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「TPO」による整理の限界と、過激化のインキュベーターについて ──玉兎氏の「運用の整理」への応答──

VRChatという仮想空間において現在進行形で生じている「冷笑」や「吊し上げ」、そして特定のアバターに対する「雑なラベル貼り」。これらの現象を共同体の構造的な腐敗、あるいはエコーチェンバーによる過激化への心理的パイプラインとして分析した拙論に対し、日本バーチャルリアリティ学会認定の有識者である玉兎氏から『VRChatの「冷笑」を、文化の腐敗として読む前に』という応答をいただいた。

玉兎氏の主張を要約すれば、「これらの問題はVRChat固有の深い病理ではなく、どこにでもある一般現象に過ぎない」「価値観のズレ(痛いノリ)と実害(ハラスメント)は分けて考えるべきだ」「問題の重心は偏見テンプレの流通と公開性の設計(TPO)にあり、内輪と公開面を分ける『運用の整理』で対処できる」というものである。

これは一見すると、非常に冷静で実務的なアプローチに思える。しかし、過激化の力学と、現在このコミュニティの深層で実際に起きている事象を直視したとき、玉兎氏の提案する「整理」が、意図せずして加害の構造を温存し、実害の発生を加速させるリスクを孕んでいるのではないかという懸念が生じる。本稿では、界隈で実際に起きている実害のケースと、コミュニティの病状を客観的に捉えた複数のnoteの記録を交えながら、なぜ「運用の整理」だけでは根本的な解決に至らないのかを論じてみたい。

1. 「価値観のズレ」と「実害」は分断できない:繋がったパイプライン

玉兎氏は、「外から見て痛いノリや内輪の悪ふざけ(価値観のズレ)」と「粘着や晒し(実害)」の間に境界線を引き、前者を過度に問題視することを避けようとしている。しかし、実際の過激化プロセスにおいて、この二つは断絶した別個の事象ではなく、一本の連続した「パイプライン」として機能している点に留意しなければならない。

ここで、筆者の知人から寄せられた、イタリアの学校で実際に起きたVRChatを巡る深刻な事例を提示する。 あるイタリアの学校では、VRChatの使用が全面的に禁止される事態となった。その背景には、Aさんという一人の女子生徒の事例がある。彼女はVRChat内の特定のグループに属していたが、そこで「身内ノリ」として、裸の画像やクレジットカードの番号を教えるよう要求された。彼女がその強要を拒否すると、グループのリーダーやその身内たちは「ノリが悪い」と彼女を非難し、恐喝やいじめをエスカレートさせていった。精神的に追い詰められたAさんは、いじめが収まることを願ってグループのDiscordに画像を送ってしまった。結果としてその画像は様々なSNSに晒され、彼女は現在、精神科に1年半もの間入院を余儀なくされている。

また、別の日本人の少女もVRChatで同様の経験をし、不登校に陥ってしまったという。さらに、あるユーザーは「インターネットだから何をしてもいい」と語り、VRChatという空間を背景にして政治的な過激発言や差別、犯罪の強要を行っていた。アバターを通じた差別も散見され、「男性が女性アバターを使うこと」や「美形なアバターを改変して女性に見せること」を「ゲイっぽい」と揶揄するなど、LGBTQ差別が「身内ノリ」として許容される土壌が存在している。

さらに留意すべきは、こうした実害が決して「一部の不運な例外」ではないという事実である。デジタル空間におけるヘイトや過激化を監視する国際的非営利組織・Center for Countering Digital Hate(CCDH)が発表した調査報告『New research shows Metaverse is not safe for kids』によれば、VRChat内においてユーザー(未成年を含む)は「平均して7分に1回」という異常な高頻度で、ハラスメントや虐待的行動、人種差別、ポルノコンテンツに直面していることが客観的なデータとして示されている。同調査ではわずか12時間の間に100件以上のポリシー違反が確認されており、未成年が人種差別的なスラーを復唱するようグルーミング(手懐け)される事例も報告されている。

玉兎氏は「外から見て痛いノリと、実際に人を傷つけることは別だ」と語る。しかし、Aさんを精神的に追い詰めたのは、まさに「ノリが悪い」という、玉兎氏が「価値観のズレでしかない」と見なす可能性のある『身内ノリの同調圧力』に他ならない。「冗談だ」「ただの身内ノリだ」というアイロニーのベールは、集団内の道徳的ストッパーを外し、他者を搾取の対象へと貶める効果を持つ。ノリと実害は別々のものではなく、前者が後者を引き起こす原因となっている。この入り口の危険性を「文化差」として許容したまま、結果として生じたハラスメントのみを非難するというアプローチでは、「7分に1回」というシステマチックな実害の発生を食い止めることは極めて困難であると言わざるを得ない。

2. 「一般現象」を増幅させるVRChatの特異な環境構造

玉兎氏は、集団のノリが正義感を暴走させる現象を「SNSでも学校でも起こる一般現象だ。VRChat固有の危機として語りすぎるべきではない」と指摘する。たしかに、集団心理そのものは普遍的なものである。しかし、その「どこにでもある人間の心理的な陥穽(一般現象)」が、「匿名性」「物理的身体の欠如」「アバターを通じた現実からの遊離」というVRChat特有の環境と結びついたとき、いかに深刻な排除の構造を形成するかという「環境要因の掛け合わせ」を見落としてはならない。

