【FateSN槍弓】クピドの悪戯
※※FGOの話じゃありません※※
2013年に発行した無配のデータを発見し、タイミング的にupしろということなのかなと思ったのでupします。
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空は快晴。強い日差しは季節の感覚を麻痺とか云々で、とにかく絶好のロケーション。
今日も今日とて、ランサーは漁港でのんびり釣りを楽しんでいた。
「……ん?」
ふと、背後によく知るサーヴァントの気配を察知する。
そして足音。誰のものかなんて顔を見ずとも分かる。
どうせ今日もあのキメキメな釣り人ファッションをして空気も読まずにグイグイ絡んでくるんだろうなぁ、などとランサーが考えていると。
「ランサー、凛を見なかったか!?」
今までにないくらい、切羽詰まった声をかけられた。
不審に思って振り向くと、そこにはいつもの余裕面ではなく、どこか焦った表情のアーチャーがいた。
格好もキメキメファッションではなく普通の上下黒の私服だ。手にはロッドも持っていないので、どうやら釣りをしに来たのではないらしい。
ならば一体どうしたのだろうと思いつつ、海面へ沈めていた釣り針を上げる。
「凛のお嬢ちゃんなら、今日は見てねえけど?」
「そうか……すまん、邪魔をしたな」
「ずいぶんと慌ててどうしたよ?家出でもされたか?」
ランサーの答えにあからさまに落胆の色を浮かべるアーチャー。一体何があったのかと問えば、深いため息の後に彼はゆっくり理由を語り出した。
話は数十分前に遡る。
遠坂邸の窓ガラスを拭いていたアーチャーは、玄関から出て行く凛の姿を目撃した。
ついさっき教会へ定時報告に赴いて戻ってきたばかりだというのに忙しないものだ。小走りに門へ向かうところを見ると、誰かと約束でもしているのかも知れなかった。
食事の準備もあるし、帰宅時間などを一言告げてほしいものだが……と思いつつ、階下の少女を見送った。
直後、凛が何かをバッグから取り出した。人目を忍ぶように、取り出してすぐにトートバッグへ仕舞い、凛は自宅前の坂道を駆け下りていった。
たった一瞬しか見えなかったが、アーチャーの鷹の目には「それ」の正体などすぐ看破出来た。出来てしまった。
嫌な予感に、急いでバケツと新聞紙(窓拭きに新聞紙を使っているのだ)を片付け凛を追った。
しかし彼女を見つける事は出来ず、仕方なく冬木市内のあちこちを探して回っていた。
「……という訳なんだ」
「別にかけずり回らなくても、高い所から見渡せばすぐ見つかるんじゃねーの?」
「そう思ったのだがな……おそらく建物の中に入ったのだろう。パスを辿ろうにも向こうから遮断されていて辿りようもないんだ」
つまり凛本人も、アーチャーが追って来たのを知っているのか。少なくとも、凛にはアーチャーに自分の居場所を見つけられては不味いという自覚はあるようだ。
「で、そのよくないものってなんだよ」
考えられるのは毒物。それとも大量破壊兵器だろうか。
まさか噂のステッキという事はないだろうが――
「キューピッドの矢、だ」
答えは不親切なくらい簡潔だった。
しかしアーチャーのたったそれだけの言葉で、ランサーは正しく理解する。
「それって……宝具ってことか?」
「ああ。凛は今日、朝一番で教会に行った。その時に英雄王の蔵から渡されでもしたのだろうよ」
一体どんな思惑でギルガメッシュが渡したかは知らないが、とアーチャーは続けた。
しかし金ぴかの気まぐれの理由など、今は問題視してはいない。
大事なのはその「矢」の性能だ。
キューピッドの矢といえば、愛のシンボルとして伝わるもの。幼く無垢な天使がつがえたその矢は、人間のハートに当たれば、その心に愛へ自在に芽生えさせるという。
