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The Works "あした あなた あいたい" is tagged "槍弓" and "Fate/staynight".
あした   あなた   あいたい/Novel by かない

あした あなた あいたい

10,752 character(s)21 mins

フォロワーさんお誕生日おめでとうございます、ということで、お送りした話。全体公開可と言うことでベッターからこちらに投稿し直しになりました。多分一番にあちらで読んで貰ったと、思うので……というか、こんなくそ長いの読ませて申し訳ないです。

槍弓、SN後の謎時空。あまりアーチャーが記憶を失ってるってのは見ないような気がするな、と思いつつ書いた話。
フォロワーさんのイメージからこんな感じ好きかなと思ったけれども気に入っていただけただろうか……

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 元々は暇潰しのような戦いと、魔力の切れかけたアーチャーへの補給のための行為だった。そこから見せられた表情の変化や、刺々しい皮を剥がされれば甘く溶けて変わる態度にこれがギャップ萌えかと、最近仕入れた知識を持って生まれた感情を認めて。そうとなれば話は早いと口説いたのはランサーからだった。それからはもう恋仲と言うには少々固く殺伐としていて、体を重ねても『魔力供給』や『戦闘の代替行為』そうとしか、どれだけ口を捻っても憎まれ口しか叩かない、戦うことが互いに制限された好敵手同士くらいになった。
 体を求めるのも戦えない代わりに近づいた距離を埋める行為。としてしか一向に受け取らないと頑なな相手に、それはそうだろうなと、いざというときの切り替えの下手な男を尊重して何も言わなかったが、行為に伴う視線や手つきから愛情だけは込めて、愛するのも殺すのも己だけだと教え込んできたつもりだった。無自覚に受け入れて大分甘い顔を見せ始めたのは未熟ととるか、それともマメな己を褒めるべきか。

