攻防善戦まっしぐら(槍弓・キャス弓)
槍とキャスが赤弓をものにしたくて互いに牽制してる最中に、第三者が赤弓にモーションかけてるのを発見して、協定結んで第三者から赤弓をかっさらう話。現パロ設定にしました。リクありがとうございました。楽しかったです!
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今日も言い合いをしてしまったと、アーチャーは溜息を落とした。
アーチャーとしては揉めるつもりは一切ないのだが、気がつくと言い合いになっている。おそらく周囲からはアーチャーが彼、ランサーのことを嫌いだと思われているのかもしれないが、実際のところはそうではない。正反対で、アーチャーはランサーに憧れている。
なぜ、ランサーのようなすばらしい人がアーチャーのような人間に気がついたのか不思議でならない。
声を掛けられるとは思っていなかったし、気づかれるとも思っていなかった。
自分がランサーの目に留まったことは未だに信じがたいことだ。
「私はこんなに地味でなんの特徴もない人間だというのにな」
「いや、オタク、全然地味じゃないから。何でそんなこと思うんですかね」
アーチャーの呟きを拾い、信じられないという顔をしたのは器用で何でもこなす同僚、ロビンフッドだ。意見が合うようで合わなくてやっぱり合う奇妙な間柄である。ただ一緒にいると仕事がしやすいのは確かだ。
「おい、アーチャー! テメエがびっくりするような契約とってきてやるからみてろよ!」
アーチャーを指差すランサーに「人に指を差すな」と注意して嫌そうな顔を作ると、ランサーは不機嫌そうに部屋から出て行った。
ランサーが契約を取ってくるのは明らかだ。ランサーがやるといって失敗したことは、アーチャーが知る限り一度もない。それはそうだろう。彼はすばらしいのだ。理屈ではない。アーチャーではできないことをランサーは簡単にやってのける。
口にしたことはないが、アーチャーのヒーローなのだ。
その、アーチャーのヒーロー的存在であり、その場にいるだけで華やかで明るく眩いランサーが、なぜアーチャーのような目立たない存在に気がついたのか、はなはだ疑問である。
「いや、そりゃ気づくだろ。アンタ自分の営業成績知ってる?」
また知らずに呟いていたらしい。ロビンフッドに突っ込まれてアーチャーはふむ、と軽く顎に手を掛けた。
確かに、ランサーとは違う分野ではあるが、アーチャーは一番の結果を出している。しかし、それは偶々だ。なんというか、こつこつとしていればいいというか、努力の賜物というか。もちろん、他の誰もが努力していることはわかっている。アーチャーだけが努力しているわけではないのだが、ただ、アーチャーはたぶん他の皆より少しだけがんばっているだけの話だ。
あまり運がいい方ではないし、特に何の取り柄もないので、アーチャーはがんばるしかない。そして、努力することは苦ではない。
ランサーも運はいい方ではないらしいが。
それでもすばらしい営業成績をおさめているのはさすがだ。ランサーが戻ってくると、場が明るくなって皆から「おかえり」や「おつかれさま」の声が聞こえてくる。そして望ましい結果がランサーから返ってきて、それを聞くと、ランサーが戻ってきたのだとうれしくなるし、自分のことではないのに誇らしくなる。
さすが私のランサーだと、心の中で思っているのはおこがましいが、思うくらいは許してもらいたい。
思った以上に早く取引先との話し合いが終わってしまった上に、本日は昼以降も予定が珍しく空いていることもあって、アーチャーは少し遠出してみることにした。何も考えずに知らないところを歩いていると、だんだんと人気が少なくなってきたので、そろそろ戻ろうかと思っていると、レンガ造りのレトロな店が見えた。近づいてみると、外に出ている看板にはペット連れ込み可になっている。
アーチャーは動物を飼えないマンションに住んでいるし、そもそも飼えたところで忙しくて世話ができず、一緒にいられないので寂しい思いをさしまうだろうから飼ってはいないが、犬や猫といった動物が大好きなのだ。
この店に入ることを決めたアーチャーは、店のドアを開けた。店内はまるで英国式のティーサロンのようで、アンティークの棚や椅子、テーブルなどがそろえられていて、少し薄暗い。奥には庭があって、外に出られるらしく、ドアが開いている。店に入るとすぐにカウンターがあり、この店の店長であろう穏やかなロマンスグレーの紳士が笑って出迎えてくれた。
店内にも一応テーブル席はあるのだが、誰もいない。好きな場所に、と言われてアーチャーは庭に出ることにした。イングリッシュガーデンはすばらしく、外のテーブル席にはちらほらと客がいる。今日のように天気がよければ、薄暗い雰囲気のある店内ではなく、外でティータイムを過ごしたくなるのも納得である。
空いている席は多く、どこに座ろうかと見渡したアーチャーは目を見開いた。
サファイアを溶かしたような青く美しい絹糸のような髪を持ち、類まれなる美貌を持った男が、イスの両脇に大きな白い狼のような犬を座らせている。紅茶を飲む仕草が美しく、擦り寄る犬の頭を軽く撫でる表情は柔らかだ。
思わず見惚れてしまったアーチャーに、相手が気がついた。
「君、こんなところで何を? 契約を取りにいっていたはずでは」
「何って、休憩中だな」
アーチャーに声を掛けられたことに不思議がる男に、アーチャーはいけないと慌てていつもの不機嫌そうな表情を貼り付ける。
「まさか、契約が取れなくてここに来たわけではないだろうな。ここに来る暇があるならさっさと会社に戻ったらどうだ?」
「何だ、アンタ。初対面で随分だな」
「初対面?」
アーチャーがぱち、と目を瞬かせると、男がふっと表情を和らげた。
男をじっくりと見てみる。出掛け先に見たランサーは当然スーツだった。今日もすばらしく似合っていてかっこよく、毎日目の保養だ。いや、それはおいておくとして、目の前の男は鮮やかなロイヤルブルーのサーマルニットに、ブラックスキニーパンツだ。ランサーが履いていた先のとがった洗練されたキャメル色のストレートチップのシャープなシルエットの靴ではなく、今の彼はバーガンディー色のコインローファーを履いている。
それに、いつもは後ろで一つにまとめて括っている美しい青い髪はまとめられていない。
懐いている犬はどう見ても彼の犬だ。
いったん家に帰って着替え、ここでくつろぐ時間などランサーにはない。
では、彼は、この目の前にいるこのランサーと見紛うほどの美貌の男は、一体誰だろう。
「すまない!」
アーチャーはすぐさま頭を下げた。
この男が誰だろうと、ランサーではないのは確実だ。
「申し訳ない。人違いをしていたようだ。本当に失礼をしてしまった」
頭を下げて謝るアーチャーに男が笑みを浮かべ、トン、とテーブルを叩いた。動きが見惚れるほど優雅だ。
「悪いと思うならここに座れよ」
「え……?」
「ここだ。ほら、早く」
戸惑うアーチャーに微笑む男は、あまりに美しかった。
***
男はキャスターと言った。ランサーのような美しい人がこの世に他にもいるとは思っていなかったので、アーチャーは心底驚いた。だからこそアーチャーは男がランサーだと思ってしまったわけだが。
初対面では最悪だったというのに、キャスターはまた会いたいと言ってくれて、連絡先を交換した。
アーチャーは構わないのだが、キャスターのような魅力的な人の連絡先をそう簡単に教えてはいけないということを伝えると、キャスターに笑われてしまった。
「別に誰彼かまわず連絡先を教えるわけじゃねぇよ。プライベートで自分から教えたのはお前さんだけさ」
「また、君はそういうことを。いや、いい。君はそういう人だ」
短い間でもわかるほどキャスターはすばらしい存在だ。
よくよく話を聞くと、ランサーは弟で、キャスターと二人で暮らしているとのことだった。
「お前さんのことはランサーから聞いていて知ってたからな」
だから初対面の気がしないと、最初からキャスターは気安い態度だった。
ランサーと思ったのでいつもの嫌味な口調だったというのに、キャスターはアーチャーにやさしかった。
ランサーとは違い穏やかに対応してくるキャスターに、アーチャーの態度はすぐに軟化した。キャスターは物腰柔らかでアーチャーに怖いくらいやさしく、あまりにやさしいのでどうしていいかわからなくなるほどだ。
「ランサーからは、あまり私のいい話は聞かなかっただろうに」
それなのに、どうしてこんなにやさしいのだろうか。
「ん? いや、そんなことはないぜ」
「いいんだ。気を遣わなくて」
「いやいや、本当だって。まあ、お前さんは信じられないんだろうが」
にっこり微笑むキャスターにアーチャーの心臓が跳ねる。
ランサーと同じ顔をするキャスターは、アーチャーの大変好みの顔をしていて、あまりにも美しく、しかもアーチャーに好意的だ。ドキドキしてきて平静を装うのが大変だ。
そろそろ会社に戻らなければならないとアーチャーが帰ろうとして立ち上がると、白い二頭の犬達がアーチャーの行く手を阻んだ。帰らないでという顔を向けられると、うれしくて頬が緩む。
大きな白い犬たちはかわいらしく、とてつもない癒しだ。
「かわいいな」
顎を撫でてから頬に手を滑らせ、それから頭を撫でてやると、犬達がアーチャーの手に頭を擦り付けてきた。
「ああ。そうだな」
