393
271
2020/06/04(木) 11:07:29 ID: JuRKzFAXH3
某動画のせいで
馬謖の頭が悪かったという汚名は晴らされたけど
代わりに
ビッグなプロジェクトを立ち上げるが
実戦経験乏しいのに周囲の意見を聞かず強行
…失敗するのはある意味仕方ないが
そして最期までやり切ることなく逃亡
という近年よく見る名門大学生達による『やらかし』
妙に生々しい悪事という新たなレッテルが生まれてしまったw
いつだったかの
木製ジャングルジム発火事故とかそういうのに近い気がする
272 ななしのよっしん
2020/06/04(木) 11:21:50 ID: u1+kc7CDsD
むしろ下手に賢いからこんな事態に陥ってしまったっていうのはある
山頂の上に陣取るって事自体は兵法の理に適ってる訳だし
ドラマ「軍師連盟」では兵站切られてホント悲惨なことになってたなあ…
273 ななしのよっしん
2020/06/11(木) 20:47:19 ID: 7rdxWYNwJt
ドサ回りができない典型的な「ダメなエリート」扱いされるのは仕方ない
文字が読めなかった(異民族出身説もある)王平が敗残兵しっかり率いて
諸葛亮のもとまで帰還しているのがそれに拍車をかける。
あの動画では馬謖が布陣した南山には城がある前提で解説してたけど
他の人のブログだと「そもそも南山に城がなかったのでは?」とか言われてたな。
敵が想定外のスピードで大軍を率いてやってきて、防衛陣地整えるのを放棄し、
頼みの兵法をアテにして山に登ったはいいが、名将張郃に持久戦を取られ、
天運のなさに自暴自棄になって現場放棄というのは妙に説得感がある。
襄陽記だと馬謖は自分のことを「鯀」に例えてるのも妙に説得力がある
(黄河の治水に天運のせいで失敗して殺された人。転じて自身にも天運がなかったと言いたげ)
274 ななしのよっしん
2020/06/12(金) 20:06:21 ID: CMiL/Lmxv0
>>269
趙雲の失敗である「不戒の失」が
・部下を戒める(制御する)ことができずに失敗した
・戒め(警戒)ができずに失敗した
のどちらなのかはわからんが、馬謖のしでかした「違命の闕」とは質が違うからね。
趙雲のは単にミス、つまり(言ってみれば)実力不足だったというだけだが、馬謖の場合はどちらかというと背任行為に近くなってしまう。
とはいえ、前線指揮官が後方の命令に反した程度で下される罪としては、明らかに馬謖のそれも重すぎるので、やっぱり(敵前?)逃亡罪の方がメインだったか、命令違反だと相当すさまじいもの、作戦レベルでの違反をしでかしたのかもしれない。
275 ななしのよっしん
2020/06/23(火) 09:47:30 ID: 7rdxWYNwJt
命令違反だと敵側である魏の方が多いよね。
言ってしまえば鄧艾の剣閣迂回なんて命令違反の最たるものだし
(むしろ命令を遵守した諸葛緒が鍾会に軍権奪われてる)
王基は司馬師や司馬昭の命令に度々背いたけどむしろ判断の正確さを絶賛されてる。
となるとやっぱり逃亡くらいしかないような・・・・
276 ななしのよっしん
2020/06/29(月) 12:02:04 ID: keF68D/OD5
>>275
孔明は劉備時代に蒋琬(蒋エン)が仕事サボって酩酊してたのを庇ってたり、法正の私情による処断を見逃したりしてるから、単に馬謖が作戦ミスで敗北しただけなら趙雲等と処罰が同じになりそう。
にもかかわらず処刑ってなると敵前逃亡なのかなぁ?
