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Song Of Loud/Novel by 都築青葉

Song Of Loud

13,038 character(s)26 mins

響き渡るは、大声の歌。

今回は仮面ファイター成分ばっかりです!
本シリーズとしてはキャラ多めですが、槍弓以外は特にCP決めておりませんので、お好きにご想像いただけると幸いです。

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 12月15日、木曜日。今日は最高気温すら10度しかない。早朝、店の外へ出ると吐く息が白いほどだ。もうすっかりと冬である。足早に隣のパン屋『ベーカリー ヴィクトリア』の中へ入ると、ほのかな温もりと焼きたてのパンの豊かな香りが漂っていた。

「おはようエミヤ! 今日も寒いねぇ」
「おはよう。ああ、全くだ」

 にこやかに迎えてくれたのは、店長のブーディカ。亡くなられた旦那様に代わり、この店を切り盛りする女傑である。Café SOLで使用しているパンは、全てこの店から仕入れている。
 その他にも、ヴィクトリアでパンを買ったお客にCafé SOLのコーヒー割引券を提供したり、Café SOLもその券を持っているお客にはパンの持ち込みを許可してイートインスペース代わりにしたりと、業務上でも提携をしている。

「今日もいつもの?」
「ああ。それと、昨日言っていた通り……」
「全粒粉パンサンドウィッチ用、だね? ちゃんと用意してるよ!」

 そう言って出してくれたのは、通常の小麦粉で作った食パンよりも全体が茶色い全粒粉パン。通常よりも糖質が少なく、食物繊維・ビタミン・ミネラル類が豊富で、トレーニング前後の食事に向いている。

「筋トレしてる男の子は、ちゃんと続いてるんだね?」
「ああ。元々締まった体つきだったのだが最近は一段と筋肉が付いてきた。これならば……」

 もう少しでランサーを演じていた頃まで筋肉が戻るだろう、と言いかけて口を噤んだ。
 彼女には、筋力トレーニングをしている青年の為に全粒粉パンを購入したい、という話しかしていない。彼女は『セイバー』以前の仮面ファイターシリーズを見てはいないが、流石にクー・フーリンのことは知っているだろう。彼について漏らしたところで、外であれこれと言いふらすような人ではないと分かってはいるが、迂闊に外部へ漏らして良いことではない。

「上手くいくと良いねぇ。あ、筋肉と言えばさ。この間の回で『セイバー』に出てきた人、筋肉凄かったよね!」
「イスカンダル氏が演じている『征服王』だな。先日は顔見せだけだったが……」

 いや、彼女は今回が初の仮面ファイターなのだ。今後の楽しみの為にも、憶測に基づくネタバレは止そう。あんなに物凄い筋肉の持ち主が変身しない訳がないことは、彼女も察していることだろうし。

「敵になるか味方になるか分からんが、快いキャラクターだったな」
「うん! あの子も驚いてたけど、何だか嬉しそうだったものね」

 ブーディカはセイバーをあの子、と呼ぶ。セイバーを演じる少女とテレビの中のセイバーを地続きのものとして見ている。だが、彼女の場合はそれで良い。
 私には、できないことだが。

「では、お代はいつも通りまとめて請求を」
「ええ、今日も良い日でありますよう!」
「ああ、君も良き一日を」

 パンを抱えて店へ戻り、すぐに朝の仕込みの続きを始める。今日は、昼は通常営業だが夜は毎月第三木曜の特撮会。その上、開店すぐの頃合いに、彼がトレーニング前のサンドウィッチを取りに来ることになっている。
 先週店に来たとき、彼は「来週辺りから一ヶ月くらい、地方ロケやら年末年始の特番やらで中々店には来られなさそうでよ。今の内に店長サンの飯、目一杯食っときたい」と言っていた。
 今日も、最初は夜に来店したいと言ってきたのを貸切だからと断ると、以前一度そうしたようにサンドウィッチのテイクアウトをしたいと彼の方から言ってきたのだ。多忙な彼に店まで取りに来て貰うのは忍びないが、彼の方からの申し出なのだ、殊更に断るのも悪いだろう。
 開店前に私が届けたいのは山々だが、それをやってしまっては、肩入れしてはならないという凛との約定を破ることになる。
 けれど、とっくに手遅れなのではなかろうか。
 私は、恐らく人生で初めて特定の対象に情欲を抱いてしまったあの日から、『ランサー』に関わるものを見ることが出来なくなっていた。クー・フーリンのみならず、ランサーまで不純な目で見てしまうのではないかと、恐ろしくて。
 だが、それは彼を裏切るだけでなく、『仮面ファイターランサー』という作品を作り上げてきた人々に、あらゆる人々が形作ってきた正義の味方という存在に対して、あまりにも失礼であろう。そんなことがあってはならない。
 あの得体の知れない情欲を遂げる気など毛頭ない。落ち着く日が来るまでは、彼に会うときには無心であるよう心掛けるより他ないだろう。
 10時ちょうどにオープンの札を掛けようと外に出ると、彼は扉の前で待ち構えていた。

