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正義の味方にならなかった男/Novel by gondawara_taizo

正義の味方にならなかった男

6,321 character(s)12 mins

2014年8月17日に和泉コウさんの発行された衛宮家アンソロジー「Lieben」に参加させていただいた時の小説です。
好きなお話なので、和泉さんの許可をいただき、掲載させていただくことにしました。
和泉さん有り難うございます。

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正義の味方にならなかった男

権田原大雑


何もなかった。
今歩いている場所が本当に道なのかそれすらも分からなくなる程、何もなかった。
だがあの小さな白い少女は彼にこの道を真っ直ぐ行くのだと言っていた。
だからこの方角には彼女が居る。まっすぐ歩いて行けば、きっと彼女に追いつけるはずだ。
そう信じて歩幅を広く取り、男は歩いていた。
誰にも会わず、何も見かけず、一体どのくらい歩いた頃だろう、男はついに遠くに小さな明かりを見つけた。
近づくに連れ、それは一戸の古びたレンガ造りの建物であることに気がついた。
アーネンエルベ
表の看板にはそう描いてあった。
男は引き寄せられるようにその扉を叩いた。
「はい。」
中から男の声が聞こえる。
見ると「Open」と描かれた札がノブに下がっている。
何かの店だろうか。男が扉を開くとからんからんと軽い金属音が鳴り響く。
中から紅茶と西洋菓子の甘く濃厚な香りがする。どうやら喫茶店のようだ。暖かな色の明かりが落ち着いた空気を醸し出している。
「いらっしゃい。お客さんとは珍しい。どうぞゆっくりしていって下さい。」
優しそうな顔をした初老のマスターが男ににこりと微笑んで頭を下げた。
実際その店にはカウンターといくつもセンスの良いアンティークのテーブルと椅子が並べてあるのに、男のほかは誰も居なかった。
それはそうだろう。こんな他にはなにもない場所に誰が辿り着くというのか。どんなに美味しい紅茶とお菓子を準備しても何せ客商売だ。不便には勝てない。
それでも一縷の望みを持って男はその優しそうなマスターに尋ねる。
「すまない。こちらに女の子が来なかっただろうか?美しい銀髪の、赤い目をした10歳ぐらいの少女なのだが。」
男は自分が探している少女の判り易い特徴を並べる。しかしマスターは申し訳なさそうに眉を下げる。
「いえ、残念ながら今日はまだ誰も来ていません。」
そうか。来てないか。
肩を落としてため息をつく男に、マスターはエプロンを外しながら嬉しそうに近づいた。
「所でちょうどいい。これも何かの縁でしょう。これから出かけなければならないのですが、少しの間店番をお願いできないでしょうか?」
「…この店では名前も知らない客に店番を任せるのか?」
男の指摘に、マスターはなるほど、と納得した様に腕を組んだ。
確かに不用心にも程がある。
所がその後に続けられた言葉は予想外だった。
「ではお名前を。」
あまりに当然のように尋ねられて、男は釣られて応えてしまう。
「…アーチャー。」
男は思わず名乗ってからハッとする。我が事ながら人がいいにも程がある。
マスターは、これで問題は解決した、とばかりにいそいそと外出の準備を始める。
「ではアーチャーさん、今日この場所においでいただいたのもきっとなにかのご縁。私を助けると思って、お願いします。」
「待ってくれ。一応私は客なのだろう?」
アーチャーは困った様子でマスターを引き止める。彼には自分が接客業はあまり向いて居ないとの自覚がある。
「何、大丈夫。どうせ誰も来やしませんよ。ただ居てくれさえしてくれればいいのです。」
アーチャーからの応諾の返事を引き出しもせず、そそくさとマスターは店の扉を開く。
余程急ぎの用事があるらしい。
扉の閉まる音と同時に、からんからんと軽く鐘の音だけが少し後まで残される。
「せっかちだな。」
その店のマスターの行動にかなり呆れては居るが、幸い店には誰も居ない。おそらく本当にめったに客が来ないのだろう。
アーチャーも少し長く歩き疲れていた。暫し休憩を取るのもいいだろう。
そう思い直して椅子に腰掛けた。
しばらくしてからんからんと軽い金の音を鳴らしながらぎいっとアンティークの扉が開く。
振り向くと男が立っていた。痩せぎすの黒づくめの男だ。見た所、東洋人の様だ。
不安げな様子でアーチャーに尋ねる。
「すまない。この店はアーネンエルベだろうか?」
「その様だ。」
アーチャーの回答に、男はホッとした様に店の中に入り、ぐるりと店内を見回す。
「マスター、」
呼びかけられてアーチャーは慌てて訂正する。
「私は単なる留守番だ。マスターならすぐに戻ると言っていたが」
しかし男はアーチャーがマスターでなかろうと関係がないと言う様に言葉を続けた。
「ここに私の妻は来て居ないだろうか?」
なるほど、探し人がある様だ。先ほどまでの自分と同じだ。アーチャーは僅かに親近感を覚える。
「私は君の奥方を知らないが、残念ながらここには誰も来て居ないな。」
アーチャーがこの店に立ち寄った時から状況は変わらない。全く見ての通りだ。
「アイリと待ち合わせしたのはここで良かったと思うのだが。」
アイリと言うのが彼の細君の名前らしい。
「まだ到着してないだけだろう。待って見てはどうだ?留守番の身だが、軽食ぐらいは作れる。」
まあ少し落ち着け
アーチャーが提案すると、男はメニューも見ないで即答する。
「ではハンバーガーと、コーヒー、ブラック濃い目で。」
紅茶とケーキが自慢のお店で頼む不釣り合いな要求にアーチャーは苦笑した。よほど男の好物なのだろう。


