さよなら、おやすみ、また来世
─それは幾たびも繰り返す別れの記憶。
Twitterで連載していた『何十回目のさよならを』を改題してまとめたものです。
槍弓転生もの。140字ごとに次の世界に転生するので死ネタとも言えるかもしれません。
2ページ目に大したことのない裏設定載せてあるのでよろしければどうぞ。
表紙はこちらからいただきました。http://photo.v-colors.com/1642.html
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あるときの別れは小さなアパートの玄関であった。些細なきっかけで喧嘩をし家を飛び出して街を彷徨った。やがて夜風に頭も冷え彼の好きなプリンでも買って帰ろうと思った矢先、トラックが歩道にいた私目掛けて突っ込んだ。遠のく意識の中、最後の言葉が目も当てられない罵倒であったことを後悔した。
あるときの別れは血の飛び散る戦場の中だった。馬を駆り敵兵を屠っていた私は、槍を巧みに操り一騎当千の働きをする獰猛な敵将に出会った。一目で互いを認識した。数分後には彼の槍が心臓を貫き私は生き絶えた。やはり彼は強い。ただ彼の腹に深々と刀を突き立ててやったことは今でも私の誇りである。
あるときの別れは出会いと同時に訪れた。電車を待っていると、反対側のホームに見覚えのある青を見つけた。その姿はホームに侵入してきた電車により一瞬で掻き消され、急いで階段を駆け下りそちらに向かうも、人の波は全て発車した電車に運ばれた後だった。それきりその世界で彼を見ることはなかった。
あるときの別れは燃え盛る戦火の中であった。黒い空から飛来した鉄の塊は全てを破壊しその破片が私の肺に穴を開けた。吸った端から空気は漏れ、少しも私の物にならない。「はやく、らくに」言葉になっていたかは定かでないが彼は正確に意図を汲み取り、落ちていた鉄の棒で私の喉を一突きにした。
あるときの別れは薄汚い路地裏であった。私は酷く年老いて服とも呼べない襤褸を纏って物乞いをしていた。「てめえアーチャーか」視力を失っていたので懐かしい声だけが聞こえた。こんな姿は見られたくないと呆けた老人を装った。流石に年月を経た姿では判別出来なかったのか、彼はそのまま立ち去った。
あるときの別れは住み慣れた寝室でだった。親戚の子供だった彼はよく私の家に遊びに来た。やがて彼は青年になり、年老いて皺だらけになった私を見て言った。「やっぱあのときの物乞いはお前じゃねえか」「一体何のことだね」私はやはり呆けたふりをした。終わりは眠るように穏やかだった。
あるときの別れはクローズドサークルと化した屋敷の中であった。彼が探偵役で私が助手だと思っていたのだがどうやら私は最初の被害者役だったようだ。ダイイングメッセージを残そうと試みたがありきたりでつまらないので彼の好む卵焼きのレシピでも書こうと思い立った。卵と書いたところで力尽きた。
あるときの別れは朝焼けを背景にしていた。健康な体を持つ彼は当然のごとく戦地に駆り出された。一方の私は工場で指を失い、徴兵から外れていた。必ずお前を守ると言って出かけた彼はそれきり戻らなかった。きっと遠い何処かに彼の骸が転がっている。守ってくれなくていいから側にいてほしかった。
あるときの別れは我々が死んだずっと後であった。同じ墓に入りたいと彼が言うので、それが可能な国に移住した。彼の方が先に死んだので私が墓を建てた。遺言通りに私も死後そこに入ったはずだ。何らかの事情で掘り返されるまで、あるいは骨が土に還るまで、私たちは一緒にいたのだと思う。
