霊衣脱いだ脱いだ~! いつもの最高の戦闘衣装で挑んでね! 今から参加申し込み受け付けるよー!」
「ふむ、高難易度レベルということは特殊スキルも使用可ということかな? 皆順番に並んでくれたまえ、全てをきちんと受理しよう。教授、君も手伝いたまえ。今回は特別に賭け事に関する全てを君に委ねようじゃないか」
「おぉ? あの探偵がこれまた珍しい。っと、そうか、君もエミヤ君の紅茶を高く評価していたものネ~いいだろう! 基本参加は3人一組のチームを組んで申請するのだよ諸君! 何、いつものお祭りの延長だとでも思えばいい。エントリーが済次第ここに提示していくから、賭ける先が決まったら是非私に声がけを頼むよ~! おい若造の私も手伝いたまえッ」
「ななななんでこんなくだらない愚かなお祭り騒ぎに付き合わされなくちゃいけないんだこの僕がっ!? おいカドック! お前何とかしろ! 同僚だろう!? いいから早く立香を止めてこい!」
「無理だ無理無理、あれ完全にブチ切れてる。何よりあのエミヤだろう? このカルデアで絶大な信頼度を誇る英霊の矜持を穢されたとあっちゃ、参加者は膨れ上がるばかりだしベットも跳ね上がる。全て諦めて受け入れてさっさと運営に回った方が楽だぞ、元異星の使徒」
「はぁ~い! ではこの私、NFFサービス代表コヤンスカヤが華麗にオッズ発表とカジノ運営を取り仕切らせてもらいますね~~~! ふふふっ、これは儲かりそうですわ♡ やっぱりカルデアは楽しい所ですねぇ!」
「是非とも試合の解説は私にやらせてもらえないだろうか。何、あの英霊とは生前にちょっとした因縁があってね。巧みに場を盛り上げると神に誓おう。あぁ――愉悦」
「待って下さい、これは愛を主題とした戦いなのでしょう? それならエセ神父ばかりでなく私にも解説をお任せ下さいな。愛の女神に相応しい賛歌をご覧に入れましょう――愉悦」
「ニャニャニャッ!? これはジャガーの血が騒ぐッ! 是非ともこの私に実況役を、熱き実況魂が疼くぞぉぉぉぉ! 白熱した試合になること間違いなしなのだッ!」
「ああああのランサーの嫁取り儀式に相対者として参加出来る機会があるだなんて……! ならばこのバゼット身命を賭して全力であなたを倒させて頂きます、ランサー……!」
あぁ、この空気には何より馴染みがある。いつもの、そういつもの、ネロ祭だとかギル祭だとかスカサハ祭だとか、そういう戦いを主としたイベントの始まりに近いだろう。
マスターは何より与えられる景品のため全力で林檎を消費し周回に挑むから、いつも金林檎消化レシピに頭を悩ませているんだっけ。懐かしいな、少しばかり遠のいていたからこれもまた新しい形の周回イベントなんだろうか?
最近新たに青林檎の栽培も始まったことだしな。この私はまだキッチンチーフを解任されていないという認識でいいのか? ならばまた林檎調理に勤しまないと。
そう現実逃避してしまうに相応しい光景でしかなかった。我先にと皆がチームを組み参加を宣言している。ロリンチちゃんやホームズがそれを纏め、裏でモリアーティやコヤンスカヤが賭け事を仕切っている。
そんな堂々といいのか? いやある意味公認で場を設けてしまった方が酷い惨状にはならないか。でももう既に公営とは別の裏カジノが作られそうだから、油断しない方がいいぞ特にそこの悪属性の集団には。
あーあーもう既にエントリーが終わろうとしているし。戦いに参加しない観戦客たちが揃って場を片付け整えようとしている。あの最後まで残った食事を頬に詰め込もうとしているのはどの騎士王だ?
あぁいや料理は食堂に戻しておいてくれ。食べかけはラップの上から名前を書いておいてくれると助かる。今回のために特大冷凍庫を作ってもらえたから保管は完璧だろう。
試合の実況にとジャガーマンやシオンが名乗りを上げ、その隣にあくまでも生前の関係者ですからという姿勢を崩さず解説を担う聖職者たち。
いやなんかあの愉悦親子を見てからだと同じ名を持つ天草が本来の聖職者に見えてしまうくらいなんだから困ったものだな……顔に愉悦って書いてあるどころか喜色満面の笑みを隠そうともしていない。
それどころかあの二人、聖職者チームとしてちゃっかりエントリーしていないか? あぁほらギル君が巻き込まれている。他にも大勢、たくさん、組まれたチーム編成を眺めているだけで一日が終わってしまいそうなくらいだ。
「おおおおおおっ!? おいいくらなんでも対戦相手がちと多過ぎやしねぇかマスター!? これほとんど全員じゃねぇか……!」
「うん、それだけこの結婚式に納得していないサーヴァントが多いってことじゃない? 大丈夫、ロリンチちゃんが調べてくれた所近々特異点は観測されないって。だから思う存分時間を掛けて思い知ってね。何も今日一日で戦いを終わらせる必要はないんだから。だってそうでしょう? ――挙式の開催宣言してから当日の今日に至るまで、エミヤはずーっと苦しんできたんだもの。せめて同じ日数くらい槍ニキなら簡単に乗り越えられるはずだよね?」
「うっ、おおうっ……それを言われちまうと俺は何も言えねぇな……! あー、というより嬢ちゃん、結構、マジで、キレてるな……?」
「自分でもびっくりするくらい怒ってるんだ。槍ニキとは生きた時代が違って、もちろん常識も違うんだろうけどさ……今の槍ニキ、とてつもなく格好悪いよ。だってエミヤのことが大好きだから、結婚式を挙げようって今日まで頑張って準備してきたんでしょう? なのに自分の気持ち一つちゃんと相手に伝えられないなんてさ。同意のないままここまで来ちゃうなんて……それにずっとそうやって慌てるばっかりで、傷付けてしまったエミヤにごめんなさいの一言も告げられない人とは、例え好きって気持ちがあったって私だってごめんなさいってしちゃうもの」
「おーおー……いやな? 炎上した冬木からの長ーい付き合いだけどよ、この嬢ちゃんとは。ははっ、こりゃ一本取られたな? 槍持ちの俺よ。圧倒的に嬢ちゃんが正しくてそれ故素晴らしく格好が良い」
「フ、さすが数多の英霊を率いるマスターだな。俺とて鼻が高い。無様だな、槍持ちの俺よ。嫁に逃げられるなんざアルスターの風上にも置けねぇだろ」
「ぐ、う……! てめぇら好き放題言いやがって……! あぁ、だが確かに……嬢ちゃんの言うことはその全てが正しい。そして……俺は間違えてたんだな。肯定の返事に勝手に舞い上がって、あいつと対話せず良い気になって自惚れてた。そうだよなぁ……あいつが小言の一つも漏らさず式の開催を受け入れた時点で、過ちに気付くべきだったんだ」
相変わらず状況が把握出来ないまま、私はただ一人茫然と膝を折るしかないけれど。そんな私の肩や頭を軽く叩いて数多の英霊たちが戦場へと挑みにいく。
ここで培った縁が、情が、ここまで来てこんな形で見せつけられるとは思ってもみず。普通の聖杯戦争なら孤独であるべきの戦場に於いて、マスターとサーヴァントの関係性以上に確かな絆がここで育まれてきたから。
それが自分に与えられるとは予想外にも程があるけれど、今仰ぐべきマスターの瞳に惚れ惚れしてしまうのも確かなのだ。マスターが彼女だからこそ数多の英霊たちがこうして肩を並べていられるのだろう。
あぁ、状況が上手く飲み込めないけれど、彼女の言葉と意志は震えてしまうほどに美しくて清廉だ。それこそ喚び出されたあの日から幾星霜を越えて育んだ彼女との絆がここにある。
じわり、じわり、熱が、感情が、優しさが染み込んでいく。もうこれ以上ないくらい粉々に砕け散ったはずの硝子が、踏み躙られるばかりでしかなかった心臓が。彼女の紡いだ縁によって修復されてしまう。なんて、どこかのエンディングでもあるまいし。
ばちり視線が重なって、彼の獲物のごとく真っ赤な瞳が私だけを映し射貫いた。どくり失われたはずの鼓動が脈打って。
ふわり主役の席から飛び立った彼は、綺麗に着飾った白い新郎服を脱ぎ捨てて――いつもの戦士に相応しい青を翻した。
「――アーチャー、俺が悪かった。非礼を詫びさせてくれ。俺は圧倒的に言葉が足りてなかった。こんなに長く一緒に居たのによ……だからその運命の上に胡坐を掻いて浮かれてた。俺達は肉体言語よりもっと先に、言葉を交わす必要があったっていうのにな……あーあ、なんて情けねぇ。ずっとずっとてめぇは傷付いてたってのに、俺はそんな過ちに見向きもせず今日というこの日まで浮かれっぱなしだったってわけだ」
「――……、君に、謝罪される謂れなど、私には……」
「嘘付け。ずっとずっと泣いてましたって顔しておきながら。分かりにくいんだよ、てめぇの癇癪は……いつもは小言やら皮肉やらで煩いくせに、どうして大切なこととなるとそう意固地に自分を殺し他を優先しちまうんだか……まぁそんな所に惚れ抜いたんだがな。つーかそもそも誰の結婚式なのか分からなかったんなら聞けば良かっただろ、俺に」
「それ、は……その通り、なのだが……多分、きっと、私は恐れていたんだ……君が誰かに、熱い眼差しを向ける、その決定的瞬間を……私以外へ向ける情熱を、この目にしてしまうのが……だってそうだろう? 失恋など分かり切ったものだと思っていたがな。それでも苦しいものは、苦しいんだ、」
「それを俺に言えば良かっただろうが……嫌なことも苦しいことも、楽しいことも嬉しいことも、何一つ余さず俺に伝えてくれや。俺はてめぇからの意志を何一つ跳ね除けねぇ。受け止めた上でちゃんと考えて、嘘偽りない俺の気持ちを伝えるから」
「……いい、のか? こんな、こんな私が……君相手に、この心を、明け渡しても……」
「いいに決まってんだろ。つーか俺はずっとずっとそれが欲しくて、むしろ俺だけの物にしたかったんだよ。だからこんならしくないと分かっていながら、てめぇは俺の物なんだってカルデア中に思い知らせたかったんだ。いやな、今は真逆でカルデア全土を敵に回してる状況だけどよ?」
馬鹿みたいな話なんだが、それこそ今この時ばかりは世界に二人だけしか存在していないような気がしてしまったんだ。可笑しな話だろう?