「おはようさん!」
「……おはよう。君、多忙だと言っていたのは嘘だったのか?」

 嘘な訳がないだろう。彼の多忙さはテレビで嫌と言うほど見ている。先ほどだって、彼がゲレンデをスノーボードで滑走した後こちらへ笑いかける、というスキー場のCMを見たばかりだ。彼は夏が似合う印象だったのだが、スキーウェアを着込んだ姿もよく似合っていたし、今着ているダウンジャケット姿も良いものだ。……文字通り、欲目なのかも知れないが。

「嘘じゃねぇよ。本当に明日から地方ロケだっつの!」

 君が嘘など吐く男ではないことは、重々承知している。嘘吐きなのは私の方だ。

「ならば良いが。コーヒーの一杯でも飲んでいくかね?」
「おう!」
「君、矢張り暇なのではないか?」
「違ぇよ! 店長サンからのお誘いに乗らねぇほど、枯れちゃいねぇだけさね」

 彼はニカリと笑って、ウィンクをして見せる。私に向かってそういう真似をするのは止してくれないだろうか。彼がそう言ってくれた喜びと、あの日の自分への怒りで頭が混乱する。

「……あまり、誰にでもその調子で物を言うものではないぞ」

 私のように混乱したり勘違いをしたりする輩が増えては、君も困るだろうが。
 このままではみっともない顔を晒してしまうだろうと、彼の顔を見ずに店内へ入る。

「誰にでも言ってる訳じゃねぇんだけどな」

 後ろから聞こえてきた彼の呟きには、聞こえなかったフリをした。何かの勘違いであろう。
 いつも通りに一番奥のカウンター席へ座った彼に、一杯のコーヒーと共にメモの束を差し出す。初めはキョトリと目を丸くした彼だったが、メモの内容に目を走らせる内に、段々と眼を輝かせていく。

「地方ロケや年末年始ともなれば食生活が乱れることは想像に難くない。……スーパーやコンビニで購入できる食材や、忘年会新年会などの酒の場では避けた方が望ましいツマミ、その他諸々の注意事項が書いてある。必要がなければ捨て……」
「いやいや要る要る!」

 余計な世話かと思ったが、彼は明るく笑いながらメモを読む。

「『ビール、ワイン、日本酒などの醸造酒は向かない。焼酎、ウイスキーなどの蒸留酒ならば可』か。これなら守れそうだ」
「付き合いもあるだろうから、絶対に守れとは言わないが。頭に留め置いて損はないだろう」
「おう、あんがとな! 店長サン、わざわざオレの為に用意してくれたんだな」

 彼は目を細めて、メモに綴った字を指で追うようになぞる。
 そのように言わないで欲しい。業務時間外にあくまで個人的に、営業上のコストと関わり無くやっているだけだと心の中で言い訳をして、凛との約定破りから目を逸らしているのだから。
 そうとは知らない彼は、微笑みながらメモを上着のポケットへ仕舞い込んだ。
 コーヒーに口を付けた彼は、上目遣いをして私の目を見詰めてきた。わざとなのだろうか。だとすれば、私の情欲は彼に筒抜けなのだろうか。……そんなことが、あるはずがない。

「な、店長サン。やっぱ夜にも来てぇんだけど。ダメか?」
「ダメだ。今日は19時から22時まで貸切だが、その前にも何かと準備が必要でな。君の相手をしている暇はない」
「……分かったよ。別に、あんたを困らせたい訳じゃねぇしな」

