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【槍弓(広義)】 夏至の日の夜に/Novel by あたりめ

【槍弓(広義)】 夏至の日の夜に

7,446 character(s)14 mins

夏至なので小話を。尻切れとんぼです。自分でプレゼントをラッピングして、自分でプレゼントを楽しむケルトスタイル。誕生日(諸説あり)おめでとう兄貴!!なんかホラーみたいな終わり方になっちゃってごめんね・・・。御子御子しいクーフーリンズが書きたかっただけなの・・・。

☆ところで私の性癖というかヘッドキャノン(脳内設定)の話なんですけど、生前エミヤに孤児院を運営していて欲しいんですね。ちゃんと前置きもあって、もう脳内ではストーリーが完結してるんですが、まずエミヤが人身売買の組織を潰そうとするんですけど、商品の人間たちが閉じ込められている場所がどうしてもわからなくて、エミヤ自身が商品として潜入します。身分は、妻の治療費のために身を売った元大工。古代エジプトの奴隷みたいな格好させられて手錠をつけて大人しく項垂れるふりをするエミヤ。ステージの上で踊らされたり、モブおじさんに顎くいされたりするえっちなイベントを経て、ようやく地下の牢屋的な場所にたどり着きます。その後はわりとさくさくカッコよく、奴隷になってた人々を解放し、身寄りのない子は伝のある孤児院(ここにも毎月かなりの額を寄付している)へと預けます。しかしここで問題があって、この奴隷市には魔術師研究用の魔術回路を持った子供たちを売る魔術師向けのオークションもあった。この子達は普通の孤児院に預けてもまた狙われるし、特に貴重な能力を持っている子は最悪ホルマリン行き。仕方なくエミヤは空き教会を買い取って孤児院にします。以前助けた身寄りのない青年に普段は運営を任せていますが、エミヤ自身も仕事の合間にせっせとやって来てはパイだのクッキーだのを作ったりして人間不信の子供たちの心を溶かしていく。最初は6人くらいだったのが、こんなことが何度かあって最後は15人くらいになる。全員初恋のひとはエミヤママというトラウマ製造機(絞首刑)。えー、あとエミヤさんは資金作りが上手いという脳内設定あります。「正義の味方はお金がかかるんだよ。取れるところからは取らないとな。」みたいな。ええ、あかいあくまの薫陶です。要はエミヤに聖母みたいな微笑みで子どもたちの頭を撫でて欲しいし、子どもたちを救うことで自分がほんの一瞬でも救われて欲しいし、自分も知らぬ間に誰かの人生の中で彼にとってのキリツグになっていて欲しいし、そういう場所が生前のエミヤにもあったらいいなと言うことです。これをモブ子供視点でエミヤを最高に聖母か狂人みたいに描写したい。

