場所が辺野古だったせいで、変な方向に叩かれている
追記3.18 教員同乗していなかった件すっぽ抜けていた
2026年3月16日、同志社国際中学校高等学校の研修旅行中に、沖縄・辺野古沖でボートが転覆し、高校2年生の女子生徒1名と船長が亡くなりました。
亡くなったお二方のご冥福を心よりお祈りいたします。
事故から間もなく、まだ海上保安庁の調査も進行中で、わかっていないことだらけです。 そんな中で確定的なことを書くつもりはありません。
ただSNSの論調を見ていて、沖縄の修学旅行に10年以上添乗してきた人間として「それ、違うんだけどな」と思うことがいくつかあったので、つぶやかせてください。修学旅行の安全に関わる仕事をしていた以上、この事故をスルーすることはできませんでした。
先に言っておきますが、私は右でも左でもありません。基地問題について特定の立場を持っているわけでもない。ただの、沖縄の修学旅行に何度も添乗してきた看護師です。
民泊は定番です
「民泊に泊まらせるなんてありえない!」という声を見かけました。
ありえます。むしろ定番です。
沖縄修学旅行における民泊は、伊江島・読谷村・東村をはじめ、本島全域で広く受け入れ体制が確立されています。私が添乗した学校でも、沖縄で民泊を組み込んでいるところは珍しくありません。
もちろん民泊にはデメリットもあって、アレルギー対応の難しさやホームシックの問題、受け入れ先との相性など、課題がないわけではない。「民泊先に政治的思想の強い家庭がある」という指摘も見かけましたが、校長も会見で極端なケースがあったことは認めた上で、次年度に向けて対応してきたと述べています。受け入れ家庭の個別の課題と、民泊という仕組み自体の是非は別の話です。
そして、いずれにしても今回の事故とは何の関係もありません。
佐喜眞美術館もガマも、修旅の定番見学地です
コース一覧が出回って「どのコースも思想が偏っている」と叩かれていますが、ちょっと待ってほしい。
佐喜眞美術館は普天間基地のすぐ横にある美術館で、丸木夫妻の「沖縄戦の図」を常設展示しています。屋上から普天間基地を見渡せる。確かに思想は強い。でも、沖縄の修学旅行では定番の見学地です。私も何度も添乗で訪れています。
チビチリガマも同様。平和学習の入壕体験として、アブチラガマや旧海軍司令部壕と並んで多くの学校が訪れる場所です。ただし、チビチリガマをコースに組み込んでいるのは珍しい。私も添乗で3回しか訪れたことがありません。
けれど、チビチリガマで学ぶというのは、実はものすごく深い選択です。
1945年4月、米軍上陸の翌日、チビチリガマに避難していた約140人のうち83人が集団自決に追い込まれました。犠牲者の6割が18歳以下の子どもだったとされています。「鬼畜米英」という教えを信じ、投降を呼びかける米兵の言葉を受け入れられなかった。親が自分の子どもに手をかけるという、想像を絶する出来事が起きた場所です。
そしてわずか600メートル先のシムクガマでは、英語を話せる住民がいたおかげで約1000人が全員助かっている。同じ村、同じ日、同じ状況で、情報があったかなかったかで生死が分かれた。
これは「誤った教育が何をもたらすか」を突きつける場所です。修学旅行の平和学習としてこれ以上の教材はそうない。ここをあえてコースに入れている同志社国際の本気度は、叩かれるどころかもっと評価されていいと思う。
これらを並べて「左翼的な教育だ」と批判するのは、沖縄の平和学習そのものを知らない人の反応だと思います。会見で校長は、事前学習の中で辺野古に限定せず米軍基地について様々な意見があることを説明していると答えていました。保護者向けの文書でも「特定の政治的立場を生徒に持たせるものではなく、現在沖縄で起きていることを自分の目で確かめる学習の一環」と説明されている。
なお、乗船したボートが基地建設への抗議活動にも使われていた船だったことを保護者に伝えていなかった点も会見で問われ、校長は反省を述べています。これも議論されるべきテーマではあるけれど、転覆事故の原因とは切り分けて考える必要があると思っています。
