その心臓は誰のもの3
迷子になった時の心細さってハンパないですよねってお話
ドサクサに紛れてキャスニキは今日もペタペタショタ弓さわるよ!
- 437
- 265
- 12,129
はじめての街
「ディル、予備の包帯が無くなった」
「おっと、もうそんなに消耗してしまったのか。エミヤ殿ありがとうございます。そろそろ買出しにいかねばならないな・・・」
「薬草もないぞ、ディル!」
「ありがとうございますシロウ殿、これは大きな買い物になりそうですね」
傭兵として借り出されることの多いディルムウッドは怪我が多い。本人の力量も有り大怪我はないものの、切り傷打撲などは耐えない。必然的に医療系の備蓄は着実になくなり、ついでに子ども2人が増えたために足りないものはいろいろあった。
「御子殿、市街へ降りようと思うのですが」
「あー、たしかにこいつらにも私物買ってやりたいしな」
ディルムッドからの提案にいい考えだとうなづきながらクー・フーリンはちびっこ2人を見下ろした。
着の身着のままで神界へ連れてきたため彼らは私物というものを持っていない。唯一あるのはシロウのアヴァロンぐらいだろう。当時の服もボロボロで思い入れも無いというので捨ててしまった。
何か取りに行きたいものはあるかときいても、2人とも遠慮をしているのかふるふると首を横にふるばかり。このぐらいの年の子どもが遊び道具もなく毎日仕事をしているというのも考えものだ。
「お前達に魔術を教えるにあたり、文房具や個人の道具が必要だ。いつも神殿を手入れしてくれているし、道具の他になにか好きなものも買うといい」
ぐりぐりと頭を撫でながら告げてやると、2人は少し困ったように顔を見合わせた。
何かを買ってもらうという行為に慣れていないので、どう反応すれば良いのかわからない様子でいるが、シロウの方は嬉しそうな感情がにじみ出ている。
「買い出しはどうしましょう、良い機会だし2人を連れて行こうかと思っております」
「そうだなー・・・俺もたまには外出るか」
天気の良い空を見上げてクー・フーリンは4人でのお出かけを決定した。
神界の市場は様々な種族や物にあふれていた。
そもそも人の数も物も枯渇した場所からきた2人は初めての馬車ではしゃいだことがまるで嘘のようにあんぐりと口をあけ呆けていた。
「ふ、2人とも?どした?」
「視覚の情報量が多すぎて頭ついてけないだけだろ」
ふわふわと漂う色とりどりの魔術で作られた明かりやとろとろと流れる宝石、羽のある者、角のある者、牙のある者、毛皮のある者、フードですっぽり覆われて顔の見えない者、美しい衣に着飾った者、全てが人界には無いおとぎ話の者だった。
「・・・綺麗だ」
ぽつりとエミヤがつぶやくが、足は動かない。
「兄貴いこう!オレあっち見てみたい!ディルもいこう!」
「はいはい、慌てなくても市場はにげませんよ」
弟とディルがパタパタと店を巡るのも含め、呆然と見ていたエミヤの背をぽんと叩いてやる。
「どうした?」
訝しみ、クー・フーリンが顔を覗き込むと予想に反してそこには浮かない顔があった。
「楽しく無いか?」
「あ、いや、そうじゃなくて、その」
驚いた顔で問われエミヤは慌てて取り繕うが、真っ直ぐに己を射抜いてくる紅い瞳相手にはその場しのぎの嘘は通じない。
「苦手か?賑やかな場所は」
クー・フーリンは追い詰めない様視線を合わせてしゃがみ込み、優しく聞いてやる。
内面を口に出さない子どもはまるで堪えるようにきゅっと自らの衣を握り、自分でも上手く理解できていない感情をぽつぽつと言葉に絞り出す。
「ここは、綺麗で・・・賑やかで、良いと、思う。シロウも楽しそうだ」
「でもお前は楽しんでない、そうだな?」
「そうじゃない・・・、でも、私は穢れた子だから・・・」
その鋼色の瞳が目の前のクー・フーリンではなく過去を映し出す。
