約束を、わざと破った。
正確にはちゃんと約束していたわけではないから、破ったことにはならないのだろうが。
お互いレイシフトの予定もその他諸々雑用の予定もない、要は非番の日。数日前に「じゃあその日は前日の夜から久しぶりにのんびり過ごそうぜ、お前の部屋に行くわ」と告げて、向こうも了承した。で、その翌日に別件で盛大に喧嘩して、仲直りとやらをしないまま本日その非番の日を迎えたわけだ。
おそらくはあいつの部屋に行くことが仲直りのきっかけになるのだろう。そんなことはわかっている。だが今回ばかりはそう簡単に折れてやるわけにはいかない。
レイシフトから帰ってきたあいつがオレ以外の魔力を纏っていた。理由を問えばかなりの難敵だったらしく負傷したあいつが仲間からの血液による魔力供給を受け入れた、とのことだ。
それだけならば別に責めはしない。それほどの事態だったのだろうし、ここで召喚されたサーヴァントたちは仲間なのだから助け合いも必要だ。もちろん腹は立つが、変に操を立てたあげくに消滅してマスターたちに戦力面での迷惑をかけることは許されない。
怒っているのはそこではない。まぁオレも言い過ぎた気はする。今でこそ「必要な魔力供給だった」なんて冷静なことを言えるが、オレ以外の男の魔力を纏うあいつを見て頭に血が上ったことは認めよう。ただしそれも瞬間的なものだったのだが、あいつが百倍くらいの小言を返してきた挙げ句に「私が誰とどんな魔力供給をしようが貴様には関係ない、必要なら誰とだってする」なんてほざきやがったのだ。結果、現在冷戦中。
キッチンを覗いてみたが、あいつの姿はなかった。喧嘩をしたのだからここでストレス解消でもしているのかと思ったのだが、今夜は夕食当番でもなかったのだし居なくてもまぁおかしいことではない。残念なようなほっとしたような、人の気配のない静かなキッチンをしばらく眺めてからため息をついて、観念して部屋へと戻るべくそこを後にする。
あいつは部屋に居るだろうか。待っているだろうか。
そんなことを考えながら自室へと向かっていれば、部屋の前に誰かが立っているのが見えた。慌てて禁止されている霊体化をして気配を消して、様子を伺う。
そこに居たのはアーチャーだ。ドアの前に立ち尽くして、ノックをしようとして迷っている。上げた右手が何にも触れることなく下げられ、また持ち上げて。泣きそうな顔で何度もそれを繰り返している。左手には酒のつまみらしき皿が載った盆がある。ラップがかけられていて、さっきまでオレはキッチンにいたから今作ったわけではないのだろう。もっと前から、準備していたのだ。
結局アーチャーは自分の部屋の方へと戻っていった。別にしょげかえっていたわけではないが、その背中は「とぼとぼ」なんていう音が似合いそうな雰囲気で、他の連中の前では絶対に見せないであろう弱った姿だ。
「あれ、エミヤ?」
「……マスター、まだ起きていたのか?」
途端にしゃんと背筋を伸ばしたアーチャーに、たまたま通りかかったらしいマスターが笑いかける。
「ちょっとムキムキメンバーと居たら筋トレが終わらなくてさ……」
「あぁ……」
ぐったりした様子のマスターは、どうやら筋肉自慢のサーヴァントから鍛えられていたらしい。今日は戦闘のレイシフトはしていないはずなのに疲れきっている。
「疲れているなら何かあたたかい飲み物でも?」
「んー、実はちょっと小腹すいた……」
「この時間の食事は感心しないが、まぁ君はまだ成長期だし、トレーニングのあとなら腹が減るのも仕方ないだろうな」
なんやかんやでマスターに甘いアーチャーは、くすりと笑って盆を両手に持ちかえた。
「良ければこれ、を……………………」
「え、それ食べていいの?……エミヤ?」
一瞬目を輝かせたマスターだが、何故か固まっているアーチャーの様子に気づいて首をかしげた。アーチャーは盆の上の皿を見つめたまま、無言になって動かない。
「エミヤ?」
「……すまないマスター、これは……約束、しているから」
「あ、そうなんだ!全然いいよ大丈夫」
「すまない、かわりに何か別のものを用意するとしよう。キッチンに行こうか」
「やったー!エミヤの夜食!!」
ご機嫌なマスターと共に、アーチャーは盆を持ったままで二人でキッチンへと向かっていった。
「……」
霊体化を解いて、ずるずるとその場にしゃがみこむ。泣きそうな顔をしてノックひとつも出来なかったあの男は、大事そうに抱えたあの盆を、オレのために作ったあの料理を、きっと誰にも渡さずに戻ってくるだろう。
「あ~~ちくしょう」
部屋の前で待ち伏せようか、それとも今度はオレが、ノックをしようか。マスターには悪いが今すぐキッチンに迎えに行くのも悪くない。
どちらにしろ、顔の熱が引くまでもう少しだけ深呼吸を。
(了)