Save Our Longing(後編)
あんただけでもなく、オレだけでもなく。二人で、あの憧れを守るのだ。
元・仮面ファイターランサー主演俳優クー・フーリンとカフェ店長(ランサーファン)エミヤのお話、Pixiv掲載分はこれにて完結です。
たくさんの方にご覧いただけた前作・軋む歯車亭に対し、本シリーズはたくさんの方にお言葉をお寄せいただけたシリーズとなりました。
コメント欄にコメントやスタンプをくださった方々、Twitterなどからメッセージを送ってくださった方々、本当にありがとうございました!
御陰様で何とかここまで参りました。お楽しみいただけましたら幸いです。
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彼の、意図不明の一言の後。寝室では話し難いということで、リビングへと移動した。
彼に見られてはならぬと思っていた『仮面ファイターランサー』ブルーレイBOXや特撮関連グッズだが、彼は視界に入ったそれに微笑んだだけで、特に言及しなかった。
拍子抜けと言うか、何と言うか。
「コーヒーでも飲むかね? インスタントだが」
最近は使っていなかった青いマグカップを軽く洗い、ソファーに座る彼に問う。
「お、おう。つーかあんた、家ではインスタントなんだな。てっきり、家でもキッチリ豆から挽いてるもんかと思ってた」
「基本的に来客を想定していないからな、ここは」
他愛ない質問に他愛ない返事をしたつもりだったのだが、彼は目を丸くした後私を凝視した。
「やっぱ嘘なんじゃねぇか、ここに男連れ込んでるなんて」
「……セックスの相手は客ではない、だろう」
苦しい言い訳をしながらコーヒーを渡して彼の隣に座ると、彼は一層眉を歪めた。
「だからってあんたの性格上、来客用のスリッパもカップもない訳がねぇだろう」
彼の指摘にバツの悪さを抱えながら、コーヒーを一口啜って誤魔化す。
「そんなことより、君の話だ。私を抱きたくないからと適当に言った与太話ならば、憐れむのは止めてさっさと出て行くが良い」
「与太なんかじゃねぇよ。オレは13年前からずっと、あんたを探してた」
「13年前?」
13年前というと私は高校生で、彼は小学生に相当する時分か。彼と会ったことがない所か、何の接点もない。
「あんた、本気で分かんねぇのか? まさかあの事故の後遺症で、脳の方にも影響が……」
「いや、特に脳については問題ないはずなのだが。それより、事故?」
先ほども彼に話した、私が高校生の頃に子供を助けようとしてしくじった、あの事故か。
「もしや、君はあの時の子供の関係者なのか? 君もあの子も青い髪に赤い眼だから、君の親戚か何かだろうかとは思っていたのだが」
「そこまで分かっててどうしてそうなるんだよ!」
再び、物凄い剣幕で彼が私に迫ってくる。いや、剣幕と言うよりもこれは泣きそうな顔なのだろうか? しかし、彼が泣きそうになる必要なんてどこにもないはずだ。
「だから! あの時あんたが助けた子供はオレだよ! オレなんだよ……」
彼の喉から絞り出すように出てきた言葉に、耳を疑う。
「そんな……。あの時の子供は、女の子では……」
「中学までは背ぇ低くてよく女に間違われたが、正真正銘オレだよ」
彼は傍らに置いたダウンジャケットから財布を引っ張り出し、その中から色鮮やかな紙を取り出した。「ほら」と渡されたのは、一枚の写真だ。柔らかそうな輪郭の線。後ろに流した滑らかな青い長髪。こちらを見詰めるつぶらな赤い眼。やっぱり美少女ではないか、と思ったが、彼が嘘を吐く謂われもなかろう。彼の言う通り、あの時の子供で間違いはなさそうだし。
「ひとまず、納得しておくことにしよう。それで? 偶然入った店の店主が、かつて君を事故から庇った男だった……などあまりに出来すぎだろう、今時どこの三文芝居だ? そんな脚本、君とて真っ平だろう」
「偶然じゃねぇよ。この店に来る前から知ってたからな。あんたがオレを助けた人だってことも、あんたがあの事故の後凄腕の料理人になったってことも。あんたがオレ……っつうか、『仮面ファイターランサー』のファンだってこともな」
「……は?」
彼の返事に、上手く頭が働かない。彼は今何と言った?
