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     追憶の平家埋蔵金

 「この山には平家の落人が残した埋蔵金がある」ー今から50年以上も前。そんな伝説を信じて高知県須崎市上分の山奥に入り、財宝探しの末に命を落とした男性がいた。
 当時、中学生だった私は1度だけ、財宝が眠るという〝現場〟を見せてもらったことがある。あれは「銭神岩」と呼ばれる場所で、山頂近くに深い穴が掘られていた。
 木々の枝に張り巡らした万国旗が風に揺れる。男性は地中から出たという岩を指さし、「これが安徳天皇の墓石だ」と話していた。途方もない夢を語る男性は「変わり者」「山師」と無視され、時には「モグラ」とさげすまれていた。
 落人の埋蔵金伝説は全国にあるが、彼のように命をかけてまで発掘しようとした者がほかにいただろうか。夢は夢で終わり、埋蔵金の伝説は忘れ去られた。それでも、私にとってはいつまでも心に残る思い出だ。少年時代の遠い記憶をたどり、かつて平家の人々が暮らしたという集落に向かった。

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マイヤーに引っ張ってもらって走り出す

          目標は樽の滝

 JR須崎駅から国道197号を北上し、県道317号に入って約15キロ。落人ゆかりの集落は、深い山の中にひっそりと息づいている。
 県道といっても狭く、曲がりくねった道は険しい。今回は車を使わず、マウンテンバイクで走った。いつものように愛犬マイヤーを連れ、ハンドルにリードを巻き付けて引っ張ってもらう。体力抜群のマイヤーは休むことを知らない。まるで犬ぞりに乗っているような気分だ。
 県道は、かつて二ホンカワウソが発見された新荘川の支流沿いにぐねぐねとのびている。小さな集落をいくつか過ぎ、ひたすら走る。標高が高く、山から風が吹き下ろすためだろうか。木立の下を通り抜けると、ひんやりとした空気が体を包む。
 県道の片側は切り立った山。路面は車1台分の幅しかなく、渓谷に転げ落ちるのでは怖くなる。全国の一軒家を訪ねるテレビ番組のスタッフが来たら、きっと「やばい!」「危ない!」と大騒ぎするだろう。

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集落に続く道。崖っぷちだが、ガードレールはない。

 目的地の集落には「樽の滝」という名勝がある。周辺は県立自然公園に指定されている。県道から細い山道に入り、さらに2キロ進むと滝の入り口が見えてくる。
 平家の落人が財宝を埋めたという「銭神岩」は、集落の背後にそびえる山の一部の呼び名だ。かつては集落の一番奥まったところから、山に登る道があった。財宝探しの男性は、路線バスの廃車に寝泊まりしながら、銭神岩に通い詰めていたという。 
 樽の滝は神社の鳥居をくぐり、岩だらけの道を数分登った先にある。高さ約37メートル。たいして大きくはないが、独特の雰囲気を感じさせる。滝が流れ落ちる絶壁は緑に覆われている。滝つぼに近づくと、風にあおられた水しぶきが顔にかかった。

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絶壁を流れ落ちる「樽の滝」

         平家財神一族の碑

 この滝の近くには、集落に平家の落人伝説が残ることを示す石碑がある。高さ50センチほどの碑には「平家財神一族八十末在住郷」と刻まれているが、ほかに詳しい説明はない。
 平家の落人とは、平安時代末期の治承・寿永の乱(源平合戦)で敗れ、各地に逃れた平家一門の人々を指す。落人は敵の追跡を避けるため、人の目が届きにくい山間部に散っていった。「落人の里」とされる土地は、全国各地に点在する。四国では、徳島県三好市の秘境・祖谷が有名である。 