丘に登るのであれば、良ければ花の種をお持ちください。ええ、皆様にお渡ししているのです。僕にできるのは、これくらいの事だけですから。
え、あのひとの話、ですか?
そうですね。あのひとのことを思い出すと、何故か青空の下で、真っ白なシーツを干しているところが思い浮かぶのです。僕が何かを話しかけると、あの人は振り向いて、ふっと一瞬、本当に幸せそうに笑いました。あの時のあのひとの笑顔が、頭蓋の裏に灼けついたように、僕にはどうにも忘れられないのです。こう言うと、彼がいつでも微笑む優しい人だったように聞こえるかも知れないけれど、彼は普段は仏頂面の、どちらかと言えば寡黙なひとでした。だからこそ、その時の笑顔が、僕の心の1番柔らかい場所で、今も健気な白い花のように輝きを放っているのかもしれません。ええ、優しいといえば、あんなに優しい人はいませんでした。けれども同時に、ひどい人でもありました。僕はその時幼くて、彼の死刑の場には立ち会っていません。年かさの孤児院の兄弟たちは、何人かあのひとの最期を見届けたと言います。公開処刑でした。兄さんたちが言うには、あのひとは全てを受け入れたような顔をして粛々と絞首台へと登り、最期には静かに微笑んだとのことです。しばらくは、孤児院の中は葬式のようでした。いいえ、それはまさしく、僕たちなりに喪に服していたのでした。僕たちの心の中で、あの人がいなくなった場所がぽっかり真空になっていて、でも僕らはけっしてその穴をそこらの美しいものや優しいものなんかで埋めてしまいたくはなかったので、皆してその真空を大事に抱えては蹲っていたのでした。そんな喪中を終わらせたのは、ある女性でした。処刑から一週間と少し、美しい女性がやって来て、あのひとの骸を渡してくださったのです。どうやって骸を手に入れたのかはわかりませんが、基礎だけでも魔術を学んだ僕には、彼女が魔女であることがわかりました。そしてその美しい人は僕たちに、その真空は後生大事に守るようなものではなく、むしろどんなに埋めようと足掻いても埋まらぬ、一生抱えていかねばならない疵なのだと告げました。そのことで、僕たちがどんなにほっとしたことでしょう。次の日、僕たちは集まって、裏の丘の頂上にあのひとのお墓を作りました。みんな無言で、穴を掘りました。ざくざくと年長のものが土を掘る間、僕は周りに白い花の種を植えました。棺の中に収まったあの人は、陳腐な言い方ですが、まるで眠っているかのようでした。その死に顔があんまり穏やかなので、棺の上に土を被せてやるのにも誰もシャベルを使いたがらず、ただ手ですくってみんなでそっと落としました。僕は、まだここに来たばかりの頃、悪夢にうなされる僕に、あの人がやさしく布団を被せてくれたことを思い出しました。みんなそんな調子でしたから、ようやく墓が出来た時には手は泥だらけで、夕焼けが空気を染める時刻になっていました。丘の上を照らす朱い光がひどく目に沁みて、僕はそこでようやく涙を流せたのでした。
戦争の終結から世間が少し落ち着いてくると、どこから聞きつけたのか、あのひとに救われたと言う人々が、ひっそりと、何も言わずに丘に登るようになりました。皆が皆、静かにうつむいて、まるで敬虔な信者のように祈りを捧げました。僕はその方々にも、白い花の種を差し上げました。数年もすると、丘は一面、白い花に覆われました。頂上の墓までは、人々が歩いて自然に踏み固まれた道が、一本まっすぐに伸びています。丘のてっぺんには、墓石も墓碑銘もなく、ただ一本の飾り気のない剣が刺さっています。誰がそう呼んだのか、いつからかそこは剣の丘と呼ばれるようになりました。みたいなね。以上、妄想を終わります。

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緑色というのはこんなにも輝かしい色だっただろうか、とエミヤは感嘆した。苔むした大地が、目に眩しいほど鮮やかに黄緑色に萌えている。雨上がりの森の中は、木漏れ日が複雑な模様を描いて明るく、葉の先に残った雫がキラキラと光っていた。

むせかえるほど、大気中のマナが濃い。

エミヤは一行の後ろの方を歩きながら、未だ慣れぬ濃厚な森の気に圧倒されて、今一度深く息を吸った。
今回のレイシフトは古代のアイルランド、クーフーリンを筆頭とするケルト勢の故郷である。神秘の途絶えた時代に生まれたエミヤにとって、この時代のマナは濃すぎるほどだった。

空気が、キラキラしている。

アイルランドの初夏の森は、実に美しかった。

苔むした大地に、ちらほらと白や紫の野花が揺れる。湿った土と木々の有機的な香り。さんざめく木漏れ日、絶えず奏でられる鳥の囀り。

キラキラ、キラキラ。
空気そのものが輝くような木漏れ日の中、何かが手招いてくようにチカチカと揺れる。
エミヤは綺麗な瞬きに惹かれて、緩く手を伸ばし、絨毯の様な苔の上を一歩踏み出した。

「おい、」
「、ぐ、っ」

突然猫の子を持ち上げるかの様に首の後ろの襟首を掴まれて、エミヤは息を詰まらせた。反射的に振り返って睨んだ先には、浅葱色のフードを被ったキャスターのクーフーリンがいた。

「何をする!」
「お前さんこそ、どこに行くつもりだ?」

ぱちくり、と瞬きすると、まぶしさに眩んでいた視界がいくらか晴れる。ぼんやりと進もうとしていたその先を見ると、大きな木のうろが暗い口を開けていた。うろは随分深い様で、底が見えない。

