走る走る走る。少しでも遠くへ。
駆ける駆ける駆ける。少しでも人のいない方へ。
逃げる逃げる逃げる。少しでも人を巻き込まない方へ。
きっとすれ違う人たちには見えていないのだ。ぼくを追ってくるケモノの姿が。
見えているならみんなパニックになって逃げ回っているはずだ。
だって二本足で走る狼なんてこの世界にいる訳がない。居ていいはずがない!
捕まってしまったらあの狼はぼくなんて簡単に食べてしまうだろう。ぼくを食べたら次は他の人を襲うかもしれない。……そんなことさせてたまるか!
けれどぼくは戦うことができない。それならせめて逃げなくちゃ、逃げなくちゃ!でもどうやって?どこへ?いつまで?
家へ帰ったら父さんが何とかしてくれる?そんな訳があるか!あんな魔物をどうにかできるはずがない!
家に帰ったりなんかしたら、父さんと弟たちを巻き込んでしまう。それはダメだ!母さんに頼まれたんだ、「お父さんは寂しがり屋だから、ちゃんと支えてあげてね」って!「二人ともまだ小さいから守ってあげてね、お兄ちゃん」って!
それに――もうすぐ産まれる妹が、母さんのお腹の中で父さんとぼくたちに会える日を待ってるんだ。
……でも、妹が産まれてきたら、ぼくは必要なんだろうか?
怒りんぼうの弟も泣き虫の弟もぼくがいるから甘えているだけで、妹が産まれたらちゃんと『お兄ちゃん』になるんじゃないだろうか?父さんも母さんも、妹が産まれたらぼくのことなんていらなくなってしまうんじゃないだろうか?
――じゃあぼくは、ここで狼に食べられてしまっても構わないんじゃないだろうか?
ぐるぐると考え続けていた頭が止まるのに合わせて、必死に動かしていた足も止まってしまった。止まった足を見つめても、もう動かせる気がしない。
「追いかけっこは終わりか?坊主」
掛けられた声に思わず顔を上げると、少し先にある街灯の下に狼が立っていた。ぼくは必死に逃げてきたせいで息がしづらいほどなのに、狼は疲れた様子なんて一つもない。
「お!やっぱ、ちゃんと見えて聞こえてんだな」
面白いのがいたもんだ、と狼が楽しそうな声で喋る。
狼の口が三日月のような形に変わって……あれは、笑っているのか。
何が面白いのだろう、何が楽しいのだろう。
「なんかイイ匂いもするしな。細くてちっこくて食い出はなさそうだが……。まぁ口直しには上等か」
背中にゾッと寒気が走って、思わず一歩下がる。けれど次のときには、息が掛かるほど近くに狼が立っていた。
全身を包んでいるたっぷりとした毛は青く。その目は炎よりも赤く輝いて――うつくしい。
「じゃあな、坊主。怨むなら己の不運を怨みな」
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- そーJune 3, 2018