キャスターが同意してくれるのに頷き、アーチャーは「本当にかわいい犬達だ」と微笑みながら零す。
「ん? いや、オレが今言ったのはお前のことだぜ」
「は?」
「お前がかわいいって言ってるんだが」
じっと見つめられるとアーチャーは一瞬固まってしまった。
「君はまたそういうことを……」
気を取り直して流そうとしたが、キャスターに一心に見つめられてアーチャーがたじろぐ。
「お前があんまりかわいくて困るわ」
「な、何を」
「本当だぜ」
立ち上がったキャスターが、背中からぎゅっと抱き締めてきたので、アーチャーは言葉を飲んだ。
たまたまテーブル席にいた客が帰って誰もいなくなっていたからよかったようなものの、キャスターはスキンシップが激しすぎる。
キャスターとはすぐに親しくなった。それは、キャスターが何の仕事をしているかしらないが自由の利く仕事をしていて、自宅にいることが多いらしく、忙しくしているアーチャーに時間を合わせることができたからだ。
あの日見つけた人気の少ないティールームに、アーチャーは頻繁に訪れるようになった。それは、店を気に入ったということもあるが、キャスターもよく来ているということだったので、そこで待ち合わせるようになったからだ。
初めてキャスターの家に呼ばれた時は悩んでしまった。何しろキャスターの家ということはランサーの家でもあるということだ。
ランサーにとってあまり快く思っていない人間であるアーチャーが自分のいない時間帯に自宅に入られるというのはいい気はしないだろうと思うのだが、キャスターに「絶対にそんなことはないので心配するな」となぜか自信たっぷりに言われたこともあり、また、これが一番の理由だが、キャスターの食生活がひどかったので、アーチャーはキャスターのために、行くことにした。
作り置きをして、ちゃんと食べるように伝えると「お前の料理を食べないわけねぇだろ」とうれしそうに言われたのに照れてしまい、それをまたキャスターときたら「かわいい」とふざけたことを口にするので困った。
キャスターの、そしてランサーの自宅に訪れたアーチャーに、キャスターはハーブティーを淹れてくれるのだが、これがおいしくてよく効くのだ。その日はぐっすり眠れて疲れがとれる。
あまりによく効く上に、その日はとてつもなく疲れていて、おまけに時間が空いていたということがあり、うっかりキャスターと会っている時に眠ってしまっていたことがある。気がつくとソファに横になっていて、ブランケットを掛けられて端に座っているキャスターに頭を撫でられていた時には驚きすぎて声も出なかった。白い二頭の犬達がアーチャーが起きると鼻先をくっつけてくるのがかわいすぎて、本当にどうしていいかわからない状態に頭が動くのに時間が掛かってしまった。
やっとのことで動き始めた頭に、今の状況を把握したアーチャーが起き上がり、眠ってしまったことをキャスターに謝罪すると、
「お前さんのかわいい寝顔が見ることができてラッキーだったから気にすんな」
と言われて、アーチャーは真っ赤になってしまった。
キャスターはちょっとあまりに自然に甘い言葉を言いすぎではないだろうか。
アーチャーだからいいが、誰にでもしていたら変な誤解をされるのでやめた方がいいのではないかとも思うが、キャスターはわざとしているわけではないだろうし、とにかくすばらしい人柄なだけなのだから、どうしようもないのだろうが、だがやはり、心配だ。
キャスターにそれを言うと、一瞬驚いた顔をしてから笑われてしまった。
「ばぁか、お前にだからしてんだよ」
「え?」
「誰にでも言うわけじゃねぇって。オレは前も言ったが連絡先も誰にでも簡単に教えるわけでもねぇし、誰にでもかわいいなんて口にしてやさしくはしねぇよ」
「いや、しかし私はやさしくしてもらっていると思うのだが」
ついでに言うと、甘すぎるほど甘い言葉をもらっていて、逃げ出したい気持ちになることも多々あるのだが。
それはどういうことだろうと不思議がっていると、キャスターに「そういうことだよ」と笑われて頭を撫でられてからぎゅっと抱き締められた。そこに犬達も擦り寄ってくるというときめく状況に、アーチャーは混乱してしまう。
そういうこととはどういうことだろうか。
アーチャーが思っていたことが伝わったらしい。
「いやぁ、わかっちゃいたが、本当にお前さんは手ごわいわ」
キャスターの言っている意味はやはりアーチャーにはわからなかった。
***
あまりにキャスターとの距離が縮まってしまい、油断していたのだろう。
「おい、アーチャー。これ」
ランサーに資料を渡されたアーチャーは、少しだけ疲れていて睡眠不足で頭が回っていなかった。それゆえ、相手がランサーだと言うのに、キャスターと同じ顔に安心してしまったのか、うっかり、本当にうっかりだ。
「ああ、ありがとう」
笑顔で手を差し出してしまった。
いつもならキャスターは笑顔で返してくるはずなのに、目の前のキャスターと同じ顔した男が非常に驚いていたことにどうしたのだろう思った次の瞬間、相手がランサーだったということを理解する。
そうだ、彼はランサーだ。
ランサーに対して、私はあんな柔らかな態度をとらないし、笑顔を向けることもない。
慌てて表情を取り繕い、何か言おうとするランサーを無視し、流れるように部屋から出たアーチャーは走り出した。
とにかく早急にここから離れなければならない。
何を勘違いしている。相手はランサーだぞ!
私にあんな親しい態度をとられて不快に思ったに違いない。
ああ、しまった。失敗した。
「アーチャー!」
肩を掴まれ、振り返らされた先にランサーがいて、アーチャーは「なぜ」と零す。ドン、背中を壁に押し付けられて、両肩をしっかりと掴まれた。
「お前、どうしたんだ」
「何がだ」
自分のドキドキとうるさい心臓を落ち着かせようとするが、どうにも難しい。
「さっき、オレに笑ったし、やさしかっただろうが」
「気のせいだ」
「なんか油断したって感じだったし」
「していない」
鋭い。さすがランサーだ。
「珍しいよな。お前がオレに対して油断するの。いつも張り詰めた感じなのによ」
「それで追い掛けてきたのか? ランサー、君、そろそろ営業先に行く時間だろう。もう行った方がいいのではないかね」
ランサーの美しい顔が間近に迫っていて、アーチャーは動揺を隠すのに必死だ。
紅い瞳は宝石のように煌きアーチャーにだけ向けられている。
アーチャーはときめきすぎて胸が苦しくなり、ぎゅっと自分の手を握り締めた。
「チャンスだからな。お前の方が優先だ」
「は?」
何のチャンスだ。
「今日、一緒に飯食いに行こうぜ」
「何の話だね」
「んー、今日のお前はなんつーか、詰めが甘いっていうか、油断しているなら今日が攻め時だろ?」
訳がわからず目を瞬かせるアーチャーに、ランサーがふっと笑う。
キャスターにはよくされるが、ランサーにこんな風にやさしく笑われたことは一度もない。
「何を言っている。いいから営業先に行ってきたまえ」
「ああ、大丈夫だ。今日は相手の都合で昼からになったんだ」
笑顔のランサーに、アーチャーは本当に今目の前にいるのはあのランサーなのだろうかと疑ってしまう。
キャスターならわかるが、ランサーがアーチャーに笑顔を向けているなんて。
しかしここは会社で、ランサーはスーツを着ていて、キャスターとは雰囲気も違う。目の前にいるのがキャスターであるはずがない。
ということはランサーということなのだが、それでも疑ってしまうくらいだ。
「お前いつもはもっとツンケンしてて取り付く島もないって感じだが、今日はガードが緩んでるからな。チャンスだろ?」
「何がだ」
「言い合いすんのも悪かねぇが、ゆっくり話そうぜ」
「君には好ましくない相手と食事をする趣味が?」
「ねぇよ!」
すぐさま答えられて、そうだろうとアーチャーは頷いた。
「だったら私と一緒に食事するのはおかしいぞ」
「オレは、お前が好ましいんだよ! お前に興味があるんだ!」
「……何を言っているかわからない」
本当に訳がわからなくて戸惑うアーチャーを、ランサーはそのまま外へと連れ出し、タクシーを使ってちょっと離れた店に連れて行った。
なぜわざわざタクシーまで使って離れた場所に行ったのか疑問に思っていたアーチャーに、ランサーがにかっと笑う。
輝くような眩しい太陽のような笑顔に、アーチャーの心臓は衝撃を受けた。まるで矢や槍のような尖ったもので心臓を穿たれたかのようだ。
「ここなら会社の奴らに見られねぇし、ゆっくりお前と一緒にいられるからな」
いつもとは考えられないくらいのやさしい態度に、アーチャーもつれない態度をとることなどできなかった。
もともとアーチャーはランサーに対して尊敬の念が強く、文句が多いのも心配しているが故のことが多い。いつも通りの状況に戻そうと挑発めいた言葉をぶつけようとしたのだが、さらりと流されると強く出ることはできなかった。何しろアーチャーはランサーのことが好きなのだ。文句は愛情の裏返しであり、ランサーに柔らかく対応されるとどうしようもなかった。
そしてなぜかプライベートの連絡先を交換させられてしまったのだ。
それからランサーとも仲良く……とは言いすぎかもしれないが、普通に話をするようになった。
仕事のことで言い合いになることは相変わらずだが、関係性は明らかに変わった。
アーチャーとしてはあれっきりのつもりだったのに、なぜかランサーとの距離は縮まってしまい、会社で一緒にいることは多くなったし、仕事以外の話もするようになった。