「あ、れ?」

ぱちぱちと瞬きするも、先ほどまでエミヤを導いていた眩しい何かはもういない。

「妖精どもめ、逃げ足の速さだけは流石だな。・・・それにしても、お前もお前だぞ、エミヤ。いくら対魔力が低いと言っても、英霊の身で妖精に誑かされるとは。」

呆れた様子のキャスターに、エミヤはグッと詰まった。羞恥に頬に熱が昇るのを感じる。どうやら妖精の類の幻惑にはまりかけていたらしい。

「す、すまない。手間をかけた。」

素直に過失を認めるエミヤに、キャスターはひらひらと手を振ってそれを退けた。

「礼を言われるほどのことじゃないさね。それに、誑かされたのは妖精どもの方かも知らん。」
「どういう意味だね?私は何もしていないが。」
「妖精どもは悪戯好きだが、良くも悪くも『現象』的なところがある。力関係にはことに敏感だ。本来なら、ずっと霊格の高い英霊相手に下手なちょっかいなぞ出さんはずだ。それがふらふら誘っちまうんだから、お前さんがよっぽど美味そうに見えたんだろうよ。」
「美味そうって・・・」

エミヤは何ということもなく、自身の身を見下ろした。赤い外套に包まれた面白みのない堅い体は、お世辞にも美味そうとは見えない。前を行く女性サーヴァント達の方がずっとその形容詞にふさわしいだろう。
エミヤがそう言うと、キャスターは呆れた顔で顔を振った。

「あの女どもなんか、妖精どもは恐れて近寄りもせんだろうよ。妖精は子どもが好きだ。完成されていない、透明な、濁りのない魂を好む。それで行くと、お前さんの硝子の心は如何にもアレらの好物だ。」

子ども扱いに怒るべきなのか、褒められたのか侮られたのかもよくわからず、エミヤは口を噤んだ。そんなエミヤをよそに、キャスターはふむと何やら考え込んでいる。

「そうだな、ここでの戦いもしばらく続くだろうし、ちょいと護りをやろう。」

クーフーリンの白く長い指が、エミヤの胸元に伸びて心臓の上をとん、と突いた。黒い礼装の上から、二本の指がルーンを切る。

導きのラド、守護のアルジズ、魔除けのエイワズ。
そして。

目の前で、蒼い絹糸のような髪がすらりと閃く。只人にはありえないその美しい色が近付いて、エミヤの胸元に寄った。瞳を閉じると長い蒼の睫毛が際立って、冴えた目元を華やかに縁どった。

エミヤの左胸の上、触れるか触れないかという近さでちゅ、とかすかな音がする。

「よし。これで妖精にからかわれる事もなかろうよ。だが気は抜くなよ。覚悟もなくふらふらと、得体の知れないものについて行くのは止すことだ。」
「・・・ありがとう?」

いまいち何が起こったのかわからず、ぱちくりと瞬きをするエミヤの表情は妙に幼い。
キャスターはエミヤを上から下まで見直して、左胸、心臓の上に刻まれた自分の魔術の出来に満足してにっこりと笑った。


***


「うげ、」

食堂に入るなり苦虫を噛み潰したような顔をしてこちらを見たランサーに、エミヤはくいと眉を上げた。
ランサーのクーフーリンとは腐れ縁で、確かにどうにも気が合わない相手ではあったが、ここカルデアに召喚されて一年ほど、今現在は共に戦う仲間でもある。腐れ縁だけあって気心が知れているというか、遠慮のいらない相手でもある。数多の英霊、それも別クラスやらオルタやらが溢れるこのカルデアでは、代わり映えのしない互いはいっそ気安い相手であったので、カルデア内では割とうまくやれていると思っていたのだが。

「ご挨拶をどうも、光の御子どの。君の礼儀の正しい事には実に感心するよ。」
「いやいや、お前・・・いやいやいや、何でだよ。」
「は?」
「それ、何がどうしてそうなった?」
「何がだ。主語と述語と目的語を明確にしたまえ。」