あの服装は午後の美ら海水族館に合わせたもの
救助された女子生徒がミニスカートだった映像が拡散されて、「船に乗ると知らされていなかったのでは?」という推測が飛び交っています。
でも、このコースの正式名称は「辺野古ボートに乗り海から見るコース」。会見によれば37名が自ら希望して申し込んでいます。行程は午前が辺野古でボート、午後が美ら海水族館。
※志望というか選択式のコース別じゃなくて、クラス別学習だった可能性もあるかなと思っています。
女子高生が美ら海水族館に行くのにおしゃれしないわけがない。ミニスカートを履いていたのは、午後に合わせた服装として普通のことです。あるある。
ただし、もしボート乗船に対して「濡れてもいい服装で来てください」「滑りにくい靴で」といった具体的な服装指示がなかったのだとしたら、それは安全管理側の問題。マリンスポーツの業者であれば、事前に必ずそういう案内を出します。知らされていたかどうかより、適切なガイダンスがあったかどうかが本当の論点です。
この学校のプログラム、実はすごい
あまり触れられていませんが、私はこの学校の教育プログラムに驚きました。
沖縄修学旅行の平和学習って、正直なところ、平和祈念公園とひめゆりとガマを半日でまわって終わり、という学校も少なくありません。
でも同志社国際は、7つのコースに分けて、遺骨収集・サンゴ植付け・読谷の民泊・金城実さんのアトリエまで組み込んでいる。カウンセラーまで同行させている。カウンセラー同行なんて、私の添乗経験でもまず聞いたことがない。
会見で校長は、同志社国際は開校以来40年以上にわたり沖縄研修旅行を実施してきたと述べています。教育に対する本気度は明らかに高い。
だからこそ、悔やまれる
教育プログラムにこれだけの力を注いでいた学校が、なぜ船の安全管理だけ穴が開いていたのか。
会見は約3時間に及びました。その中で明らかになったのは、船舶の登録確認なし、保険の確認なし、教員は船に乗っていない、船との連絡手段もない、という事実。船の安全性の根拠を問われた校長は「金内先生が安全であるとおっしゃったから」と答え、「安全の判断根拠はそれだけか」という記者の追及に「残念ながらその通り」と認めています。
校長自身も、一番の反省点として「船の安全性の部分をもう少し事前に確認すべきだった」と述べていました。
マリンスポーツの業者であれば、インストラクターの資格があり、保険があり、天候判断の基準がある。でも今回は業者ではなく、牧師が善意で運航していた船。業者に委ねる感覚で、業者ではない個人に委ねてしまった。しかも引率教員2名は陸にいて、岸からは船が見えない位置だった。記者から「教員が乗っていれば引き返す判断もできたのでは」と問われた校長は、「検証すべき点だと考える」と答えるにとどまっています。
教員が乗っていたら転覆を防げたか。
正直、防げなかったと思う。海の上で教員にできることはほぼない。でも「教員が同乗すらしていなかった」という事実は、実質的な安全効果の問題ではなく、「管理責任を果たそうとしていたかどうか」の姿勢の問題として見られる。乗っていれば、ここまで叩かれ方は変わっていたかもしれない。
これは辺野古だから起きた問題ではありません。 どこの海でも、同じ体制なら同じことが起きていた。
辺野古という場所の政治性に引っ張られて、教育の方向性への批判と安全管理への批判がごちゃ混ぜになっている今のSNSの状況は、亡くなった生徒のためにもならないと思っています。
叩くなら、叩くべきところを叩いてほしい。
まだ調査中で、わからないことだらけです。 第三者委員会の立ち上げも今月中とのこと。
続報を待ちながら、亡くなった生徒と船長のご冥福を改めてお祈りします。
以上、ツアーナースとしてより一人のおばさんとしての思うことでした。
ちょいと参考


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