light
The Works "Top Secret" includes tags such as "槍弓", "腐向け" and more.
Top Secret/Novel by トラリーニョ

Top Secret

13,533 character(s)27 mins

オメガバースって書いたことないんですが、書いてみたいなと思って考えてみて、考えついた設定が、Ω性なのに卵子も精子も作れない、子が産めないΩなアーチャーでした。αと性交してαを産むことがΩの価値とされる社会で、自分に生きる価値はないと知る12歳アーチャー。生きる価値がないことは分かっているが、両親からもらった命と体のため、死ねない理由を求め、どこぞのΩを孕ませ、地位や名誉を傷つける心配もなく、αとΩの性交でのみ得られる無上の法悦を味わえるΩの体を提供する。
毎回違う人間が頻繁に出入りするから一般のマンションに住むことが憚られ、ホテルオーナーと定期的に寝ることで、ラブホテルの一室に住ませてもらう。
出かける時は抑制剤飲むけど、ヒート中は薬も飲まず部屋にこもってずっと客をとる。ヒート中のΩとの性交がαにとって一番気持ちいいから。
そんなアーチャーと、アーチャーの仕事を知らずに出会うランサー。「何の仕事してるんだ?」と尋ねると「死体洗いのアルバイト」と真意の分からない笑みを浮かべるどこか変わった男に魅かれるランサー。

みたいなオメガバース、いつか書きたいですね。

ところでこのキャプションは本文と関わりはないです。本文の小説はスパイ映画、t/ru/e li/esのパロです。

1
white
horizontal

--ーどうしてこうなった。


アーチャーと結婚して5年ーーー男同士だから子供に恵まれることはないが、二人笑い合い、時には喧嘩して、仲直りして、幸せに暮らしてきたはずだ。アーチャーは主夫として炊事洗濯家事全般をこなし家を守り、俺はサラリーマンとして働きに出て、家に安くはない給料を入れている。時には長期出張で家を空ける。時には残業で夜遅くに帰る。しかしその分、たまの休日は二人で出かけたり、ゆっくり家で過ごし、寂しい想いをさせた埋め合わせはしているつもりだ。

隠し事はー--概ねしていない。……概ね。正確に言えば、一つだけしているって意味だ。だが、その隠し事はアーチャーを裏切るものではないし、その隠し事のおかげで我が家の生活水準は平均よりはるかに高い。だから、アーチャーへの隠し事ーーー俺の仕事がサラリーマンなんかじゃなく、他国のテロリストや犯罪者から国を守るスパイだって事ーーーは、何も問題はないはずだ。


荒い画像の向こうに、見知らぬ男に上気した頬で笑いかける愛する連れ合いがいる。
何の話をしているのか、相手の男が身振り手振りでペラペラと口を動かすたび、アーチャーはキラキラと目を輝かせ、しきりに頷いている。
アーチャーは変装のつもりなのか、いつもは後ろに撫で付けている髪を下ろし、普段はかけない黒縁の眼鏡をかけている。
対する男は、軽薄な白のスーツに、金茶色の緩く波打つ髪を肩上まで伸ばし、鼻の下に髭を蓄えている。見知らぬ男だ。

「この髭野郎は誰だ、ディル」

抑えきれない殺気の乗った低い声に、仕事仲間のディルムッドが慌てて手元のノートパソコンを弄る。俺とディルムッドは、路地裏に停めたワゴン車の中で、何台ものパソコンとディスプレイとコードがに埋もれ、一つの画面を注視していた。
「我々が追っている武器密輸組織、デザートローゼス---『砂漠の薔薇』の末端要員です」
「何の話をしている」
二人がいるカフェの監視カメラをジャックしているため、映像は送られてくるが、会話までは拾えない。読唇術の使えるディルムッドが映像の男の口の動きを観察する。
「『僕の仕事は、この国を秘密裏に守ることだ。いまこの国はとある犯罪組織から狙われている。その組織に潜入し、内部を探っているんだ。もちろん危険な仕事だ。弾丸飛び交う中走り抜け危機を脱したこともあるし、敵組織に鎖で体を縛られ、海に投げ入れられたことある。ああ、僕は縄抜けの心得があるからね!死んだと思って油断していた敵の船に戻り、全員拳一つで気絶させたよ!』ーーー本当でしょうか?弾除け程度の使い道しかなさそうな男ですが……」
ディルムッドがその美貌に困惑を乗せ、眉をひそめる。画像の中では、いかにも嘘くさい男の話にアーチャーは真剣に聞き入り、相槌を打っている。
「続けろ」
「『いま潜入している組織は、どうやら内部にスパイがいることに感づいたらしいんだ。まだ僕だと特定されたわけじゃないが。だから今は派手に動けなくてね……そこで君にお願いがあるんだ。このスーツケース、中身は詳しく言えないんだが、敵の重要な情報が入っている。これを味方に渡す手筈になっているんだが、敵が内通者を探している今、敵の敵---つもり僕の味方に接触する訳にはいかないんだ。だから、これを君に運んで欲しいんだ。君は若く見えるし、そうやっていれば大学生でも通るだろう。敵もまさか大学生が重要な情報を持ち回っているとは思わないはずだ』---あ、」
ディルムッドが声を切った。髭の男が、アーチャーの手を握ったのだ。ミシッと嫌な音をたて、手の中の無線機が軋む。
「み、御子、それはフェルグス殿との通信用ですから丁重に……」
「叔父貴ー--」
画面の中の男を射殺す勢いで睨みながら、今しがた破壊されかけた無線機に口をあてる。
『おう、聞こえてるぞランサー』


