剣華の懐(二)【Fate/腐向け】
随分間が開きましたが、第二弾です。前回→novel/3684724
来年春辺りに加筆修正したまとめをオフラインで出そうかと思うんですが、その場合の判型をA5か文庫かで迷っています。ので、よかったらアンケートにお答え頂けると嬉しいです。
※追記
印刷方式はオンデマンド、A5だと和紙PP、文庫だとカバーつきを考えています
- 129
- 65
- 4,986
「それで、祟りってなあ、何が起こってるんだ?」
ランサーは訊く。とにもかくにも、まず話はそこからだ。
「ここに来た生贄の女達は、どうだった?」
もっとも、全く関係無いことをアーチャーは反問した。
「どう、とは?」
その真意を測るように、ランサーは僅かに赤い目を眇める。アーチャーはやはり迂遠な物言いをした。
「私は、明らかに彼女らとは違うだろう?」
「そりゃ、な」
そこはランサーも否定はしない。確かに、アーチャーは変わっていた。特徴的な褐色肌に、鬟を結い上げることも出来ないほどに短くした白い髪、という容姿のせいもあるが、何よりも人々に祟り神とまで畏れられる男の前で、その素性を知っているのにも関わらず物怖じもしないのだ。むしろ、その態度は挑戦的と言ってもいい。
装いこそ華やかなものだが、どうも着慣れていない様子で本人と衣装の間に何だかぎこちないものがあるのは、彼女の目見の辺りが女の色艶とはほど遠い、頑ななまでに強い意志を感じさせるせいだろう。ただ、服や化粧の紅い色だけは鮮やかすぎるくらいに似合っている。
薄絹の衣が露わにする胸元の豊かさとは裏腹に、それよりもむしろ男装をすれば恐ろしく様になりそうだ。
単純に美女という表現が当たらないにしても、アーチャーと名乗った女性は目鼻立ちそのものは整って可憐といってよく、魅力的でないという意味と同じではない。ただ、きびきびした態度といい鋼の色に似た瞳の眼光といい、所謂女性らしい優艶や柔和とは逆で、その美しさを例えるならばそれは利剣の輝きが一番近いかも知れない。
ランサーが今までに知った人間の女とは、あまりにも何もかもが違う。
「ここに来た女性達は、いずれも妓女だった。私以外は、な」
アーチャーの話す内容というよりも、彼女本人に興味を惹かれ、ランサーはその真向かいに自分もどっかりと腰を下ろして、傾聴の姿勢を取る。
遠慮なのか、ほんの少しアーチャーが身を引いたが気にしない。
「……ただの妓女ではない。花魁と呼ばれる、妓楼でも下手をすれば高位高官の人間でしか客になれん高嶺の花、百花のさきがけだが――まあ、神にしてみれば所詮はたかが人間の女だろうな」
皮肉っぽい、どころではない。歯に衣どころかうす絹一枚すらかぶせぬ物言いである。
「佳い女に、神も人間もねえと思うがなあ」
対して、ランサーは偽らざる本音を返した。もっとも、余計な茶々を入れるな、という風にじろりとアーチャーは睨めつけた。
「ともあれ、神への生贄なのだから、下手な女は差し出せない。ということで、一流の妓楼から持ち回りのような形で、選りすぐりの美姫が何人も送り出されてきたわけだが……」
一口に妓女というが、単に色を売るだけの者から、豪商や高官の贔屓がついて顔を見るだけで銀子を取られるような名妓もいる。そういった名妓は美貌だけでなく、幼い頃から歌舞音曲を仕込まれ、下手な男よりも学問までも修めている。その中でも最も優れた者を花魁という。
「生贄に捧げたなどといっても、何ら恩恵があるわけでもない。それなのに落籍代くらいで手塩にかけて育ててきた花魁を奪われてはたまらんと、何軒もの妓楼から苦情が相次いだのは当然だろうな」
金銭で売買される一種の奴婢である以上は妓女とは、当然、妓館にとって商品である。だが、同時に人間の女だ。生家から引き離された身寄りの無い女達は、抱え主を仮母、朋輩を女兄、女弟と呼んで家族のように結びついている。勿論、客の取り合いや嫉妬などの諍いはあるにはあるが、だからといって得体の知れない神とやらの所へ連れて行かれて二度と帰ってこないのを喜ぶわけがない。
