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【槍弓】波間の夜に/Novel by あづち

【槍弓】波間の夜に

4,624 character(s)9 mins

乙女回路標準装備なアーチャーです。かっこいい弓兵をお求めの方はUターン願います。サーヴァントって冬木から離れられたっけ? という疑問はちょっと横に置いときましょう

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窓から入り込んだ風と音に、アーチャーは閉じていた目を開く。
誘われるように仰向けの寝姿勢から、右肩を下にして窓側へと姿勢を変える。
動きに取り残された裾が乱れたが、誰もいない部屋で取り繕う必要もない。
ざざざん、ざざざん、と繰り返される音。
海から少し離れているというのに海風が親切にここまで波音を届ける。
ざざざん ざざざーん
アーチャーは再び目を閉じると、その音に聞き入った。
子供たちの夏休みのレジャーにと、藤村雷画が手配してくれた小さな旅館。
藤村雷画の古くからの知人が営んでいる旅館は、古くとも清潔で居心地が良かった。
生まれてこの方一度も持ったことは無いが、田舎と呼ばれる故郷はこんな場所なのかもしれない。
観光地化されていない海水浴場は町の人々の遊び場で、海岸に向かう道を歩けば近所の中学生がこんにちはと笑顔を向けてくれた。
昼も夜も迷惑で騒がしい連中を見ることもなく、のどかな時間を堪能できる。
穏やかな夜に身をゆだねようと、アーチャーは身体の力を抜いた。



「アーチャー、寝てるか?」
すらりと襖を滑らせて、男が姿を見せる。
射し込む廊下の光が夜を切り取る。
「やっぱ、寝てるか・・・」
狭い和室の照明は落とされており、行儀良く並んで敷かれた布団の上で寝転がるアーチャーを見て繰り返す。
「いいや起きている、なんだねランサー」
静かな空間を邪魔され、面倒だと思いつつアーチャーは答える。
寝た振りをして無視をしても、素直に返事をしてもこの後に続く行為は決まっている。
ならばさっさと済ませてしまった方がいいだろうという簡単な理由。
「そうか」
短い返事の後、襖が滑る音と共に部屋から光が痩せ細りながら消える。
たん、と軽い音の後、ランサーは布団の上を歩きアーチャーの背後へと腰を下ろす。

ざざざん ざざざん ざざざざん ざざざん

大きく開け放たれた窓の外は、影色に染めれた木々。
ランサーは腰を下ろすとなにをするわけでもなく、寝転がるアーチャーと同じように窓の外を見る。
覆い被さるなりじゃれついてくるなりするだろうと思っていたアーチャーにとって、それは予想外だった。
室内は、ランサーが入って来る前と同じ静けさに包まれる。

ざざーん ざざざざん ざざーん

「・・・凛たちは?」
背後でなにすることもなく無言でいるランサーに落ち着けなく、アーチャーは声を出す。
「カキ氷の後は花火だってよ。旅館のバケツ借りて海岸に向かってったぜ」
「子供たちだけでか?」
「いんや、ライダーがついてる」
「そうか」
ならばいい、とアーチャーは呟いた。
子供とはいえ正真正銘の凡人一人以外、皆特殊な能力を持っている。
自衛など、そこらの男よりも簡単にしてしまう。
だから過剰な心配は不要だと分かっていても、高校生と幼い容姿の少女だけでの夜間徘徊は世間的に感心できない。
大人が一人いれば間違って補導されることもないだろうと、アーチャーは息を吐いた。
そういえばこの宿への行きの道中、大量の花火を持たされ汗だくになっていた衛宮士郎を思い出し、ほくそ笑む。
「なに笑ってんだよ」
声と共に、背中に強い熱を感じる。
「ランサー、暑い」
「だったら体温調節しろよ、ふたりきりの、こんなところでまで人間になりきる必要はねぇだろ? オレにすりゃ、汗ってのはそそるが」
アーチャーの浴衣は汗でしっとりと湿り気を帯びており、ランサーは背後から抱きつくと襟首に鼻を埋めた。
「汗のにおいがしねぇってとこはつまらねぇ」
「わざわざ不快になるものまで模倣する必要はないからな。ランサー、暑いぞ」
耳たぶのすぐ下。
柔らかな肉に唇を寄せられ、そのよく知る熱にアーチャーは少し身をこわばらせた。
怖いわけではなく、単なる反射。
「ランサー、あつ―――」
「なんもしねぇよ」
花火に行く子供たちを見送る際、あかいあくまから
『帰ってきて濡れ場だったら切り落とすわよ』
と、笑顔で言われたんだと子供のように拗ねて言う。
だからせめてこうやっていさせろと、低い声が薄い皮膚を揺らす。
「お前とふたりきりになりたいから、帰ってきたんだぜ」
日中、海に潜ってはしゃいでいた姿からはかけ離れた声。
卑怯者、と声には出さずにアーチャーは胸中毒づく。
間に挟まれた薄い布はすぐに互いの体温であたたまり、湿り気もあって暑いどころか熱くなる。
人に体温を調整しろと言いながら、ランサーも平均的な体温を有している。
魔力で調整すれば外気温に左右される必要はないが、アーチャーは人に紛れて暮らすために体機能を模し、ランサーは人間の不自由さを楽しむために人体を模していた。
考えは異なるが結果他の人間に怪しまれなくて済むのならと、それに関しアーチャーは文句を言うつもりはなかった。
しかし、いまこの暗く静かなふたりきりの部屋の中、背中で受ける熱を意識しないわけにはいかない。
「暑い、ランサー」
同じ言葉を繰り替えす。
背中の熱が、じんじんと内蔵へと伝わる。
さり、と衣擦れ音を立てランサーは姿勢を直すとさらに深くアーチャーを抱き込む。
「なんもしねぇって」
背中越しに腕が伸び、アーチャーの褐色の手に彼の白いそれが重ねられる。
白い手は、戦う者のそれのくせに小さな傷ひとつ見えない。
槍を握る手は、ごつごつとして力強い。