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平家落人伝説を語る石碑。道路わきに立つ

 須崎市の集落でも、平家の落人伝説が古くから語られていたようだ。今でこそ道路が整備されたが、私が子供のころは未舗装の荒れた道しかなかった。町と隔絶された集落は静かで、どこか秘密めいたイメージがある。
 かつて繁栄を誇った平家は、激しい戦いの末に滅びた。最後の戦場となった壇之浦では、二位の尼(平清盛の妻)が幼い安徳天皇を抱き、入水したとされる。「平家物語」に描かれた一族の悲劇は、今も日本人の心を打つ。そんな背景から、地元では集落の人々を「自分たちとは違う高貴な一族の末裔」とみなし、敬意を払うむきがあったようだ。
 高知県は四国山脈で北の瀬戸内側と隔てられ、南には黒潮が流れる太平洋が広がっている。平地は限られ、山がそのまま海になだれこむ。こんな辺鄙な土地だからこそ、土佐の人間はよそから来た人たちを親切に迎える気質を持つ。四国遍路の巡礼をもてなす「お接待」もそのひとつだ。
 今から800年以上も昔。追手から逃れた平家の落人たちは、だれかの力を借りて自らの居場所をつくった。絶望的な状況の中でも一族の再興を目指し、莫大な財宝を銭神岩に隠したというのが伝説のあらすじである。 

         財宝ハンターとの出会い


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緑一色の道が続く。銭神岩はこの先にある

 私が銭神岩と男性の存在を知ったのは、中学校1年か2年の時だった。
 「樽の滝の近くに、平家の財宝探しをしゆう人がおると。1人きりであちこち堀りゆうらしいで」
 同級生から聞いた情報は、田舎の中学生にはとても刺激的なものだった。
集落に平家の落人伝説があるのは、以前から知っていた。今でも伝説が残る以上、財宝が埋められている可能性はゼロではない。もしも宝が出たら、とんでもない大ニュースになるだろう。
 「何としても会ってみたい」 
 私は少年期ならではの強い好奇心に駆られ、実行しようと決意した。
 幸いなことに、同級生は銭神岩への行き方を知っていた。2人で山を目指したのは、確か夏休み明けの日曜日だった。
 樽の滝まで自転車を走らせ、さらに集落の奥まで進んだ。獣道のような山道を汗だくで登り、一歩ずつ高度を稼ぐ。周囲には雑木やシダが茂り、見通しがきかない。ズック靴が赤土で滑り、時には四つん這いで歩く。それは、元気が取り柄の中学生にも相当手ごわい難路だった。
 1時間以上歩いたか。私たちはやっと山の尾根に出た。細い踏み跡をたどっていると、不意に開けた場所に出た。
 たいして広いわけではない。雑木を切り払った空き地に、スコップやツルハシ、一輪車など道路工事で使うような道具が雑然と置かれている。山の斜面を見上げると、高さ5メートルほどの岩がそびえ、すぐ近くの地面に荒々しく穿たれた穴があった。
 山とはいっても、勝手に入れはしない。「こんにちは」と声をかけたら、作業着姿の男性が穴からのそのそと現れた。
 年齢はよく分からないが、30~40代だっか。長い髪で無精ひげを生やしていたが、どこか人のよさそうな男性だった。「財宝金探し」という行為から、勝手に怖い人物を想像していた私たちは、どこか拍子抜けしたような気分だった。
 正直に訪ねてきた目的を伝えると、男性は黙ってうなづいた。相手が子供だからと、警戒する様子もない。男性は私たちに穴の入り口を見せ、「この中から宝が出るかもしれん。いくつも穴を掘ったき、そろそろ見つかるろう」と笑った。
 穴は腰をかかげてやっと入れるほど。内部は暗く、どこまで続いているか見通せない。私たちが入り口近くに積まれたたき木に気づくと、男性は「穴を掘りよって岩にぶち当たったら、火を燃やすがよ。岩を熱したら、割れるき」と説明してくれた。
 それにしても、夢のような話である。このあたりの山は植物がジャングルのように生い茂り、複雑な地形をしている。伝説に登場する「銭神岩」だけを頼りに、あてずっぽうで発掘するのは無謀でしかなかった。
 そんな思いを私たちの表情から読み取ったのか。男性は空き地に置かれた、高さ50センチほどの岩を指さした。近づくと、そばに「安徳天皇陵」と書かれた粗末な看板が立っている。
 男性によると、岩は現在掘っている穴の中から見つかったもので、壇之浦に没した安徳天皇の墓標に違いないという。しかし、文字などは掘られておらず、ただの岩にしかみえない。不格好な楕円形をしているが、どこにも人の手が入った形跡はなかった。
 それでも、男性はこの岩が安徳天皇の墓標だと信じて疑わないようだ。頭上の木々に張り巡らした万国旗は、財宝発見の前祝いなのだろう。
 「安徳さまが出たということは、ここに間違いなく財宝があるということよ。なんぼ時間がかかっても、絶対に見つけるき。人は馬鹿にするけんど、おれは大金持ちになるがよ」
 男性はそんな話をすると、再び穴の中に戻っていった。10分か15分の短い時間だった。私たちは銭神岩を離れ、山道を急いで下った。それ以来、山には二度と登らなかった。
 財宝探しが実を結ぶとは思えない。なにより、手作業で穴を掘り続け、ただの岩を安徳天皇の墓と呼ぶ男性の正気を疑った。あの人は財宝の伝説に取りつかれ、精神に異常をきたしているのではないか。そう考えると、人気のない山奥で、また会おうという気にはなれなかった。 