ここにはカルデア中全ての英雄が集まっていて、見事なくらい人口が密集しているというのに。今彼は私だけしか視界に映していない、膝をついて見上げる私には彼しか見えていない。
どこに居たってきっと同じ、私達は愚かなくらいに互いしか見えていなかったんだな。今更それを実感した所で遅過ぎるけど、これは私の惨めな独りよがりの片思いじゃなかった。
夜半の私に触れるあの掌に込められた熱は、そのままきっと――ランサー自身の心を表していたんだろう。
「もう時間がねぇ、すぐにでも戦闘は始まっちまう。だからその前に聞かせてくれ、てめぇの本音ってヤツを。俺はそれだけでどこまでも戦い抜けちまうくらい安い男なんだからな」
「……、……私は、ランサー、君に多くを望まない。ただそこで息をして、同じ陣営にあって、共に戦えるのならそれだけで良かったんだ。本当に、嘘じゃない、けれど」
「そうだな、てめぇはそれくらいに欲のない男だったよ。けれど?」
「けれど、告げてもいいのなら――ランサー、私は君に……嫌われたく、ない。出来れば、好きになって、もらいたい」
「――……~~~~~ッ!」
「……? ……いやっ、すまない、強欲に過ぎた! ち、ちがっ、今の俺はちょっとどこか可笑しくてっ」
「あ~~~~~! クソッ、ちゃんと向き合えばこんなに素直になれんじゃねーか! 俺は今までこんな可愛いてめぇの姿を見過ごしてたってのか!? 嘘だろう!?」
「ひっ!? な、な、何に、怒って……?」
「可愛くてキレもするわ! 言うに事欠いて嫌われたくないだぁ? 好きになってほしいだぁ? 俺が今一体何のためにこんな真剣勝負に挑もうとしてるのか! まだ分かってねぇのかてめぇは!?」
「いっ、痛っ、痛い! な、何っ、槍で私の頭を叩くな!? そういう風に使うものじゃないだろう君の武器は……!」
真剣な瞳が、獰猛で強欲な視線が私だけを射貫いて縫い止めるから。私は一歩も動けずに、その優しい声音に蕩かされてつい本心を零してしまうのだ。
こんなみっともなく、しょうもない私だけれど、それでもいつだって君に嫌われたくないと叫んでいて。好きになってほしいと、そんな浅ましい願望を抱いていたのだから。
甘言に唆されて素直に本音を白状すれば、瞬間彼の息が止まったように見えて。やはり過ぎたる願いだったかとすぐに発言を撤回しようとしたのに。彼は獣の咆哮を上げて恐ろしいくらいの熱気で身を包んでしまうから。
何に躍起になっているかは分からないが、私の発言の何かが彼を壊してしまった。照れ隠しなのか知らないが槍で私の頭を叩くのは止めてくれないかね!?
「あ~~~~! 槍ニキがエミヤのこと虐めてるーーー! 優勝商品にお触りするの禁止禁止~~~! それ以上エミヤ虐めるなら更にペナルティ課すからね!?」
「あーあー悪かったって嬢ちゃん! これは手出ししようとするのを諫めてたんだよ! 何こいつ可愛くね? なんで俺の嫁はこんな可愛いんだ?」
「よっ、嫁ぇっ!? 私がいつ貴様の嫁になったんだ!?」
「そうそう、まだエミヤは誰のお嫁さんでもありませ~ん! だからこの機会にエミヤの心を見事撃ち抜いた人には可能性あるからね~~~! 皆頑張ろうねーーー!」
「おい待てやめろそれはシャレにならねぇ! 家庭的なこいつを嫁にって声は意外と多いんだからな!? そればかりじゃなく戦士としての力量も優れてるしよぉ! しかも素直になると可愛い!」
「なに、何を言っているんだ貴様は!? とうとう頭イかれたかね!?」
「そうだよ、エミヤは可愛かったんだよ。知らなかったの槍ニキ? それを見逃してたってんなら、所詮槍ニキの愛情もそこまでだったってことだよね~」
「――ッ、言ってくれるじゃねぇのマスター! 俺の愛情が最上級だってこと今から思い知らせてやるよォ!」
いつの間にか準備は整っていたらしい。ここがそのまま次のイベント会場になってしまわないか不安だったのだが、トーナメントの順番やオッズの表示のために片付けをしただけのようだ。
戦いはシミュレーション内で行われるらしい。食堂が悲惨な状況に陥らずほっと胸を撫で下ろすのだが、やはりどうあってもランサーの様子が可笑しい。
今回は彼が中心のイベントのようだが、ネロ祭と同等と考えてもよいものか。背を向けて戦場に赴こうとする彼がくるり振り返って、更に私に近付きあろうことかそのまま――唇を重ねていつものように軽く魔力を奪っていった。
「んぐっ!? きっ、貴様ッ、公衆の面前で何をしてくれる!?」
「景気付けだ景気付け。あとはまぁ、マーキングと報酬の前借り? 戦いが終わったら思う存分食わせてくれや、それこそ腹いっぱいになるくらいにな」
「それだと料理ではなく私をに聞こえてしまうだろうが!?」
「いやその通りだよ。てめぇが食いたいって言ってんだ俺は。いい加減思い知れ」
「ッ!? あぁもうっ、貴様なんざとっとと誰かに敗れてしまえ!」
「ははっ、それは無理な願いだぜアーチャー! 何より褒賞のお前を誰にも渡すわけにはいかねぇんだからな! てめぇは特等席でじっくり俺の雄姿をその目に焼き付けてろや!」
たった数秒の口付けで魔力がすっからかんになるほどに吸われた。なんだ今の、一体どうやったらあんな短時間で私の魔力を根こそぎ奪えるというんだ!? あぁ、だからそれこそが答え。
僅かな接触で魔力が流れてしまうくらいには、深く長くパスを繋げてしまったんだろう。それほど身体を重ねてしまったというのに、心はまったく寄り添えていなかった。
彼の心に私の居場所はないんだと、今日この日までずっと私はそう強く思い込んできたのだから。けれど違うというのだろうか。
彼もまた私と同じ想いをその心に抱き続けてきたのだとしたら? あぁ、それはなんて……幸運な悲劇であり、また無意味な茶番劇だったんだろう。
「……褒賞? ……私が……次の、イベントの景品……、……えぇと? 次のイベント名は……『怒涛のクー・フーリン祭 俺の嫁取りは誰にも譲れねぇ!』……これはまた、随分突飛な……ホワイトデーでもあるまいし、いやCBCに似た甘さでは、ある、が……? ……いいや、待て待て待てッ、嫁取り!? その景品が……俺ぇっ!?」
「さて、エントリーは済んだ。オレも出陣する。アンタはせいぜいその硝子の心を大人しく癒してお」
「オルタの私!? これはもしかしてもしかするといいや自分でもあまりの思考回路の陳腐さに言葉にするのもおぞましいのだがっ!? こ、こ、こ、これは――俺とランサーの結婚式の予定、だったのか!?」
「……、……今頃気付いたのか……遅過ぎる、あまりに鈍感過ぎる、鈍過ぎる……壊れかけのオレなんかより、アンタの精神状態の方がよっぽど心配になる不安要素だぞ……」
いつの間にかダークスーツからいつもの戦闘霊衣に戻ったオルタの私が、じゃきじゃき己の双銃の整備確認をしている。えっ、今こいつエントリー済と言ったか?
見た所頼まれた様子もないし、まさか自主的にあのイベントに参加しただと!? オルタの私が!? それだけでも驚きなのに参戦チームの名前を探せば『アグレッシブキュートで最高最強メイヴちゃん☆withオルターズ』という名前でエントリーしている。
メイヴの脇を狂王と彼とで固めたというのなら、それはなんて面白いチーム名なんだ……いいなぁ、俺もカルデアキッチン組で参戦したかったなーとどこか現実逃避。
もうそのチーム名は既にエントリーが済んでいて見ればキャット・ブーディカ・紅女将で組まれている。今回私の出る幕はなさそうだな。普段ならその事実を受け止めそれならばと食堂運営に精を尽くすのに、今はもうそれ所じゃない。
だってそのイベントバナーを眺めてようやく現状を把握したばかりなのだ。嫁取りの儀式を主としたイベント、その趣旨はまぁ理解出来る。
様々な理由により現在進行形で結婚式は滅茶苦茶になってしまった。中断した式をもう一度と意気込む気持ちは分かる、のだが。その景品欄、『優勝商品:お嫁さん(エミヤ)』の欄が頭に入ってこない。
(お嫁さんエミヤ? お嫁さんエミヤ……???)
