夜の武蔵國開花舞殿・最奥の間。
天井の高い梁に吊るされた古い提灯は消え、唯一の光源は天窓から差し込む青白い月光だけ。
床一面に敷かれた畳が、冷たい輝きを反射し、二人の影を長く、歪に伸ばしている。天窓からの月光が斜めに落ち、まるでスポットライトのように二人の輪郭だけを浮かび上がらせる。
萬燈夜帳の唇は、九条比鷺のうなじに深く押しつけられていた。
そこに浮かぶ化身の複雑な紋様が、触れられるたびに淡い金色の粒子を散らしながら脈打つ。まるでカミの息遣いそのものが、肌の下で生きているかのように。
唇が離れる瞬間に糸を引く唾液。萬燈の声は低く、喉の奥で震える。
「嫉妬など、カミに捧げるべき感情ではないはずだ。だがお前を見ていると、理性が溶ける……」
普段は冷静な眼差しが、今は獣のように月光に濡れて銀色に輝いている。
萬燈の指が比鷺の腰を強く壁に押しつけ、黒い舞衣の裾を乱暴に捲り上げる。布ずれの乾いた音が、静寂の舞殿に響く。比鷺は背中を冷たい壁に預け、息を乱しながらも、いつもの根暗で卑屈な笑みを唇の端に浮かべていた。
頰は熱で薄く紅潮し、額に細かい汗の粒が浮かぶ。
「先生が……そんな風に、俺を欲しがってくれるなんて……嬉しいよ……」
言葉の最後は、甘く掠れる。
比鷺の手は萬燈の二の腕に食い込み、そこに刻まれた化身の印を強く握りしめている。
二つの化身が同時に発光し、青と金の光の粒子が交差しながら舞う。
互いの熱が腕から胸へ、胸から下腹部へと伝播するたび、比鷺の背筋が小さく跳ねる。
「もう……嫉妬するのは嫌だ。先生の全部を、俺だけのものにしたい……」
比鷺の瞳が、月光を反射して潤む。
その瞬間、萬燈夜帳の指が比鷺の顎を強く掴み、顔を上向かせた。唇が重なる。最初は優しく探り、しかしすぐに貪るような深さへ。舌が絡み合い、湿った音が小さく響く。熱が下腹部まで一気に駆け上がり、比鷺の腰が無意識に震える。
唇の隙間から覗く舌。互いの吐息が混ざり合う瞬間、比鷺の喉がゴクリと動く。
「ならば、開け。お前の体も、心も、俺だけに……」
萬燈の声は命令ではなく、懇願に近い。
丁寧だが容釈のない手つきで、萬燈は比鷺の襟元を大きくはだけさせた。カミに捧げるはずのその体は、今この瞬間、萬燈夜帳という唯一の主(あるじ)を迎え入れるための、真の開花を遂げようとしていた。
胸の尖りが硬く立ち上がっているのを見た萬燈の唇がそこに吸いつくと、比鷺は背を大きく反らせて喘いだ。
「あ……先生、そこ……っ……」
比鷺の指が萬燈の髪を掴み、引き寄せる。
放つ熱は、冷たい月光の下で狂い咲く徒花の香。甘く、妖しく、どこか禁断の匂いを漂わせる。
二人の影が畳の上で重なり合う。
化身の光が強くなり、淡い花弁状の粒子が舞う。
夜が明けるまで、舞殿にはただ、二人の荒い息遣いだけが響いていた。
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