「この男とアーチャーを攫う」

◆◆◆


アーチャーがトランクを持って席を立つと同時に、ディルムッドが運転するワゴン車を路地裏を出た。
男に指示されアーチャーが向かっているのは、三番街のシティホテルだ。この街では、値段もサービスも平均的なホテルで、アーチャーのような気負わない格好の一般人がいてもおかしくない。デザートローゼスの取り引き先はどこかのマフィアや私的な軍隊をもつ金持ちなので、取り引き先から見れば不似合いな場所だ。それを狙っているのだろうが。
「フィン、三番街シティホテルにアーチャーが行く。取り引き先のふりしてホテルの部屋に連れ込め。部屋はフェルグスが取っている。402号室だ。アーチャーを誑かした豚は隣の部屋でフェルグスが尋問に入る」
助手席でインスタントパネルの無線機を取り、ランサーがバイクで単独行動しているフィンに指示を送る。
『了解した。先にシャワーを浴びておくとしよう』
「ぶっっっっ殺すぞ!!!」
ホテルに連れ込め、という言葉を受け、たわいもない冗談を抜かしたフィンに、殺気たっているランサーは、額に青筋を浮かべ無線機に声を叩きつけた。普段なら笑って流すような軽口も、いまのランサーに投げかけるのは命取りだ。
『おっと失礼。間が悪かったようだ』
無線機の向こうで爽やかな笑い声がする。手の届く場所にいないフィンは気楽に笑って無線機を切るだけで済むが、すぐ隣に乗っているディルムッドはまともにランサーの殺気を浴び、青ざめている。
目的のホテルまであと一キロといったところで、ワゴン車は大通りから裏路地に入った。フェルグスが取った部屋は、大通りとは逆側に面している。
「フィン、うまくいったか?」
『ああ、今コーヒーを飲んでもらっている。トランクの中はやはり取り引き先に渡す商品だったよ。中身の件は伝えていないぞ』
「あと40秒で着く。拘束しておけ。話は俺が行ってからだ」
『Ya』
「ディルはここで待機しろ」
無線を置くと、ランサーは首元まで下げていたマスクを目の下まで上げ、アイシールド付きのヘルメットを被る。車はホテルのすぐ裏手に付いた。停まった瞬間流れるように車を降り、ホテルの4階から垂らされたワイヤーを腰のベルトのカンナビに引っ掛け、走るように壁を登った。
軽い動作でベランダにつくと、開けられたガラス戸の奥で怯えた表情のアーチャーが見えた。椅子に座らされ、後ろ手に手錠を掛けられている。
椅子から離れたテーブルの上でトランクの中を改めている見知らぬ壮年は、フィンの変装だ。普段は長い金髪が麗しい細身の青年だ。フェルグスはランサーやディルムッドと同じように、暗い色の作業着に、防弾チョッキ、ナイフや銃、弾倉の入ったポーチが足にも腕にもついたいかにも工作員めいた格好でアーチャーの傍でマシンガンを抱えている。
「ー--!」
突如増えた男に、アーチャーの顔がますます強張る。ランサーは無言のままアーチャーの視界に入らない背後に回り、懐から電子辞書程の大きさのノートPCを出し、キーボードを叩く。
【男はどうした?】
キーボードの文字は、フェルグスの付けたゴーグルの内側に送信される。フェルグスはそれを読み、手元のICレコーダーを振ってみせた。
すでに取り調べを終え、証言は全て録音済みということだろう。カフェを出て40分も経っていない。堪え性のない男だったのか、フェルグスの尋問がえげつかなったのか。
【お前は何者だ?】
「……お前は何者だ?」
打ち出された文字を見て、フェルグスはすぐにランサーの意図を察した。自分の代わりに読め、ということだろう。