 そう言った彼の表情は寂しげだ。要望を叶えたいのは山々だが、こればかりは聞けない。会について知られれば誤魔化しようもなく仮面ファイターファンであることがバレる。
 結局彼はそれ以上夜のことに言及することはなかった。コーヒーを飲み干した彼はサンドウィッチの袋をぶら下げて「じゃあな店長サン、良いお年を!」と笑って、店を後にした。



 
 19時。壁際の一列に繋がったソファーと向かい合う椅子で構成された二人・四人席を合わせて六人席を作る。天井ギリギリの位置に壁掛けで設置している液晶テレビに最も近い位置だ。そのテレビの下に、仁王立ちする男が一人。

「フハハハハ! 我が食材を下賜するなぞ滅多にないことと心得ておろうな料理番!」
「……フォアグラ・キャビア・トリュフの世界三大珍味に加え、A5ランクの霜降り牛とは恐れ入った。普段のこの店では到底お目に掛かれない品々ばかりだな」
「そうであろう! 貴様に調理させるために手配した品ばかりよ」

 得意げにそう言う様子からして、残念ながら皮肉は通じなかったようだ。店の雰囲気に似合わぬ高級食材の山であるが、この男がこうして寄越すということは、私に扱えるものと確信してのことだろう。応えねばなるまい。せめて事前に何を持ってくるのか連絡をしてくれると助かるのだが、彼が私の言うことを聞いた試しはない。豪華食材の前菜としてはやや不釣り合いかもしれないが、シーザーサラダと前菜の盛り合わせをテーブルへ置いて一つ息を吐いた。

 彼の名はギルガメッシュ。現在、全国で最も有名な特オタだ。本職はミュージシャンで、彼がこの世で唯一ギターの腕を認める友、エルキドゥとの二人組ロックバンド『Uruk』のボーカルを務め、その歌唱力とカリスマ性で絶大な人気を誇っている。店長の私ですら、このようなこぢんまりとした店に来ていることが不思議でならない、超の付く有名人である。

 そんな彼と初めて出会ったのは、以前働いていたインペリウムホテルでのことだった。
 いつも通りに料理を作っていたある日、突然「この料理を作った料理人を此へ」と呼び出され、「見事、雑種には雑種の矜恃があることを体現した料理であった」と褒めているのだか貶しているのだか分からない言葉で評価された。それ以降は彼が来店する度に私の料理を注文しては都度私を呼びつけていたので、恐らく気に入られたようであった。それが上司の癇に障り、追い詰める要因の一つとなっていたのだと知ったのは、随分後になってからのことだったが。
 私がホテルを退職することとなった際、ギルガメッシュはわざわざホテルの役員伝で私へ連絡を取ってきた。

「雑種、貴様インペリウムホテルを辞するそうだな。……フン。なれば我の為にその腕を振るう栄を……! 何、次の働き口は決まっている? 開業の資金繰りについて考えているところだとぉっ……!? つくづく我の予想を裏切る男め! ならば貴様、我の下で出稼ぎをせよ!」

 そう言って、彼は夏の全国ツアーの間私を料理番として雇い、全国各地へ連れ回した。
 メインはもちろんとして付け合わせまで完璧でないと文句を言ってくるギルガメッシュと、ギルガメッシュと音楽以外の事にあまり興味がないエルキドゥには随分と振り回されたが、良い気分転換と資金稼ぎになったのは確かだった。それ以降、料理番と呼ばれている。

 お互いが仮面ファイター好きだと知ったのもこの頃だった。その後、この店にカラオケを設置せよと言い出したのも、この店で特撮会をやると言い始めたのも彼だった。
 彼は特撮好きを公言しており、それが巡り巡って昨年放送された仮面ファイターEXでは主題歌とベルトの声を担当するという偉業を成し遂げた。度々、テレビ登場前の新フォームのネタバレをしようとするものだから、寄って集って口を塞いだが。
 シリーズ全てを網羅しており、中でもスーツデザインが好みだというゴールデン、自身が出演していたこともありEX、最近は放送中のセイバーに執心している。