277 ななしのよっしん
2020/06/30(火) 22:27:42 ID: DbGrWjkxEU
>>268
趙雲は率いていた軍が曹真の軍より弱小とわざわざ史書に書かれてたあたり、負ける事前提の囮のように思えるんだけどな
じゃあ、何故降格したかというと蜀軍全体で大将が諸葛亮で副将みたいな立場が趙雲だったから軍全体の敗戦の責任を負ったという考察を見た事がある
278 ななしのよっしん
2020/07/01(水) 19:33:13 ID: CMiL/Lmxv0
もしそうだったとしたら、蜀志趙雲伝にせよ趙雲別伝にせよ、それを書かない理由がないじゃない。
「趙雲は陽動作戦に成功したが後退した」とか「趙雲は予定通りに敗北した」とか「趙雲は作戦に成功したが、自ら責任を認め降格を受け入れた」とかさ。
しかし実際には趙雲伝では「劣勢になったが撤退して、大敗だけは防いだ。戦後は降格された」とのみ書かれているし、裴注でも別にフォローはない。
さらに諸葛亮からは「失態(不戒の失)があった」「人選ミスだった」とはっきり断言され、馬謖と並べられている。
戦局へ悪影響を与えたという点では游楚に撃退された涼州方面軍の将も彼らに劣らないが、そちらは特に触れられていないにも関わらずね。
三国志演義とかゲームとかの描写から「趙雲が失態なんかするわけがない」というイメージに引きずられるのはわかるけども、少なくとも史書を普通に読む限りでは「趙雲も馬謖と同様になんかやらかして、任務を全うすることができなかった(諸葛亮の期待に応えられなかった)」と取るのが自然だと思うよ。
279 ななしのよっしん
2020/07/02(木) 21:24:10 ID: keF68D/OD5
>>278
第五次北伐で使用されてるけど、趙雲が使った斜谷道ってグーグル先生で見ると、現在のは道路が架かってる部分があるけど、当時じゃ川に沿って進軍して川幅が広くて通れないところは山道行かなきゃいけない感じだけど結構な悪路じゃない?後年に曹真が子午の役で本隊の道に使おうとしたら、華歆・陳羣が大反対してるし。
割と孔明無茶振りしてない?
280 ななしのよっしん
2020/07/05(日) 22:32:17 ID: CMiL/Lmxv0
まあ割としてるね。
蜀志によれば趙雲隊は陽動を目的とした部隊なので、
①敵をうまく引き付ける
②離脱されないように、また逆に壊滅させられないように接触を保ちつつも交戦は抑える
③その状況をなるべく長く続ける
④絶対に壊滅・敗走だけはしない
ことを同時にやらねばならない。
ただ斜谷道は山道っていうかほぼ桟道で、行軍も戦闘も難しいが、逆に遅滞行動はやりやすい。
諸葛亮も多分その辺を考慮したうえで、趙雲なら成功すると計算してたのではないかと思う。
281 ななしのよっしん
2020/07/12(日) 01:44:36 ID: DbGrWjkxEU
蜀書に軍が弱いと書かれてるんだし普通に負ける事は想定してたと思うんだけどな
ただ思ったより負けて退却するのが早かったのが諸葛亮の計算外であったのかもしれない
(まあ実際はどれぐらいの期間、粘らないといけなかったのかは分からないけど)
282 ななしのよっしん
2020/07/26(日) 09:56:43 ID: keF68D/OD5
>>281
負けを想定していたなら当然損害を減らすのを前提にしているだろうけど、諸葛亮は「何で損害少なかったの?」的な発言をしている。
また上記の発言に対して鄧芝が「退路の後方を遮断したから」とあるから、兵が弱いから普通に負けて作戦続行不能で退却したんじゃないかな(伏兵があったわけでもないし、当時の蜀に負けを許容出来たか疑問)。
斜谷道の悪路を考えると長期在陣は出来ないだろうから、魏軍本隊の足止めもしくは祁山・街亭方面の魏軍への圧力が目的だったと推測。
283 ななしのよっしん
2020/07/26(日) 14:00:12 ID: CMiL/Lmxv0
>>281
普通「囮だから負けてもいい」なんてことはない。陽動部隊の任務は「敵を分散させ、またその状態を継続させる」ことであり、当然「負けない」こともまた任務に含まれる。
戦力的に不十分だったら不十分だったでそれなりの戦い方をして「負けずに囮を続ける」ことが陽動部隊には求められる。
・斜谷道のほとんど出口に近い箕谷まで進出している
・陽動部隊のはずなのに、桟道ではなく開けたところで会戦を行い敗戦している
・諸葛亮の「不戒の失(部下を制御できなかったor警戒を怠った)があった」発言
などを整合すると、おそらく趙雲は
「陽動部隊として敵の拘束を維持すべきところ、敵に看破されたためにうまく運ばず、接触を維持するために(主に配下指揮官達が)積極的になりすぎた結果進出しすぎ、勢いあまって会戦に突入、陽動部隊ゆえ戦力的にも不十分で、そのまま敗戦」
という流れだったとするのが最も無理がないと思う。
284 ななしのよっしん
2020/08/04(火) 19:14:25 ID: zQSR1BcPpG
魏延、呉懿などが重要な役割になってなく馬謖に回ってるのは諸将が諸葛亮の消極的に映る作戦に反対だったんじゃないかな
魏延はその中で一番強く反対しただけで