 だから、そう。最初はもしかしたら愛されると言うことを受け入れるだけの整理がつき、この現界の続く限り伴侶として側にある覚悟ができたのだと思った。
「おはよう、朝食は君もたべる……よな?」
 普段は先に食べたとか、どこかのしつこい奴のせいで食べなくても満ちていると、供にと言う言葉を拒絶していた男が、少し案じるように尋ねてくるのに思わず驚いて固まったが、自虐的になりやすい相手が何か言う前に正気を取り戻して抱きついたのはファインプレーであり、後で凛に叱られる第一歩であった。
「おう、食うよ! お前も一緒に食うんだろ!」
 驚いた顔のアーチャーが面白く、戯れに頬や耳に口付ければ恥じらうようにする姿を見れて、諦めて割りきりはしていたが、ここまで想いが通じれば嬉しいものだと難攻不落の城を手に入れたと思っていた。
「あの、一応、万が一のためにも確認なんだが……」
 パンを齧りながらチラチラとランサーの様子を伺っていたアーチャーに、話し掛けやすいようにわざとらしくコーヒーを飲み一息つけば、案の定躊躇いながら声をかけて来たアーチャーに「どうした?」と促す。声が甘くなるのは、やはりそれだけうかれていたし、気に入りはして伴侶とは思ったが、のめり込んではいないと言う予想を覆して思った以上にこの男から返される解りやすい愛情を求めていたのだろう。
 アーチャーの方も今までの行為の最中で甘いことはあっても日常はサッパリとお互いが元々は敵同士でなれ合いが過ぎるような事はしないと言う生活をしていたからか、そんな甘く受け答えされると思っていなかったのだろう。赤くなり視線をそらすなんて可愛らしい態度をとってくる。
「あー、だから、その、私たちは恋人、ということで……いいの、か……と……」
 どんどんと語尾が小さくなるアーチャーが助けを求めるように視線を向けたのを見て、ああと大きく頷く。
「あぁ、恋人だ。俺としてはずっと伴侶と思って愛するのも殺すのも俺だけだと……アーチャー、お前にしたいと思っていたんだからな」
 不穏な言葉を言っているからか、少し寄せられた眉に、今すぐ殺すとかじゃねぇよと言えば、当たり前だと言われる。
「あの、恋人……である君なんだが、なんて呼べば……」
 恋人になったら名前の呼び方を変えたいと言うことだろうか。恋仲になった途端に可愛すぎないか!? と心で叫びかけたのを抑えると、そうだなとしばらく考える。既にアーチャーには己の真名はバレている。まあ他のサーヴァントについても知っている者は何名かいるし今更ではあるが。
「まあ、いつも通りランサーでいいが、折角だから二人だけの時はクーと呼んでくれるか?」
 その声でクーと呼ばれたら堪らないだろう。
 目を細めたランサーの目の前で俯き何かを確認するように小さく「クー」と呟いている姿を見て、朝食よりも目の前の可愛いものを食べたいと手を伸ばしたランサーとは裏腹に、顔を上げたアーチャーが嬉しいとというよりも申し訳ないと言うような、余りランサーのさせたくない顔をして僅かに首を傾げた。
「……すまない、私には君に呼んでもらう名前が、解らないんだ」
 深刻な顔になるアーチャーに、思わずそんなことかとランサーが笑う。
「それは前に聞いた。こっちに呼ばれてからのお前は記憶が曖昧で名前も自分の由縁すら曖昧なのだと」
 身に染み付いている戦い方と、未だランサーも見たことのない宝具と、家事能力、そして衛宮士郎に特に辛辣なことがアーチャーの全てであるとランサーも思っている。アーチャーのマスターである凛も解らないと言うことだったが、それはそれとして正体について知っている様子であった。それはランサーにとっては今のアーチャーを作った歴史で、知ることができればそれでいいが、今ここにアーチャーがいることが大事で通り過ぎた過去は些細なことだ。
「俺にとっては、今ここにあるアーチャーが全てだ。過去や名前なんぞ知らんでも構わない。だから、そんな顔するな」
目元を拭うように伸ばした手がアーチャーの頬に触れ、甘く呟かれた「ありがとう」をそのまま飲み込めた時に感じた幸福感は確かに嘘ではなく二人で共通したい想いだった。

 それから、気持ち悪いぐらいに機嫌がいいだの、だらしない顔だとからかわれた。新婚気分ですかと、こちらの関係を知っている様子のライダーにつっこまれたり、キャスターに色ボケもいい加減にしたらどうだと睨まれながら過ごしていたある日。
 今までにない形相の凛に、出会い頭から耳を思い切りつねられると言うかなり攻撃的な挨拶を食らい魚屋の影へと引きずられていった。
「あんた、どういうつもりよ! あんな状態のアーチャーに何をしたの!」
 涙を浮かべながらも怒りに顔を赤くして睨む凛に、ランサーの頭に浮かんだのはアーチャーの事であった。その一つが浮かんでしまえば行動は早く、ランサーは居ずまいを正すと凛に向き合った。
「あぁ、そうだよな。一応、嬢ちゃんはアータャーのマスターだ。筋を通すの必要があった。アーチャーと俺は少し前から恋人としてこの生活が終わり、互いが戦い最後に果てるときまで供にと……」
 真面目にそう二人の関係を伝え許しを得ようとしたランサーに、真っ赤になったまま震えうつむいた凛が今まで耐えていた怒りを解き放ったかのように叫んだ。
「そんなことじゃないのよ!! アンタ、アーチャーが記憶を失ってる時につけこんで……もし、アーチャーが消えたらどうするのよ!!」
 ランサーの思っていた怒りとは違う怒りを凛はランサーに向けて言い放った。
「どういう、事だ……?」
 驚き固まったランサーからの問いかけに、どうやら何も知らなかったらしいという事を察した凛は息を一つ吐き出すと、今までの事をランサーに話し始めた。