元々はローマ神話に由来しており、ギリシア神話にも神エロスという同一の逸話があるのだが、そんな細かい伝承は知らずとも、イメージとしてなら誰もが見聞きした事があるだろう。信仰の薄いここ、極東の地まで伝播されている程の知名度を持つ矢だ。
それが宝具として振るわれるならば一体どれだけの威力、否、効力を持つか。
「斬り抉る戦神の剣」が因果の逆転をするごとく。
「破戒すべき全ての符」があらゆる契約をキャンセルするごとく。
おそらく、射抜かれた相手は射手に心を奪われる、という絶対的な効果を持っているだろう。恋愛成就の概念武装と言ってもいい。
複製者であるアーチャーはそれを一瞬の観察で看破したに違いない。
「成程なぁ。そりゃ確かに「よくないもの」にも程がある」
肉体を傷つける事さえないものの、人の「心」を操る宝具とは恐ろしい。きっとキャスター辺りが存在を知れば激怒して粉々にするだろう。
「で、お嬢ちゃんがそれを使って彼氏を作るのが気に食わない、と?」
「いいや。凛が誰を好きになろうが、誰を振り向かせようとしようが、私には関係ない。凛の自由意志にまで踏み込む気がないが、」
そこで一旦言葉を切ると、言った。
「ただ、衛宮士郎を射られる訳にはいかないんだ」
――それはつまり。
ランサーは言葉を失った。
何故なら、今の発言はアーチャーが士郎を好きだと言うことになるのではないか。
そしてそのアーチャーを好きなランサーは失恋したということになるのではないか。
今まで打ち明けた事はなく、しかしいつかは告げようと思っていた、彼への想い。
それを告白する前に砕かれた。どれだけショックかなんて、言葉にしようもない。しかし呆然とするランサーに気付く事なく、アーチャーは会話を続ける。
「そうだランサー、暇なら手伝ってはくれないか」
アーチャーにしてみれば友人に助力を頼んだだけのこと。
しかしランサーにとってはこの上なく不愉快な申し出だ。
どうして好きな相手の、それも他人との恋愛に協力などしてやれるものか。
「……なんでオレがそんな真似しなくちゃならねえんだよ」
つい、きつい口調になった。
自身ですら思ってもみなかった邪険な言葉だ。不味い、と思ったが声にしまったのだからもう遅い。
突き放す口調にアーチャーは不愉快になった事だろう。
きっといつものような皮肉、あるいは文句が飛んでくるに違いない。
と、思ったのだが。
「……それも、そうだな」
アーチャーは、怒らなかった。
「すまない。私がどうかしていた。これは私とあれの問題なのだから君を宛てにするのは確かにお門違いだ」
それどころかこちらへ謝罪すら寄越した。そして苦笑とも自嘲ともつかない表情を浮かべる。まるで自分の不明を恥じ入るような。
「では私はこれで。君は頑張って大物でも釣ってくれ」
そう言って踵を返すアーチャーを見、ランサーは気付けば立ち上がっていた。
釣竿をコンクリートの上に放り投げ、アーチャーの腕を掴む。
「……貸し、ひとつだからな」
海釣りセット一式を偶然遭遇した大河に貸し(半ば押し付け)、ランサーはアーチャーと共に港を離れ深山町内を探索していた。大河は釣りに関しては素人だが、幸運はEXと聞くのでもしかしたら釣果を期待できるかもしれない。
それはさておき。
「衛宮士郎はバイトの配達中らしい。闇雲に凛を追うよりも、アレをマークした方がいいかも知れん」
「それはいいけどよ、もし坊主の所に来なかったらどうするんだ? お嬢ちゃんには別に好きな相手がいるとかさ」
「それならそれで、私には関係のない事だからな。あくまでも小僧を射られては困るというだけだ」
士郎をしばらく見張り、凛が来なければそれでいい。
きっぱりとアーチャーは言い切った。
アーチャーは士郎にのみ執着している。その姿を見るのは、ランサーにとってはつらいものだ。自分以外の相手を想う姿など面白い訳もない。
「……坊主はこのこと知ってんのか?」
「いいや。あれには教える気もない」