「き、君たちこそ誰だ?その紳士の仲間じゃないのか?」
「仲間だ」
「では、私を捕まえるのは筋違いだ。君たちの仲間に頼まれてそのトランクを運んで来ただけだ」
声は震えているが、アーチャーは気丈にフェルグスを睨んだ。
「いいや、お前は騙されたんだ。お前が運んだトランクの中は、この国では非人道過ぎると取り扱いが禁止された重火器類だ」
「そ、そんな……!」
ランサーが無言でフェルグスを促す。フェルグスはICレコーダーのスイッチを入れた。
アーチャーも聞き覚えのある男の声が流れてきた。しかし、カフェでの正義を語る熱意ある声とも、手を握りしきりに頼み込んできた甘い声とも違う。悲痛な甲高い声で命乞いし、震えた声でトランクを運んだ男とは無関係だと訴えている。泣きわめく情けない声は、アーチャーへの裏切りと嘘をしきりに訴えていた。
アーチャーの顔がみるみる青くなり、唇が白くなるほど噛みしめる。
「……わかったか?あいつは武器密輸犯罪組織の一員で、お前を使って客と安全に取り引きしようとしていた」
アーチャーは椅子の上で項垂れる。ランサーはキーボードを叩き、フェルグスが言葉を続ける。
「お前は本当に一般人か?それとも組織の一員か?」
「……本当に、ただの一般人だ」
「先ほど見たんだが、指輪をはめていたな?では、お前は旦那がいながら知り合ったばかりの男に惚れてその仕事を手伝ったということか?」
ランサーは無言で目をみはった。キーボードは叩いていない。フェルグスが独断で問いただしているのだ。
アーチャーは顔を上げ、戸惑いを浮かべる。恐怖が薄れ、単純に「なぜ?」という子どものような顔でフェルグスを見上げる。
ランサーは慌てた。アーチャーの戸惑いは当然だ。同性同士の結婚が認められているとはいえ、同性の夫婦は圧倒的に異性の夫婦より数が少ない。だというのに、フェルグスは至極当然のようにアーチャーの指輪の相手は男だと言ったのだ。
【悪いがお前のことは調べさせてもらった。お前の連れ合いの会社も特定している】
ランサーが打ち込んだ文字を見て、フェルグスは自分の失敗に気づいたようで僅かに焦りの滲む声で読み上げた。旦那のことを言われ、アーチャーは不安げに瞳を揺らす。旦那へ危害が及ぶことを恐れている。
【旦那のことは、もう愛していないのか?】
ランサーは僅かな逡巡の後、フェルグスの問いに乗り、質問を続けさせた。一番聞きたくて、一番聞きたくない質問だった。
「……愛している」
アーチャーが絞り出すように答えた。
「誰よりも、愛している。毎日が幸せで、満ち足りている!」
ではなぜ!とランサーがゴーグルの下で悲痛に顔を歪める。
「……だが、五年間、変わりばえのない毎日だった。恐怖も、怒りも、驚きも、冒険もない……映画のようなスリルある生活に憧れていたんだと思う……。そんな時出会った彼が語る冒険譚は、とても魅力的だった。危険と隣り合わせ。ギリギリのところでいつも生還し、人々を救う。悪を挫くため危険な任務をこなしているという。自分の生活とは全く違う驚きに満ちた毎日を送る彼に、憧れていただけで、彼をーーー夫を愛していることにはかわりない!」
ーーーアーチャー!
ランサーに喜びと悲しみが一度に襲いくる。アーチャーは今でも自分を愛している。裏切ってなどいない。だが、彼が憧れた非日常を自分がおくっていることを、それに憧れる彼に伝えることはできないのだ。カフェで見た、アーチャーの輝く目を思い出す。あの目は、自分に向けられるべきものだ。だが、それを伝えることはできないーーー