両親を亡くし、養父もすぐになくし、弟を庇い必死にその日を生き抜いた少年に浴びせられたのは容姿を揶揄する罵倒。人は些細な違いを見つけ出しては排除しようとする。災害にあって疑心暗鬼の渦にまだ飲み込まれている閉鎖的な村ならなおさらだ。
明るい赤毛を持つシロウも意味無く嫌われたが、褐色の肌と白い髪を持つエミヤは頭の回転も早く口が達者な事も大人達のカンに触り穢れた子と罵られる事か多々あった。
災害は誰のせいでもないが、八つ当たりしなければ保てない大人の身勝手を子どもは理解出来ない。素直に言葉通りに受け取り、悪い言葉は本人にもさらに輪をかけた周りの者達にも浸透してゆく。
そうして作り上げられた穢れた子というレッテルは何時までもエミヤの心の奥底にへばりついていた。
「なぁ、あれ見てみな?」
「うわっ!え、どれ?」
あまりの美しく賑やかな場所に自分が居て良いのかと狼狽える子どもの体をくるりと回転させ、ぽすんと自分の腕の中に収め後から抱きしめる。そして酒を飲んで賑やかな笑い声をあげるゴブリンと美しいエルフを指差した。
「見てみろ、ここは種別や肌の色の違いなど瑣末な事だ。お前らんとこの御伽噺じゃゴブリンだって悪役だろう?」
「・・・たしか」
もう覚えていない母親の寝物語にそんな言葉があった気がすると、なんとかエミヤは記憶をめぐる。
「穢れなんぞお前には無い、胸をはって前を歩け」
「だが・・・」
「まだ言うか?強情なやつだな」
「み”っ」
まだ肉の薄い頬をつまみ、無理やり後を向かせる。
「俺に啖呵きったときの勢いはどうした?お前は弟や村を護るために俺にすべてを捧げたんだろう?俺はその心意気を気に入った。肌の色や髪なんぞじゃない、お前の心を気に入ったんだ」
「こころ・・・」
まだその言葉でも不安の色は消え去ることはないが、心なしか顔色は明るくなる。
「お前はもっと世界を学べ。ほら、いくぞ!」
「うぁっ!?歩ける!自分であるけるからっ!」
「人ごみ初めてだろ?迷子になるかもだぜ?」
「ならない!」
「どーだかなぁ?それにしてもお前は羽のように軽いな、まだ肉が足りん」
ひょいと膝をすくわれ、まるで腕に乗るような形で抱き上げられる。思わぬ動作にバランスを崩しそうなり、エミヤは慌ててクー・フーリンの首にしがみついた。
あやすように上下に揺さぶられながら軽いといわれ、エミヤは重いよりマシとはおもったが急に高くなった視界に驚き目をまるくするばかりだ。
「ちょうどいいから肉もかうぞ!」
「そんな贅沢なものっ!?」
基本的に神殿での食事も野菜や果物中心で質素なものが多い。育ち盛りの子ども二人ももともとが貧困の街出身であるため、食事が木の根じゃないからとても嬉しいと思っており、肉などはたまにエミヤが討ち取った贅沢品という認識をしている。
自己評価が著しく悪い子どもには両腕に抱えきれないほどの、埋もれるほどの愛を注いでやろうと抱きしめながら強く思う。
「ディルー!羊の肉かってくぞ!」
「マスターっ!」
エミヤは焦ったように叫ぶも、結局大いに賛同した武人のディルにより結局4人は大量の肉や野菜を注文することとなった。
クー・フーリンに抱き上げられながら市場に連れて行かれ、ようやく雰囲気に馴染んだあたりでやっと地面に下ろしてもらったエミヤは少しバツが悪そうな顔をしたものの、待ちかねていたシロウの元へと小走りに駆けていった。
そして案の定、すぐに二人は見たことも無い品々に夢中になった。
ディルムウッドやクー・フーリンもそれぞれそういえばあれがなかったな、これも買い換えるかなどうっかりと二人から目を離した結果。
「・・・あれ?み、御子、お二人は・・・?」
「あん?そこらへんに・・・っておい!?いねぇ!?」
「ま、迷子!?」
「探せディル!アヴァロンがあるシロウはともかく、エミヤはまだ人間の匂いが強い!ヘタしたら食われる!」
「はいっ!!」
きらきら光るいろんなきれいなもの、かっこいいものがいっぱい。
世界にこんなに色があふれているなんて見たことがなかった。