凛の矢から守るという事は、士郎に好意を気づかせるという事と同じだ。
それはランサーにとって面白くない。
気付いた士郎がアーチャーを振ってくれるならまだいいが、カップル成立でもされてしまってはこの上なく困る。
アーチャーの石橋を叩いて渡る性格は恋愛方面でも健在で、今現在は告白するつもりがないのだろう。自分にとっては好都合だが、いつまでもそれに甘えてはいられない。
この件が終わり次第、さっさと自分のモノにしなければとランサーは決意する。
アーチャーが誰を好きでも、好きならば奪うだけだ。悠長に構えている余裕などない。
「ランサー、止まれ」
「あ?」
唐突に言われ、足を止める。直後、共に駆けていたアーチャーが姿を消したかと思えば、高い木の上で姿を現した。
「あちらにいる。行くぞランサー」
どうやら鷹の目で士郎の姿を捕捉したらしい。飛び降り、再び走り出したアーチャーに続いてランサーも駆ける。
(……オレ、いる意味あんのかなぁ)
てっきり自分のルーンを宛てにしてくれたのかと思ったのだが、この様子ではどうも出番はなさそうだ。だったらどうして助力を請うたのだろうと疑問を持ちながら、何も知らない士郎を追った。
「いたぞランサー! あそこだ!」
そうしてものの十分も経たないうちにアーチャーは士郎の姿を見つける。路地の先を指差した先には、横倒しになり車輪が空転している自転車が見えた。その脇に転がる。いくつもの酒瓶。
そして気絶し、路上に仰向けで倒れている士郎と、彼に跨る凛の姿があった。士郎が口から泡を吹いているところを見ると、ガンドではなく八極拳を食らったのだろう。
気絶したその少年の胸へまさに今、凛が鏃を突きたてようとしている。意識のない士郎はもはや回避など出来ない。
振り下ろされる腕をアーチャーも止められない。
だからアーチャーはランサーを呼んだのだと、青い旋風は理解する。
「え―――!?」
音よりも、風よりも速く疾駆する。
困惑した少女の声が発せられた時、既に凛の手中からは矢が消失していた。代わりにランサーがそれを握っている。
常人には視認出来ない、敏捷の高いサーヴァントだからこそ可能な芸当だ。
「よかった、間に合ったか」
ランサーに少し遅れて、アーチャーが駆け付けた。
人間離れした俊敏さで凛から矢を奪ったランサーが、彼に獲物を見せびらかす。
「これでいいのかよ」
「ああ、助かったよランサー」
安堵の笑みを見せるアーチャーにランサーの胸が僅かに痛んだが、感傷に浸る猶予はなかった。
あと少しのところで阻まれた少女が、彼らに非難を叫んだからだ。
「どうして邪魔するのよ!あとちょっとだったのに!」
乱された髪を整えるよりも前に、士郎に跨ったままで凛は癇癪を起こす。よほど悔しかったのだろう、士郎の胸板をドンドンと叩いている。その度に士郎の口から新たな泡が吐き出された。
自らのマスターに咎められ、しかしながらアーチャーはまっすぐ彼女を見つめ返した。自分のしている事に一点も恥じ入る事はないと誇りを持っているかのように。
「すまないが凛、君相手であってもこれだけは譲れないのだよ」
真剣な声音は、凛をたじろがせるには十分だった。座ったままの少女の、驚愕に満ちた視線がアーチャーへと注がれる。
「アーチャー、まさか士郎のこと……」
「……あぁ」
思わずランサーは視線を明後日の方向へやった。
肯定なんて、聞きたくなかった。
知っていても言葉にされるのは胸が痛い。
だがランサーにアーチャーの言葉を阻む権利はない。
ランサーがアーチャーを好きでいるように、アーチャーもまた、純粋に士郎の事を――
「衛宮士郎を君に殺されては、困る」
「えっ」
「えっ」
今、何と言ったんだ、こいつ。
「アレを殺すのは私の宿願だからな……む? 何故そんな目で私を見るんだ、君達は」
唖然とする凛、そしてランサー。