この特異な環境がもたらす副作用については、界隈の内部からもすでに複数の鋭い指摘がなされている。 blitz_kun氏が『メタバースの「免疫システム」に排除された僕』において分析したように、VRChatのコミュニティにおける排除の力学は「事実よりも感情が、論理よりも『場の空気』が優先される」という、極めて閉鎖的な村八分の構造を内包している。 また、nyano_vr氏が『VRChat「初心者案内人ガチャ」失敗!?』で指摘したように、コミュニティを主導しようとする「意識高い系」の案内人や集団の背後には、「メサイアコンプレックス(救世主妄想)」や承認欲求、他者への過干渉が存在しているケースがある。自らが界隈を正しく導いているという自負が強まるほど、それにそぐわない者を「異物」として排除する正当性が生み出されてしまう。

さらに憂慮すべきは、この排除や摩擦を「安全な娯楽」として消費する層の存在である。ぬこ氏は『最近のVRC関連のnoteに対するお気持ち表明』において、傷ついた人間の吐露(お気持ち表明)に対して、安全圏から「『これは効くw』『わかるw』と笑っている層」が存在することを指摘し、他者を消費する冷笑的な傍観のダサさと危険性に警鐘を鳴らしている。

加えて、玉兎氏が拠り所とする「内と外を分ける(TPO)」という前提そのものが、仮想空間のアーキテクチャにおいて極めて脆弱であるという致命的な構造的矛盾も指摘しておきたい。VRChat日本語Wikiに記録されている「Just H Club JP」の事例がその典型である。同サイトの記録から読み取れるのは、どれほど「クローズドな空間(内輪)」で特定のノリやコミュニティを完結させようと試みても、内部の出来事が容易にスクリーンショット等で切り取られ、外部(公開面)へと「晒されて」問題化してしまうという現実だ。物理的な密室とは異なり、デジタル空間では参加者の誰か一人が情報を持ち出せば、内と外の境界は一瞬で崩壊する。「内と外を分けて運用すれば安全だ」という玉兎氏の主張は、この情報の流動性とスクショ文化の暴力を完全に過小評価した机上の空論と言わざるを得ない。

これらは単なる「偏見テンプレの流通」といった表層的な問題ではない。他者を記号化し、集団で排斥することを正当化し、それを第三者が娯楽として消費するという、システマチックな構造の表れである。これを単なる「一般論」に還元してしまうことは、VRChatというプラットフォームが持つ固有の増幅装置としての側面を過小評価することに繋がる。

3. 「公開性の設計(TPO)」という解決策が孕むパラドックス

玉兎氏の主張の中で、最も慎重な検討を要するのがその結論部分である。氏は「公開面と内輪面を分けること」「外に見せるなら責任を引き受けろ」と説き、不快なノリは外部の目に触れないようにする「運用の整理(TPO)」を現実的な解決策として提示した。

しかし、社会学や防犯というより広い視野から見つめ直したとき、このアプローチは逆説的に事態を悪化させるパラドックスを抱えている。前述のイタリアの女子生徒が深刻な被害に遭ったのは、不特定多数が見ている「公開の場」ではなく、外部の目が届かない「閉鎖されたグループ(内輪)」の中であった。過激化(Radicalization)のプロセスは、社会の目や外部からの自浄作用から隔離された「密室(エコーチェンバー)」の中で、身内ノリという同調圧力が極限まで高まることによって最も強く進行する。

「公開面と内輪面を分けろ」というTPOの推奨は、意図せずして「表向きは平和を装い、過激な冷笑や差別、他者の搾取は、自浄作用の届かない密室で行え」というメッセージとして機能してしまう危険性がある。CCDHの報告が示す通り、「7分に1回のハラスメント」が起きる異常な空間構造を放置したまま、コミュニティの「表面的な景観」を保つための運用整理に終始することは、結果として実害を生み出すメカニズムを外部から不可視化し、純粋培養するための「インキュベーター(培養炉)」を整備することになっては本末転倒である。

結論:運用整理の先にある「構造」を見つめるために

玉兎氏は私の分析を「神秘的な汚染」という言葉で表現し、実務的な整理へと議論を着地させようと試みた。しかし、これまで見てきた通り、VRChatの周辺で発生している冷笑、吊し上げ、恐喝、差別といった事象は、決して得体の知れない魔法や神秘などではない。「アイロニーによる道徳の麻痺」「閉鎖空間での同調圧力」「安全圏からの冷笑的消費」という、極めて現実的で論理的に説明可能なシステムが稼働した結果である。

「共同体の魂が汚れたかどうかを嘆くより、運用の整理を見る方がはるかに整理しやすい」という玉兎氏の視点は、平時におけるコミュニティマネジメントとしては一定の合理性を持つ。しかし、その「整理」の死角で、精神的な傷を負い入院を余儀なくされた少女や、不登校になった若者が現実に存在している。アバターを通じた差別や冷笑を「身内ノリ」として消費する過程で、現実の倫理観を喪失していく層が形成されているという事実を、私たちは重く受け止めるべきである。

コミュニティの健全化に必要なのは、臭いものに蓋をして表面上のTPOを整えることだけではない。この「身内ノリ」や「冷笑」という名のパイプラインが、ユーザーの心理や現実の社会生活にどのような影響(実害)を与えうるのかを直視し、その構造自体を解きほぐすための対話を続けることではないか。


【引用・参考文献】

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