血の色以外の赤にこんなに種類があるなんて、空よりも青い布があるなんて、茶色以外の服があるなんて、ヒヨコよりかわいらしい黄色があるなんて、全部全部幼い二人には初体験で、忘れ去っていた好奇心が膨れ上がっていった。
店主は皆可愛らしい珍客に優しく、甘いものや美味しい飲み物を一口くれたり、珍しいものを触らせてくれたりした。
「こんにちわかわいい神官見習いさん、これは食べたことあるかしら?」
「やぁ小さな神官さん!神様は元気かい?今度顔を出すようにいってくれよ。ところでコレは知っているかい?」
「あら可愛い!燃えるような赤毛と雪のように白い髪なんて珍しいわね。この飾りとかつけてみない?坊や達」
服装ですぐに身分がわかる彼らを皆歓迎し、あれやこれやと気さくに話しかける。それにつられるようにして二人は奥へ奥へといざなわれ、ふと気がついたときには少し薄暗い路地へと来てしまっていた。
「シロウ、マスターやディルがいない」
「えっ?」
ようやく気がついたときには時すでに遅く、二人が辺りを見回したときは人ごみも途切れそれまでの賑やかな市街ではなく、少し薄暗い場所に来てしまっていた。
あたりを見回せば穏やかな光景が広がっていた。
住宅地なのか、時折笑い声やガチャガチャと食器がぶつかる音が聞こえる。暖かい食事の匂いや母親に甘える子どもの声が時間が夕方であることを二人に教えてくれた。
それはどこでも変わらない家族のいる光景。
二人が失い、二度と戻らない憧憬。
「・・・兄貴、戻ろう」
シロウが小さな手でぎゅっとエミヤの手を握る。過酷な道を歩んではいたが、まだ母恋しい時期には変わりない。自分の名を呼ぶ母の声はもう二度と耳に出来ず、自分を持ち上げる父の力強い腕や、頭を優しくなでる養父の温もりも失われた。
さっきまであれだけ楽しかったのに、急に二人だけになった気がした。
「ああ、戻ろう」
うつむいたままのシロウの手を握り返し、エミヤはきゅっと唇を噛んで振り返る。
いろんな路地をまがった気がするので、見覚えのあるような場所を二人でどんどんと進む。
だがしかし、所詮なれぬ場所。二人は確実に賑やかな市街から離れ、人外の形をとるものが多く、荒くれ者が多くすむ街へと近づいていっていた。
「おんや珍しい、人間のこっこがこんなところにいるなんてあぶねぇぞ?」
どんどんと進む2人に声が掛けられる。ビクリとして振り返れば、小太りの小さな目をしたオークがキョトンとしていた。
「あ、えっと、迷ったんだ」
その雰囲気が少し穏やかそうだったので、エミヤはホッとしながらそれに答えた。
「あんれまぁ、そら大変だぁ。ここらは人間の味をしめてる奴らがたーんといるべぇ、あっぶねぇだよ」
「に、人間を食べるのか?」
その言葉にとっさにエミヤはシロウを自分の後ろに押しやり、庇う体制をとる。声も心なしか硬くなり、シロウもひっと小さな悲鳴をあげた。
「ああ、おらは人間なんか好物じゃねぇだ、んだけどここらは危ねぇから、早く帰るだよ。案内さしてやっからよ」
2人の怯えた様子をみてオークは慌てたように狼狽え、困ったようにその尖った指の爪で頬をかいた。
その人間くさい動作と言葉にエミヤはすこし警戒を緩める。兄の背中にしがみつくシロウも、隠れていた顔をすこし覗かせてくる。
「ほら、こっちだぁ」
「あ、ああ。助かる」
緑の肌をしたオークに導かれ、2人は進んでいた道とは全く違う方向へと誘われる。
それがスラム街へと続く道とは知らずに。
どんどん街の様子が薄暗く、どこか汚い、昔住んでいた人間界の街のような雰囲気なるのに気がつくのはすぐの事だった。
「本当にあっているのか?こっちで」
「おうよ、いったべ?おらは人間なんてくわんとさぁ」
「あ、兄貴・・・ここらへん、怖い」
「・・・、案内してくれたのは礼を言う。だが私達は元の道に戻るから、もう結構だ」
弟がまた怯え出し、握っている手が緊張で汗ばむ。絞り出す声も緊張でカラカラだ。