本当に、なぜだろうか。
「んなもん、オレがお前に興味あって、ずっと前から親密になりたいって思ってからだろうが」
疑問を口にしたアーチャーに、ランサーが呆れ気味に答えた。
何言ってんだコイツ、という顔をランサーはしているが、アーチャーとしてはそれどころではない。
何を言っているんだとこちらが聞いてやりたい気持ちだ。
今も近くのカフェで次の営業先への訪問時間まで一緒に時間をつぶしているし、一体どうなっているのだろうか。
ランサーとはそういう関係ではなかったはずだ。
アーチャーはこの状況についていけず、頭の中がパンクしそうだった。
***
今までは空き時間、ほぼキャスターと会っていたのだが、ランサーと過ごす機会が増えた代わりにキャスターと会う時間は減っていた。
「ランサーと仲良くなったみてぇだな」
ソファの上で、キャスターに膝枕された状態のアーチャーが目を開けると、キャスターがにっこりと微笑んでいる。
笑っているのに、なんとなくだが機嫌がよくないように感じてアーチャーはきょとんとした。
「近頃のアイツは機嫌がよくてな。アーチャーの話を今まで以上によくするぜ」
「……君達は、仲が良いんだな」
兄弟でいろんな話をしているのだろう。美しい容貌の兄弟に、かわいい犬達がいて……すばらしい空間だなとアーチャーはしみじみと思った。
「はっ、んなこたぁねぇさ。アイツはわかってんだよ。オレ達は好みが似てるからな。牽制しているつもりかねぇ」
美しい紅い瞳にまじまじと見つめられたアーチャーは動きを止めた。
「お前さんには触るなってことだろうが、もう遅い。オレのが先に触れたからな」
「何の話だ」
「さて、何の話だろうな」
キャスターは気持ちを隠すのがうまくて、アーチャーではキャスターの表情からその気持ちを窺い知ることはできない。
にこやかだが、なんとなく落ち着かない雰囲気にアーチャーがそわそわしていると、ガチャ、と玄関のドアが開く音がした。
ビク、とアーチャーの身体は反応し、犬達が背筋を伸ばしてドアの方を向く。
キャスターは今ランサーと二人で暮らしていると言っていた。
ということは、今、ドアを開けたのは一人だ。
おそらく予定より早く営業先の相手と話がついたか、予定が変更になったのだろう。
即座にアーチャーは身体を起こして立ち上がろうとしたが、キャスターに抱き締められた。
「キャスター、ダメだ」
「何が。ダメじゃねぇよ」
「ランサーが戻ってきたんだろう」
どこかに身を隠して、キャスターに適当に言ってもらい、ランサーとは会わないようにしなければと焦る。
「オレとお前がいちゃついているところを見せつけてやりゃいいじゃねぇか」
「こんな時に冗談は言わないでくれ。自分がいない間に、自宅に私がいたなんて知ったらランサーがかわいそうだ」
会社の同僚が、自分のいない間に自宅にいたなんて知ったら快くは思わないだろう。
しかも、相手が私だ。嫌がるに決まっている。
「そうだな。お前が思っているようなのとは絶対に違うが、ある意味かわいそうだな」
「だったら」
キャスターと小声で言い合いしている間に、ガチャとリビングのドアが開く。
「キャスター、お前、オレがいないからって誰を連れ込んで……」
ばっちりとランサーと目が合ってしまった。固まるランサーに、アーチャーはいたたまれない気持ちだ。
「あ、あの、すまない。ランサー」
「……アーチャー……?」
ランサーは愕然としている。
「もう帰る。本当にすまない。もう二度と来ないようにする」
「ダメだ。お前は帰らなくていいし、どっか行くならランサーの方だろうが。ランサー。お兄様はアーチャーといちゃつくから、さっさとどっかで時間つぶして来い」
「キャスター! き、君、何を言って。違う! 誤解なんだ、ランサー」
ランサーがわなわなと震えている。そんなに怒っているのかとアーチャーは怯んだ。
焦っているからか、キャスターの腕が外れないし、犬達もアーチャーが帰ろうとしているのを察して帰ってほしくないとばかりにきゅんきゅん足元で鳴いている。
ダメだ愛しい。やめてほしい。これでは立てない。アーチャーがちらりと後ろのキャスターを見ると、キャスターは笑っている。
うう、心臓が痛い。
「キャスター、離してくれ」
「嫌だね」
いつもはやさしいのに離してくれないキャスターにアーチャーは困った。ランサーに嫌がられる顔を見るのが辛くてランサーの方を見ることができずにいると、ずかずかとやってきたランサーに二の腕を掴まれた。力ずくでキャスターから引き剥がされて掴まえられ、気づくとランサーの腕の中だ。
「どういうことだ」
ランサーのその言葉はアーチャーにではなく、キャスターに向けられている。
「お前がぐずぐずやってる間にアーチャーと仲良くやってたってわけさ」
「テメエ!」
「二の足を踏むお前が悪い。そうだろう?」
兄弟が険悪な様子にアーチャーはあわあわした。
「あの! 私は帰らせてもらうから! 二人とも仲良くしてほしい!」
兄弟仲を悪くさせるつもりは全くない。
「たわけ! 帰らせると思ってんのかテメエは!」
ランサーに怒鳴られ、腕の力が強まる。
「帰らせるわけねぇだろ」
キャスターも立ち上がりアーチャーの真向かいに立つと、そっと手を伸ばしてアーチャーの両頬を包み込んできた。
後ろからランサーに抱きつかれ、前にはキャスターがいる状況に、アーチャーは一瞬意識が飛びそうになる。
何なんだこの状況は。
一体何がどうなっている?
理解が全く追いつかない。
「おい、アーチャー。まさかキャスターと付き合ってるとかそんなふざけたことになってんじゃねぇだろうな」
「そんなことあるはずがないだろう!」
ありえなくて、アーチャーはそれにはすぐさま答えた。
「キャスターに失礼だぞ。キャスターが私なんかと付き合うはずがないだろう」
へえ、と聞こえた目の前に声に、アーチャーはあれ、と思う。視線を前に向けると、キャスターは笑っているのだが、どこか怖い。
おかしいな。何か怒らせるようなことを口にしただろうか。
「じゃあなぜここにいる」
後ろのランサーに無理やり振り返らされて、アーチャーは動揺しながらも答えた。
「あまりにキャスターの食生活がひどくて心配になって……その、勝手に料理をしていて、だな」
「あ? あの作り置きされてたすげぇおいしいやつ、お前が作ってたのかよ!」
「口に合ったのなら何よりだ」
ランサーも食べてくれていたようだ。おいしいと言われて安心する。
勝手に料理をしておいて口に合わないものを食べさせてしまっていたとしたら申し訳ないにもほどがあるからだ。
「オレにも作れよ」
「は? な、なぜ」
「キャスターだけずるいだろうが」
「ずるいって……」
何がどうなっているのか。
ずるいって何だ? 何の話だ。
何を言われているか全然わからない。
とにかく、よくわからないことになっているのは確かだ。犬達は近づいてこず、キャスターを見守っている。キャスターはにこやかにアーチャーを見ているが、はっきり言って怖い。
よくわからないが二人の機嫌が悪いのはアーチャーがここにいるからに相違ない。
うん、とアーチャーは頷く。
では、解決方法はわかった。
「私は邪魔なようなので帰らせてもらうよ。それが一番いい」
「どうしてそうなる」
「テメエの頭ん中はどうなってやがんだ!」
キャスターは疲れ気味に言い、ランサーは怒鳴ってきた。
「いや、しかし、私がいるからこんなことになっているわけだし、この状況を解決するのは私がいないのが一番ではないだろうか」
むしろそれしかない。
確信を持ってアーチャーが二人に言うと、キャスターに顎を掴まれ、ランサーに力強く抱き締められた。
「おい、話をまとめるぞ」
「ちっ、仕方ねぇな」
アーチャーを間にし、キャスターとランサーで話が進んだようだ。
だが、私はわからないので帰らせてくれないだろうか。
もちろん、アーチャーが帰らせてもらえることはなかった。
なぜか向かいにソファがあるというのに、アーチャーを挟んで両隣にキャスターとランサーが座っていて、足元には二頭の犬達が寝転んでいるという逃げ場のない状況での話し合いだった。
そして知った驚きの事実。
なんと、アーチャーはキャスターとランサーに気に入られていたというのだ。
キャスターの方はわかる。なんとなく親しくしてくれているし、そうだったらうれしいなという気持ちも少なからずはあった。
だが、ランサーに気に入られていたとは、思いもしない。
てっきり嫌われていると思っていたのに、本当だろうかと疑念を抱いていると、ランサーは怒りと呆れが混じった表情を浮かべた。
「マジかよ。テメエ、何で伝わってねぇんだ?」
「アーチャーの性格を考えればわかることだろうが」
「わかってたなら教えろよ!」
「何でオレが教えなきゃなんねぇんだ? オレがアーチャーと一緒にいたいってのに、んなことするわけねぇだろうが」
全く知らなかったのだが、ランサーがあまりにアーチャーのことを話していたものだから、キャスターはアーチャーのことを知っていて、会う前からアーチャーのことが気に入っていたというのだ。アーチャーの容姿はランサーから聞いていて、会ってすぐわかったと言われた。確かに、アーチャーの容姿はわかりやすい。