 凛は、アーチャーについてマスターとの契約を結ぶ代わりに協力者と言うことで繋ぎ止めていた。聖杯の安定しない状況と桜とイリヤの事を知ったからには聖杯にサーヴァントを捧げてはいけないと、理解をさせて休止している現状はどのサーヴァントも理解はしていた。
 今の大聖杯がどうなるかの動向を探り終わるまではと、現界の必要性は解っていたものの、魔力の供給を嫌がり受け付けようとしないアーチャーに、何だかんだと理由をつけて屋敷に呼んでは凛は色々理由を付けて魔力を供給させていた。それが二週間前から凛のもとにアーチャーが戻らなくなっただけではなく、町で見かけたアーチャーに声をかけると、どこか余所余所しい態度をしてきた。
泣きそうになりながらどこにいたかと詰め寄る凛に、今までの記憶がないこと、ランサーと言う恋人が自分を守ってくれていたお陰で、なにも不自由なく生活できていることをアーチャーは申し訳なさそうな顔で伝えたらしい。サーヴァントであり、魔力が必要なことも自分の能力すらわからなくなっていたと言うアーチャーは、普通の人間と思い込み生きていたからか、食事でとれる僅かな生気を魔力として得ている以外に、ランサーからの日々の漏れ出た魔力や行為でのみ得られるものを得て生きていた。意図的に魔力を貯蔵や得ようと言う意識を失っていたから、受けた魔力はその場で使われ消費していくだけとなっていた。
 凛としても、アーチャーが正常な状態でランサーを恋人にしたと言うならば文句もなにもなかった。凛だけではなくランサーもアーチャーの状態を気にかけるだろう。しかし、実際はアーチャーの魔力が減っているのは感じたかもしれないが、ランサーの側にいるときはそのランサーからの魔力を取り込みそれなりの状態が保てていたが、離れたときは凛が怒る位に厳しい状態だったらしい。
「あいつ、そんな記憶がないなんて……」
 いつから記憶がないのかと言われればランサーでもすぐさまピンとくる。あの恋人だとやっと認識したと思ったあの朝。あの時しかない。いや、もしかしたら夜の時点でおかしかったのかもしれないが、おかしいのはそこからだと直ぐに自分も理解してしまうなんて、余りに笑えてくる。
ランサー自身も結局はアーチャーが想いを受け入れるなんて異常事態だと解っている。それに、あぁ、そうだとランサーが思い出す。クーと呼ぶように言ったあの時には、恋人の名前すら忘れたと思い込んだアーチャーに、過去などはいいからと今側にいるだけでいいと言葉を遮り、生前だけではなくサーヴァントとしての記憶がないなんてあの時に、もしも浮かれずに聞いていたらすぐさま異変に気づき凛に怒られるような事はなかっただろう。
「私が声をかけた後、記憶がないけどそれがアイツが今ここにいて、幸せに過ごせる為の必要な事なら些細なことだし、ランサーがアイツを幸せにできるならそれだっていいと思うわ。まあ、少しだけ腹立つけどね」
 ランサーが本当にアーチャーの状態に気づいてなかったことが知れたのか、凛の怒りも治まってきたのか、小さくため息を吐き出す。俯き指を絡めて物憂げに視線を伏せた凛が黙ってあの時を険しい顔で思い返していたランサーに気付くと小さく息を吐き出した。