安心しろというようになんどかぎゅっと手をにぎるとそれに応えるようにきゅっと弟の手にも力が込められる。なんとか震える両足を叱咤し太ったオークと対峙する。
「それは困るだ、だっておら達の長は人間の子が大好きだでよ、遊び相手連れて行けばおらも遊びにまぜてもらえるんだなぁ」
それまでの人の良さなど消え、振り向いたオークは脂ぎった顔ににたりと不気味な笑みを浮かべた。オークの言う”遊ぶ”という意味は2人にはわからないが、それが自分達にとって良いことではないのはすぐに分かった。
「っに、にいちゃっ」
「走れシロウ!!」
幼い口調にもどったシロウの手をひき、エミヤは踵を返すようにしてほそろじを走った。
後ろからどすどすとやかましい足音と慌て狂うような声が聞こえるがその意味を力することなど出来ない。息が切れるのも構わず2人は手当たりしだいの路地をめちゃくちゃに曲がり、追手をなんとか振り切ろうとする。
小さな心臓が張り裂けそうなほど暴れ狂って苦しい、息を吸いたいけど走っててそれどころじゃない、気を抜いたら膝から力がぬけて倒れ込みそうだ、でもシロウをつかむ手だけは決して力を緩めなかった。
「あっ!」
「うわっ!?」
エミヤよりまだ幼く体力も無いシロウの足がもつれ細路地で派手に転ぶ。手をひいていたエミヤの身体も突然ガクンと引き倒され2人は重なるようにして倒れこんだ。
予期せぬアクシデントで停止してしまった身体は再び力をいれて走りだそうとするも空回りしてしまう。
汗だくになり、荒い息を繰り返す2人のすぐ後ろにはあのオークが迫っていた。
無我夢中でエミヤはへたり込んだままのシロウをかばった。自分も立てないがせめて前にでてなんとか弟を護ろうと死すら覚悟する。
「鬼ごっこは終わりなんだど、そろそろ観念して・・・」
「俺の大切な従者達になにしてくれる。豚野郎」
「っ!?」
突然頭上から降り注いだ言葉にその場にいた者は驚いて身を固めた。
「アンザス!」
突如現れた炎の玉はオークの身体に降り注ぎ、熱と焼ける痛みに驚いてオークは甲高い悲鳴を上げながらきた道を一目散に逃げていった。
「2人とも!大丈夫ですか!?」
オークが消えた方向とは逆から、パタパタという足音とともに現れたのはディルムッドだった。そしてその後ろにはゆっくりと歩いてくるクー・フーリンがいた。
「無事だったか」
炎のルーンでオークを退治した彼は悠然としていて余裕がある様子だったが、汗だくではあるものの無事である二人を直接目で確かめることが出来て安心した面持ちを多少なりともはらんでいた。
「無事でなによりですよ。シロウ殿、エミヤ殿」
ディルも探し回ったらしく汗だくで、へたり込んでいる二人に視線を合わせるようにしてしゃがんでくれる。
のろのろと立ち上がるシロウの両脇に手を差し入れ手伝ってやり、汚れてしまった服をぽんぽんとはらいながら怪我がないかを確認する。
「ああ、少し手が擦り剥けていますね、かえって消毒しましょう」
膝がでるタイプの下穿きではなく、子どもが転んでも怪我をしないよう厚手な生地と長いすそでできていた神官服のため膝小僧には怪我はないが、転んだときにについてしまった手がすりむけていた。
それを指摘されてはじめてシロウは驚いたように自分の両手をみて、赤く血がにじむ傷を認識した。恐怖の極限にいたときはまったく痛まなかったが、庇護者が現れようやく落ち着いたとたんそれはジンジンと痛みじんわりと血がにじんできてしまっている。
「人が多いところは不慣れでしたね、迷子は怖かったでしょう。もう大丈夫ですよ」
強くたくましい武人の無骨な手がぽんぽんとシロウの頭をなでる。
ようやく恐怖から開放されたことに思考が追いついたシロウの瞳にはとたんに涙があふれ、わんわんと大声で泣き始めた。
シロウと同じようにようやくのろのろと立ち上がったエミヤは泣き出した弟をなだめようとするが、一足先にひょいとディルムウッドがシロウの小さな身体を抱き上げた。