「私が、ランサーのファンだと、知っていた……?」
「ああ、あんたにはそっちの方がショックなのか」
私が呆然として呟くと、彼は呆れた様子で頬を掻いた。
そんな、じゃあ彼が来店するようになってから思い悩んでいたのは全て無駄だったのか?
いやそもそも彼は何故私のことを知っていたのだ、誰から? どうやって?
目が回りそうになる私に、彼はコーヒーを一口喉へ流し入れてから、そっと声を出す。
「順を追って話をする。聞いてくれるか?」
戸惑いながらもこくりと頷くと、彼は薄く笑みを浮かべた。
順を追って、っつうとまずはあの事故の日の話からか。今日みたいに寒い、冬の日だったな。オレはまだこの国に来たばっかりで、あの日あの街に居たのは親の都合だった。道の真ん中で、犬が足引き摺って難儀してんのを見ちまってな。ヒョイと抱えて逃げるつもりだったんだが、思ったよりも犬が重くって。もたついてる間にトラックが来ちまって、あんたに助けられた。
ガキだったオレがこのときのことを一から十まできっちり覚えてたって訳じゃねぇ。覚えてたのは、オレを抱えたあんたの腕がガッシリしてたことや、あんたの身体からだらだらと血が流れ出てたことや、あんたが眉をへにゃりと曲げて、「君みたいに可愛い子が、そんな顔をしてると、困るよ」なんぞと抜かしやがったことくらいだった。
オレは何度もあんたの見舞いに行こうとしたけれど、あんたはそれを了承しなかった。それどころか、オレの親に「絶対に自分の素性については教えないで欲しい」って頼んだそうだな。「自分のことは気にせず、いっそこんなことは忘れて健やかに育って欲しい」って。馬鹿言ってんじゃねぇよ。御陰でオレはあんたがどこの誰かも、あの後一体どうなったのかも、どうやったら償えるのかも分からないままに生きる羽目になった。
オレが持ってる手がかりは、目に焼き付いたあんたの顔と、あの時あの場に居合わせた小さな嬢ちゃん達が呼びかけ続けてた『アーチャー』って言葉ぐらいのもんでよ。しばらくはずっとその事だけ考えてたが。オレは馬鹿だからよ、毎日の楽しさやら腹立たしさやら忙しさに流されて、ガキだったオレはあんたへの償いをどっかに埋もれさせちまった。
掘り起こしたのは、高校生の頃だ。何の拍子にか親がポロッと零しちまったんだ。「お前を助けてくれた男の子も、ちょうど今のお前くらいの歳だったな」って。
頭をガツンと殴られたような気がした。その時までは何となく、あんたが何歳だったとか考えたこともなかったんだな。今のオレと同い年、って聞いてすげぇショックだった。将来の夢とか、やりたいこととかあっただろうに、そんなもんを一切合切投げ出して見ず知らずのガキの為にトラックの前に飛び出しちまうなんて。正直、ゾッとした。
そんな顔すんなよ。あんたの行動が偽善だとか不快だとか、そういう意味じゃねぇ。オレが生きている今は、あんたの犠牲の上に成り立ってる。そう思うと、怖かったんだよ。
その後、親戚のスカサハと話して、昔放送してた『仮面ファイターナイト』に『アーチャー』って名の二号ファイターがいたことを知った。あんたとの関係は分からないし、そもそも本当に『アーチャー』があんたのことを指してるのかも分からなかったけどな。
ともかく、まずは『仮面ファイター』を目指すことにした。ファイターなら、あんたの方から気付いてくれるんじゃねぇかと思ったんだ。その結果、あんたがオレに謝罪を求めに来たり、金の無心に来たりしても、それが償いになるなら構わねぇと思ってたよ。
あんたがそんなクズだったら、そもそもこんなことにはなってなかっただろうにな。
目立つ容姿なのは自分でも分かってるから、高校2年の夏、モデルから仕事を始めた。つっても、顔だけで渡っていける世界じゃないことは分かってたから、やれることは何でもやった。
あ、言っとくが枕は絶対にしてねぇからな! オレが嫌だしそもそも社長が許さねぇ。
動機は不純だったかも知れねぇが、『仮面ファイターランサー』って作品に関われたことはオレの誇りだ。自分一人だけじゃなくチームで仕事に当たることをオレに叩き込んでくれた。俳優としてやってけるだけの力を付けられたのは『ランサー』の御陰だ。
だから、あんたが『ランサー』のファンだって知ったときは嬉しかったよ。
えっ、なんで泣きそうになってんだよあんた!