「あなた達の関係については、正しいか誤っているかは解らないわ。でも、私が許せないのは、アーチャーがこのままだと消えてしまうかもしれないと言うのを気付かなかったことよ」
 声をかけたその時に、記憶が無いこと以上にその存在が希薄になり、そのまま消えてしまいそうに透けて見えた瞬間も有った。
その手を取り、いくら凛が魔術師として有能だとしても腐ってもサーヴァント。本来なら凛がかける術で意識を失う訳がない。しかし、そんな状態だったアーチャーは容易に凛の術で意識を奪うことができた。スカスカとその攻撃ですら消えてしまいそうなアーチャーに無理やり魔力を込めた石を口に突っ込み、すぐさま桜に助けを求めやって来たライダーに助けてもらい応急的に魔力を与えて眠らせてからここに来た。勿論、眠らせているアーチャーを一人にするわけにはいかず、本人が本来の意識があったならば嫌がるだろう衛宮邸においてランサーの元に来たのだった。
 あの状態を知っていて放置していたなら預けておけない。いや知らなくても、一人に任せるように預けてはおけない。記憶を失っていたからという情状酌量の余地はあるものの、許せない気持ちが強かったが、ランサーの様子を見てその毒気を抜かれたのだろう。凛が責める以上に己を責めているのを見てしまえば死体に鞭打つような真似ができる人間ではないのだから。
「アーチャーが記憶がないってのは、何が原因か解るか?」
「いくつか可能性があげるとしたら、魔力が足りないせいで記憶というリソースをも生活のために使ったか……もしくは、記憶がなければなせないとアーチャー自身が決めたことがあって、その為に忘れたか……」
可能性が高いのはこの二つ。そして、それ以外とすればアーチャーの出自に纏わるものが関係してくるか、聖杯になんらかの異常が出ているか。
「戻す方法は解るのか?」
「私の魔力で満たしてもう一度契約状態に持っていけば再契約で結びなおす時にその意識も戻るとは思うわ。ただ、そうなるとその間の記憶自体はまたなくなるだろうから……」
 要するに疑似的に再召喚を行うという事なのだろう。だから、その魔力が薄く記憶の無かった時のことは休眠状態として覚えていない。戻るとして良くてアーチャーとの曖昧なあの関係を結んでいた時か、まったくまっさらの最初から……あの己を昂らせた戦いの記憶すら無いアーチャーかのどちらかという事だろう。
「いちおう、衛宮くんの家に寝かしているけどきっと目覚めたら、今あなたといる家に帰ろうとするでしょうね。一応、ランサーあなたもけじめをつけたいでしょう? この石アーチャーが眠る前に飲ませて。明日アーチャーに家に来るように伝えるか、連れて来てくれる?」
 寝ている状態で起きないようならそのまま連れて来てほしいとそれが、今日は返す条件だからとアーチャーの恋人としていたランサーを思いやっての事だろう。
「ああ、解った」
 短く答えるランサーに、くれぐれも自棄を起こさないようにと言って去っていく凛の目には、今にもアーチャーを殺しそうにでも見えたのか。そんな短慮ではないが、あの浮きたった想いも今までの日々も全てが偽りで成り立っていたと思い知らされたようでただ苦い気持ちを飲み込んでいた。