アーチャーが牛ひき肉をしっかり練りフライパンを熱しながら形を整えて焼き始めると、遠慮がちに背後から声がかかる。
「片手でも作れるのかい?」
アーチャーには片腕がない。それに気付いて不安になったのだろうか。男はカウンター席からその作業の様子を興味深げに見守っている。
「ああ、多少効率は悪いが支障ない。この程度は慣れて居る。」
仕事柄、アーチャーはいろいろな所に単独で潜り込んできた。片腕が負傷で使えない状態であっても自分のことは自分でしなければならないことも多かった。食事の支度程度ならお手の物だ。
ハンバーグの片面に焦げ目がつく。ひっくり返して蓋を閉める。コーヒーをドリップして蒸らす。程なく肉の焼けたいい匂いとコーヒーの香りが店内に広がる。丁度一分待ってからコーヒー豆に再度お湯を注ぎ、ハンバーガーの仕上げに取り掛かる。と言ってもパンにマヨネーズと粒がらしを塗ってレタス、ハンバーグ、スライスオニオンとトマトの順で積み重ね、ケチャップとマスタードをかけてパンで蓋をするだけだが。
片腕だけで器用に仕上げて男の前に丁寧に並べる。
コーヒーを啜りながら男はちらりとアーチャーの腕について尋ねる。
「その腕、どうしたんだ?」
遠慮ない質問に、気にするなという方が難しいか、と笑いながらアーチャーは端的に答える。
「人にやった。ばかな少年が居てね、腕をなくして困ってた様だから。」
そう屈託なく返され男は困惑した様に、至極当たり前の言葉を返す。
「それってそんな簡単に上げたりもらったりできないものじゃないかと思うんだが。」
物理的に神経を繋ぐのは、特に腕など、複雑すぎてまだまだ人の技術の及ぶ所ではないし、第一それほど大きな器官の移植ともなると拒絶反応があるはずだ。まともに機能するはずがない。
からかわれてるのかそれとも何か特別な事情があるのか。
その疑惑をすっかり無視して、アーチャーは淡々と事実だけを並べ立てた。
「たまたま運が良かったんだろう。こんな腕でも役に立つなら、甲斐もあるというものだ。」
魔術の奇跡は秘匿されるべきものだ。語ることは出来ない。
とは言え事実の羅列は自由だろうし、相手の解釈も特に制約する必要はない。どうせただの通りすがりだ。
なのに男の反応は意外なものだった。
もそもそとハンバーガーを食べながら、しばらく味わうように食べてると思ったら、
「自己犠牲か。」
苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべ、飲み込んだように見えた。余程男の気に障ったのだろう。
だがそれはアーチャーの言葉を信じたということでもある。
不思議な男だなと思いながらアーチャーは男の言葉を訂正する。
「いや、単に一番効率の良い方法を選んだ結果に過ぎない。」
アーチャーも一応大人だ。合理的にどのルートが一番効率がいいか計算して行動する。
あの場合、あの厄災を止める力を持つのはあの馬鹿な少年をおいて他になかった。アーチャーが自身の腕の一本ぐらい与えるのに躊躇する理由などなかった。
「だが、もらう方はそれを一生背負わなきゃいけない。」
男はそれでも問いかけるようにアーチャーを見つめた。
全くの善意でやったつもりかもしれないが、それで相手がどう思うか考えたことがあるか。
逸らさないその瞳の強さは、誰かを彷彿とさせた。
それに挑む様にアーチャーは不敵に笑った。
「背負えばいい。ざまをみろだ。」
偽りのない本心だ。
それが分かると男は心底呆れたようにため息を付いた。
「そんなに嫌いな相手にどうしてそこまでしてやるんだ?随分矛盾して見えるね。」
男の指摘も最もだ。
しかしアーチャーはむしろそれで清々しい心地がしていることに気がついた。