「で、あの髭の男とは寝たのか?」

ーーー!!!!!
フェルグスのあっけらかんとした問いに、ランサーが無言で悶えた。思わず口から出かけた制止の声をなんとか抑える。
「なっ……!」
オブラートに包む気など一切ないフェルグスの質問に、アーチャーが顔を赤くし、青くし、言葉に詰まった。
尋問の演技に興が乗ったのか、フェルグスがマシンガンを構え、アーチャーの肩を小突いた。
「質問に答えろ」
突きつけられた銃口に、アーチャーが震えたのがランサーにも分かった。ランサーはものすごい速さでキーボードを叩き、フェルグスに送信する。その言葉を口にするのは憚られるので意訳すると、「私の大切なアーチャーに何をするのですか。乱暴なことはやめてください。後で厳重に処罰します」と言ったことを十倍乱暴な言葉に置き換え、スラングを三十個ほど付け足した文章がフェルグスのゴーグル内に送られている。
「そ、そんなことはしていない!夫を裏切ったりしない!」
スラングだらけの文をさらに追加しようとしていたランサーは、アーチャーの言葉に感動を覚えた。一人涙を堪え、ゴーグルの下で目頭を抑える。
しかしーーー
ランサーは鼻水を啜り顔を上げた。これだけで「はい、そうですか」とアーチャーを帰すわけにはいかない。もう二度とこんなことがないよう、もう少し怖がらせら必要がある。
【いいだろう。とりあえず今日は帰してやる。だが、まだ疑いが晴れたわけではない。お前の夫は我々の仲間が捕らえている】
ランサーは、アーチャーにだけ見えるよう、PCのディスプレイを背後からアーチャーの前に差し出し、内容を見せた。
最後まで読んだアーチャーが、最後の一文に顔を強張らせる。
【夫を救いたければ、今日の19時、メインストリートのロイヤルホテルの最上階スイートに来い。とびきりセクシーな格好でな】
ランサーが文章を追加し、アーチャーに見せる。ディスプレイを見るアーチャーの横顔は戸惑いに揺れている。アーチャーはしばらく考え込み、そうして、諦めたように、項垂れるように頷いた。


全員でホテルの窓から撤退した後、ランサーはすぐに日常生活用のスマートフォンの電源を切った。それから一番近いセーフハウスに籠る。パソコンを数台立ち上げ、一台を自分の日常生活用のスマートフォンに繋ぎ、着信履歴を調べた。窓から飛び降りて数分後に、アーチャーからの着信が都度五回入っていた。
もう一台はどこかの部屋の中の映像を映している。スマートフォンと接続した方は、着信履歴を確認すると、すぐに接続を切り、もう一台の方に視線を釘付ける。
行き掛けに立ち寄ったコンビニで買ったサンドイッチが頬張る。
ようやく、部屋の中に動くものが映った。拘束を解き、部屋に置き去りにしたアーチャーだ。パソコンに映る部屋は、ランサーとアーチャーの暮らす自室のリビングだった。
「……」
ランサーは感情の浮かばない目で映像の中のアーチャーを見つめる。
アーチャーは帰宅後、部屋の中を彷徨っていた。全ての部屋のドアを開けて回っている。音声は入ってこないが、しきりにアーチャーの口が動いている。読唇術を使うまでもない。攫われたと思っているランサーを探しているのだろう。
トイレも、風呂場も、キッチン下の収納まで覗いて回ったアーチャーはとうとう探す場所がなくなり、力なくソファーに腰掛けた。膝に膝をつき、項垂れ、手のひらに顔を埋めている。しばらくそうして居たが、アーチャーが弾かれたように顔を上げた。壁の時計を見て、テーブルに投げ出していた家の鍵を掴むと、カメラの映る位置から消えていった。外に出かけたのだろう。
時刻は十七時ニ十分---ランサーは、味のしないサンドイッチを飲み下す。先ほどまでは、ほとんど勢いで行動していた。だが、冷静になって考えれば、自分がいま、瀬戸際にいることに気づいた。
アーチャーを愛しているし、アーチャーに愛されている。先ほどアーチャー自身もそう言っていた。
自分は、さらに愛する人を試そうとしている。自分のためにアーチャーはどこまでしてくれるのか。場合によっては、自分は癒えない傷を負い、愛する人を失う。
ランサーは、ゴミ屑をゴミ箱に投げ入れた。今更どうしようもない。賽は投げられた。

