戻る

ぐじん

1 / 1

2分

ぐじん

 光を拒む沼の底。藻と岩と死骸で覆われた泥の中、命あるものを拒む沼の底。綺麗な心を持つ者は覗くでない。そう伝えられている沼だった。命の気配がしないこの沼の底、その岩の隙間を何かが蠢いていた。  大地が生まれ、命が始まった時のことを思い出そう。この岩の隙間で蠢く何かもかつては立派な生き物だった。天は彼に強い体を与えることはなかったが、その代わりにいくつもの腕を与えになった。その腕は伸びる。その腕は掴んだものを離さない。天はその腕をよく使い、生きろと託したのだ。  不思議なことに、生き物は誰からも腕の使い方を教えて貰ったことはないのにその腕を上手に使った。沼に生まれた他の生き物も同じだ。誰からも教えて貰うことなく、皆器用に与えられた体を使う。堅い口を持つ者はよく噛んだ。物は食べずに他の手段で飢えを凌ぐものもいた。そして生き物は与えられた腕を使って獲物を捕まえ、岩の隙間に引きずり込んで飢えを凌ぐ日々だった。敵が来ると岩に隠れる。いなくなると腕を伸ばして餌を探す。生き物にとって豊かな沼の世界は心地が良かった。飢えを知らない生き物だった。  いつの日か、天は試練をお与えになった。空の彼方から降ってきた雫は雨となり、沼やその周辺に降り注ぐ。岩が転がり、石となり、今まで隠れていた生き物は沼の底に引きずり出された。それだけではない。雨によってやってきた別の世界で生まれた生き物が沼へとやってきたのだ。沼の生き物たちは変化を求められた。何かを捨て、何かを得る。途方もない時間をかけていく中、腕の生き物だけは変わらず、岩の隙間から餌を取るばかり。誰も襲わない。飢えも知らない。そんな中で生き物はある日、獲物が見つからないことに気が付いた。  岩から抜け出すとそこにあったのは死の世界である。生き物が吐き捨てた死骸、骨、そして枯れた水草、全て生き物が食べてきたもの達だけで出来た世界であった。生き物は全ての獲物を食べ尽くしたのだ。  初めて飢えを知った。そして生き物は知らなかった。飢えの中生きる術を、変化ということ。生き物に分かることは食べることのみ。生き物は己の腕を食べ始めた。一本、二本、そして全ての腕を食べた。次に足を、体を、ついには頭までも食べてしまった。  そうしてこの沼には飢えと執念だけの何かだけが残り続けている。この話は「ぐじん」という名で、今も漁師、狩人の間で語られるのだ。

前へ

目次

次へ

初回投稿日時:2025年1月13日 11:45

7

この作品が面白かったら「いいね」を押してね!

会員登録をして、さらに応援スタンプ・コメントで作品を応援しよう!

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • 校舎

    伊藤無銘

    ♡1,000pt 〇100pt 2025年1月13日 13時24分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    これは興味深い

    伊藤無銘

    2025年1月13日 13時24分

    校舎
  • 文豪猫

    天方セキト

    2025年1月13日 13時39分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    ホラー「ありがてぇっ!!!」

    天方セキト

    2025年1月13日 13時39分

    文豪猫
  • 太陽

    かぶき六號

    ♡877pt 〇11pt 2025年1月13日 14時41分

    古くからの言い伝え、のように書かれた怪奇の掌編だけど、実にありそうな話に仕上げられていて技量を感じる。素晴らしい。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    かぶき六號

    2025年1月13日 14時41分

    太陽
  • 文豪猫

    天方セキト

    2025年1月13日 17時22分

    かぶきさん、ありがとうございます。初めての掌編、楽しく書けました

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    天方セキト

    2025年1月13日 17時22分

    文豪猫
  • 太陽

    かぶき六號

    ♡877pt 〇11pt 2025年1月13日 14時40分

    古くからの言い伝え、のように書かれた怪奇の掌編だけど、実にありそうな話に仕上げられていて技量を感じる。素晴らしい。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    かぶき六號