実際趙雲も別働隊担える人物には見えないし
魏延や呉懿を使うのは不満があり作戦に従わないのは勿論、積極策を取られて作戦に支障をきたすと考えたのかも
魏延たちからすれば張郃、曹真さらには皇帝出てきて今更積極策取れないと思ってるだろうけど
憶測混じってるけどこう考えると陳寿の臨機応変な軍略は得意ではないと言う評価も彼の個人的な評価じゃなく歴史的な評価になると思う
285 ななしのよっしん
2020/08/06(木) 00:06:06 ID: DbGrWjkxEU
趙雲は益州攻めの時、郡県を平定(華陽国志だと二郡を攻略)
魏延は益州攻めで功績を上げるが具体的な事は分かってない
当時の戦績だけ比較すれば普通に趙雲が一番別動隊率いるのに相応しい人間に見える
286 ななしのよっしん
2020/08/09(日) 03:05:07 ID: zQSR1BcPpG
でも適任だったなら諸葛亮の責任じゃなくそれは誰でも失敗しただろうで落ち着くはず。だけど諸葛亮は事実上自分のミスとしている。ならば馬謖同様諸葛亮の意向が強く働いたとみるべきじゃないかな
少なくとも馬謖と趙雲が大きなミスをしてそれが事前に予測または不安視されていたのはほぼ間違えないと思う。
全部丞相の責任なら李厳の失態だって責任取らなきゃならなくなると思うしね
287 ななしのよっしん
2020/08/09(日) 17:17:23 ID: DbGrWjkxEU
趙雲の場合、馬謖と違って事前に誰かが不安視したり反対意見を言ったりとかしてないぞ
馬謖もそうだから趙雲の場合もそうに違いないと考えるのは短絡的じゃないだろうか?
288 ななしのよっしん
2020/08/19(水) 07:16:22 ID: CMiL/Lmxv0
当時の蜀漢においては実績・経験共に趙雲は最高クラスの将帥の1人であり、別動隊の指揮官としては全く相応しかったと思う。
実際趙雲は任務に失敗したとは言え、普通なら警戒不足にせよ配下の暴走にせよ「武運が悪かった」で済まされるような戦場ではありがちな失敗だし、撤退の手際も見事なもの。
それが馬謖と並んで諸葛亮から槍玉に挙げられたのは、それだけ趙雲の失敗による影響が大きかったからなのだろうが、それも別に趙雲のせいとは言い難い。
単にありがちな失敗が戦局全体へ悪影響を与えてしまった原因は、陽動として斜谷道ルートを進んだことそれ自体のせいであり、責任が重いのはむしろ作戦を決定した諸葛亮の方だろう。
また馬謖が史書に云う通り「常に諸葛亮から軍事について相談されていた」参謀役で、この作戦案にも関わっていたとしたら、そりゃ諸葛亮から無理してかばう気をなくすほど失望されてしまうのも止む無しだわ。
289 ななしのよっしん
2020/08/27(木) 13:50:05 ID: l2bruVJqLj
べつに槍玉に上げてる訳じゃなくて、降格を申し出るときに「私はこんなにダメな奴なんです」という話の流れだけどね
もともとどっちの「失敗」も諸葛亮が諸葛亮自身の失敗として挙げた話
290 ななしのよっしん
2020/08/28(金) 20:13:31 ID: CMiL/Lmxv0
槍玉に挙げたという言い方はやや誤解を招いたかもしれんが、諸葛亮の上奏を全訳すると
「私は非才の身で軍を率いましたが失敗し、街亭では命令違反が、箕谷では警戒不足(or配下の制御失敗)が起きました。
これは全て私の人事が不適格だったためです。私は人物眼がなく、人望もありませんでした。
古法によればこの場合の責任は総大将の私にあります。私を3階級降格させて、罰としてください。」
というもので、挙げた2つの失敗自体は現地指揮官(つまり馬謖と趙雲)のそれだよ。
諸葛亮自身はそれを認めたうえで「私の人選が間違っていたせいです」と言ってるのであって、彼らの失敗と責任を認めつつも、しかしその罪は彼らを選んだ総責任者である私に帰せられるべきです、と言ってるわけね。
291 ななしのよっしん
2020/12/04(金) 19:11:38 ID: JUMEByFqYH
292 ななしのよっしん
2020/12/13(日) 11:23:35 ID: l2bruVJqLj
弱小国家が強大国家に勝利できる契機というのは何度もあるものではなく、蜀に与えられた唯一無二のチャンスが第一次北伐だった
とは言え馬謖がやらかした時点ですでに奇襲のフェイズは終わり、お手頃ボーナスポイント君こと夏侯楙ももういないので、既にこの時点で大勝利は厳しいタイミングだったと言える
絶対的な兵力に劣っているからこそ奇襲性重視の拙速上等スピード勝負が必要だったが、それにしては諸葛亮の動き自体が鈍かった
293 ななしのよっしん
2020/12/26(土) 22:20:05 ID: oY7foO9eqU
実は街亭の戦いと同年代の秋に東方面で石亭の戦いが起きてるんだよな
もしこいつがやらかさずにしぶとく夏以降も蜀軍が駐屯していれば魏は呉蜀と挟撃を食らうことになり
現実的な確率で北伐が成功していた可能性が高い、本当戦犯だなこいつ
294 ななしのよっしん
2020/12/26(土) 22:46:16 ID: kxb6G4vyQs
趙雲って撤退の見事さで、諸葛亮に褒められたんじゃなかったけ?