その名を持つ者は複数居るが、オルタの私は既に狂王の連れ添いだし、影の私は名実共にキャスターの使い魔だし、アサシンのエミヤは最近召喚されたラスプーチンがちょっかいを掛けているのを見かけるがそもそもランサーが欲しがる理由が見当たらない。
それならばそこに記載された名は私ということになってしまう。嫁て、いや嫁……? そこでようやく今日一日の全てのやり取りが走馬燈のように流れ出し、身を貫く衝撃と共にここに来てやっと事態を理解出来てしまえたのだ。
いいやもういっそ気付かないままで居たほうが幸福だったかもしれないと思うくらいに、遣る瀬無い羞恥心に襲われ頭を抱え込んでしまう。
「じゃ、じゃあ俺は、何か……? 自分の結婚式の準備を意気揚々としていたと? 出される全ての料理を、ウェディングケーキをも……皆が全て、俺のためにこの場を準備してくれたっていうのか? 会場設営も、瞬間冷凍大型冷凍庫も、様々な余興も、音楽家たちによるBGMも、一日のスケジュール管理も……うぐぐぐぐぐぐぐっ! 今すぐ固有結界に引き籠りたいっ、穴があったら埋もれたいっ、綺麗さっぱり座に還りたい~~~!」
「いやぁ、あれはもう諦めた方がいいっすよ、オタク。もう完全に新規イベントとして開催されちゃってますし。今更アンタのNOは受け入れられんでしょうよ」
「ろ、ロビン……君のそのマント、貸してくれないか……? 一時的でもいいから物理的に消え去りたぃ……」
「ははは、そいつは無理な相談ってもんですね。だって俺もこれから試合しなきゃなんねぇですし?」
「は? ……いや、待て待て待てっ、何故君まで参戦する!? あっ、他の報酬がいいとかいうアレか!?」
「いやいや、最初はいけ好かなかったんですけどね。なんだかんだオタクとは長い付き合いですし? そんな弓兵を袖にされたとあっちゃぁ、いくら俺とて動かざるを得ませんよ。同じ理由で付き合ってくれるチームメンバーも居ることですしね」
「おーおー、エミヤの兄ちゃん沈んじゃってまぁ、大丈夫かい? ま、オジサンたちに任せておきなって。アルスターの走兵にはちょーっとばかしお灸を添えてやっからよ。いつも美味いご馳走ありがとうね、エミヤ」
「そうそう、いくら別の俺とはいえ、あれは見てて気持ちのいいもんじゃねぇよなぁ……俺もあぁはなりたくないもんだね。てなことで俺も行ってくるわ。別の俺がごめんな? いつだってエミヤの料理と戦闘技術と細やかな気遣いに感謝してっからよ、俺は!」
「おー、ヘクトールの旦那もプロトも流れるように口説いていくねぇ……おーい、エミヤ息してるかー? ま、そんなこんなで大量にチーム組まれてっから見世物としては結構な試合になると思うぜ? 景品のあんたは大人しく旦那が伸し上がってくる様子を高みの見物でもしてりゃあいいんじゃないですかい? 調理場のお嫁さん?」
「な、な、な、なんでさーーーーーーーーーーっ!?」
そんな私を慰めてくれるロビンフッドもヘクトールもプロトも、既にウェイター姿から戦闘霊衣に衣装を変えている。彼らが戦いに赴く理由など何一つないと思うのに。
こんな私へそこそこの情を向けてくれる者が他にも居るというのか。最古参だからと共に周回に挑んだだけではなく、ただ日常に於いて様々な形で関わった誰かも私を信頼出来ると評価してくれたとでも?
あり得ない、確かに私はこのカルデア初期からのサーヴァントであり、マスターからの信頼を聖杯という形で捧げられているけれど。そんな英霊は他にも居るし、何ならそれこそ狂王こそがこのカルデア最高の戦力として申し分ないと思うのに。
何がどうして私が景品として足り得るのか、ただイベント騒ぎに乗じて戦いたいだけの面子ではないのか。例え他に目立った景品がなかったとしても、皆が傷付いた私のためだけにその戦いに挑んでくれるとでも?
分からない、本当に分からないというのに。ただただ私は茫然と座り込んだまま唖然と動けないまま、おかあさんと慕う幼きサーヴァント達にあれよこれよと手を取られ、そのままシミュレーション会場へと連れ去られていくばかりなのだ。あぁ、そんな引率されるお嫁さんでもあるまいし!
***
向かった先にはこれまた見事なコロセウムが出来上がっていた。こんな数時間で見事なものだと思うのだが、以前の祭イベントにて使用したデータを流用したのだろう。
当然だが観客席には防護壁が張られており戦闘の余波がこちらに及んでしまう危険性はない。フィールド設定も様々変更が利き、遮蔽物の有無から森林砂漠など、それに加えて天候も左右出来る。
クラス相性の有利不利も打ち消されているから純粋な戦力勝負となるのだろう。まさに彼の望む様々な状況下での正しき戦場だ。初めはどうやらランサー一人でチーム戦に挑むようだが、相手に勝利した時点でその英霊を己が陣営に引き込めるという仕組みか。
なるほど、それなら次回からは単独で挑まなくていいし戦法の幅だって広がる。先程は状況が状況であったために大混乱の最中だったが、戦士として良き戦いを眺められるのは非常に心が躍る。もっとも今回ばかりはあちら側への参戦は難しそうであったが。
『はぁ~い! 今日の司会と実況はシオンがお送りさせて頂きますよ~! よろしくお願いしまーすっ。日替わりなのは愛嬌ね。さて今日のゲスト解説者はバレンタインイベントからの参入者、愛を司る神アムールさんと元異星の使徒ラスプーチンさんにお越し頂いてます!』
『生前少しばかりあの駄犬とは縁がありましたので。今回も見事な噛ませ犬っぷりを見せつけてもらえたらと思っています。愉悦』
『私も生前彼とは少しばかり縁があってね。さてどこまでやれるか楽しみではある。せいぜい頑張って足掻いてくれたまえ。愉悦』
『えっ、何その仲良く愉悦って語尾、流行ってるんです? それともクー・フーリンさん宛の秘密のメッセージ?』
「絶対違う! そいつら純粋に俺の敗退を望んで楽しんでるだけだからな!? 何勝手に関係者気取ってんだふざけんなッ!」
『ふ、嫁取りの失敗した駄犬なんかの遠吠えは聞くに値しませんね。ポルカミゼーリア』
『空腹では本領発揮出来ないのではないかね? ぜひこの麻婆豆腐を馳走してやろう。喜べ、ランサー』
「犬って言うな! 麻婆向けてくんな! だぁーっ! 戦う前から戦意喪失させるのやめやがれってんだ!」
『あらあら仲良しなんですね~その調子でお願いしますねー! あっ、最終戦はエミヤさんがゲストだと相場が決まってるんでそちらも今から予定調整お願いしま~すお嫁さん! これはもう決定事項なんで!』
「誰がお嫁さんだ!? ん、んんっ、すまない、失礼した。私はただの観客、気にせず続けてくれたまえ。私に注視するなUBWに引き籠るぞ」
ネロ祭を発端とするこの戦闘狂の喜ぶ祭は、いつしか主催者が代わりギル祭、スカサハ祭、最近ではモルガン祭とその名を変貌させていったけれど。本質は何一つ変わっていない。
相手が負けを認めるまで戦い抜くのみ。私も時折参戦していたが、こんな最初から観客として居座るのは初めてだった。エントリーしていない時はほぼ厨房で林檎レシピを調理していたのだし。
ムードも何もない開会式が終わり、そのまま選手宣誓とばかりに空高く赤槍が掲げられている。その矛先は真っ直ぐこちらを射貫いていて、まるで一瞬自分が対戦相手になったのではと勘違いしてしまいそうになるレベルだ。
「アーチャー! その特等席からとく俺の雄姿を見届けやがれ! 全て勝ち抜いたその暁には――てめぇのその心臓を攫いにいく」
「ッ、はっ! やれるもんならやってみるがいいさ! 生憎と私は安くないぞ! 何故か今回の祭は今までで一番エントリー数が多いらしいからなっ、ははは本当なんでさッ」
私を巻き込まないでほしい、私に注目しないでほしいのに。彼がいつものように軽口を向けるのならそれに応えないなど私ではなくなってしまうから。観客の群衆が何故か私達を微笑ましい空気で見守るのだけは勘弁願いたかったが。
すぐに戦いが始まり皆の視線は会場へ集中する。フィールドは森、相手は……なるほど、ロビン率いる『古参☆3チーム』と来たか。いやもう少しチーム名何とかならなかったのか?
まぁ確かにメンバーのヘクトールもプロトもそういうの執着しなさそうな性質だが。参加日時が今日ではない最速の騎兵が、なんで俺と組みやがらねーんだよヘクトール!
とよく響き渡る声で吠えているが、なんでオジサンが君なんかと組まないといけないの最悪でしょそれ~と相変わらずのらりくらり躱している。あの二人の因縁も一筋縄ではいかなそうだ。
森に上手く隠れながら隙を伺うロビンを同じ槍使いであるヘクトールとプロトが上手く連携してサポートしている。純粋に上手い戦い方だなと目を輝かせてしまう。もちろんかの槍兵の負けなど微塵も想像してはいないけれど。
「……エミヤ、楽しい?」
「うん? あぁ、そうだな……最近は厨房に居ることの方が多い私だがな、これでも戦士の端くれなんだ。やはり心躍る純粋な戦いというのは、いいものだな……本の中でしか空想出来なかった英雄たちが実際に今目の前で、こうして呼吸をし武器を弾き合わせているのだから。感慨深いよ。それに、」
「それに?」
「――やはり、私の運命は美しいな……彼は戦っている姿こそ本当に生き生きとしていて、ついつい夢中になってしまう……あっ、いや、今のは違っ」
「ふ、ふふふっ、良かった。エミヤが楽しそうで。ねっ? マシュ」
「はいっ! エミヤ先輩が楽しそうで本当に良かったです!」
「うぐぅ、や、やはり居た堪れない、場違いだろうこんなのっ……か、会場でケータリングの売り子をしても構わないだろうか?」
「今日は駄目。明日からはまたいつも通りのカルデアに戻っちゃうからさ、今日くらいはちゃんと見届けてあげてよ。私もちょっと言い過ぎたかなーって反省してるから。一緒に槍ニキのこと見守ってあげよう?」