ランサーがアーチャーのことをかわいいかわいいとうるさいので、どんなものかと思っていたら、会ってみたら本当にびっくりするくらいいろんなことをひっくるめてかわいいからびっくりした、と笑うキャスターに、アーチャーは溜息をついた。
キャスターは口がうまいというかなんというか、そんな気を遣わずとも自分がかわいげもない男で、かわいいからは遠い容姿をしているということはよくわかっているというのに。
本当にキャスターは冗談が過ぎる。
それからというもの、今までは何だったのかというくらいランサーはアーチャーに構うようになった。
言い合いはするし、意見の相違は相変わらずだが、ご飯に誘われるし一緒に帰ろうとするし、時間があれば一緒にいようとしてくるので、周囲からはどうしたんだと思われている。
それから、キャスターも今まで以上にアーチャーに構ってくれるようになった。
アーチャーにとってキャスターはランサーとは違った意味ですばらしい人間であり、憧れを抱くに値する存在だ。
美しく穏やかで落ち着いていて、知性を感じる会話に、大人の魅力があり、アーチャーをときめかせてくる。
そんなキャスターに構われるのはうれしいが、ドキドキしすぎてどう返していいのかわからなかった。
「お前さんはかわいいからなぁ」
今日もかわいい、一緒にいようなと手を繋がれるし、挨拶だとは思うが頬にキスされるし、どうしたらいいのだろうか。
アーチャーにとってキスは挨拶ではないのだが、あまりにキャスターが普通に何でもないようにしてくるようになって、「親しい奴にはするもんだろ」とにこやかに言うものだから、親しいと思われていることがうれしく、キャスターの行動を否定するようなことは言えなくて、ついついされるがままになっている。
一体何があったんだ。どうしたんだ、何がどうなってこういう状況になったのか、誰か教えてほしい。
ここのところは帰りに時間が合えば、アルスター家に連れて行かれてアーチャーは料理を作っていた。
最初は食事に誘われていたのだが、料理が趣味なので自分で作りたいからと断ると、それじゃ作ってくれと言われたのだ。アーチャーとしては好ましい二人と食事できるのは楽しく、料理を振舞えるのはうれしいことなので、それを受け入れた。材料費はランサーとキャスター持ちだ。それはいくらいらないと言っても聞いてもらえないのでお言葉に甘えさせてもらっている。
本当に、この状況は何なのだろうか。
普通じゃない。
とてもではないが、これは日常ではない。
そもそも、キャスターやランサーのような輝かしい人とアーチャーなどが一緒にいていいはずがないのだ。
彼らは心根も美しいのでそんなことは口にしないし、思いもしないだろうが、アーチャーが思う。
どう考えても一緒にいて釣り合わない。
誰が思わずともアーチャーが思う。
こんなことが、平凡で何もないアーチャーに起きるはずがない。
そうだろう。そのはずだ。
もうそろそろ夢から覚めてもおかしくない。
それが一週間、二週間過ぎても状況は変わることがなかったので、アーチャーはますますどうしていいかわからなくなってしまった。
**
ランサーの誘いを断り、仕事の大事な話があるからとロビンフッドを食事に誘った。
ロビンフッドは最初は嫌がっていたが、アーチャーの本当に悩んでいてどうしていいかわからないという様子に心が動いたらしく、食事に応じてくれた。ロビンフッドは素直ではないが、なんだかんだとお人よしなところがあるのだ。
「嫌がらせを受けているんだ」
深刻げなアーチャーに、ロビンフッドが息をついた。
「オタクに嫌がらせってすごいな。そんなの社会的に抹殺されるでしょ」
「冗談なんかじゃないんだ、ロビンフッド」
「オレも冗談言ってるわけじゃないんですけどねぇ。アンタには取引先の大会社の社長さんや、知り合いのいいトコのお嬢さんとか、怖いお兄さんとかいろいろいるでしょうが」
ロビンフッドが言っている女性はアーチャーと懇意にしてくれているので、誤解があると大変なことになりそうではあるし、兄のオルタは弟のアーチャーに過保護ではあるが、それにしても抹殺とは言い過ぎだろう。
「いや、アンタわかってねぇみてぇだが、絶対やばいことになるからな」
「とにかく、他言無用で話を聞いてもらいたいのだが」
ロビンフッドは嫌そうな顔をしていたが、結局はアーチャーの話を黙って聞いてくれた。
文句は言うし鬱陶しそうな態度はされるが、ロビンフッドは人がいいのだ。
アーチャーがここ最近の出来事を伝えると、聞いていたロビンフッドは顔を顰めて思いっきり溜息をついた。
「何でアンタ、オレにそういう話するかな~!」
「すまない。つまらない話を聞かせてしまったが、他に客観的に話を聞いてくれる人がいなくて」
「つまらないとかじゃなくて! その状況でオレをここに誘うとか、オレに恨みでもあるのか?」
怒鳴られてアーチャーはぱちりと目を瞬かせた。
「先にアンタの疑問に答えておくと、今の状況はなるべくしてなってるからアンタにはどうしようもできないし、相手の二人がそんなことは許さないだろうさ。それに、アンタは釣り合わないと思っているみてぇだが、お似合いだから!」
「……そんなに気を遣わなくていいぞ?」
「違うっての!」
ダン、とロビンフッドがテーブルを叩く。どうしたのだろうか。酔うほど飲んでいないはずだが。
首を傾げるアーチャーに、「ああもう!」とロビンフッドはがしがしと頭を乱雑に掻いた。
「アンタね! 今日は二人の誘いを断ってこんなこざっぱりした洒落た居酒屋にオレを誘うって、オレを殺したいわけかい?」
「なぜそうなるのかね」
そんな話はしていない。
「勘違いにもほどがあるぜ。二人がアンタに嫌がらせするわけないでしょうが!」
「では、何だというんだ? 彼らのような美しい人が私のような地味で目立たない人間を……いや、でも彼らのようなすばらしい人が嫌がらせなどと低俗なことをするはずがないな」
はっと気づいたという顔をしたアーチャーに「たぶん違うから、それ」とロビンフッドが言っているが、アーチャーの耳には届かない。
「生理的に無理ということだろうか。それは仕方ないことだな。それだけは理屈ではない」
なるほど、と一人で納得していると「違うって!」と軽く頭を叩かれた。痛くはないがびっくりして意識がロビンフッドに向く。
「アンタさぁ、何でそんなことになるわけ? 全然わからないんだが!」
とりあえず、ロビンフッドが真剣にアーチャーのことを心配してくれているのは理解した。
「そういうわけで、明日から何とか逃げようと思うのだがどうだろうか」
「どうもこうもないし、言っておくがオレは手伝わねぇからな」
「え?」
「そんな同僚を救わないなんてひどい、いやこの男には嫌われていたのか、仕方ないみたいな顔すんのやめてくれませんかね!」
さすがロビンフッドだ。今の一瞬でアーチャーが思ったことを正しく理解している。
「ああ、なぜわかったんだ。ロビンフッド、君はよくわかっているな」
「勘違いはやめてくれって!」
ロビンフッドの剣幕に、何かまずいことを口にしただろうかと少し考えるが、思いつかない。
アーチャーがロビンフッドに目を向けると「あー、くそっ!」とロビンフッドはコップに残っていた酒を一気に飲み干した。ダン、とコップをテーブルに叩きつけるように置くと、ロビンフッドがアーチャーへと視線を向ける。
「アンタさぁ、その二人だけじゃなくて、他にも今まで何人も声掛けられてたくせに、地味で目立たないとかほんっとよく言うぜ」
「……そんなことあっただろうか?」
アーチャーの記憶にはない。
それを口にすると、信じられないという顔をロビンフッドが浮かべた。
「いやいやいや、あったでしょうが。アンタと営業先一緒だった時、めちゃくちゃモーション掛けられてただろ!」
「覚えがないな」
「先週、社長と一緒にいた金髪のキラキラした顔の男いたでしょうが! アンタのこと狙って握手した時の触り方がアンタだけねちっこかったんですけどね!」
「そうだったかな」
そういえば、先週、社長と同行することになってロビンフッドも一緒にいたのだが、言われてみればその時、そういうことがあったかもしれない。
「アレ忘れるってアンタすげぇな!」
「キラキラした顔の男がいた記憶がない」
輝かしいというのがふさわしいのはキャスターやランサーであって、そんな男がそうそうそこらへんにいるはずがない。
アーチャーにとってキャスターとランサーはすばらしく美しく、しかも中身も魅力的で非の打ち所がないのだ。
彼らのようなそんな輝かしい男がいたら、絶対に覚えているだろう。
「営業の時にめっちゃくちゃモーション掛けられたのに、忘れてたって?」
「そういえば、べたべた触られていたか? まあ、そういうこともあるかなと」
「オレは一度もありませんけどね!」
ロビンフッドは深い溜息を落とした。なんだか疲れている様子だ。
「どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも……って、あ! アンタ、今日オレとここに来たことはくれぐれも秘密にしておいて」
「よお、アーチャー。誰とどこに行ったかと思えばこんなところにいたのか」
振り返ると笑顔を浮かべたランサーが立っていた。隣から「うわぁ来たよ」とめんどくさそうな声がロビンフッドから聞こえる。
「それじゃオレはここで」
立ち上がったロビンフッドに、アーチャーも追い掛けようとしたが、ランサーに肩を押さえつけられて立ち上がることができない