「しかし黄金の、例え食材が庶民のものであろうと料理番の腕ならば中々に見所のある品となる、とは貴様が言っていたことではないか」
「口が過ぎるぞ太陽の」

 ギルガメッシュに剣呑な眼で睨まれてもビクともせずに微笑むのは、オジマンディアス。
 若くしてラムセス建設グループの代表取締役会長を務めている実業家で、ギルガメッシュの友人――本人達曰く友人という括りで語れる関係ではないそうなのだが、あまりにも説明が長過ぎたので私の中では友人と解釈することにした――である。
 経営者でありながら建築設計にも長け、この店を建てる際にはギルガメッシュの紹介で随分と世話になった。お陰で、店の雰囲気を崩したくないという凛と、カラオケ設置の為に防音設備を整えろというギルガメッシュ、両方の要望を叶えた店が成立した。

 元々は特撮に然程興味がなかったが、ギルガメッシュに勧められて見た『プロト』で一気にハマったのだそうだ。特に三人目のファイターであるステラが気に入りで、彼が味方の為に死亡する回では、絶対他人に見せられない顔をしてしまったそうだ。実際どのような顔だったのかまでは教えてくれなかったが。
 その後、グループ会社であるラムセスハウスが運営する賃貸マンションのCMにステラ役のアーラシュを起用して、「職権濫用!」と会をざわつかせたのは外部に漏らしてはならない秘密である。本人曰く「彼の俳優が我が社のイメージにあったまでのこと。何ら恥ずべきことはない!」と豪語していたが。CM撮影の現場に行ったのに、遠巻きに見るだけで声を掛けることは出来なかったそうだ。
 その時のアーラシュについて「我が社に相応しき光輝であった」とコメントした理由が、今の私には分かる気がする。間近に見る英雄が眩しかったのだろう、例え超人CEOであっても。アーラシュが出演するCMはシリーズ五本目を放送中。現在六本目を制作中だそうだ。

「庶民の身からすれば珍味なんぞ何処が美味いのやら分からんが、ロハで食えるならば何ら文句はないぞ散財して経済を回せ金持ちども」

 そう言いながら、オジマンディアスが持ち込んだシャンパンに伸ばそうとした手を軽く打つ。

「何をする!」
「それはこちらの台詞だ、君は未成年だろうが!」
「オレの国ではもう飲酒をしても良い年だ」
「嘘を吐け……! 例えそうだとしても、この店での飲酒は認めんぞ」
「固いことを言う男め……!」

 そう悪態を吐いて、苦虫を噛み潰したような顔をした少年はアンデルセン。彼は、店から徒歩三分の場所に住む大学生である。と言っても、その紹介だけでは彼を表すのに二言も三言も足りないであろう。見た目は中学生、いっそ小学生でもおかしくない程に幼いが、実際は高校に通っているはずの年齢だ。故国で飛び級して高校を卒業した後、この国へやって来た。
 だが、彼の真の目的は勉学ではなく、この国のエンターテイメント。故国に居る頃から積極的に摂取していたそうなのだが、この国に来た彼は浴びるように小説、漫画、アニメ、ゲーム、特撮を買い、読み、遊び、研究し尽くした。最終的に、彼はこの国に来てから一年ほどでライトノベル作家としてデビューした。「我ながら設定過多だ。一つ二つ削り落としたいところだが、実際そうなのだから如何ともし難い」と難しい顔をする彼は、声が低いことも相俟って実に年齢不詳である。メディアには決して顔は出さずに声だけを出しているので、世間的には成人済だと誤解されているらしい。

 彼は元々、『SOL』の店名を見て来店した客の一人だ。「店名だけを見たときはさぞや特撮好きが経営するフィギュアだのポスターだので飾り付けられた痛々しい店だろうと思っていたのに、来店してみたらリア充の巣窟のような女子・カップル狙いの店だったので大層裏切られた気分になった」と言っていたのは、一体いつのことだっただろうか。
 そう言っていた割りには、特撮会ではないときにでもこの店へ来て、野菜を摂取しつつも作業中でも片手で食べやすいサンドウィッチをテイクアウトしていったり、会の前にカウンター席で甘い物を食べながらモバイルPCを打っていたりと、このメンツの中では一番の利用客となっているのだが。