 その後は余り覚えていないままにバイトを終え、売れ残りだからと持たされた魚を手にきっと明日からは訪れることのない家へと入って行った。
「おかえり、クー」
 凛が言っていた通り意識を取り戻した後はこの家に戻ったらしいアーチャーがランサーを出迎える。
「なにか、あったのか? 元気がなさそうだが」
 そっと伸ばされた手を掴むと、しかめ面などしない相手を見つめる。久しく皮肉な物言いもしかめ面も見てないことを思い出して恋人となって穏やかにしかいないアーチャーが偽りだと思い知らされた気持ちになる。
「なぁ、お前の記憶がないって言うのは、俺との出会いも全部全てなかったってことだったのか」
 そういうことなのかと問いかければ、今更そんな事かという言葉ではなくどこか観念したような顔をしてアーチャーが神妙に頷いた。
「昼間の彼女に聞いた、のか? やっぱり君は……あの時言ったような関係無いっていうことは無かったんだな」
 すまない、と謝るアーチャーのつむじが良く見える。謝ってほしいわけではない。そのまま引っ張り台所からまだ箸だけおかれたローテーブルの前に向かい合って座ると、じっとアーチャーを見つめた。あの時ちゃんと聞かなかった話を聞こうと。
「なぁ、なんであの時俺に恋人かってお前は確認をしたんだ?」
 そもそもの発端であるアーチャーの確認について聞けば、言いにくそうに言い淀みながら俯いたままのアーチャーが言葉を紡いだ。
「あの時、目が覚めてお互い裸で同衾をしていて、それに綺麗にはされていたが、私の体に違和感やその、痕が残っていたからには、君とそういう行為をする関係で……恋人なんじゃないかと思って……」
 朝食の支度をしながら起きてきた男は、寝ている姿を見ていたがやはり綺麗で緊張をしたこと。上手く聞くこともできず確認を言葉少なにしたが、喜んでそうだと頷いてくれたのに恋人ではない相手とそういう行為をしていたわけではないという事に安堵したこと。
 そして、記憶を失っているアーチャーの事情を既に解っていると言い受け入れて、余りに幸せそうに笑うからそれ以上何かを言ってその顔を失いたくないと思ったこと。本当にこの優しい美しい存在がアーチャーのような得体のしれない、記憶もない人間が恋人で良いと思っているのか不安だったのがランサーの態度で溶けたこと。
 記憶が無くても良いと言って全身で愛しいと言ってくれる相手に応えようと、できることをやって生活をしていたが、どうもランサーがいない時にはアーチャーを襲う眩暈が増えていっていたこと。それが、きっと記憶の失う前から続きこうなった病気なのだろうと思っていつも帰って来たランサーの事を忘れていないことを祈っていたのが、それの前提すら違うのだと、今日会った少女に教えられたということ。
 訥々と語るその言葉に偽りはなく、この生活でランサーに想いを返してくれたアーチャーは確かにその時の真実としてランサーを受け入れていた事だけはランサーにとって救いだった。
「私は、君の恋人ではなかった……という事なんだろう?」
「ああ、お前は俺にそんな感情を素直に出すような奴じゃなかった。だから、受け入れられたんだと思ったがそれも違っていた」
 恋人ではない己たちが戦うように定められた駒であり、泡沫のような存在であると最初に教えていたらこの想いを返されることは無かっただろう。そう思うランサーに、自虐的に笑うアーチャーがそっと伏せていた顔を上げしっかりと視線を合わせてランサーのことを見つめた。鋼色の目にはしっかりとした意思があった。
「人間ではないと聞いてもイマイチ私にはピンと来ないし、戦うという事も解らないが……きっと、君の求める本当の私は、君の事を素直に受け入れることはできないから……だから、きっと私みたいな記憶を無くして君へ想いを返せるようになりたかったんだろうと思うよ、クー」
 最初の時からこんなに君が愛おしかったんだと笑って見せたアーチャーの手がそっとランサーに伸ばされる。
「君の望む私ではないからきっと言えるのかも知れないけれども、クー、それでも私は君が好きだよ」
 望むように返せないで済まないと謝ったアーチャーが、ランサーの手元にある袋に目を流した。
「それは、鱈か。それなら西京漬けにでもしようか。西京漬けは数日置いた方が美味しいんだ。だから……」
 明日記憶を戻すと聞いた。それによって今ここにあるアーチャーとの暮らしは消えるとアーチャーも知っているだろう。それなのに、きっと明日でもう来なくなるだろうランサーに来るようにと願うのは、気を使っていると言うよりも今このアーチャーはランサーだけのもので、恋人だからと。離れたくないと思ってくれてるのだろう。
「……ああ、そうか」
 短く答えたランサーにもうこないと察してか、アーチャーがその体を抱き締めた。
「クー、君は、私の恋人だと忘れないように刻み付けてくれ。君は信じないかもしれないけれど、私はクーの恋人だった私を無くしたくないんだ」
 お願いだからと願うアーチャーのこの言葉が、自分の言った言葉があったからだけではないと信じたい。好きだと思った愛しいと思った事を刻み付けて、しまえたらいいというこの想いは同じなんだとこの時だけは信じようと寄せられた唇を強く吸い舌を絡めた。
 
