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たった二人の聖杯戦争/Novel by Capt.

たった二人の聖杯戦争

8,742 character(s)17 mins

エミヤとクーフーリンの、とある『失敗した聖杯』の一つの話

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 呼び出される、戦う、戻る。
 うんざりするほどの繰り返し、しかも自分自身が『そう』と望んだ事だ、とエミヤは小さく口元を歪めた。自分の愚かさ故の結果とも言えるが、最早その事の意味すらも随分と薄くなっている……本来発生した点から、エミヤはすっかりずれてしまった。同じ者である筈なのに、最早随分と違う、永く別れていた双子の様なものになってしまっている。何をしても最早、自分の望み通りにはならない。
 もっとも、そもそもサーヴァントというものは本来、『そういうもの』ではなかったが、魔術師達は魔法発動の術式の為に、人類の守護者達を全く異なる目的の為に用い始めた。サーヴァントにとっての、更なる悲劇とも言える。
 聖杯戦争。
 サーヴァントの存在そのものが真理への一端と言えばそれまでだが、考えてみれば随分といびつな方法が用いられている。とある数式を解いていく為に新たな数式を組み立てる様なもので、その過程が分かってしまう天才はともかく、凡人達はいつの間にかその数式の為の数式、更にはその為の数式を組み立てる事に必死になってしまい、本来の目的を忘れてしまう。聖杯戦争はそんないびつさに似ている。
 しかし同時に、『術式が確立した魔法の可能性』そのものが稀だ。聖杯戦争の産物自体が魔術師の願望の一端と考えられており、誰だって方法さえ知っていれば、意地になって矢鱈虚空を探すよりもそちらを用いるだろう、人生は無限ではない。
 そうして、エミヤは呼び出された。


 呼び出されて、エミヤは酷く不安定な自分自身に気付いた。呼び出された瞬間から魔力が枯渇している、ここまで不安定だった事も滅多とない、およそマスターが死にかけた時ぐらいなものだろう。
「……随分と手荒な呼び出しだな、マスター」
 聖杯戦争には、魔術師とサーヴァントが欠かせない、故にエミヤは明らかに準備が出来ていない現状と併せて、幾らかの皮肉を込めてそう呼びかけたが、返答はなかった……周囲を見渡すと、魔術師の工房とは全く縁遠い場所で、はっきり言ってしまえばただの子供部屋だ。女子を意識しているのは確かで、淡い色調の壁紙に、レースに飾られた白く塗った窓枠の外からはいよいよ登ろうとする日差しが見える。おそらくアメリカで、とエミヤは考えかけて、一歩踏み出した。
 自分の召還者はエレメンタリースクールに通っている年頃の少女、と断言したのは、該当者が召還の魔方陣の側に倒れていたからだ。贄と考えてもいいぐらいの幼さだが、エミヤの魔力のパスは確かに彼女に繋がっている。外観をそのまま信じるほど魔術師の世界で愚かな事はないが、それでも年相応の少女だと分かる。
 何もかもが。
 魔術回路はそれなりにあるので、おそらく術式を発動した事からも考えて、それなりの魔術師の家系に連なる者だろうが、同時にそれに相応しい訓練を積んでいるとは考えられなかった。おそらく親が魔術師で、もうそろそろいずれは訓練を、と考えていたのだろう。丁度そんな年頃だ、だから魔術回路はあるし、こうして一般人が存在すら気づきえない魔術の術式を使用している。
 そして召還の時点で、彼女の魔力は生命共々、尽きていた。
「マスター、マスター」
 エミヤの呼びかけにも少女は答えない。召還された途端に人命救助か、とエミヤはため息を漏らしながら、ふいに突かれた様に上を見上げた。
 現在エミヤがいるのは建物の一階にあたる、地面に近い風景からしてそうだろう。
 その上から、おそらく二階から、サーヴァントの気配が、感じられた。