「瓶ごと没収しないでくだちい! 飲みたい黒髭だって居るんですぞ!」

 アンデルセンの前から遠ざけたシャンパンの瓶をスルリと取っていったのは、黒髭ことエドワード・ティーチ。ゲーム会社『黒髭海賊団』の社長であり、メインライターだ。元々はアダルトゲーム会社『コンコルド』から独立してゲーム会社を立ち上げたそうで、えげつないR指定ゲームが来るだろうという周囲の予想を彼は立ち上げ一作目で見事に裏切った。
 彼が作った『アン女王の復讐(クイーン・アンズ・リベンジ)』は国を追われた女王が女海賊の手を借りて戦い、自分を追放した大臣達に復讐するというアクションRPGで、界隈で物議を醸したのだそうだ。
 ちなみにこの話は全て、ネットで彼と知り合ったというアンデルセンから聞いた話である。私はゲーム関連については明るくない。

 彼は――社内のものにすら内緒らしいのだが――昨年放送していた『仮面ファイターEX』に出演していた、仮面ファイターハインドのファンだ。ファンと一言で言うには、彼の拘りやプライドが邪魔をするらしいのだが。「拗らせているのだ」とはアンデルセンの談だ。
 ハインドは敵として登場するが後々味方となる女戦士で、華麗な足技と見事な銃捌き、そして男気溢れる性格が実に魅力的なキャラクターであった。アンデルセン曰く、「そうと知って見れば、『アン女王の復讐(クイーン・アンズ・リベンジ)』に登場する女海賊は何処かハインドに似ている」のだそうだ。

「アンデルセン君と僕はこちらにしましょう」

 そう言ってジンジャーエールをサーブしたのは近隣大学の一回生で、Café SOLのアルバイトである風魔小太郎。今日はアルバイトとしてではなく一メンバーとして此処に居るのだが、こうして何くれとなく世話を焼いてくれる好青年だ。
 元々はアルバイトの求人広告を見て「もしや店長さんかオーナーさんが特撮好きの御方なのでしょうか!?」と来店してくれたのが始まりであった。彼は『ランサー』の二作後である『ゴールデン』のファンだ。元々仮面ファイターシリーズが好きだったそうなのだが、ゴールデンを演じた坂田金時は同じ中学に通っていた先輩で、一層強く慕っているのだそうだ。

 そして今日は仕事で遅れるそうだが、凛が通っているゼミの教授であるロード・エルメロイⅡ世。凛が『この人に師事する為にこの大学へ入った』と豪語するほどの人物である。
 学生に知られてはバツが悪いから、と隠しているが、彼も長年の仮面ファイターファンだ。特に、約三十年前に放送されていた昭和最後のファイター『仮面ファイターベオウルフ』に少年アレクとして出演していたイスカンダル氏に思い入れが強かったようなので、セイバーへの出演にどのようなリアクションをするのか皆楽しみにしていたのだが。あまりに遅くなるようならば次回へ持ち越しかもしれない。

 ちなみに私は言うまでもなくランサーファンで、少し前の作品ならば15作前の『仮面ファイターナイト』に登場する、時に敵、時に味方として暗躍する二号ファイター『アーチャー』、現在放送中の『セイバー』も愛している。
 私も合わせて、この七人が特撮会のメンバーである。
 あれこれと騒ぎながらも各々のグラスを持ち、ようやく会の始まりだ。

「本日はこのような狭い小屋に我を押し込めるなぞ良い度胸ではないか雑種ぅっ!」
「いつもそれではないか一文で纏めろ」
「良かろう。では、先日の放送でも輝くばかりの美しさであった我のセイバーに、乾杯!」
「か、乾杯!」