「大丈夫ですよ、大丈夫」
ディルムウッドは何度も大丈夫と繰り返し、泣きじゃくるシロウの背をさすりあやしてやる。
エミヤはぼんやりと、それを見ていることしか出来なかった。
(また・・・泣かせてしまった)
弟の泣き顔は何度見ても胸が締め付けられる。
目を向けていられず、シロウと同じようにすりむいてしまった自分の手を力ない目でぼんやりと見つめることしかできなかった。
「エミヤ」
無力感に苛まれる小さな頭に優しく白い手が添えられる。
「お前も手を怪我したのか、帰って治そうな」
クー・フーリンがエミヤの手をとり、傷を隠すように握りこむ指をそっと開かせる。じんじんとしびれるような痛みは、エミヤにとってはまるで弟を護れなかった罰のように感じられた。
「・・・いい、私は大丈夫だから・・・」
エミヤは主の手をふりほどき、隠すようにぐっと手を胸元にあてて握りこむ。とても自分の傷を癒す気にはならなかった。耐えるようにかみ締められた唇を見てクー・フーリンはやれやれと苦笑した。
「買い物は済んだ、神殿に帰るぞ」
ぐりぐりとうつむく頭をなで、帰りを促す。
エミヤが小さくコクンと頷いたのを確認し、クー・フーリンは手を差し出した。
「・・・?」
意図がわからず、エミヤはキョトンとしてそれを見上げる。
「また迷子になるだろ、お前だっこは嫌なんだろ?」
ほれ、あっちみたいにと指をさすと、しゃくりあげながらディルムウッドに抱き上げられているシロウがいた。
少しだけうらやましいなと思った心を押しつぶし、エミヤは首を横に振る。
「・・・自分で歩ける・・・」
「意地はらなくていいんだぞ?」
「・・・はってない・・・」
「意地っ張りめ」
「・・・はってないって、ゆった」
「はいはい、そういうことにしておいてやるよ」
ぷくと頬を膨らませたエミヤに小さく吹き出しながら、クー・フーリンは差し出した手をもどし変わりにエミヤの肩に手をかけ自身に寄せるようにして歩き出す。
「服の端でもつまんでおきな、今の時間は人ごみが凄いからな。また離れたら今度は一人だ、命がないかもしれん」
「っ!」
それを聞いて慌ててエミヤはきゅっと主の服を手のひらで握ろうとし、一瞬思い直して指だけでつまんだ。
血が滲む汚れた手で主の服を汚すわけにはいかないと幼心に思ったのだろうが、そのいじらしさは強がりとあいまって素直になれない不器用さを際立たせるものだった。
クー・フーリンは何も言わず、弱々しく服をひく感覚に神経を集中させた。
ディルムウッドや二人の子には悪いとは思ったが、目を離したのはわざとだった。有る程度先を予知できる範囲で大事ではないと判断したせいだ。かわいい子には旅をさせろということで、人ごみで自分から離れると怖いことが起きるということを身をもって知ってもらおうとおもったのだが
(・・・こりゃ少しばかり刺激強すぎたか)
片方は子どもがえりを起こしたようにまだ泣き続けているし、片方は今にも死にそうな顔でとぼとぼとついてくる。服をつまんでいる指も力がなく時折するりと抜けそうになる。
夕暮れも深くなり、行き交う者たちが多くなってきた市場ではこれではまたはぐれかねない。
「エミヤ、ほれ」
「う?わっ!」
声を掛けると同時にエミヤを抱き上げる。
「ま、マスターっ」
「つべこべいうな、どうしても嫌なら気をそらして逸れた罰だとおもってろ」
「っ・・・」
片腕に座らせ、しっかりと抱きしめる。
罰だといえば瞬間的に泣きそうになるが、ぐっとまた唇がかみ締められる。まだ薄くやわらかい唇に傷がつきそうと心配になるが、そんな顔を見られたくないのかエミヤはクー・フーリンの首に腕を回し、顔をその首元にうずめた。
「・・・難儀なやつだな」
「・・・・・・・うるさいっ」
初めてのお出かけは散々なものだったが、なんとか無事に4人は買い物を済ませ神殿へと帰ることができた。
泣きつかれたシロウは傷の手当がすみ、簡単な食事を取るとあっという間に眠ってしまった。