ランサーは意を決し、セーフハウスを出た。


◆◆◆


ドアボーイが恭しく開けたガラス戸をくぐれば、気押されるほど豪華な空間だった。高い天井、広く開けたフロア、クリスタルの花のような豪奢なシャンデリア、足を置くのを躊躇われるペルシャ絨毯---フロントフロアでさえこの豪華さだ。そのホテルのスイートとなればどのような部屋なのかと想像し、アーチャーは足が重くなる。
ホテルは快適な温度に保たれているが、アーチャーはベージュのロングコートのボタンすら外さず、躊躇いがちにフロントに近づいた。

「スイートルームで人と会う約束なのだが……」
「お名前を頂戴いたします」
「エミヤ・アーチャー」
「はい、お伺いしています。案内はしないよう申しつかっておりますが、よろしいのでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。場所を教えてもらえれば」
「最上階フロア専用のエレベーターがございます」

そちらまではご案内を---と受付の男に誘われ、装飾が明らかに他のものより華やかなエレベーターに案内され、アーチャーは一人、棺桶のような心地すらする箱に足を踏み入れた。

エレベーターを降りると、そこはすでに部屋の中だった。この広いホテルのワンフロアが、部屋となっているということに気づき、庶民の感覚しかないアーチャーは一瞬呆けた。
エレベーターが閉まる。手前は明かりがついているが、奥は暗い。アーチャーが見渡せる範囲に人はいないようだ。
(ランサー)
アーチャーは震える喉から大きく息を吐き、不安も吐きだした。それから、意を決しロングコートを脱ぎ捨て、眼鏡を外した。壁際の花の挿してある花瓶を傾け水で手を濡らすと、自然に下ろしていた髪の毛を後ろに流した。
ロングコートの下は、光でぬめるように光る黒いPVCのボレロのような服だ。袖は長く、手の甲の半ばまである。スタンドカラーが首元を覆い、ギリギリ乳首を隠しているが、胸元を腹も背も、ほとんどが見えている。ボトムスは同じく黒いPVCのローライズで、ペニスの付け根ギリギリまで見えている。バックは編み上げになっており、尻の割れ目の上部が見えた状態だ。中に履いているGストリングの紐がボトムスの上から覗く。膝下まである黒いブーツを脱ぎ捨て、バッグから黒のエナメルのパンプスを取り出す。ヒールが十センチはあるが、持ち前の運動能力で危うげなく立つ。

(必ず助ける)

顔を上げる。決意に引き締まった表情だ。
ヒールの音は絨毯が吸い込む。ゆっくりと奥に進み、明るみと暗がりと、ちょうど境目で足を止める。
明かりが点いていない一番奥の部屋は寝室になっていた。天蓋付きのキングサイズのベッドが部屋の真ん中に鎮座している。
アーチャーが、寝室の奥の暗がりに目を凝らしていると、この部屋に初めて音が響いた。