彼らを見てアーチャーもまた、不可解そうに首を傾げる。
「な……な、な……」
「な?」
「なんでわたしが士郎を殺さなくちゃいけないのよッ!」
「い、いきなり叫ぶな。びっくりするじゃないか」
激怒する凛を咎めつつ、アーチャーはこほん、と咳払いをひとつ。それから。
「凛、いくら小僧とて心臓を突き刺されれば死ぬぞ? まぁ全て遠き理想郷の効果で生き延びるかもしれんが、万が一もあるのでね」
「だからなんでそうなるのよ! 私が刺すのは恋愛成就の、」
そこまで言って、何かに思い当たったらしい。ぴたりと凛の動きが止まる。
同時に、今のやりとりでランサーも気づいた。
キューピッドの矢は確かに概念の付与された宝具だろう。
しかしその「概念」はあくまでも宝具として真名開放によって発動するもの。
そして真名開放とは宝具の使い手でなければ不可能。
ゆえに。
「これは君が使ってもただの鋭い矢でしかない」
「それを早く言いなさいよ! 危うく取り返しのつかない事をするところだったじゃないの!」
「言う前に君がどこかへ行ったのだろうよ」
自分のうっかりに気付き騒ぐ凛。凛の思い違いにため息をこぼすアーチャー。未だに目覚める気配のない士郎。
そして、乾いた笑いしか出ないランサー。
「ははは……なんだ、つまり」
つまり、アーチャーは士郎の事を愛してなどいなかったのである。
戦い終わって日が暮れて。暮れてはいないがとりあえず一件落着して。
気絶した士郎もランサーによる気付けによって目を覚まし、凛による記憶消去と
「衛宮くんったら路上で倒れてたのよ?記憶にない?きっと疲労が溜まってるのよ、最近寝不足だったものね」
という完璧な猫被りで誤魔化され、騒動の中心にいたにも関わらず、何も知らされずにコペンハーゲンへと帰っていった。
その凛はと言えばアーチャーに「ギルガメッシュへ速やかに矢を返却する事」という約束を結ばされ、渋々教会へと向かった。
不満げな表情から察すると、もしかしたら一儲けを画策していたのかもしれない。だがそれはもうランサーの干渉する範囲にはないので、放っておくことにした。
そして最後に残った二人は、大判焼きを食べながらのんびりとマウント深山を歩いているのだった。
「さてランサー、君には礼をしなくてはならないな」
小倉餡の大判焼きを片手に、アーチャー。
先程の「貸しひとつ」というランサーの言をきっちり覚えていたらしい。
対してカスタードを食べ終え、チョコクリームに口を付けているランサーは、失恋の危機から脱したおかげで上機嫌だ。
あの場は悔しさのあまり貸しなどと言ってしまったが、別に返して貰わなくとも問題なかった。
むしろ貸しなどここで不問にして器の大きさをアピールし、ポイントを稼ぎたい気持ちすらあった。
もっとも、そう悠長に構えていると危ういのだと今日思い知りもしたのだが。
「一体どう返せばいいものか……そうだ、あの矢で君の恋愛でも成就させるか?」
アーチャーはさも名案とばかりにランサーへ提案する。
複製者であるアーチャーには投影も真名解放も可能だからだ。
しかしそんなものに頼っても虚しいだけだとランサーは分かっている。
「いらねえよ。そういうのは自分で使ったらどうだ?」
言ってから、自分でも損な性格だと後悔する。
自分相手以外にそんなもの使って欲しくないのに。そもそも自分は使うまでもなくアーチャーを好きなのだが。
「使わんよ」
ランサーの懸念をよそにアーチャーははっきりと言い捨てる。
「使ったところで意味がない」
「意味ないって、なんで」
好きな相手がいない、のではない。使っても無意味だとアーチャーは言う。
それは自分同様、道具で気持ちを捻じ曲げても仕方ないのだと思っているからだろうか。
疑問を抱くランサーの視線から逃げるように、ふっと顔を背け、アーチャーは小さな声で言った。
「……君には矢よけの加護があるだろう」