エミヤの傷は本人が嫌がるので傷は洗っただけだ。その頑固さにはディルムウッドも困った顔をするばかりだった。
シロウが寝た後、エミヤはまた眠れないらしくベッドの上でじっとしているままだった。何かあれば声を掛けるようにとディルムウッドが言い含めるも、生返事しか帰ってこない有様だ。
部屋に戻り様子を主に報告し、それを聞いた主とそろって二人はため息をついた。
「御子、どうしたものでしょう」
「あー・・・ちょっと話つけとくわ」
「・・・怒る気ですか?」
「怒るんじゃねぇよ、叱るんだ。お前もっとあいつら叱るかと思ったぞ」
「いやぁ、下の面倒は慣れているんですが彼らはなんというか、ちょっと勝手がつかめなくて」
心配が先にたってしまい、つい叱るより先になだめてしまったと苦笑いをする後輩をクー・フーリンは笑えない。自分もわかっていたとはいえ実際に追い詰められている二人をみて思わずルーンをつかって相手を追い払っていた。
「あんなふうに孤児で、お互いだけを支えにして生きてきた子どもは初めてなので・・・つい甘やかしてしまいます」
「あぁ、わからんでもない」
それを差し引いてもあの二人は素直で聡明で愛らしい。大人たちは不遇な境遇を乗り越えた彼らに両手に抱えきれない祝福を与え、甘やかしたくてたくてたまらないのだ。
未だ彼らは見返りなく与えられる愛情にどう接してよいのかわからず、うろたえ顔を見合わせてしまう。今回の買い物ではしゃぎはするものの、何かほしいものを買うといっても進んでねだるわけではなく、読み書きの道具だったり武具の手入れの道具など必要なものしか提案してこない。
だが甘やかすだけでは成長することは出来ないのは目に見えている。
「ちょいとばかし、マスターらしいことしてくるかね」
がりがりと頭をかきながら、クー・フーリンは立ち上がり二人の部屋へ向かった。
今日のおこった出来事をまだ消化しきれていないエミヤの目はばっちりと冴えてしまい、眠ることなど到底できなかった。
隣から聞こえてくるシロウの寝息が唯一の心の救いでもある。この小さな寝息を失わなかったことの安堵は、泣かせて怪我までさせた自責の念へと簡単に摩り替わる。
その思考を破るように、控えめなノックが部屋に響いた。
「エミヤ、起きてるな?」
その声に応えることはないが、エミヤは寝台から身を起こした。
「ちょっと付き合え」
クイっと顎で示す先は主の寝所のある方向だとわかっている。シロウを起こさないように静かに寝台から降り、エミヤは無言で主についていく。
一度夜に入ったことの有る部屋にも関わらず、エミヤはすこし入るのを躊躇したが無言で主が手をこまねくので仕方なくそれに続く。
いつもは優しい雰囲気の主が話しをしないことにそこはかとない恐れを感じているのか、エミヤの顔色が悪い。
入り口に入り扉をしめ、そこから動けない子どもをクー・フーリンは抱き上げ、カウチに腰掛ける。エミヤはいつかのように向かい合うようにして膝に座らせた。
目線が同じになったところで、うつむく顔をつんと鼻でつつき前を、己の顔を向くように促す。
「手当てを断ったそうだな、自分への罰のつもりか?」
前のように逃げもせず、されるがままのエミヤに意地悪そうに笑いながら問いかける。
「そんなわけではないが・・・」
罰のつもりかといわれれば、そうだとも即答できずエミヤは言葉に詰まる。
「今何を思っている、言ってみろ」
「なにを・・・」
「腹んなかぐるぐるしてんだろ、とりあえず言ってみろ」
「とりあえずって・・・」
「前ん時みたいに、思ってること言ってみろ」
しばらく困った顔をした後、ようやくエミヤは口を開く。
「兄なのに・・・シロウを怪我、させて・・・また泣かせて・・・マスターたちにも迷惑かけて・・・」
どんどん口にするたびにみぞおちの辺りが石でもつまれたかのように重くなる。そんなエミヤの額にクー・フーリンはそっと手を伸ばし。
バチン!