「今日はアンタのおごりでよかったよな」
「それはもちろんそうだが、ロビンフッド! 私も帰るから!」
「怒らないでくれよ。オレは巻き込まれただけだ。わかるよな?」
ロビンフッドはアーチャーではなく、ランサーに話し掛けている。
「ああ、もちろん、わかってるぜ。帰るんだよな?」
「もちろんだ」
げんなりした顔をしたロビンフッドは「それじゃ失礼しますよ」と言って帰っていってしまった。
アーチャーがおそるおそる見上げると、ランサーが笑みを浮かべている。
笑っているのに、なぜか怖い。
これは、よくわからないが怒っている。
「それじゃアーチャーはオレと一緒に帰ろうか」
帰るとはどこに、とはアーチャーにはとてもではないが聞くことはできなかった。
あの後、アーチャーはランサーの家に連れ込まれ、待っていたキャスターと二頭の犬達の歓迎を受け、翌日休日ということもあり泊まらされることになってしまった。
朝早く目が覚めて朝食の準備をしながら昨夜のことを思い出したアーチャーは、顔が熱くなるのを感じる。
なんだか昨日は二人にやたらと触られたというか、好きとか一緒にいろとかそういう甘ったるいことを言われてしまった。
思い出すだけでも恥ずかしい。
アーチャーの好みの顔が迫ってきて、動悸を感じて大変だった。
今も思い出すと、朝から心臓がうるさい。
「よお、おはようさん。いい匂いがすんな」
音もなく背中から抱きつかれてアーチャーは驚いたが、驚きすぎて声は出なかった。
「おはよう、キャスター」
「おう。朝ごはん作ってくれてんのか? ありがとうな」
「いや、勝手にすまない」
「ありがとうって言ってんのに、何ですまないなんだよ」
キャスターは楽しそうだ。キャスターの麗しい笑顔に、アーチャーは朝からドキドキした。
「すげぇ楽しみだ」
二頭の犬達もやってきて、キャスターとアーチャーの周りをくるくると回っていて、とてもかわいい。
「それじゃオレは散歩してくるが」
「ああ、いってらっしゃい」
「ん、いってきます」
ちゅ、と音がしてアーチャーは最初何をされたか理解できなかったが、頬にキスされたのだとワンテンポずれてわかって、かあっと顔が赤くなる。
「いいねぇ、いってきますってお前から言われるのはよ。戻ってきたらおいしいご飯だろ? 楽しみだ」
「あ……う、え、っと……あー、た、楽しみにしててくれ」
何を言っていいか戸惑ったが、とりあえずアーチャーのご飯を楽しみにしてくれているらしいので、その期待に応えたい。
「ん、じゃあな」
キャスターにつれられて二頭の犬達は散歩に出掛けていった。アーチャーは大分早く目が覚めてしまったのだが、この時間帯にいつも散歩の時間なのだろうか。随分と早いような気がするが、よく考えればあんな大きな犬が二頭も散歩しているのは驚かれるだろうし、確かに人があまりいない時間帯に散歩するのがいいのだろう。
キャスターが戻ってくる少し前にはランサーも起きてきて、一緒に食事をしたのだが、随分と気に入ってもらえたようだ。二人においしいおいしいと褒められてアーチャーは安心し、同時にうれしく感じていた。誰かに喜んでもらえるのはうれしい。
朝食の後片付けを終えたアーチャーは帰ろうとしたが、なかなか帰してもらえず、結局帰ることができたのは夜だった。
あと一泊するように強く誘われたが、何とか今日のところは断ることができた。
アーチャーとしても二人と一緒にいるのは楽しく、犬達はとてもかわいらしいし、癒されて一緒にいたい気持ちもあったが、こんな夢のようなすばらしい時間に慣れきってはいけないと、現実に戻るべくがんばって家に帰ってきたのだ。
家には誰にもいない。先ほどまでのにぎやかで楽しく、柔らかで癒される時間とはまるで違う。
しかし、あんな非日常をいつまでも過ごしているわけにはいかない。現実に戻れなくなってしまう。
それにしても、とアーチャーは頬を赤らめた。
キャスターとランサーが楽しく言い合いをするのはいいのだが、二人してアーチャーのことをかわいいとか、一緒にいたいとか、『アーチャーはオレの』みたいなことを言うのがたまらなく困る。
本当にあの二人は自分達がすばらしい存在で、人を魅惑する人間なのだと理解してくれなくては。
あんなふうに言われてはとてもではないが平常心を保つことができない。
本当に無理だ、無理。
本気でどうにかしなければ。
**
どうにかすると決めたのなら、何かを変えなければ今のままだと、アーチャーは社長であるギルガメッシュに今まで断っていた仕事を受ける旨を伝え、少しの間チームを変更してもらうことにし、忙しくすることにした。
ギルガメッシュの直属のチームは忙しいというよりもめんどくさいことが多く、社長と同行することが増えて夜も遅くなり、キャスターとランサーには、配属先が変わって忙しくなってなかなか会えなくなってすまないと伝えている。実際忙しくなっているし、チーム編成があり配属先が変わったことはランサーも知っているし事実だ。
それにしても、パーティーらしきものにも同行させられたのには参ってしまった。出たくないし、できることなら何とか理由をつけて不参加にしたいところだが、二人に昼間会えないのなら夜に会いたいと強く誘われるので、渋々パーティーにも同行し、夜も仕事で会えないと断った。
それが嘘でないことは同じ会社であるランサーもわかっているはずなのだが……ランサーからの圧がすごい。
「あ、あの、ランサー」
ランサーにじりじりと壁際に追い込まれて、アーチャーは後ろを壁にした状態だ。向かいにいるランサーはどう見ても不機嫌だ。
「あのよぉ、そのパーティーっての、何でお前が毎回出てんだ? 最近忙しいし、全然うちに来ねぇじゃねぇか」
そういう話を会社でしてもらいたくないのだが、ランサーの険悪な雰囲気に、誰も近づいてこないし見て見ぬフリで、さっさと外回りに出て行ってしまった。いまだ部屋にいるのは、ロビンフッドだけで、彼は運悪く、今日のこの部屋の留守番であり、とりまとめをしているので外回りの予定はない。
「すまないが、仕事なんだ」
「急なチーム編成変更で、お前が社長直属のチームに配属されてよ、どうなってんだ?」
「そうだな。急なことで、私にもわからないな」
今回のチーム編成になった理由を知っているロビンフッドと目が合うと、オタクよくそんな嘘つけるな、という顔をしていたが、それは無視だ。
「いい加減に時間とってもらいてぇんだが」
「あー……いや、私もそうしたいのだが、仕事が」
「明日は? 次の日休みだろ」
だから泊まれと言われているのはわかるのだが、ここで頷くわけにはいかない。
「明日も、その、パーティーに出席しなくてはならなくて」
「ほぉ?」
うん、ランサーの機嫌が悪い。
しかしここで折れてしまっては、今までの努力が無駄になる。
「本当に申し訳ないが、パーティーという普通なら関わりがないようなものに参加させられることが続き、とても疲れてしまうんだ。だから、休みはゆっくりさせてもらいたい」
「そりゃそうか。まぁ、パーティーなんか堅っ苦しいもん、疲れるよな」
「すまない」
「そうかそうか。じゃあ、今夜はちょっとくらい食事に付き合ってもらってもいいよな?」
「え」
これで話はなんとか終わったと安心していたアーチャーはランサーの顔を見て固まった。
「今夜は何の仕事があるんだ? オレは今夜は予定を入れてない。全て終わらせてあってな」
「そ、そうか」
普段感情豊かなランサーの無表情に、アーチャーはぞっとした。
よくわからないが、これは、完全にランサーは怒っている。
再びロビンフッドと目が合ったが、さっと相手に逸らされた。
「おい、どこ見てんだ、こっち向け」
ぐいっと顎を掴まれてランサーの方を向かされ、無理やり目を合わされる。
なぜこんな状況になっているのか、本当に理解できないが、とにかくランサーは怒っている。
「今夜はオレのために時間を空けてくれるよな?」
「……少し、遅くなるかもしれないが」
「ああ、そりゃ構わんが、オレに手伝わせてくれよ」
「君の手を、煩わせるわけには」
「そんなの気にすんな。オレとお前の仲じゃねぇか」
どういう仲だ、と軽く言えない雰囲気に、アーチャーはごくりと息を飲んだ。
なぜ、こんなに機嫌が悪いのだろうか。本当にわからないんだが。
しかしそれを言うのはよくないと、さすがにわかったので口にはしなかった。
「では、もし時間外になるようなことがあれば」
「おう、何でも言ってくれ。オレに手伝えることなら手伝うからよ」
何が何でも絶対に時間中に仕事を終わらせようとアーチャーは決めていた。
「それじゃ今夜はオレと食事だな」
「そうなるな」
「久しぶりだなぁ」
「ああ、そうだな」
「なあ、アーチャー」
笑みを浮かべたランサーに、アーチャーはぞっとして身震いする。
「そろそろ我慢の限界でな、あんまり仕事仕事ってそれを理由に会えないなら、どうしてやろうかって考えちまうぜ?」
「どういうことかわからないんだが、とにかく、今夜は久しぶりに一緒に時間を過ごせてうれしいよ」
それは本当のことだ。
ランサーがふっと目を細める。
「オレも、うれしいぜ」
アーチャーの唇にランサーの指先が触れてくるが、それを叩き落とすということなどできず、ふにふにと押したりつまんだりされるのにされるがままだったが、いきなりがぶりと噛みつかれるようなキスをされた。
い、い、今、キスされた?
な、なぜだ?