何となくだが、同じ女として、アーチャーはそんな彼女らに同情しているのだろうと、ランサーは思った。
もっとも、彼としても言い分がないわけでもない。
「こっちは何人も寄越せなんて要求したこともねえんだけどよ」
ランサーはぼそっと言ったが、アーチャーはやはり流した。
「有用性を疑問に思っていたことは、何も花巷だけではないから、生贄という慣習は廃止された。それで、暫くは何の問題も無かった。暫くは、な」
ほんの少し、アーチャーの白い眉が苦々しげに寄せられる。口調もそれにつられたか、苦みを増した。
「まずは、京師で疫病が大流行して、死者が大勢出た。これはまあ、いつの世にもあることだから、誰も祟りだなどとは思わなかった。坊一つが焼ほぼけ落ちるような火災も、まだあり得ないことではない。だが」
一旦、そこで言葉が切られる。
僅かに伏せられた銀灰色の目が、再びきっとばかりに上げられた時は剣光の鋭さを帯びていた。
「女が、滅多に生まれなくなったというのが祟りでなければ何だという」
「何……?」
流石に、ランサーも表情を動かした。確かにそれは、尋常な人の世ではあり得ないことだと、分かるなと言う方が無理である。
「割合にすれば、男が20人生まれてやっと女が一人、程度だ。しかも、この異変は京師以外の他の土地では起こっていない。となると、北の霊山に住む神――要はあなたが怪しまれても不思議ではあるまい。女を寄越さなくなった腹いせに、女の数を減らした、とな」
なるほど、それは祟りとしか表現がしようがない怪異だと、ランサーも認めざるを得ない。自分のせいにされているのは全く身に覚えがないが、明らかに人の手にならざる事象に対して、人ならざる存在に責任の所在を求めてしまうのは、心理として致し方はないだろうということを受け入れる器量くらいは流石にある。
「……いやそりゃまあ、普通はあり得ねえことだけどよ。けど何だ、人間は男が生まれた方が喜ぶんじゃねーの?」
もっとも、彼はあくまでも神の身であって人の世界に生きてはいない。単なる知識によった発言は、アーチャーの柳眉の角度をよりきつくさせただけだった。
「確かに、家を継ぐのは男に決まっている。しかし、その家を更に次代に継がせる子供を産めるのは、身分の貴賤にかかわらず女だけだ」
まさしく、言い捨てる、と表現するのに相応しい口吻である。
「我々人間は、あなた方のような神から見れば、確かにつまらん存在だろうさ。限られた寿命は短く、その間に生きるためにあくせく働いて子孫を残さねばならないのだからな。それでそちらが塵芥にも等しい人間風情と見下すのは、それは勝手にすればいい」
よもや尊崇しろなどとは言うまいなと、声に出さずともアーチャーの表情が雄弁に語っていた。
全く、度胸がある、という一言では簡単に済ませられない。少なくとも、彼女は眼前に存在している男が人々から“神”と呼ばれる絶大な存在であるということを理解してなお、それでも恐ろしいとは本当に微塵も思っていないのだ。
恐怖というのは、自分を守るために抱く感情である。何となく、生贄という役割もアーチャーは自分から進んで引き受けたのではないかと感じさせられた。
この女は、己の命を守るという本能が極めて薄いのではないか。まだ知識として危険を知らぬ孩子とは違い、わきまえた上でそれでも我が身を顧みる気が無いのだと。
それは、彼女があまり幸福でない人生を歩んできた証左のようでもあった。
「しかし、だ。禍福はあざなえる縄のごとしとはいうが……別に福をもたらせと都合の良いことは言わん。しかし、禍だけはもたらすなどと、神など魔性のものと何処が違うのか」
「どっちも本質的には大差ねーだろうなあ」