あるときの別れは彼の所為だ。オペラ歌手として舞台に立つ彼を見つけたときは心が震えた。足繁く劇場に通ったが、舞台上から彼が私にだけ熱視線を送ったり舞台後に花束を寄越したりするから、ある日熱狂的なファンに刺されて死んだ。彼の美しさに惚けていて避けられなかったのでやっぱり彼の所為だ。
あるときの別れは大海原の上だった。九度の嵐を乗り越えたが十度目の先は無かった。こんな頻度で嵐に襲われるとはこの船には悪魔が乗ってやがるに違いないと誰かが嘆いた。彼が口の動きだけで悪魔めと私に言うので、貴様がなと同じように返した。女神の微笑みはいつも私たちから程遠い場所にある。
あるときの別れは私の意思によるものだった。彼には既に許嫁がいた。親が勝手に決めた相手だと彼は言ったが、たまには女の味を思い出すといいさと言って彼の前から消えた。美しい男女の並ぶ姿の正しさが、私を打ちのめしたためだった。彼と同じ世界に生きていたかったので自死は選ばなかった。
あるときの別れは望まぬ自由と同義だった。狂気じみた目をした彼は出会うなり私を連れ去り監禁した。蕩けるような甘い執着の中で過ごす日々は長く続いたが、秩序に拠る人間たちの来訪によって終焉を迎えた。彼を返せと喚けば気が触れたと見なされた。彼を想いながら白い壁を叩き続けて生涯を閉じた。
あるときの別れは荒れた村の広場だった。特異な色彩を持って産まれた彼は不吉の印とみなされたらしい。「滅多打ちにしたのにまだ死なねえ。興味があるなら広場で見れるぜ」村人の言葉に従えば、泥と血に塗れて変わり果てた蒼が在った。「何か言うことは?」「お前に会えるまで死なないって決めてた」
あるときの別れは思い出を語りながらであった。高校球児だった私たちは灼熱のグラウンドで相見えた。最後の打席、私の渾身の一球を捕らえた彼の打球が描く放物線の美しさと言ったら!その風景は私たちの生涯の語り草となった。互いにあまりにも長生きしたのでどちらが先に逝ったか記憶にない。
あるときの別れは冷たい地下道だった。急激な人口の減少により優秀な人間を冷凍保存し未来へと遺すことが決められた。彼が選ばれたとき私は恐怖に震えた。この世界の体に彼が捕らわれれば次の世界で彼に会えない。逃げ続けてついに逃げられないと悟った私たちは、自らこの世界の終着点を選んだ。
あるときの別れは児戯の途中だった。「ちょっと変わったかくれんぼをしよう。百を百回数えるまで出てきてはいけないよ」不安そうに指を折り始めた彼の頭を撫でておもちゃ箱を閉める。少し年上なだけの私に出来たのはこれくらいだ。孤児院を荒らした強盗に私が殺された後、彼がどうなったかは知らない。
あるときの別れは病室のベッドの上だった。その世界の彼はやけに煙草を好んだ。その癖ライターを持ち歩かず私に火を強請るので、おかげで私は非喫煙者なのに常にジッポをポケットに忍ばせていた。案の定彼は肺の病に倒れてこの世を去った。必要もないのにジッポの蓋を鳴らす癖が抜けなくて少し困った。
あるときの別れは狂気の中。チカチカ、七色の世界。そらあそこに唄う鼠がいるぞ。撃ち殺せと昨日のトンビが言う通り。「器に引き摺られて気が触れたか」弾は当たらず鼠は布切れに変わって流れていった。端が黄色に色付いたのが可笑しくてケラケラと笑う。「もういい眠れ」ずどん、真っ暗な世界が来た。
あるときの別れは狂乱の道中だった。幸運値Eの我々がギャンブルなんぞに手を出したのが運の尽き。「やっぱりあそこはハートだっただろ」「君が退き際を誤ったのが悪い」あっという間に借金地獄へ真っ逆さま。面白おかしく逃げ回るもついには二人仲良く取っ捕まった。死体は何処かの湾か、樹海の奥か。
あるときの別れは雲の上だった。一瞬で彼だと分かったのは機体の機敏さではなく、青地に一筋の赤が差す戦闘機の塗装のためだった。あまりに露骨で笑ってしまった。まあ私も人のことは言えまい。狙いを定めるのは得意分野だ。エンジンはやられたがしっかり彼の頭蓋を撃ち抜いた。残念、今世は私の勝ち。