 召還されて早々に戦いとは、とエミヤは苦い顔をしながら、マスターをとりあえずベッドに押し込んだ。魔力は殆ど枯渇しており、マスターは意識を取り戻さない、それでも他のマスターが召還したサーヴァントに会った以上なすべきことは決まっている……最悪、召還された直後に座に戻される、という実にお粗末な結果をも甘受せねばならぬ状況だが、エミヤは何時でも仕事をこなしてきたし、そうせざるをえなかった。生来のきまじめさで、そうしなくていい場面ですら、『ベストは諦めても、ベターを無意識に目指している』自分自身に、苦笑した事さえある。
 毎度の事だが運が悪かったな、とエミヤは自嘲しつつ、愛用の剣をトレースしようとして、諦めた……魔力の枯渇は深刻で、それすら制限されるとなれば最早拳しかないが、聖杯戦争での【アーチャー】たるサーヴァントの戦い方としては愚も愚というのは承知していた。が、相手もエミヤを察して動き始めた以上、動かざるを得なかった。何より策を弄するにしても、時間も無ければ距離も近すぎる。
 エミヤが居るのは典型的なアメリカの家だ。マイルームの鍵を開けると、開放的なリビングとダイニングに繋がっている。その奥には玄関なりバスなりがあるのだろうが、エミヤが最も気にしたのは階段だった……そこに向かって上のサーヴァントは動いている。最悪、階段で遭遇すれば互いに実に不利な状況に陥るが、何時までもにらみ合いを続けるというのも、聖杯戦争のやり方ではない。むしろ術式を発動させれば、速やかに収束させるのが聖杯戦争というものだ、過程を何時までも引き延ばす利点はどこにも無い、あるいはそれが酷く有害だった。
 エミヤが階段に飛び込んだのと同時に、相手も顔を見せた。
 そして、緊迫感に似合わぬ、暢気に呆れた声が上がった。
「またオメェか?」
 その青い鎧に、エミヤはため息にも似た気持ちを覚えた。最早、見慣れたお馴染みの、と言っていいかもしれない。
「……またキミか? 懲りないな」
 いささか虚勢を込めてそう言いつつ、エミヤは自分の消滅を覚悟した……目の前の青い槍兵、クーフーリンは、物言いこそいかにも親しげではあるが、戦いに関しては実にシビアだ。エミヤが戦えないからといって、手を抜くなどありえない。戦いに関して全力である事こそが、クーフーリンのレゾンデートルだと知っているぐらいには腐れ縁なのだから。
「で、どうする?」
 そう聞いてきたのは、意外な事にクーフーリンの方からだった……こうして聖杯戦争でサーヴァント同士が出会った以上、すべきことは決まりきっているが、それでもそう尋ねてくる、ある種の暢気ささえ醸し出す辟易感を全面に押し出している。エミヤはその、らしいともらしくないとも取れる態度にこそ呆気にとられて、幾分苛立ち掠れた声をあげた。そもそもにして、訳の分からない発言だ。
「……どうする、だと?」
「おう、オメェなら話は早ぇや」
 流石に一人きりってのは冴えねぇからな、とクーフーリンは何やら勝手な事を口にしている……どうもこの青い槍兵は、エミヤよりも先に召還され、この状況についていくらか情報を得ているらしい。腐れ縁であっても相手を侮っている訳ではないので、エミヤとしては完全にイニシアチブを取られている状況を悟り、益々追い詰められたと苦い表情を浮かべた。
 その、いかにも真剣なその表情を、クーフーリンは密かに好意的な感情で眺めている。決して楽しい状況ではないが、何せ見慣れたエミヤの顔だ、奇妙な話、ホッとしたのだ。初見の相手ならこの状況にありながらも、いっそ臆病なまでに相手を見定める必要に迫られるが、エミヤならばある意味腹を割って話せる。
「何せ今回は、アレなんだわ」
 指をさされた方角にエミヤは視線を向け、ああ、と何とも言い難いため息を吐き出した。あえて言うならば、諦念に近いものだ。