    2025年1月13日 14時40分

    太陽
  • 文豪猫

    天方セキト

    2025年1月13日 17時22分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    ありがとう

    天方セキト

    2025年1月13日 17時22分

    文豪猫
  • コウテイペンギンさん

    かいんでる

    ♡300pt 〇10pt 2025年1月13日 18時21分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    なんというクオリティ

    かいんでる

    2025年1月13日 18時21分

    コウテイペンギンさん
  • 文豪猫

    天方セキト

    2025年1月13日 18時49分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    また読んでくださいね

    天方セキト

    2025年1月13日 18時49分

    文豪猫
  • 殻ひよこ

    千年砂漠

    ♡1,000pt 2025年1月13日 22時01分

    伝説のような、寓話のような、それでいて世界のどこかに実在していたかもしれない不気味なものの話。さすがのクオリティーど楽しませていただきました。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    千年砂漠

    2025年1月13日 22時01分

    殻ひよこ
  • 文豪猫

    天方セキト

    2025年1月14日 11時48分

    コメントいつもありがとうございます。1000文字で表現できることを考えて書き上げました

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    天方セキト

    2025年1月14日 11時48分

    文豪猫

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る
  • 「10文字ホラー」SNS再録集

    十文字怪事奇談蒐集記

    174

    23.5K

    56


    2026年3月19日更新

    「10文字ホラー」企画(https://10.ujiqn.com/)に便乗してぼちぼちSNSに投稿している、諸種のコワさを掻き集めたほんのちょっとぞっとする……かもしれない一文。 ※初出:2021/06/26~「Twitter/X」「タイッツー」「note」

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:11分

    この作品を読む

  • 帰郷

    その縄は絆か呪いか。母を救う決死の奪還劇

    0

    0

    0


    2026年3月19日更新

    【作品紹介】 「その縄を、焼いて。私を殺してでも、ここから出して――」 孤独を愛するジャーナリスト・藤原怜のもとに届いた、疎遠だった父の訃報 。遺品の中に残されていたのは、二十三年前、煙のように消えた母の影と、不気味な二文字「朽縄(くちなわ)」でした。 調査の果てに怜が辿り着いたのは、地図から消されたはずの村が形を変えて存続する「桐ヶ丘ハイツ」という名の巨大な団地 。そこでは住民たちが「縄」と呼ばれる見えない絆で精神を共有し、個を殺して生きるおぞましい儀式が五百年にわたって守られていたのです 。 団地の地下深く、二十三年もの間「縛縄」の罰を受け続け、自我を失いかけた母・佐和子との再会 。そして怜自身の身体をも侵食し始める「縄」の痣。 これは、呪われた血筋と宿命に抗い、愛する母を救い出すために、一人の男が巨大な闇に火を放つ決死の奪還劇。 結ばれた絆は、救いか、それとも呪縛か。今夜、すべての因縁が灰になる。 -------------------------------------------------------------------------------- 【登場人物紹介】 藤原 怜(ふじわら れい) 二十八歳のジャーナリスト。孤独を選び取ってきたが、父の死をきっかけに家族を縛る忌まわしい因習の渦中へと足を踏み入れる。 藤原 佐和子(ふじわら さわこ) 怜の母。二十三年前、村を脱走したが連れ戻され、団地の地下牢で自我を削られながら幽閉されている。 村瀬 孝子(むらせ たかこ) 団地の長老会の一員。佐和子の親友であり、彼女を連れ戻した張本人。深い罪悪感を抱きつつ、怜を導く。 三島 啓太(みしま けいた) 団地で生まれ育った青年。父親を「縄」によって壊された過去を持ち、村からの脱出を願って怜に協力する。 蛭田 源蔵(ひるた げんぞう) 長老会の最強硬派。村の秘密を守るためなら殺人も厭わない。過去の罪を正当化するため、執拗に掟を墨守する。 --------------------------------------------------------------------------------

    読了目安時間:39分

    この作品を読む

  • ギベオンハート

    よろしくお願いします!