イタズラのように頬にキスされたことはあるが、唇にされたことなど一度もない。
びっくりしたアーチャーに、ランサーが微笑む。
そのおそろしく美しい笑みに、アーチャーは文句の一言も出なかった。
「逃げるなよ、アーチャー」
こくこくとアーチャーが頷くと、ランサーは「よし」とやっといつもの明るい笑みを見せてくれた。
次の日の昼間は、久しぶりにキャスターと初めて出会ったティールームで会うことになった。先日、ランサーと一緒にいる時にやってきたキャスターに約束を取り付けられたのだ。
キャスターとも久しぶりだが、犬達とも久しぶりだ。今日もとてもかわいらしく、キャスターとアーチャーの足元に寝そべっている。とてつもない癒しだ。
「そろそろゆっくり会いたいんだがな。今夜はパーティーに出席するんだって?」
「そうなんだ。配属先が変わって忙しくなってな。その、誘ってくれて本当にありがたいのだが、断ってしまうことになり、本当に申し訳ない」
意図して忙しくして二人に会わないようにしたのだが、二人の誘いを断るのは心が痛かった。
キャスターもランサーも、本当に残念そうにするからだ。
申し訳ないとは思うが、ここは心を鬼にしてやり遂げなければならないと、アーチャーはある種の使命感を抱いていた。
こんなすばらしい兄弟が、アーチャーなんぞに構っているのはもったいない。
早くもっとすばらしい相手と一緒にいるべきだろう。
「オレと会いたいと思ってくれてるってことかね?」
「それはもちろんだ。私を気に掛けてくれるのは本当にうれしい」
「へぇ、そう思ってくれてるとはな」
ひやりと首筋を何か冷たいものに触られたような感覚に、アーチャーは小さく肩を跳ねさせた。
「何が言いたいのかね」
「ああ、お前さんに避けられていると思っていたんだが」
「まさか、ありえないな。君達が私を避けるならまだしも」
「そりゃねぇな」
アーチャーの言葉にかぶせるように言われ、不穏な空気を感じたアーチャーが俯くと、アーチャーを見上げていた犬達と目が合った。
ああ、癒される。なんてかわいいんだろう。
「お前、ほんっとかわいい顔するなぁ」
「していないが」
顔を上げると、キャスターが食い入るようにアーチャーを見ていた。その視線が熱く感じて、アーチャーはなんとなく片手を上げて顔の前に出して「そんなに見るな」と零す。
「んー、だってなぁ。今の、すげぇかわいかったから」
「かわいくない」
「かわいいぜ。あんまりかわいいから食べちまいたいくらいだ」
うっとりとするほどの笑みを向けられて、アーチャーは口を噤んだ。
キャスターの笑みは美しい。
いつも麗しく綺麗なその笑みは、今日も完璧に美しいのだが、美しすぎて怖かった。
**
パーティーに連れられて、挨拶回りが終わるとすぐに好きにしろと社長のギルガメッシュに言われた。
好きにしろと言われても、アーチャーは今回のパーティーも全く興味がない。何か予定を入れなければ二人に会うことになるので、渋々予定を入れただけのことだ。
「貴様は本当に愚かよな。こんなことをしても無駄だというのに」
何か知っているのか。
事情をわかっていそうなギルガメッシュはつまらなさそうに呟いた。
「まあいい。好きにしろ。我は忙しいからな」
アーチャーには興味がないとばかりに、ギルガメッシュはその場から離れていった。実際、ギルガメッシュはいろいろと忙しく、人に文句を言う分働きすぎるほど働きすぎているので、どこかで休めることができるなら、休んでいた方がいいだろう。
さて、どうしたものかとアーチャーは息をついた。
当然だがこのパーティーに知り合いなどいないし、誰かと話したい気分でもない。とにかく一人になりたいとテラスに出ると、誰もいなくてほっとした。夜風が冷たくて気持ちがいい。
アーチャーはアルコールは得意ではないので口にはしていないし、料理もほとんど口にできなかった。
ランサーとキャスターのことが頭を占めていて、食欲がない。
二人はアーチャーに気があるようなことを口にするが、こちらの心臓がもたないのでそろそろやめてもらいたいものだ。
私を取り合うみたいなことを口にして、そういうのは本当に困るんだが。
仲良くしてくれるのはうれしいが、それにしたってべたべたくっつきすぎだし、好きだとかかわいいとか言いすぎだ。
誤解したらどうするつもりだ。
いや、もちろんアーチャーは身のほどを弁えているつもりなので誤解しないが、他の者だったら誤解されても仕方ないくらいの態度だ。
「こんばんは」
「……こんばんは」
急に声を掛けられて驚く。二人のことを考えすぎていて、人が近づいてきたのに気づけなかった。
顔を確認すると、見たことがある人間だ。ギルガメッシュと同行した取引先の人で、なぜか知らないがアーチャーを気に入ってくれたらしい。
……アーチャーはそのことに気づかなかったので、ギルガメッシュに言われて知ったのだが。
「今夜は月が綺麗だね」
「ええ、そうですね」
アーチャーが夜空を見上げると、いつもより一際大きくて丸い月が輝いていた。
月夜で見るキャスターとランサーも素敵だろうな、と不意に二人の事を思い出してしまい、頭を横に振る。
離れようとしているくせに、こんなに自然に二人の事を思い出してしまうなんて。
ああ、だが、あの二人は本当に美しいからな。
この月を背景にした二人はどれほどに美しく絵になるだろうか。
またしても自然に二人のことを考えてしまった自分に、アーチャーは内心で呆れた。
どれだけあの二人にとらわれているというのか。
「今夜、一緒にどうだろう」
「どう、とは何の話でしょうか」
男の手がアーチャーの左手をそっと両手で握ってきたので、アーチャーは小首を傾げた。
何をされているのだろうか。
「これから予定が?」
「いえ、あとは家に帰るだけですが」
「それはよかった。だったら、うちにどうかな?」
家に帰るだけだとアーチャーは言ったのに、それがよかったと返され、うちにどうかと誘われるとはどういうことだろうか。
いや、本当にどういうことなんだろうか。
アーチャーは嫌な予感にぞわりとした。
「彼から君を誘ってもいいと許可は取っているよ」
彼、とはギルガメッシュのことだろう。
ギルガメッシュのことだ、何があっても自分で対処しろということだろう。
いやしかし、わざわざギルガメッシュに了解をとるあたり、誠実なのだろう。おそらく、たぶん。
もし無理やりどうこうしようと思うのなら、いちいちギルガメッシュに断りをいれることはないはずだ。
「どうだろう」
さらりと男の金髪が揺れる。
穏やかでやさしい顔立ちで、おそらく整った顔をしているのだろうし、一般的に美しいのだろう。
だが、アーチャーの心は動かない。
なぜなら、アーチャーには目の前の彼よりももっとずっと美しく、完璧な存在を毎日のように目にしているからだ。
「嫌?」
男の手がするりとアーチャーの腰に回されて、アーチャーは戸惑った。
さて、どうしたものか。
率直に言って、気持ちが悪い。
アーチャーは武術を嗜んでいてそれなりに腕に覚えがあり、抵抗できないことはない。
少し腕を捻って……いや、ダメだ。力を入れすぎて相手に怪我をさせてしまうことになったら大変だ。相手は大事な取引先で、たぶん、悪い人ではない。
おそらくだが、一般的に顔も美しくかっこいい部類に入って、穏やかでやさしそうな男で、なかなかに仕事もできるらしく、当然金も地位も持っている人間だ。そんな相手に怪我をさせるなんてことは……と考えて、アーチャーは自嘲する。
いや、待て。落ち着け。
私なんかにこの手のタイプの人間が用などあるだろうか。いや、ないな。
大前提として、私は男だ。
こんな何でも持っている引く手あまたなタイプの人間が、アーチャーを選ぶ理由はない。
うん、何かの間違いだ。勘違いだ。
私に気があるかもしれないなどと、よくもそんなことが思えたものだ。そんなことを一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしい。
ギルガメッシュは、この男がアーチャーに気があると言っていたが、そういう意味ではないのかもしれない。
そうだ。大体、普通そんなことを思うはずがないのだ。
それなのにばかなことを考えたものだ。
ただ、普通に話がしたかっただけかもしれない。
そういえばこの人とは雑談で料理の話をしたことがあったから、何か興味を持ったのかもしれない。または、おいしい店があるから連れて行きたいと言ってくれていたのはあくまで世辞と思っていたが、義理堅く実行しようとしてくれているのかもしれない。
それで今夜この人の家に行くというのもおかしな話ではあるが、もしかしたら明日の朝早くか夜遅くにしか開いていない店に連れて行く気かもしれないのだ。
アーチャーが黙っていると男はどう思ったのか、笑顔を浮かべてアーチャーの腰を引き寄せてきた。
「君を好ましいと思っていたんだ」
「ありがとうございます」
「よく言われる?」
「いいえ。まったく」
どちらかと言うと、割と嫌われて疎ましく思われる方だと思うのだが。
男の顔がだんだんと近づいてきて、ちょっと距離が近すぎると感じ、アーチャーは少し背を逸らして距離を作る。
「人払いをしていて、ここには誰もこないよ」
「そうですか」
だからここはこんなにも静かで人がいなかったのか。
「うん、だからいいかな」
「何がでしょうか」
「君はとても魅力的だ」
男の手がアーチャーの腰や臀部をいやらしく触ってきたのに驚いて、アーチャーが反応すると男が陶然として笑う。
「とてもセクシーで、艶かしくて……触ってみたくなって自然と手が伸びる」
「あ、あの……?」
どうしよう。言っている意味がさっぱりわからない。
この人は何を言っているのだろうか。
およそアーチャーに言うような言葉ではない。
本気だろうか。本気だとしたら随分と趣味の悪いことだ。
最初は遠慮がちだった手が大胆に動いてきて、アーチャーは焦った。
どうする。
そういえばランサーには営業先の相手にはくれぐれも気をつけろと言われていたが、こういうことだったんだろうか。
それを聞いていたキャスターに、何かあったら怒るからなと笑顔で言われたのを軽く流していたが、もしかして何かあったらという何かとは今のような状況をいうのだろうか。
そうだとしたらまずい。
この状況はもしかしてもしかしなくても、二人に怒られる状況ではないだろうか。
これは、どうにかしなければ。
二人は普段やさしいのだが、よくわからないところで機嫌が悪くなるというか怒るというか、そういう時があるのだが、その時は訳がわからずアーチャーはいつもどういう態度をとっていいかわからなくなるのだ。
アーチャーはやっとのことで危機感を覚えた。
相手に怪我をさせずにこの状況を回避するにはどうしたら、とぐるぐる考えている間にも、男がアーチャーに迫ってくる。
どうする、落ち着け。これがバレたら二人に怒られるに違いない。
それは嫌だ。
落ち着け、落ち着くんだ。
よく考えて、行動しなければ。
早く、早くしないと……!