 彼女が美しかったことは反対しないが、決してお前のものではない……! などとこの男に言った所で無駄なので皆とやかく言わずに乾杯を終えた。そんなことより、私は久方ぶりの高級食材をどう調理するか考えねば。
 厨房へ向かう私を余所に皆は前菜へ手を付け始め、ギルガメッシュは早速マイクを持った。普段は店の隅に設置してあるカラオケセットだが、この会の際にはフル稼働する。正確にはほぼこの会でのみ使っているので、最もマイクを握っているのは間違いなくギルガメッシュだ。
 本職なのだからこんなときにまで歌わなくても、と思わないでもないのだが、ギルガメッシュは会の大半の時間仮面ファイターの主題歌をランダムに歌い続ける。本職だからこそ仕事と関係なく仮面ファイターの曲を思う存分に歌える機会が少ないのかもしれない。
 今日の一曲目は『セイバー』の主題歌『Save One』。高音から低音まで幅広い音域を必要とする女性ボーカルの曲だが、ギルガメッシュは難なく歌い熟してみせる。もちろん技量だけでなく、セイバーの内に秘めた熱い想いが、歌声に乗せて次々と浮かび上がってくる。
 音楽に関しては本当に凄い男なのだ、普段はともかく。
 この歌に報いるには、私は私の腕を存分に振るい、料理で彼の舌を悦ばせるしかあるまい。



 会が始まって一時間ほど経った頃。予定していた料理に加え、ギルガメッシュが持ち込んだ食材を使ってキャビアのカナッペ、牛とフォアグラのステーキ・トリュフソースを作り上げた。
 その際にはギルガメッシュもマイクを置き、きちんとテーブルに向かって食事を楽しんだ。

「悪くない品であった」

 食べ終えたギルガメッシュは、そう言って鷹揚に頷いた。満足したということであろう。
 ギルガメッシュはナイフとフォークを置き、おもむろに立ち上がった。

「褒美を取らす。そこへ座しておれ」
「あ……い、いや、今日はその褒美は必要ない!」
「何を言っているのだ料理番、お前が最も悦ぶ褒美であろうに」

 必要ないと言っているのに、オジマンディアスに手を取られてギルガメッシュが座っていたソファー席に引っ張り込まれた。ギルガメッシュが迷いなくリモコンを操作して、流れてきたのは『Soldier』。『仮面ファイターランサー』の主題歌だ。始まってしまっては、席を立てば邪魔になるので大人しく座っているより他ない。
 軽快なイントロと共に、テレビ画面の中に『ランサー』の映像が映し出される。OPと最終回間際を元に構成された映像は、これまで幾度となく見てきたものだ。
 目に馴染んだOP。仲間と共に笑い合うシーン。二号ファイターのフィオナに背を預けて戦うシーン。亡くなった師匠を抱えて慟哭するシーン。バーサーカーフォームで薙ぎ払い、キャスターフォームで焼き尽くした、ランサーフォームに戻って敵に切り込んでいくシーン。割れたマスクからランサーの顔が見え、闘志を燃やして苛烈に輝く赤い眼が敵を睨み付けるシーン。そして、バイクで走り抜けていくランサーの背中を映したラストカット。
 そんな映像と共に『Soldier』に籠められた戦う男の覚悟と気概がギルガメッシュの声で軽やかに、けれど熱く激しく歌われる。
 その映像を見て、歌声を聞いているだけで、勝手に涙が零れ出そうになってきた。
 この一ヶ月間『ランサー』から目を背けてきたが、そんなものは杞憂であった。情欲とは全く違う熱い想いが、私を貫いているのだから。理性で情欲を抑えることは出来なくても、情熱が情欲を凌駕することは、可能なのだ。私は『ランサー』が好きだ。それは例え私自身であっても、否定される謂われなどない。そう考えただけで、肩の力が抜けていくような気がした。

「酷い顔をしているな、料理番」

 歌い終えたギルガメッシュは、不満げな面相で私を見た。私が歌声そのものというよりも、ランサーについて想いを馳せていたのが顔に出ていて、機嫌を損ねてしまったか。

「すまないな。……最高の褒美だったよ」

 言葉と共に微笑むと、ギルガメッシュは更に眉をひん曲げた。何かおかしかっただろうか。
 こちらに歩み寄ってきて何をするかと思ったら、腕を引っ張り上げて私を立たせ、マイクを差し出してきた。