 エミヤは数々の戦いに喚ばれた。
 中には恐ろしく残虐なものもあれば、息を忘れるほど高貴なものも、幼稚すぎて呆気にとられるものもあった。それらの豊富な経験が、皮肉な事にエミヤにとっての財産となっている。なにしろエミヤは『由来のないサーヴァント』なのだから、有名度合いによる強化は絶望的で、全て自分自身でどうにかせねばならない。そうして忙しいのも心を削られるが、かといって延々喚ばれないままでは、ある日唐突に『消失』という可能性もなくはない。ある意味ではエミヤにとっての望みでもあるが、おそらくそうなる前に最悪な形で自我を喪い、結局は『望まれた』通りになるだろ。
 そして現状は、そんなエミヤにとって、間に合わせ仕事も大概にしろと怒鳴りたい体の代物で、気が抜けるものならばため息と共に、自分の不運さに膝を崩した事だろう。
「……ああ……」
「失敗、だな」
 クーフーリンはそう零して、空間を指さした……そこにはひずみが出来ていた。聖杯戦争とは、要はそのひずみを作る為の代物だが、今回のものは恐ろしく不安定な代物で、聖杯の気配が殆どなく、自身が消える為に産まれた全てのエネルギーを使い切ってしまうのははっきりしている。
 そしてその通り道が消えれば、一般的にサーヴァントは消え失せる、そもそもにして聖杯戦争の構造上、聖杯が出現した時点でサーヴァントは悉く消え失せているものだ。例外的に、その聖杯戦争を運良く生き延びた上で、その後も魔力供給さえ出来れば魔術師はサーヴァントを使い魔の一種として従える事は出来るが、何しろ人理の要たるサーヴァントだ、うまくいった話はとんと聞かないし、この死にかけのマスターではとうてい叶うまい。
 おそらく、周囲の魔術師はこのマナの動きに気付いているだろうが、時期にただ一つ、記録の行数が増えるだけとも知っているだろう。
 曰く、第■■■聖杯は、失敗作だ、と。
 もし、その失敗に何ら意味があるとすれば、同じ事は繰り返さない、せいぜいその程度だ。つまり、霊脈に擦ってさえいないアメリカの片田舎で、禄に経験もない魔術師未満の者に同じ事をさせてはいけないという、正直、今更何ら意味すらない教訓だ。逆に言えば、ビギナーズラックなどというものは、魔術師の世界には存在しないと、改めて断言出来る材料にはなりえる。歴々とした流れか、或いは魔術師自身が忌々しいと思える偶然が無い限りは、変革は訪れない。ビギナーズラックと思っているならば、それは命運そのものだ……事実、エミヤはそうだった。ただし、偶然と幸せは、当然ながら合致しない。
「だな」
 しかし、それにしても失敗にも程がある、とエミヤは思わずにはいられない。
 通常の聖杯戦争の『失敗』とは、往々にして魔術師がサーヴァントの制御に失敗したというものだ。相性を考えろと見えぬマニュアルにはあるのだが、魔術師という者は大凡驕っているもので、加えて己と相性の良いサーヴァントと契約という現象が経験学上、そもそもかなり幸運の部類に属する。なのでその態度が歴々とした『人類の守護者』たるサーヴァントの憤りに触れ、反逆とも言える形で殺される事、あるいは最悪の形で利用される事は、むしろ覚悟しておくべき事項の一つと言っていいかもしれない。その他の失敗要因は挙げればきりは無いが、少なくともマスターのあまりの魔力不足で自壊、というのはお粗末もお粗末だ。
「そう言うからには、キミのマスターはどうなんだ?」
 そこかぁ、と暢気に告げるクーフーリンの、最初から全てを諦めた態度にもエミヤは苛立ったが、対するクーフーリンとしては、現状では彼の望む戦闘ですら出来ないと悟らざるを得ないなら、いっそ笑うしかないのだ。
「オメェ、俺のマスターに会うか?」
 思いもしない、言葉だった。


 クーフーリンのマスターは、やはりエレメンタリースクールに通う頃合いの少女だった。
 というか、エミヤは一瞬、己が酷くタチの悪い冗談に巻き込まれているのかと勘ぐったが、すぐに一卵性双生児の可能性に気付いた。案内された二階の部屋の印象が幾らか違っていなければ、上手く騙されて元の場所に戻されたと訴えただろう。
 一卵性双生児は、魔術の領域では魔術回路の移植の関係も含めて非常に注目されているが、流石に意図的に一卵性双生児を生み出す手法はなく、そもそも魔術師の家系そのものが概ね一子相伝の家督に拘る、不要な技術と言っていいだろう。
 彼女らの親がどう望んでいたかはまったく不明だが、少なくとも魔術師としても親としても杜撰であったのは明らかだ。一卵性双生児が脆くとも魔術回路を全く別つとあれば、それだけで話題になったろうが、残念ながら知られていない存在が議論される事は遂ぞなかった。
「俺のマスターだ、喚ばれた瞬間からこの通りでな」
 一卵性双生児だからという訳では無く、おそらく別々にサーヴァントを召還して、命が尽きかけているのだろう。エミヤはまじまじとクーフーリンのマスターを見やり、首元に触れて、顔を上げた。
「元々衰弱しているようだな」
 そしてエミヤは体調を判断し、思いもしなかった事を告げた。
「何かを作ろう、少なくともここ数日、何も食べていないのだろう」