ランサーは怒るでもなく、むしろ同意して自分の顎を撫でた。その反応が意外だったらしく、アーチャーはほんの少しだけ、目元から険の色を薄めた。そうやって眉間の力を少しでも緩めていれば、アーチャーには密やかに咲く花、のような印象が優る。
だが、それも一瞬で元の厳しさを取り戻してしまう。それを勿体ないと思いつつも、その厳しさも悪くないなどと思うランサーだった。
気を取り直すようにして、アーチャーは一つ咳払いした。
「――とにかく、数少ない女を巡っての殺傷沙汰が珍しくもなくなるなど、京師の治安も悪化する一方だ。あなたが原因ではないにしても、我々人間としては、もはやまさに『神に縋る』しかないのでね」
神々とは、天地を揺るがすほどの力を振るう、人間などより遙か高みにいる尊き存在。おおよその人間はそう理解していても、このアーチャーという女はよくて敬遠、むしろ反感すら持っている。それを思い上がるな、などと咎める気はランサーには欠片も無かった。
実際に、神も魔性も大差ないと彼は思っている。せいぜいが天地の理に属するものが神であり、反するものが魔性という違いくらいだ。無論、神々と一口に言っても性質などは千差万別であるから、アーチャーの言うように人間や魔性を虫けらのように下賤と見下しているものは確かにいるが。
「ま、いい。ともかく、その異常の原因を突き止めて、解決すりゃいいってわけだな」
あまりにもあっさりと安請け合いされて、あからさまにアーチャーは信用していない、という感情を声に表した。
「……随分と簡単に引き受けてくれるものだが、遊び気分の退屈しのぎ程度にはいいだろういうことかね」
さっき、ランサーが思い切り寝こけていたことを当てこすっているのは明らかだった。
「オレはお前が気に入ったから、じゃ理由になんねえか?」
徹底的に胡乱な目で見られたとて、ランサーは気にしない。というか、対面してからこの方、アーチャーにはその類の視線しか一切向けられていないので、今更といえば今更だった。
「お前はオレへの生贄、なんだろ? なら供物が気に入ったから何かしてやろう――それでいいじゃねえか。不満か?」
「む……」
ランサーの言は理屈が通っているので、アーチャーは抗弁しようとしたが、やめた。
「それでは、せいぜい顛末を見届けさせてもらおう」
戻る場所も待つ者もないと言った女は、ランサーの早死にするとの忠告を聞く気は無かった。最初から死ぬ覚悟で来ているのだし、それは当然かもしれないが。
「ああ、暫くここにいるってんなら、それ人界の服だろ? 着替えろよ。藕糸で出来た服じゃねえと、人間はここの気に長いこと耐えられん」
華やかなアーチャーの装束を指し、ランサーは言った。
「……それで、皆早くに死んでしまったのか」
「それだけじゃないとは思うがな。外の世界を知らん女には、ここでは良い暮らしじゃなかったろうし」
さもありなん。今までの生き方を奪われ、せめて花魁の手管を駆使して唯一の頼る者を繋ぎ止めようとも、この男はそんなことに斟酌することがないだろうとは、全くもって想像に難くない。神と人というよりは、ランサー自身の気質だ。
軽い溜息をつき、アーチャーはふわりと立ち上がった。
「――着替えるのならば、男物があればありがたいが。この服は動きづらくてかなわん」
「男物なあ。オレの服ぐらいしかないけど、それでいいか」
「かまわない」
と、邪魔だとばかりにアーチャーは釵も珥も毟り取るようにして身から外した。
「まあせめて、ここにいる間は身の回りの世話ぐらいはさせてもらうが……」
そして、座ったままのランサーに、ちらりと視線を向ける。
「念のために言っておくが、夜伽は世話には含まれんからな」
「へ?」
期待していなかったと言えば嘘にはなるが、ここまでばっさりと断られるとはランサーの想像外で、思わず抜けた声が出てしまった。
「婢女にも手を出さねばならぬほど、神ともあろう者が女に飢えているのかね」
アーチャーは鼻を鳴らす。
「……花々公子」
花巷の辺りを遊び歩く女たらし、とアーチャーは聞こえよがしに言った。