超強力なデコピンをかました。
「っ!!??いったぁ!?!?」
突然の衝撃にエミヤの首がのけぞり、一瞬後にきた痛みに額をおさえ涙目で何事が起きたのかと目を丸くする。
主の顔をみると、そこには少し怒り気味の顔があった。
「阿呆」
「なっ!?」
「お前その前に俺になんか言うことあんだろ」
「えっ?」
「お前俺が最初に抱き上げたとき、迷子になんかならないって言ったな?」
「あ」
すっかり忘れていた。
「い、言った・・・」
「覚えてるな?」
「覚えてる・・・」
「お前は迷子にならないっていって啖呵きって、俺の腕から降りてったな?」
「あ・・・う」
「何か言うことは?」
もはや言い逃れなど出来ないことは明白だった。
「迷子になって・・・ごめんなさい・・・」
「迷子になったことは問題じゃねぇよ」
「えっ?」
小さなため息をつかれ、エミヤは混乱する。一体何に怒られているのかがわからない。
「お前はもう少し大人を頼れ、自分を過信したことを恥じろ」
ひりひりと痛む額をさすりながら、初めてうける指摘に呆然とする。
「お前は子どもだ。確かにいままで生きてきた世界じゃ大人なんざ宛にならなかったかもしれんが今は違う。それとも俺は頼りにならんか?」
「そんなことはない!」
はじかれたようにエミヤは大声を上げる。
その勢いにもクー・フーリンは少しも動じることなく、少年の動揺が浮かぶ鋼色の瞳をじっと見つめる。
「一度目の失敗は許す。一人でなんでも抱え込むな、まだお前にそれだけの力はない」
真正面から自分の未熟な部分をばっさりと指摘され、エミヤはもはや声も出ない。
「ごめんなさい・・・」
反論することもできず、うなだれるエミヤをみてクー・フーリンはふわりと微笑んだ。
「弟を必死で護ろうとしたところはさすが兄貴だな」
先ほどとは打って変わって、今度は微笑みすら浮かべながらほめられエミヤは困惑する。
「でも、だめって」
「護るのがだめってことじゃねぇ、力ないやつがあがくのが無意味なんだ。力はこれから増していけばいい、お前の弟を護りたいという気持ちを糧にしてな」
困惑したままのエミヤの額、すこし赤くなったところをなでながらクー・フーリンは続ける。
「お前も怖かっただろ、よくがんばったな」
弟を護ることは当たり前で、誰かにほめてもらったことは無かった。どんなに怖くても、自分が立たねば弟が倒れるという常に極限の状態だった。
もうそんな極限ではないという事実をゆっくり教えられ、そしてそれまでの労をはじめてねぎらわれる。
ぽたりと、エミヤの頬に涙が零れ落ちた。
「え?あれっ」
ぽろぽろと流れる涙は溢れ出し、止まる気配はなかった。
「泣いとけ、今ここには誰もいない」
クー・フーリンは無自覚なままに涙する少年を抱きしめ、顔を首すじにうずめさせてやる。
「こうしとけば、顔も見えない」
だから安心しろと囁いて、ようやく子どもは安心して声を上げ始める。
小さかった嗚咽は次第に大きくなり、満足に呼吸できないぐらいしゃくりあげながら傷ついたままのちいさな手のひらをかまうことなく全力で目の前の大きな身体にすがりつく。
水晶のように美しい涙はほろほろとこぼれてはクー・フーリンの首筋に流れ落ち服に吸われていく。なんともなんども主のシャツを握りなおし、力をこめてすがりつく。