感動した? それなら良いけど、泣きそうになるのそこなのかよ……。
うるせぇ、こっちもいろいろあんだよ!
結局『ランサー』を演じてる間も、『ランサー』が終わってからも、あんたからの連絡はなかった。いい加減大人になったんだからあの人が何処に居るんだか教えろって親に詰め寄っても、家移りしたみたいだから自分達にも分からないとか抜かしやがった。
連絡してなかった、だぁ? オレはてっきり、オヤジが知ってるのに隠してるもんかと……。
いや、そうだよな。あんたの中であの時のことは、とっくに過去になってたんだもんな。
それから後も、テレビに出て映画に出てCMに出て、とにかく仕事をしまくった。何でも良いからあんたの目に止まるように。
それで、今年の夏。あんた見てたかな、オレとネロ・クラウディウスが出てた秋のドラマ。 あれの撮影は夏にやってたんだが、その現場でネロ・クラウディウスが雑誌を読んでた。
確か「これに載っているのはかつて我がグループで働いておった料理人でな。実に良い腕だったのだ。手放すなど、惜しいことをした」とか言ってたか。インペリウムローマグループの役員しながらアイドル兼女優やってるなんざ、あの娘も変わり者というか傑物というか。
ああ。それに載ってたのはあんたと、この店だ。夏のランチ特集だったかな。あんたの顔写真と店の『SOL』っつう名前を見た瞬間、今までにねぇほど頭が混乱した。
あんた、今は前髪上げてるけど、あの事故の頃は髪下ろしてたから結構印象違うもんな。でも、ちょっと困ってるような笑顔を見て、あの時オレを助けてくれた人だって確信した。
店の名前はもしかしたら『ランサー』に登場した『Support Of Lancer』から取ったんじゃねぇか、ってすぐに考えた。その時点じゃ何の確証もなかったけどな。
慌てて、ネロ・クラウディウスからあんたのことをいろいろ聞いた。本人は隠したがっているようだが、度し難いほどのお人好し。辞めるくらいならいっそ一族専属の料理人になって欲しいとまで乞うたが断られて独立してしまった。あの、扱い辛く味に煩いが舌は確かで金払いの良い、ギルガメッシュが気に入っていた……とかな。
だから、ギルガメッシュに繋ぎを取った。あいつが特撮好きなのは有名だし、仕事で何度か顔を合わせたことがあったからな。毎度犬と呼ばれるのは腹立つが。
あんたのことを知ってるか確認しようとしたんだが。あいつ、何て言ったと思う? 「公式関係者以外で、この世で最も『ランサー』を愛しているのはあの男だ」って断言したんだよ。
滅茶苦茶嬉しかった。けど同時に、不安にもなった。オレがあの時自分が助けた子供だって分かってるだろうに、どうして何も言って来ないんだろう、とな。
会いに行っても謝罪の余地なんざねぇんじゃねぇかって、何度も思った。
でも、せめてあんたが今どうしてるのかだけでも知りたくて、あの暑い夏の日、店へ行った。
あんたがオレをあの時の子供だと認識してんのか、それとも認識してるのに知らん振りしてんのか分からなくて、随分ヤキモキしたもんだ。
あんたは気付かなかっただろうが、あの時ガチガチに緊張してたんだぜ? 滅茶苦茶汗かいてたし、パカパカ水飲んでたろ。夏で助かった、と心底思った。
あんたはぶっきらぼうにしてたが、ホントはお人好しなのも、隠したいようだがオレのファンなのも、見てりゃあ分かったよ。マメに気遣ってくれるとことか、顔は無愛想なのにちゃんと返事してくれるとことか、たまにオレのことジッと見てるときの視線とか。