腕を組んで顔をしかめるアーチャーに、ランサーはがしがしと頭を掻いてあ゛ー、と煮え切らないような声を上げた。

「そのルーン、何処で得た?」
「ルーン?ああ、キャスターの君が先日のレイシフトの時にしてくれたな。私は対魔力が低いから、守護だと言っていた。何か問題でも?」
「問題っつかよ・・・」

ランサーはひくりと口元を引きつらせて、エミヤの胸元を再度検分した。

見るものが見れば、そこにはくっきりと守護のルーンが刻まれている。それはいい。
だがそのルーンが、男の心臓に刻まれた呪いの因果を鮮やかに際立たせていた。呪いの朱槍を穿った本人からの魔術なのだから、当たり前といえば当たり前だ。その上から更に、ダメ押しとばかりに与えられた半神の加護。

言ってみれば、今のエミヤは
「これはクーフーリンの獲物です。触んじゃねぇぞコラ」
とくっきりはっきり油性ペンででかでかと書かれているような状態なのであった。

「お前こそそれで問題ねぇのかよ?」
「問題?彼がルーンを掛けてくれてから、妖精たちに揶揄われることもなくなって、抗魔力を補ってくれるし、私としては有難いのみだが。」

そりゃそうだろう、そこらの精霊如きが、クーフーリンの獲物に手を出せるはずもない。

「・・・その、君の気に障ると言うのなら、キャスターに言って解いてもらってもいい。」
「止めておけ。」

キャスターのクーフーリンが自分の一面であることは心身ともに理解しているが、同時にランサーには彼の思考が読み切れない事があった。
キャスタークラスになって上がったという知能のためか、それともここカルデアでそれぞれが持つ、召喚時の記憶のためだろうか。
どういうわけか、今回の召喚では普通なら持つはずのない他の召喚時の記憶がはっきりと残っていた。そしてどうも、サーヴァント毎にその加減は違うらしい。ランサーには、キャスターとして冬木に召喚された記憶はない。だがキャスターの自分には、ランサーとしての召喚時の記憶もあるらしいのだった。

「別に気に障った訳じゃない。だが・・・」

ランサーは改めてエミヤの胸元のルーンを眺めた。表面は治せても、心臓に刻まれた因果を消しさることは、あの赤い魔女をしても出来ていなかったらしい。こうして見れば今まで気づかなかったのが不思議なほど、絡まった因果が男の心臓に凝っている。その因果を彩るように、刻まれた護りのルーン。

それはまるで束縛のようで。

ランサーはちっと舌打ちして、ゲイボルクを顕現させた。

「ランサー?」
「黙ってろ。」

ランサーはよくわからない苛立ちとともに、目の前の男を睥睨した。
いくら相手が別の側面の自分と言えども、よくもまあその心臓に男からの所有の印なぞ刻ませたものである。皮肉屋とリアリストの仮面をかぶって、お人好しの間抜けが当惑したようにこちらを見ていた。

だいたい、キャスターは槍を持たないのだから、この心臓を貰い受けたのはランサーの自分のはずである。それを勝手に別の男にーーいや、同一人物なのだが、とにかくランサーは獲物を横取りされたような気分がした。

古代の戦士は、自分のものを奪われることを特に嫌う。
クーフーリンも例に漏れず、もし奪われたのならば奪い返さねばならない、と思う。

だがそうは言っても、相手は自分である。その心臓に刻まれた呪いも加護もクーフーリンのものであり、上書きしたところで見事なルーンの調和を崩すだけだ。エミヤの対魔力の低さはランサーにしても思うところがあったので、せっかくの加護を台無しにするほどではない。

じゃあ、新しく描くか。

何処にしようと男の全身を眺めて、ランサーは弓籠手に狙いを定めた。数多の剣を生み出し、必中の弓を射、時に繊細な料理を作るその手は、加護を与えるのにちょうど良い部分に思われた。

