光を拒む沼の底。藻と岩と死骸で覆われた泥の中、命あるものを拒む沼の底。綺麗な心を持つ者は覗くでない。そう伝えられている沼だった。命の気配がしないこの沼の底、その岩の隙間を何かが蠢いていた。 大地が生まれ、命が始まった時のことを思い出そう。この岩の隙間で蠢く何かもかつては立派な生き物だった。天は彼に強い体を与えることはなかったが、その代わりにいくつもの腕を与えになった。その腕は伸びる。その腕は掴んだものを離さない。天はその腕をよく使い、生きろと託したのだ。 不思議なことに、生き物は誰からも腕の使い方を教えて貰ったことはないのにその腕を上手に使った。沼に生まれた他の生き物も同じだ。誰からも教えて貰うことなく、皆器用に与えられた体を使う。堅い口を持つ者はよく噛んだ。物は食べずに他の手段で飢えを凌ぐものもいた。そして生き物は与えられた腕を使って獲物を捕まえ、岩の隙間に引きずり込んで飢えを凌ぐ日々だった。敵が来ると岩に隠れる。いなくなると腕を伸ばして餌を探す。生き物にとって豊かな沼の世界は心地が良かった。飢えを知らない生き物だった。 いつの日か、天は試練をお与えになった。空の彼方から降ってきた雫は雨となり、沼やその周辺に降り注ぐ。岩が転がり、石となり、今まで隠れていた生き物は沼の底に引きずり出された。それだけではない。雨によってやってきた別の世界で生まれた生き物が沼へとやってきたのだ。沼の生き物たちは変化を求められた。何かを捨て、何かを得る。途方もない時間をかけていく中、腕の生き物だけは変わらず、岩の隙間から餌を取るばかり。誰も襲わない。飢えも知らない。そんな中で生き物はある日、獲物が見つからないことに気が付いた。 岩から抜け出すとそこにあったのは死の世界である。生き物が吐き捨てた死骸、骨、そして枯れた水草、全て生き物が食べてきたもの達だけで出来た世界であった。生き物は全ての獲物を食べ尽くしたのだ。 初めて飢えを知った。そして生き物は知らなかった。飢えの中生きる術を、変化ということ。生き物に分かることは食べることのみ。生き物は己の腕を食べ始めた。一本、二本、そして全ての腕を食べた。次に足を、体を、ついには頭までも食べてしまった。 そうしてこの沼には飢えと執念だけの何かだけが残り続けている。この話は「ぐじん」という名で、今も漁師、狩人の間で語られるのだ。
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伊藤無銘
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伊藤無銘
2025年1月13日 13時24分
天方セキト
2025年1月13日 13時39分
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天方セキト
2025年1月13日 13時39分
かぶき六號
古くからの言い伝え、のように書かれた怪奇の掌編だけど、実にありそうな話に仕上げられていて技量を感じる。素晴らしい。
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かぶき六號
2025年1月13日 14時41分
天方セキト
2025年1月13日 17時22分
かぶきさん、ありがとうございます。初めての掌編、楽しく書けました
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天方セキト
2025年1月13日 17時22分
かぶき六號
古くからの言い伝え、のように書かれた怪奇の掌編だけど、実にありそうな話に仕上げられていて技量を感じる。素晴らしい。
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かぶき六號
2025年1月13日 14時40分
天方セキト
2025年1月13日 17時22分
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天方セキト
2025年1月13日 17時22分
かいんでる
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かいんでる
2025年1月13日 18時21分
天方セキト
2025年1月13日 18時49分
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天方セキト
2025年1月13日 18時49分
千年砂漠
伝説のような、寓話のような、それでいて世界のどこかに実在していたかもしれない不気味なものの話。さすがのクオリティーど楽しませていただきました。
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千年砂漠
2025年1月13日 22時01分
天方セキト
2025年1月14日 11時48分
コメントいつもありがとうございます。1000文字で表現できることを考えて書き上げました
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天方セキト
2025年1月14日 11時48分
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