「それでもバカなりにちゃんと自分の運命を選ぼうと戦って居た。」
そうだ。あの少年は選んだのだ。
アーチャーは自分に残された片方の手を見つめながら言葉を続けた。
「私は自分の世界を守ることに囚われすぎて、正しく選べなかったのでね。何が正しいかは分からないし彼のことは嫌いだが、彼は生きるべきだと思った。」
それは心からの本心だ。
同族嫌悪、自己嫌悪などもはや関係ない。
少年は全てのこだわりを捨てて、彼自身の現実のために生きていくことを選びとった。
男はその言葉に、皮肉で返した。
「君は正義の味方だね。」
どちらを選ぶべきかを選んで、今回は自分を切り捨てたのだ。
知らない人が聞けば皮肉とは知れないだろう。
だがアーチャーは昔その言葉を誰かから聞いていた。
そしてその言葉と長く付き合いすぎていた。
どういう意味とも捉えることは可能だが、流石に自分がしゃべりすぎたとの自覚はある。アーチャーはバツが悪そうに顔を背けた。
「汚れた大人ともなると、無垢なものの生き抜こうとする力はそれだけで尊く見える。救われたのはこちらのほうだ。」
これが今のアーチャーの偽らざる心境だが、一般論とも誤魔化すことが出来る。
「まあそれでも、そういう生き方では救われた心地だけで、実際自分自身が救われることはないのだがね。」
男の言葉にはやけに実感が篭っていた。
何だろう、やけに既視感を感じる。
アーチャーは首を傾げながら男に探りを入れる。
「知った様な口を聞くじゃないか。」
男はハンバーガーにかぶりつき、次の言葉までの時間をかせぐようにもぐもぐ噛みしめる。
2,3回それを繰り返し、すっかり飲み込むと、漸く言葉の緒を見つけ出す。
「生きていればいつかは穢れた大人になるものさ。例外はない。私には息子が居てね、」
意外な方向性の言葉にアーチャーは男のほうを向き直す。
男は元々感情のない口調ではあったが、抑制が効いていると言うより、むしろとても穏やかだった。
「血はつながってないのだが、息子は僕の後を継いでくれると言ってくれた。僕はとても嬉しかった。」
どこかで聞いたような話だ。
父の跡を継ぐ息子。何時の時代、何処の世界でもある、継承の物語だ。
血の繋がらない親子であれば、それは更に運命的で因縁めいてくる。
「彼はでも知らないのだろうね。どうして僕が嬉しかったか。」
アーチャーは心が痛くなった。
彼は父との約束を守れなかったとの思いがある。
正義の味方になると言い、その実その身はこれ程汚れてしまった。
すべてを託してくれた父は、きっと彼を知れば失望するだろう。そう信じることで自分を切り捨て奮い立たせてきた。
「僕は、本当にあの子の父親になれたんだって、ただそれだけだったんだよ。おかしいだろう。」
そう息子について語る男の姿は、先程までの厳しい表情から想像もできないほど優しく穏やかに見えた。自然と浮かぶ笑顔は目尻が垂れて剣がなく、本当に幸福そうだった。
ああ、父親って皆こんな感じなのだろうか。
「いつか、きっとあの子も大きくなって汚れて傷つく日が来るのだろう。」
アーチャーには父に見せる面目はない。
それなのにアーチャーには分かった。
切嗣ならきっとそう言って笑ってゆるしてくれるのだと。
情けない顔するな、と言いながら。
「でもどんな形になっても乗り越えてくれると信じてる。そう信じることが出来る存在が居る。それはとても幸せなことなんだ。」
父親は誇りを託すと言いながら、望むことはきっともっと単純なことなのだ。
「人にとって救いなんて、本当はそんな単純で基本的な事でしかない。僕は士郎に大切なことを沢山教えてもらった。ああ本当、もっとずっと見ていたかったんだけどね。」
男は、切嗣は、そう寂しそうに笑った。