決めたら即実行、エミヤの右手を取って、円形の籠手の上に器用にゲイボルクの先でルーンを刻む。そんなランサーに、エミヤは焦った声を上げた。

「ランサー、いったい何を、」
「だぁってろって。」

カリカリと物理的にも刻まれたルーンは、力のウルズ、勝利のテイワズ、そして獲得、あるいは所有のフェイフュー。

「うっし、うまく書けた。」
「君な、人の礼装に何を勝手に、」
「いいだろ別に、ありがたーいルーンだぞ。礼は今夜のツマミでいいぜ。」
「そんな事をしなくても、ツマミくらい言えば作るものを・・・」

ぶつぶつと不平を言いながら、きっと今夜の食事には凝ったツマミが付け足されるのだろう。
ランサーは弓兵の手許に刻まれた己のルーンをもう一度眺めて、満足げにニヤリと笑った。


***


いったい何だったんだ、と思いながら、エミヤはカルデアの白い廊下を歩いていた。
そっと右手を見ると、丸い弓籠手を彩るように、3つのルーン文字が刻まれている。
魔術師としてはついぞ三流以上にはなれなかったエミヤに、原初のルーンの深淵なぞわかるはずはない。だがルーン文字の教科書通りの基本の意味くらいは、エミヤも学んでいる。

「本当に、何だったんだ・・・」

無意識に右手で胸元を辿ると、ルーン同士が共鳴して、ふっとかすかに仄青く光った気がした。

守りと、戦いのルーン。

子ども扱いされているのか、戦士として認められているのか、よくわからない。だが施されたルーンはひどく優しくて、エミヤは戸惑ってしまう。

我知らず廊下で立ち尽くしていたエミヤの上に、ぬっと影が差した。

「・・・狂王?」

顔を上げると、クーフーリンオルタ、バーサーカーが無言で立っていた。
あのアメリカでの圧倒的な暴虐と対照的に、カルデアでの狂王は実におとなしいものだった。
暴れるでもなく、わがままを言うでもない。魔力消費を抑えるためなのか、基本的にあまり動かない。少しでも魔力を補えるだろうと食事は運んでいるし、用意されたものは何も言わず食べてくれるのだが、それだけだ。
反転したバーサーカーが一番物静かというのも、なかなかの皮肉だ。

「どうしたんだ、お腹が空いたのか?」

問うた言葉にも、応えはない。

無言のままエミヤを見下ろす狂王に、そういえばこのクーフーリンは少し背が高いなと思って、礼装の違いに行き当たる。異業の姿の足元は鉤爪のようになっていて、底はかなり高くなっている。

「狂お、」
「・・・そうかい。」

何に納得したのか、エミヤにはわからなかった。
わからないまま、クーフーリンオルタは自分の耳元からあの銀の耳飾りを外し、その手がぬっと近づいて・・・

「っつぅ!!」

ばちん。

左の耳元で弾けた痛みに、エミヤは驚いて声を上げた。痛さそのものより、驚きが大きい。思わず飛び退ろうとするエミヤの肩を、クーフーリンオルタが止める。

「血が出ている。」

自分がやったくせにと詰る間もないまま、狂王の顔が近づいた。鰐のような尖った歯列が、耳元に近づいて本能的にゾワリとする。戦士として培った反射が今すぐ跳びのこうとさせるが、肩から背に回ったクーフーリンの手は驚くほど力強く、びくともしない。

そうこうする内に、左の耳たぶを、れろりと何か温かいものが這った。

「ふぁっ!?」

あまりの事に間の抜けた声が出てしまう。今度こそ驚いて飛び退ったエミヤを尻目に、オルタは肉食獣めいた仕草で唇を舐めた。

「甘い。」

それだけ言うと、もう満足したと言わんばかりにスタスタと歩き去ってしまった。
エミヤは呆然と耳を押さえて、白い廊下に一人取り残された。その耳元には、嫌に見慣れた銀の耳飾りが垂れている。

「な、何が、ええ・・・?」

しばらく耳飾りをはずそうか悩んでいたが、そもそも取り外し方がよくわからない。鏡のある場所まで行こうと歩き出したところで、エミヤはハッと約束があったことを思い出した。そう言えば、今日は女性キャスターの会(男性陣は隠れて魔女会と呼んでいる)で、茶菓子を頼まれていたのだった。チェリータルトはもう焼いてあるし、クッキーもスコーンも出来上がっている。だが添えつけのクリームは出来立てを出そうと思ってまだだったのだ。