「中へ」

機械の声だ。
アーチャーが恐る恐る暗がりに進む。
「飲み物は?」
声は、寝室の奥から聴こえる。暗闇に入り、ようやく慣れてきた目が、夜景を映す窓のそばに、椅子に腰掛ける男の影をぼんやりと捉えた。
アーチャーが右手側を見ると、ベッド脇のナイトテーブルに、白ワインのボトルと、注がれたグラスがある。アーチャーは男の位置から目を逸らさぬままテーブルに近寄り、グラスの中身を煽った。
普段あまりアルコールを飲まないが、今はきつけがわりに欲しくてたまらなかった。
「こちらへ」
キーボードを叩く音がする。この機械の声は、パソコンに文字を打ち込み、読み上げさせているのだろう。
「……体をよくみたい。ゆっくりと回ってみせろ」
「……彼は無事なのか」
「もちろん。君が一般人で、組織とは無関係と分かれば、君も彼も解放する」
アーチャーは震えそうになる唇を噛み締め、一つ頷いた。ベッドの下側の、天蓋の柱まで進む。男まで、あと三メートル程のところだ。飾りの彫られた天蓋の柱に触れる。胸が揺れるのではないかと思うほど、心音が大きい。
柱から手を離し、指示どおり、その場でゆっくりと回ってみせる。
「脱げ。ゆっくり。色っぽく」
「---っ」
口から出かけた反抗の言葉を飲み込み、アーチャーは背中を窓に向ける。
蝶結びになった尻の紐を後ろ手に探り、紐を左右にゆっくりと引く。締め上げられていた尻肉が紐の圧から解放され、自然とPVCのパンツの割れ目を押し広げていく。左右から指で、パンツの広がりを更に助ける。
緩んだウエストに手を掛け、ゆっくりと足下へ下ろす。褐色の肌が広がっていく。踵まで抜けると、アーチャーは息をつき、上体を上げ、パンツを蹴ってヒールの爪先から抜いた。
筋肉の均整の取れた背中は、惚れ惚れするほど美しい。布面積の少ないGストリングは横紐と縦紐の交わる所から左右対象に、金色の細いチェーンが垂れている。チェーンは、縦紐が食い込む割れ目までを繋いでいる。
「上もだ。もっと、誘うように」
視線で体をなぞられるのを感じる。愛する人にも見せたことのない格好で、言いなりになっていることに対する恥辱でアーチャーの体は熱くなっている。
天蓋の柱に片手を掛け、体重を支えながら上体を仰け反り、スタンドカラーの首元のフックをはずした。柱に股間を押し付け、擦るように腰を上下させる。視線は合わないが、誘うように目を細め、男の顔を見る。
「いいぞ。その調子だ」
柱に足を絡ませ、ボレロを肩口から少し落とす。腕と背中に布が撓む。柱を支えに、半回転し、その勢いのまま、ベッドの上の角に仰向けで寝そべる。背中の真ん中から上はベッドから落ち掛けている。自然とアーチャーの豊かな胸筋が仰け反り、胸の先までしっかりと見える。重力に従って、髪の先が床に触れ掛けている。背中に溜まっていた布も、ずり上がっている。そのままアーチャーは、袖から服を抜く。
「……ふっ」
軽く息を吐き、柱を支えに体を起こす。また柱を中心に半回転し、ベッドに体を向ける。下着とハイヒール以外、纏うもののなくなったアーチャーは男の方に壮絶な流し目をくれて、柱の彫刻に舌を這わせた。


「……!」
暗がりの中で、ランサーは信じられないものを見るように顔を覆い、指の間からアーチャーの痴態を見ていた。
アーチャーが自分のためにどこまでするのか。仕置も兼ねたランサーの命令に、アーチャーは想像以上に応えた。
すでに股間は張り詰め、痛いほどだ。普段の性生活では、アーチャーは「貞淑」という言葉がよく似合っていた。求めには応える、可愛らしく乱れるが、自分から激しく求めたりということはない。
それが今はどうだ---
「---」
アーチャーの誘うような視線に腰の下に熱がたまる。かき上げられ、うなじを撫で、粘土の濃い視線がランサーを射竦める。
アーチャーのこの痴態は、自分のためであって、自分のためではないという事実に、ランサーは頭が焼き切れそうだった。自分を救うため、自分以外の男(と、アーチャーは思っている)に、この姿を見せているのだ。
ランサーの股間はすでに張り詰め、痛いほどだった。喉が鳴る。
「---な」
理性を総動員し、なんとか耐えていたランサーだったが、それを目にした時、思わず声が漏れた。

赤い舌が、暗がりの中の僅かな明かりで濡れて光っている。柱の裏に手を添え、柱に彫られた彫刻をなぞるように、舌先が這い上がる。アーチャーの濡れた視線が、ランサーを刺す。柱から離れた舌が糸を引いている。股間を柱に押し付け、また柱に唇を押し付けると、音をたてて吸い付き、また舌を這わす。
ぶちり
ランサーの、ギリギリだった理性が切れた音がした。
椅子から立ち上がる。膝に置いていたPCが床に落ちたが見向きもしない。
荒い息を吐いて柱を舐めていたアーチャーが、間近に迫ったランサーに気づき、目を見張った。
腕を引き、ベッドに押し倒す。
「なっ……!」
アーチャーの体が強張る。仰向けに転がったアーチャーが動けないよう、膝で脇腹を挟み、両腕を一括りに頭の上で抑える。
「んん!」
震える唇に噛み付くような勢いで貪りつく。何度も角度を変え、頬に、目に、耳たぶに唇を押し付け、空いている右手を胸に這わせる。
「は、っはぁ、あ!」
アーチャーがぶるぶると震えている。乳首を摘み、親指で捏ねると、アーチャーの体が跳ねる。
腕を背後に回し、自分の尻の下あたりにあるアーチャーの股間を握りこむ。薄い布地の下のものは反応していないが、構わず揉みしだき、下着のウエストから中に手を入れる。
「ぁひ、や!やめ!やだ!」
アーチャーが身を捩って暴れる。
「ぁ、あっ、ひあ!ら、んさ、あ!っんあ、や、らんさー!ランサー!」
半狂乱でアーチャーが叫ぶ。カチカチと奥歯が鳴る程震えている。
ランサーはハッとし、下着から手を抜き、アーチャーの頬にそっと触れた。ランサーは熱い息を吐きながら、できるだけ優しく口付ける。
(アーチャー、大丈夫、俺だ)
ランサーの唇がそう告げる前に、部屋に強い光が差し込んだ。