それからトマトな。実はオレ、別にトマト苦手でも何でもねぇんだよ。嫌いな食べ物は一切ねぇ。テレビ用に一回だけ、苦手なもんとして挙げたけどな。
そんなもんまで把握してる奴、オレのファンに決まってるだろうさ。あんた、自覚なかったのかも知れんが、トマト入ってないサラダのときは一度もマヨネーズの件言わなかったろ? まぁあの食い方が好きだから嬉しかったが。
何でそこでそんなに顔赤くしてんだよ!? あんたの恥ずかしいポイント分かんねぇよ!
それから食べたカレーソースのオムライスな、もう滅茶苦茶に美味かった! あんたの飯はどれも美味いけど、あのオムライスはとびっきりだったよ。オレが食べてるの見て、あんたが嬉しそうにしてるとオレも嬉しかったし。あ、でも食べてるときのリアクションに演技は一切なかったからな。そこは勘違いすんなよ。
食べ終わって、勘定する前に。あんたにちゃんと、あの時オレを助けてくれてありがとうって。あんたが生かしてくれた御陰で、今オレはこうして俳優としてやって行けてるって。あんたが好きな『ランサー』になったんだって。言わなきゃならなかったのに。
ビビったんだよ、情けねぇ。あんたにそう言える日をずっと望んでたのに。どんな苦境に立たされても、どんな奴の前でも、足が竦んだことなんかなかったのに。
今更謝罪なんぞに来ても遅い、とか。お前のような男がランサーを演じていただなんて幻滅した、とか。あんたに詰られるんじゃねぇかと思うと、何も言えなかった。
……ああ、そうだよな。あんたがそんなこと言うはずなかったのに。
チップを置いてったのは、別にあれで謝罪を済ませようと思った訳じゃない。あんたに受け取ってもらえそうなもんを渡しただけだ。
それから一ヶ月、あんたのことばっかり考えてた。もう二度と行かない方が良いんじゃないかとか、行くにしたってどう接する気だ、とかな。でも結局あんたの顔が見たくなって、あんたの飯が食いたくなった。だから、オフの日にはなるべく店へ行くようにした。
言っとくけど、あんたの店だからってだけで通ってたんじゃねぇからな。あんたの飯が滅茶苦茶美味いからってのも、心底からの要因だ。……大事だろ、他でもないあんたにとっては。
通ってる間にあんたの様子を見てると、オレがあの時の子供だってさっぱり気付かずに、俳優としてのオレだけを知ってるんだってのが分かって、複雑だったがな。
あんたに惚れたんだって気付いたのは、10月頃のことだったか。
「待て」
ここまで彼の話に何度も仰天し、顔を赤くし、涙ぐみそうになってきたが、こればかりは流石に聞き逃せない。何を言っているのだ君は。
「惚れた、とは?」
「オレが、あんたに、惚れたんだよ」
彼は一言一句切りながら、幼子に言い聞かせるように口にする。
「は……?」
「やっぱり気付いてなかったか。そういうとこどうにも疎いよな」
溜息を吐いて、コーヒーを一口流し込む。何処か、寂しい笑みを浮かべながら。
「そういう人だって知ってる癖に、あんたに……っつうか、あんたに嫌われることにビビってた所為で、今日までハッキリ伝えなかったオレも悪いんだが。……あんたが好きだよ」
先ほどもそう言っていたが、あれはあくまでベッドの中で相手を弄するための甘言の類で。
「リップサービスだったのでは……?」
「冗談じゃねぇぞテメェ!」
一転して彼は声を荒げたが、ごほんと咳払いをしてから私へ向き直った。