兄といえどもまだ子どもである。子どもであることをはじめて許され、そして認めてもらえた衝撃は大きく、嬉しいとも切ないとも言いあらわせない感情がただただ小さな胸からあふれるだけだった。
クー・フーリンはせわしなくしゃくり上げる背中をただたださすってやっていた。小さな戦士に同情はいらない。ただその存在を認めてやっただけだ。
「お前はほんと、凄いやつだよ」
手入れが行き届き、初めてあった時とは比べ物にならないぐらいふわふわと柔らかい髪をなでながら、何度も何度も涙があふれる目じりやこめかみにキスをし、強く抱きしめ温もりを分けてやる。
その夜、エミヤがとうとう泣きつかれて眠るまで、クー・フーリンはずっと腕の中にエミヤを抱き続けてやっていた。
翌朝エミヤが目を覚ますとそこは自分の寝台だった。まぶたに腫れぼったいような違和感があり目をこすろうとしてはっと白いものが目に入った。
「包帯・・・?」
すりむいた手には丁寧に、解けないように手当てがされていた。癒しのまじないも掛けられていたのか痛みもない。
寝ぼけていた頭にようやく昨日幼子のように散々泣いてそのまま記憶がないという事実が思い起こされ顔が赤くなる。
ばっと隣を見ればシロウはまだすやすやと眠っている。
神官服もいつの間にか寝巻きになっているし、まるで夢のようだったが包帯と泣き腫れたまぶたが夢ではないと主張している。
エミヤは寝台から飛び出し、主のいる部屋へ駆け出した。
主はすでに起きており部屋にはいなかったので、神殿を探し回る。
「マスター?」
主を求める少年の声が神殿に響く。
「おう、どうした?」
それを聞きつけた主が中庭からひょいと顔をのぞかせる。
「マスター!」
ようやく主を見つけたエミヤの顔がぱっと花のように綻んだ。
「っ!?」
はじめてみる笑顔に柄にもなくクー・フーリンがひるむが、エミヤはそれに気がつかずぱたぱたとはだしのまま中庭にでているクー・フーリンの元に子犬のように駆けてくる。
「これっ、あのあの」
小さな手をひらいて、包帯を見せながらもじもじと頬を赤くそめ言葉を一生懸命えらぶ。
朝おきてからずっと、頬が緩んでしまう喜びがエミヤの胸いっぱい詰まっていた。それはきっと昨日クー・フーリンにもらった言葉や抱擁のすべてのおかげであり、それに対してちゃんとエミヤは向き合おうとおもった。
「昨日は、あ・・・ありがとう」
最後は尻すぼみとなり、小さな声となってしまったがその声は確かに主にとどいた。
言ってから少し落ち着いたのか、食事の支度をするといって主の返事も待たず台所へ逃げていってしまった。
「っかーーーーっ!!可愛すぎだろぉっ!?」
しばらく光あふれる中庭に取り残されたクー・フーリンは両手で顔を覆いながら悶絶するしかなかった。
泣きすぎて腫れぼったいまぶたと、なかなか素直になれずでも言葉にできない喜びに頬を
赤くそめながらはにかむ笑みなど愛らしいという言葉だけでは表現が仕切れない。
「御子・・・顔が緩みまくってます・・・」
「幸せなんだ、ほっといてくれ」
「はぁ・・・」
朝の挨拶にきたディルムウッドもちょっと引くぐらいの喜びようである。
エミヤから食事ができたと呼ばれるまで、クー・フーリンはその笑顔を見ることができた喜びに一人中庭で浸り続けた。