エミヤはキッチンへと急いだ。

***


「お待たせした。」

執事のごとくカートを押してきたエミヤに、女性たちが待ってましたとばかりに振り返った。カートの上には瀟洒なつくりのケーキスタンドとティーセットが並んでいる。ケーキスタンドの上に美しく並んだ自信作のケーキやクッキーが、甘い芳香を放っていた。ちなみにケーキスタンドは投影品である。カートはもともとカルデアにあったものだ。

素敵、と声を上げるナーサリーライムやアイリスフィール、配膳を手伝おうと立ち上がるエレナ・ブラヴァツキーの横で、エミヤを見たメディアと玉藻が「げっ」と声を上げた。

「・・・?私の顔に何か付いているか?」
「付いてるわよ!物理的にも魔術的にもしっかりくっきり犬のマーキングが。」
「うっわー、エミヤさんそんな看板ぶら下げてここまで歩いてたんですか?最近の若い子は大胆と言いますか、別に牽制されなくても手出ししませんけど。」
「何を・・・ああ、忘れていた。これか、狂王の戯れだよ。外し方がわからなくてね。」

別に引きちぎってもいいのだが、と呟くエミヤに、メディアと玉藻はドン引きした。あ、このこ全然わかってない。
ちなみに彼の言う引きちぎるというのは、自分の耳たぶのことである。

「あのね坊や・・・いいえ、やめておきます。犬に吠えられたくはないし、馬に蹴られるのも御免被りますからね。せいぜい仲良くなさいな。」
「まあ、エミヤさんの相手は強引なくらいが丁度いいんでしょうね。おめでとうございまーす、末長くお幸せに。でも三人いっぺんに相手するんです?やーん、玉藻同情しちゃいますぅ!」

反論しようかと思ったが、黄色い声を上げている玉藻の前に、エミヤは諦めて口を閉ざした。魔女達の前で、己の正論などはぬかに釘、風前の灯火。こういう時、女性には下手に逆らわない方がいい。女難Aは伊達ではない。エミヤは学習できる生き物なのである。

「よくわからないが、それでは私は下がらせて貰うよ。」
「ありがとうおじさま、このケーキ、とっても美味しいわ!」

ナーサリーの笑顔に慰められながら、エミヤはその場を辞した。


***


何とは無しに耳元の飾りを指でいじりながら廊下を歩いていると、ふっと視界が陰った。

「キャスター。」
「応、随分派手にやられたじゃねぇの。」
「あ、ああ。」

自然な仕草で右手を取られて、エミヤは思わず赤面してしまった。生娘でもあるまいに、と自らを戒めるエミヤには頓着もせず、キャスターのクーフーリンは弓籠手に刻まれたルーンを検分している。

「その、どうかしただろうか。耳飾りのことならば、後できちんと洗浄して返すつもりだから、」
「いんや、アレがお前に渡したんだろう。ならばそのまま貰っておけ。」
「いや、だが、私には分不相応なものだ。」
「分不相応ねぇ・・・」

否定も肯定もせず、キャスターはじっくりとエミヤを上から下まで眺めた。エミヤはつい、もじもじと居心地が悪くなってしまう。風紀の先生に見咎められた気分、と言ったらあまりにも子供っぽいだろうか。

「そういやぁ、今日が何の日か知ってるか?」
「今日?・・・ああ、そう言えば今日は夏至だったな。逸話によれば、君の誕生日だ。先ほど女性陣に差し入れた余りで悪いが、ケーキでも食べるかね?」
「それもいいが、ちょいとお前さんの時間をくれないか?」
「私の?それは構わないが、具体的にはなにをすれば・・・」
「まあまあ、とりあえずこっちに来いよ。」

エミヤは促されるまま、クーフーリンの部屋へと入っていった。
なかには、もう二対の赤い目玉が待っていた。
背後で、キャスターがにまりと赤の目を細める。

「だからオレは言っただろう。ふらふらと、得体の知れないものについて行くなと。」

背後で、扉がパタリと閉じた。

Comments

  • かきピー
    August 27, 2025
  • ふぁーる
    June 29, 2025
  • わんわんお
    January 1, 2025
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