「それに軽食なら今日の料理があります! カルデアキッチン組が持ち歩けるよう手配して下さったので心配いりませんよ!」
「さっ、さすが私の信頼するカルデアキッチン……! ふむ、マスターの望みとあらば仕方あるまいよ。それに、君は言い過ぎてなどいないさ。誰も異を唱えなかっただろう? ここには君が間違えたらちゃんと窘めてくれる者が居る。だから苦言を呈されなかった場合それは正しかったのだと胸を張るがいい」
「ふふっ、はーい! だって私に誰より小言を言ってくれるのはエミヤだもんね~?」
瞳に炎が灯るのを見抜かれていたのだろうか、それとも逆に最近の俯き加減を心配されていた可能性もあるな。確かに結婚式の準備中は視界が暗く沈んでしまう瞬間も多かった。
けれど今は違う。心の底から純粋に楽しさを向けることが出来るから。浮かぶ笑みを隠しもせずに戦いを眺める。マシュの手に携えられていた今日のコース料理を持ち運び用の器で味わいながら。
そうして一人、また一人と倒していく最中でとうとうロビンを仕留めた。これは紛う事なきランサーの勝利だろう。戦闘でぼろぼろになった姿で少し出血しながら、それでも満面の笑みで彼は歌う。
「どうだアーチャー! 初戦は余裕だったろ! ちゃんと俺の雄姿目を逸らさず最初から最後まで見届けたか?」
「――あぁ、君は本当に……心躍る戦闘を前にするとまるで子供みたいに笑うんだな。その笑顔はまさしく幼子のように可愛らしく愛しいよ」
「――あ?」
「……、……すまない、少し浮かれ過ぎた。訂正させてくれ、いやっ、なんというか、今の私はちょっと可笑しい……自分でも分かっているんだが、寝不足と混乱とでいつも通り頭が回らない……忘れてくれないだろうか」
「何それ可愛い。おいシオン次だ次寄越せ! 今日の俺はまだまだイけるぜ絶好調だ!」
『あははっ、見せつけてくれますね~熱いぞー! でも今は早過ぎますからまだまだお嫁さんはそこで耐え抜いて下さいね~! では次の挑戦者は――』
もう今日は何を考えることなく働かなくて良いのだと、そう緊張の糸が切れてしまったんだろう。それに寝不足で頭がぼーっとしていたのも確かだし、これ以上何をも繕わず本心を殺さなくていいと陥落してしまった。
いつもは皮肉の奥に上手く隠せている彼への灯火が覆えそうにない。ランサーが唖然とする姿を以ってようやく自覚する始末。
駄目だ駄目だ何浮かれているんだ私は……! それを隣のマスターとマシュににこにこ見つめられながら赤い顔を誤魔化すように料理を口にするのだ。
その後も戦いは続き、そればかりでは身体が休まらないだろうと小休止に現れたのはまさかのジャック・ナーサリー・ジャルタリリィによる『大好きなおかあさんを守ろう』チームであった。
戦闘力の高くない彼女たちが一体どのように彼と戦うのかと思いきや、場はすぐに不可思議なロンドンへと変貌していく。
漂う霧と溢れるお菓子の群れと煌びやかなクリスマスの装飾に囲まれながら、まさかのかくれんぼを強いられるランサーの姿はそれはもう愉快なものであった。少女たちに翻弄される彼というのもまた悪くない。
そうして一日目のクー・フーリン祭は幕を閉じた。でもこれは所詮始まりに過ぎず、明日から毎日これが眺められるというのなら。あぁそれこそお腹いっぱい胸いっぱいと表現するに相応しいイベントになるだろうな。
***
疲れているだろうから先に休みなね? というブーディカの労わりを緩く首を振って否定した。どうにも目が冴えて眠れそうにないのだ。だから心行くまで片付けに勤しみ、残った今日のコース料理を整えた。
これなら明日の朝食や昼食へ適応出来るだろう。入刀されなかった見事な10段のウェディングケーキも一人用サイズにカットしてデザートになる予定だ。
砂糖細工で作られた青い新郎と赤い新婦の姿を見つけ、思わず咽込んでしまったのは許されたい。気が付けばいつものように明日の朝食の仕込みまで終えていた。
今日くらいはサボっても罰は当たらないと自分でもそう思うのに、習慣はそう簡単には変えられるものではないらしい。
(私らしいと言えばらしいがな……全て終わったんだ。今日こそゆっくり眠れると、そう思うのに……また別の意味で今夜は眠れそうにないな)
ここ最近ずっと上手く眠れていなかったから、今宵ばかりは熟睡出来るとそう思うのに。自分の置かれた状況を改めて冷静に整理すると顔に熱が籠ってしまいそうで仕方ないから。
なるべく考えないようにしようと努めるからこんなにも雑事を片付けてしまうのだ。今日の彼は本当に格好良かったからどこを切り取って思い返しても口元がニヤけそうになる。
誰に見られるでもない一人の調理場なら浮かれても構わないだろう、と思っていたのにいつの間にか本人がそこに居て悲鳴を上げそうになる。
「ぎゃっ!? な、な、なんだ、びっくりさせるな……まさかわざと気配を消していたのか? ならなんて趣味の悪い……」
「いやさっきから普通にずっと居たわ。てめぇが俺の気配に気付かないくらいに気を緩めてたんだろ……いや違うか、それほど消耗してると見るべきか」
「消耗? それは君の方だろう。一体今日だけでいくつ試合を消化したんだか……そんな生き急がなくてもいいだろうに」
「確かにちとやり過ぎたわ。おかげでさすがに身体が怠ぃ……けど、俺はここ最近ずっとそれをてめぇに課しちまってたんだよな」
「うん? 私は別にここ最近は戦闘に及んでいないぞ。せいぜいが挙式の準備に出払っていただけで……あぁ、」
カウンターに腰掛けてこちらを見上げる瞳は、確かに少しばかり疲労が滲んでいた。それも当然だろう。彼は勢いのまま明日へ回されるべき試合にまで手を伸ばしてしまったのだから。
どきどきと高鳴る胸を抑えながら深呼吸を一つ。いつも通りの自分を心掛けて彼に向き合う。普段の覇気が感じられない彼もこれまた珍しかったが。
あれだけの戦いを終えて当然だと思うのに、何故か気遣われるのはこちらの方。どうしてと思う間もなく彼の悔やんだ表情で全てを悟ってしまう。
「その、準備自体は悪いものではなかったよ。結婚式の準備など初めての経験だったし、そう苦痛に満ちたものでは、」
「嘘を吐くな。だが本当に最低なのは俺の方だった。悪かった、アーチャー。俺は敢えて箝口令を敷かせてたんだよ」
「箝口令? 一体何の、」
「お前さんに結婚式のことで揶揄うような台詞を向けるのは止めてくれってな。きっと戸惑って居た堪れなくなって使い物にならなくなっちまう。オーバーヒートを起こしちまうこと確定だから普通に働かせてやってくれってな。誰に揶揄されるのも苦手だろう? 特に自分のこととなると」
「う、む、なるほど、道理で……まぁ結果的に今日一日で大いにその気持ちを味わったがな……生暖かい視線というのは慣れぬものだ。あれが少し前の言い方に置き換えるとリア充爆発しろという空気か」
「んだそりゃ? あー、だがまぁ当日まで自分自身のことだと気付かずに本番を迎えちまうなんて……ほんと鈍感っつーか、自己評価が低いっつーかなんつうか、そんなに俺に愛されてる自覚が薄いとは思ってもみなかった」
「ぐっ、それについての言及はもう勘弁してくれ、散々オルタとシャドウの私にも罵倒されたんだ……いやでもまさか私が君の、その、よ、嫁になど、思ってもみないだろう……」
「こっちはとっくにそのつもりだったんだがな? だが告白を怠ったのは間違いなく俺の落ち度だった。抱いて手中に収めるはまさしくケルトの流儀でしかなかったわな。てめぇが現代の英霊だと知っていたならそれに倣うべきであったのに」
「いやまぁ、確かに君がアサシンのエミヤに挨拶をしたと聞いた時には酷く驚いたものだよ。そんなマナーを知っていたなんてな……それに挙式の準備も見事なものだった。一切私は関与していないと聞かされた誰しもがそれにこそ驚いていただろうに」
「あー、まぁな。そういうの得意分野だもんな、てめぇは。でもよ、俺が催してやりたかったんだよなぁー……だって俺は、この日世界で一番とびっきりの幸せ野郎になれるんだぜ? 自分の嫁さんを見せびらかせるんだ。ならそこに伴う苦労は少しでも拭ってやりたかったというか、てめぇには幸せなことだけ考えていてほしかったっつーか」
「……ふ、こんなむくつけき男を捕まえてそんなことを考えるのは、今までもこれからも君だけだろうよ、ランサー」
「そうかぁ? 加減や手段は違えど、てめぇに笑っててほしい奴はそれこそごまんと居るだろうよ。今日のカルデア面子を一生覚えておけや」
さすがに挙式内での糾弾は彼も相当応えたらしい。理解は出来るがそこまで落ち込ませてしまうのも申し訳なく感じてしまう。事実から目を背けて僅かな可能性すら見つめられなかった私の責任でもあるのだから。
私はその席に就けなかったから場がどんな様子であったか知る由もないのだけれど、それでも皆が楽しそうに笑っていたよとこっそり幼いイリヤが教えてくれた。
それだけで大成功だとそう思うのに、けれど彼が一番幸せにしたかった人物こそが不在であったのだから。きっとどう慰めてもその後悔は拭えないのだろう。
中断された結婚式など一生忘れられないだろうに。あろうことかそこからイベントが始まり開催されてしまうなんて。しかも自分が褒賞であるなどとこの先ずっと忘れることは出来そうにない。
「承知した。私として悔やんでいるのだから、それで手打ちとしよう。夜食はいるかね? といってももう今の私の余力では新しく作れそうになくてな。今日のメニューの残りになってしまうが」
「おう、貰うわ。せっかくの料理もいつてめぇが場に参上するのかと待ち遠しくてあんま味わえてなかったんでね。惜しいことをしたな~とは思うが、それはまた次の機会があるだろうからその時にとっておくか」
「次……本当に君は中止ではなく延期と信じているのか」