 杜撰だが、魔術師の家だ。
 エミヤはそれがもたらす状況に頭を抱える事となった。魔術師は機械を嫌う、文明の云々ではなく、文字通り魔術の存在意義と相反するからだ。よく言われるのが昔は魔術として扱われていたものが、機械の作業に取って代わったというものだ。電話などその最たるもので、当然ながらこの家にはなかった。改めて窓から景色を見やると、平原の丁度真ん中にこの家はあるらしい、つまり隣の家に醤油を借りに行く事は不可能だ。
 どの程度排除するかは魔術師個々人によるが、この家の所謂電化製品は冷蔵庫だけだった。灯も古風なランプで、薪で調理をする必要があった。裏口を開けると薪小屋があったが、そこで又一つ、エミヤは追い詰められたと知った。
 少し出歩いてみよう、というのは状況を判断する上でのごく基本的な動きだ。つまり、自分の居る家がどの程度の代物かを少し遠目から確認しようとしたのだが、ぐっと後ろからクーフーリンに腕を掴まれた。
「あまりウロウロするんじゃねぇぞ」
「……私は、子供じゃないぞ。それともキミが子供か?」
 一呼吸置いてエミヤはいかにも皮肉そうにそう告げたが、実際は結界に触れそうになったのを、クーフーリンが引き留めたのだと知った。弾く、閉じ込めるというよりも、結果としてリードの様になっている。元々はきちんとした結界だったのだろうが、『自らの魔力で保つ』という機能が、皮肉な結果をもたらしていた。
「どうやら、俺達はここで飼い殺しにされてるみてぇだな」
 魔力があまりにも乏しすぎるせいで、そこから一歩踏み出せば消失するのは、指先の感覚から分かった。この結界の中だからこそ、かろうじてエミヤもクーフーリンも顕界していられるのは、聖杯戦争の皮肉さの裏返しにも思えた。


 冷蔵庫の中身は、エミヤをちょっとした探偵に仕立て上げた。
 クーフーリンはすぐに食べられるものがないからと速攻で閉じてしまったが、エミヤは使えるものとそうでないものを振り分けていく内に、衰弱しきった一卵性双生児の親に何事かがあったのだろう、という可能性に気付いた。
 某らの方法で定期的に食料を確保していたのは確かだ、だが今現在、牛乳瓶に書かれた消費期限は一週間前に切れており、キャベツもパンも冷蔵庫の中で随分と傷んでいた。少なくともこれらを身体の弱った子供に食べさせる事に関しては、良心なり医学なり何らかの抵抗感はあるだろう。
『親に何かが起こったのは、間違いないな』
 ミルク粥を断念しながら、エミヤはカンテラを用意してから、台所の床板を外した。アメリカの大凡の家が、特にこういった田舎では、地下貯蔵庫が欠かせない。核戦争が叫ばれていた時代にはシェルターも兼ねており、エミヤも随分と利用した経験がある。貯蔵庫には保存の利くジャガイモなどが置いてあったが、ふと、エミヤは思い当たって、声をあげた。
「ランサー」
 彼がそうだと、エミヤは疑った事が無かった。
 応じて、何をする事も無く手持ち無沙汰に歩いていたクーフーリンは、少しおどけた様子で地下貯蔵庫を覗き見て、ここの主は魔術師なのだと改めて思い出した……魔術師は、秘密の工房を持っていると決まっている。この片田舎で一体誰から隠すのか、と思わずにはいられないが、魔術師とは概ねそういった存在だ。
 クーフーリンがそれを探さなかったのは、エミヤの様に『幼い子供には必ず親が近くにいる』と考えなかったからだし、死にかけたマスターの救命は、既に綻びを見せている聖杯を発見した時点で諦めていた。いくら生き意地の汚いクーフーリンでも、長くはないと諦めずにはいられないぐらい、全てが死にかけていたからだ。
「工房か」
「ああ」
 するり、クーフーリンは身軽にエミヤの側をすり抜けていき、元は巧妙に隠されていただろうドアに触れた。何らかの結界をここにも仕掛けるのが常だが、その為に必要な行程を施していないのは確かだった、でなければ見て分かる筈がなかった。だが、やはり結界はあり、守る事は封じる事でもあるのだと、エミヤは改めて思い知らされた。