「オレが飯食ってると、普段のぶっきらぼうな面が嬉しそうに緩むとことか。オレがクー・フーリンだって気付いてるのに、ゆっくり過ごせるように気を張ってくれてたとことか。手持ち無沙汰なときは腕組みしてるもんだから、隠れちまう働き者の手とか。全部好きだ」
そこで言葉を切り、彼は私の顔から視線を逸らした。
「それから、その……胸の前で腕組みするとおっぱい寄るのが滅茶苦茶エロくて、我慢しきれなくてあんたで抜いた日は、我ながら頭カチ割りたくなった」
「おっ……。 せ、せめて、胸筋と言ってくれ……」
昔、私を抱いた誰かに下卑た声で「お前のおっぱいエロ過ぎ」と言われた覚えはあるが、彼に言われると破壊力が違う。恥ずかしすぎる。
「あんた、そこが問題なのかよ? こっちは命の恩人にそんなこと考えちまった罪悪感で結構ヘコんだのによ」
むすりと唇を尖らせて、彼が私へ視線を戻す。
「だが、ヘコんでてもしょうがねぇ。そうと分かりゃあ、せめてあんたと距離を縮めようとモーション掛けたし、あんたが自分から実は『ランサー』好きなんだって言いやすいようにしたつもりだったんだが。あんた、思ったよりも鈍くて頑固だったな」
「う、うむ……」
図星である。ぎこちない返事をした私に、彼は薄く笑んで話を続ける。
「これじゃあ埒が明かねぇってんで、俳優だっつうことを明かす為に、あの夜トレーニングについての話をした。そこからまさか特別メニューの話になるとは思ってなかったが、体を鍛えなきゃならんってのは本当だったし、あんたの方からああ言ってもらえて、すげぇ嬉しかった。あんた人が良いから、他の奴にでもこうするんだろうな、って複雑だったけどな」
誰にでも、ではない。君だからだ。凛には「その気もないのに肩入れするのは止しなさい」と言われ続けてきた。けれど、『その気』はあったのだ、自覚したのはつい先ほどのことだったが。私は自分でも気付かぬ内に、彼に対して思慕の情を寄せていたのだ。
もしかしたら、再会と知らずに出会った、あの暑い夏の日からずっと。
「一ヶ月前の夜は、しばらく顔も見れねぇから、一目でも会えたらと思って行ったんだけどよ。ちょうどあんたが『Song Of Loud』を歌ってるとこを見ちまって。あんた歌詞見ずに歌ってただろ? オレでももう危ういかも知れねぇのに。凄い嬉しかったよ。でも、あんたが好きなのは『ランサー』であって、オレ個人には興味なんざねぇんだろうな、と改めて突きつけられたような気になって、ちと辛かった」
彼は眉根を寄せて、ハハ、と力ない笑い声を漏らした。辛い心を、他にどうしようもないから笑い声として零した、そんな有様だった。
まさか、私がクー・フーリンへの想いとランサーへの想いに向き合い、迷いが晴れたすぐ後に、嘘がバレたのではと動転していたあの混乱の夜に、君がそのように思い、辛さを抱えていたとは。予想だにしていなかった。
「宙ぶらりんにせず、あんたにちゃんとあの事故の事もオレの心も告白して『ランサー』じゃなくてオレを見て欲しいって言おうと思ったのが今晩だった。勢い付けるために酒飲んできてな。けど、『Café SOL』でその話をしてこっぴどくフラれたら流石に堪えるだろうと思って、別の場所がいいっつったんだが。……まさか、ああなるとは」
「軽蔑、しただろう」
彼はきっと長い年月を掛けて、かつて自分を助けた男を理想化していただけだ。正義の味方に憧れるような心地で、私の幻に理想を重ねていたのだ。
ようやく見つけ出した私に幻を重ね、それを恋だと勘違いしたに過ぎないのだろう。