ランサーからは、薄っすらと涙の浮かぶアーチャーの顔がよく見えた。
アーチャーからは、体も命も惜しくないと思うほど愛している男の顔がよく見えた。

二人の時間が止まる。
「……」
「……よ、よぉ、アーチャー」
自分から、相手の顔が見えるということは、相手からも、自分の顔がよく見えているのだろう。
ランサーは、へらりと相好を崩し、気さくに手を挙げてみせた。
「き、さま---こ、殺してやる……!」
アーチャーが渾身の力でランサーの腕を振りほどき、殴りかかる。
「待て!話は後だ!とりあえず逃げるぞ!」
ランサーはアーチャーの拳を受け止め、アーチャーの体にシーツを巻きつけると、横抱きに抱えた。
部屋に差し込んでいた光が間近の窓を通り過ぎ、また戻ってきた。分厚い窓越しにも聴こえるプロペラの音。
「な、なに」
ランサーがベッドから飛び降り、エレベーターに向かって走る。
直後、先ほどまでいた寝室の窓が、激しい音をたて砕け散った。
「う、うわーーー!」
アーチャーがランサーの首に腕を回し縋る。背後を見ているアーチャーの目に、ベッドが、水差しが、花瓶が、壁の絵画が、無惨に砕け散っていく様が飛び込んでくる。
砕けた窓から、マシンガンの銃口をこちらに向けるヘリが見えた。
ヘリは水平に移動する。ランサーが走り抜けた空間を、一瞬置いて銃弾が通り過ぎていく。
「アーチャー!尻のポケットから携帯出してくれ!」
「わ、わかった」
銃声に負けないよう大声でランサーが叫ぶ。アーチャーも、今は、ランサーがなぜここにいるのか言い争う場合じゃないと理解し、すぐさま指示に従う。
ランサーが言う通り数字の「一」と通話ボタンを押し、ランサーの耳に当てる。
「---おい!叔父貴!部屋の風通しが随分よくなっちまったんだが、どうなってんだ!」
『ホテルも模様替えするいい機会だろ!ここ十数年前変わり映えしなかったしなぁ!』
「いいから説明しろよ!」
『まぁ俺から言えることは一つ。俺たちは常に誰かに恨まれてるし誰かに狙われてるってことだな!』
エレベーター前につくと、アーチャーがすぐさまシーツから腕を出し、ボタンを押す。すぐに開いた専用エレベーターに飛び込み、閉める。銃声が遮られる。
『捕らえたあの男を泳がせたんだが、随分口のうまいやつだぞ。あることないこと上に吹き込んで、動かしたようだ。いや大した才能だ!うちにスカウトするか?』
「バカも休み休み言え!ちゃんと対策してんのか?」
白い蓑虫のような状態のアーチャーをエレベーターの床に下ろし、ランサーは携帯を受けとると、怒鳴りつけた。
『もちろんだ。奴らの隠れ家に向かわせたフィンとディルがごっそり情報送ってきた。奴らを匿っていた腐った政治家も分かったし、もうそこで飛んでる虫に用はない。屋上に準備はできてるぞ』
ランサーはぶちりと通話を切った。ランサーの額に青筋が浮かび、目が据わっている。目の前に用意された極上の餌を蹴散らされた猛犬のような顔だ。
「屋上行くぞ」
携帯をアーチャーに放り投げ、またシーツごとアーチャーを抱えると、止まったエレベーターから飛び降りた。