ざざざん ざざーん

風が運ぶ波の音は平静で、夜の空気は血の臭いを含まない。
敵意ではない意図で握られる手と、背中の熱。
全てが生前のエミヤシロウからすれば遠いもので、ふっと脳が混乱を起す。
握られた手を軽く上げ、じぃと見入る。
傷だらけの微塵の柔らかさも持たない手に重なる、美しい手。
神の子として生まれ、女神に愛された存在。
それに包まれている、自分。
その 自分 という存在がとても異質に感じ、アーチャーは何かを確かめるように白い手にもう片方の手を重ねた。
「なに? お前も手ぇ握ってくれんの?」
笑いを含んだ声の後に、ちゅっと耳の下に濡れた感触。
耳元で聞こえる、上機嫌なくすくすといった笑い声。
たぶん、こんなことを愛されているというのだろう。
ただ、愛されている と 自分 が上手く繋がらない。
本体は今も赤い砂漠で項垂れ、世界の全てに絶望し自らの存在を後悔しているというのに。
そのコピーが、愛されている?
「座の私は、いまも磨耗し続けているというのに」
呟きは、無自覚。
深い思考は、無意識。
なにかが、どこかがおかしくないだろうか?
背中の熱に、脳を茹でられてでもしまったのだろうか?

ざざざん ざざざん ざざざざざん、ざざざん
平和な夜を邪魔するモノは、ここには存在しない。
ざざーん ざざざざざん ざざざん、ざざざん

「アーチャー」
首元から声が上る。
唇の動きに、無意識でアーチャーの身体が揺れる。
「待ってろ」
ランサーの言葉は唐突で、暗い思考の海に沈むアーチャーには理解ができなかった。
腋の下から胸へと腕を廻され、さらに密着を迫られる。
胸板をぎゅうと押さえつけられ、その苦しさにほっと息を吐く。
「必ず、お前んとこへ、迎えに行くから」
この男はなにを唐突に言い出すのか。
頭ではその意図を理解出来なかったのに、口は勝手に開く。
「その頃には、本体は消滅しているかもしれない」
思考を伴わないからこそ、正直な可能性を口にする。
「お前は消えねぇよ。そんなヤワじゃねぇからな」
「生憎、所詮私はただの人間。凡人だよ」
「だからなんだって言うんだ。っつーか、お前本気で凡人が英霊に据えられると思ってんのか」
「無駄な努力と思いこみの成果だよ。それに英霊とはいえ立場が違う。私は大量虐殺するしか存在意義のない守護者だ」
爛れてしまった、理想。
「自分を蔑むような言葉を吐くな」
また、ぎゅうと抱く力が強くなる。

「なぁエミヤ、オレを信じろ」

その声はやけにクリアに頭の中へと入り込み、アーチャーを驚かせた。
片肘をつくとゆっくりと起き上がり、身を捩って布団の上に青い髪を散らす男を見る。
「オレはお前を迎えに行く。そしてお前はオレと一緒に時間の無い旅に出るんだ」
「なにを・・・」
ランサーの言っていることは不可能、そのままだった。
驚きに目を丸くするアーチャーを見つめる、赤い瞳。
見下ろしたランサーの顔は自信に溢れており、思いつきで言っているようには見えない。
赤い目は夜の影に色を暗くしていたが、その底に沈む光は全てを威嚇し攻撃をしかけ制圧する力を持っていた。
「お前はオレを信じてろ」
いまもこの瞬間、座にいる本体は磨耗を続けている。
寄せては返す波に削られる岩のように。
身を起したアーチャーの太股に、白い手が載せられる。
「だから。お前はオレが来るまで全力で抵抗して勝手に消えて無くなるな」
手のひらから伝わる熱と、耳から伝わる思い。
決して、本体には伝わらないもの。
それは、ランサーにしても同じ。
今ここにいるふたりがどんな決心をしようとも、それは本体に影響を及ぼさない。
はず、
「そんなこと、無・・・」
無理だ、と言うのは簡単だった。
だが、それを口にするのは憚られた。
ランサーの機嫌を損ねて面倒になるという一番の理由もあったが、アーチャーの中に芽生えた、信じたいという気持ち。
それは、それなりの時間と多くの言葉をもらって生まれたもの。
口を閉ざすアーチャーに。ランサーは頷くと笑う。
長い髪を流し、起き上がる。
「そう、無理なんかじゃねぇよ」
アーチャーが口にした単語を用い、その意味を180度変えてランサーは当たり前のように言いきった。
それに無言で頷けば、たったそれだけで白皙は一瞬で明るい笑顔をみせた。
「エミヤ」
白い手が、頬を包む。
自然と近づく顔と顔。
波の音だけの、静かな夜。
歯車が立てる鈍い轟音、赤い空、延々と続く剣の墓標、数にすることもできない虐殺という事実。
そのどれもを忘れることも置き捨てることもできないからこそ、今という現実に目を向ける。
幸せなど、願うことすら罪だと知りつつも。
「待っててやろうではないか」
触れ合う唇の先でかわす約束。
「無茶な約束を好む光の御子殿の実力、見せてもらおうか」
「おう。お前が待ちくたびれる前に行ってやるさ」
言って、小さく笑い合う。


持って上ることの出来ない誓い。
それを分かりながらも、ふたりは必ず成し遂げられると信じて口付けをかわした。


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