「よお、オレのアーチャーから離れてもらおうか」
ぐいっと後ろから強い力に引っ張られたアーチャーは、背中からぎゅうっと抱き締められた。
「……キャスター?」
「ダメだぜ、お兄さん。コイツはオレ達のもんだからな」
「痛っ……!」
男の腕が後ろに回されて、捻り上げられ、痛みに男が顔を顰めている。
男の後ろからランサーが離れると、正面からアーチャーに抱きついてきた。
一体何が起きているんだろうか。
男は痛そうに捻り上げられた腕を押さえている。
「君達は一体どうやってここに?」
そうだ。男が言うように、どうやってここに入ったのだろうか。
ここは警備が厳しくて、そう簡単に侵入できるところではない。
「ま、表から堂々と」
「正当な手続きをしてな」
どういうことだ、男も困惑しているがアーチャーも混乱している。
「なあ、お前さん。コイツに何をしようとしていた」
アーチャーを背中から抱き締めたキャスターの低い声が、アーチャーの耳元で聞こえ、その声にアーチャーが震えると、キャスターが「かわいいなぁ」とアーチャーの首筋に軽く歯を立ててきた。
「ひぁっ」
思わず声が上がって慌てて口を手で押さえると、目の前にいたランサーが唇を尖らせる。
「んなかわいい声出すなよ」
「出してない!」
涙目のアーチャーを熱心に見ていたかと思うと、ランサーがちゅっとキスしてきた。
「ラ、ラ、ラ、ランサー? 君、な、な、何を! こんなところでっ!」
「うわ、かわいいなぁ。おい、キャスター。さっさと連れ帰ろうぜ」
ランサーにちゅ、ちゅ、と愛しげに何度もキスされて、アーチャーは激しく狼狽した。
一体何が起きているんだ?
こんなこと、されたことがない。
「ああ、わかってるって。……で、何をしていたか教えてくれねぇか?」
「何と言われても、今夜家にどうかと誘っていたんだが」
男には若干の焦りが見えるが、冷静に答えている。
「いやらしい手つきでコイツに触ってたみてぇだが、下心があるってことでいいよな?」
相手は大会社の取引先の人間だ。ここで追い詰めるようなことはよくないだろう。
どうやって二人が入ってきたのかしらないが、あまり事を大きくするのはよろしくない。
アーチャーがどうにかこの場を穏便におさめられないか考えていると、キャスターに身体を引き寄せられた。
「コイツはオレ達のモンだ。テメエが手に入れられるもんじゃねぇ」
驚くアーチャーに、ランサーがゆっくりと唇を合わせてきた。離れ際にぺろりと舌で唇を舐められてアーチャーの身体から力が抜ける。
「もう二度とコイツに近づくなよ。変なことしやがったらどうなるかわかんねぇぜ」
「この程度で済んでいるうちに、大人しく手を引け」
「自分がかわいいならな?」
男は絶句していた。
それはそうだろう。アーチャーも愕然として話についていけていない。
「き、君達は一体……」
「コイツの恋人だな」
「オレも。まあ、一番はオレだが」
「おい待て、ランサー。アーチャーの一番の恋人はオレだろうが」
「は? 何言ってんだ。オレに決まってんだろ」
よくわからない言い合いが始まって、アーチャーはハッとして二人の間から抜け出し、男に近づくと頭を下げた。
「すみません。彼らはたぶん酔っていておかしなことを」
「んなわけあるか!」
後ろから伸びてきた手がアーチャーの顔を掴み、強引に振り向かせる。むちゅっと口づけられてアーチャーが固まると、ぎゅっとランサーに抱き締められた。
「いいな。オレのアーチャーに手を出すなよ」
「そうそう。アーチャーに手を出したら、お前んとこと取引すんのやめるぞ」
にこっと笑っていったのはキャスターだ。男が「え」と小さく息を漏らす。
「コイツ、アルスターのモンだから」
「え、あ、アルスターって、あの?」
震える男にアーチャーは首を傾げる。
あの、とはどういうことだろうか。
アーチャーが知らないだけで、アルスターというのは男に多大なる影響を与えるほどの名称らしい。
「あー、お前は詳しく知らなくていいからな」
後ろからランサーにぎゅっと抱き締められて軽く頬にキスされたが、どういうことか気にならないわけがない。
「いや、だが」
「いいから、行くぞ」
アーチャーはキャスターとランサーに有無を言わさず連れて行かされ、その場から強制退場させられた。
**
「勝手に他の男に触られてんじゃねぇよ」
「っとに、どうしてくれようかと思ったぜ」
アーチャーを家へと連れ込んだ二人がまっすぐに向かう先は客室の寝室だ。何度かその部屋を使わせてもらったことがあるので知っている。
家に入った途端、おかえりとばかりに駆け寄ってきてまとわりついてくる犬達がかわいい。
「お前が男にかどわかされそうだって、ギルガメッシュから聞いてな」
キャスターは穏やかだが全然目が笑っていないから怖いし、
「ギルガメッシュのヤロウ。アーチャーに気がある男のいるパーティーに同行させやがって」
ランサーはわかりやすく怒っていて怖い。
どちらにしろ、怖いので、かわいい犬達に癒されてから帰らせてもらいたい。
しかしその願いはかなうことなく、アーチャーは二人に寝室に連れ込まれ、癒しの犬達は部屋から出て行くように言われ出て行ってしまった。
ああ、癒しがいなくなってしまった!
「キャスターはギルガメッシュと知り合いだったんだな」
「まあ、一応な。取引先っていうか、昔からの馴染みっていうか、そういう感じだな」
「私は知らないだけなのだが、その、アルスターというのは有名なんだな」
ランサーがアーチャーの手を引きながら答える。
「そうだな。ま、一応キャスターが社長みたいなのをやってるが、そんな表だって有名なとこじゃねぇっつーか」
「まあ、なんていうか、ちょっとした金融関連のこととその他雑多なことをやっていてな。アルスターでなければ用意できないモンがあって、それがないと困る奴らがいるってところかね」
アーチャーはよく知らないが、知る人ぞ知る、というところだろうか。
「それで、このベッドはなんだ?」
客室の寝室には先日までは見たことがなかった、ワイドキングサイズ、しかもロングタイプのベッドが置かれている。
そうは見かけないくらいのでかいベッドだが、もしかして特注だろうか。
二人にベッドに投げ出されたアーチャーは、ベッドの上で戸惑っていた。
「ああ、それな。お前さんが来てくれない間に買ったんだ」
「広くていいだろ? 三人で使うにはこれくらいでかくねぇとな」
「意味が、わからない」
いや、わかりたくない。
三人で使うと今言ったが、どういうことだ。三人。三人だって?
「いやいや、わかってんだろ? アーチャー」
キャスターが笑顔でベッドの上にのってきたのでアーチャーが後ろに下がると、足首をランサーに掴まれた。
「な、何だ?」
「オレとなぁ、キャスターでいろいろ話し合ったんだが」
「一時休戦することにしたんだ」
「一時休戦? 君達、私が知らないところでケンカでもしていたのかね」
キャスターとランサーが同時に顔を見合わせ、口元をゆるりと上げたのが見えた。それにアーチャーは戦慄く。
「キャスター? ランサー? あの、何を」
「なるほどな。お前さんには全く伝わってなかったってわけだ」
「よーくわかったぜ」
「私は何かわからないんだが!」
二人が何をわかったか知らないが、アーチャーにはわからないので勘弁願いたい。
「オレ達はそれぞれがんばって愛を伝えてたつもりだったんだがな」
「どっちの愛も伝わってなかったってわけだ」
何の話だ、とアーチャーはわけもわからず首を横に振った。
「好きだと言っただろう? かわいいお前と一緒になりたいと」
「傍にいてほしいと願っただろうが」
「それをお前、軽くあしらって」
「そんなつもりはない! 軽くあしらうなどと!」
アーチャーは誤解を解こうと声を張り上げたが、しかし二人は笑うだけだ。
ああ、これはまずい。
二人が怒っているときの笑みだ。
「結果としてそういうことだろうが」
「違うんだ! 本当に、そんなつもりはない! ただ、君達のような美しい人が私を好きだなんて、思わないだろう?」
そうだ、間違っていないはずだ。
アーチャーは必死だが、二人は同時に息をつき、それから何かを決めたように強い眼差しをアーチャーへと向けた。
「なるほどな。よくわかった」
何がわかったんだ? 私には全然わからないのだが。
「お前には言葉じゃ伝わらん」
何をするつもりだ。落ち着いてほしい。
アーチャーの心の中の声は言葉にならない。
「オレ達の愛を教えてやらないとな」
キャスターの手がアーチャーの両肩をベッドに押さえつけ、ランサーはアーチャーの膝を折って立てさせて、両膝を広げてその間に入ってきた。
恥ずかしい体勢にアーチャーの頬がかあっと一気に赤くなる。
「お前はオレ達のどちらも選べんだろうから」
「もう、どっちも選べ」
「い、意味が」
「わかんねぇなら教えてやるよ」
「今夜たっぷりとな」
その夜、それはもう丁寧に、しつこいくらいに二人の愛を教え込まれたアーチャーは、翌日立つことができなかった。
**
いろいろあって、アーチャーが足腰立たなくなるまで愛を教え込まれた結果、気がつけば、アーチャーは二人と一緒に住むことになっていた。
本当に、あれよあれよという間に話が進んで、断れない状況になっていたというかなんというか、結局のところアーチャーも二人と二頭と一緒にいたいという気持ちが強かったわけだが。
「我に手間を掛けさせおて」
「……キャスターと知り合いだったそうで」
「まあ、昔馴染みの今は取引先だな」
アーチャーの配属先はまだ戻されておらず、今だギルガメッシュ直属のチームにいる。もう戻してもらっても問題ないので一応言ってはみたが、思った以上に使い勝手がよかったとのことで、そのままにされている。
そろそろ時間だ。今日はもう上がらせてもらいたいところだが、ギルガメッシュの仕事はまだまだある。
残業をさせられるかもしれないから、もしそうなったら二人には残業することを早めに伝えておかなければ面倒なことになる。
アーチャーが一応予定を確認しようとしたところに、社長室のドアが開いた。
入ってきたのはキャスターだ。アーチャーにまっすぐ向かってきて、驚くアーチャーをぎゅっと抱き締める。
「おう、ギルガメッシュ。もう時間だろ。今日はコイツの残業はなしだぜ」
「貴様、表舞台に出るのは嫌だったのではなかったか?」
「んー、まぁそうだが。コイツを手に入れるためには仕方ねぇな。コイツが欲しいんでね」
何を言い出したんだこの男、とアーチャーがキャスターを見ると、キャスターがアーチャーの頬にキスをしてからにっこりと笑みを向けてきた。
違う! 今、私はキャスターにキスをねだったわけでも笑顔を欲していたわけではない!