それならば、その男があのような真似をする淫売だと知れば、当然軽蔑するはずだ。
けれど彼は、鮮やかな赤い眼で、迷いなく私を見詰める。
「するかよ、軽蔑なんか。そりゃあ当然ショックだがよ。どうせあんたのことだから、抱かせてくれって頼んできた野郎にホイホイ身体投げ出してきたんだろ。流石に予想が付くぜ。寧ろ、惚れたの何だの言いながら、あんたの部屋に二人っきりって状況や、部屋いっぱいに充満してるあんたの匂いや、あんたのエロい顔や声やキスに、簡単にグラついたオレのことを軽蔑しても良いんだぜ?」
苦笑しながらも彼の眼は少し色を帯びていて、彼の中から先ほどの欲が抜けきっていないことを微かに感じさせた。
「……さっきの続きを、するかね?」
「しねぇよ。今まであんたにロクでもねぇ真似してきた奴らと一緒にすんじゃねぇ」
それは、多少無理をした言葉だったのだろう。先ほどボクサーパンツ越しに触れた彼自身は、確かに兆していたのだから。隣に座る彼の股間につい目が行ってしまい、慌てて逸らした。
「そ、その……せめて、口で……」
「だから! しねぇっつってんだろ!」
躊躇いがちな私の言葉に、凄い剣幕で返してくる。彼が固辞するのならば仕方ない。私は彼とならば、良かったのだけれど。寧ろ、そうして欲しかったのだけれど。
だが、求められてもいないのに此方から乞うのはみっともなかろう。
「……承知した。では寝室を整えて来るから待っていてくれ」
まだ何も始めてはいなかったが、先ほどのままの部屋に泊まるのは不快だろう。
立ち上がろうとすると「待て待て」という声と共に、服の裾を摘ままれた。
「まだ大事なことがあるだろ」
「大事なこと?」
先ほどから一大事の洪水に飲まれたような気分なので、何なのか全く考えつかないのだが。
思案顔のまま固まる私に、彼は固い声でこう言った。
「ケジメだよ」
思わず身を引こうとした私の手を、彼が素早く掬い取る。咄嗟に彼を見ると、彼の真剣な眼に射貫かれた。
「あの事故のときは、オレが軽率だった所為であんたに怪我をさせてすまなかった。オレの個人的な感情の所為で、謝るのが遅くなったことも。今更詫びて済む話じゃないが、今からでもオレにできることがあれば言ってくれ」
「そんな……君が謝る必要はないし、君に望むこともない。あれはもう昔の話だし、私は君を助けたことを後悔したことなど一度もない。改めて、君を助けられてよかったと思っている」
私があの時助けた子供が、巡り巡って人々に勇気を与える『仮面ファイターランサー』になったのだから。こんなに嬉しいことはない。
「……あんた、本気で言ってるな」
だが、私の言葉で元気付ける処か、彼はより一層沈んでしまった。どうすれば良いのだろう。
「そういう人だから、好きなんだけどよ」
「ヒエッ」
彼がポツリと呟いた言葉は、この距離なのだから当然聞こえるに決まっている。
口から情けない言葉が飛び出たが、彼は笑ったりせずに私の眼を見据えた。
「二度三度と言わず、あんたの口から返事を聞くまで何度だって言う。あんたが好きだ。命の恩人だとか男同士だとか、そういう問題は置いといてあんたって人間に惚れたし、正直欲情もしてる。でも、セックスするならあんたの心も伴ってねぇと嫌だ」
言葉を切った彼は少し迷ったようだったけれど、強く私の手を握った。
「聞かせてくれ。あんたはオレのこと、どう思ってんだ?」
私も君のことが好きだ、と軽率に言ってしまって良いのだろうか。