あるときの別れは川の底。お調子者の級友が水面から姿を消すのを見てすぐに飛び込み腕を捕らえた。「持ちこたえてろ、人を呼んでくる」岩にしがみ付き彼の声を聞く。級友を岸に押し上げた瞬間腕から力が抜けた。水泡が上へと昇っていく。流されるのが私で良かった。ジョバンニになるのは耐えられない。
あるときの別れは壁の向こうだった。罪人として捕らえられ、満足に食事も与えられない日々。飢える私に毎日壁の隙間からパンを差し出す小さな手があった。やがて処刑の日が来た。私の前に罪人と内通した罪で子供が処刑されたらしい。処刑台に散らばる青い毛髪を見て気付く。「ああ、君だったのか」
あるときの別れは虚構の下。怪しげな教義に基づく新興宗教の取材に向かえば、壇上で微笑むのは見慣れた男。「貴様何をやっている」「小遣い稼ぎだ。たまにはこういうのも悪くない」急激な信者の増加に恐怖を覚えた近隣住民が火を放ち、教団は建物ごと全滅した。教祖の遺体は見つからなかったという。
あるときの別れは最後まで訪れなかった。額を流れる汗、煩いほどの蝉の声。目の前を親しげに揺らめく髪は、木々の隙間に見える空と同じ色をしていた。「貴様の正体は分かっている。消え失せろ」にぃと笑った口の端が裂けて男の輪郭が滲む。瞬きの後そこには何も無い。彼のいない世界で見た夏の陽炎。
あるときの別れは一面の銀世界だった。「ちきしょー。こんだけ吹雪いてちゃ何も見えねえよあぁ耳が痛い!」「なあランサー」「どうした。軽口に乗ってやる余裕はねえぞ」「我々は何方から来たかね」「馬鹿かそんなの足跡見たら一発で……あ」全てを白が塗り潰していく。春には誰かが見つけただろうか。
あるときの別れは流行り病の襲う村。医者の真似事をしていた私の元に、青い髪の少年が運ばれてきた。全ての薬を使い切れば彼は助かるが、そのためには大勢を見捨てなければならない。決断に時間はかからなかった。彼を看取って一週間後、私の顔にも赤い斑点が現れた。押し寄せたのは暗い安堵だった。
あるときの別れは遠い靄の中。自我さえあやふやな私を、冷たい場所から強く優しく抱き上げた腕を確かに覚えている。「爺ちゃんがあんたを拾ってきたときはびっくりしたわよ」そう語るのは容姿は似ずとも彼にそっくりな気質の女性。彼は年老いてなお逞しく、リビングに飾られた写真の中で笑っている。
あるときの別れは本当に小さな切り傷からだった。人里から遠く離れた森の奥、徐々に身動きが取れなくなった。あれがあれば治るのに、と薬の名前をそらんじるもそんな物はここにはない。「アーチャー」繰り返し呼ぶ声は、熱に浮かされた頭の中で耳鳴りのようにうねって歪んで、やがて聞こえなくなった。
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あるときの別れを覚えているか?そう問いかけたのがいつの世界のことだったか定かでない。だが顰められた表情は鮮明だ。「別れなんざ覚えてねえよ。オレが覚えてるのは初めて会ったときのてめえの間抜け面だけだ」驚きのあまり軽口に乗るのも忘れた。別れを強く印象に残す私と違い、彼は出会いを記憶するのだと言う。おそらくどちらが優っているということでもない。彼と私が全く正反対の性質を持つ、ただそれだけのことなのだろう。そうして私は、私たちの相性が存外に良いのかもしれないということに気が付いたのだった。
君が始まりを記憶するなら、私は終わりを集めよう。二人で世界を半分こ。そうすれば溢れ落とす荷物の量も、少なくなるに違いない。
ああ、また世界が終わる。寂しいけれど、きっと少しの辛抱だ。目を瞑り、君に挨拶を。
さよなら、おやすみ、また来世。