……いや、まあとてつもなくときめいたのは事実だが。
「何を考えているか知らんが、まあ、その男はなかなかに使えたのでな。置いておこうかと考えていたんだが」
「そうかい。残念だったな。まあ、その話はまた今度な。今日のところは連れ帰るぜ」
「ふん、好きにしろ。もう決めているのだろう」
「おう。じゃあ、帰るぞ、アーチャー」
「え? あ、ああ。それではおつかれさまでした。お先に失礼いたします」
呆然とするアーチャーから出てきたのは帰りの挨拶で、あまりに棒読みだったのでキャスターは笑い、ギルガメッシュは顔を顰めていた。
アルスター家……今やアーチャーの家に戻ると、白い二頭の犬がお出迎えしてくれて、アーチャーの表情が緩む。
「ただいま、いい子にしていたか?」
よしよしと頭を撫でていると、キャスターに手を引かれた。早く来い、ということだ。スーツのジャケットをハンガーに掛けてネクタイをはずし、ボタンを一つはずしたところで、キャスターがアーチャーの背中を押してきて、定位置のソファに座らされた。隣は当然キャスターが座っていて、ランサーがいれば反対隣にはランサーが座っている。三人で座るには狭かったので、ベッドと同様にソファも新調されていた。
足元には二頭の犬達が寝そべっていて、キャスターとアーチャーの足に寄り添ってきているのがかわいく、アーチャーはいつも心を和ませている。
本当になんてかわいい子達なのだろうか。
「なあ、アーチャー」
キャスターがアーチャーの手に自分の指を絡めてきた。
これは、何が始まるのだろうか。
「ピロートークもさせてくれねぇのは、ひどくねぇか?」
「ひどくない」
すっぱりとアーチャーは答えた。
できることならこの話はしたくないのだが、キャスターがこの話をしようと決めたのなら、それを避けるのはなかなかに難しい。
「ひどいだろ? お前さん、終わったらすぐにシャワー浴びに行ったり、もう聞きたくないって言って寝ちまおうとしたりするし、オレ達が何かしたか?」
ううっとアーチャーが小さく呻く。
「訳があんなら教えてくれよ。これでも、オレは結構傷ついているんだがな?」
悲しげな表情に、アーチャーの胸がズキリと痛む。
キャスターにこういう顔をされると、胸が痛くて何でもしてやりたくなるのでやめてもらいたい。
できれば言いたくない。
言いたくないのだが、言わないとキャスターに嫌な気持ちにさせたままなのだろう。
それは大変よろしくない。
「……き、君達は、その」
「うん?」
「言葉がたくみというか、バリエーションが富んでいて、その……ただでさえ、どうしていいかわからないのに、そんな語らいの時間を設けられたら、恥ずかしいし、うれしいし、訳がわからないというかだな」
どういえば伝わるのかと言葉を探しながら口にしていると、キャスターが真顔でアーチャーを見ていたのに気づく。
「キャスター……?」
「お前はほんっとに、なぁ! おい!」
「うわっ!」
ぎゅうぎゅう強く抱き締められて、アーチャーは慌てた。
「キャスター? 何だ? どうしたんだ?」
「どうしたんじゃねぇよ、かわいいこと言いやがって!」
「何がだ!」
「あー、くそ、かわいいな。ここで襲っていいか?」
きりっとした顔で言われて、思わず見惚れてしまい流されそうになったが、いけないと慌てて首を横に振る。
「ダ、ダメだ」
「いいだろう? な?」
「ダメだと言っているだろう!」
「ただいま!」
勢いよく部屋に入ってきたのはランサーだ。キャスターに襲われているアーチャーを見ると、むっとした顔をしてソファにやってきて、アーチャーを奪い取るようにして抱き上げて、アーチャーを腕の中に閉じ込める。
「キャスター、テメエ、会社まで来てアーチャー連れてくんじゃねぇよ!」
「ちょっとギルガメッシュに話があってな。たまにはオレがアーチャーと一緒に帰るのもいいだろうが。いつもお前ばっかり一緒に帰ってんだから」
「そりゃオレはアーチャーと同じ会社だからな。当然だろ」
「アーチャーを引き抜きしようと思ってるんだが」
二人のやりとりを黙って聞いていたアーチャーはぎょっとした。
キャスターの唐突な言葉にびっくりしたからだ。
今、そういう話の流れではなかった。
「ああ、そりゃいいんじゃねぇか。アーチャーはこっちで働きすぎだからな」
「だろう? 毎回毎回残業して、他の奴らの手伝いして、オレ達との時間減らされて気に入らないからな」
そんなことを思っていたのか。
ランサーもキャスターも、アーチャーが残業するのが気に入っていなかったらしい。
「同感だな。そうなりゃ、オレもそっちで働くか」
「まあ、お前に任せようと考えている仕事はいくつかあるが」
「いつにする」
「そうだな」
「待て待て待て待て待て! なぜそんな話が進んでいるんだ!」
黙っているとどこまでも話が進んでいきそうで、怖くてアーチャーは口を挟んだ。
「なぜって、お前といたいからだが」
「お前、なかなかオレ達と一緒にいてくれねぇからな。そりゃ考えるだろうが」
何を言っているのかわからないがこの二人、本気だ。
本気でアーチャーを引き抜きしようとしている。
「別に、お前さんはやりがいのある仕事なら何でもいいだろ?」
「ギルガメッシュにはキャスターがうまいこと言うから心配すんなって」
「オレかよ」
「アンタの方が適任だろ」
「まあ、そりゃそうか」
どうしよう。二人の中でもアーチャーが会社をやめることが決定しているのが怖い。
そして、もっとも怖いのは、アーチャーがそれでもいいかなと思っているのところだ。
「アーチャー?」
「どうしたんだ」
どうもこうもない。
こんなすばらしい二人と一緒にいて、この先、離れることになったらどうしたらいいんだ。
もう生きていけなくなるかもしれない。
どうしたらいい、どうしたら……!
……そうだ、とアーチャーは思いついた。
「今までありがとう。傷は浅い方がいいだろう?」
今のうちに別れるべきだ。
この二人がいつまでもアーチャーに構ってくれるとは思えない。
何しろ、アーチャーは二人のことが、とてもとても好きなのだ。
恥ずかしすぎて、抱かれている時にしか言ったことはないが。
「何の話だ。今ので何でそういう言葉が出てくるんだ?」
「理解できねぇな」
二人ともが耳を疑うというような顔をしている。
アーチャーとしては、至極簡単でわかりやすいことなので、どうして二人がそんな顔をするのかがわからなかった。
「まぁいい。訳のわからん思考に陥ったってんなら……おい、ランサー」
「ああ、まだ早い時間だが、仕方ねぇな」
キャスターとランサーの紅い瞳が濃くなり、どろりとした甘ったるい雰囲気とねっとりとした視線にアーチャーは唐突に喉の渇きを覚えた。
「まだわかってねぇらしいからな」
「今からわからせてやっから、覚悟しろ」
「ちょ、ま、待て! 二人とも! まだ帰ってきたばかりっ」
アーチャーの文句を言う口は、ランサーの口づけで黙らされた。
二人掛かりで強引に寝室へと連れ込まれそうになったので、アーチャーは必死になって叫んだ。
「今日は君達のために特製のローストビーフを作ったんだ! せめて、せめて食事をして、風呂に入って、落ち着いてからにしてもらえないだろうか!」
二人に抱かれることを回避することは不可能だと察したアーチャーの訴えに、キャスターとランサーは顔を見合わせて頷きあう。
「……それもそうだな」
「飯も食わないでいたら、途中でバテちまうかもしんねぇしな」
「腹ごしらえして」
「一緒に風呂に入って」
え、そんなことは言っていないが、とアーチャーは思ったが、アーチャーを置いて話は進む。
「それから今までしてない体位も試して」
「思いっきり愛してやるからな」
「それじゃしっかり体力つけるために、アーチャーのおいしい料理をたべさせてもらうか」
「楽しみだな!」
その言葉通りとても楽しそうな二人に、アーチャーはできれば手加減してもらいたいと思ったが、余計なことを言ってこれ以上大変なことになりたくはないので、黙ってその予定を受け入れることにした。
何しろアーチャーは素直に口にはできないが、二人のことがとても好きなのだ。
だから、きっと、たぶん、何をされても大体のことは大丈夫だろう。
そんなことを言うと何をされるかわからなので黙っているけれど。
ばれないようにしなければならないなと強く思いながら、アーチャーは大好きな二人のために、とりあえず先のことは考えずにおいしい料理を用意することにした。
Comments
- わんわんおSeptember 6, 2024
- October 25, 2023
- September 1, 2022