私は一介の料理人で、それだけならまだしも後ろ暗い過去のある男だ。対して、彼は理想のヒーロー『仮面ファイターランサー』を演じた人で、今をときめく人気俳優なのだ。万が一でも男と好き合っているなどと世に知られれば、大問題になるだろう。それでも。
「……少し、待ってくれるか」
「おう!」
躊躇いがちな私の返事に、彼は思いの外晴れやかな声を上げた。どうしてかと問う気持ちが顔に出ていたのだろう、彼は明るく微笑んでこう言った。
「即座に断られねぇってことは、希望はあるってことだろ」
彼の言う通りだ。こうも容易く見抜かれてしまうとは。
拒否すべきなのだろう。今までの私ならばそうしていたはずだ。
けれどそうできなかった時点で、私の返事は決まったようなものだ。
後は私の覚悟が決まるのが先か、彼が焦れて抱くのが先か、という所だろう。
この後彼は「あんな大見得切った癖に、我慢できなくなっちまったら格好悪いだろうが」と言って、私が「君の身体に何かあったらどうする、ベッドで寝てくれ」とどれだけ言っても動かず、結局私はベッド、彼はリビングのソファーで一晩を明かした。
翌朝は、二人で朝食を食べた。ベーコンとチーズを入れたオムレツ、家にあった野菜を適当に入れたサラダとコンソメスープ、そして買い置きをしてあった『ヴィクトリア』の食パンと昨日も飲んだインスタントコーヒー。自分一人のときよりはマシだが、彼に出すにしては簡素過ぎる、という程度の朝食だったが、私に指示されて彼が盛り付けたサラダ、というだけで何となく愉快だったし、彼も美味いと言って食べてくれた。
その後、午前中は二人で録画してある『仮面ファイターセイバー』を見た。彼がセイバーの戦闘シーンで「やるじゃねぇか。女と侮っちゃいられねぇな」と零したのを見て、まるでランサー本人が言いそうな台詞だな、と一人で勝手に楽しんでいた。彼と彼女が共演することがあれば良いのに、と想像しただけで涙腺が緩んでしまい、彼に心配された。
それから彼の提案で定休日だが店へ行くことにした。部屋を出るとき、もう隠す必要もあるまいと仮面ファイターランサーのアクリルキーホルダーが付いた鍵を堂々と出すと、彼は少し照れ臭そうにしながら「これ、オレも持ってる。……ありがとな」と言って笑った。
昼食は『ヴィクトリア』でパンを買い込み、『Café SOL』で外から見えないようにカーテンというカーテンを閉め、「凛すまない後で今日の光熱費その他諸々の経費を私の財布から出しておくので勘弁して欲しい……」と心の中だけで唱え、カラオケをした。
彼が『Soldier』を歌ってくれたので私は子供のようにはしゃいでしまい、彼は少し複雑そうな表情をしていた。返礼になるか分からないが、彼に乞われて私が『Song Of Loud』を歌うと、彼は「ガラス越しに見てたときから思ってたんだけどよ。あんたの歌い方色っぽいな」とよく分からないことを言っていた。何故勇ましくカッコいいランサーの挿入歌と、色っぽさが結びつくのだろうか。
そして帰り際、彼は少し迷ったようだったが、私の唇に小さく口付けてから、囁いた。
「じゃあな。また来るぜ、エミヤ」
初めて彼が来店したとき、私は彼のこの言葉を信じることができなかった。
だが、今ならば笑顔でこう言える。
「ああ。いつでもお待ちしているよ、クー・フーリン」
自分自身ライダーものが好きなのでとても楽しんで読ませていただきました!素敵なお話をありがとうございます!