311石碑問題 ~謝罪文と収益の話~
謝罪文が出た『らしい』。
らしい、と書いたのは——直接読んでいないからだ。
理由は最後に書く。
再三言うが、私は東日本大震災の被災者だ。
茨城で家が壊れ、2週間ライフラインが止まり、友人を失った。
詳細はブログに書いた。割愛。
とにかく。その私が、あの投稿に怒った理由はシンプルだ。
黙祷の時刻に、軽いトーンで「石碑」を語った。
その言葉が誰の胸を抉るか、一切想像せずに。
それだけじゃない。
怒りの本質は、悲しみが消費されたことへの怒りだ。
あの投稿が炎上した。
炎上によってインプレッションが爆発した。
インプレッションが収益になった。
(※ コミュニティノートがついたポストは収益対象外だそうです。無知で済まねえ!)
とにもかくにも、一定の承認欲求が満たされてから謝罪文が出たことに変わりない。
私たちの悲しみが、誰かの収益の燃料になった。
それがこの件の本質だと思っている。
謝罪文の構造も、人に読んでもらって把握した。
- 意図の説明が長い
- 「想像できていませんでした」→ 責任を想像力の限界に転嫁 。本当に想像できてないならネットやめたほうがいい。
- 「率直に反省しています」→ 何を反省しているかは書かない
- 「言うことは簡単です」→ 誠実さの演出
- 「申し訳なかった」→ 最後に一文だけ添え物として
謝罪が最後の一文。意図の説明が謝罪より長い。
これは謝罪文の形をした自己弁護文だ。
もしそうじゃないなら、本物の馬鹿だ。
世の自称弱者男性の方々が、銀河の果てまで裸足で逃げ出すレベルの馬鹿だ。
そして目的達成後にこれが出てきた。
怒りが二重になった。
もう一つ、断言はしない。
ただ、こう見える構造がある。それは……
噛み付く相手を選んでいるように見える。
今回の件で批判した人間は大勢いた。
その中で、反撃された人間と、されなかった人間がいる。
私は噛み付かれなかった。
なぜかは分からない。
ただ事実としてそうだった。
(ついでなので1インプも稼がせたくないのでブロックした)
影響力がある相手、反撃されうる相手には触れない。
自分より立場が弱いと判断した相手には踏み込む。
ペリカンのクールさを見習えよ、あいつら自分より図体デカい相手も飲み込めると思い込んで果敢に挑むんだぜ?
スベったから今のは無しだ。
とにかく炎上を広げてインプレッションを稼ぎながら、自分の立ち位置を把握して動いている——そう読める行動パターンがある。
これが意図的かどうかは分からない。
でも構造として、そう見える。
そしてその構造が本当に存在するなら、これは単なる「想像力の欠如」ではない。
もっと邪悪なものだ。
深海なら注目集めてナンボは正解だ。エサもオスも寄ってくる。
だが残念だがここはネットの海、それは色んな意味で浅い海。
水圧差で承認欲求だけが膨れ上がっちゃ無様よ。
そして、プラットフォームの構造の話もしなければならない。
炎上すればするほどインプレッションが増える。
批判も怒りも引用も、全部収益になる。
「炎上して謝罪する」というサイクルが収益モデルとして機能する構造が、このプラットフォームにはある。
そしてそのサイクルを回しているのは、怒ってRTして引用している私たち全員だ。
被災者の悲しみを燃料にした炎上に、さらに燃料を足すのか。
こいつの息の根を止める方法は、1インプレッションも与えないことだ。
リプもRTも引用も、画像スクショも全部燃料になる。
怒りをぶつけたい気持ちはわかる。私にもある。
でもそれが一番相手の得になる。
ミュートかブロック。それだけでいい。
あぁ、そうだ。最後に、なぜ読んでいないかを書く。
1インプレッションも与えたくないからだ。
ページを開けばインプレッションになる。
スクショを見ればRTが増える。
引用すれば拡散になる。
そしてインプの収益と、自己承認欲求で脳がアヘってるに違いない。
炎上ポストとかいう汚いオホ声上げながらオナってる奴なんざ、公害でしかない。
野球部のエナメルバッグの中でベッコベコに潰れたクリームパンみてえな顔してイくことに協力なんざしたくない。
だから私は開かなかった。
偶々人伝に聞いて、構造だけ教えてもらった。
私たちの悲しみをこれ以上燃料にさせない。
それが、私にできる唯一の誠実さだと思っている。
Want to publish your own Article?
Upgrade to Premium