優しく指が頭に触れる。その感触に、アーチャーは眼を開いた。
「アーチャー、目が覚めたの?」
視界の中にイリヤスフィールの姿が映る。その優しい手は彼女のものだ。
王冠を被り、魔術で編まれた白い法衣を身にまとっている。キラキラと光りをまとい、そのままでおとぎの国のお姫様のようだ。
現実に引き戻されたはずなのに、やけに世界が幻想的に感じられた。
「イリヤ。今日は随分素敵な格好だね。見違えた。」
アーチャーは彼女に左手を伸ばそうとして、それがかなわないことに気がついた。
そうか、左腕はあの小僧にくれてやったのだ。
そう噛みしめるようにアーチャーは再び瞳を閉じる。
ここは聖杯の中だろうか。もうとっくに飲み込まれたと思っていたのに、まだ残滓が残っているのか。
ひどく眠たかった。
あの衛宮士郎はうまくあの少女を救うことができたのだろうか?
イリヤは優しく頭を撫でながら、穏やかにアーチャーに言葉をかけた。
「有難う、アーチャー、お礼を言うわ。あなたのおかげで士郎は今度こそ人間になることができたのよ。」
アーチャーは彼女の言葉が真実を告げていると理解する。と同時に、少し申し訳ない気持ちになる。
「君が礼を言う必要はあるまい。」
おそらくその格好は、何か高度な魔術、あるいは魔法と呼ばれる物を駆使した痕跡だろう。
この小さな少女の身体にはいずれにせよ負担が大きい。
そして、この戦いは衛宮士郎自身の問題だ。結果的に彼女に迷惑になりこそすれ、孤独な彼女の為に何かが出来たわけではない。
「いいえ、士郎。私は嬉しいの。こんなに幸せなことはないわ。だって私、お姉ちゃんだもの。」
アーチャーはその言葉に重たい目を開き、彼女の顔を見た。
「どうしたの?」
イリヤは不思議そうにアーチャーの顔を覗きこむ。
男は言っていた。
ただ父親になれたことが嬉しかったのだと。
アーチャーは笑った。
「いや、君たちは、やっぱり親子だったんだなと思ってね。」
衛宮士郎。
なんとまあ幸せな男だ。
今更ながらそう気付いた。
今更すぎて笑うしかなかった。
どんな形になっても、乗り越えられると信じよう。
アーチャーもそう託して、その瞳を閉じた。
髪に触れる指が暖かかった。


Comments

  • そー
    October 10, 2017
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