「返礼はいつも通りにせよ」

 自身は足を組んで元の席へと座り直す。私の返事も聞かぬ間に、リモコンを操作し始めた。

「いや、今日は……今日だけは、その返礼は勘弁してもらえないだろうか!」
「毎度そう言っては結局ノリノリだろうが腹を決めろ」

 アンデルセンに横から口を挟まれ、イントロが流れ始めれば、最早逃げようもない。ギルガメッシュは此方を向いて歌っていたが、私は何となく気恥ずかしくて皆に背を向けて立った。だが、画面を見る必要はない。歌詞は全て覚えているし、公式PVの映像まで脳裏に焼き付いている。ギルガメッシュが私にマイクを差し出してくるとき、所望されるのは必ずこの曲。『仮面ファイターランサー』の挿入歌、クー・フーリンが歌う『Song Of Loud』だ。
 右手でマイクを構え、手持ち無沙汰な左手は握って腹の前へ置く。PV映像の中でスタンドマイク前に立ち、不敵な笑みを浮かべる『ランサー』の姿を思い描きながら、音を発する。
 軽やかで明るい印象の主題歌『Soldier』に比べ、『Song Of Loud』は力強い印象の曲だ。数々の戦闘シーンを彩ってきたが、中でも印象深いのは師匠との生身修行回を経て『ゲイボルグ』を託された回の戦闘シーンであろう。朱槍の赤に、ランサーのファイタースーツの中で鮮やかな光を放つ眼の赤と、歌詞に登場する『貫く赤の一閃』が重なって、酷く興奮したことを今でも覚えている。
 興奮がそのまま歌に乗ってしまって少し声が上擦るが、そんなことを気にしてはいられない。
 寧ろ音楽のプロであるギルガメッシュには「お前の歌には技量こそ無いが熱がある。それのみが見所よ」と言われた。……どうやら馬鹿にしている訳でもなく、私のランサーへの想いを評価しての言葉らしい。理解するまでに手間取ったが。そんな訳なので、上手に歌おうだの良い声を出そうだのと、小手先のことは考えない。そんな真似をすれば忽ちに見抜かれるのが目に見えている。そんなことよりもただ、熱を籠めて。
 間奏前の駆け上がりで息が辛くなるが、グッと眉間に皺を寄せて耐え抜いた。
 短い間奏を挟んで始まる二番目は、ランサーの内面に関する歌詞が増える。
 穏やかなイントロから一転して激しさを増す、キャスターフォームの『Soul Of Lost』、荒々しさを前面に押し出した、バーサーカーフォームの『Survive Of Life』ももちろん好きだが、この曲が最も『ランサー』という男を表している。苛烈だが思いやり深く、心は広いが容赦はしない。嘘と裏切りを厭い、人の信念を愛す。
 このように大きな声で歌ったのなんて、一体いつぶりだろうか。頭の上から足の爪先まで、ランサーへの想いだけで満たされているような気がする。この想いさえ見失わなければ、彼に面と向かったときにでも、惑うことなどないだろう。
 最後に一つ、腹の底から雄叫びのような声を上げて、歌い終えた。
 後奏を聞き終えて、一つ息を吐いてから背後を振り返ると、何故かギルガメッシュとアンデルセンが顔を顰めていた。

「何か、歌に差し障りがあったか?」

 ここ最近は歌っていなかったので、聞くに堪えないほどに下手だったのだろうか。
 そう問うと、二人は一様に首を横に振った。

「歌は普段と変わらぬお前の歌だったが、あの表情は如何なる体たらくだ雑種……!」

 表情、だと? 然程変わった表情などした覚えはないが。

「歌っている最中、また『あの顔』をしていたぞ」

 そう言ったのはアンデルセンだ。反応の鈍い私に苛ついているのか、トントンと指先で机を叩いている。

「あの顔、と言うと……」
「お前の言う『厄介な客』と電話をした後の顔だ」

 彼と電話をした後に『第一回と新フォーム登場回と馬鹿ギャグ回と味方の死亡回と最終回を一遍に見た顔』と言われたアレか。然程おかしな顔をしていたつもりではなかったのだが。
 首を傾げた私に、オジマンディアスも同じく首を傾げる。