295 ななしのよっしん
2021/01/07(木) 20:23:27 ID: CMiL/Lmxv0
>>293
それは流石に馬謖に責任を押し付けすぎというか楽観視が過ぎる。
馬謖が敗退した当時の蜀軍は
・趙雲隊は斜谷道を敗走
・涼州方面隊は游楚に撃退されて攻略進まず
・漢中から桟道を越えて出てきているので補給が常に不安
・寝返ったばかりで信用ならない地域に駐屯せざるを得ない
・趙雲隊の敗走で郿と漢中をつなぐ斜谷道が手薄に
・郿に無傷の曹真軍が依然駐屯中
・皇帝曹叡が親衛軍を率いて親征の準備中
と好材料が何一つないってぐらいにうまくいってない状況であり、馬謖がなんとか耐えたところでとても何か月も粘れるような状況ではなかった。
さらに言えば魏は防衛なら二方面作戦が常時行える態勢を敷いているの(敷かざるを得ない)で、呉側が勝利したからと言って蜀側の防衛がそれほど手薄になるとも限らない。
296 ななしのよっしん
2021/01/08(金) 03:45:50 ID: YkqnJAJcd1
「漫画・ゲームの馬謖」のとこ、最後の文章の日本語おかしくない?
297 ななしのよっしん
2021/02/22(月) 07:54:54 ID: l2bruVJqLj
そもそも二正面作戦を敵に強いるってのは、自国だけで強いないと意味が無いからねぇ
>>293の例なら絶対に北伐成功はしないと言い切れる
なぜなら当時の曹叡のメンタリティとして対蜀戦線がヤバければそっちに注力した可能性は高く、その隙に孫権が満寵や司馬懿の守りを抜いて魏国内になだれ込んだとして蜀に得なことは何も無いから
そりゃあ魏は滅ぼせそうだけどね、て話にしかならない
298 ななしのよっしん
2021/02/22(月) 08:44:50 ID: nk2O9mjZoK
二正面作戦を自国だけで強いないと意味がないという謎理論を掲げる新キャラが登場?
299 ななしのよっしん
2021/04/09(金) 21:59:46 ID: 0FdPjSnXwk
真・三國無双がさ、もちろんゲームだからプレイヤーが蜀軍側について戦って勝つっていうこともできるわけだけどさ、
その中でも真・三國無双4の街亭の戦いの蜀軍シナリオで、プレイヤーと姜維が死ぬほど頑張った上でなんとか山の麓の敵軍を追い返すと、馬謖がものすごいドヤ声で「私の作戦通りだ!」的なことを言ってさすがの姜維も絶句してたのが忘れられない。
300 イノセント
2021/08/24(火) 20:21:37 ID: Z4faORQLki
馬謖は無罪です。馬謖はまだ将として一人前になりきっていなかっただけです。
罪は諸葛亮にあります。
馬謖は戦の経験が少なく実戦で勝てるレベルではありませんでした。
なのに要所である街亭を経験の少ない馬謖に任せるなど言語道断。
それに敵はあのベテラン武将張郃。
まだ戦を知らない雛鳥が鷹に生贄に捧げられるようなものです。
それに馬謖の布陣は間違っていたとは言えません。
山上に布陣するのは孫子にも載っている事で間違いではありません。
地理的に山上に布陣するのは間違っていたかもしれませんが、戦の経験値が少ない雛鳥の布陣にしては素晴らしい布陣であり、称賛をしても批判すべきではありません。
もう一度言いますが街亭の戦犯は諸葛亮であり馬謖ではないと思われます。
ほめた!
ほめるを取消しました。
ほめるに失敗しました。
ほめるの取消しに失敗しました。