    9

    1.1K

    0


    2026年3月19日更新

    猛暑の朝、入社二週間目のバイト・ヨシカズは、誰も取ろうとしない不審な外線電話に出る。 受話器の向こうから聞こえたのは、微かなサイレン音と意味不明の叫び声。 その日を境に、ヨシカズの周囲では説明のつかない出来事が連鎖し始める。 やがて彼は、自分が“見えない何か”に狙われていること、そしてこの世界の裏側で異能を巡る争いが動いていることを知る。 錯綜する怪異、覚醒していく力、交錯する思惑。 現実と異界の境界が揺らぐ中、ヨシカズは逃れられない戦いへと踏み込んでいく。 これは、二転三転する怪談を軸に展開する、 サイキックバトル×ヒューマンドラマ×ファンタジー。

    読了目安時間:45分

    この作品を読む

  • 逢魔ヶ刻の迷い子4

    「またですか…この6人は霊感強すぎ!?」

    3

    700

    0


    2026年3月19日更新

    高校1年生になった隼人たち6人は、夏休みに隼人の家である海辺の民宿へと集まる。楽しい再会のはずだったが、そこには一人旅の女性客が宿泊していた。彼女は一年前、婚約者の誠を海で亡くした過去を抱えていた。だが、その死には事件性があったにも関わらず、真相は闇に葬られ、警察の捜査も打ち切られていた。 彼女は、自らの手で答えを見つけるためにこの町を訪れた。しかし、夜の浜辺で奇怪な現象が彼女を襲い、6人はその謎に巻き込まれていく。 次々と起こる怪奇現象。 そして、夜の海に現れた誠の霊が彼らに訴えた言葉——。 「知っている……俺を殺したのは誰か……」 彼の死は本当に事故だったのか? それとも、誰かの手によって仕組まれたものだったのか? やがて6人は、誠の死の真相にたどり着く。 それは、ただの怪異ではなく、人間の欲望と罪が生み出した闇だった。 誠を追い詰めたのは誰なのか? そして、彼が最後に残した“願い”とは——? 静かな海辺の町で起こる怪異とミステリーが交錯するサスペンスホラー。 過去と現在が絡み合いながら、封じられた真実が徐々に明らかになっていく。 怪奇現象 × 殺人ミステリーが織りなす、夏の終わりの恐怖と哀しみの物語。 『波間に消えた誓い』——これは、決して忘れられない夏になる。

    読了目安時間:41分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る
  • 宇宙侵蝕

    敵は、すぐそばにいる。

    0

    10.8K

    100


    2026年3月19日更新

    【3/11、この作品は日間ジャンルランキング一位を獲得出来ました。初めての経験で驚いています。感謝、感謝です。ありがとうございます!!】 はるか未来、文明が更に発達し、地球人と宇宙人が共に住むようになった地球。だが、宇宙は滅亡に向かって突き進んでいた。 アグリーと呼ばれる魔物の出現、異常気象、人間の突然の精神異常、星の不自然な消失といった異変が地球や宇宙各地で頻発していた。各国政府と民間は共同で、この異変を調査する組織を編成する。 時は流れ新暦221年。異変の調査を専門とする㈱信夫調査の調査員である阿部真和は、新任の田無春奈と仲間達と共に地球上の異変の調査をしていた。 そんな時、政府から極秘情報が通達される。宇宙各地で起きている異変の正体は宇宙のがん細胞とも呼ぶべきバグであり、そのがん細胞が人間の姿をして地球上に紛れ込んでいる事がわかったのだ。がん細胞の名の通り、放置していれば宇宙そのものが滅んでしまう。 真和らは地球の人間に紛れているというがん細胞の討伐に向かう。しかし政府はそのがん細胞の宇宙を滅ぼす程の力を手に入れようと秘密裏に動き出す。 ※本作品の表紙絵及び挿絵はAI生成によるものです。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:2時間24分