「当たり前だろう? じゃなかったらあんなふざけたネーミングのイベント受け入れられっかよ」
「ふはっ、それもそうか……ふむ、なら酒はやめておくかね? 明日の試合に響くかもしれないから」
「あー、うー、んー……一杯だけ、一杯だけ付き合ってくれねぇか? それで手打ちにすっからよ」
「ふ、いい塩梅だな。一杯だけなら景気付けに相応しいだろう。私も寝入るのにちょうどいい迎え酒になるからな」
副菜として出される予定だった小さめの海鮮料理を提供し、それに似合うよう日本酒を注ぐ。静かな夜だ。いつも二人きりで過ごす夜なんて、それこそ吐息に溢れるものばかりだったから。
それでも魔力供給以上に心が満たされている。皮肉も煽りもなく何でもない時間を彼と二人過ごす。あぁ、私が求めていたものはこんな些細な空間でしかなかったなんて、呆れてしまえるな。
カウンターの向こう側とこちら側、料理人とその客人。その境界線は決して交わることはなく、私は向こう側にいけないのだと勝手に思い込んでいたけれど。
そうじゃなかったんだな。私から勇気を持ってその手を伸ばしてみれば、きっと跳ね除けられることなく繋いでくれた。それを今ここに来てようやく実感しているから。形を伴った情が確かに目の前に存在している。
「あー、寝不足だって言ってたもんな……楽しみで眠れなかった俺とはまた別の理由だろ」
「君が、楽しみで眠れなかった……? ふ、ふふっ、それは、なんだか、遠足を楽しみにしている子供みたいで、あははっ!」
「エンソク? ……あー、旅行みてぇなもんか? まぁ似たような楽しみであるがな。当然だろ? ようやく俺の物に出来ると思ってたのに、結果がこれとはなぁ……自分の間抜けさに心底呆れ返るぜ。あーあ」
「うん? あぁ、なるほど? 試合から解放されて冷静になったか? 君がそこまで後悔に苛まれるのも珍しい」
「当然だろ? 誰より好きな奴を己が手で苦しめてたんだぜ? 悔やんでも悔やみ切れねーわ、くそっ」
「すきな、やつ……、……す、すまない、事実として、それはもう思い知ったつもりでいるのだが、その……ま、まだ私には刺激が強過ぎる、対面で告げるのは勘弁願えないだろうか……まだ受け止め切れそうにない……」
「だと思ったらんな可愛いこと言いやがるしよー……もうほんっと頭ぐっちゃぐちゃだわ。そんなんで俺が引き下がると思ってるのか? てめぇ」
「あぁ、そこは信じているよ。だってもう君は私の意志を確認せず私に手を伸ばせなくなってしまったのだろう?」
「ぐぅっ、それはまぁ、そうだな……今までだって懇願してきたつもりだがよ、まぁてめぇの心に直接聞いたわけじゃなかったな。だが一度失敗したんだ、もう繰り返さねぇよ。俺だって馬鹿じゃねぇ。ちゃんと学ぶからな」
「それはそれは、是非ともそうしてもらいたいものだね。私とて万能ではないんだ。肉体言語だけで得られる感情など何一つ信用出来そうにないのだよ」
酒の力を借りているからか、すらすら己の本音が零せてしまう。本当はきっともっと早くこうすべきだったんだ。互いに心の在処を明確にしていれば、こんな形で拗れてしまうこともなかっただろうに。
けれど彼は二度とその言を違えたりしない。正しく私の心を優先してくれるのだろう。今はまだ擽ったくてそれに戸惑ってしまうけれど、いつしか慣れる日が来るんだろうか。
からり、からん。グラスの中の氷が音を鳴らし溶けていく。この火照った身体を覚ますに冷酒はちょうど良かった。熱燗で体温を上げてしまうわけにはいかないから。
「俺は結構読み取ったつもりでいたんだけどな。てめぇが俺のことを好きで居てくれるって感情はよ」
「えっ、え、そ、それは初耳だっ。何故、いつ、どうして……」
「だって、例え魔力供給だとしてもその身体を明け渡したんだぜ? そこに僅かでも情がなければせいぜい体液ではなく血液接種にでもすりゃいいだけの話だろ」
「ぁ……、……い、いや、最初はそのつもりだったんだが……いつの間にか、失念していた」
「はぁ? 普通すぐそっちを考え、……オイ、まさかてめぇ、他の野郎にも身体を繋ぐ方法で魔力供給しちゃいねぇだろうな?」
「いいいいきなり殺気を散らすな! そんなことするはずないだろう! 大体こんなむさくるしい身体抱こうと思うのは君くらいなもので……いや君に貞操を捧げていたというわけではなくてだなっ!?」
「あー……なんでそんなに可愛いんだてめぇは? 軽く上限突破してくれるなよ。酒に弱いつってもまだ一杯だろうが……さすがに今日は手を出せねぇからな~~~この場で食っちまったらそれこそ酷い誹りを受けてせっかくのチャンスが台無しになっちまう」
「やめろやめろここは食堂だぞ私は料理人であって食材ではないっ……! 変な食欲を呼び起こさせるな、まったく即物的め……」
私のこの醜い片思いが筒抜けであったこと、信じられないばかりなのに。結局私は最初から彼に抱かれる方法しか考えていなかったんだろう。あまりにも分かり易過ぎる回答だ。
かと思いきや何故か誤った嫉妬心を向けてくるし。けれど彼の独占欲は心地いいな。今まで得られなかった激情に心をじんわり温めながら、これ以上はいけないと自分を戒める。
グラスの底に残った最後の一口を仰いで空にすれば、真似をするように彼も飲み干した。ならばこれで二人だけの二次会は仕舞いということになる。
「あーあ、本来なら今日が夫婦としての初夜になるはずだったのによー……ちゃんと明日の休暇申請もして、そりゃもうてめぇとくんずほぐれずのどろどろになる予定だったんだぜ?」
「んぶっ! げほっ、ごほごふっ……! へ、へ、変なことを言うな! 盛大に咽込んだじゃないかっ」
「いやだって事実だし。まぁでもちゃんと誤解に気付けて良かったぜ。俺は身体だけじゃなくてめぇの心も欲しているんだからな。そんな状態で抱いてもまた更にてめぇを苦しませるだけだっただろうよ」
「そ、そのようなことは、特に……だって、君は一度も、私を乱雑に扱ってこなかっただろう? だからいい、もういいんだ、今までのことは……別に苦しいだけの時間じゃ、なかったのだから」
「……もしかして今俺誘われてる? えっ、夜のお誘いの話か? これ」
「どうしてそうなる? 誘っていない誘っていない、もう今宵はこれで仕舞いだ。さすがの私も疲れた。これ以上は何に身体を駆使することも敵わんよ」
「そりゃそうだな。ゆっくり休んでくれや。ぐっすり眠って、また明日から始めていこうぜ」
「それは、あぁ、最高の就寝の挨拶だな。ふふ、そうするとしようか」
いきなり突然そんな睦言を囁くのをやめてくれないかと思うのに、彼は至極当然に喉を唸らすから。期待したり落ち込んだりあまりに彼らしくなく忙しないな。だがまぁ現状はそれほど彼にも混乱を引き起こすものだったんだろう。
私も振り返ればいつだって気付く機会はあったはずだ。それを自信のなさから敢えて見逃していた。私など愛されるはずはないとそう信じ込んでいながら、この身体は愛される感覚を覚えていったのに。
更に彼を付け上がらせてしまいそうだからこれ以上の言及を控えておく。空になった皿とグラスを洗い終え場を後にしようとすれば、自然に手を伸ばされる。
「とりあえずはまぁ、仲直りの握手ってやつだ。駄目か? 本当は交歓のキスにしてぇのをぐっと堪えて我慢した結果なんだが」
「……はぁ、君は本当に、全く懲りない男だな……ん、これでいいのだろう? 私も悪かったし、君も悪かった。ならこれで正しく仲直りだ」
「おうさ……あー、改めて、ありがとうな、アーチャー」
「それは一体何に対しての礼だ?」
「俺にチャンスをくれてよ。今日の出来事で見限ることも出来たっつーのに。だからよ、明日からの俺をちゃんと見ていてくれっか?」
「まぁ、明日からは普通にいつも通りの日々が始まるし、直接ずっとは敵わないだろうが……そう、だな。出来る限り、目を逸らさないでいるよ。せいぜい私を落胆させることなく見事な戦いっぷりを見物させてくれ。私の美しい運命さん?」
「本当にてめぇは俺専用の煽りが上手ぇなぁ! よっし、気合い入った! 明日からも励むとすっかね!」
ぎゅっと握られた手の熱さに驚く。私に触れるこの指先はいつだってそこに火が灯っていた。私はそれをずっと受け止めていたはずなのに。だからここからまた始めよう。決して途切れてしまうことはない。
だって運命なんだ、離れられないのも当然だろう? なら私はただひたすら彼の旅路を見届けるだけでいい。もしもこの身に追い付いてくれたのなら、そこからまた隣に並んで二人で駆けていくとしようじゃないか。
名残惜しく繋いだ手が離される。けれどもう心が途絶えることはない。この催し全てを戦い抜いた君は私にどんなプロポーズを送ってみせるのだろう。それに胸を弾ませながら、応えてしまった暁には――私の身も心も全てを彼に明け渡そうじゃないか。
***
「この写真を見てくれるかい? 彗星の戦士さま。このエミヤの表情が分かるかしら?」
「あー……こりゃあれだろ。また何かミラクル開発で生まれた機械に喜んで子供みてぇに目を輝かせてるアーチャーだ。こりゃ間違いねぇよ」
「アーチャーさんの作ったパンケーキはどれだか分かりますか? ランサーさん」
「これだ! これだろ絶対にこれ! もう食う前から分かるわなんだこの凝り過ぎてる可愛らしい犬のデコレーションはよぉ!? 俺に食わす気ねぇだろこれ!」
「これはえみやさん達に頼んで描いてもらった絵におれが色を塗ったものだが、どれがあんたの良い人の描いたものか分かるかい? 色男」
「おうおうこりゃまた難易度の高ぇ……あー、この猫、これがアーチャーだろ。んでこっちの獅子? がオルタ。でもってこの犬がシャドウだな」
昼食の片付けをしながら食堂に設置されているモニターを呆然と眺める。今回のイベントは趣旨がいつもと変わっていて、見ていて飽きないのが高評価なのだが。