          銭神岩に死す

 その後も財宝探しは続いたが、大人たちは笑い話のネタにしていた。何のあてもなく山に入り、廃車に寝泊まりして働きもしない。そんな男性は「モグラ」と呼ばれ、だれも相手にしようとしなかった。ただ、だれにも迷惑はかけていない。財宝探しは物好きな人物の愚行とされながら、それ以上の問題にも話題にもならなかった。
 男性が死んだのは、私たちが会いに行ってから数か月後のことだった。中学校に登校すると、同級生が地元の高知新聞を見せてくれた。そこには、銭神岩の男性が穴の中で死んでいるのが見つかり、警察が一酸化炭素中毒が原因とみて調べているというベタ記事が載っていた。
 記事は財宝探しについても触れていたが、詳しい記述はなかった。もちろん、現場や男性の顔写真も載っていない。その扱いが、男性に対する世間の評価を物語っていた。
 私は記事を読んで、空き地に積まれていたたき木を思い出した。男性は穴を掘り進むため、邪魔な岩を割ろうとして火を燃やしたのだろう。十分な換気もせずに穴に入れば、無臭、無色の一酸化炭素が襲ってくる。仲間がいない男性は狭い穴の底で倒れ、救いを求めることもできないまま死んだ。たとえ叫んでも、その声はだれにも届かなかったのだ。

        夢が埋められた山

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自然に帰った田畑の石垣


 銭神岩と男性の記憶は、私の中で徐々に薄れていった。高校卒業とともに高知県を離れ、愛知県の大学を出て新聞記者になった。13回の異動と引っ越しを重ね、あちこちの土地を渡り歩いた。退職して高知に帰らなければ、そのままふ忘れていたかもしれない。
 しかし、最近になって銭神岩の情報を探すうち、「四国一攫千金88箇所巡り」と題したサイトが須崎市の埋蔵金伝説を取り上げ、死んだ男性のエピソードも簡単に紹介されていることを知った。
 このサイトは埋蔵金とお金にまつわるスポットを巡りながら、地域の歴史を再発見しようとしている。記事によると、財宝探しの途中に死んだ男性は地元の集落出身の青年で、10年も山に通っていたのだという。樽の滝がある集落。平家の落人伝説。新聞の報道。それ以上の具体的な記述はないものの、すべてが私の記憶と一致していた。
 少年時代の思い出は、年齢を重ねるとともに失われてしまう。銭神岩にまつわる記憶もあいまいなものになっていたが、この記事は私を50年以上も昔に連れ帰ってくれた。
 須崎市に限らず、地方の自治体は人口減少が著しい。山間部の集落はどこも衰退し、空き家と荒れた田畑ばかりが目立つ。私が通っていたころ、児童、生徒数が200人を超えていた小中学校も、今では50人足らずとなった。中学校は近く、学校統合で廃校になるそうだ。
 平家の落人が暮らしたという集落はめっきり寂しくなり、銭神岩に続いていた道は跡形もない。これから先、財宝探しをしようという者は二度と現れないだろう。
 私がただ一度だけ出会った財宝ハンターは、どんな思いで自分が生まれた集落の山々と向き合っていたのだろう。男性が本当に平家の財神一族の末裔だとしたら、財宝の発掘は自分が祖先から託された使命だと信じていたのではないか。
 人は祖先から血を受け継ぎ、それぞれの土地にすがって生きてきた。長く流れ者のような生活を送ってきた人間には、故郷の大切さがよく分かる。夢の実現を疑わず、銭神岩で死んだ男性。たとえ人に笑われようと、その人生は幸せだったのかもしれない。
 
 


        
 










 



 


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追憶の平家埋蔵金|中山道雄
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