    この作品を読む

  • 霊体外科医の術式 ~幻惑の森と眠り姫の真実~

    人間の内面世界に入り込むミステリー

    385

    320.4K

    1K


    2025年7月13日更新

    霊体外科医とは、体外離脱後、霊体として患者の内面世界に入り込み、心の病に対して、『直接的な施術』を行う職業である。 工藤類照(くどう るいてる)は、その霊体外科医の一人であり、日々、患者たちの施術をこなしていた。 そんなある日、恋人であり、同じく霊体外科医の室野依織(むろの いおり)が、人格崩壊を起こした男の施術に臨み、その内面世界で、不可解な事件に巻き込まれ、自分の体に戻れなくなってしまう。 恋人の霊体を幽閉する檻。人格崩壊を起こした男。患者の人格改造を行う霊体外科医。裏社会で暗躍する組織。流浪者たちの信仰する神。 それらのピースが合わさった時、衝撃の事実が浮かび上がる。 表紙イラストは、mino様(https://coconala.com/users/1310816)に描いていただきました。 ※この作品は、エブリスタさん、小説家になろうさんでも、掲載しております。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:5時間47分

    この作品を読む

  • 世界で一番近くて遠い場所

    青い未来を思う春のような日々

    246

    34.8K

    131


    2026年2月16日更新

    「何があっても、俺は結花を一人にしない」 中学二年の春。突然の事故で両親を失い、天涯孤独となった双子の兄妹、悠斗と結花。 絶望の淵で交わした小さな「指切りの約束」だけが、壊れそうな二人の心を繋ぎ止める唯一の絆だった。 それから四年。高校三年生になった二人は、母の親友である小説家・成瀬弥生に引き取られ、平穏な日常を取り戻したかに見えた。 美しくも残酷な「距離」を描く、切なさに満ちた青春群像劇。

    読了目安時間:3時間20分

    この作品を読む

  •         【 R·O·S·E 】

         ◆女主人公の学園ファンタジー◆

    348

    280.5K

    2.3K


    2026年3月10日更新

    ★ジャンル日間一位★ ★総合日間四位★ ★第3回HJ小説大賞後期 一次通過★ ▼ 女主人公のダークファンタジー ▼ ▼ 学園が舞台で設定も細かく丁寧 ▼ ▼ 壮大かつ無慈悲な世界をお楽しみください ▼ ───◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆─── 異物の異郷【ミスティルテイン】剣聖学園。 毎年、何百人もの入学生を迎える世界の中心にして世界最高の剣聖学園へ入学した女性【リディア・ローズ】の異郷での六年間が開幕。 不安定な安寧、不特定な混沌が蠢く世界の中心で、墓標に朽ちた【極剣】と新たな【極剣】を携え、復讐の華を咲かせる。 許しなど必要ない。自分にも誰にも、世界にも。 最低な選択でもいい。それで未来を一滴たりとも残さず奪えるのなら。 九年前に平凡な未来を奪われた少女が今度は未来を奪う。 なんて事ない平凡を失った、少女達の復讐劇。 ───◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆─── 一章【ローゼングレイヴ】だけでも是非一度!! ※章規模での更新※ ※ひとつの章、8万から10万文字程度※ 【R·O·S·E】の特設ページなるものを設置しました! R·O·S·E本編をより深く楽しめるようにタイミングをみて追加していこうと思っています。 活動報告なども設置しましたので、よかったら覗いて見てください。 ▼コメントやスタンプは お気軽に! ▼しおり 既読目印として『 いいね 』のご利用も是非!

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:14時間44分

    この作品を読む