 この二週間ですっかり知れた泣き所も、甘くあえぐ声も、求めるように伸ばされた手を掴んで無理やり背中に回させて爪を立てるようにと促すのも。
 全て明日には消えてしまい、なかったことになったとしてもランサーは忘れることは無いと己に刻み付けていた。ひと時の普段ならない事態だから受け入れたアーチャーから返された愛は真実のものであったと。

 前後不覚に陥っているアーチャーに昼間凛から貰った石を飲ませたのは、感度の高まっている今の方が良しの魔力も取り込みやすいだろうと思ったからだ。石のまま飲ませることはできないからとランサーの口内で溶かし魔力を受け渡すようにと溶かしたそれを飲ませた。
「らん、さ…っ、ぁ、クー……くー……ぁっ」
「アーチャー、お前は俺のものだ。俺の最愛がお前だ」
 掠れた声で呼ぶその目に浮かべた涙を舐め、その涙の甘さを感じて笑った。愛しいと、この今現界をしている自分の最愛であると言い聞かせれば、幸せそうに溶けた笑みを返したそれがただ嬉しかった。同じように頬に濡れたものがこぼれたとしても、その瞬間の幸せを焼き付けていた。

 翌朝、行為のせいかそれともあの限界まで込められた魔力に加えてランサーからの魔力を供給して一気に満たされたからだろうか。それを消化し体の構成を作り直しているのか深く眠り起きることのないアーチャーを抱え上げ凛のいる遠坂邸へと運んだのは眠っている間に終わらせてそのまま別れた方が良いと、まだ目が覚めた時に切り替えられられるほど器用ではないと思ったからだ。今はまだ昨日の夜に全部受け取った想いをただ思い返していたかった。


 またいつものように、今まで見慣れた光景になるのは早かった。どうやら凛に魔力切れで記憶を失い放浪してランサーにも迷惑をかけたという事を言われたアーチャーは、それでも凛と再契約まではしないが、常時ちゃんと減ったら供給を受けられるように万が一でも一定量を下回った場合に供給されるようにと加工されたブレスレットを契約の代わりの枷としてつけられていた。枷というには華奢で麗しいそれは、アーチャーの罪悪感と義務感を使って通常の枷以上にいい効果になるだろう。貸し与えたという高価なそれを壊すこともできず、かといって外していたらすぐにばれるため身に着けざるを得ない。いつか別れる時に凛にちゃんと返却しなければいけないと言う理由付きだ。
 遠目にそれをちらりと見て、アーチャーに背を向けた。最悪の事態は行かず、ちゃんと己との戦闘を覚えている様子に安堵したのと同時に、こちらに向けない視線に最悪の事態だけしか避けられていないのだと理解した。いきなりのろけのなくなったランサーに気に掛ける人はあれど誰も触れてこない事から、アーチャーにはランサーが恋人として浮かれていた事実は伝わらないだろう。
 あの時だけの恋人の記憶はランサーだけのものだった。

