「さようなら、ランサー」
「ああ。またな、アーチャー」
朝焼けを背負って光の中に溶けていくアーチャーはとてもきれいだった。薄く笑っていたその笑顔は珍しく毒気がなかった。だけど終幕の清々しさとは掛け離れた、寂しそうな笑い方だった。ああ、こいつはおれがついてなきゃダメだなあ、とか。相変わらず素直じゃねえなあ、とか。そう思わせても仕方ない顔をしていた。本人はきっと否定するだろう。自分の本心をさらけ出すのが大嫌いなあいつは、嫌みったらしく長々と反論するのだ。本当にめんどくさい奴。そんな奴を好いてるおれも物好きだ。
しみじみ思い出しながら右足を踏み出したら長剣にぶつかった。抜き身のそれは切れ味抜群だ。痛ぇ。すっぱり切れた太腿から血が流れる。だけど体中傷だらけだったから混ざりに混ざってどれが太腿の血なのか。颯爽と迎えに行く算段だったが、随分と格好悪い姿になってしまっていた。
そして左足を一歩踏み出す。蹴飛ばした短剣を踏み砕いた。がりがりと足の裏を削る。五月蠅い。
右、左。自慢の槍を杖代わりにする程度にはこの殺風景な世界を歩き続けている。ひたすら足を踏み出すだけのルーティン。最初こそ圧巻だった風景もそろそろ飽きた。
地平線まで埋め尽くす剣はどれも見事で贋物と感じないけれど、持ち主のないそれらは死んでいるみたいだと思う。まるで剣の墓場だ。空も大地も単色で華やかさに欠ける。
退屈でつまらない所にいるもんだ、というのが正直な感想だ。だって剣だけ眺めてすごすなんて、ほら、色気の欠片もないじゃん。
誰もいない。唄うように囀る鳥たちもいない。空を美しく舞う蝶もいない。鮮やかに世界を染める花もない。万物を照らす太陽もない。草の香りも澄んだ空気すらも存在しない。
「…やっぱりお前、おれがいねェと、ダメだな」
ざりり。
砂が擦れる音と一緒に、赤い外套の裾を踏んづけていた。ああ悪いと謝って足を退けたが、アーチャーは堅い地面の上に身を委ねているため無言だ。崩れ落ちるように傍らに膝を着く。眠るアーチャーの顔は死体のような生気のなさで、無性に気に食わなかった。
「おら起きやがれ摩耗野郎。散々苦労してやってきたってのに、寝こけてんじゃねーよ。目ェ開けろ、なあ、」
アーチャー、アーチャーと。頬を遠慮無く叩く。
すると案外あっけなく、アーチャーは目を開けた。ぼんやり、無表情。おぼろげな曇天の瞳はおれにゆっくり焦点を合わせた。どうもまだ頭が起きていないようだ。
「おれはそんなつまらん顔を見るために来たんじゃねぇぞ。起きろ」
「…、きみ、は……」
「君、じゃねぇ。おれは誰だ?」
「…ラ、ンサー。クー…フーリン、」
「おう、ちゃんと分かってんじゃねえか」
アーチャーの左手がゆらりと宙を彷徨って、おれの腕に触れた。ぬるりと血で滑る。今度はがしりと掴んだ。アーチャーは上半身をぐっと起こした。しゃがみこんだおれの正面。真っ直ぐ見つめ合って、ようやく夢から覚めたような切なげな顔をした。
「ランサー、」
アーチャーの震える唇が刻む。なんだ、アーチャー。返事をした。どうして。アーチャーは呟く。そうして伸びてきた手を拒まず受け止めた。髪、頬、首、胸。点々と形を確認するように掌を押し付けてまた一度、アーチャーはおれを呼ぶ。ランサー。だからおれも、いっとうやさしくアーチャーと呼んだ。
「約束、守りにきた」
「やくそく…?」
「消える前、おれ、またなって言ったろ」
会いに来た。会いたかった。
笑って告げた。アーチャーは信じられないといった驚きの表情の後、このたわけ、と呆れた。呆れてやっと、笑ってくれた。
「本当にたわけだ。そんなに怪我してまで、」
「愛の力ってやつだ。凄ェだろ」
「ただの馬鹿だろう…」
「馬鹿は馬鹿でもアーチャー馬鹿だ」
「……本物の馬鹿だな」
「ああ」
「馬鹿で、阿呆で、たわけだ」
「でも惚れてんだろ、馬鹿なおれに」
「そうだよ!心底惚れているとも!」
怒鳴るように言い返してアーチャーは、大胆にもおれの胸に飛び込んだ。少々傷に響いたがこれも愛の勲章だ。しっかり抱き留めて腕を回した。存在を確かめ合う。腕の中にはいとしいいとしい、こいびとがいるのだと。
アーチャーははらはらと泣いていた。きれいな涙につられて、おれも一粒泣いてしまった。不覚。どこまでも格好悪いが、おれも相当堪えていたのが事実である。
まあ、もうさよならを言われなくて済むと思えば、かっこ悪さなど何のそのだ。