「こりゃあひでぇな」
 クーフーリンはえづかずにはいられない臭いに眉を顰めた。遙か昔から覚えのある臭いで、この平和に見える片田舎で嗅ぐのはいささか場違いに思えた。エミヤはその臭いに、臭いそのものよりもその存在に動揺していたが、クーフーリンが眉を潜めただけで隣を通り過ぎるのを見ると、動揺を押し殺して辺りを観察した。
 この家で、一番意味のある場所だったのだろう。外見の一般的なアメリカの片田舎の家の中に、こういった魔術師の工房があると、一般人は妄想すらしまい。だが、魔術師にしてみれば魔術師が存在すればまずその工房を疑う所だし、疑いに相応しいだけの整いがあった……成る程、元がこうなら魔術の知識のない子供が偶然に聖杯の術式を行うのもやぶさかではない。ただ、彼等が何を目指していたかは最早、他人の勝手な妄想の産物でしかない。
 魔術の道具が幾らか乱雑に倒れているのは、大きな物体を無理に移動させた為だ、行程が不十分なのはそのせいもあるだろう。その物体は一番奥の、一段高くなった祭壇の側まで移動させられており、今や異臭を放っている。祭壇の上にも人影が見えたが、闖入者の存在に反応するでもなく、ましてこの異臭を嫌うでもなく、ただ横たわっている。異臭に近づくという愚行そのものだが、クーフーリンは事もなさげに近づいていき、戦闘の時に見せる見事な足裁きできつい臭いの汁を避けて、祭壇を覗き込んだ。
「こりゃあ、死んでんな」
「……この臭いでそう思わないなら、キミも相当だな」
「うんにゃ、こっちの旦那の事だよ。死んで幾ら経ってるかは分からねぇが、立派な防腐処理を施してあらぁ」
 成る程ねぇ、とクーフーリンは腐敗した遺体を見下ろした。異物が侵入できない工房であるから、通常と違って蛆がわかず、ただ自らの力で腐りゆく遺体には、祭壇の上の男性と全く同じ様に横たえられ、手を組まされた跡があった。衣装からして女性なのは確かで、その格好だけならば魔術師というよりも母親に近い。
「そういう事をしてた訳、ねぇ」
 クーフーリンとエミヤは、同じ結論に達していた。
「無理だな」
 望んでいたのは死者の蘇生、確かに聖杯の仕事だが、失敗に終わった。


 ジャガイモを潰しただけのポタージュだが、幼い唇は既に受け入れなくなっていた。口元に持っていっても飲み込む事も無く、ただ零れていく……改めて見ると、双子は双子で、そして二人共殆ど死蝋の様になっており、エミヤは余り質の良くない考えの袋小路に至りそうになった。
 魔術師にとって、子供は財産の一部だ。過去より続いた魔術師の研究を伝える大事な財産だが、魔術師自身の考えがしばしば、別の意味で財産と見なす場合もあった。最悪、ホムンクルスの様な魔術タンクの一端と見なしていたケースもなくはないし、こうして死にかけているのは単に魔力を絞り出したから、というのはどうにも奇妙だった。
「考えたって仕方ねぇんじゃ、ねぇのか?」
 そう言って、同じポタージュをコップに入れたものを、クーフーリンは啜っている。食事から魔力を供給するという方法もあるが、これっぽっちのポタージュがその類の食事の機能を果たしている筈も無いが、飯を食えば長年の感覚として考えも出てくる。
「それより、俺等がどうするか、だな」
 クーフーリンはそう言って、空の手をかざした。魔力はおそらく全く別の方向に行ってしまい、かのクーフーリンのゲイ・ボルグすらも出てこない状況らしい。
「電話でもかけるか?」
「いいや」
 こうなった以上は袋小路だ、この死蝋の中から魔力が尽きるのが先か、ひずみが消えるのが先か……
「いや、それもいいな」
 だから、とエミヤは告げた。
「キミと一戦、交えよう」


 玄関に向かっていく足取りは何時も通りだ。
 指先のひりとした感覚は思い出せるが、それでもエミヤは脳内で自分が望む未来を描き続けた……荒野の中の一軒家をバックに、クーフーリンと対峙する。青い装束に、あの朱い槍は酷く映えると思ったのは何時からだろう。
「まさか同じ意見とはね」
「全くだ、そういう日が来るとはな、私もヤキが回ったものだ」
「だな」
 だが戦えりゃあいいんだ、と告げるクーフーリンはある意味、この瞬間も戦い続けている。彼の人生は既に決められていたが、怖じ気づくのではなく、最後まで彼であり続けた、その戦いに似ている。
「逃げるなよ」
「キミもな」
 指先が僅かに触れあい、二人は玄関から一歩を踏み出した。

Comments

  • 餃子
    January 17, 2018
  • そー
    January 16, 2018
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