そこに私が優勝商品として掲げられていなければ、の話ではあった。苛烈で瞬くような戦いに胸躍る一方で、小休止とばかりに行われる戦闘方法以外での勝負も中々に面白い。
いつ撮られていたのか知らないがボイジャーの撮影した写真に写る私の表情を解析してみたり、先程作らされた私の手料理を的中させてみたり、以前幼いサーヴァント達と描いた絵を分析してみたり。
いや最後のは何故他の物まで理解出来たんだか。遠い目になってしまうのは許してほしい。邪魔をする真似はしないがなんだあの的中っぷりはと呆れてしまうばかりなんだ。
「……なんで槍ニキはあれが分かって、エミヤの真意は読み取れなかったんだろう……あれかな、本人を前にして意外とポンコツになっちゃうタイプ?」
「私も不思議でならないが……まぁ、私の擬態能力が優れていたのだと、そう解釈することにするよ、うん」
「『悪かったなぁ見初めたら略奪する時代の生まれでよぉ!』とか言ってきそう」
「先輩モノマネお上手ですね? エミヤ先輩は今日のクー・フーリンさんの試合を直接見に行かれなくてよかったのでしょうか?」
「いやまぁ、私が居ると彼が張り切り過ぎてしまうようだから……余計な気力は使わせない方がいいだろう? まだまだイベントは始まったばかりなのだし」
「愛だね~?」
「愛ですね~?」
「うっ、いや、違っ、あぁほらっ、昼休憩は終わったのだろう? 君たちこそイベントに参加しなくていいのかね? マスター、マシュ」
「「はぁ~い!」」
昼食後の休憩にのんびり寛いでいたマスターとマシュが純粋な目で私を楽しそうに見つめてくる。そこに揶揄いこそあれ気遣いも見られるから強く跳ね除けられなくなってしまう。
確かに彼の試合は全て目を見張るものであったが、やはり私はただ観戦するというのは性に合わないのだ。その場で何かに従事しているならまだしも、ただ茫然と眺めているだけなんて。
画面越しの彼は生き生きとしている。今朝も彼は颯爽と食堂に現れ、丁寧に私の手料理を注文しご馳走様の代わりに私へささやかな愛を囁いていった。
それにぽかんと間抜けにも口を開けながら、これから毎朝それを出迎えなければならないのかと既に胸焼けしてしまったのだが。暫くはこの環境が私の日常となるのだろう。
だがそう楽観視していられるのも開始数日だけだった。一週間経過した頃、イベントの進行度としてはようやく半分といった地点に差し掛かった時。見るからにランサーの表情が窶れて見えたのだ。
試合は日を追うごとに難易度を上げていく。強敵が後ろに控えているのは当然の流れ。初日はそれこそデモンストレーションに近かったのではと思わされる始末。
試合内容が数時間掛かるような激戦になるのも当然で、その分一日の試合回数は減っていたけれど。あのギリシャ組を前に、新選組を前に、英霊剣豪チームを前に、インド組を前に、彼は本当に毎日健闘していると思う。
(だが残りのチームもこれまた一歩も譲れない者たちばかりだ。戦国組に円卓組も強敵揃いだが……ケルト組に、メイヴ組、炎の冬木組も残っている……彼は、大丈夫だろうか、)
モニター越しの彼は今日も格好良い。結婚式の準備中も彼と接触する時間は大して取れなかった。まぁ私の方から避けていた手前もあるんだが。今も同様に朝食の時間だけが私と会話する唯一の余裕らしい。
昼も夜もこちらから補給物質を送るばかりでシミュレーション内で魔力を回復させているようだ。胸躍る試合なのは確かだろう。だが積み重なる疲労ばかりはどうしようもないはず。
私が彼に与えられるとするなら、それは――そう考えて頭を抱え込む。この期に及んで何最低な想像をしているんだ。
けれど一度思い付いてしまったそれを払拭することはどうにも出来なくて、色々な感情を天秤に乗せて秤にかけた結果。私の羞恥心や願望よりもやはり彼のためになるのが一番だと、そんな言い訳を手にしてしまえたのだ。
***
夕食の片付けは済んだ。訪れた者へ夜食も提供したし、明日の仕込みも済んでいる。基地内の清掃も洗濯も倉庫の片付けも完璧。今日も一日ご苦労様、私の仕事は滞りなく済んだと言えよう。
夜半もいい時間帯だ。疲れた身体は一刻も早く休息を必要とするに違いない。だから返答がなかったら大人しく部屋へ戻ろうと決意して大きく息を吸い込んだ。
こんな夜更けに私から彼の部屋を訪ねるのは初めてだった。いつもは彼が神妙な面持ちで私に会いに来てくれたから。きっと私はそれにずっと甘えてしまっていたんだろう。
だから今度は私が、決して独りよがりではないのだと伝えるためにも私自身が手を伸ばさなければならない。何度目かの深呼吸を終えてコンコンと扉をノックする。
心臓は高鳴っていたし平静を装いながらも目は泳いでいたかもしれない。数秒が経過し、やはり深い眠りに就いているのだろうとそう踵を返そうとして、中から生活音が僅かに漏れ出した。
「……ん、……あー、あーちゃぁ、か? 悪ぃ、ぐっすり寝てたわ……くぁ、」
「っ、夜分遅くにすまない、その……少しでいいんだ、私に時間をくれないか?」
「ん? おう、いいぜ。あー、途中で寝ちまったらすまねぇな、回復が追い付いてなくてよ」
「いや構わない。むしろそれが気になったから来たんだ、私は」
まさに今起きましたといわんばかりのボサボサの髪。寝起きを彷彿とするそのラフな姿に一瞬熱い夜を思い起こさせながらも、冷静を装い彼の部屋へ潜り込む。
私室に足を踏み入れたのはこれが初めてというわけではなかったが、今は感傷に浸っている場合ではない。一刻も早く用事を済ませて彼を休ませてやらなければ。
彼は立っているのも疲れるようでベッドに座り込み、あーと唸りを上げている。それにどうしようもなく胸が締め付けられるのは、彼の奮闘の理由にこの私自身が含まれているからだ。
「……、辛そう、だな……毎日あれだけの強敵と数時間越えの激戦を繰り広げていたら、消耗して然るべき、だが……」
「あー……まぁ、な。あれくらい平気だ、とは嘘でも言えねぇわな……こんな情けない姿、てめぇには見られたくなかった、んだ、が……? んぉ、」
「……私のために、か? 君がここまで、消耗するのは……」
「そう、だなぁ……あー、いや、自分のためだ、自分のため。欲しい物を手に入れるには、試練を乗り越えてこそ、だろう? ……なんだ、サービスか? ふはっ、気持ちいいなぁ、てめぇに撫でられるのはよ……」
「ッ、なんて台詞を、なんて顔で、君はっ……」
そろり手を伸ばし彼の乱れた髪を撫でつけてやる。ただそれだけの接触で僅か魔力は流れていくし、それほど渇望し欠乏しているのだと再認識させられる。私に髪を撫でられてなんと心地良さそうに目を細めるのか。
本当に幸せそうに口元を緩めて手に頬を寄せてくるから、ただそれだけできゅぅっと胸は締め付けられてしまう。彼の外見が犬であったのなら間違いなく耳は伏せられ尻尾は大いに振られていたことだろうよ。
今からあまりにも私らしくない真似をしようとしている。落ち着け、早まるな、そう何度も己の心臓に言い聞かせてもその高鳴りは止まってくれそうにない。けれどこんなにも求められている。
ならばそれに応えたいと自然に思えたから。いいや違う、私が与えたいんだ。今日までの日々で痛いくらいに彼の激情を思い知ってしまったから。
「――ランサー、魔力を、」
「ん? あぁ、何、恵んでくれんのか? ……あー、いやでも、駄目だ。まだてめぇは、俺のモンじゃねぇ、からよ……手出しするのは、規律違反、だろ……?」
「っ、あぁ、そうだな……そうかも、しれないな……だからこれは、ただの私の我儘で、私がそうしたいだけなんだ、ランサー」
「うん? なんだ、あぁ、確かにそうやって触れているだけでも、僅かに魔力が染み込んできて、」
「顔を、上げてくれ。そしてそのまま、じっとして。君は動くな、瞳を瞑って、少しの間だけでいい……大人しくしておいて、くれないだろうか」
「あ? 何、――ッ!」
存外柔らかい髪の毛を優しく撫でて、あぁ、本当に美しい髪だな。けれどいつもは神気に満ちたその色も今ばかりは掠れてくすんで見えるから。
艶の失われたそれを手入れしてやりたいのは山々なんだが、まずは内側から補給をしてやらなければ。そう、最初の秘め事と同じ状況なだけ。
彼に魔力を、ただそれだけの慰めに過ぎないというのに。どうしてこうまで緊張してしまうのだろう。一体あの日と何が変わってしまったというのか。
あぁ、変化ならたくさんあった。この心の真ん中にはランサーが居座っていて、彼の心の真ん中にもまた私がふんぞり返っているのだろう。らしくない、けれど願うのはただ一つ。
彼に私を与えてやれるのなら、喜んでこの身を尽くそう。座り込んだ彼の顔をそうっと持ち上げて疲労困憊のその視線とかち合う。くすんでいようが変わらず美しい瞳だ。
それに引き寄せられるようにゆっくり顔を近付け、そっとその唇に触れた。何度も何度も啄むように触れれば、彼の身体が驚きに硬直する。その隙を突いて、ぬるり舌を潜り込ませた。
「んっ、んんっ!?」
「ん……っ、ふ……ん、んん……」
自らこんなキスを仕掛けたのなんて初めてだ。今まではそれこそ彼にされてばかりで、私から手を伸ばすことだけはあってはいけないと。これはただの魔力供給で愛の交歓ではないのだからと自分を必死に戒めてきた。
けれどもう、彼の心は私の物じゃないか。そう思うと歯止めが利かなくなった。あれほど欲しがることを恐れていたのに、今彼の命は私の手の中にある。
いくら疲労が積み重なっているとはいえこんな私に良い様にされてしまうなんて。だからそれほどの戦いを積み重ねてきたのだ。他ならない私という報酬のために。
だからこれは、そう、報酬の前借りだ。どうせ最後は彼の物になるのだから、少しくらい前もって与えてしまっても構わんのだろう?
そう胸を熱くさせながら何度も彼の舌に己の舌を絡ませる。ちゅくちゅくと音をさせながらあくまでも義務的に、体液に魔力を込めて彼に流し込む。私の方は気にするな、どうせ暫くレイシフトの予定は入っていないのだし。
根こそぎ持っていけるだけ味わっていけ、奪い尽くされて君の糧になれるのならこれ以上の幸せはない。彼の手が私を掻き抱いてしまうその寸での所で、ちゅぽんと水音を跳ねさせながら後方へ飛び跳ね彼と距離を取る。
「ぅ、ぐッ……アーチャー、てめぇ、」
「ふ、はっ……ガス欠、だったんだろう? これは補給、ただの正当なる補給だ。それ以上でも、それ以下でもない。だから規律違反には接触しない」
「は、ぁ? あー……ははっ、クソッ、寸止めかよっ……こんな極上の獲物を前に、ここで手打ちにしろって? それはあまりにも、酷じゃねぇか……?」
「たわけ、ここでがっつり私を喰らってみろ。どう言い訳してみせるんだ。まだ期日は一週間もあるぞ」
「いやもう手遅れじゃね? あ~~~ッ……悔しいくらいに魔力に満ちてやがる~~~……なぁ、アーチャー、もう一回だけ、駄目か?」
「駄目だ駄目だ、もうすっかりいつもの瞳に戻っているじゃないか……今触れたが最後、どうせ朝まで離してくれんのだろう?」
「そりゃまぁ、そうだな……こんな真似されて離してやれっかよ」
「ぐっ、だから、私を手放したくないというのなら、さっさと勝ち進んで褒賞を手に入れてみせろ。あぁでもその前に、なんだったか? 私の心を撃ち抜くようなプロポーズをしなければならないんだったか? ふ、ふふっ、それはなんともまぁ、笑いが込み上げて仕方ない縛りだな? ははっ!」
「おい絶好調だなてめぇ!? いやまぁ、楽しそうなのは良いことだけどよ、あー……」
「ふふ、そうだな。今ばかりは確かに私の方が優勢では、あるな、うん……」
普段ならば絶対に私を逃がすような真似はしなかった。その隙は確実に魔力の欠乏からくるものだろう。だが本当に後一歩という所だった。危ない危ない、さすが最速の英霊を冠しているだけはある。
こんな場面で思い知りたい事実ではなかったが。顔を熱で真っ赤に染め、悔しそうにこちらを睨み付けてくるその顔色は先程よりかなり良い。
思わず二人きりの夜を彷彿とさせてしまうその表情を直視するのは難しかったけれど。僅か距離を取り体温を落ち着かせる。ここまでだ、今宵はこれが精一杯。
これが私なりの譲歩なのだと分かってほしい。今ここで一歩を踏み出してしまっては彼の努力を台無しにしてしまうばかりなのだ。
「っ、はぁっ……補給は、出来たかね? んんっ、結構持っていったな……まぁ、私は暫く戦闘をしないし、日常に影響を及ぼす真似はないだろうが」
「おーおー、大分回復したわ。ありがとうよ、アーチャー。普通に助かったぜ。手段はどうかと思うがな」
「なんだ、血の方が良かったかね?」
「馬鹿言え、こっちの方がいいに決まってる。ったく、つまみ食いなんて代物じゃねーぞ。喉から手が出るほど欲しい物を、そんな目の前にぶら下げやがってよ」
「ふ、まぁそれだけ軽口が言えるなら平気だろう。ではおやすみ、ランサー。良い夢を。明日からもまた、その苛烈な勇姿を私に見せてくれ」
「おうおう本当に良い性格してやがるぜてめぇはよー! それでこそ俺の惚れた男だわ! 愛情籠ったキスをありがとな、アーチャー! いつかの夜は覚悟しとけよな」
くらり眩暈を感じるのも一瞬、なんとか平静を装い持ち堪える。これは彼が一方的に奪っただけでなく、私の身体も彼に焦がれていたんだろう。
己の欲望に一瞬カッと顔が熱くなるも、ここで流されては駄目だと後ずさる。彼は確実に私を獲物と定め今にも食い散らかそうと舌なめずりをしていたが、同じく必死に耐えてくれたから。
だが私の用件は既に済んだ。これ以上ここに残る理由はないと、彼に背を向けることはせずじりじり後退していく。彼の理性がいつまで保ってくれるか分からないからだ。
なんとかいつもの鉄面皮を被り、それでも漂う甘さは拭えなかっただろうけど。夜の挨拶を済ませ冷静にその場を後にする。いささか早足で、夜半とはいえ誰とすれ違ってしまう真似はないように。
悶々としながらも結局はベッドに籠ってしまえば魔力の奪われた身はぐっすり休息を求めてしまう。あぁ、大丈夫。今はあのキスの感触を思い出すだけで、一人寝も寂しくないと思えてしまうんだから。満たされた気持ちで静かに瞳を閉じた。
***
「――貴様ァ……何故腐っていないオレの魔力の気配をさせている! まさか我慢ならず手を出したとでもいうのか!? えぇい、この能無しの駄犬めッ、惨たらしく絶命しろ!」
「おうおう苛烈だなぁ、オルタの方は! 仕方ねぇだろこちとら連チャンでガス欠だったんだよ! ちーっとばかし補給するくらい文句ねぇだろ抱いたわけでもあるまいし!」
「待ても出来ない狂犬なのか!? 貴様はここで敗退だ! 課せられたルールすら守れない愚図にアイツを渡してやれるはずがない! 魔力を回せ、全力で仕留めに行くぞッ」
「苛烈な嫁も悪くねぇな。了解、承った。あの報酬は俺たちが奪ってやろう。殺戮開始だ」
「あぁ~ん♡ いいわいいわ、すっごく素敵~! 苛烈な戦士たちって堪らないわよね~! 私も張り切っちゃおうかしら!」
ばしゃん、と洗い場に皿を沈ませる。割れずに済んで良かった。ぽかんと口を開けてモニターを眺める私をその場に居る全員が見守っている。いや注視していると表現するに相応しいか。
それはまるで被害者を悼む面持ちだ。つまみ食いされたのかエミヤ、待ても出来ない駄犬とは言い得て妙だね、ルール違反になるんじゃないの? などと好き勝手ぐちぐち言われてはいるが、私はそのどれにも返答出来そうにない。
だってもしここで私が自ら与えたのだと暴露してしまえば、完全に悪役は私の方になってしまうのだ。彼はそれを理解していながら敢えて事実を噤んでくれたのだろう。
その優しさにまた更に胸を震わせながらも、相手がオルタの私であることが全ての不運だったと嘆かざるを得ない。他の英霊なら魔力の質など見抜けなかったはずだから。
どうして片割れがあそこまで怒っているのか理解出来ないまま、今日も今日とて私は日常を回していく。
その後は特に大きな問題はなく順調にイベントは進んでいったと言えよう。彼の姿勢を認めてか、後半にもなると颯爽と現れたマスターが戦闘の援護をし始めた。
決して指示を飛ばすことはなく采配は全て彼に任せて、救援を求められた時だけ礼装とスキルとで補っていく。なんだかんだ彼とマスターも付き合いは長い。その息はぴったりで妬みが浮かばないくらい鮮やかな団結に惚れ惚れしてしまうのだ。
そうしてとうとう最後の日がやってきた。彼はいつも以上に意気込んだ様子で食堂に姿を現す。その手には似つかわしくない薔薇の花束が抱えられていて目を丸くする。確かにプロポーズに相応しい彩ではあったけれど。
「待たせたな、アーチャー。俺は誰よりてめぇが好きだ。他の誰でもない、てめぇだけが俺の運命なんだ。俺と結婚しちゃくれねぇか」
「――それを受けるにはまだ早い、が、そうだな。君に似つかわしくないその花束は頂いておこう。花瓶はあったかな」
「だーっ! 今日も駄目なのかよっ! てめぇがここで頷いてくれたら、最後の戦いは今まで以上にすげぇ景色を見せてやれるのによ」
「ふ、なんだ、先に報酬を貰わなければ尻込みしてしまうと? 戦闘狂の君が?」
「おーおー、今日もよく回る口だなぁ! ハッ、ここまで来て怖気づいていられるかよ。最後にいいモノ見せてやんぜ。目見張っておきな」
「そうか、それは何よりだ。今日ばかりは君の雄姿を直接見させてもらうとするよ」
「おうさっ! っと、いつも上手い飯ありがとな。これがあるから今日も戦えるってもんよ」
毎朝情熱的なプロポーズを向けられれば慣れるというものだ。頬を赤らめる様子はなくいつもの表情でそれを受け流す。まぁ花に罪はないから有り難く受け取っておく。
真っ赤な薔薇はあまりに美しくて彼に似合わないと言葉に出たが、あの朱槍を表現するに相応しい茨だろう。普段通りの朝食を彼に渡しその後ろ姿を見送る。
いつも以上に精の付く料理になってしまったが、これくらいの私情は許されたい。今日の試合が正真正銘最後であるのだし。
「これも最後で見納めかと思うと少しばかり寂しいのだワン……情熱的に口説くクー・フーリンは見ていて中々心地良いものであったな~」
「いやどうだろうねぇ? これからますます熱々な二人が見られるかもしれないじゃないか」
「やめてくれ縁起でもない……さすがの私も人前で堂々とイチャつく理性は持ち合わせてはいないよ」
「あれで!?」「あれでなのか!?」
「えっ、普通にしていたつもり、だったんだが……? あっ、駄々漏れになってしまっていたか!? そっ、それならばなんと恥ずかしいっ」
「二人共~あんまりエミヤを苛めちゃ駄目なのでちよ~! まだまだ朝食の配膳は終わってないのでちからねー!」
穏やかで和やかな日常が回っていく。賑やかなお祭り騒ぎもとうとう今日で最後、これでおしまい。初めは羞恥心に押し潰されそうなイベントであったが、気が付けば最後まで駆け抜けてしまえた。
それもこれもあの槍兵が不満の一つ漏らさず勝ち続けてしまったのがいけない。まぁ万が一にも敗退はあり得ないと信じていたが。だから私もそれに全力を以ってして応えなければならないのだろう。
全ての配膳を終えた瞬間エプロンを外し、片付けに勤しまない私を見て皆が驚きに目を見張る。今日は大切な試合があるからここでの作業は出来ないんだ。すまないなと謝罪を向けつつ、晴れやかな顔で同志に願いを託すのだ。
「すまない、少々頼み事があるんだが、引き受けてもらえるだろうか――」
***
そんなつもりは毛頭なかったのだが、結果的になんだか物凄い状態になってしまったな!? と困惑しても後の祭りだ。多少どころではない、明らかにやり過ぎたと我に返っても遅過ぎた。
もうこうなりゃ自棄だと颯爽とその道を歩いていく。最初はカルデアキッチンメンバーだけで良かったのに、あろうことかその現場をあの孔明に目撃され、どうせならと様々な英雄たちが集まってしまったのが運の尽き。
それだけ数多の英霊がこの場には喚ばれているのだ。親切心を無下にするのも無粋というもの。いやまぁ絶対途中から楽しんでいる者も居ただろうが。
特にあの愉悦神父と愉悦修道女のコンビ、あの二人だけは本当に侮れないと直感が告げる。いささか卑怯なような気もしたがもうこうなればどんな言い訳も通用しまい。
彼には腹を括ってもらおう。私は既に準備万端、心の空白も整理し終えた。だからどうか――颯爽とこの身を攫ってくれ。
「ごめんね? 槍ニキ。今日は対戦相手のご要望でさ、一切の援護は出来ないんだ」
「お? そうか、まぁ最後だし構わねぇが……あー、相手は誰なんだ? シークレットって。勿体ぶってないで教えてくれよ」
「んー、槍ニキは誰だと思う?」
「あぁ、まぁ最後の一騎打ちってんならやっぱセイバーか? ある意味冬木では勝ち逃げされたに等しいからな。ここでリベンジという手も、いや可能性ならあの坊主と同じ顔の爺さんだって……――あ?」
『楽しい祭には終わりが付き物……だが誰が許そうがこのジャガーが許さない! この戦いを見ずにしてこの宴が終われるものか! そうだろう皆の衆!? 望む声に応える者がここに居る! さぁ~~~赤い運命の登場だぁーーー!』
「お、お、おまっ、アーチャー!?」
「期待に応えられずすまないが、弓兵である私が剣士を名乗ってしまっても構わんだろう?」
体中に魔力が満ちている。久々の戦闘だ。そこに緊張感はあれど不安はない。厨房に引き籠ってばかりで戦い方を忘れたのでは? などという誹りも甘んじて受け止めよう。
だがやはり最後は私自身の手で幕引きをすべきだと思うから。いいや違うな、私が彼と心置きなく対面したいんだ。まぁ彼のその驚きの表情は当然のものだろうけど。
「おまっ、お前な~~~!? んだそのステータス画面はみ出るレベルの末恐ろしい大量のバフはよ~~~!?」
「うぐっ、そうだよな、当然の指摘だ。いやすまない、少し軽い気持ちで活を入れてもらおうと思ったら何故かこのような顛末になっていた。純粋な応援半分、悪戯な愉悦半分と言った所か。ははは、おかげで私とて今自分の状態が把握出来ないレベルだよ!」
最初はカルデアキッチンのメンバーに何か精の付く料理をと頼んだだけだったのに。ならば攻撃バフを盛ろう! と腕を奮ってくれたのがキャットで、なら私は防御バフだね~と工夫してくれたのがブーディカだった。
ならあちきは頑張り屋のエミヤに玉手箱を、と紅女将が回復スキルを与えてくれたのだ。その場面をたまたま通りかかった孔明に発見され、ならば私も冬木には借りがあるからと様々な軍略スキルを掛けてもらったのが始まり。
そこから会場に向かおうとした道中で様々なサーヴァントとすれ違い、時に女神の祝福を時に戦略家の知恵を時に勇士の生き様を。多大なバフや特攻を盛られ最強の弓兵が今ここに完成していたのだ! とは大声で胸を張って言い辛い。
なんだか卑怯な真似をしているようで後ろめたいのだが、もうスキルが絡み合い過ぎて私自身とて把握出来はしないし解除不可であるのだから。
「てめぇ……マーキングされたのか、俺以外の大勢に」
「ふざけた物言いをするなっ!? それではまるで浮気性のように聞こえるではないか! これは皆の優しさの積み重なりでっ」
「美味い料理やら親切心やらで多くの英霊の心を奪った結果がそれだろ!? このスケコマシ~~~! 見損なったぞアーチャー!」
「っ、あぁ、そうか。フン、ならば怖気づき尻尾撒いて逃げ帰るのかね? この場は私の不戦勝という結果で構わないか?」
「そうは言ってねぇ。いいだろう、そのバフ根こそぎ奪って、俺だけの弓兵を取り返してやる。上書きだ上書き!」
「だから言い方……! あぁもうッ、本当に君とは最後まで格好が付かないな! なんだ、最後の相手が私ではそんなに不服かね!?」
「ハッ、これ以上ない晴れ舞台だわなァ! ここが正念場、いっちょ最後は派手に踊ろうや、アーチャー! 俺たちの結婚式会場はここだったかよ!」
「いい加減にしろ! まずはその根性から叩き直してくれるわっ!」
気が付けば会場は満員御礼になっていた。それで大丈夫なのかカルデア。今にも新所長の胃を痛める姿が思い浮かぶようだ。いつかの私がその姿に重なってしまうのも無理はなく。
あぁ、けれどこれこそ運命の夜の再演だ。舞台設定はとあるどこかの学校の校庭。月の美しい夜に燃えるような赤い槍が煌々と獲物を待ち構えている。
未だ日中であるのに満天の星空の下で君と二人きり、血生臭いワルツというのも悪くはない。私達には軽やかなクラシックより武器をぶつかり合わせる喧騒がお似合いというもの。
衆人環視の中というのは耐え難いが防護壁が上手く外側の喧騒を阻んでくれるから。もう既に司会の声も聞こえてこない。
目を合わせて一瞬呼吸を重ねれば、試合開始の合図はそれで充分。槍と双剣が触れ合った瞬間、彼は見事なまでに壁まで弾き飛ばされて私が唖然としてしまうほど。
「男性特攻だぁ!? つーか怖っ! なんだその硬さ!? 回避無敵なんてレベルじゃねーぞどこの違法スキルだそりゃ!」
「……男性特攻は、あの修道女だろうか。いやすまない、本当に途中から何を強化されたか分かっていないんだ。私でも今の筋力はちょっと怖い」
「そこまでして勝ちたいか!? いや負けたくねぇのか!? 俺の嫁になるのをそうまでして嫌がってるっつーんならさすがの俺も堪えるぞ!」
「嫁、というがな、早急に結婚を迫る君の姿勢にはいささか不満ではある」
「あっ!? どういう意味だよ!?」
「すぐに結婚だとか、ただの獲物と蔑ろにされているようで少し落ち込む。結局都合のいい魔力タンクでしかなく、手に入れたらそれで満足して見向きもされなくなるのではなと」
「はぁぁっ!? えっ、あっ、おい嘘だろう!? この期に及んでまだ俺の本心を疑うってのかぁ!? さすがの俺も普通に凹むぞ!」
「生憎と今すぐ嫁入りしてやる理由はないな。私の願う理想はな、ランサー。結婚よりまず先に告白、からの、その……こ、恋人としての関係性を経て、生涯を誓うに相応しい婚約へと繋がるんじゃないのかね?」
「――……は、」
「それともこんな私とは恋人などという関係性にはなりたくないと? ならばそんな君に貰われる道理はないし、ここで颯爽と褒賞を私自身の手で守るしかあるまい、よッ!」
回避に無敵に防御バフばかりではなく、攻撃力アップや様々な特攻、クリティカル発生率すら強化されている。馬鹿みたいに恐ろしいな、本当これ一回限りにしてほしい。何せ手加減出来なくなってしまうのだから。
彼はそう口々に結婚結婚と言うが、その過程をすっぽかしてしまうほど私に興味がないのではないか。そんな自己評価の低さがいつまで経っても拭えないのだ。だからどうかそうじゃないと否定してくれ、高らかに。
私は君との密月をこそ望んでいるのだと知っても躊躇わないでほしい。そう願いを込めて距離を取り弓矢を向ける。軽やかに避け時に槍で薙ぎ払い、だが紛れ込ませた猟犬は確実に彼を射貫く。
壁に激突しその瓦礫から出てきた彼は、額から溢れる血潮を舌で舐め取り。それこそ本気の視線で私を射貫いてきた。
「また変な勘違いしやがって……だがその卑屈さすら俺は愛しいとそう思うぜ、アーチャー。俺はあの日から早くてめぇを俺の物にしちまわねぇと、あいつらの一体誰に攫われちまうか気が気じゃなくてな。また突っ走ってたか、よく咎めてくれた」
「いやあれはその場のノリで参加した者ばかりで、君と戦いたかったからこその、」
「いや絶対本気の奴ら何人か居るからな!? 特にオルタ達! 杖持ちの俺! あそこはマジで油断ならん!」
「まぁ確かに君の別側面ではあるからな。彼らにも私を娶る権利はある、というものか? それこそただ便利な従者を求めるレベルだろうに」
「違う違うちっとは自分の魅力を認識してくれよぉ、頼むから……あぁでも、酷い勘違いで更に深く傷付ける前に知れて良かった。おいアーチャー」
「なんだね、ッ!?」
「――本当に、心から、てめぇが好きだ、エミヤ。てめえ以外眼中にない。俺の運命はお前で、お前の運命は俺だ。それは誰にも譲れねぇ。だからよ、まずは俺にてめぇの全てを愛させちゃくれないか? 俺の……恋人になってほしい」
「ふぎゅぅっ……! し、至近距離での蕩ける囁きボイス! それに、が、が、顔面宝具を使うのは卑怯だろうそれはエミヤ特攻なんだと貴様こそ思い知れ~~~!」
痴話喧嘩にすらなり得ない他愛ない口論を交わして、もう理解している癖に臆病者の私は何度だってこうして彼の愛を確認してしまう。
いつか本当に見限られてしまうのではと心の片隅で怯えながら。鮮やかに不安すら抱く間もなく爽快に、そのちっぽけな悩みを笑い飛ばしてくれ。君が何でもないように笑ってくれるから、私も安心して君に心を向けることが出来るんだ。
瞬きをした瞬間一気に距離を詰められ、こつり額を合わされたかと思いきや至近距離で熱烈な告白を紡がれる。あぁ、この魅力だけは誰にも防げない。心臓が既に陥落しているレベルの私特攻なのだから。
いきなりの近さに頭がパニック状態。本当に顔がいいな君は、美しくて惚れ惚れする程だ。息が触れ合うほどの距離に鼓動が止まりかけるけれど。だが残念、ここは戦場であるからそれに見惚れているわけにはいかない。
既に多大な祝福によりNPは満タンだ。軽く詠唱を唱えただけで場は一面の荒野に変わる。私の心象風景、永遠に陽が差す未来のない鋼の空。今もぎしぎしと私の限界を表すかのように歯車は軋んで回り続けていく。
それでも、それでも、私はただ一筋の光明を見つけられたから。手の内には決して収まってくれない流星に見初められてしまったから。例えこの空に日差しが差し込まなくとも平気なんだ。
私の心にこそ灯った炎が燃えている。人の目なんか気にするものか、戦士としての戦い方なんてクソくらえ。私はどんな卑怯な手段を以ってしても勝利を勝ち取る掃除屋でしかない。
せいぜい降り注ぐ剣の雨に驚嘆し感嘆してくれたまえ。これが私の、カルデアで紡いだ縁の答えだ。ここに来なかったら収蔵出来なかった神秘の数々が例えランクを落とそうともこの手に在ることを許してくれている。
「さぁ、踊り明かそう、ランサー。これが今の私が君に贈れる、最上の戦いで最強の一撃だ。戦力の貯蔵は十分か? せいぜい矢の雨を躱し私に届かぬ一歩手前で、この双剣に敗れて無様に私を見上げてくれ。地に這い蹲るのは得意とする所だろう?」
「ハッ、ははっ……! 本当、最高に楽しませてくれるじゃねぇか、アーチャー! てめぇの望みに応えよう。こんな最ッ高の戦い滅多に味わえねぇんだからな! 今から負けた時の返答を考えておけよ? 俺はその時にこそ丸ごとてめぇを攫ってみせるから!」
せいぜい躱し撃ち落としてくれ。そしてその隙間から向けられる私の剣を、弓矢をもその身で受け止めてくれないか。
私の宝具が尽きるまでそこに立ってくれていたなら、そうだな、その時は――君を私の婚約者として運命を認めようじゃないか。
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