「『厄介な客』? 恋煩いでもしている顔かと思ったが」
「……は」

 恋煩いだと、私が? 誰に? ……彼に?
 そんな馬鹿な、と言う前に、黒髭が食い付いてしまった。

「恋煩いぃっ!? イケメンな上に客もバイトも可愛い女子ばっかりでクソ野郎爆発しろ案件かと思ったらクソ堅物仕事人間ランサーオタで我々と同類の! エミヤ氏が!?」
「そうだったんですか店長! お客様ですか、もしくはバイト……!?」

 黒髭の叫びに、小太郎まで真に受けてしまった。否定の言葉を口にしようとしたのだが、何故だか口が鈍る。その間に、ギルガメッシュが低く唸った。

「何故言ってしまうのだ太陽の! この男なれば言われぬ限り無自覚であったものを!」
「ほう、つまり黄金のは料理番が色恋に目覚めるのが気に食わぬと?」

 ギルガメッシュとオジマンディアスは、何故か当人の私を置いて盛り上がり始めてしまった。

「一体何なんだ……」
「俺とあの男は、お前が色恋に向かないと知っている。それだけのことだ」

 誰に問うでもなく呟いた言葉にアンデルセンがポツリと返した声が、何故か耳に残った。
 どういう意味かと問おうとしたところで、店のドアが開いた。
 現れたのは、ロード・エルメロイⅡ世。外が寒かったのだろう、外套の襟を立てて白い息を吐きながら入ってきた。

「あ、ああいらっしゃいませロード。外は寒かっただろう、今スープを温めて……」

 ロードの応対をすることでこの場の雰囲気から逃れようとしたのだが。ロードは私を見て、普段から寄せている眉間の皺を一層深くした。

「店長、先ほどそこのガラス窓越しに店内を窺う怪しい男が居た。身長は私と同程度。ダウンジャケットで分かり難かったが肉付きは良いようだったな。真冬の夜だと言うのにサングラスにキャップという、如何にも怪しい風体で店内を見て立ち尽くしていた。暫く様子を観察していたが、私が声を掛けようとしたら咄嗟に逃げていったぞ。この店……もしくはそこにズラリとお揃いの著名人一同に何やら『用事』がある輩かも知れん。十分に警戒を……」

 大変申し訳ないが、ロードの言葉は途中から私の耳を擦り抜けて行ってしまった。
 だってその外見的特徴は、彼のものだ。目立つ頭髪と眼を隠す為のサングラスとキャップは夏頃からずっと同じものを着用しているし、ここ最近は寒くなってきたからダウンジャケットを着ていた。今朝サンドウィッチを取りに来たときだって、そうだった。

「件の『厄介な客』か」

 絶句する私を見て何か勘付いたか。それとも前に彼がサンドウィッチを取りに来たときに、こっそりと様子を窺っていたのだろうか。アンデルセンが、質問ではなく断定的な口調でそう言った。けれど私は、言葉を返すことができない。

 私が『Song Of Loud』を歌っているところを見られたのだろうか。あの曲は主題歌ではなく挿入歌。『仮面ファイターランサー』のタイトルくらいは聞いたことがある、という程度の人間が知っている曲ではない。ましてや、カラオケで淀みなく歌うことなどできないだろう。この曲が歌えるということは即ち、『仮面ファイターランサー』のファンであるということを表明しているに等しい。それを彼に知られたということはつまり、私が「クー・フーリンなど知らない」と嘘を吐いていたことが、知られたということだ。
 最初は嘘を吐くつもりなどなかったのに。彼に嘘など吐きたくないと思っていたはずなのに。
 こんなことで、嘘が露呈しようとは。

 次会うとき、一体彼は何と言って私を詰るのだろうか。

Series
#6 -----

Comments

  • こうじゅん

    とか、設定が楽しいです。 そんな番外編が楽しみすぎます。 これからもたのしみにしてます(^^)

    March 27, 2018
  • こうじゅん

    仮面ファイターシリーズが好き過ぎて困ってます(^^;; 仮面ファイターセイバーは、自分のそっくりさん(仮面ファイターブロッサム.仮面ファイターフラッグ)がでる展開なのか本当に気になります。 仮面ファイターアーチャーはきっと黒弓さんでアーチャーなのに銃やんけとか

    March 27, 2018
  • とうふマン

    な、なんと気になるところで終わっているのでせう……続きがたのしみでございます!

    March 26, 2018
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