轟々と山風が耳を切る。階下の部屋の窓を割り尽くしたヘリが、サーチライトで部屋の中を探っている。
アーチャーは、シーツをきつく体に巻きつけ、何かを組み立てるランサーを不安げに見つめる。
屋上の床に据えられたそれは、映画やテレビの中で見るような物だ。グレネードランチャーだ、とランサーが軽く言う。躊躇いなく、引鉄が引かれた。
眼下で炸裂する光りと、轟音。
「きったねぇ花火」
ランサーが立ち上がりため息を吐く。それから、床にうずくまるアーチャーの横に座り、肩を抱き寄せた。
「……」
「……まぁ、そのなんだ」
ランサーが頬をかく。
「話し合おう。色々と。たくさん話すことがある。お前の話しも聞くし、俺の話しも聞いてほしい。……それから、」
「ランサー」
アーチャーがランサーの言葉を遮った。
「キスしてくれ。頭がぐるぐるして泣きそうなんだ。キスしてくれ。それから殴らせてくれ」
それから、話しをしよう---そう言うアーチャーのまつ毛には水滴が付いていた。
ランサーは黙ってその水滴を吸いとる。
時間なら、まだある。時間をかけ話をして、これから先のことを決めればいい。
全部の本当と、全部の嘘を話すと決めた。
きっといい方向に行く、とランサーは信じる。他でもない、アーチャーを信じているからそう思う。

「……その後の話し合いに影響しない程度で頼む」
「……善処しよう」

遠くで、サイレンの音がする。じきにその音は大きくなるだろう。
アーチャーは目を閉じた。唇が触れるのを待つ。


---これまでの終わりで、これからの始まりの、キスを。





◆◆◆


華やかなダンスホールに、華やかなドレスの婦人と、タキシードや軍服姿の男性がにこやかに談笑している。オーケストラの生演奏が心地よい。
ランサーは口笛を吹き、軽快な足取りでホールへの階段を降りる。階段下でボーイが盆に乗せたグラスを差し出す。
「ありがとよ」
グラスを二つ受け取ると、談笑するひと組の男女に近づいた。
「やぁアーチャー」
「……やぁ、久しいですね大佐殿」
アーチャーの笑みが、わずかに強張る。
「邪魔をしてすまない。私が狙っていた美しいレディが君に取られないか心配でね」
ランサーはそう言って、アーチャーにグラスを手渡し、女性には微笑みを向けた。
突然現れた美丈夫に、アーチャーと話していたブルネットの女性が頬を染める。アーチャーは仕方なさそうに肩を竦めた。
「大佐殿が相手では敵いそうにないですね。私は退散するとしましょう」
アーチャーが女性に微笑んで去ろうとすると、その背にランサーが手を回した。
「まぁ待て。君が気になると仰る婦人がいらしたぞ。案内しよう」
そう言うと、ぐいぐいとアーチャーを押した。
「すまないレディ、邪魔者を追い払ってくるから少し待っててくれ」
去り際、ブルネットの女性を振り返ると、口元に手を当て囁くような真似をして、その実、全く潜められていない声音でアーチャーを指差した。
「聞こえているぞ大佐殿」
「まぁまぁ!こちらだ!」
二人は人混みの中に紛れると、足早にバルコニーに向かった。人のいないバルコニーに出ると、ランサーはアーチャーに詰め寄った。

「おい!ナンパなんてどういうつもりだよ!」
「マーニック卿が来るまでここで待つしかなかろう!それまで何もせずボーッとしてろというのか?怪しすぎるだろう!」
「じゃあ若い女じゃなくておっさんと話してろよ」
「おっさんならいいんだな」
「……っ」
そう返され、ランサーは声を詰まらせた。
「やっぱりおっさんもダメだ。お前に惚れたらどうすんだ」
「ふん、君こそ紫のドレスの女性に色目を使われて鼻の下を伸ばしていたじゃないか」
「あん?話しかけられたから対応してただけだろ。全然好みじゃねぇよ。俺のタイプは褐色白髪のお堅いマッチョ野郎だ」
「……!わ、私だって好みは青い髪で赤い目の軽薄な男だ」
「おい、軽薄はねぇだろ」
照れた様子のアーチャーに、ランサーは胡乱な目で文句を垂れる。
『痴話喧嘩もそこまでだ』
耳元から聞こえた女性の声に、二人は口を閉じた。ランサーは耳のピアスに、アーチャーは眼鏡のつるに通信機が仕込まれている。
『ターゲットが来たぞ。手筈通りにやれ』
目を合わせ、頷く。アーチャーがグラスの上でネクタイピンの宝石を押した。細かな粒子がシャンパンに溶ける。
ランサーはグラスを受け取ると、ホールの階段に姿を見せたタキシード姿の壮年を確認した。

「行くか」
「ああ」

二人は、穏やかに微笑む人の良い仮面を貼り付け、華やかな空間に消えた。


Comments

There is no comment yet
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags