丸くてやわくて小さくなった
五次の弓子さんと槍の話。なんちゃってhaの時間軸で弓が女体化してます。2P目はあまりに兄貴が似非紳士臭いので通常運行させた数行会話。このあとひとりになろうとしたら言い包められて槍とテントで同棲になる弓子さん。体型特に考えてなかったですがとりあえずまな板ではない模様。あとこの時点では確実に着けてません。
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うみねこの声がする。見上げれば優雅に旋回する数羽が鳴きあっていて、白い羽が青い空によく映えていた。
潮風は小さく波を立てるほどの強さで吹いていて、まだ気温の上がりきっていないため少し涼しい。
天気は快晴。まだ厚めの雲が流れるのを見ながら、アーチャーは視線を下げることを全力で拒んでいた。
(違う。見ていない見えてない。そんなものはなかったしそもそもありえないというかなんでだどうしてこうなった!)
無表情でも頭の中は大混乱だった。
それでもいつまでも現実逃避するわけにもいかない。時間の感覚などすでに消え去っていたが、太陽はさっきよりも高くなっている。
深呼吸をひとつ。軋むように首を曲げた先にあるのは見慣れた黒い概念武装を押し上げた丸いかたまり。
動きやすい体にぴったりとした服装が今は逆に恨めしい。それときつい。どこがってそこが。胸が。
「…………なんでさ」
茫然自失のそれがなにより唾棄したい過去の自分の口調だったことに、アーチャーは気づいていなかった。
一日目の始まりは普通の眠りから覚めるのと変わらない。なにをしてもくるりと戻ってくるだけなのだから目覚める場所も初めの始めに決められている。
眠ってやり過ごしても退場しても同じ。今回のアーチャーは後者だった。
ただし問題は“気がついたら港にいて”どうしてだか“体がおかしなことになって”いたことだ。
港はこの際置いておいても。縮んだ体、膨れた乳房、細くて小さくなった掌に腕、覗いた水面に映った顔は元よりも余計に童顔。
落ちっぱなしになっているさらさらした前髪が癪に障る。髪質まで妙にやわい。いつもの概念武装まできっちり変わっていたのは幸か不幸か。
元身長百八十七センチ、体重七十八キロ、しっかり筋肉質。
みゃあみゃあ空を飛ぶねこを見上げる弓兵は現在誰がどう見ても女性に変化していた。
「いや、ないだろう!」
ありかなしかで聞かれたらありえないが、なったものを受け入れるだけの心の余裕は当の本人にはない。
頭を抱えてしゃがみこんだアーチャーはぐるぐるしていた。
なのですっかり失念している。ここは港で、可能性としてそれなりに高い確率で人が来てもおかしくないことを。
――たとえば、普段なら午後の時間帯にいるはずの彼がふと気まぐれを起こしてやって来るだとか。
「……ああ?」
聞き慣れた声にびくっと肩が震えた。反射的に後ろを向き……目が合った瞬間アーチャーは己の行動が過ちだったと痛烈に後悔した。
手には釣竿にバケツ。アロハシャツがたぶん英霊中一番似合うだろうフリーターでサーヴァント。
振り返った先には槍の代わりに竿を振るのが日常になりつつあるランサーが銜え煙草で立っていた。
「は? 嬢ちゃん、や、この気配……っておい、」
蹲ったまま逃げ道を探したが、左右も後ろも海だ。退路は今ランサーが歩いてきた道を抜けるしかない。
……霊体化したら関係ないじゃないか、とアーチャーが気がつき盛大に落ち込むのはこれから数時間後の話になる。
つまりはこのときのアーチャーはそれをうっかり失念するくらい混乱していた。
「お前アーチャーだろ。なんでこんなになってやがんだ?」
そんな状態で最速の英霊から逃げられるわけもなく、立ち上がることさえできないまま、アーチャーはランサーに捕まった。
手首をにぎにぎと。感触が本物であると確かめているランサーの手が胸に向かった辺りで、アーチャーはようやく青い頭を殴り飛ばせた。
「で? いつからそうなんだよ?」
「……さっきだ。気がついたらこうだった」
「中身はそのまんまなんだな? 記憶は?」
「私は私だ。特に欠落しているようなことはない」
「ふーん。そういや」
「……なんだね」
「お前女だったってことは?」
「あるかたわけ!」
いつまでも真ん中にいるのもなんだと、ランサーの定位置まで移動し座り込む。
釣りをしに来たはずの彼は竿を振ることはせず、胡坐をかいた上で頬杖をついて煙草を揺らしていた。
隣に座るアーチャーは足を投げ出したままどこか落ち着かずそわそわしていた。
なんでってでかい。ランサーがでかい。
身長も男のときよりかなり低くなってしまったようで、これはひょっとして衛宮士郎からも見下ろされるのでは――。
「そんなかりかりしてもしょうがねえだろ。落ち着け」
「貴様は落ち着きすぎだ!」
「だって俺のことじゃねえし」
もっともだった。怒鳴った自分がみっともなく思えてアーチャーは片膝を引き寄せ、突っ伏した。
ランサーが見ているのもわかったが今は口を開くとまた馬鹿なことを言いそうだった。
これ以上彼に余裕のなく喚く姿など見せたくない。
「にしてもなんでこうなるかねえ」
疲れたような声にそっと開けた腕の隙間から見上げた――見上げるしかない、高さ的に――男はらしくなく憂鬱そうにがりがり頭を掻いていた。
それにアーチャーが眉を寄せる。そういえば先程の質問はすべて確認だけだったし、一言くらいは来るだろうと思ったからかいがまるでない。
からかわれたいわけではないが――むしろされたら斬る準備もしていたのだが――その態度は妙に思えた。
「……なぜ君が思い悩む必要がある」
「手前が女になったってのはどうでもいいんだよ。けどそのままになるかもしれねえってのは大問題だ」
なにが違うのか。そして不吉極まりない。
「恐ろしいことを言うな。今回の四日間が過ぎれば戻っているかもしれないだろう」
「前回退場した理由覚えてるか?」
話が唐突に変わる。なんの関係がと返そうとして男の眼差しに気圧されて記憶を辿る。
橋。そう橋だ。ようやく辿り着いたあれにとうとう突破された昨日であって数日後の出来事。
金色の剣に断ち切られ、己の役目はひとまず終わったことを思い出した。
「坊主は橋を越えたんだろ? ならそこにいたお前にとってもあれは変化じゃないか?」
「……確かにそうとも言えるが。しかし性別が変わる理由にはならん」
「そっちはあれじゃね? 願望があったとか」
「死にたいんだな貴様は!」
「ここでやり合ったらたぶん人来るぞー? 最悪坊主が来る」
瞬時に投影した夫婦剣を消す。こんな姿をあれに見られたらきっと自分が死ねる。
それとランサーの意見も無視できない。むしろ四日過ぎて戻ればいいが、もしも戻らなければ現状のまま回り続ける可能性の方が高い。絶望的すぎる。
今度は両膝を抱えて突っ伏したアーチャーをランサーはぽんぽん叩くようになでた。
「やめんか」
「にしても困ったもんだな。どうすっか」
「……君も世話焼きだな。人事だと言うならもう放って置けばいいだろうに……」
「だからそのままってのは俺にとっても厄介なんだよ」
言いたいことがさっぱりわからない。とにかく女のままではランサーは困るらしい。
アーチャーとしてはもっと困るのだ。こんな姿で知り合いの前になど出たくないが、そう遠くないうちにきっと彼女が帰って来る。
そうなればあとはなし崩しになるのが目に見えている。あかいあくまのこう、にやんとした、顔が。
「最悪だ……」
「そーか」
「君に見られたのも立派にその一因だ……!」
本当に最悪だ。嫌味と喧嘩腰の関係でもアーチャーはランサーを嫌ってはいなかった。
本人にも他人にも漏らすことはないが、在り方にも人となりも反発しながらも憧れていた。
なにを間違ったのかこのところナンパをしているランサーに苛立つようになったのが目下の悩みで、じたばた自分に足掻いている真っ最中でもあった。
ある意味彼女よりも見られたくない相手に一番に発見されたのは低すぎる幸運値のせいなのか。
低い身丈も丸い胸も細くなった腕も足も、晒している部位すべてに嫌悪感ばかりが募る。
女の自分など見るに堪えない。アーチャーは本気でそう思っていた。
「……このままじゃ信じねえだろうなあ。あーあ。こりゃ難攻不落だ」
顔を上げられないまま吐き気を耐えるアーチャーは、隣の男がぼやきながらも名のとおり猛犬のように笑っていることに気がつかない。
うみねこが鳴きっぱなしの港はそろそろ昼時に差しかかろうとしていた。
Comments
- そーOctober 14, 2017