 しかし、それですべてが解決したというわけでなく、凛の意趣返しを今になってランサーは思い知ることになった。凛に記憶喪失のアーチャーが消える寸前まで気付かずに放置することとなってしまった事のお仕置きはちゃんと用意されていたのだった。お仕置きされていると取ればお仕置きだけれども、褒美と取れば褒美になるそれは、ランサーには確実にお仕置きの意図を感じていた。
「君には、世話になったらしい。その礼はしたい」
 凛から言い聞かされただろうランサーに記憶の無い間世話になっていたという話を聞いたアーチャーがランサーへの礼をしないわけがないのだ。
 もう二度と行くことは無いと思った家に招かれ、振る舞われたのは、あの時食べに来てほしいとまだ恋人だったアーチャーの言っていた鱈の西京漬けだった。
「いい塩梅で味がついている。これだけでは君には不足だろうから、汁物はトン汁にさせてもらった。たくさん作ったからおかわりも遠慮なくしてくれ」
 料理についての事は機嫌よく語るアーチャーは人に食べさせるのが本当に好きだ。前のように向かい合い一緒に食べるのではなく、向かい側で食事など必要ないとお茶を啜るだけの男に、一緒に食べろと言うこともできずただいただきますと行儀よく手を合わせて口を付けた。
 あの時と変わらない優しい味。うまいと言えば取り澄ました顏が少しうれし気になるのは、二人で過ごした時と変わらない。ちらりと伺いみた顏に思うところは色々あったが、それ以上あの時との違いを数えるのは苦しくて、さっさと食べ切って出ていこうと食べる速度を上げたランサーに空になりそうな椀を見てアーチャーが手を差し出した。
「おかわりをいれようか、クー?」
 足りないだろうと促した声に椀を渡し、はたと箸を止めた。アーチャーを視界の隅においやっていたランサーは先程かけられた声の違和感に思わず顔を上げた。
 取り澄ましたその顏は変わらない。美味いと食べる顏に嬉しげなのも。それでもあまり目立たない褐色の耳が赤く染まっているのに気付いて頭の中はすごい勢いで思考を巡らせていた。
「アーチャー」
 呼びかける声は、あの時に恋人だと二人で生活をしていた時に甘く柔らかに呼んだ声音だ。きっと当初のアーチャーならば気色悪い声を出すなと嫌そうな顔をするだろう。いや、関係を持ってもそういう恋仲になるようなものじゃないと、魔力供給のための関係だときっと冷たく言い切るだろう。しかし、目の前のアーチャーは戸惑い視線を彷徨わせていた。
「お前、覚えてるんじゃねえかよ、俺とのことを!」
 目に見えて顏を赤く染めたアーチャーを捕まえ引っ張ればそのまま容易く腕の中に納まった。
「な、なんの、ことだか! それより、離さんか、この駄犬が!」
 どんなに言おうと離すことができる訳はない。あの時の記憶が残っていたとしても、汚点として嫌がるアーチャーも想定していた。それが、あっさりとアーチャー自身を裏切るように赤く染まった顏や抱き締めれば口汚くののしるものの離れる事のないその体は正直だった。
「アーチャー、お前は俺の最愛だ」
 覚えているんだろう、と囁きかければどんっと乱暴に背中を叩かれる。
「君の執念は尊敬の域に達するな。あんな、気の迷いのような戯言を聞いて、実際叶えてしまうのだから……」
 忘れてないし想いを返したこともなかったことにしないと、ただ甘く呟く声をそれ以上はいらないと口付けて塞いだ。
「この現界が終わり、最後にはお互い戦い果てるとしても、お前を愛するのも殺すのも俺だけだ。お前がお前自身を捨て去ろうと言うならば、最後の時まで俺がお前を貰い受ける。だから、安心して愛されていろ」
 素直に返せない分のアーチャーからの愛は既に受け取った。そう言えば、鼻白んだようにフンっと返される。
「貰いぱなしは性に合わない。精々最後になる時まであの時あんなこと言わなければよかったと後悔しても知らんからな」
 可愛くない返答で愛情を返すつもりのあるというアーチャーの答えに、一気に満ちたランサーは夢ではないかと確かめるように再度アーチャーの口に噛みついた。
「っ、痛いわ、たわけっ」
 仮にも恋人なんだからおだやかにできないのか原始人めと毒づくアーチャーに、本当にあのアーチャーを手に入れたのだと実感をしていた。

 翌日から、また元気いっぱいにのろけるようになるランサーが見られるようになり、凛に今度はちゃんとした交際の御許しを戴きに上がるのはもう少しだけ先の事だった。

Comments

  • そー
    January 6, 2019
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